艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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鉄の化石 後

 先頭を雷と電が、空母二人の右を摩耶が固めて全力前進する。赤城も龍驤もありったけの艦載機を放ち、巨大戦艦が虎視眈々と待ち構えているであろう座標へと向かわせる。

 艦上戦闘機(烈風)爆撃機(彗星)攻撃機(天山)。三種の艦載機が鎮守府近海の空を舞う。

 しかしいま水面下で起きている戦闘に加勢することは出来ない。プロペラ機で海中戦闘なんて出来ないし、通常戦力の最高峰の戦闘機であっても海に潜るなんて不可能だ。

 海中でのシルバーホークと巨大戦艦の戦闘の激しさは赤城らにも伝わっている。振動を文字通り肌で感じ、耳にくぐもった爆音を聞き。このまま手出しができないことを赤城は歯がゆく思う。

 

「なあ摩耶ちゃん!」

「どーしたんだよ、無駄話してる場合じゃないぞ!」

「シルバーホークがスパイって言っとったやん、これでもああ言うんか?」

「……もう言わねーよ。あたしが工作員とかやるならこのタイミングで鎮守府を爆撃するしな。あいつらは私たちの敵じゃない、それはよく分かってるつもりさ」

「良い返事が聞けて良かったわ。ほな、行ってみよう!」

 

 遅れるなよ、と摩耶が返すが早いか、海からシーラカンスが跳び上がった。否、シーラカンスがこの海域に生息しているわけがない。水棲生物型巨大戦艦。それが姿を表したのだ。

 淡い青色をしたあまりにも大きな鋼鉄の魚。全長は100メートルにも肉薄しているように見える――赤城は初めて見た巨大戦艦に目を開き、わずかに恐れを抱く。私たちはこれに勝てるのか?

 いや、やるしかない。けれども誰の命も失わせない。二つの命令を同時にこなすのは困難を極めそうだった。

 

 

「浮上した敵戦艦の右側面に回りこむように前進、砲撃と航空戦力で仕掛けていきます!」

「了解だ! あたしが横で守ってやるよっ!!」

 

 赤城の指示に摩耶が興奮気味に返す。先行する雷も電は、巨大戦艦に対する恐怖や不安を抑えながら眼前の脅威に立ち向かう勇気を捨てていないようだった。

 次第に巨大戦艦との距離が縮まる。海中からはシルバーホークの攻撃が続いているようで、巨大戦艦が航行する海面が爆発して大きな波を起こしている。

 シルバーホーク隊が潜行してから一分が経つ。燃料切れが近くて三分しか動けないと言っていたはず――赤城は二機を心配しながらも彗星を封じた矢をつがえて思い切り弦を引き絞る。

 既にシーラカンスとの距離はかなり縮まっていた。雷と電が砲撃を仕掛けるのと、シーラカンスの口の中にある大砲が火を噴くのは同時だった。

 シーラカンスの砲撃は単発ではない。口のあたりで散っているのか、砲弾が四つに散らばり赤城たちを狙う。前進しつつ片足に体重を移動することで小さく旋回して回避、同時に一斉反撃に乗り出す。同時に、既に発艦していた攻撃機らが一斉に爆弾や魚雷を投下。敵巨大戦艦の頭部に着弾、大爆発を引き起こす。

 

 しかし効果的なダメージを与えているらしい様子がない。巨大戦艦の装甲とあれば一枚岩以上の丈夫さがあるのだろう。それでも装甲の一部は剥がれかけている。続けて攻撃することに十分な意味はあった。

 雷と電の背負う砲が火を噴き、摩耶もすべての砲をぶっ放す。五人は既にシーラカンス右側面に回りこんでいて、右側面にある巨大な鱗群に着弾、爆発する。

 砲弾の爆発以上の爆風があたりに巻き起こる。複合装甲。自ら爆発することで被弾被害を減衰する――そんなことが赤城の脳裏によぎる。派手な見た目よりもダメージは与えられていないはずだった。

 

「回避運動を取りながら攻撃を続けて!」

 

 腹から声を出した赤城は引き絞っていた弓を放つ。前進しながらの射撃は四機の彗星と化し、巨大戦艦の右側面の鱗と上ヒレを爆撃していく。

 おおおおぉ、と腹に響くような咆哮があたりをつんざく。巨大戦艦の機械部分の動作音らしい。そうして航行する巨大戦艦は左に舵を取るように動き、右側面の鱗部分をパカパカと開閉させる動作をした。

 すると大きな鱗から無数の小さな鱗が赤城らに向けて飛来する。朱色の夕暮れを映えさせた、意外にも速度の出ている無数のきらめく鱗は――

 

「あぶねえ! それは撃ち落せぇーっ!!」

 

 ――海面から飛び出したネクストシルバーホーク。機体下部からのぞく砲が次々に火を噴き、赤城らに飛来する無数の鱗を射撃していく。着弾した鱗は次々に爆発し、触れればダメージを負うことは免れないと赤城は悟った。

 雷と電、そして摩耶も装備している砲で無数の鱗を攻撃する。赤城や龍驤の放った艦載機もこれを攻撃している。だがそれだけではだめだった。どれだけ破壊しても次から次へと迫り来る物量を潰し切れない!

 

「お嬢ちゃんたち! ちいと危ないから下がってろ!!」

 

 ネクストから響く大音声。直後、機体前面の空間が「歪んだ」。ぐにゃりと歪んだ空間から四つのトゲのようなパーツが現れ、くるくると回転し始める。

 すると蒼く細いレーザーが鱗から赤城たちを守るように伸び、一つ遅れて爆発が連鎖していく。おまけに蒼いレーザーはネクストが機首の向きで導くように照射方向を変え、ついには大元の巨大な鱗に照射、次々と爆発を起こして黒焦げにしていった。

 

「ありがとうブルーさん!」

「赤城の姉ちゃんよ、アイアンフォスルの装甲は尾が弱い! こっちで引きつけるから回りこんで攻撃してくれ!!」

「了解! 皆、敵巨大戦艦の尾の部分に向かいます! 急いで!!」

 

 敵巨大戦艦の名前と弱点を教えてもらった赤城はすぐさま指示を出す。

 爆撃機を封じた矢をつがえ、ネクストの蒼いレーザーによって沈黙したアイアンフォスル右舷に向けて放つ。複合装甲も用を成さなくなったのか、砲撃もきちんとダメージを与えられているようだった。

 

〈第二艦隊が出撃したわ! 金剛ちゃんの四姉妹と加賀ちゃんが出てる!〉

「了解です! 合流して敵巨大戦艦を叩きます!!」

〈無理は禁物よ。死なないで!〉

 

 赤城と小森提督の通信が終わる頃には、艦隊が敵巨大戦艦――アイアンフォスルの後ろにつけていた。尾部に備わっている砲が迎撃してくるがその激しさは前面や側面には及ばない。

 ネクストを追って航行しているらしいアイアンフォスルを追う形で赤城たちは攻撃を仕掛けていく。追撃途中に雷と電が尾部の砲台から至近弾を喰らうが、戦闘継続には何の問題もなかった。

 敵はこれから射撃精度を上げていくだろうが、その前に別の艦隊と合流して一気に黙らせられる。赤城はそう考えていた。

 

「ッ! 赤城ぃあれは!?」

 

 龍驤が声を上げるよりも前に赤城はアイアンフォスルの変化に気づいていた。尾の部分が変形して巨大な砲口が姿を現し始める。

 赤い光をたたえたその砲口に気をつけるよう赤城は声を上げるが、敵のデータはよく分かっていない。どんな攻撃を繰り出すかに気を張ることしか出来ないのはかなり不利な状況だ。一発で大破するまでダメージを負うかもしれないし、最悪の場合轟沈するかもしれない。

 

「姉ちゃんたち、そいつはバースト砲だ! 避けてくれ!!」

 

 赤城と龍驤の放った艦載機に支えられつつ攻撃を仕掛けていたネクスト。このパイロットのブルーがスピーカー越しに声を荒らげた。

 バースト砲。海面から照射した赤いレーザーだろう――すぐに赤城は右に旋回して避けるよう指示し、行動に移るが、アイアンフォスルは狙いをつけたままだった。バースト砲は充填に時間がかかるのか、これの攻撃はまだ受けてはいない。

 ならば左に旋回――してもダメだった。アイアンフォスルには後部にも何らかのセンサーがあるらしく、それで赤城たちの動きはちゃんと確認しているらしい。波を激しくたたせ全速でアイアンフォスルの狙いを外そうとしても不可能だった。巨大な図体の割に艦娘を捉え続ける能力があるらしい。

 この窮地を越えるため、赤城はバースト砲の動きを注意深く観察し、悟ってしまう。

 小森提督の命令を遂げられないかもしれない。ここに、鎮守府のすぐ近くに、死者が出てしまうかもしれない。

 

「皆、よく聞いて」

「なんや赤城ぃ、喋ってる場合とちゃうで! 大ピンチや!」

「あれは私だけを狙っています。どう動いても砲口はしっかりと私を狙っていました」

「それがどないしたん! また回避運動を取らな――」

「私がここに残ります。摩耶さんと龍驤さんは右に、雷ちゃんと電ちゃんは左に回避運動をとってください」

「――そんなアホな話があるかッ!!」

 

 龍驤が怒鳴り散らすが首根っこを摩耶に掴まれて遠ざかっていく。振り返りざまに「すまねえ」と摩耶はこぼし、龍驤を掴みながら腕の砲をバースト砲に向けて撃つ。雷と電も涙ぐみながら離脱、遠ざかりながらアイアンフォスルのバースト砲に砲撃していく。

 果たして、赤城の読み通り敵バースト砲の砲口は真っ直ぐを向いている。こいつは絶対に倒さねばならぬという意志を赤城は肌で感じとった。たとえ自分がいなくなっても仲間たちがこれを倒してくれるに違いない。

 逃げてくれてありがとう。仲間たちに呟いた赤城は爆撃機を封じた矢をつがえて放つ。もしかするとこれが最後の発艦になるのかもしれないと、どこか冷静に赤城は思う。

 間違いなく無事ではすまないだろう。

 海の上の艦娘は深海棲艦と同様に通常兵器があまり効果を成さない。赤城が参加した実験に人類が作り上げた基地型レールガンを撃ち込まるというものがあったが、結果は小破未満のダメージに収まった。

 しかし通常兵器がまったく通用しないというわけではない。レールガン実験は確実に赤城を消耗させていた。そう、巨大戦艦が艦娘を苦しめている理由はそこにあるのだ。

 あれだけ充填に時間のかかる大口径の砲とあれば即死してもおかしくない。相手は未知のテクノロジーなのだ!

 自分に良くしてくれた小森提督に心の中で詫びながら、赤い光を強めていくバースト砲の眩さに目を細め――赤城の体は赤色をしたビームの中に消えた。

 

 

 

 赤、赤。どこをみてもそれ一色に染まっている。

 赫灼とした本流に飲まれた赤城は全身が襲う激痛に絶叫した。

 弓道着めいた制服の大部分が破壊され、大弓も飛行甲板も粉々になって吹き飛び。自分の手足も吹き飛んでしまいそうだ。

 やがて叫び声を上げているのかどうかもわからなくなる。自分が吹き飛んでいるのかどうかも分からない。あまりにも乱暴な流れの中にある赤城が一つだけ確信したことがある。

 死ぬ。それもまもなく。

 体のもろくなった部分から吹き飛び、そしてきっと、わけのわからなくなった首が海の上を転がって沈んでいく――それでも、それでも皆が生き残っているのなら満足だ。痛覚の麻痺した世界で赤城は静かに目をつむった。

 

 

 

「嫌や、こんなん嫌やっ、赤城ぃ!!」

 

 摩耶に首根っこを掴まれながら退避する龍驤。アイアンフォスル右舷にこの二人が、左舷に雷と電が動き、バースト砲から退避している。

 なにもかもを切り裂いて劈いていく、この世のものではない獣のような咆哮が辺りを揺り動かしている。絶望が音となって艦娘たちを包んでいる!

 

「落ち着けって龍驤さん! ダメだ、近づいたら!」

「離せや摩耶ぁ!! 死んでまう、赤城が死んでまうのは嫌やねん!!」

「あたりまえのこと言ってんじぇねえ!! 私だって、後ろのガキどもだって、つらいに決まってんだろ!! ここはあの戦艦を撃ちまくるしかないんだ!!」

「――っ、おいっ!! そこのクソ魚!! 絶対にしばく!! しばき倒したる!!」

 

 怒りを力に。龍驤は乱暴ながらも精緻な動きで残り少ない艦載機を続々と飛ばしていく。摩耶も、雷も電も、主砲や魚雷を絶え間なく放ち続ける。

 だが主砲はアイアンフォスルの装甲を貫くことはなく。魚雷も浸水を起こすほどの威力を発揮できていない。龍驤の艦爆・艦攻も致命傷を与えるに至らない。赤城を犠牲にしての決死の攻撃はなにひとつ意味がなかった。

 アイアンフォスルがバースト砲を放ってからしばらく経つが、まだ衰える気配がない。もう赤城は死んでしまっていることだろう。力尽きて沈むよりももっと酷い死に方をしているに違いない――そう予感した龍驤は絶叫した。

 

「ああああっ!! なんやねん、なんやねんこのふざけた魚はぁっ!! なんなんやお前ぇ!!!」

「やらせはしねえぞベルサー、目の前で誰か死ぬのはもう御免だ!!」

 

 朱色の空に怒鳴り声。はっとした龍驤が空に見たのは、蒼く細いレーザーを展開させたネクストの姿だった。

 四つのパーツから細く蒼いバーストビームを放ったネクストは機首を動かして向きを操作。アイアンフォスルのバースト砲から赤城を守るように調整する。するとアイアンフォスルのバーストビームは遮られ、これ以上赤城を傷つけることはなかった。

 

「レッド!! もうミサイル発射管は壊せたろ、いい加減上がって来い!! カウンターバーストだ!!」

 

 動きがふらつき始めたネクスト。それでもしっかりとバーストビームを照射し続け、海面に倒れる赤城に向かって呼びかける。

 

「動くなよ赤城の姉ちゃん! いま動かれたら守りきれねえ!!」

 

 

 

 

 

 

 遠くで名前を呼ばれたような気がした――薄い意識の中で赤城は目を開ける。

 体が半分海に沈んでいる。仰向けになって見つめていたのは、遠い場所で黄金の光の奔流が赤城とは逆の方向へ向かっている場面だった。

 アイアンフォスルという巨大戦艦のバースト砲に直撃した。だからこんなに体が痛いのだとは分かっている。激痛なんてものではない。いまにも叫びだしてのたうち回っておかしくない。

 だが。赤城は自分の痛覚が異常に薄れているのを自覚していた。それはバースト砲に呑まれている時からそうだが、その脅威がなくなったなら感覚が戻ってきても良いはずだ。だが、いつまで経っても感覚は戻らない。

 それどころか気持ちが良い。身体を包んでくれる温かい手――そんなものなんてどこにもないのだが、赤城はそんな感覚を抱いたのだ。

 

 いつかどこかで読んだ小説の一節が、不意に赤城の脳裏をよぎる。

 死についての描写だった。それは痛みに苦しみ無様に果てるのではなく、全ての五感を失って暖かく柔らかい気持ちで死に至るのだと、二挺拳銃の殺し屋の少年が標的の成金たちに言い放つシーンだ。

 ああ、私は、死ぬのか。かつての自分が死にゆくのを幻視しながら、赤城は長く息をつく。あの時とは違って穏やかに死ねるなら、それはとても良いことのように思える。

 唯一の心残りは、おそらく自分の全身が焼けただれていることだ。なんとか動かせる右腕を空にかざしてみれば、衣服は全てなくなっていて、至るところがただれている。まともな精神状態であれば直視に耐えない程の酷さだ。

 

(……でも、これで時間稼ぎにはなった。金剛四姉妹と加賀さんが来てくれるなら、それにシルバーホークがいるなら――)

 

 右手で頬に触れる。ただれてぼこぼこになった自分の顔を触れて確かめながら、赤城は静かに沈んで――

 

「駄目よ赤城さん! 逝ってしまっては駄目!!」

 

 ――そんな声が聞こえた。

 もう前もほとんど見えないが、馴染みのある人影が見えている。

 加賀さん、加賀さんがただれて崩れた私を抱えている――赤城は妙な安心感が湧き上がるのを自覚したが、それでも死ぬことへの恐怖は出てこなかった。

 

「あなたはこんなところで逝ってしまうような器じゃあない!! 私たちは一航戦でしょう!! 赤城さんは!! こんなところで!! ……沈まないで!!」

 

 沈みゆく赤城の身体を加賀が強引に引き上げようとする。

 常日頃の口数が少ない、なにを考えているかよく分からない彼女が、自分の感情を爆発させて喚いている。

 

「逝かないで! 沈まないで!! 逝かないで!! お願いだから!! 赤城さんがいなくなったら、私、どうすればいいの!!」

「いい、赤城さん、私は、私たちはあなたを助け出す。絶対に……絶対に!! 金剛さんっ! 早くこっちに来て!! 赤城さんを助けるの!! 沈んでしまいそうなの!!」

 

 半ば狂ってしまったかのように加賀は喚く。彼女の頭には、もはや巨大戦艦のことなどどこかへ吹き飛んでいた。

 涙を流して叫び散らす加賀。冷静という感情を捨てた彼女は絶叫しながら赤城の身体を支える。それが意味のないことと分かっていても、大事な仲間をこのままにして死なせるわけには絶対にいかなかった。


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