９月６日
今日は雨の日だった。遠征部隊の子たちが雨合羽を着て作戦に従事しているのを見送ったのが、なんだか記憶に残っている。
記憶に残っていることといえば、今日は提督が珍しく私と食事をしたい、と誘ってきたんだよなあ。鎮守府の近くにある洋食屋さんで私はオムライス、提督はミートソーススパゲティを頂いたんだっけ。へえ、卵の料理の仕方って色々あるんだなって感心して……
そして提督は私に教えてくれたんだ。なんで提督は困ったような、悩んでいるような顔をしていたのかって。簡単にいえば、嫉妬、みたいなものなのかな。軍艦だった頃にも、人間になっている時にも、そういう感情は持ったことがないからよくわからないけど。
結論から言えば「小森提督が来るまでのつなぎ」だったわけで。
小森提督っていうのは、半年くらい前に新しく提督になったという、小森あきこという女の人のこと。経歴が軍属のデータアナリストってだけだったんだけど、以前に所属していた鎮守府での活躍が認められて、引退間近の提督がいた鎮守府で提督として活動を始めた、んだっけかな？
それだけなら経歴がとても変わった女の人で終わるんだけど、そうじゃなかった。小森提督は艦娘や提督や大本営の人間なら誰もが知っているほどの有名人だと思う。その理由は、鎮守府の目前まで攻めてきた深海棲艦と水棲生物型巨大戦艦の連合艦隊を追い返して、その一ヶ月後には鎮守府近海を脅かしていた敵本拠地を潰したって大活躍をしたから。
私たちの敵は深海棲艦だけじゃない。魚とかをモチーフにした「水棲生物型巨大戦艦」が二ヶ月ほどくらい前から出没している。これはもう縮めて「巨大戦艦」としか呼んでないけど、脅威であるのは通常兵器の枠の中でありながら艦娘と対等に渡り合えるだけの性能がある、ということ。
そして私たちは巨大戦艦と手を組んだ深海棲艦に勝てないでいた。劣勢に立たされて、深海棲艦から奪い返していた海を次々に手放して、そして小森提督の鎮守府は陥落寸前であったわけで……
でも小森提督はどうにか追い返して、本拠地も潰して手痛い一撃もぶつけてやったってわけ。それが出来た理由は、本当に驚くしかないんだけど……宇宙から来た戦闘機っていうのを仲間にしたって大本営への報告書にあったの。各鎮守府に届けられる資料で知ったんだっけ。
シルバーホークっていう宇宙から来た戦闘機を小森提督が回収して、その力を借りて深海棲艦と巨大戦艦を追い返せた。それ自体は喜ぶべきことだと思うんだけど、でも青海提督はどこか面白くないような顔をしていた。
小森提督の詳細な報告書は、大本営が吟味して制作した巨大戦艦対策マニュアルに形を変えて各鎮守府に送られていた。秘書艦をしている私もきちんと目を通したし、他の艦娘だって読んでいない子は数えるのが難しいくらい。
いまでは巨大戦艦に対して艦娘だけで倒すことは十二分に可能になっているし（危険な敵であることに変わりはないけど）、小森提督やシルバーホークのパイロットには感謝している。この情報がなければ今のようにまともに戦えてなんていなかったんだし。そのことは青海提督だって分かってるはずなんだけど……
青海提督がレストランで私に話してくれたのは、正直な気持ちとして小森提督のことは快く思っていない、ということだったの。
ぽっと出の大した経歴も経験もなく、訓練も受けていない、穏やかさと優しさだけの人物が提督という責任重大な役職についているという事実が腹立たしいし許せなかった、と言ってた。おまけに、たまたま運良く拾い上げた三機のシルバーホークがなければあんな大活躍なんて出来るはずもないのに、って。
確かにそうではあるのだけど。うわさ話とかでも小森提督が不真面目な提督って話は聞かないし、顔は見たことないけど良い提督だと思うんだけどな……
青海提督はずっと昔からの努力家だから、小森提督のように急に成り上がった人を歓迎したくないのかもしれない。
そんなに快く思ってない人が南西諸島海域という最前線に出て、奪われた海を切り開くという任務を与えられていることは、青海提督にとっては面白く無い話だろうし。それまでのつなぎの時間として青海提督が選ばれたのはもっと面白く無いんだろうなあ。
私は「もっと素直になったほうが良いと思うな」としか言えなかった。あんまり提督に反抗的な態度はとりたくないけど、なんだか冷静ではなかったようだから、言うべきことは言っておいたほうが良かったかな？
そのあとなんのお話もしないで帰ってきて、仕事をして。提督はずっと悩んでいるようだったもの。もしかしたら私、やっちゃいけないことをしちゃったかな……