艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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バーサス エンシェントバラージ

 曇天は変わらず。金剛が旗艦の艦隊と、別の鎮守府から派遣された艦隊が合流する。そちらは戦艦の艦娘、長門を旗艦とした艦隊で、彼女に従うのは姉妹艦の陸奥。他には重巡艦娘の愛宕、軽巡艦娘の五十鈴、駆逐艦娘の暁と響だった。

 合流とはいっても6人と6人をこの場で組み合わせて12人1艦隊にするのは難しい。鎮守府で連合艦隊の編成を行うのであれば現実的ではあるが、いまは敵が急速接近中なのだ。

 ある程度の距離を保ちつつ相互に連携をとる。金剛と長門は手短に無線通信をかわして来る敵艦隊に備える。

 

「金剛お姉さま、もうそろそろです」

「わかってるネー……長門ぉ、(Three)(Two)(One)でお互いに海中にいる巨大戦艦に向けて魚雷を撃たせるデース!」

 

 なに? 無線機の向こう側で長門が困惑したように返答する。既に味方同士での無線通信網は構築されている。密な連携をとることは十分に可能である。

 既に金剛旗艦の艦隊では艦載機発艦も済ませている。そして赤城と加賀は自分に任せられたシルバーホークの発艦準備を終えて備えていた。いつでもシルバーホークを封じた矢を放って発艦させるられる。

 それでもことは簡単に運ばない。金剛は簡単にいまの状況を説明する必要があると直感し、従うことにした。

 

「いまはこっちのシルバーホークが敵艦隊をうまく引っ張ってるネ! 私たちが向いている方角の水平線の向こうには敵がいるのはわかってるから――」

「先制攻撃は大事だな。分かった、皆、備えるんだ!」

「――Yeees! Preemptive attack(先制攻撃)で敵の出鼻を挫く! 戦いのAdvantage(有利)をものにするデース!!」

 

 元気よく金剛が口にすると、無線越しに長門がくすりと笑っていた。戦意が高まっているのは良いことだと長門は続けると、耳に入ったノイズにはっとしたようだった。

 

「なん、誰だ?」

〈オリジンシルバーホークパイロット、オールドだ。そちらは長門だな? 友軍艦隊の旗艦を務めている?〉

「そうだ。巨大戦艦との戦いは経験がないが、この長門が来たからには安心してほしい」

〈ずいぶん自信があるじゃないの。で、金剛!〉

What()?」

〈そっちにつくのが予測であと40秒後だ。先制攻撃の備えは?〉

No problem(問題ないよ)! 赤城たちの航空部隊も戦闘開始デース、みんな、気をつけてネ!!」

 

 無線越しに多くの艦娘が声を揃える。湧き上がる不安。緊張。だが金剛は自分がそんなものに押しつぶされない力を持っているのを自負している。

 在りし日の戦艦、金剛。その魂がこの体を「借りて」こうして戦っている。自分のために死んでくれたこの子のためにも――人類を脅かす深海棲艦たちは倒さねばならない。

 

 

 

 二つの艦隊が前方へ航行する。「彼女たち」の狙いは、前方に捉えている敵部隊の殲滅にある。

 到着予測時間、10秒。この時、旗艦・金剛が球磨に前方への魚雷発射を命じる。

 

「Hey球磨、魚雷発射デース!」

「了解だクマ!」

 

 身構える球磨から艦隊のメンバーが離れ、一応の安全を確保したところで球磨が魚雷を放つ。それは長門が旗艦を務める別の艦隊もそうだったようだ。そちらの艦隊の方が魚雷を放つことのできる艦娘は多い。海面を走る魚雷の跡の本数は何倍もの差があった。

 

「オールド! ちゃんと魚雷をevade(回避)するデース!」

〈分かってる、大丈夫だ!〉

 

 金剛たちからでは目指できないが、海中を「飛行」するオリジンはその機首をさらに下に向けた。

 深く海を潜るオリジンを追いかけようと迫る緑色の機械のタイマイ――エンシェントバラージは、頭部に相当する箇所にある光学センサに、幾つもの魚雷が自らに迫るのを認めたことだろう。そして、それが避けられないことも。

 

 オリジンが勢い良く海面から飛び出す。そこからひとつ間があいて、オリジンの後方の海面が爆発した。

 

「やったあ! 魚雷が命中したんやな!!」

「ふっふーん。この調子でやってやるクマァ!!」

 

 高揚した戦意からか、球磨はおおおと雄叫びを上げながら前へ前へと突っ込んでいく。

 この戦いは艦娘と深海棲艦の数の差だけでいえば12対6という、圧倒的に艦娘側が有利な状況である。だが決して油断することが出来ない要因が深海棲艦の側に存在する。

 ベルサーの巨大戦艦。強力な艦娘が六人がかりでも倒すことが難しい艦種もある、水棲生物をモチーフにした強力な「通常兵器」。タイマイの形をした、絨毯爆撃や戦略拠点の破壊を得意とする、分厚い防御力を誇る巨大戦艦だ。

 金剛も彼女に続く艦娘たちも、魚雷の先制攻撃があたったからといってすぐに倒しきれるものではないと分かっている。もしもすぐに倒せる相手であれば、今頃こんなに苦戦なんてしているはずがないのだ。

 

「――制空権確保の知らせを受けました! 第二次攻撃隊、発艦!!」

 

 赤城が矢を放つのと、そのとなりで加賀が矢を放つのは同時だった。少し遅れて龍驤も自分の艦載機を発艦させる。

 深海棲艦はル級が1、ヲ級が2、ホ級が3という構成だ。赤城は自分の流星(艦攻)がホ級一体を沈めた報告を受けながらそれを伝えつつ、レジェンドの発艦準備に入る。加賀もネクストの矢をつがえ終えていた。

 

「レジェンドシルバーホーク、発艦!」

「ネクストシルバーホーク、発艦します」

 

 赤城と加賀が矢を放つとすぐに矢が発光し、光が収まるとそこには赤と青の戦闘機が姿を表した。どちらも形状は異なるが先鋭的でヒロイックである印象は変わらない。一度急上昇をすると機首を海面に向け、そのまま高度を一気に下げていく。

 

「レッド、あなたの役割は敵巨大戦艦の動きを封じることで――」

〈分かってる。ブルーとオールドと共に行動し、これの実現にむけて努力する〉

「――お願いね! 幸運を!!」

 

 赤城との通信が終わる頃には、レッドが搭乗するレジェンドシルバーホークは海中に潜行していた。そのあとにネクストも続き、海中から聞こえるくぐもった爆発音がさらに激しさを増していく。

 シルバーホークを発艦させた空母たちは戦闘の中心から遠ざかるように航行、いつでも艦載機の発着艦ができるように備え、攻撃を警戒して身構える。そこに通信機からオールドの声が入る。

 

〈すまねえ皆、エンシェントバラージの攻撃を全部受け持つってのは無理みたいだ〉

「なんやと?」

〈注意を引かせるようにしているんだが、ヤツが優先して狙っているのは俺たちシルバーホークじゃねえんだ。艦娘なんだ!〉

「ホンマに? 分かった、これ、皆にも聞こえてるやろ?」

〈その設定にしているよ。おじさん、そこまで馬鹿になった覚えはないぜ! とにかくだ、敵艦隊への安易な接近は危険だからな!!〉

 

 オールドが警告するのと、海面から数十条の黄色のレーザー砲が一斉に飛び出たのはほとんど同時だった。敵艦隊との距離を縮め、確実に砲撃を当てようとした金剛や長門が狙われていたが、運良くレーザー砲撃は当たらなかった。

 

「なにっ、海底から砲撃だと!?」

「巨大戦艦の攻撃ネ! シルバーホークが抑えてくれなかったら、もっと激しい攻撃になっていたデース!」

「ぬうぅ……ここはシルバーホークを頼るしかないのか! 艦隊、海面下からの砲撃に注意しつつ接近、敵を討て!!」

 

 長門の号令に頷くように支援艦隊の砲撃が始まる。高速移動しながらの砲撃なので狙いはてんでバラバラだが、それでも次第に敵艦隊への集弾が高まっていく。

 負けていられないとばかりに金剛旗艦の艦隊も砲撃を開始する。戦艦二人に軽巡一人では支援艦隊よりも派手さや威力のある攻撃は出せないが、空母三人の航空爆撃がしっかりと深海棲艦の活動を弱らせていく。

 敵艦隊はエンシェントバラージの上に来るように航行し、海面下からの砲撃支援を受けながら応戦していた。密な連絡を交わしているのか、数秒に一度発射されるレーザー砲撃は敵艦隊を襲うことなく、これを囲おうとしている金剛旗艦、長門旗艦の二艦隊に狙いがつけられていた。

 そのせいですぐに終わるはずの戦いが予想外に長引いていく。やっとのことで敵ホ級を二体爆散させた金剛は、赤城が敵空母の全艦載機を撃破したことを伝えた。

 

「Foo!Amaging(すっごいなあ)! この調子で直接攻撃に移るデース!!」

「了解! 艦載機の皆さん、がんばって!」

 

 敵が少なくなったことで深海棲艦側の勢いは弱くなっていく。

 抵抗が弱くなったので金剛は比叡を連れてさらに前進。海面下からの砲撃に気をつけつつ、狙いを既に手負いだったヲ級に絞る。弱ったものから攻撃するのが常套手段で、ここは正々堂々とした勝負を行う場所ではない。

 多少のダメージは通行料代わりとでもいわんばかりに手負いのヲ級はル級を庇うように動くが、ついに比叡の砲撃が直撃。水柱と煙が晴れた時には、そこにいた手負いのヲ級は跡形もなく消えていた。

 

「これで敵が各艦種1ずつです、お姉さま!」

「Good job! 私も負けてられないネー!」

 

 妹の戦果に喜びながら、しかし金剛は表情を苦いものに変えた。――海面下で激戦を繰り広げているはずのオールドからの通信だった。

 

〈全員聞こえるか、敵の増援だ!!〉

「What?」

方位90(東の方角)、距離はこっからそう遠くないところに『出る』ぞ!! 亜空間跳躍だ!!〉

 

 オールドが探知してからわずか2秒。金剛旗艦の艦隊に近い側のやや離れた場所の空間が「ぐにゃり」と歪み、奇妙なうねりを伴って「割れた」。

 空間が割れ、そこから深海棲艦と巨大戦艦が現れる。戦艦ル級が2、重巡リ級が2、軽巡ヘ級が2。この敵に両側面を守られるように赤いサメのような巨大戦艦が海上を航行している。

 

〈ハイパー! 奴はハイパージョーだ!!〉

「なんやて!?」

〈いいか、奴の上ヒレからのウェーブに注意しろ! 顎の部分からは亜空間から呼び出す白兵戦ユニットを飛ばして殴ってきやがる!! いまのところは、それらに注意してくれ!!〉

 

 いまのところは、という言い方に引っかかりを覚えながらも龍驤はいち早く艦載機を発艦させる。これを目にした金剛は長門に向けて言葉を出すべく通信機を口に近づけた。

 

「敵の増援部隊が来たデース!! 私たちの艦隊が応戦に!! Okay(いい)?」

「了解だ。こちらは任せろ!」

あたしら(シルバーホーク)は三機残ってエンシェントバラージをやる!! そっちへの援護は?〉

「じゃあブルー、隙を見てこっちに飛んできてくださいネー!! 皆、Follow me(ついてきて)!!」

 

 金剛の指示で比叡と球磨が反転、敵増援艦隊への接近を図るが、敵艦隊の猛攻とハイパージョーの黄金のウェーブに翻弄されてしまう。

 

「くーっ、なかなか近づけないクマ!」

〈いいか球磨、奴の真正面には絶対に立つな! フリでもなんでもねえぞ、立った瞬間にはぶっ飛ばされるぞ!!〉

「りょっ、了解だクマ。みんなも気をつけるクマ!!」

 

 ベルサーと十数年以上も戦い続けているオールドの言葉は素直に聞いておこう。そう判断した球磨は、赤城たちが発艦させた艦載機とともにハイパージョーの右側面を固める敵艦隊への攻撃を開始する。

 比叡は左側面への攻撃を担当することを伝え、とりあえずの狙いをヘ級に絞る。彼女の練度は高く、戦艦としての高い能力もあって、すぐにヘ級は体の大部分を失って沈んでいく。

 それがハイパージョーに危機感をもたせることになってしまった。ミツクリザメをモチーフにした巨体に似合わない旋回速度で比叡を正面に捉えようとしていく。

 

「ひえーっ!!」

「××××in shark!! 私が相手するネー!!」

 

 ハイパージョーが黄金のウェーブを比叡めがけて射撃していたが、金剛の砲撃で上ヒレが爆発する。全部壊れてはいないが、比叡を襲う危険は去ったのだ。

 

「お姉さま!」

「比叡はそのまま深海棲艦を! 私はこのサメを Beat up(ぶちのめす) !!」

 

 金剛の怒涛の砲撃はとどまるところを知らない。オールドのアドバイスに忠実に、しかし臆することなく右の懐に潜り込むように金剛は高速機動していく。

 一瞬、ハイパージョーの正面に金剛が位置したが、すぐに金剛はこの位置関係を拒否するように加速する。同時にハイパージョーが「顎の部分」から「どんどん連なって射程距離を伸ばす白兵戦兵装」を展開した。

 ハイパージョーの奇っ怪な攻撃に海面は大きく揺さぶられ、近くにいた金剛は大波をかぶりながらもハイパージョーの右側面を砲撃していく。

 大声を上げながら攻撃を続ける金剛は心の奥底に恐怖を押し込んでいた。ハイパージョーの白兵戦兵装は「亜空間に格納」されたらしく、いまは影も形もないが、あの射出速度と質量を前にすれば大抵のものは無残に破壊されてしまうだろう。ひとつ間違えば体のどこかが吹き飛んでいてもおかしくなかった。

 戦艦の各部に機関砲の砲身が埋め込まれているのか、その反撃を受けつつも金剛は果敢に立ち向かっていく。そんな金剛を沈めようと、ハイパージョー右側面を固めていた深海棲艦らが砲撃を加えるが、ここを球磨が阻止。龍驤の艦載機が爆撃を仕掛けていく。

 

「お前たちの相手は球磨だクマァ!!」

「直掩隊は金剛につくんや! 他は敵を狙うんやで!!」

 

 ハイパージョーの白兵戦兵装は遠くにいた空母三人には届かなかったが、いまだにエンシェントバラージの海面下からのレーザー砲撃に苦しめられていた。どう避けようともいくつかはあたってしまう。

 艦娘の装甲は服のように身にまとうものではない。透明な防御スクリーンのようなものが船魂から提供されていて、そのおかげで深海棲艦や巨大戦艦からの攻撃で即死に至らないのだが、徐々にこの不可視装甲が衰えているのを自覚してしまう。

 

「赤城ぃ、このままじゃアカンでぇ!!」

「戦いが長引けば長引くほどこちらが不利になるわ。赤城さん、ここから離れましょう」

 

 お互いに艦載機を発艦させながら龍驤と加賀が叫ぶように大声を出す。だが赤城はきつくハイパージョーを睨みつけたまま答えない。回避運動を取りながらなにか考えを巡らせているようだった。

 

「……すぐに金剛さんの方へ進みます。急いで!」

「分かったわ! こんなとこ、さっさと離れ――」

〈龍驤! 赤城に加賀、そこを動くな!!〉

 

 回避運動から進路を変更しようとしたその時、オールドの怒鳴り声が艦娘らの耳をつんざいた。いったいなんの理由で離れてはいけないのか、動いてはいけないのか、これを伝えなかったオールドに龍驤は少しだけいらだちを覚えたが、少しだけだった。

 

 自分たちの下に巨大な影が迫っている。それもものすごい速度と勢いで。足の裏から何十トンものハンマーでぶちのめされるような衝撃がもうじき迫っている――へあっ、と自分の口から変な声が漏れたのを、龍驤はついに聞かなかった。


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