艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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第二次反抗作戦・出撃の一幕

 第二次反抗作戦が発令されてから10日後。

 資源配分をきちんと整理し終えた小森提督は、鎮守府近海にある敵本拠地を壊滅させることを作戦の最終目標に掲げなおしていた。また、攻撃を二回に分けて行うことも決めていた。

 上層部が提示した期限まで残り4日。この日、昼の一時に第一次作戦が発動することになっている。ダジャレじゃないんだけどなあと提督はため息をつきながら執務室のカーテンを開けた。正午。のっぺりとした曇天。いまの彼女の心境を鏡に写しだしたような空模様だった。

 

 

 

 小森提督の心のなかには二つの不安が唸っている。奥深さが知れない洞窟に向かって声を出しているようなもので、次第に気味悪く反響するような感覚を覚えている。

 そのうちの一つはこの鎮守府にて鎮守府近海の防衛任務にあたっている鳳翔のことだった。

 鳳翔のなにを心配しているのかといえば、穏やかではないであろうその心のことである。はじめ、オリジンシルバーホークをどの艦娘に預けるかを悩んで懸念していたが、そのことがいまになって湧き上がったのかと提督は考えていた。

 結論からいえばそれは違った。鳳翔はそれとは関係しているがまったく別のことに悩んでいた。彼女と長い時間、穏やかに真剣に話をした提督は、鳳翔が重大な出来事に直面していたことを知った。

 

 鳳翔がいうには、軍部の最高機密が一人の少年に漏れていたという。その少年は鳳翔の体の器となった少女の弟で、名を(おおとり)(しょう)という、なんとも奇妙なめぐり合わせを感じさせるものだった。

 翔少年とは港町の被害報告をまとめようとしていた時に出会ったという。本来であれば、翔少年からすれば姉の体を借りた艦娘であったはずだ。だが、彼にとって鳳翔は「姉の人格(記憶と生命)を奪って乗っ取った殺すに値する存在」ですらあった。

 その理由は軍部の最高機密にある。軍部が広く一般にしている説明と実際に行っている処置は別物だ。説明では「多重人格者とならないよう、艦娘の器となった人物の記憶を封じ込める措置をとる」としているが、実際は「器となった人物の記憶を封じ込められないので『処理』している」のが正しい。

 

 翔少年はその最高機密を知っていた。艦娘になることを反対した彼を説得するために彼の姉――いまの鳳翔の器となった人物だ――が教えられたそのカードを切らざるを得なかったのだろう。鳳翔から細やかに話を聞いた提督は、しかしここから機密が漏れることはないだろうと察していた。

 希望的観測ではない。殺しても殺し足りないほどに憎んでいたはずの鳳翔が無事に帰ってきていたことから、彼女と翔少年が和解に至ったのは分かっていた。命を賭した姉のことを思えば、翔少年は機密のことを誰にも話すはずがない。話せるはずもない。現にジャーナリストにすっぱ抜かれて致命的なダメージも負っていない。

 

 そんな話をした提督は、鳳翔が意を決して頼み込むように語ったのを鮮明に覚えている。器になってくれた少女は深海棲艦を殺すためにも志願していたのだから、どうか私にシルバーホークを――鳳翔の願いはそれだった。

 だが。提督は首を縦に動かして叶えることはできなかった。第二次反抗作戦のまっただ中でそんな装備変更をして混乱を招くことなどできるはずがない、ということも理由としてあげられる。

 同時に別の理由が提督にはあった。

 艦載機の搭載可能数の差が龍驤と鳳翔にはある。どちらも「改造」という船魂自体への処置を行い、持てる艦載機の数は増えていて、二人の搭載数の差は片手で数えられる程度だった。

 しかし龍驤と鳳翔の決定的な差は「各種装備搭載可能数」――提督らや艦娘らの間では単に「スロット」と呼ばれるものの数だ。艦娘用装備一つを装備するのに一つのスロットが必要になる。龍驤は4つあるが、鳳翔は3つしかない。

 そしてスロットごとには最大搭載数というものがある。その数まである種類の艦載機を詰め込むことができるが、シルバーホークはたったの一機でそのスロットをすべて埋めてしまう。スロットごとの最大搭載数に左右されることなく。

 だから提督は、龍驤か鳳翔にシルバーホークを運用させるのを迷っていた時、実は理屈としては迷うところなどなかったのだ。それでも提督が迷っていたのは選ばれなかった側の心境を考えてのことだった。

 

 頼み込んだ鳳翔に「ごめんね」と話したのを提督は覚えている。鳳翔もそれは予感できていたらしく、酷い落胆はしなかったものの、残念そうに顔を伏せていた。

 

(あの時、私は、鳳翔ちゃんにきちんとした言葉をかけられないでいた……彼女に配慮ができていないで作戦を始めるのは、かなりの不安材料だ)

 

 提督の考えとしては、鳳翔には防衛に専念してもらうつもりでいた。しかし彼女は敵を殺すことを望んでいて、同時にそれは叶うことがない――このことは鳳翔にとってと非常につらいものになるだろう。

 鳳翔のことを思えば、提督はため息をついてばかりだった。もうじき出撃が迫っているのに、そちらに十分な意識を向けられないでいる。危険な状態だが、提督には一人でこの不安な気持ちを吹き飛ばす力はなかった。

 

 

 

 

 

 

 あと十分で午後一時を迎えようとしている。

 提督は外に出て、作戦海域へと出発しようとする艦隊を見送るために港に立っていた。第一次作戦。この艦隊を構成しているのは金剛と比叡と球磨、そしてシルバーホーク発艦を担う赤城と加賀と龍驤だ。

 

 第一次作戦の狙いは敵勢力を削ぐことにある。ベルサーの巨大戦艦を二隻でも撃破することができれば大成功といえる。が、第一次作戦は第二次作戦への布石にすぎない。

 第二次作戦は一気に敵本拠地まで到達し、そこの深海棲艦を皆殺しにすることと、そこにいるはずのグレートシングを撃破することが目標だ。そのためには大勢で向かうことが必要だが、成功しても回復不可能の甚大な被害を被るかもしれないし、最悪の場合は返り討ちにあって全滅することが考えられる。

 そこで提督や艦娘たちは「少数精鋭を送り込むことによって早期決着を狙う」ことにしたのだが、分厚い防衛・監視網をくぐり抜けることは不可能に近い。かといって囮作戦を採るにしても、囮になる部隊にかかるリスクが尋常ではなく全滅の可能性が高い。

 そのための第一次作戦なのだ。他の鎮守府からの支援を受け、最初に大勢で攻めかかる。第二次作戦では規模の劣る囮部隊を用意し、敵の油断を誘い、敵本拠地を叩く部隊を送り込みやすくする――小森提督らはその作戦を上層部や他の鎮守府に伝え、これで攻めることになったのだ。

 

 鎮守府からごおおーん、とブザーのような腹に響く低い音が流れる。午後一時、出撃の時間になったことの知らせだ。

 旗艦をつとめる金剛が「Follow me!(ついてきて)」と呼びかけ、比叡が嬉しそうに返事をしているのを見送る提督。鎮守府を離れ出撃に向かう艦娘たちは提督に腕を振り、水平線の向こう側へと消えていった。

 

「提督、そろそろ戻りましょうか」

 

 不意に後ろから声をかけられた提督は驚きながらも振り返り、そこに鳳翔がいるのを認めた。彼女も艦隊の見送りに来ていたらしい。

 

「鳳翔ちゃん……そうだね、戻って艦隊の指揮をとらないと」

「はい。私が秘書艦代理を務めます。戦果をあげて無事に戻れるよう、全力を尽くしましょう」

 

 お願いね、と提督は返すが、これ以上続ける言葉が思いつかない。鳳翔の心中を察すれば、見送りに行くのだってある種の葛藤があったはずなのだ。

 

「あのさ、鳳翔ちゃん。その、ええっと、あの――」

「提督。私のことは気になさらないでください」

「――え?」

「前にシルバーホークを任せてほしいと言ったこと、忘れてください。……私には私の役割があるのだと、それが分かりましたから」

 

 妙にあっさりと鳳翔のわだかまりは解けたらしい。なにがあったのだろう? 提督はそんな疑問を浮かべてすぐに流した。それはいま問いただす場面でもなければ内容でもない。

 

「……提督は考え事がすぐに顔に出るのが良いですね」

「ポーカーで勝てないから嫌なんだけど」

「ふふふ。提督、お話しましょうか? 私がこんなにあっさり抱えていたものを解決した理由を?」

 

 そんなに顔に出やすいのかな、と提督は唸りながら執務室を目指す。階段を登りながら「話して欲しいな」と鳳翔の顔を見て話した。

 

「前に提督にお願いしましたね、文通の許可を出してほしいと」

「あーうん、そうね?」

「あの相手が翔くんなのです」

「そうだったの? 文通くらい自由にしたっていいじゃないのって言ったけどさ、鳳翔ちゃんもすぐにホントのことを言わないんだもんなあ」

「言えるわけがあるとでも思いますか?」

「ないねえ」

「でしょう?」

「うん。で、その翔くんがどうしたの」

 

 二通目の手紙なんですよ、と鳳翔。それだけでは提督は意図を汲みきれなかった。

 執務室まであと少し。きれいに清掃の行き届いた廊下を先導する提督は、振り返りながら口を開く。

 

「二通目? けっこうやりとりが早くないかい?」

「……その二通目には、彼が私のことを心配してくれている文章がありました。『前に姉さんの話をして、姉さんは深海棲艦を殺すためにも艦娘になることを志願したって言ったよね』って」

「ふむ」

「『でも、鳳翔さんにとっては姉さんのそういう気持ちは関係のないものなんだって、ようやく分かった』と。彼なりにいろいろ考えていたみたいです。それで、あのお手紙で言いたかったのは……鳳翔さんは鳳翔さんの戦いをして欲しいって」

「……うん」

「『姉さんの気持ちは関係のないものだけど、ちゃんと知ってくれて嬉しい。だから鳳翔さんは自分の役目を、自分の戦いをしっかりと果たしてほしい。それが姉さんのためにもなるはずだ』――筆圧の強いボールペンで、一所懸命に書いたのが分かる文字で、私を応援してくれたんです」

「だから、シルバーホーク発艦担当にはなりたくない?」

「ないっていうなら嘘になります。でも、自分の戦いを放り出すわけにもいきません。主力のいない間、私はしっかりとこの近海を守って……そして、みんなの帰りを笑顔で迎えたいのです」

 

 少し目元が潤んだ様子で鳳翔は微笑む。執務室のドアノブに手をかけた提督は、その微笑みに吸い込まれる感覚を覚えながら、自分の不安の一つが心から離れていく足音を聞いた。

 

「そっか。……ありがとうね、鳳翔ちゃん」

 

 たぶんいまのスマイルは一級品だ。天然素材の高級品だ――提督は自分の頬が緩んでいるのを冗談めかして自画自賛して自分の机に向かう。

 これからの彼女の仕事は艦隊の指揮だ。まずは他の鎮守府からの支援艦隊と合流し、共に敵の防衛網を刺激する。適度に攻撃を加えた後に後退し、帰還をもって第一次作戦は終了となる。

 

「さーてさて、予定通りことが進むといいんだけどねえ」

「信じましょう、仲間たちを。敵が強固とはいえ道を違えなければ通用するはずです」

「ん、そだね……えーとぉ、こちら小森提督だけど、聞こえるぅ金剛ちゃん? 支援艦隊との合流はあとどのくらいかかりそう――」

 

 

 

 

 

 

 出撃からしばらく。偵察で得た情報から予測するに、もうしばらく進めばエンシェントバラージと行動を共にする深海棲艦らと鉢合わせるはずだ。金剛から通信を介して聞かされた情報をオールドは心のなかで咀嚼する。

 空はのっぺりした曇天が続いている。雲の切れ間はなく、いまにも雨が降りそうだが、それでも海は穏やかだ。コクピットの計器類に目をやり状態を確かめながらオールドは周囲の目視も忘れない。

 

 現在、オールドの搭乗するオリジンシルバーホークは、艦隊から先行して前方の偵察を行っている。短い時間ごとに定期連絡し、艦隊の目の役割を果たす――ベテランのシルバーホーク乗りのオールドには簡単な仕事だった。

 だが彼にはある不安があった。偵察から得た情報では敵の動きはほとんどパターン化されていて、それが変わることはあまり考えられていない。

 常に最悪の状況を読むことが大切だと教えられ、教え子に伝えてきたオールドは、敵の動きがパターン化されていることを鵜呑みにはしていなかった。彼が不安になっているのは艦娘が巨大戦艦と交戦する時のことだった。

 

 ここは宇宙空間ではなく地球だ。もっといえば地球の大半を占める海という地形。人は地に足をつけて戦うが、艦娘は艦娘用艤装を身につけ水の上を航行して戦う。巨大戦艦は宇宙空間を航行するが、ここでは飛行能力が削がれているのか、潜行するか浮上して航行するかしか出来ない。

 エンシェントバラージの攻撃方法についてのブリーフィングはすでに行っている。金剛が旗艦の艦隊も、他の鎮守府からやってきた艦隊――長門という戦艦が旗艦だと聞いている――もこの話は周知徹底されている。

 タイマイ――ウミガメ科タイマイ属に分類される生物によく似た巨大戦艦。それがエンシェントバラージだ。これの攻撃はサウザンドナイブズよりは熾烈ではないが、戦死するシルバーホーク乗りは少なくない。

 頑丈な甲羅部分からはレーザー弾幕が展開され、あらゆる攻撃を防御するフィールドを放つこともできる。厄介なのはこのフィールドに攻撃を仕掛けると突発的に反撃も行い、非常に危険だ。亜空間の技術が使われているのだが、十中八九その技術は生きているはずだとオールドは踏む。

 他にも強固な部分は存在するが、内部には多種多様の攻撃を行うためにバカみたいな量の兵装を満載している。それらは余すことなく伝えていたが、艦娘らがすべてを記憶出来ているかといえば、オールドは満足に頷けなかった。

 恐らくエンシェントバラージは海に潜って甲羅からのレーザー砲撃を行うだろう。生物をモチーフとしたデザインからしてそれが一番効率のよい攻撃方法のはずだ――オールドはそう思っていたし、ブルーもレッドも同じことをブリーフィングで提言していた。

 

 だからきっと、艦娘らがエンシェントバラージと交戦しても大丈夫のはずだ。そう思いたいのだがオールドはこれが出来ないでいた。自分がしっかりと戦闘技術を教えこんだレッドとブルーは信頼できるが、どうしても艦娘に十全の信頼が置けないでいる。

 彼女たちが嫌いなわけではない。むしろその逆なのだが、オールドの心の奥底から嫌な記憶が顔をのぞかせている。

 

(……くそっ、提督に相談はしてみたけど、少しマシになったってだけで根本的な解決になってねえ)

 

 オールドは十年以上もの長い間をダライアス宇宙軍のシルバーホーク乗りとして生きていた。しかし同じ時間を戦いに過ごした仲間は数えるほどしかいない。隣で意気揚々と出撃した者が、帰投する時には一欠片も残っていないのはよくあることだった。

 

(艦娘は深海棲艦には強い。戦闘経験だって豊富だ、油断さえなければ勝ちを収めるのは難しくないはずだ。でも、巨大戦艦との戦闘経験は? それに宇宙空間じゃなくて海戦だ、俺たちが奴らの動きをきちんと把握できるかったらそうでもない。……また、誰か死ぬのか?)

 

 出撃した仲間が死ぬ。僚機が消える。そんなのはあたりまえのはずだった。なのに、なのに。人の形をした船の魂が死ぬのには抵抗がある。

 

(いや、いまは、目の前の任務に――)

 

 ガツンと頬を殴って気持ちを入れ替えようとしたまさにその時。オリジンのコクピット内に警報が鳴り響いた。巨大戦艦の急速接近を知らせるメッセージが全天球モニタに投影される。

 検索結果、エンシェントバラージと確定。ちょうど定期連絡の時間と重なっている。オールドは通信機の回線をオープンにした。

 

「おい龍驤! エンシェントバラージを確認した、深海棲艦も幾つか随伴してる。ル級が1、ヲ級が2、ホ級が3だ。そっちから見て前方15海里(1海里=約1852m)ほど、方角はだいたい10時(西北西)だ!」

〈了解や! いまからそっちに進むから、待っててや!〉

Good job(やるじゃん)! オールドはそのままこちら側に引きつけるように撤退ネ! 私たちとシルバーホークでボッコボコにしてやるデース!〉

「分かったぜ、そいじゃおじさんはひと逃げすっかな!」

 

 海面にエンシェントバラージの姿が浮かび上がっているのを認めたオールドは、ヲ級が発艦させた敵航空機の攻撃をかわしながら撤退する。シルバーホークの航行能力なら一気に引き離すのは簡単だが、それだと敵を引っ張ることは出来ないだろう。

 レジェンドやネクスト以上の攻撃力をもってすれば倒せたかもしれないが、シルバーホークは「通常兵器」である。通常兵器は深海棲艦にも艦娘にも傷をつけることが難しい。

 背後に迫る弾幕や徐々に薄れていくハイパーアームの強度減衰からのプレッシャーよりも、反撃が困難なことから悔しい思いをしていた。オリジンを海面下に潜行させ、急上昇して高度を稼ぎつつ急降下、潜行をして翻弄しながら敵を引っ張っていく。

 

(……大丈夫だ、おじさんが、いや、シルバーホークが巨大戦艦をやっつけてやるからな。大丈夫だ、この戦いじゃ誰も死なない。死なせるものかよ)


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