艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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機械のイルカ

「なんだって? イルカ型の機械を見た?」

 

 第二次反抗作戦が発令されてから3日後。午前11時。

 小森提督は偵察任務に出ている艦隊からの報告を受けた。

 イルカの形をした機械が海を泳いでいる――龍驤からの通信を受けた提督は、ただごとではないと直感するとすぐにその場を離れるように指示を出す。

 龍驤が旗艦となっている艦隊は、球磨と吹雪が随伴艦となっている。偵察が主な任務なので大勢で向かうのはかえって危険だと提督は判断したのだった。

 

〈せやせや。オールドが確認したんやけど、あいつが言うにはイルカ型の艦載機らしいで〉

「イルカ型の艦載機?」

〈ちょっち待って! ……オールドはな、まず間違いなく、グレートシングがいるって言うとるわ。イルカ型の艦載機はグレートシングが発艦させるものなんだって言うとる〉

「そういうことならいますぐ戻ってきて。これまでに集めた情報を整理するよ」

〈了解や。ほな、みんな帰るでー! 提督、続きは帰ってきてからや。またね!!〉

 

 そう言うが早いか龍驤の方から通信が断ち切られる。誰もいない通信相手に「じゃあね」と告げた提督はそっと通信機のスイッチを切った。

 提督の隣には金剛が紅茶を飲みながら椅子に腰掛けている。アールグレイ。ほのほんと湯気が立ち上るティーカップから口を離した金剛は提督に向かって話しかけた。提督は机の上のコーヒーカップに口をつけている。砂糖とミルクをドバドバにぶちこんだコーヒーだった。

 

「提督ゥー。イルカ型の艦載機ってなんですカー?」

「オールドが言うところの、グレートシングって巨大戦艦が発艦する艦載機だってさ」

Great Thing(でかぶつ)……レッドもブルーもべた褒めデシター。そんなに強い巨大戦艦となると、腕がなるネ!」

「頼りにしてるよ。さて、これでオールドたちの仮説がドンピシャってわけだ。ちょっと前にハイパージョーらしき船影を見たって報告もあったし……金剛ちゃん。一つ約束してくれないかい?」

 

 約束? 金剛が首を傾げて提督を見つめる。提督は真剣な面持ちで金剛を見つめ返した。

 

「ちょっと提督、照れちゃうデース……」

「……シルバーホークのパイロットがあれだけヤバい危険だって言ってる巨大戦艦が相手だ。だから、もしかすると、この戦いで死んでしまう艦娘がいるかもしれない」

「Oh、確かに、サウザンドナイブズと戦った時もDanger(危ない)でしたネー……」

「グレートシングはあれよりも強敵だっていうんだ。でも、オールドたちのいうことが本当なら。敵はグレートシングさえ倒せば全部黙るっていうんだよ」

 

 Really(本当に)!? と金剛が食いつく。もしもそれが本当だとすれば久しぶりに聞いたグッドニュースである。

 

クジラさん(グレートシング)はベルサーの旗艦を務めているんだってさ。で、旗艦を務めて統制とかも全部つかさどってるから、あれが沈むと配下のベルサー軍のものはすべて沈黙するらしいよ」

「間違いないくGood news(良い知らせ)ネ! ……でも、提督?」

「ん?」

「グレートシングを倒したからといって深海棲艦も同時に倒せるってわけではないはずデース。やっぱり、あまり意味が無いかもデース」

「いや、これは奴らの相当な弱点のはずだよ。集めた情報を使って作戦を立てていこうよ、今日の夜の八時あたりに招集をかけて――いや、約束の話だったね。金剛ちゃん。危ないと思ったら絶対に下がるんだ。これを約束してくれないと、出撃させないよ」

What(なんだって)?」

 

 なにをいわれたかよく分からないとように金剛が首を傾げる。

 金剛からしてみれば「なにをお前はふざけたことをぬかしているのだ」という気持ちでいっぱいだろう、と提督は思う。「頑張って戦果を上げて無事に帰ってくる自分の姿を想像して信頼しろ」とでも続くのだろう。

 だが提督からしてみれば――いや、軍部からしてみれば、艦娘は人類が深海棲艦に対抗できる唯一の手段で、同時に非常に希少な存在である。小森提督以外の提督はほとんど艦娘に厳しく接していて、それでいて艦娘に「死んでこい」と言えるほど冷酷で、かつ信頼しあう関係にある。

 かつて小森提督は「死んでこい」が言えない臆病な提督だったのだが、いまは「信じている」という同等の言葉をしっかりと使えるほどに成長している。そのことを金剛は知っていたのだが、小森提督は退化してしまったらしいと落胆の意を表に出さずにはいられなかった。

 

「提督、私たちを信用してくれるんじゃなかったノー!?」

「……確かに金剛ちゃんや赤城ちゃんのことは信用しているよ。シルバーホークだって勝利を呼び込んでくれるって、そう信じてる」

「だったら提督――」

「だからこそ、だよ。勝ち目の薄いらしいとこに突っ込ませて無駄に死なせるなんてしたくない。金剛ちゃんは、もし自分が戦いの果てに死んでしまったとして、それが意味のないことでしたってなったら嫌でしょう?」

「――嫌デス……」

「……金剛ちゃんたちを無駄に死なせない。ホントは一人も死んでほしくないんだけど、やってることは戦争だからね。もっと悪い言い方すれば殺し合いだ、深海棲艦だって生きている。……いつまでもきれいごとは言っていられない。だから死んでしまうとしたら、それは意味のある死に方になって欲しいんだ。分かる?」

「Yeees……」

「金剛ちゃんたちのことを信じてるってのは変わらないよ。だから、金剛ちゃんも私のことを信用して欲しいな。お願い」

 

 Of course――絞りだすように金剛は口にすると、そっと提督のもとに近づいて自分から抱きしめにいった。

 金剛は泣いていた。かつて自分を助けてくれたこの女性は、いわば自分のせいで提督という相当に場違いな立場につかされたようなものだ。

 しかし提督は――小森あきこという普通の女は自分に与えられた試練を前向きに乗り越えていき、そうしていまは小森提督と呼ばれ慕われるようになっている。努力と邁進で出来上がっている彼女を信用しない道理はない。

 

「どーしたの金剛ちゃん、泣かないの、ほら」

「テートクゥ、私、頑張るネ……I believe in you(あなたを信じてる)……」

 

 

 

 

 

 

 午後八時。

 執務室に呼ばれたのはシルバーホークパイロットの妖精たちとパートナーである空母艦娘の三人だった。秘書艦である金剛も同席しているが、彼女の姉妹艦はこの場にはいない。

 提督は自分の机の上に地図を広げた。古めかしい大きな巻物だが、その精緻さは確かなものである。この鎮守府も先日に襲われた港町も、そして敵本拠地の位置もしっかりと記載されている。

 その地図の上に透明なシートをかぶせた提督は赤い油性ペンを使ってなにやら描き出した。提督が示したのは海の部分だった。他にも青と黄色のペンを使っていくつかの円を描き出す。

 偵察任務に携わっている者ならなんとなくでも直感できただろう。赤は赤城が、青は加賀が、黄は龍驤が旗艦を担当した艦隊が偵察した地域だと。

 提督は円と色の意味を伝えるが、誰もが察したのと同じ意図だった。これを踏まえて地図を見てみると、3日間で相当な範囲を偵察できたことになる。深海棲艦の艦隊が巡航するルートもある程度判明しているし、ベルサーの巨大戦艦の船影もいくつか確認できている。

 

 結論から言って、ベルサーの巨大戦艦は最初に予測されていた二隻だけではなかった。エンシェントバラージとミラージュキャッスルと呼ばれる二隻が新たに確認されていて、本拠地があると推定される海域を守るように動いているのが判明した。

 シルバーホークとそのパイロットたちがこの地球にやってきた原因は時空震と呼ばれる「その宙域にあったものをそっくりそのまま消滅させる」という超常現象だったが、これを発生させているのはベルサーなのではないか――その推論はやや真実味を帯びてきている。

 

「こんな狭い領域に巨大戦艦が何隻もいるってか。これはちょっとまずいんじゃねえか」

 

 地図を見てぼやいたのはオールドだった。

 提督はミツクリザメ(ハイパージョー)マッコウクジラ(グレートシング)などモチーフ元になった生物のぬいぐるみを地図の上の海に置いていくが、オールドはそれを憎々しげに軽く足蹴にした。もちろん位置をずらすほどの力は込めていない。

 

「時空震をつかってベルサーは戦力増強を図っているみたいだが……もしかすると、グレートシングさえ黙らせれば他の巨大戦艦も機能停止させられるかもしれない」

「そうは言うけどさあ。グレートシングだけを倒すってのはどう考えたって無理だよ」

 

 現実的な目線から提督が発言した。

 赤、青、黄の偵察済みの海域にはそれぞれハイパージョー(ミツクリザメ)エンシェントバラージ(タイマイ)ミラージュキャッスル(ハリセンボン)が配備されているのが確認されている。この防衛網を突破しようとすると、甚大な被害が出ることは避けられないだろう。

 最悪の場合、突破することが出来ずに全滅してしまうなんてことも想定される。真正面から突撃をするのは愚の骨頂といえた。

 

「くそう、シルバーホークの弱体化さえなければ、三機で奴らをぶっ倒すのもわけねえんだがなあ」

「強がりを言わないでくださいオールド。仮に万全の状態であったとはいえ、三機では四隻の巨大戦艦を倒すなど不可能に近いです。それこそ〈最初の二人〉でなければ成し遂げることは不可能でしょう」

「確かに〈最初の二人〉なら出来そうな気はするけど……どうする提督、この状況をどうやって切り抜けようか?」

 

 オールドは机の向こうで重く考え事にふけっている提督に投げかけた。

 (おとり)――提督がそう呟いたのは、話をふられてからずいぶんと時間が経ってからのことだった。

 

「囮やと? そんなもんで引っかかってくれるような相手かいな」

「でも真っ向からぶつかったって勝てっこない。けど、他の鎮守府の協力を得ても、前回のようにはうまくいかない可能性が高い……」

 

 そんなことはないと思うけどなあ、とブルーが進言する。加賀の頭の上に陣取る彼女は、そのまま言葉を続けていった。

 

「ブルーちゃん、どうしてそう思うんだい?」

「だってさ、現状、巨大戦艦にとって一番厄介なのはシルバーホークなんだよ。艦娘がバースト機関を搭載できるなら話は別なんだけど、そうじゃないなら奴らにとってシルバーホークは最大の脅威となるわけだ。そうは思わないか?」

 

 その言葉を受けて提督はうむむと考えこんでしまう。

 確かにブルーの発言は的を射ている。艦娘だけで巨大戦艦を撃破することは不可能ではない。だがそれはとても難しいことで、そうでなければシルバーホークが現れる以前の劣勢を説明できない。

 巨大戦艦の攻撃は艦娘にあまり効果的ではないはずが、その攻撃力は凄まじく、艦娘にとっての通常兵器の範疇にありながら苦戦を強いられていたのだ。それが何隻もいるとなれば、艦娘だけでの突破はほとんど不可能に近い。

 これを踏まえれば、ベルサーと深海棲艦の同盟にとって、巨大戦艦に真っ向から対抗できるシルバーホークの存在は非常に脅威と捉えられるだろう――提督はそう判断した。

 

「……思うよ。敵からすれば、シルバーホークさえ潰せば、あとは以前と同じ状況になるんだからね。そうして少しずつでも人類側を押しこんで大勝利って筋書きだ、嫌になる」

「艦娘対ベルサー深海同盟軍って構図にしたいに決まってるさ。だから、奴らにカモと思わせる囮作戦なら通用するはずなんだ。私はそう思うけど?」

 

 ブルーは皆の意見を問うように加賀の頭の上でひとまわりする。たしたしと頭を踏まれるのが嫌になったのか、加賀は無言でブルーをつまみ上げると自分の肩の上に乗せ、そこでようやく口を開いた。

 

「提督。私も囮作戦には賛成です。状況を顧みれば、これを行うことによって敵中枢であるグレートシングへの打撃を行う糸口になり得ると考えます」

「うんうん。他の皆も賛成って顔だね」

 

 赤城や龍驤は不満そうな表情を浮かべていない。むしろこうすることが良いというように頷いているし、同時にもっと良い作戦がないかとも考えているのが顔を見ればわかった。

 

「とりあえず上の人たちとも相談してみるよ。前からの予定通り、前半の一週間までは偵察任務だ。敵の動きに変化がないかどうかきちんと見ててほしい。それと、龍驤ちゃん?」

 

 了解の旨の返事を待った後で提督は龍驤の肩に手をかける。なんや、と軽い調子で答えた龍驤は真剣味を帯びた提督の表情にわずかにはっとした。

 

「シルバーホークの発艦はどう? うまく出来てる?」

「当たり前やないか! もしかして心配してくれてるん?」

「まだシルバーホークの担当になって日が浅いからねえ。やっぱりシルバーホークって艦載機搭載量を多くを占めるでしょう? そのあたり、他の艦載機の妖精さんはどう思ってるみたい?」

「オールドが気の良い奴やからな、ケンカもなくのんびり穏やかにやってるよ。元からいた妖精さんもシルバーホークの重要性ってのは知ってるから、一緒に戦えて嬉しいみたいや。シルバーホークに守られ、ある時は守ってやる。そんな関係が面白いみたいや」

 

 だいたいあってるぜー、とオールドが横から口を挟む。Good partner デスネー、と金剛が嬉しそうに微笑んでオールドの頬を軽く突いた。

 

「おうおう、くすぐってえなあ」

「思っていたよりオールドが馴染んでいて驚きデース! 次は私たち(艦娘)と仲良くするネ!」

「確かに知ってる顔は多いけどそれだけだなあ。でもいまはそんな場合じゃないぜ? 偵察任務がある」

「だったらお互いに空いてる時にティータイムを楽しめば……その時にコンゴウ・シスターズも紹介するデス」

「分かったよ。約束だぜ。んで、提督、話しておくことは他にはないのかい?」

 

 金剛がオールドに良くしようとしているのを微笑ましい気持ちで眺めていた提督は、少し考えてから首を横に振った。いまの時点で話すべきことはすべて話している。

 

「……よし。それじゃあ解散! なんか言いたいことがある人は残っててね、ちょっと資料をまとめなきゃだから」

 

 提督の言葉を合図に次々に艦娘と妖精たちが執務室を出る。だが龍驤とオールドだけはこの場を離れなかった。金剛も離れていないが、彼女は秘書艦だ。ここを離れるには理由が必要である。

 

「どッたの龍驤ちゃん。なんかあったの? さっきの作戦についての進言なら喜んで聞くよ」

「進言て言えばそうなるかも……悪いけど金剛、うちと提督と二人っきりにさせてくれへん?」

 

 困ったように金剛が提督に目線を投げるが、提督は行っておいでと頷き返した。オールドを肩にのせた金剛は静かに執務室を出て遠くはなれていく。足音が遠ざかったのを認めた龍驤は小声で語り始めた。

 

「……実は、鳳翔のことで相談があるんや。あのな――」


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