艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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ビター・ジュブナイル

 ブライトリーステアのバースト砲を受けたオールドは、直後に脳裏にある記憶が蘇っていた。彼がまだ現役のパイロットであった頃、数機のシルバーホークとともにベルサーの巨大戦艦群を撃破する任務を帯びていたときのことだ。

 結果から言えば作戦は成功した。作戦宙域の旗艦はバイオレントルーラーというダイオウグソクムシがモチーフ元の新種の巨大戦艦で、オールドたちはそれを撃破出来たのである。だが、オールドたちが属するダライアス宇宙軍はそれなりの代償を払わなければならなかった。

 二機のシルバーホークの喪失。パイロット二名の喪失。それらによるコスト面での損失。他にも随伴艦としてついてきていたダライアス宇宙軍の戦艦の一隻を喪失した。

 バイオレントルーラーが苦し紛れに放ったバースト砲は大きく薙ぐように展開し、対応の遅れた味方が死んでいった。その時オールドはバースト機関というものの恐ろしさを改めて目のあたりにした。

 ベルサーのバースト砲は赤色をしている。その赤色の光線がシルバーホークを飲み込むと「ぼっ」と妙に耳に残る破壊音を残し、粉々にしているのか消滅させているのか定かではないが、とにかく、薙ぐように放たれた後には、そこにいたはずのシルバーホークは一欠片も残っていなかった。

 

 きっと一瞬で死ねるのだろう。それはもしかするとある意味では幸せなことなのかもしれない。ブライトリーステアのバースト砲に呑まれ、ハイパーアームを怒涛の勢いで消耗させられるオリジンの中で、オールドは静かにそんなことを思った。

 だが。艦娘にこんなものを受けさせるわけにはいかない。死体が残れば器の家族もきちんと悲しみを精算できるだろう。鎮守府の仲間だってそのはずだ。だから、シルバーホークを一瞬で蒸発させるだけの威力があるバースト砲を艦娘に受けさせるわけにはいかない。

 激しく揺れる機内でオールドは計器が示すアームの強度を確かめる。三秒と経たずに68%を切り、重力に逆らえず落ちるしかない鉄球のように数字は下がり続けている。

 

「う・お・お・お・お・お・お・おっ!!」

 

 もうじき死ぬことへの恐怖に抗うようにオールドは叫ぶ。機体の崩壊危険性を告げる警報にも、機体で防いでいるバースト砲の音にも負けないように。

 

 

 

 そして。

 オールドは。

 すべての衝撃から開放された。

 死んだ。俺は死んでしまった。オールドは確信めいた思いを抱いた。いや、死んでしまったのならもうなにも考えることなんて出来るはずがない。いや――船の魂なんてものが実在するのだから、人間が死んでも意識は続いているのかもしれない。ああ、いまの俺は、妖精だけど。

 

 なぜか。

 遠くから。

 ばちばちばち、とスパーク音が聞こえる。

 これはおかしいぞ。どうして死んでしまってんのに耳が聞こえるんだ? 鉄のような血の匂いもするんだ? 口だってきける、ものだって触れてる。――目はずっと閉じている。じゃあ、すぐ近くで起こっているものは、なんなんだ?

 

 目を開く。うまれたての生き物みたいで、なかなか開かないが、オールドは意識を覚醒させながらピントのボケた世界を見る。

 蒼く細い光が、赤く太い光を遮断している。それがオールドの見た全てだ。

 

(……俺は、この光に助けられているのか?)

 

 心の中の自問。自答する前にはオールドの体が動いていた。機体を急上昇させて離脱、高い高度から状況を確認する。

 西の空から伸びる蒼い光線。それがブライトリーステアのバースト砲を防いでいる。バースト機関に対抗できるのはバースト機関だけだ。であれば、あの蒼い光は――

 

〈オールドッ!! あんたなにやってんだ、死にてえのか!?〉

 

 ――コクピットに響いたのは自分の教え子の声だった。自分が新人教育で受け持ったパイロットの中では一番成績の悪かった女性パイロット。彼女の名前はブルー。ダライアス宇宙軍で最低評価を下すのに使う色が由来だ。

 オールドはアーム強度がわずかに6%であることを確かめると、ようやく自分が生きていることを確かめられた。同時に頭がふらついてわずかに前が見えなくなる。バースト砲に飲み込まれた勢いでどこかを怪我して血を流しているらしい。

 

〈すまねえな、助かった〉

〈捨て身の盾になろうったってバースト機関の前じゃ意味ないだろ!? そんなのアンタなら知ってるはずだ!!〉

〈出来なかったんだよ。艦娘が犠牲になって町を守ろうって動くのを指くわえて眺めてるってのが〉

〈まったくアンタらしいな、けど……〉

 

 ブルーの話が終わらないうちにオールドは下をなにかが飛ぶのを見た。赤い機体。形状からしてレジェンドシルバーホークバースト。伝説の名を冠する宇宙戦闘機はブライトリーステアのバースト砲に突っ込んでいった。

 その様子を見たオールドは勝利を確信した。バースト機関を搭載したシルバーホークにとって、ベルサーのバースト機関は恐れるに値しない。ブルーが搭乗するネクストがやっているように遮断することもできるし、レッドが搭乗するレジェンドがやろうとしているようにバーストカウンターも可能だからだ。

 

〈……けど、ありがとう〉

〈そらこっちのセリフだよ。すまねえな〉

 

 オールドの予想通り、眼下には黄金の光が激しく流れ込んでいる。レジェンドがバーストカウンターを成功させた証だった。

 

 シルバーホークバーストはバースト砲を撃てるシルバーホークだ。だが、機体のどこにもバースト砲を撃つための砲身が備えられていない。そのため、バースト砲を放つためには亜空間上に隠しているバーストパーツを呼び出す必要がある。

 最初から用意するのではなく別の場所から引っ張りだす性質上、シルバーホークのバースト砲は二通りの運用方法がある。一つはいまネクストが行使している「設置バースト」だ。

 設置バーストは指定した座標にバーストパーツを固定し、そこから細くバースト砲を照射する方法だ。

 バースト砲は基本的に敵の砲弾やらミサイルやらを全て遮断することのできる能力を持っている。この能力は細く照射しても変わりがないし、高い攻撃力をも有している。さらにパイロットの意思で照射方向を変えられるので、攻撃にも防御にも用いることが可能だ。

 もう一つは、レジェンドが行使している「通常バースト」だ。シルバーホークの前面にバーストパーツを呼び出し、通常照射する。巨大戦艦のバースト砲とほぼ同等の能力を持つが、それだけではない。

 亜空間からバーストパーツを呼び出す際にバースト砲を触れさせると特殊な反応が起きる。それを応用させると、普通に照射するよりも高威力で持続時間も長い通常バースト――バーストカウンターを発生させるのだ。

 

 すでにブライトリーステアは撃破寸前まで消耗させられている。レジェンドのバーストカウンターが直撃したところから崩壊が始まり、もう手がつけられないほどに破壊されていく。

 そして黄金のバースト砲はブライトリーステアのバースト機関を直撃し、大爆発を引き起こす。辺りに衝撃をまき散らし、波を荒立たせ、そしてバラバラになった残骸がボトボトと音を立てて海中に沈んでいく。

 戦いは終わった。これ以上港町が攻撃されることはない。

 昇り続ける太陽が照らすのは、ところどころ黒煙を上げ、炎が広がっている港町だ。いまのオールドがすべきことは龍驤のもとに戻って着艦することだし、ここに駆けつけた遠征部隊は町の支援を行うことが急務といえる。

 巨大戦艦との戦いがシルバーホークに課せられた任務だ。それ以外のことに首を突っ込むのはよそう、とオールドは思う。これまでの経験からしてロクなことにあわないからだ。

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わってから。鳳翔は港町を歩いていた。

 深海棲艦と巨大戦艦に港町が襲われ、これを守るために戦っていた鳳翔。彼女はいま、戦闘後の報告のために町を歩いていたのだった。

 どれだけの被害があったか、何人もの人間が死んだか、破損した建物はどのくらいか、どの程度の生産能力を喪失したのか、それらを統合し、復興にかかる諸コストの見積もり――そんな計算をするのは国の人間の役割なのだが、ある程度先に調べてから引き継ぎさせるほうが早く済む。

 そこで小森提督は、鳳翔を旗艦とする遠征部隊に港町の調査をするように指示したのだ。

 

 まずはじめに、艦娘用艤装を外した鳳翔は港町の港湾地帯を歩くことにした。彼女以外のメンバー、球磨と多摩と吹雪の三人はどこかしらに深い怪我を負っていて、止血や治療のため、無事だった漁船に保護されている。艦娘用の入渠施設があればすぐに治せるのだが、ここは鎮守府ではない。

 ブライトリーステアの空間爆撃よりは深海棲艦の砲撃による損害のほうが大きかったらしい。あちらこちらに無残な凹みが見受けられ、満足に港湾施設としての能力を発揮するにはそれなりの時間がかかりそうだった。

 そのことをメモ帳に書きとめながら鳳翔は歩いていく。これだけの戦いをしたのだからマスコミや報道陣が押し寄せてもおかしくはないはずなのに――彼女は心の中で呟くような疑問を浮かべて、すぐにそれを叩き割った。

 報道規制かなにかが発動しているに違いない。そもそも「空間爆撃」などという滅多にない攻撃を前に報道ヘリを飛ばせるだけの度胸を持つマスコミがいるだろうか? いるわけがない、と心の中でかぶりをふる鳳翔は、遠い視線の先に誰かがいるのを認めた。

 

 それは12歳前後の少年らしかった。

 麦わら帽子に白のシャツ。青い短パン。もし隣に雷と電がいれば、なんだか仲の良さそうな家族に見えるかもしれない。鳳翔は険しい顔を浮かべ、すぐにそれを引っ込めると、刺激を与えないように歩み寄っていった。

 深海棲艦らによる襲撃を受けた町で避難をせずにここにいることはどうしたっておかしい。もしかすると敵方のスパイかそれに準ずるものかもしれない――鳳翔が滅多に見せない険しい表情を浮かべたのは、そんな疑念が原因だった。

 少年に近づいた鳳翔はどうやって声をかけようかと迷い、そこで驚きに目を開いた。迷っていた間をつくように少年が口を開いたからだ。

 

「お姉さん、艦娘でしょ?」

「え? ……ええ、そうです。君のご家族は? 一人じゃ危ないわ」

 

 気遣うように声をかけたはずが、鳳翔は少年に睨まれてしまった。

 こうなると考えられるのは一つしかない。深海棲艦らの襲撃のせいで少年の両親は死んでしまった。あるいは保護者だ。身を寄せられるところを失い、その喪失感と怒りを深海棲艦にではなく、自分たちを守ってくれるはずだった艦娘に向けているのかもしれない。

 その気持ちは理解できる、と鳳翔は素直に思う。もしも自分が少年の立場だったとして、敵襲で家族を喪えば、その責任を守ってくれていたはずの軍部に押しつけようとする気持ちは少なからず存在する。

 だが。鳳翔は艦娘だ。軍に属して海の平和を守る存在だ。このくらいのことは覚悟できている。心の中で深呼吸すると、静かに少年に語りかける。

 

「とにかく君を避難所に連れていきます。こういう時には……学校かしら? 君の両親は? 保護者はどこにいますか?」

「こういう状況じゃ、避難指定地域は学校って教わってる。それにとーちゃんもかーちゃんも前々からいないよ。いないんだじーちゃんとかもいないから、別の人のところに居候してる」

 

 少年の家族は今日より前に亡くなっていたらしい。自分たちのせいではなかったことに安堵するが、鳳翔は決してそれを表情に出さない。

 避難してい地域がこの町の学校というなら町の住人もそこに集まっているだろう。あたりをつけた鳳翔は少年の手をとって立ち上がらせると町の奥の方へ歩いていく。

 

「君を安全なところに送ります。この場合だと避難指定地域だから、学校ね。案内してもらっても――」

「わかった。こっちだよ」

 

 やはりどこかトゲのある調子で少年が返し、柔らかく手を払って先導する。

 こうなるとどういう理由で少年が艦娘である自分を嫌っているのかわからなくなる。いや、きっと、襲撃されたショックとストレスのせいに違いない。鳳翔はそう思うことにすると、少年の案内を受けて歩き始めた。

 被害報告の調査の任務は忘れていない。だが、民間人がいるのならしかるべき場所に保護すべきだ。

 

 

 

 なにをどう考えてもこの少年はどこかおかしい。

 学校まであと少し、直線の道路の遠い先に小さく見える建物がそうなのだと教える少年の後ろ姿を見て、鳳翔は抑えていた疑念を沸き上がらせていた。

 この少年の何がおかしいのか? 答えは簡単で単純だ。「この少年は襲撃されてから避難していない」のだ。

 どうしてそんなことが断言できるのかといえば、あたりの状況を整理すればそっくりそのまま根拠になる。あの少年以外には誰もいなかったのだ。誰もが避難するあの状況で、どういうわけか少年は一番危険な海の近くにいた。

 その理由とは、いったい? 考えても見当のつかない鳳翔は、少年がピタリと歩みを止めたのを認めた。なにか目を留めるものでもあったろうか? きょろきょろとあたりを見回す鳳翔は、不意をつくように振り返った少年の目元を見て驚いた。

 いまにも泣き出しそうなほどに潤んでいて、赤みがかかっている。心が不安定らしい、と鳳翔は踏む。やはり戦場を経験したショックやらなにやらが――

 

「あのさ」

「え?」

「僕のこと、思い出せない?」

「……」

 

 想定外の問いかけだった。

 この少年はいったい誰と見間違えているのだろう?

 

「……僕のこと、分からない?」

「言っていることの意味が――」

「僕が分からないのか、姉さんっ!」

「――姉さん?」

 

 少年のいう姉さんとは、赤の他人に対する呼びかけではない。そんな調子ではなかった。断じて。

 鳳翔は少年の意図に察しをつけてハッとする。もしかするとこの子は。自分が出会ってはいけない人間だったのではないか。そう、私の器の――

 

「もしかして、君は、私の……」

「……姉さんは言っていた。鳳翔っていう軽空母の魂との適性があるって。なるほどね、ぱっと見じゃ印象は変わったけど、声は変わらないんだ」

「あの……私は……」

「そうだよ。僕は、あんたが乗り移っている身体の弟だ。……くっそお、こんな形で出会っちまうだなんて」

 

 ――途方もなく重く、息苦しいガスに包まれたようだった。空はあんなにも晴れやかなのに。

 港町の少年と彼を保護する鳳翔は見つめあっていた。困惑と後悔を鳳翔は隠しきれなかった。少年もまた、にじみ出る怒りを隠しきれなかった。


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