艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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バーサス・ブライトリーステア ――港町の戦い

 ル級(戦艦)が1、ヲ級(空母)が1、リ級(重巡)が2――偵察のために飛ばした機からの報告を受けた鳳翔は、自分が属する海上護衛部隊の艦娘に伝えた。

 軽巡洋艦、球磨と多摩。駆逐艦、吹雪。そして軽空母、鳳翔。この編成で確認できている敵に正面から突っ込むのは危険といえる。確実に仕掛けるとすれば夜。目が効かなくなる時間を狙うしかない。

 だが状況はそんな悠長な判断を許さない。いま、この時、この瞬間。敵はすぐ近くの港町を襲っている。砲撃と航空爆撃に晒し続けるわけにはいかない。

 

「どーれ、いっちょぶちのめすクマ!」

「多摩もいくにゃ。……鎮守府から増援は来るのかにゃ?」

 

 その問いに鳳翔は頷いた。彼女はこの部隊の旗艦として働いている。提督との連絡ができるように耳元には小さな通信機が備えられていた。

 台所でのんびりと料理をしているのが似合っていそうな容姿だが、これが彼女の正装である。すでに彼女は長弓と緑色をした矢を構えている。艦上戦闘機。零式艦戦52型。いまの鳳翔が備えているのは艦上戦闘機しかない。

 

「いま龍驤さんがこちらに来ているとのことです!」

「え? 一人だけなんですか?」

 

 不安そうに自分を見上げる吹雪の背中に手を添える。全速力で航行しているために優しく添えられたかどうかは疑問ではあるが、彼女の不安を霧散させることはできたらしい。吹雪は一つ頷いて鳳翔の次の言葉を待っていた。

 

「港町は正体不明の空間爆撃を受けています。ヲ級の飛ばした機の爆弾ではないことは確かね」

「っていうことは……ベルサーの巨大戦艦!?」

「提督が言うには、シルバーホークのパイロットが推測したのはデメニギスに似たかなり手強い巨大戦艦だそうです。先日やってきたオリジンシルバーホークは龍驤さんから発艦されてここに向かっています。間もなくここに来ますよ」

「なら私たちは深海棲艦をやっつければ――」

「ええ。私は援護にまわります。みなさん、参りましょうッ!!」

 

 鳳翔の号令に揃って良い返事が返るが早いか、彼女以外の三人が一斉に勢い良く前進する。目標は港町に攻撃を展開する深海棲艦だ。

 球磨たちは身体に備えた砲を携え、構え、狙いをつけて発射する。ごうん、と大気が揺れ、あたりにいる者の鼓膜を乱暴にし、そうして砲弾で敵を殺すのだ。

 

「至近弾でもないにゃ、もっと近づきながら、冷静に」

「やってやるクマァ!! 吹雪、球磨たちから離れないようにするクマ!」

「わかってます! っ、いっけえっ!!」

 

 深海棲艦に砲撃をかます球磨たちの背中を見送りつつも鳳翔は風上へと航行、勢い良く構えていた矢を放つ。

 しばらく飛んだ矢は光を帯び、あたりに眩さをまき散らして姿を変える。二頭身の妖精が少し窮屈そうに乗り込む戦闘機が十数。

 鳳翔の放った機は港町を守るものと球磨たちを援護するものに分かれて飛んでいく。こうすることで拡大する被害を抑えられるはずだ。

 

〈あー、鳳翔? 聞こえる?〉

「龍驤さん!」

〈そっちはどうなってる? 戦況は?〉

「いま球磨ちゃんたちが敵深海棲艦に砲撃をしています。私の艦載機はみんな艦戦ばかりで――」

〈わかったわ! うちも機を発艦させる! 鍛えに鍛えた彗星と零戦52型の編隊や!!〉

 

 頼みます。鳳翔はそう返すと次の矢をつがえていく。

 港町の上空に攻め入ろうとする攻撃機の大半は抑えられている、という報告を受けた鳳翔は狙いを深海棲艦たちに向ける。球磨たちの援護についている機の数は少ない。

 

 

 

 第二陣を発艦させた直後、球磨たちや深海棲艦らからやや離れたところで巨大な水柱が上がった。ル級の砲撃だろうかと鳳翔は思ったが、それが違うことに彼女はすぐに気がついた。それなら砲撃戦を繰り広げているこの時にすでに上がっているはずだ。

 魚雷による攻撃も繰り広げようとしていた球磨たちも、爆音とともに上がった水柱を見てしまっていた。そこには奇怪でグロテスクな深海魚が、否、それの形をかたどった緑色の巨大戦艦が在ったからだ。

 

「デメニギスです! レッドさんが教えてくれた、ブライトリーステア!!」

 

 吹雪の叫びを通信機越しに聞く鳳翔。宇宙の侵略者、ベルサー星人の強力な駒である水棲生物型巨大戦艦が、海面に浮上した。あれの名前はブライトリーステアというのだと鳳翔はぐっと両手を握りしめる。

 あまりにも特徴的でグロテスクな頭部は、モチーフ元のデメニギスなる魚のせいなのだろう。実際、ブライトリーステアの頭部に当たる部分の上半分は透明なドーム状のものに保護され、中では眼球(状のなにか)がぎょろぎょろとうごめいている。

 船体には幾つものヒレがついているが、なんらかの砲身であることを教えるように先端に穴が空いている。頭部のすぐ上には大口径の砲が備え付けられている。深海棲艦と共同して矛先を球磨たちや鳳翔に向けたとあれば、甚大な被害は免れないだろう。

 

 だが。鳳翔はブライトリーステアの頭部に異常があるのをすぐに認めた。眼球の辺りを防護しているドーム状の部分にヒビが入っていることを、艦載機に搭乗する妖精からの通信で理解したのだった。

 オリジンという名のシルバーホークが攻撃した結果だろうと察するが早いか、海面から黄色のシルバーホークが躍り出た。レジェンドやネクストに比べると機体は一回り小さいが、大まかな意匠はレジェンドと共通している。

 深海棲艦らの後ろに下がるように背を向けて航行するブライトリーステア。それを追うオリジン。これに矛先を向ける深海棲艦。そして隙を晒した敵を攻撃せんと飛行する彗星と零戦の編隊。

 龍驤の飛ばした機が間に合ったのだと安堵した鳳翔は、自分が港町を背負う位置関係になるように航行する。風向きの関係からも発艦の都合がいいと判断した彼女は、オリジンが見たことのない武装を放っているのを認める。

 緑色の刃――そうとしか表現できないなにかをいくつも発射し、ブライトリーステアに当てている。強固そうな装甲をいともたやすく貫通し、ダメージを与えられているのが分かった。

 

 オリジンの撃墜と球磨たち艦娘への攻撃。二手に攻撃の矛先を向けていた深海棲艦らは、龍驤の航空攻撃で一斉にダメージを負い、装備の破損をもって弱体化。球磨たちの砲雷撃によっても傷つき、動きが次第に鈍っていく。

 間もなく深海棲艦らは例外なく沈んでいくだろう。しかし最大級の脅威が残されている。巨大戦艦、ブライトリーステア。これを撃破することができなければ港町は再び空間爆撃にさらされ、あるいはバースト砲で焼き払われてしまう。

 最後に残ったヲ級はすでに下半身を海に沈めている。そんなヲ級に球磨は近づいて頭部に砲撃をかまし、なにもためらうことなく確実にとどめを刺すと、自分の通信機に向かって大声を出した。ヲ級の体液が自分の顔にはねかえっていることなどまるで無視している。

 

〈深海棲艦はやっつけたクマ、これから巨大戦艦との交戦にうつるクマ! 鳳翔、ここで奴をやれないとマズいクマ!!〉

「分かってます。これより敵巨大戦艦の撃破を開始。相手はまだ航線経験のないタイプです、十二分に気をつけて参りましょう」

 

 がってんだクマ、と球磨が臆することなく突っ込んでいく。その後に多摩と吹雪が続き、彼女たちの砲撃がブライトリーステアの装甲に直撃していった。

 

 

 

 どうやら深海棲艦との戦いは終わったらしい、とブライトリーステアを猛追するオールドは判断する。龍驤はこの辺りのレーダー網に自信を持っていたような発言をしていたが、こいつ(デメニギス)の前では役に立たなかったらしいと心の中で舌打ちした。

 ブライトリーステアの最大の武器は、ヒレに備えたレーザー砲などの装備ではない。他の巨大戦艦にはない優れた隠密性だ。亜空間に潜行して敵のレーダー網をかいくぐり、偵察やなんらかの工作をするのに長けているのだ。

 

 逃げるように航行するブライトリーステア。反撃をかわしながらもオールドは追撃の手を緩めない。並のシルバーホーク乗りであれば距離を置いて追撃するところを、オールドは肉薄せんとばかりに飛行し、ウェーブとともに機体下部から爆弾(ボム)を投下し続ける。

 ボムの着弾した箇所は確実に装甲を損傷させ、機能低下を招き、ウェーブとの同時攻撃で破壊して内部ダメージを蓄積させていく。あと2分もこの状況が続けばブライトリーステアは沈むとオールドは確信した。

 

「っし、おじさん絶好調だなぁ!! 死ぃねこの、ベルサーのクソがぁ!!」

 

 半ばハイな状態になってオールドは攻撃を繰り広げ、しかし即座に反転。距離を取る。

 怒涛の追撃を取り下げた理由はブライトリーステアが激しく発光したからだ。巨大戦艦は撃破される際に光を発し大爆発を起こすケースが多い。予想よりも早く撃破したのだと悟ったオールドは爆発に巻き込まれないようにしたのだ。

 結果からいえば、その判断は誤りだった。ブライトリーステアは活動停止などしていない。激しく発光し、ある程度光が収まると同時に不完全ながらも姿を消したのだ。

 

「しまった、あの光はフェイクってわけだ。光学迷彩か、面倒だ」

 

 苛立ちを隠さない様子でオールドは舌打ちし、同時に兵装をウェーブから機関砲へと変更した。発光し、同時に姿を隠しているブライトリーステアも機関砲での攻撃を開始したからだ。

 レーザーならレーザー、機関砲なら機関砲で攻撃を相殺できる。攻撃の軌道をしっかりと予測・把握しながらオールドはトリガーを引き続ける。

 そんな攻防を繰り広げているさなか、深海棲艦らを撃破した球磨たちがオールドの加勢に加わる。彼女たちの砲撃は不完全に姿を隠しているブライトリーステアに直撃している。いいセンスだ、とオールドは心の中で褒めた。口に出す余裕はない。

 

「オラァ! やってやるクマァ!!」

 

 戦意が高揚しているのか、ひどく興奮した状態の球磨はよく砲撃を与えていた。

 三人の艦娘と一機のシルバーホークの攻撃。たとえ相手が巨大戦艦という大敵であっても、この数の力があればどうにか優勢に立てている。

 そもそもブライトリーステアの優れているのは戦闘力ではないが、そんなことはどうでもいい。奴を破壊する――オールドはブライトリーステアが赤いスパークを発しているのを認めて怒声を上げた。

 巨大戦艦が赤い光を漏らし始めるのは、それが活動限界に近いことを示している証拠だった。そんなもの相対する敵に知られている時点で危ないのだが、どうしたって抑えきれるものではないのだろう。

 

「みんな聞いてくれ! あと少しで奴は墜ちるぞ!」

 

 オールドは拡声器をつかって艦娘たちに呼びかける。彼と面識があるのはこの中では球磨だけだが、三人はそろって了解の旨を返すと砲撃の手を強めていく。

 直後。ブライトリーステアが激しく発光する。今度こそ倒したか――確信を抱いたオールドは退避を呼びかけながら再び距離を取る。

 

「っしゃあ! ……あ? あれ?」

 

 艦娘らと共に距離をとったオールドは、自分の判断がまた間違っていたことに落胆した。

 倒せていない。ブライトリーステアはまだ倒せていない。あと少しで倒せるところにあるが、まだだ。まだ奴は倒せていない――オールドは舌打ちしてオリジンを急反転させ、驚きに目を見開いた。

 ブライトリーステアはその装甲の殆どを損傷し、デメニギスをモチーフとした船体を保っていられるのが不思議なほどだ。なのに泡状の巨大な弾を放出し、空間爆撃を仕掛け、頭部の上の大きな砲から高弾速の攻撃を仕掛けている。

 海面からは艦娘たちの悲鳴。ブライトリーステアの猛攻で傷を負ってしまったに違いない。しかもブライトリーステアはオールドと艦娘たちが背負っている港町に迫りつつ、口のあたりに仕込まれているバースト砲を起動していた。

 充填が始まって赤く光り輝くバースト砲。猛攻をかいくぐりながらオールドはそこまで密着するように飛行するとありったけの武装を撃ち尽くす勢いでトリガーを引く。

 対地攻撃に用いるボムを秒間十数発のレートで撃ちこみ、ウェーブで内部をズタズタに破壊し、それでもブライトリーステアのバースト砲の充填は止まらない。捨て身の攻撃を仕掛ける巨大戦艦はそうそういないはずだった。

 オリジンに搭載されているコンピュータがバースト砲に警戒するようオールドに呼びかけている。バースト機関を搭載していないオリジンにとって、バースト砲にはどうあがいても対抗できる手段がない。回避行動しか選択肢は残されていない。

 オールドは意を決すると急反転、急上昇してブライトリーステアから距離を離す。そうしながら砲撃を続ける艦娘たちに呼びかけた。

 

「逃げろ!! 敵のバースト砲に飲み込まれればひとたまりもねえ!! 死んじまう!!」

 

 すでにブライトリーステアのバースト砲は七割方が充填済みだろう。もうじきコンピュータが「ぽん、ぽん、ぽん」と敵バースト砲が発射されることの音声ガイドを出すに違いない。

 それでも艦娘たちは回避行動をとることがない。自分が盾になって港町を守るのだ――声がなくとも、そんなことを考えているに違いないというのをオールドは理解した。

 

 

 

 だけどよ。そりゃ無理な相談だ。オールドは必死に応戦している艦娘たちの姿を見て呟く。

 敵を前にして逃げ出すことなく、守るべきものを守ろうとして戦うことは良い姿勢だ。それは兵士として理想の姿だし、万民にとって頼れる背中になるだろう。敵にとっては恐れるに十分な圧がある。

 だが。艦娘の「身体」は彼女自身のものでないことをオールドは聞かされている。そんなことは艦娘だって知っている。間違いなく。

 艦娘を構成しているのは過去に在った軍艦の魂と、それを宿す器だ。器は魂を宿すのに適した女性。では、その器はどこから来ている? 適合検査をさせられ、適性アリとされれば徴兵めいて連れて行かれて、艦娘になる。

 軍部と器の家族との同意はついているのだろう。だが、それでも。それでも、艦娘の身体(うつわ)(たましい)は同一のものではない。艦娘が死ぬことがあれば軍部は家族にどんな顔をするのだろう? それに、鎮守府を覆う悲しみとは?

 

 

 

 逃げろって言ってんだバカヤローッ!! 拡声器越しに怒鳴りつけるオールドはコクピットのとある計器をみてからブライトリーステアに突っ込んだ。

 シルバーホークには機体を防護する「アーム」と呼ばれる防御スクリーンが装備されている。それは機体全体を包む膜のような形状をしており、被弾の度に半透明の膜が現れては強い印象を残して消えていく。

 アームには3つの種類があり、緑色をしたノーマル、銀色をしたスーパー、金色をしたハイパーだ。現行するシルバーホークの多くはハイパーアームを標準装備しており、ハイパーアームの特性である「地形衝突をも防御する硬度」を得ている。

 オールドが搭乗するオリジンもハイパーアームを備えている。通常、飛行機が崖に突っ込んだり地面に激突すれば爆散するのは言うまでもない。が、オリジンはそんなことをしてもハイパーアームの黄金の膜が機体をバウンドさせるだけだ。

 

 オールドはコクピットの計器に「アーム強度:100%」と記されているのを見ると、ブライトリーステアのバースト砲を防げるように位置をずらしていく。

 ブライトリーステアが狙っているのは港町だ。それを守ろうとしているのは艦娘だ。その状況を否定するように、オリジンは盾となるべく飛行する。

 

「オールド!? なにやってるクマ、そこを離れるクマ!!」

「いーやダメだ!! お前たちが犠牲になる必要はない!!」

「っ!?」

「レッドとブルーによろしくな、短い間だったけど、さよならだ!!」

 

 ぽん。

 高い音がオリジンのコクピットに響く。敵バースト砲の発射警告を促すものだ。今となってはオールドへの処刑宣告にも等しいが、彼の決心は揺るがない。

 敵バースト砲の発射警告音は三回まで機能する。この三回目の音が鳴ると同時に敵バースト砲が発射される仕組みだ。

 ぽん。

 二度目の警告。オールドは後ろに控えていた艦娘たちが一旦でも退避してくれたことに感謝した。ここで捨て身でも時間を作らねば港町は危ない。そして危険を冒すべきは艦娘ではない。

 早すぎる退場だけど、ここで誰かが食い止めなきゃならねえ。……おじさんはここでさよならだ。

 

 ぽん。

 三度目の警告音。

 大気を切り裂くブライトリーステアのバースト砲が重低音の咆哮をけたたませて。

 何もかもを飲み込まんとする赤い光の奔流にオリジンはあっという間に飲み込まれた。


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