「ぎゃああっ、おじさんの、おじさんのオリジンがあああぁっ!?」
うす暗い工廠にオールドの絶望に満ちた声が響く。
外の天気は良くなってきている。風も穏やかで容赦のない熱が地面をやいていることもない。それでも太陽の光を必要以上に取り入れない工廠は暗かったし、様々な機械が発していた熱で快適な場所とはいえなかった。
オールドが嫌なように声を荒らげた理由は別のところにあった。彼はいま、艦娘用艤装・装備を生成するという大型の機械――どこか鋼鉄のガラポン抽選機を思わせる――の生成口の前にいる。となりには龍驤がいて、彼女は一枚の紙をぺらぺらさせていた。
「やめろ龍驤っ、そんな扱い方してたら壊れちゃうって! おじさんのオリジン壊れちゃう!!」
「あーもうやかましいわ!! うちの艦載機の使い方はこうなの、こう!!」
「紙切れを発艦ってどーいうこったよ!! 提督に通報しちゃうぞ、おい!」
「だーから! 口で説明よりはやったほうが早そうやな、演習場に行くで!」
黄色の鷹の形をした紙。折り紙ではなく、厚めの上質な紙にていねいな印刷がなされていた。これの元がオリジンシルバーホークであったものだといわれても素直に信じるのは難しいだろう。
オールドもそうだった。「エッセンス化」という処理を施されたオリジンシルバーホークはなにやら「
「うそだろこれ、魔法とかじゃ説明つかねえぞ、こんなの」
「だーから妖精由来の技術なんや! 深く考えると頭が爆発するで! ってか、そこらへん赤城からなにも聞いとらんの?」
「まったくない! あの子も人が悪いな!」
「真面目そうなんだけど芸人気質みたいなとこあるしな! ま、真面目ばかりの子よりはええやろ?」
「そりゃそーだ。でもな龍驤」
「ん?」
「話そらそうとすんじゃないぞ! これ大丈夫なのか、これ!」
「まーた掘り返したな!? もう、習うより慣れろってやつや、えいやっ!」
龍驤につままれたオールドは厚紙で出来た鷹に体を押しつけられる。予想外の展開にオールドはうろたえ、精一杯に抵抗しようとするが、すぐに体がふわっと浮いた感覚に包まれた。
「ありゃっ? どーなってんだ、これ?」
直後にどかっとなにかに座り込んだ感覚。骨の髄までしみこんだ、妙に懐かしい手触り。最初は真っ暗なように見えたが、目が慣れて少しずつ状況が飲み込めてきた。
「ここは……シルバーホークのコクピットか?」
「おーいオールド、聞こえる?」
「龍驤? どこにいるんだ?」
「すぐそばにいるよ。いま演習海域におるわ」
「ってことは発艦訓練をするのか?」
「もちろん。さ、仕切っていくでえ!!」
ということは龍驤は海の上に浮いているのだろうか? そんな疑問を吹き飛ばすかのようにシルバーホークのエンジンが始動する音が響く。
一つ間があいて全天球モニターや計器類が起動。あたりの状況が鮮明に理解できるようになった。
機体下部には飛行看板、を模った巻物がピンと伸びている。どんな魔法か、龍驤がきちんと手を添えなくてもひとりでに自律しているようだ。あたりは海。いまの龍驤は早朝訓練を行っていた赤城と加賀と同じように海の上に浮いている。
「発艦シークエンス、いつでもいけるでえ!」
「龍驤ちゃーん! 計測機器の調整おわってるから、発艦してちょーだい!」
拡声器で増幅された小森提督の声が響く。よく見回してみれば、演習海域にはいくつかのブイらしきものが浮いており、陸地には速度計測を行う機械や幾つものビデオカメラが用意されていた。
「さーてオールド、いまから発艦するで。シルバーホークの準備は――」
「大丈夫だ、いつでも飛行できる。カタパルトの役割を果たしてくれるんだろ?」
「――せやで。それじゃあいくでえ! シルバーホーク、発艦!」
龍驤の力強い掛け声がオールドのシルバーホークに「推進力」を与えた。そのことを五感と計器類で確かめたオールドは瞬時にエンジン出力を上げ、急発進する。
シルバーホークが縮む前と後でほとんど遜色が無い。それが率直な感想だった。サイズが縮み、発進方法も普段と違うが、それでも性能の低下を感じることはあまりない。あくまで航行能力のさわりは、という但し書きがつくが。
〈オールド、聞こえる?〉
「龍驤か! 通信機で話しかけてるんだな?」
〈せやで。これから海にういてるブイから訓練用の的が出てくるから、それに向かって攻撃してほしいんや〉
「わかった」
〈あとそうだ、レジェンドとネクストを調べた時の話なんだけど、あの二機はどちらも攻撃方法をいくつか失ってるんや〉
「知ってるよ。
〈聞いとったんか。まあ、使えるものを使って攻撃っつー訳や。テストだからって気を抜かんといて!〉
「テストだからこそ全力を出せってことだな。わかってる、それじゃあいってみようか!」
急上昇しつつオールドは海面を見下ろす。提督の「標的、用意!」という号令とともにブイのひとつが反転、ダーツの的のような標的が海面に姿を表した。
武器選択から
標的ブイから500数メートル離れたところの海面に向かって突撃し、機首を上げて水平に。むちゃくちゃな機動でオールドは標的に狙いをつけつつ高速接近しつつ射撃。あっというまもなく標的ブイを通り過ぎ、その頃には標的ブイは木っ端微塵になっていた。
「次の標的出すよ! 今度はレーザー撃ってみて!」
小森提督の指示と同時に標的ブイが3つ起動する。背後にそれらを認めたオールドは兵装を換えつつ急反転、レーザーを一発だけ放った。
黄金の光条は一直線上に並んだ標的ブイを貫いた。どれもがど真ん中に命中し、穴をあけながら黒く焦がしていく。
オールドが知る由はないが、提督は改めてシルバーホークの持つ通常兵器としてのポテンシャルに驚いていた。
標的ブイが掲げているのは分厚い木の板だが、その中心部には鋼鉄の板が仕込まれている。並みの通常兵器ではきれいに破壊するのは難しい代物だった。オリジンの機関砲とレーザーはそれをたやすく破壊・貫通している。一見無茶に見える機動もベテランのオールドの経験があればこそと提督は直感した。
「それじゃあ次の標的もみっつ! 今度はウェーブに切り替えて撃ってみて!」
レジェンドとネクストが未だに使うことの出来ない兵装。あらゆるものを貫通するウェーブ。オリジンはそれを使うことが――
「切り替え完了だ! 龍驤、提督に伝えとけ! しっかり見てろってな!」
〈ってことは、ウェーブが使えるんやな!?〉
「そーだ! よーく見てろよ!」
――できた。可能だった。
オリジンの兵装を切り替えたオールドはウェーブの出力調整をする。下手をするとどこまでも飛んでいって余計な被害を出しかねない。
射程を絞ったオールドは一度鎮守府側へ飛行。そこから一度「海面に突入」し、直後に浮上。機首は標的ブイを向いている。
「いいか、撃つぞ!」
オールドが合図した直後、オリジンシルバーホークの砲身から緑色の「刃」が放たれた。浮世離れした高音の射出音とともに海面スレスレを刃が水平に飛翔する。
刃が標的に命中すると同時に爆発、無事に刃は標的を貫通し、後ろにあるふたつの標的もたやすく貫き、しばらく進んで消滅した。
それだけではない。標的よりも頑丈な部分のあるブイすらも歯牙にかけぬ勢いで破壊している。これは並の兵器でも、高い火力を持たない艦娘でも、成し遂げるのには少し手間のかかることであった。
「ふーん、シンプルにまとまった、それでいて火力の高いシルバーホークかあ。いいねえ、使いどころをきちんと選べば十二分の活躍をしてくれそうだね。動きもレジェンドやネクストと遜色が無いみたいだし。海中航行機能もばっちりってわけだ」
「提督さんよ! これでテストは終了かい?」
「そのとーり。それじゃあ龍驤ちゃんとこに着艦して――」
拡声器越しの会話の途中で提督の言葉が途切れる。自分の持っている端末に連絡が入ったようだった。
一体なんの連絡だろうかとオールドは不思議に思いながら、次に切羽詰まった様子の提督の声に目を丸くした。
「――龍驤ちゃん! オリジンを着艦させた後、すぐに東のとなり町のとこに行って! 深海棲艦と巨大戦艦がいて、攻撃を仕掛けてるって!!」
〈うそやろ?
「それは後回し! いますぐに出撃できるのが龍驤ちゃんしかいないから、早く行って!」
〈わかった! オールド、早く着艦するんや! 巻物を伸ばすから、その上にホバリングすれば大丈夫やで!!〉
急展開だな、とオールドは呟きながら海上を航行する龍驤を見下ろす。全速力で東に向かう彼女は両手いっぱいに巻物を広げ、どうにか固定している。
そこにつけるようにオリジンを操縦するオールド。艦娘が広げる巻物の甲板に着艦するなどこれまでの人生で体験することはなかったが、光に包まれたオリジンは一枚の紙へと姿を変えていた。
「オールド、こんな発着艦を綺麗に決めるなんてすごいなあ」
「ベテランのパイロットをなめるなっての。で? 隣町ってのはどのくらいかかるんだ!?」
「10分と少し! その間にいくつか説明をしたるわ!」
「説明!? なんの!?」
「たぶんだけど、亜空間ネットワークってのが使えなくなっとるはずや。せやろ!?」
龍驤の言葉にはっとしたオールドは、すぐにシルバーホークのコンピュータを操作する。タッチパネル式の操作方法で機体の
結果が出るのに深呼吸をするまでもなかった。すぐにコンピュータがモニターに診断結果を投影する。亜空間ネットワークの断絶。無機質に重大なことが告げられていた。
「これじゃあ長時間の戦闘はできないぞ、万能宇宙戦闘機つって鼻で笑われる」
「レッドとブルーから聞いたよ、シルバーホークは亜空間ネットワークってのを使って、ここにはない別の空間から弾薬や燃料を供給してもらうって」
「そうだ。亜空間上にある補給施設からいくらでも補給が可能なんだが……ここに来てから弾薬も燃料も変わっちまってるらしい。シルバーホークの内側が変わってる」
「変わってる?」
「普通は機関砲の弾やレーザーの弾って別々なんだ。わかるだろ? でもいまのオリジンはどの武器を使うにも同一の弾薬を使うことになってる。どうなってんだ?」
「それは妖精の技術やな。便利やろ?」
「なにが便利だよ、長時間の戦闘が可能だってことがシルバーホークの利点なのに、それが死んじまってる!!」
「せやせや。けど、なんのために艦娘の空母から発着艦していると思ってんねん。きちんと補給くらいしたるわ」
出来るのか、とオールド。いまのオリジンは紙になってしまっている。それでもなぜか内部は変形することなく、オールドはコクピットに座っているのだが、彼はもう不思議な状況を納得することにしつつあった。
「補給ペーストってのがあってな、妖精由来の技術なんやけど、これを塗ることで艦載機の弾薬・燃料の補給ができるんや」
「なるほどな。艦娘の空母を使う理由はそれだけか?」
「まさかそれだけのわけがあるわけないやん。艦娘から発艦させることで、艦娘専用の艦載機の能力が向上するんや」
「素のまんまでフツーに出撃するより、艦娘から発艦して戦ったほうが強くなるってわけだな」
「せやせや。……ん? 提督? なんや、いま全速で向かっとるとこや!!」
龍驤の通信機に小森提督からの通達が入る。龍驤が調整したのか、オールドも提督の声が聞こえていた。緊急通達。手短ながらも状況が切迫しているのをオールドは理解できた。
「いま帰路についている遠征部隊を目標地点に差し向けたよ! 龍驤ちゃんよりも早く対応できる!!」
「なんやて!? どの艦娘がおんねん、その部隊!!」
「海上護衛部隊! 球磨ちゃんと多摩ちゃん、吹雪ちゃんと鳳翔ちゃんだね、あと3分もしないうちに交戦に入るって連絡がきてる!!」
「わかったわ、こっちも急いどる! 先にオリジンを発艦させて、あとから追いつくわ! 提督、うちのあとの後続部隊は?」
「編成済み! 巨大戦艦がいるから
「そんだけいりゃ十分や! 深海棲艦は
「――そうだね。すでに結構な被害が出ているみたい。避難は大部分が完了してるけど、奴らは破壊活動の手を緩めてないよ」
そりゃそうだ、ベルサーがぬるい手加減をするはずがない。横から口を出したオールドはそのまま提督に質問しようとする。
シルバーホークのレーダーが前方に反応を捉えたのを確認しつつ、いつ発艦してもいいように身構えたオールドは話し始めた。
「ベルサーの巨大戦艦の形は? 確認できているか?」
「それが……姿を表してないって」
「姿を表していない? てことはどうやって攻撃してるんだ?」
「なにもない場所が爆発するって報告を受けてる。……分かる? なにもない空間が爆発してるの、爆弾が落ちてきたとかって話じゃないのよ」
「……たぶんそれは〈
「
「こっちじゃなんていうか知らないが、デメニギスって深海魚みたいな戦艦だ。空間爆撃、拡散弾、レーザー砲、バースト砲をしっかり装備してる。姿が見えないってことは、たぶん海面下だ」
「わかった。でも、先入観とかでゴリゴリにならないように気をつけて。それと海の上では深海棲艦がいるわ。
オールドは記憶の海に手を突っ込み、必要な情報だけを引き上げる。
昨日に概要だけ説明された深海棲艦についての記憶。駆逐艦のようなクラスは奇妙な怪物のなりをしていて、軽巡、重巡とクラスが上がるに連れて人間の女性のような形をとるというのを、オールドはきちんと記憶していた。
水平線の向こうに黒い煙が立ち上っている。発艦体制に入ることを宣言した龍驤の言葉に、オールドは緊張を覚える。
深呼吸。それが緊張を和らげるのにちょうどいいことをオールドはよく知っている。時空震に巻き込まれ、妖精となり、縮んだ愛機に乗って未知なる敵を倒す。……大丈夫だ、おじさんはきっとうまくやって帰ってくる。