艦娘と銀鷹と【完結済】   作:いかるおにおこ

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オリジンシルバーホークの力・中

「あー、ごめん、まだ考え中」

 

 朝食を終えたあと、赤城とオールドは執務室で小森提督にある問いを投げていた。オリジンシルバーホークの発艦担当の艦娘はいったい誰になるのか、というものだった。

 その答えが「考え中」である。この鎮守府の空母の艦娘は全部で四人しかいないことを赤城は知っている。自分(赤城)に加賀、龍驤と鳳翔。深海棲艦との戦いのことを考えれば、発艦担当は龍驤か鳳翔のどちらかしかないはずだった。

 

「提督。考え中、とは?」

「考え中ってそのまんまの意味じゃん。赤城ちゃん、だいじょぶ?」

「大丈夫じゃないのは提督でしょう。龍驤さんか鳳翔さんしか考えられないじゃないですか」

「いや、まあ、そうなんだけどさ。……まあ、迷うよね」

「なにを迷うことがあるんですか」

「あー……その、うーん。なんかあるってわけじゃないんだけど。……じゃあ、龍驤ちゃんにお願いしようかな」

 

 なあ、提督はなんで悩んでいたんだ? 赤城の肩にのるオールドが声を細めて尋ねる。

 

「分かりませんよ。どちらも戦闘経験が豊富で、練度は同じくらい高いから……じゃないですか」

「なんか言った?」

「いいえ、別に、なにもないです」

「そう? あー、あー。龍驤ちゃん? 至急執務室まで来て、いますぐ!」

 

 鎮守府の全体放送を電話一本ですませた小森提督は深いためいきをつき、大きな机にだらしなく伏せている。

 机の上に飛び乗ったオールドはどかっと座り込み、だらしなくしている提督をじっと見つめることにした。

 

「えあー、どしたの」

「どしたのってのはおじさんのセリフだよ。そんなんじゃ部下にしめしがつかんだろ、もっちょいシャキッとしないとさ」

「だってさー。二日酔いで頭が痛いんだもん。さっきクスリ飲んだばかりだから、まだガンガンするし」

「そんなの自己責任とか、自己判断とかのレベルだろ。体調管理くらいしっかりしてくれ」

「反省してるよー」

「ったく、ホントに上司って感じがしねえなあ。ちゃんとした教育とか受けてねえんじゃねえのかい」

「正直なとこそうなんだよ。いやー、昨日はハメ外し過ぎちゃった。ホントにごめんね……」

 

 心底具合の悪そうな声が執務室に響く。いつでも横になれるように布団は畳の上に敷きっぱなし。畳ではない部分には青いカーペットが広がっているが、提督の調子を反映するかのように淀んでいる――ようにオールドには見えた。

 

「具合が悪いとこアレなんだけどよ」

「んえ?」

「状況整理をさせてくれ。たしか、一ヶ月前だって? レッドとブルーがここにやってきたってのは」

「あー……そうだね、そうだよ」

「で、しばらくして、二人が搭乗したシルバーホークバーストと協力して、この鎮守府を潰そうとしていた深海棲艦を追い払ったって言ってたか?」

「正しくは、深海棲艦とベルサーの巨大戦艦だねえ。ミノカサゴ型の、サウザンドナイブズってやつ」

 

 サウザンドナイブズ。宇宙に在るありとあらゆるものを侵略するベルサー星人の巨大戦艦だ。ミノカサゴをモチーフにしたもので、無数のヒレ状の分離ユニットがオールレンジ攻撃を仕掛けてくる、かなり厄介な難敵のはずだ。

 

「サウザンドナイブズか。あれを倒すのにどれほどの犠牲を払った?」

「誰も死んじゃいないんだな、これが。レッドちゃんとブルーちゃんのシルバーホークがとても頑張ってくれて……」

「そうだったのか」

「って、この話は昨日もしたような気がしたんだけど?」

「酒のせいで半分くらい忘れちまったんだ。だから状況整理が必要なんだよ」

 

 そういうことねえ、と小森提督はようやく机に突っ伏すのをやめた。椅子の背もたれに体を預け、だらしなく開いていた口元を正していく。

 

「最初にシルバーホークを鹵獲して、直後に現れたアイアンフォスルを撃破。そのあとシルバーホークの性能試験やら訓練やらやって、この鎮守府を包囲していた深海棲艦とサウザンドナイブズの連合艦隊を撃破した。これが大まかな出来事だよ」

「そいで一ヶ月後に俺がやってきたってわけだ」

「そういうこと。で、いまは深海棲艦とベルサーの巨大戦艦が手を組んで世界中の海を支配している。そして奴らは陸地を侵して人類を滅ぼそうとしている」

「土が主食ってわけじゃないだろうにな。……いいや、続けてくれ」

「……だから私たちは。艦娘とシルバーホークの力を合わせて、深海棲艦と巨大戦艦を倒さなきゃいけない。和解の道はないわ」

「ベルサーが絡んでいるならそうなるだろうな。ったく、船魂のおばけとクソみたいな侵略者のタッグか、笑えねえ」

 

 そうだねえ、と提督。赤城も言葉なしに頷く。

 まだ龍驤が執務室に現れる気配はない。放送から3分も経っていないが、至急来るようにという命令が守られているようには見えない。

 

「……まだ起きてない、なんてこたあないだろうな」

「大丈夫だと思うよ。そこらへん、龍驤ちゃんはしっかりしてるから」

「寝相はヒドいもんだったぞ、おじさん蹴っ飛ばされちまった」

「ふふふっ。まだ来ないなら先に聞いちゃおうかな、オリジンシルバーホークの能力について教えてくれる?」

「オリジンの?」

「バーストシリーズのレジェンドとネクストとの違いを教えてもらえると助かるわ」

「……昨日話したことじゃあないよな」

「やっぱりお酒ってダメだね、肝心なところを忘れてしまうもの」

 

 禁酒令ですね、と横から赤城が笑う。そうだねー、と提督が困ったように笑って返すのを見ながらオールドは手短に伝えることにした。

 

「まずバースト機関がない。つまりこれがどういうことかってーと、敵のコンピュータウイルスの攻撃にはちょいと弱いってことだ」

「コンピュータウイルス? バースト機関ってセキュリティソフトみたいな働きもするの?」

「あいつら言ってなかったの? まあするんだよ、これが。んで、バースト機関がないってことは、バーストビームで攻撃することも援護することもできないってことだ。通常照射と設置照射の二通りの運用方法があるのは知ってるよな」

 

 もちろん、と提督と赤城が揃って返す。確認のために言ってみてくれないか、とオールドが言うと、赤城が小さく手を上げて発言する意志をみせた。

 

「通常照射は機体前面にバーストパーツを呼び出して、かなり強力なバーストビームを照射する攻撃方法。威力はかなり高いけど、消耗が激しい。そして設置照射は……細いバーストビームを照射する攻撃方法。特徴は照射方向を自由に変えられて、攻撃にも防御にも使えるけど、あまり威力は高くない。ですよね?」

「すげえな赤城、正解だ」

「レジェンドの発艦を任せられていますからね。答えられて当然です」

「それもそうか。……んで、オリジンはそのバーストが撃てない。旧型のシルバーホークなんだからな」

「自慢できることではないと思いますけど……それで、シルバーホークバーストとの違いは、バースト機関の有無だけなのでしょうか?」

 

 赤城の確認の問いかけにオールドはかぶりをふる。バーストの有無だけで語ればレジェンドやネクストの下位互換になってしまう。

 だが、オリジンはただの旧型のシルバーホークではない。ほっほー、と興味深そうに小森提督がつぶやいていた。

 

「実はシルバーホークバーストシリーズは、旧型のオリジンよりも一回り機体サイズが大きい。この地球に来て縮んじまったいまでもサイズの比率は変わらないみたいだ。だから、レジェンドとネクストよりも小回りが利く」

「うんうん」

「窮屈な作戦領域ならオリジンの方が有利なことがあるってことだ。でも、オリジンのスゴイところはそれだけじゃない」

 

 スゴイとこなんてあるの? と言わんばかりに赤城が首を傾げた――ようにオールドは見えた。小森提督も何かを疑っているような目線を投げている――ように見える。

 

「実はな。シルバーホークバーストは、バースト機関を搭載するために既存兵器のペイロード(積載量)を落としているんだ」

「つまり……それで?」

「話はまだ終わっちゃいないんだよ提督さん。さらにいえば、少なくなった既存兵器を効率的に使うためにデチューン(性能を下げる処理)が施されている。もう分かるよな?」

「なるほどね。オリジンはシルバーホークが持つ本来の攻撃力を持っているってことだね」

「そういうことだ。なんのデチューンも施されていないから通常攻撃だけでもベルサーの巨大戦艦は倒せる。しかも搭載している爆弾の威力も凄まじくてな。敵の小型機であれば対地・対空攻撃に使う爆弾で簡単に破壊できる。巨大戦艦にも有効なんだ」

 

 説明だけでは十分に伝わっていないだろうとオールドは思う。話を聞いていた赤城と提督と、いつのまにか赤城の横にいた龍驤が、とりあえずは納得したというように頷いていた。

 

「龍驤ちゃん! いつからいたの、ここ入る時はノックして、ノック!」

「したわそんなもん! でも提督も赤城もオールドも気づいてくれなかったんや! ったく、こんなんじゃスパイや忍者にやられてまうで、もう」

「ははは、ごめんごめん。で、どこから話を聞いてたの?」

「もうだいたい聞いてしまったわそんなん。で、オールド、誰の寝相が悪いって? いらんこというなや!」

 

 ホントのことじゃねえかよ、とオールドは抗議するが、龍驤につまみ上げられて頬のあたりを軽く引っ張られてしまった。

 

「あいでで、こんなのおじさんのキャラじゃねえ! もっとこうクールにスマートに決めるってのが老兵のイメージだろ!?」

「はいはい龍驤ちゃんすとっぷー、この話はやめやめ」

 

 しぶしぶ、といった様子で龍驤はオールドをいじめるのをやめて机の上に戻した。そんなやりとりを心底おもしろそうに赤城は笑い、おまけにツボに入ったらしくお腹を抑えて動けないでいる。

 

「笑うな、笑うなって! あーもう、クールでカッコイイおじさん像がぶっ壊れじゃねえかよお」

「だってオールドさんそんなキャラじゃないでしょう? はー、あはは、おもしろーっ」

「おじさんだって赤城がそんなに笑うとは思わなかったよ。あー腹立つ。腹立つ。大事なことだからなんどでも言うぞ。おじさんすげー腹立つ」

 

 冗談めかしてオールドが言ったところで、話を本筋に戻そうと提督がぽんぽんと手を叩いた。それを合図に執務室の全員が姿勢を正し、きりっとしたように提督を見る。

 

「龍驤ちゃんはどこから話を聞いてたの?」

「大事なとこはだいたい全部や。前からある二機とオリジンの性能比較と、オリジンの強みの話やな。そういうことならうちや鳳翔にまかせてもらえるやろか」

「ああうん、そのつもりだったよ。オリジンシルバーホークは龍驤ちゃんに任せるから」

「えっ……ホンマに?」

「そんなんで嘘つかないよ。ホントだよ」

「でもうちより鳳翔の方が……」

「聞こえなかった? 私は龍驤ちゃんにオリジンを任せるって言ってるの。これまで積んでいた偵察機(彩雲)をオリジンに換装しておいて」

「うーっ、やったぁ! 分かったわ、ほな、工廠に行ってくるで!」

 

 元気よく答えた龍驤は勢いよく執務室の扉を開け、一礼してから廊下を駆け足で去っていく。後ろ姿を見送らないでも大きな足音でそれが分かったオールドは、なにかに気づいたように提督を見た。

 

「すみません提督、私があさはかでした」

「えっ? なにいきなり、どしたの? 具合悪いの? だいじょぶ?」

「……提督はわかっていたんですよね。三機目のシルバーホークを任せられることの喜びと、そうでなかったものの落胆が」

「あー、なに、そういう話に持っていっちゃう? ごめんちょっと待って」

 

 そうことわると提督は机の上の受話器をもちあげ「あー工廠の妖精さん? オリジンのエッセンスを龍驤ちゃん向けに調整して! いますぐ!」と勢い良く告げ、返事を待つことなくがちゃんと切ってしまった。

 

「ごめんごめん。で、なんだって?」

「普通ならシルバーホークという例外を戦力に加えるなんて考えられない。でも、いまはベルサーの巨大戦艦というイレギュラーが猛威を振るっている」

「? なにが言いたいわけ、赤城ちゃん?」

「……シルバーホークという戦闘機は例外にまみれた現状を打破する、こちら側の例外です。それを任されることの喜びはとても言い表せられない、と思います。一ヶ月たってもレジェンドを任せられたことの誇りは錆びていません」

「……あー、つまり、赤城ちゃんはこれが言いたいんだね。さっき私が考え中って言った意味のこと」

「そうです。シルバーホークを任せるということは、その一側面は『任せた艦娘を信頼している』ということになります。鳳翔さんなら変に歪んだ受け取り方をしないとは思いますが……がっかりした気分にはなるかもしれませんね」

「だね。……だから、こういう選択ってイヤなんだよねえ」

 

 そういうことだったのかと口に出さずオールドは感心する。

 同時にこの世界でのシルバーホークの重要性を改めて感じとり、心の中で静かに闘志を燃やし、そしてあることを思い知る。

 艦娘は純粋な人間ではない。彼女たちの体を動かしているのは過去に在った軍艦の魂だ。が、意思を持たない言いなりの人形ではない。もちろん機械部品で構成されたアンドロイドでもない。……船の魂はとても人間らしいにおいをもっている。

 俺が上司じゃなくてよかった、と心の底からオールドは思う。艦娘をまとめあげて運用する鎮守府、これの一番上の人間にあたる提督という椅子。そんなものに座って艦娘らを指揮するなど。人の上に立ってなにかをふるうなど。俺にはできない。

 

「心中お察しいたします」

「いやいや、いーよいーよ。気遣いありがと。そんじゃ鳳翔ちゃんのとこいって話つけてくるね。赤城ちゃん、オールドを工廠まで案内してあげて」

「了解です。その後は?」

「これから演習海域の用意をするように通達するよ。とりあえず龍驤ちゃんにオリジンの発艦シークエンスを経験させることと、オリジンの戦闘データの収集・確認がしたいかな」

「では、それも龍驤さんに伝えます」

 

 頼んだよーと提督が声をかけながら執務室を出ようとする。赤城もオールドを肩の上に乗せてその後に続いた。


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