ヒロインが決まらない……
真由美たちが去ったことにより、その場にいる全員がホッと肩の力を抜く。
「……借りだなんて思わないからな」
A組の男子生徒が兄さんに向かって言った言葉には棘がある。
「貸してるなんて思ってないから安心しろよ。決め手になったのは俺じゃなくて紅夜のおかげだからな。……もっとも、生徒会長が口出ししていなかったら、どうなっていたか分からないが」
「イラッとしたので衝動的にやった。反省はしているが後悔はしていない」
兄さんの非難の視線に半分ふざけながら返すと、兄さんは呆れたように首を振った。
「……僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ」
そういえばそんな名前だったけか。上の名字だけは覚えてたんだがな……
「見抜いたとか、そんな大袈裟な話じゃないんだが。単に模範実技の映像資料を見たことがあっただけで」
「あっ、そういえばあたしもそれ、見たことあるかも」
「で、テメェは今まで思い出しもしなかった、と。やっぱ、達也とは出来が違うな」
レオの煽りにエリカが反応して言い争いを始める。
相性が良いんだか悪いんだか。もっとも、本人たちに聞けば確実に悪いと答えるだろうな。
「僕はお前を認めないぞ、司波達也。司波さんは、僕たちと一緒に居るべきなんだ」
言い争いをしているエリカたちを傍目に森崎は兄さんに向かって捨て台詞を吐いて背を向けた。
「いきなりフルネームで呼び捨てか」
兄さんの言葉に森崎はピクリと肩を揺らすが、何も言わずに去っていった。
「お兄様、もう帰りませんか?」
「そうだな。レオ、千葉さん、柴田さん、それから紅夜も、帰ろう」
兄さんの呼び掛けにそういえば、と思い出す。
「そうだ、そういえば友達を連れてきたんだけど、一緒にいいか?」
「そっちの二人か?」
「ああ」
俺が二人に視線で促すと、ほのかはおずおずと、雫はそんなほのかの背中を押すように進み出た。
「光井ほのかです。さっきは魔法を使おうとしてしまい、すみませんでした」
「北山雫。よろしく」
二人の自己紹介が終わった後は、そのまま帰ることになったのだが、その道中はどこか微妙な雰囲気だった。
何故かといえば、いつも通り兄さんの隣でくっつくように歩いている深雪、ここまでは普通だ。……ここで普通ではないと突っ込んではいけない。
だが今日は深雪の反対にほのかが陣取っているのだ。
今の兄さんを傍から見れば、美少女二人を侍らせている、羨ましい……もとい最低な男だ。
「……じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」
「ええ、お兄様に任せるのが、一番安心ですから」
ほのかの質問に深雪が自分の事のように誇らしげに答える。
「なら、紅夜さんのCADも達也さんが?」
「いや、俺は自分のCADは自分自身で調整してる」
俺がそう答えると、驚いた顔で見てきた。
「自分で調整したほうが万全の状態にできるからな。さすがに俺は兄さんみたいに他人のCADを弄る自信はないよ」
「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識が無いとできませんよね」
「CADの基礎システムにアクセスできるスキルもないとな。大したもんだ」
「それに、紅夜さんが言う通りなら、達也さんってかなりの腕じゃないんですか?」
ほのかの問に兄さんは首を横に振る。
「少しアレンジしてるだけだよ。深雪は処理能力が高いから、CADのメンテに手が掛からない。それにソフトはともかく、ハード面では紅夜には敵わないよ」
「だったらさ、二人であたしのホウキを見てもらえない?」
「無理だ、あんな特殊な形状のCADをいじる自信はないよ。そういうのは紅夜の担当だ」
「おいおい、俺に振らないでくれよ。俺だっていきなりあのCADをいじる自信はない」
「アッハ、すごいね二人とも。これがCADだって分かっちゃうんだ」
そう言いながら柄の長さに縮めた警棒をクルクルと回して笑う。ただし、目の奥に何か含みがあるように感じるが。
そんな視線を向けられても、エリカより警棒型のCADに意識が向いてしまうのは研究者と開発者としての性か。表向き平静に見えるが、実は先ほどからあふれ出る好奇心を苦労して抑え込んでいたりする。
「え? その警棒、デバイスなの?」
「普通の反応をありがとう、美月。みんなが気づいていたんだったら、滑っちゃうところだったわ」
「何処にシステムを組み込んでるんだ? さっきの感じじゃ、全部空洞ってわけじゃないんだろ」
レオの質問にエリカが待ってましたとばかりに笑う。そして、説明しようと口を開いて言葉を発する――――前に俺の我慢の限界が訪れた。
「いや、このCADは柄以外は全て空洞だな。それでいて強度が高いのは硬化魔法の刻印術式か? だが、それだとサイオン量が……ああ、成る程、兜割りか。振り出しと打ち込みの瞬間にサイオンを流せば使用量は減るな。しかし、それには相応の技術が必要となる。ここは痛いな。近接系のCADの需要が少ないのはそれも原因か。だとしたら必要サイオン量を抑える為に術式の効率化をすれば……いやだがしかし――――――」
ああ、インスピレーションが湧き出てくる!
「……ねぇ、紅夜君ってもしかして研究者気質?」
「ああ、一度考え出すと中々止まらなくてな。頭の痛い話だ」
「何をおっしゃっているのですか、お兄様。お兄様もよく紅夜とあのように研究に没頭しているではありませんか」
「いや、そんなことは……」
「紅夜さんは普通の方だと思っていたんですけど……。うちの高校って普通の人の方が珍しいのかな?」
「魔法科高校に普通の人はいないと思う」
何故かみんなが心を一つにしてるけど、どうしたんだ? ……まあ、いいか。
それよりも今のイメージを早く書き出さなくては。ああ、となるとあそこの部分をもっと――――――
◆
突然だが、美少女が登校している時、手を振りながら自分の名前を呼び、走ってくるというシチュエーションをどう思うだろうか?
前世で一般ピーポーだった俺としては、かなり憧れる展開だ。
朝早くに美少女を見ることでテンションが上がるし、手を振るという仕草も自分に対してアピールをしていると感じていい気分になるし、名前を呼ばれるのは親しいようで嬉しい。さらに走ってくるというのは一刻も早く自分と一緒に居たいという気持ちを持ってくれているようで最高だ。
何が言いたいのかというと、このシチュエーションは一つの男の夢であるということだ。
……失礼。少々混乱して、変なことを考えているようだ。
話を戻して、美少女が登校中に手を振りながら、名指しで走ってくるというシチュエーション。これが知り合って1日、しかも話した時間がかなり短いという美少女だったらどうだろうか?
俺の実体験からすると、混乱ないし現実逃避をすることが分かった。
つまり、どういうことかと言えば、だ。
「達也く~ん! 紅夜く~ん!」
と、客観的に見れば恥ずかし声と共に、生徒会長の七草真由美が走ってくるという状況に現実逃避をするのは仕方がないことだと思う。
「達也くん、紅夜くん、オハヨ~。深雪さんも、おはようございます」
深雪に対して兄さんと俺への対応が砕けていると思うのだが、まあ、別にいいか。
「おはようございます、会長」
「おはようございます」
とはいえ、相手は生徒会長なので俺たちはそれなりに丁寧な対応を心がけなければならないので、言葉遣いに気をつけながら軽く頭を下げる。
「会長、お一人ですか?」
「うん。朝は特に待ち合わせはしないんだよ」
言外についてくるのか、という問いに会長は肯定する。
「深雪さんと少し話したいこともあるし……ご一緒しても構わないかしら?」
最後の問いは深雪に対するものだが、この状況で拒否権があるのか怪しいところである。
「あ、はい。別に構いませんが……」
「あっ、別に内緒話をするわけじゃないから。それとも、また後にしましょうか?」
そう言って、小悪魔めいた微笑みを離れたところで固まっている三人に向ける。
「お話というのは、生徒会のことでしょうか?」
「ええ。一度、ゆっくりご説明したいと思って。お昼はどうするご予定かしら?」
「食堂でいただくことになると思います」
「達也くんと紅夜くんも一緒に?」
「いえ、兄とはクラスも違いますし……」
そう言いながら消えた先の声は、昨日のことを思い出したのは昨日の出来事か。
「変なことを気にする生徒が多いですものね」
原作で真由美が今の一科生と二科生の状況をよく思っていないことは知っていたが、実際に聞くとなると結構驚くものだ。
「じゃあ、生徒会でお昼をご一緒しない? ランチボックスでよければ、自配機があるし」
その提案に兄さんはあまり乗り気ではないようだったが、結局は押し切られてしまい昼食は俺と兄さんと深雪の三人が生徒会室で食べることになった。
そしてついに昼休み。
前を歩く二人の足取りは対照的だ。兄さんは気が乗らないのか足を引きずるように、深雪は反対にとても軽い足取りだった。
そんな二人を面白く思いながら歩いていると、間も無く生徒会室の前に着いた。
深雪がドアホンで入室の許可を得ると、ドアを開ける。
「いらっしゃい。遠慮しないで入って」
真由美の声を受け生徒会室の中に入室すると、深雪は礼儀作法のお手本のようなお辞儀をした。ついでに俺も深雪に続いて、四葉現当主直々に仕込まれたお辞儀をする。自分で言うのも変だが、普段の俺からは想像できないような丁寧で洗練された仕草だった。
「え〜っと……ご丁寧にどうも」
真由美や他にも同席している役員がすっかり雰囲気に飲まれていた。そんな深雪の威圧的とも言っていい行動だったが、同様にお辞儀をした俺がイタズラが成功したような意地の悪い笑顔を見せたことによって、戸惑っていた生徒会メンバーの肩から力が抜けた。
深雪も兄さんのためとはいえ、わざわざこんなことをしなくてもいいと思う。
「さあさあ座って。お話は食事をしながらにしましょう」
上座から、深雪、兄さん、俺の順で座る。普段は俺か兄さんが上座に座るのだが、今回は深雪が主役なので我慢させた。
その後、昼食を頼むと生徒会メンバーの自己紹介をする。そうしている内に昼食が出来上がったので自分の分を運ぶ。
「そのお弁当は渡辺先輩が自分で作られたんですか?」
ただ一人、摩利だけが弁当箱を取り出したので、話し始めに差し障りのない話題として俺が話を振る。
「そうだ。……意外か?」
対して意味のない質問だったのだが、摩利は意地の悪い口調で答えにくいだろう質問を返してきた。とはいえ弄られるのは趣味ではないので多少の仕返しをすることにした。
「いいえ、全く。これは俺の勘ですが、そのお弁当は彼氏さんの為に練習として作ったんじゃないでしょうか? 先輩の彼氏さんは、先輩のような素敵な彼女を持てて幸せでしょうね」
「なっ!?」
俺が先ほどの摩利と同じような笑みでそう言ってやると、摩利は僅かに頬を染めて狼狽する。
「当たりのようですね?」
笑みを深めて問いかけると、自分の方がからかわれていることに気がついたようで、先ほどまでの気恥ずかしさは消えたのか、呆れたように首を振った。
本当にヒロインどうしましょうかね?
参考程度にはさせていただくので、誰がいいでしょうか?
活動報告で意見を募集しているので、よろしければお願いします。