来訪者編Ⅵまで来て未だに9巻が終わっていない件。
原作の来訪者編は上中下の三部構成なので、もう少し巻いていきたい。
少ない街灯が照らし出す真夜中の小さな公園。その薄暗い公園で、四つの影が交錯していた。その内二人は顔を出し、すぐに誰かを判別できる。その二人――エリカと幹比古は、それぞれもう一つの影と別々に対峙していた。
エリカが対峙しているのは仮面をつけた赤髪の女。仮面の女の実力は尋常なものではなく、刀を持ったエリカと対等に戦っている。
仮面の持つ銃口がエリカへと向く。その直前にエリカの刃の無い刀が右手に持つ銃身を叩いた。サプレッサーで抑えられた銃声が鳴り、銃弾は見当違いの方向へと飛んでいく。しかし仮面の女はそれに動揺することなく、左手をエリカへと伸ばした。伸ばされた腕の先、親指と中指の間から小さな雷球が作られる。それがエリカの顔へと届こうとした時、エリカは自己加速術式を発動した。一瞬の内に後退し雷撃を避けたエリカは、その速度のままに相手の間合いへと踏み込む。
(――――もらった!)
そう思い、掲げた刀を振り下ろそうとした瞬間、下からの衝撃によってエリカの身体が吹き飛ばされた。咄嗟に振った刀は仮面の女の右肩を叩いた。吹き飛ばされたエリカは慌てて起き上がる。何とか追撃は防いだが、体勢を崩したエリカが大きな隙を晒していることには代わりがない。しかし、攻撃は飛んでこない。赤髪の女の視線は幹比古とパラサイトの方向へと、正確にはその更に向こう側へと向いていた。
幹比古が戦っているのはコートを羽織った覆面。その特徴はレオが襲われた吸血鬼と同じもので、一見するだけでは分からないが、恐らく女性なのだろう。こちらの実力も人並み外れたもので行使する力は人間のものとは思えないもの。だが、幹比古も簡単にやられるわけではない。
(『雷童子』)
吸血鬼の頭上に発生した雷が、落雷となって吸血鬼を貫く。女にしては獣染みた悲鳴が上がる。しかし、それはすぐに雄たけびへと変わった。消え去るはずの閃光が女の両腕へと移るように流れ、指先でバチバチと音を立てて帯電した。それは幹比古の作り出した雷よりもさらに多い電気量を持っているように見える。
放出系魔法によって操作されたその電気は、転がるように身を投げ出した幹比古をかすめた。幸いなのは、使われたのが古式魔法よりも操作性に劣る現代魔法だったことか。だが、一撃目は避けられても、至近距離で放たれる雷撃を何度も避けられるはずがない。故に取れる手段は防御だけ。しかし、相手は既に魔法を発動している状態。どういう仕組みなのか分からないが、吸血鬼は起動式もなく魔法を発動し、威力も劣ることなく雷を維持している。
――――間に合わない!
迫りくる脅威に覚悟を決める。
だが、幹比古へと電光が届くことは無かった。
――――燃え盛る
――――神秘を感じさせる鮮やかな炎は、吸血鬼の手から雷を焼滅させた。
予想外の事態に呆然とした吸血鬼と幹比古は、遅れてその発生源へと視線を向ける。そのタイミングは奇しくも仮面の女の視線を追ったエリカと全くの同時だった。
公園の脇道に止まる一台のバイク。それに乗っている人物は全身真っ黒に染められており、街灯が無ければ見失ってしまうだろう。ただ一つ、漆黒の中で輝く紅い瞳が、四人を鋭く見据えていた。
◆
――――何とか間に合った。
俺は内心で安堵の息を吐く。パラサイトを探すと決めたは良かったが、肝心の捜索に手が回っていなかった為に、結局原作と同じタイミングになってしまった。ここまでくると運命の力でも働いているのではないかと思ってしまう。いや、この考えは案外的外れなものではないかもしれない。
そんなことを考えていると、仮面の女――シリウスが俺に向かって手を向けてきた。その手が印を結ぶように動き、直後に魔法式が展開される。
しかし、今の俺にそんな攻撃は意味がない。相手の魔法がエイドスに干渉するよりも早く、眼が捉えた魔法式に向かって左手に持つ紅いCADを照準する。直後、深紅の炎が現れ魔法の兆候ごと消し炭にした。
シリウスの眼に動揺の色が走るのが伺える。だが流石と言うべきか、すぐさまその動揺を消し去り先ほどとは種類の違う新たな魔法式を発動する。だが、それも俺がCADを向ければ全てが燃やし尽くされた。
その時、エリカと幹比古から「あっ」という声が聞こえてくる。知覚範囲を広げれば、今にも吸血鬼が逃げ出そうとしているところだった。
そちらに僅かな間意識がとられた瞬間、シリウスが持った銃が、地面に向かって弾を打ち出した。その弾は地面との間で火花を散らしたかと思うと、突然閃光へと変化する。続けて三連続の銃声。重なった閃光は更に大きくなり、目を開けていられないほどにまでになる。咄嗟に目を瞑るが、俺の視力は目を閉じていても問題ない。その知覚範囲にしっかりとシリウスを捉えていた。
シリウスを構成する情報体に向けて左手の指を引いた。次の瞬間には紅蓮の業火がシリウスだったものを燃やしていた。しかし、表面上シリウスの情報体とされていたものは中身を伴わない器だけ。つまりは偽物だ。先生の術で何度も視てはいるが、情報を偽るとは相変わらず厄介なものだ。だが、その術は俺には通用しない。俺の眼はしっかりとシリウスを――いや、リーナのことが視ていた。
とはいえ、ここでリーナとパラサイトを捕まえるようなつもりはない。また原作と同じ展開になってしまうが、兄さんの行動は基本的に正しい為に、このタイミングで俺がそれから外れることは簡単にはできない。
今回の場合は、パラサイトをリーナと幹比古、エリカの前で捕えるのはまずい為に敢えて逃がすのだ。リーナを捕まえるのも駄目だ。俺だけならまだしも、幹比古とエリカの前で正体を暴いてしまっては危険や面倒ごとが起こる。それに、覆面のパラサイトにはなるべく原作通りに行動してもらいピクシーに憑依してもらうつもりだ。現状、パラサイトを一番安全に確保できる手段。ここで逃がして新たな被害者が出ようとも俺には関係ないし、パラサイト確保の方がよっぽど重要だ。
ここに来たのはエリカと幹比古のピンチを救うため。そしてパラサイトを直接視ることと、パレードが俺にどこまで通用するかの確認だ。ついでに言えば最後のリーナへの追撃は、牽制と、そして俺がパレードを見破れないというブラフを仕掛ける為である。
閃光が収まると既にパラサイトとリーナの姿はなく、公園には静けさが戻っている。残されたのは俺と疲弊した二人だけだった。
「二人とも大丈夫か?」
CADを仕舞いヘルメットを脱ぐと、二人の様子を確認する。幹比古の方は見たところ怪我らしい怪我はしていないようだ。念の為に眼でも視てみたが特に問題はない。
そしてエリカ。こちらもどうやら怪我をしてはいないようだが、眼で確認してみれば幹比古よりもダメージや疲労が溜まっているのが分かる。とはいえダメージも大したものではないし、疲労も幹比古との戦闘スタイルの違いによるものだろう。
と、そこで俺はエリカから若干冷たい視線を向けられていることに気が付く。
「……あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんですけど」
「ああ、悪い」
言われて気が付いたが、今のエリカはアウターのボトムから胸の下辺りまで所々裂けている。皮膚を保護するアンダーウェアに損傷は見られず、素肌が見えているというわけではないが、身体のラインが見え隠れしていた。エリカの頬が若干赤くなっていることからも、恥ずかしいという言葉に嘘も拡張もないのだろう。
俺は上に羽織っているハーフコートを投げ渡すと、隣で顔を赤くしている幹比古に倣い背を向けた。水着などで肌を見せることは平気なのに、何故現在の状態を恥ずかしがるかは今一理解できなかったが、そこらへんは見せることと見られることでは意味が違うのだろうということで適当に納得しておく。
まあ、ぶっちゃけてしまうと、俺にとって異性の裸など慣れているものだし、エリカの身体の状態も既に把握済みなので、身体のラインが知られるのが恥ずかしいというのは今更過ぎるものなのだが。
もちろんのこと、俺がエリカの裸を直接見たとかそういうわけではない。いや、視たことには間違いないか。俺は【
男としては一度は夢見たことがあるであろう透視能力とほとんど同じことができるわけだが、残念ながらとでも言うべきか。俺は既に女性の裸を見て何かを思うような感性など持ち合わせていない。もう少し視え方が違ったら変わるかもしれないが。
「ありがと、もういいわよ」
どうでもいいことを考えていると、エリカから許可がでたので再び向き直る。
「二人とも大丈夫だったか?」
「何とかね。紅夜が来てくれなかった危なかったよ」
先ほども訊ねたが、確認の意味も込めてもう一度聞いておく。
幹比古が緊張が解けたことからか、気疲れしたようなため息交じりで言う。
「念の為に鎧下を着けててよかった。そうじゃなかったら、エライ目に遭ってたとこよ」
「爆風の中にカマイタチが混じっていたみたいだな」
「そうみたい……あの仮面女め、今度会ったら服を弁償させてやる」
自分がやられたことを怒ってるんじゃないのかと考えたが、ここで言っても面倒なことになる気しかしないので黙っておくことにする。
リーナよ、もしもバレたら大人しく弁償したまえ。
ちなみに、見たところリーナも鎖骨を骨折していたようだったので、もしも正体がバレたらそれでお相子になるように口添えくらいはしてやろう。一方的に襲い掛かられた上に鎖骨を折られるとか哀れ過ぎる……
「ところで紅夜くん、どうしてここに?」
原作知識のおかげです。
と、答えられたら良かったのだが、流石にもう薄れつつある原作知識では戦闘があったことは覚えていても、何時何処で起こったことなのかまでは忘れてしまっている。ではなんと返すか、何通りかの答えは用意できていたがここは本当のことを教える。
「幹比古に連絡を貰ったんだよ」
「ふ~ん」
途端、エリカの視線が鋭くなり不機嫌なことがありありと表れている声と共に、幹比古へと向けられる。そして幹比古は「裏切り者」という視線を俺に向けてきた。
許せ、こちらの方か面白くなる予感がしたんだ。
ちなみに、連絡を貰ったのは俺と兄さんの二人だったが、俺がパラサイト捜索に外に出ていた為、兄さんに任せてもらった。
「それで危ういところに助っ人が間に合ったってわけね。ミキ、ファインプレーじゃない」
「あ、う……ぼ、僕の名前は幹比古だ」
苦し紛れに話を逸らそうとするがエリカによって黙殺される。
「ところで、いつ連絡したの? あたし、聞いた覚えが無いんだけど」
「…………」
二人の様子からも簡単に分かるように、どうやら幹比古が助けを呼んだのはエリカに無断で行ったようだ。エリカの冷たい眼差しを受けて、幹比古はマンガのように冷や汗をかいている。流石に幹比古が可哀想になってきた為に、横から口を挟む。
「二人とも、そこまでにして、そろそろ移動しないか?」
俺の言葉にエリカが瞬きをし、幹比古が助かったと感謝の視線を向けて来る。……今の状況に陥れたのも俺なんだけどな。
しかし、今はそんな悠長なことを言っている場合ではないだろう。
「人が集まってきてるぞ?」
俺の指摘に二人は慌てて端末を取り出し何かを確認している。安堵の様子が見えないということは俺の推測は間違っていないということだろう。
「二人とも師族会議には断りなしなんだろ?」
今回のパラサイト捜索に辺り、師族会議から協力するようにという通達が出ている。これは強制ではない為に、無視したからといってペナルティーが生じるわけではないが、独断で捜索していると知られれば面倒なことになるのは目に見えている。それが分かっているのだろう、エリカと幹比古は唸りながらこの状況をどう突破するかと頭を悩ませていた。
独断で動いたのはエリカと幹比古だとはいえ、俺が捕まっても面倒なことには変わりない。その為、次に取る俺の手段は決まっていた。
「エリカ、後ろに乗るか?」
「うん、お願い」
バイクにまたがり訊ねれば、エリカが後ろの席に座る。
「紅夜、僕は?」
「悪い、定員オーバーだ」
俺の言葉に、幹比古は再び「裏切り者」という視線を向けて来る。落として上げてまた落とす。我ながら幹比古には可哀想なことをしたと思う。今度何かを奢ることにしよう。
が、だからといってここで助けるつもりはない。俺に出来るのはエールを送ることだけである。
「じゃあ、頑張れ!」
そう言い残すと俺はバイクを発進させた。面倒ごとを回避する手段、それ即ち逃走である。
「ノーヘルは罰金だぞ!」
背後から聞こえる苦し紛れの声を受けながら、俺はバイクのスピードを上げた。
ついでに、現在の法律ではノーヘルの罰金は存在していなかったりする。幹比古の言葉は、本当に苦し紛れの負け惜しみだった。
どうでもいいですが、紅夜が忘れてる原作部分は大抵私が忘れてたところ。
転生して何年も原作見てないのに内容を覚えているオリ主はすごいと思いました(小並感)
そろそろ完結とか考えるこのころ。でも着地点とか見つかってないんですよねぇ……