お待たせしました。
今回は三人称に挑戦してみました。
司波達也は焦る気持ちを抑えつけ全速力で走っていた。
焦燥
それがだけが達也の心を占めていた。
達也は四葉の精神改造手術により感情が欠落している。故に、本来なら我を忘れるほどの強い衝動に駆られることなどありえない。だが達也は唯一、妹の深雪の為だけの感情が残っていた。
つまり、我を忘れるほどの焦燥を覚えている今、深雪になにかしらの危険が起きていることに他ならなかった。
来た道を全力で駆け戻り、途中で敵と遭遇すれば即座にCADを向け元素レベルに分解する。そうすることで、達也はスピードを一切落とさずに部屋にたどり着こうとしていた。
そして、部屋まであと少しというところで異変に気が付いた。
(なんだ? 周囲の温度が上がっている? ……まさか!)
達也の脳裏に一つの可能性が浮かび上がり、焦りが加速する。その焦りに比例するように走る速度が上がり、ついに部屋までたどり着いた。
開いていた扉から中に飛び込むと達也の身体に膨大な熱を帯びた空気が叩きつけられた。それと同時に達也は自分の予想が当たっていたことを理解する。
即座に【
身体から血を流して倒れている母親とそのメイド、母親たち同様に倒れている最愛の妹。それを確認しただけで血が沸騰するような怒りを覚えるがそれを抑えて更に情報を集める。
近くにはマシンガンとアンティナイトを持った四人の兵士、そして達也の予想通り、自分の身体を抱き込むようにして膨大な量の
状況から達也は最適な行動を計算して実行に移す。
深雪たちを撃ったのは四人の兵士と判断、即座に分解で消し去る。
次にCADを紅夜に向けると『
ここまでで3秒。
達也は急いで深雪にCADを向け引き金を引く。
【エイドス変更履歴の遡及を開始】
その瞬間、人間の反射を上回る速度で『再成』の魔法が発動した。
【復元時点を確認】
魔法の発動とほぼ同時にエイドスを遡った達也の精神に想像を絶する痛みが襲い掛かる。だが、達也はその痛みを顔に出すことすらせず魔法の行使を続ける。
【復元開始】
複写したエイドスが魔法式として、エイドスを上書きする。
【復元完了】
そして、魔法が終わったころには深雪の怪我はなくなっていた。
「深雪、大丈夫か!?」
「お兄様……」
「良かった……っ!」
達也は深雪を強く抱きしめる。
「ゴホッ、ガハッ!」
しばらく抱き合ったままでいると、二人の後ろから、咳払いをしようとして失敗したような不自然な声がした。
ハッとして振り向くとそこには、口から血を吐き出し苦しそうな息をしながらも、二人を見て苦笑をしている紅夜の姿があった。
自身の力を制御できていないのか、紅夜の体から小さな炎が揺らめいている。
「いい、雰囲気……に、水、を差す、ようで、悪いけど……助けて、くれないか……?」
息も絶え絶えに言う紅夜に達也は一瞬気まずそうにしたものの、すぐに表情を引き締めて紅夜に『再成』の魔法を行使する。
紅夜の傷がなくなるのを確認すると、達也は深夜と穂波も同様に魔法を使い怪我をなくしていった。
「兄さん、助かった」
穂波が自分の身体を不思議そうに見下ろしているのを横目に、紅夜は達也に礼を言った。
「それはいいが、サイオンの暴走は大丈夫なのか?」
「ああ、キャスト・ジャミングのサイオン波で、身体のサイオンが乱れたところに瀕死レベルの怪我をしたことで、完全にサイオンの制御ができなくなったことが、暴走の原因だったからな。怪我さえ治ってしまえば制御を取り戻すことは、そう難しくなかった」
「そうか、ならよかった」
そんなことを話していると二人に向かって風間が近づく。
「すまない。叛逆者を出してしまったことは完全にこちらの落ち度だ。何をしても罪滅ぼしにはならないだろうが、望むことなら何なりと言ってくれ。国防軍として、でき得る限りの便宜を図らせてもらう」
そう言って頭を下げる風間に達也は頭を上げてくださいと告げ、正確な情報の開示を求めた。
「敵は大亜連合ですか?」
尋ねる達也に風間は恐らくだが、と肯定を示した。そして風間の口から語られるのは予想以上に酷い状況。それを踏まえて達也は紅夜たち四人の安全の確保を頼んだ。もちろん風間はこれも了承する。
「では最後に、アーマースーツと歩兵装備一式を貸してください。貸す、といっても消耗品はお返しできませんが」
達也の要求に紅夜を除く全員が疑問を抱く。風間も同様で達也に理由を尋ねた。
「彼らは深雪に手を掛けました。その報いを受けさせなければなりません」
そう言った達也の瞳には蒼白の業火が荒れ狂っていた。
その声を聞いた全員が血の気を失う中、もう一人、達也と同じ怒りを抱いている者がいた。
「待ってください、俺も行きます」
突如上がった声に全員が振り向く。
その視線の先にはは腕を組み、眼をつむっている紅夜の姿があった。
「なに?」
「ですから俺も行きます」
紅夜は眼を閉じたまま、力強く言い直した。
だが、その胸の中では様々な感情が入り混じっていた。怒りや憎しみ、そして深雪たちを守れなかった自責の念。
──ギシリ、と鎖が軋む音がした。
波が引くように感情が冷えていく。
熱せられた刀が急速に冷えて硬くなる。
「何故君まで?」
「姉を撃たれて怒らない弟がいると思いますか?」
「だが、君が行ってどうする?」
風間の問いを紅夜は鼻で笑った。
そんなことは決まっている。
怒りをぶつける? 憎しみを晴らす? それとも守れなかった腹いせか?
―――違う。
紅夜はそんな感情は無駄だと切り捨てる。敵を殺すのに感情は必要ない。
―――怒りを捨てろ。
―――憎しみを捨てろ。
―――自責を捨てろ。
―――何より、慈悲を捨てろ。
―――目的の為に感情は必要ない。
―――奴らは敵だ。
―――それだけ認識していれば良い。
―――奴らは敵だ。
―――ならばどうする?
―――簡単だ。
「敵を、殺し尽くす」
そう言って開いた目は、赤く、紅く、深紅に染まっていた。
だが、その瞳に浮かぶ感情は、何処までも冷たかった。
◆
あの後、紅夜と達也は風間に許可をもらい戦場へと向かうことになった。
そんな紅夜たちの背中に声が掛けられた。
「お兄様、紅夜!」
その声に紅夜は達也と自分の呼ぶ順番が逆になってるな、などとこれから戦場に行くとは思えないこと考えながら振り向く。
「深雪、どうした?」
「お兄様、紅夜も、行かないでください。敵の軍隊と戦うなんて、危ないことはしないでください。お兄様と紅夜がそんなことをする必要はないと思います」
そんな深雪の願いに対する紅夜と達也の回答は否だった。
「さっきも言った通り、俺は、お前を傷つけられた報復に行くんだ。お前の為じゃなくて、自分の感情の為に。そうしなければ、俺の気がすまない。俺にとって本当に大切だと思えるのは深雪、お前だけだから」
達也は困ったように笑いながら言った。
「わがままな兄貴でごめんな」
達也の言葉に深雪は困惑の表情を浮かべた。
「大切だと思えるのは私だけ?」
深雪は違和感に気づく。
何故「大切なもの」じゃなくて、「大切だと思えるもの」なのか、そして何故「深雪だけ」なのか。
達也も深雪の言いたいことがわかったようで「参ったな」と苦笑を浮かべた。
「兄さん、深雪もそろそろ知ってもいいと思う」
「そうか……そうだな。知らずに済むなら、ずっと知らないままにしてやりたかったけど……そういうわけにも行かないんだろうな」
紅夜と達也の会話に深雪は困惑の表情を浮かべる。
「お兄様?」
「今は時間が無いし、俺から話して聞かせるべきではないと思う。だから深雪、母さんから教えてもらいなさい。今、お前が疑問に思ったことの、答えを」
更に困惑する深雪に紅夜と達也は「大丈夫」とだけ言って戦場へと向かった。
戦場に出た紅夜と達也は出し惜しみなどせず、全力で敵の殲滅をしていた。
黒いアーマースーツを身に着けた達也は悠々と歩きながら敵を消していく。
右手のCADの引き金を引けば敵が元素レベルまで分解され、左手に持つCADを掲げれば倒れていた味方が起き上がる。
その隣で歩くのは身軽な私服姿の紅夜。
アーマースーツを着ていないのは動きにくくなるから、そして、そもそも攻撃を受けることがないから。
左手を汎用型CADが入ったポケットに突っ込み、右手には【ダークネス・ブラッド】を持って、敵を焼滅させていく。
迫る銃弾は跳ね返され、魔法は紅夜の手前で消滅する。
それを可能にしているのは深紅の瞳【
この魔法は紅夜の先天的スキルで魔法を『視る』ことができる。正確に言えば、エイドスを知ることができる知覚魔法だ。
達也の【
例えば、目で捉えることのできない銃弾のエイドス情報を視て、それを【ダブル・バウンド】でベクトルを倍にして跳ね返したり、例えば、発動された魔法により改変されたエイドスを読み取り、それを逆算、即座に相手の魔法を中和する魔法式を使用したり、などだ。
これにより、紅夜に対する物理攻撃は全て反射され、魔法は無効化される。
このように、紅夜の防御は完璧だ。ならば攻撃はどうか?
簡単だ。紅夜の得意系統である振動加速魔法を全力で使う。それだけか、と思うかもしれないがそれは違う。
膨大な魔法演算領域と強力な干渉力、それに大量のサイオン。どれを含めても世界トップレベルの紅夜が得意系統の魔法を全力で使った場合、それはもう酷いことになる。
一言で表すとすればそれは『地獄』。
これに尽きた。
紅夜がCADの引き金を引けば指定したエリアの温度は一瞬で5000℃を越え、そこに可燃性の気体を加え、業火とでも言うべき爆炎が上がる。さらに気流を操り火災旋風を巻き起こし、それを操る。
それにより、敵は一瞬で蒸発し、炎に焼かれ焼滅。そして旋風に巻き込まれ、猛スピードで飛んでくる車の残骸や家の一部。風穴が開き、押し潰され、炭化する。
これを地獄と呼ばずになんと言うだろうか?
味方は呆然と立ち尽くし、敵は当然の如く恐怖に怯え逃げ出す。
だからといって手心を加える必要があるのか? 否、ない。
紅夜にとって敵は消し去るべきものだった。
紅夜は転生してすぐの幼少の頃からサイオンの暴走により他人の命を何度も奪ってきた。自分に関係のない人が自分によって殺される。
もちろん紅夜は転生前は一般人であり人を殺したこと、それどころか人が死ぬことも見たことがなかった。
いきなりそんな状況に置かれていた紅夜は罪悪感により押し潰されそうになっていた。
人は適応する生き物だ。自分が精神的に潰れてしまいそうになった時、自分の精神構造を作り変えるという話しがある。
精神的に潰れてしまいそうになった紅夜は精神を作り変えることでその状況から逃れた。
自分が殺しているのは関係のない赤の他人だ。物語にも影響しないただのモブ。殺して何が悪い、と。
その精神を元に作り変えられた紅夜にとって人間は身内と他人、そして敵の三種類しかいなかった。
身内は大切なものだ。だから何をしても守る。
他人には興味がない。死んでしまったら仕方がない。
敵は消し去るべきだ。身内を害するものなどあってはならない。
これが紅夜の考えだった。
そして、今目の前にいるのは敵だ。消し去るのは当然のこと。紅夜にはもう罪悪感など欠片もなくなっていた。
いくら恐怖をしようが、逃げようが、降伏をしようが止まらない。何故なら敵は消し去るべきものなのだから。
その一心で敵の白旗を焼滅させようとした時、突然後ろから羽交い締めにされる。
「止めろ、バカ!」
だが紅夜は止まらない。CADを向けずに視線だけで白旗をロックすると魔法を発動させようとする。それはCADを奪い取られたことにより失敗した。
「敵に戦闘継続の意思はない!」
それでも紅夜は止まらない。強力な魔法師である紅夜にとってCADなどなくても魔法は使える。
「止めろと言うのだ!」
そう怒鳴られて紅夜はやっと周りに意識を向けた。後ろを見ると自分を止めたのは風間だと気づく。
「これ以上は虐殺だ。そんな真似は許さんぞ」
隣では達也も見知らぬ兵士に取り押さえられ、銃を突きつけられていた。そんな紅夜を見て安心と判断した風間は紅夜を解放した。
「落ち着け、特尉方。柳も銃を引っ込めろ」
特尉という呼称は達也と紅夜の二人に向けたものだった。民間人を戦場に出すわけにはいかないと達也と同様に紅夜にも与えられた地位だ。
「特尉方、出勤の際の条件は覚えているな?」
「了解です」
「わかりました」
冷静さを取り戻した紅夜と達也はようやく止まった。
いかがだったでしょうか?
三人称で書くのは以外と楽しかったです。
それにしても、今回の話しは後から見直してSAN値が削れました。
……深夜のテンション怖い。