危ない……投稿を忘れるところでした(汗
さて、今回から横浜騒乱編の始まりです。
一通りの展開を考えたんですが、案外書くことが少なそうなんですよね……。
では、スタートです!
横浜騒乱編Ⅰ
夏休みが終わり、さらに一高の新生徒会発足から一週間が経過した。
新生徒会選挙では、色々と面倒ごとというか問題が起こったりしたのだが原作と大した差異もなく終了した。ただ唯一、選挙の投票内容だけが大幅に変化していたが結果には影響がなかったので良いとしよう。
ちなみに投票内容の集計数だが、投票数は五百八十二票。内、有効投票数は百三十七票。あずさに百三十七票、兄さんが百二票、深雪は百八十四票、そして俺が百五十九票だった。
まあ、そんなこんなで色々あったが、特に問題が起こることもなく平穏な日々が過ぎ、時刻は既に放課後、地下二階の資料室に兄さんと籠り様々な資料を漁っていた。
「お兄様、紅夜、いらっしゃいますか?」
「深雪、こっちだ」
兄さんが閲覧用の端末から顔を上げ深雪を呼ぶのを傍目に、俺は端末をスライドさせ新たな項目を確認する。本当はここまで真剣に文献を調べるつもりなどなかった。何せ原作通りに進めば、向こうの方から目的の物がやってくるのだから。しかしいざ調べ出すと予想外に面白い内容ばかりで兄さんの目的、常駐型重力制御魔法による熱核融合芦の実現に関すること以外の資料まで調べてしまうくらいだ。
深雪が近くまで寄ってきた気配を感じ取り、切りの良いタイミングで資料から視線を離した。
「何をご覧になられているのですか?」
「『エメラルド・タブレット』に関する文献だ」
「最近ずっと錬金術関係の文献を調べておいでのようですが……?」
「知りたいのは錬金術そのものではなく『賢者の石』の性質と製法なんだけどね」
『エメラルド・タブレット』とは錬金術に関することが記述された板で、今まで実物は確認されたことがないが、現代では
そして兄さんが知りたがっている『賢者の石』。これは卑金属を貴金属に変える触媒にされると言われている。そして卑金属を貴金属に変換する際に使われる魔法は『賢者の石』を作用させることにより発動すると考えられている。ここに他の魔法的プロセスが必要ない場合、『賢者の石』には魔法を保存しておく効果があるということになり、この魔法を保存するというのが兄さんが本当に求めていることなのだ。
この説明を受けた深雪は目を見開いて驚きを露わにした。
「魔法の保存、ですか?」
「変数を僅かずつ変更しながら重力制御魔法を連続発動するノウハウは飛行魔法の実現によって収集できた。正式に商品化する前から色々な魔法師が飛行魔法を試してみてくれたからね」
これが飛行魔法の起動式を無償解放した理由だった。FLTの飛行デバイスを利用したいという申し出は国内のみならず、USNAなどの友好諸国から数多く寄せられ、トライアルをモニターするという名目で高位の魔法師による重力制御魔法のデータを数多く手に入れられたのだ。
「重力制御魔法で核融合を維持する方法については目処がついた。だが魔法師がずっとついていて魔法を掛け続けなければならないのでは意味がない。それでは魔法師は核融合炉のパーツになってしまう。役割が兵器から部品に変わるだけだ。動かすには魔法師が不可欠、しかし同時に魔法師を縛り付けるシステムであってはならない。その為には魔法の持続時間を日数単位まで伸ばすか、魔法を一時的に保存して魔法師がいなくても魔法を発動できる仕組みを作り上げるか……どちらも手探り状態だが、安全性を考えれば後者の方が望ましい」
「それで『賢者の石』について調べられているのですね」
兄さんの言うことは常識的に考えると夢物語でしかない。しかし、それでも俺は何れ兄さんの夢は実現するだろうと信じていた。
魔法科高校の劣等生という
だから俺は兄さんの夢を叶える為にいくらでも手を貸そう。兄さんの夢を叶えること、そして物語の完結を見ることが俺の夢なのだから。
「そういえば深雪、何か用があったんじゃないか?」
俺が内心で新たに決意の再確認というか、メタいというか、なんだか気恥ずかしくなるようなことを考えていると、いつの間にか話題が変わっていた。
「そうでした! お兄様、市原先輩がお探しでした。何でも、来月の論文コンペについてお兄様にご相談がお有りだとか」
「何処で?」
二人の会話を聞きながら、そういえばそろそろそんな時期だったなぁと思い出す。横浜騒乱編、大亜連合の襲撃が行われ兄さんの戦略級魔法によって収束し、後に灼熱のハロウィンと呼ばれる出来事。
分かっていたこととはいえ、もう少し平穏な時間が欲しかったと小さくため息を吐いた。まあ、俺が本当に欲しいのは平穏な時間よりも魔法やCADの研究・開発の為の時間なので、実験材料が向こうから来るのだから別にいいかと瞬時に気持ちを切り替える。兄さんが呼び出されたということは今日がその日だろう。家に帰るのが楽しみだ。
◆
一緒に帰ったエリカたちと駅で別れ、無事に俺たちの家に着く。そして駐車場にシティコミューターが止まっているのを見て、俺は内心でガッツポーズを決めた。俺の存在で原作と違ったことになる可能性もあり少し不安だったのだが、どうやら杞憂だったようだ。
兄さんが深雪の肩を抱き、微妙な緊張感を出しているのを無視してさっさと家の中に入る。
「――お帰りなさい。相変わらず仲が良いのね」
そう言って待ち構えていたのは俺たちの義理の母親である司波小百合。その兄さんと深雪に向けたからかい混じりの声に答えたのは二人ではなく俺だった。
「お久しぶりです小百合さん。こちらに来るのなら連絡くらい入れてくれれば、おもてなしくらいできたのに。ご用件があるのならリビングで聞きますよ」
表面上は人当たりのいい笑顔を浮かべながら、言外にさっさと帰れとという意味を込める。
別に俺は小百合に対して思うことは無いのだが、深雪が震えているのを黙って見ているほど出来てはいなかった。
緊張を和らげる為か、普段より三割増しに兄さんに甘えた深雪は落ち着きを取り戻し着替えに向かった。所在無さげに立っている小百合をリビングへと案内し、さっさとソファに座る。それでももたもたしている小百合に兄さんが声を掛けた。
「急かすようで気が引けますが、妹が席を外している間に済ませてしまいたいので」
「相変わらず貴方たちは私のことが気に入らないようね」
取り繕っても無駄だと思ったのか、ソファに腰を下ろすと同時に小百合の態度はざっくばらんなものに変わる。
「深雪はそうでしょうね。俺は親という存在に対して思い入れはないので特に何とも思いません。ですがビジネス関係では良い関係を築きたいとは思っていますよ」
俺は前世の記憶、出自の特殊性から親に対する深い感情というのは特にない。しかし、小百合がそんなことを知るはずもなく、何か思うことでもあったのか微妙に眉を顰めて、今度は兄さんに視線を向けた。
「……貴方はどうなの?」
「そのような感傷には縁がありません。俺は、そういう風にできています」
「……まあ、いいわ。それが本音でも強がりでも、私にはどうしようもないことだから」
だったら聞くなと思ったのは仕方のないことだろう。その後に私の言い分も聞いてもらいたいなどと言い出したが、さっきも言った通り俺は親の関係など興味がないので本人たちの間で言って欲しい。それは兄さんも同じようで早く本題に入ることを促す。
「それで本日はわざわざ何のご用件ですか?」
「……じゃあ、担当直入に言うわ。貴方たちにまた、本社の研究を手伝って欲しいのよ。できれば高校を中退して」
「一応言っておきますが、俺は四葉次期当主で有力候補の一人ですよ? 病気で中学に行かず研究の手伝いなどはしましたが、本来は学校に行っている方が普通なんです。それに兄さんもガーディアンという役目がありますし」
俺の言い分に上手い反論が見つからなかったのか、小百合は言葉を詰まらせたが、どうにか研究を手伝ってもらいたいらしく、俺から視線を外し兄さんに問いかけた。
「貴方が進学しなければ別のガーディアンが派遣されていたはずでしょう」
「何処の業界も魔法師は人手不足だ。いくら四葉でも、そう簡単に代わりのガーディアンは見つかりません」
互いに譲らず何処まで行っても平行線。ふぅ、と小百合が漏らした大きなため息は、あながち演技とは見えないものだった。
「貴方たちのように優秀なスタッフを遊ばせておく余裕は、うちの会社には無いのだけど」
「遊んでいるつもりはありませんが? 今期も会社の利益に大きく貢献しているはずですよ。先日はUSNAの海軍から飛行デバイスを大量受注をしているでしょう。あれだけでも前期の利益の二十パーセントにはなるはずだ」
「……じゃあせめて、このサンプルの解析だけでも手伝ってくれないかしら」
そう言って小百合が取り出したのは大きめの宝石箱。そして慎重な手つきで蓋を開けると中には赤味を帯びた半透明の玉が一つ。
「……瓊勾玉系統の
ついに来たかと思わず頬が緩みそうになるのを抑え、何も悟らせないように真面目な表情で
「何処で出土したんですか?」
「知らないわ」
「成る程、国防軍絡みってことですね」
「解析と仰いましたが、まさか瓊勾玉の複製なんて請け負ったりはしていないでしょうね?」
兄さんの質問に小百合の表情が強張った。兄さんは大きなため息を吐く。
「何故そんな無謀な真似を? 現代技術で人工的に合成することが難しいから『レリック』なんですが」
「この仕事は国防軍からの強い要請によるものです。断ることはできないわ」
その経営判断は理解できないことでもない。FLTに限らず、魔法産業に携わる企業は実質的に官公需企業であり、魔法産業は軍需産業と言ってもいいものだからだ。
とはいえそこは交渉などで最低限の譲歩を引き出すべきだ。理想としては複製に失敗してもこちらに責任が来ないという確約をするのが一番だ。まあそこは後からでも不可能ではないだろう。何せ原作によればこの
「国防軍とてレリックという名称の謂れは知っているでしょう。レリックに分類されている以上、人工的な合成が不可能ということは分かっているはずだ。何故そんな無茶な要求を?」
「……瓊勾玉には魔法式を保存する機能があるそうです」
逡巡と共に返された答え、それにもう一度口角が上がりそうになる。分かっていても抑えるのは大変なことだった。辛うじて笑みを浮かべるのを堪えきり、無理やり口角を下に下げて不信な表情を作る。
「それは実証された事実ですか?」
「まだ仮説の段階ですが、軍が動くのには十分な確度の観測結果を出しています」
「事実ならば軍としては無視できないでしょう。それは理解できます」
魔法式の保存が可能となれば兄さんが目標とする常駐型魔法は兵器にも適用され、世界の魔法事情は大きく動くことになるだろうと兄さんと俺は重々しく頷いた。
「しかし今のFLTの実績を考えれば、あえて火中の栗を拾う必要はないと思いますが?」
「既に賽は投げられているわ」
「それは、俺たちに
「……そうよ」
小百合は俺の依頼という言葉に渋い表情をしながらも肯定したのを確認して、俺は心の中で小さくため息を吐いた。それは安堵によるもの。しかし、そんな様子は微塵も表に出さないようにして、俺は誰もが見惚れるような柔和な笑みを浮かべる。
「ではサンプルを開発第三課に回しておいてください。時間は掛かるかもしれませんが、他の研究員と協力して必ず結果を出しますよ」
「…………ええ、期待しているわ」
小百合は開発第三課という単語に反応して渋い表情をさらに歪めるが、答えは否ではなく是であった。できるだけそうなるように仕込んだのは俺なのだが。
どうやら小百合は俺たちに良い感情を持っていないようなので、話し始める時にビジネス相手ということを少し強調しておいた。そして先に俺たちに対する依頼だということを口に出させてから他の研究員と協力すると言っておけば頭に血が上ることはないだろうと考えたのだが、どうやら成功のようだ。それでも、あくまで保険程度の気持ちだったので上手く行ってホッとしていた。
まあ、やってもやらなくても結果に変わりはなかったが、後々の面倒を考えると向こうから依頼する形の方が楽だったのだ。
「そういえば深雪が遅いですね。そろそろ降りて来ると思うんですが」
「あらそう。私はそろそろ戻ります」
俺が暗に帰りを促すと、小百合も長居はするつもりはなかったらしく帰る支度を始めた。ここで帰ると口に出さなかったのは、一応ここが自分の家であることを思い出したからか。
「貴重品をお持ちだ。駅まで送りましょうか?」
「コミューターで帰りますから結構です」
「そうですか。お気を付けて」
扉が閉まったのを確認してから俺はため息を吐いた。
「じゃあ後のことは兄さんに任せてもいい?」
扉と、そして階段に視線を向けると兄さんは仕方がないと肩を竦める。
「なら頼んだ」
そう言い残した俺は階段の途中で深雪の肩に手を置いてから自分の部屋へと戻った。
今回判明した紅夜の夢、「物語の終わりを見る」。
これ、案外行動原理のようなものとして重要になってたりします。