お待たせしました。
なんだか少しずつ投稿が遅くなってきてますね。少なくとも週一には投稿できるように頑張ります。
九校戦編Ⅰ
季節は夏、七月半ばに差しかかったころ。
既に気温は30°を超えるのが当たり前になってきている。とは言っても様々な設備が充実している魔法科高校では冷房が休むことなく動いていて、常に快適な温度を保っているのだが。
生徒たちは定期試験が終わったことで九校戦に向けての気迫が高まり、学校内の空気はどこか浮ついているように感じられた。
ちなみに試験の総合成績は以下の通りだ。
1位 司波紅夜
2位 司波深雪
3位 光井ほのか
4位 北山雫
見て分かる通り、総合成績上位をA組が独占していた。1位の俺と2位の深雪が僅差、少し離れて3位のほのかと4位の雫が僅差という結果になっている。俺がトップなのは入試とは違い1位になったとしても大して面倒事がなさそうなのと、原作に対して影響しなかったからである。何よりも入試に続き今回でも手を抜いたら深雪の反応が怖すぎる。なので試験で特に自重するつもりはなく、実技でも1位、理論も兄さんと僅差で2位という結果になっていた。
そんなこんなで試験が終わり生徒達は開放感でテンションが上がっているようだが、俺のテンションはそんな生徒たちと違ってダダ下がりだった。何故かと言われればそれは他ならぬ九校戦の所為である。
九校戦―――正式名称、全国魔法科高校親善魔法競技大会。
毎年、全国にある九つの魔法科高校から、それぞれ選りすぐりの生徒たちが集い魔法競技を競う大会である。九校戦は毎年魔法関係者だけでなく一般企業や海外からも大勢の観客とスカウトが集まる大舞台だ。当然、全国の魔法科高校はこの競技に力を込めており、それはこの第一高校も例外ではない。そんな大規模な行事に普通はテンションが上がるものかもしれないが、学校を仕切る立場、すなわち生徒会はそうも言ってられない。大会までは後半月以上もあるのに、その仕事の多さはもう殺人的だ。それは、あの真由美が軽口を叩くこともなく黙々と仕事に取り組んでいることから理解してもらえると思う。正確には黙々と仕事に取り組んでいるのではなく、軽口を叩く暇さえないということなのだが。
そんな中、俺と兄さん、そして深雪を含めた生徒会の面々と摩利は会議ようの机につき、向かいながら頭を悩ませていた。
「……今年の九校戦は、このメンバーなら負けることはないでしょう。それだけの人材が揃っているわ」
「そうですね、今年は一年生も優秀ですから。ですが……」
「エンジニアか」
鈴音の言葉を引き継ぐように摩利が発した言葉で、その場にいる俺と兄さん以外の面々がため息でも吐きそうな様子を見せた。
「私と十文字くんがカバーするっていっても限度があるしなぁ……」
「俺も出来ないこともないですが……」
俺の発言に真由美は驚いたように顔を上げた。……予想通りだ。
「え? 紅夜くんってCADの調整出来たの?」
「まあ、人並みですが。言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないわよ! でも、紅夜くんも競技があるのよね……」
ガクッと机に突っ伏した真由美に俺は何気ない風を装って希望となる、そして特定の人物にとっては絶望となる言葉を掛けた。
「俺は兄さんみたいに深雪のCADを弄る自信はあまりありませんし」
「そっかぁ……ん?」
さらに深く項垂れそうになった真由美は俺の言葉に違和感を覚えたようでその動きを止めた。そして、俺の視界の端で真由美同様に兄さんが動きを止める。
「盲点だったわ……!」
ガバッと勢いよく身体を起こした真由美は獲物を見つけた鷹のような視線を兄さんに送る。視線を向けられた兄さんは俺のことを恨めしそうに睨むが、俺がそっぽを向いて素知らぬふりをしていると、やがて諦めたようにため息を吐いた。
それでも兄さんは抵抗を試みたが深雪の援護があっては敵う筈もなく、結局は無駄な抵抗となったのだった。
その後、兄さんのエンジニア入りの会議があったのだが原作と変わることはなく、無事に兄さんは九校戦のメンバー入りを果たした。
その日の夜、夕食を食べ終わった直後、電話が鳴った。
兄さんが電話に出ると、映し出されたのは見知った人物、風間大尉だった。会話の内容は兄さんに近々出頭してほしいというものと、もう一つ、九校戦の会場、富士演習場南東エリアでノーヘッドドラゴンの組織構成員らしき人物が確認されたらしいというものだった。
気を付けろよ、と言って電話を切った風間大尉と兄さんを傍目に俺は一人思考にふける。どうやら九校戦は原作通りの展開になりそうだ。少しの安堵とそれ以上に気を引き締める。恐らく今回の九校戦から少しずつ原作とのズレが大きくなってくるだろう。今までは魔法科高校という全体をまとめて事件が起きていたが、今回の九高戦は選手として出場するからには、俺の実力もある程度公になるはずだ。そうなってくると俺というイレギュラーの存在が大きくなり、物語は原作から大きく離れていくことになる。
その事実を再確認した俺は、より一層気を引き締めた。
「お兄様、深雪です。お茶をお持ちしました」
「ちょうど良かった。入って」
兄さんからの許可をもらい深雪が部屋に入ってくると俺がいることにに気が付く。
「やっぱり紅夜もここにいたのね」
やっぱりと言うのはこの部屋に来る前に俺の部屋に寄ったからだろう。深雪はお茶を持ってくるときは必ず俺の部屋に行ってからこの部屋に来る。本当は速く兄さんの部屋に行きたいのだろが、それをすると俺にお茶を持ってくるのが遅くなるので先に俺の部屋に寄るのだ。
毎回律儀だよな、などと考えながら振り返り深雪を見た瞬間、思考が一瞬停止する。俺同様に兄さんも一瞬固まっていた。
「……ああ、もしかして、フェアリー・ダンスのコスチュームか?」
「正解です。よくお分りですね、お兄様」
兄さんの言葉になるほどと思い出す。そういえばフェアリー・ダンスはこんな格好でやっていた覚えがある。あのコスチュームがミラージ・バッドの別称がフェアリー・ダンスである最もたる理由だ。正直コスプレのような格好だと思うが、深雪が着るとコスプレから衣装に変わるのは流石といえる。
因みにこれは完全な余談だが、実はコスプレの中でも魔法使いのコスプレは禁止されている。理由は日本の魔法師のイメージに関わるからとからしい。前世で本物のオタクとまではいかないまでも、そっち方面にそこそこ詳しかった俺としては少し残念に感じなくもない。
そんな下らないことを考えながらも深雪を驚かせる為に兄さんと完成させた魔法を行使する。しばらく話をして気が付かなかった深雪だが、頭を下げて視線が下に向いた瞬間、息をのんだ。
「……飛行術式……常駐型重力制御魔法が完成したんですね! おめでとうございます、お兄様、紅夜!」
そう、完成した魔法は飛行魔法だ。実は原作とは違い俺がいたことにより、術式自体は原作より早くできていたのだが、術式やデバイスの効率を調整していたので深雪に見せるのは今日になったのだ。
意外かもしれないが兄さんより俺の方が魔法を作るのが得意だったりする。兄さんにとっては魔法は当たり前に使えるものだが、前世の感覚が残っている俺は魔法を作ることにかなり嵌っていた。それにより作った魔法の数は兄さんより俺の方が多いのだ。
やはり魔法を作りそれを使い、使ってもらうのは楽しいものだ。美しく、そして楽しそうに空中を舞う深雪を見ながら俺はそう思った。
FLTに行った次の休みの日。昼食を食べ終わると自分の部屋に籠る。
兄さんはサードアイのテストに出掛け、深雪は下で昼食の片付けをしているのでしばらくは上に来ることはないだろう。兄さんと深雪にはあまり知られたくない用件があるので今うちに済ませることにする。
いつもならこの後はCADを弄るのだが、さっさと要件を済ませてしまいたい。俺は普段着より少し高い服に着替えると、部屋にあるテレビ電話を立ち上げた。
数度のコール音の後、通話がつながり豪華な部屋を背景に一人の女性が映る映像が投影された。恐らく向こうではリビングにいる俺が映し出されているのだろう。
『あら、久しぶりね。紅夜さん』
「お久しぶりです。真夜様」
そう、俺が済ませてしまいたい用件とは四葉真夜との話だ。このことを知ったら兄さんと深雪はいい顔をしないだろうことは分かったいるので、できるだけ気づかれないようにしたいのだ。まあ、あの鋭い兄さんに隠し通せるかは微妙なところだが、わざわざ教えるよりはいいだろう。
電話越しでもわかるほど緊張してしまいそうな雰囲気を纏っているが、俺にとっては慣れたものなので自然体で要件を告げる。
「飛行術式が完成しました。知ってるとは思いますけど一応報告しておこうと思いまして」
『もちろん知ってるわ。でも、それだけじゃないわよね?』
怪しげともとれる微笑を浮かべながら真夜は面白そうに問いかけてくる。威圧的にも取れる言葉だがこういったやり取りはいつものことなので気にすることはない。
「そうですね。実は真夜様に確認しておきたいことがあります」
『確認しておきたいこと、ね。何かしら?』
俺の言葉に真夜は僅かに目を細める。
本当に僅かだが、長い付き合いだからわかるこういう時の真夜は何かを見極め試そうとする表情だ。真夜は日常の会話の中でもこういった試しをすることがある。真夜の意にそぐわない回答をしなければその人物は使えないと判断される。だから、こういった質問をするときはよく考えないといけない。真夜の納得できる質問でなければ不興を買うのは目に見えている。
「今度の九校戦で俺がスピードシューティングとアイスピラーズブレイクに出場することが決まったんですが、どこまでやっていいですか?」
『ふふっ、そうねぇ……』
そういって真夜は勿体ぶるように言葉を切ると間を溜める。
こういった悪戯に近いことをするということは真夜が上機嫌の証でもある。つまり俺の質問は正解だったのだろう。
安堵に少し気が抜けた瞬間、それを待っていたように真夜が爆弾を投下した。
『全力でいいわ』
「……は?」
真夜の衝撃の発言に俺は思わず間の抜けた声を漏らす。
普通に考えたら何故そんなに驚くのだろうかと疑問に思うだろうが、俺が九校戦で本気を出していいというのは言葉通りの単純な意味ではない。もちろん俺が本気を出していいということも驚くべき要素ではあるのだが、それ以上に
アイスピラーズブレイクは敵陣の氷柱を先に早く倒した方が勝ちという競技なのだが、この競技は俺の魔法に相性が良い。しかし、俺の魔法以外にもう一つ、無類の強さを誇る魔法がある。その魔法とは一条の爆裂だ。そして今年のアイスピラーズブレイクには間違いなく一条将暉が出場するだろう。そこで俺が本気を出す。それはつまり十師族である一条を倒していいということになる。そうなると……
「俺の四葉との関係がバレる可能性があるのでは?」
『ああ、その心配なら必要ないわ』
俺の懸念を真夜はまるで鼻歌でも歌うような軽さで否定する。
その軽さに思わず疑惑の目を向けると、それに気が付いた真夜は微笑ながら本日二度目の爆弾を投下した。
『だって近々貴方を戦略級魔法師として正式に発表するつもりですから』
「……本気ですか?」
ここで、正気ですか? と尋ねなかった俺は凄いと思う。
最初の衝撃発言で少しは心の準備ができていたので、先ほどのように間抜けた声を漏らすことはなかったが、それでも一瞬言葉に詰まってしまった。
「確かに四葉から目を逸らすことはできるかもしれませんが、個人の情報を深くまで探れる者たち―――それこそ他の十師族にはバレてしまうのでは?」
『その心配はないわ、貴方達の情報操作は完璧よ。そもそもそこまで探れるのなら貴方達のことはとっくに気づかれているでしょう』
成る程、確かにその通りかもしれない。
そう納得しているところに真夜が、それにと続けた。
『最悪四葉との関係がバレても構わないのよ。一番ダメなのは達也さんの力が露見することだから、貴方が目立つ分には問題ないわ。まあ、貴方のアレが知られてしまうのなら話は別でしょうけど……』
「それはありえませんね。アレのことを知っているのは四葉の中でも極僅かでしょう?」
『そうね』
そう、アレが外部に漏れる可能性は万に一もない。そもそもアレを意図して使ったことなど一度もないのだから、情報自体が一切残っていないはずだ。
『それから、紅夜さんを戦略級魔法師として発表するには他にも理由があるのよ』
「……何故ですか?」
少し考えてもその理由が分からなかったので真夜に答えを尋ねる。
こういう時は変に間違ったことを言うよりも素直に聞いた方がいいのだ。その判断は間違っていなかったようで、真夜は理由を普通に教えてくれた。
『最近、大亜連合で大きな動きがあるのよ。近々日本に向けて何か仕掛けるつもりのようね』
「成る程、そこで俺を戦略級魔法師として大々的に発表するわけですか。それにしても、大亜連合も懲りないですね……」
五年前にあれだけやられておいてまだ何かしてくるつもりなのか。まあ、やったのは俺と兄さんなのだけれど。
それにしても、大亜連合の大きな動きといったら心当たりがあるな。恐らく横浜騒乱のことだろう、真夜はこんなにも早く知っていたのか。
そんなことを考えながら真夜と話していると、いつの間にか通話を初めてから一時間近くが経っていた。
『あら、もうこんなに時間が経っていたのね』
俺の考えを読んだかのように真夜がそう言った。
『名残惜しいけどここまでかしら。じゃあ紅夜さん、九校戦を見ているからいろいろ大変でしょうけれど頑張ってね』
「はい、ではまた」
その会話を最後にどちらからともなく通話を切った。
電話が切れるのを確認すると、俺は大きくため息を吐いた。真夜と話すのは結構楽しいのだが、それ以上に気疲れするのだ。それに……
「いろいろ頑張れ、ね」
これはつまり九校戦で起こるであろうことも把握しているのだろう。
真夜の言う通り少々頑張らなきゃなぁ、などと考えながら、乾いた喉と心を潤す為に深雪にお茶を入れてもらおうと少し重い足取りで部屋を後にした。
どうしてだろう、プロットがどんどん壊れていく……