やはり一色いろはの青春ラブコメは終わらない。 作:札樹 寛人
先輩と食事をした翌日、もぞもぞとベッドから這い出ると既にお昼を回っている様子。
昨日もちょっと飲みすぎたかもしれません。でも、昨日はやらかしは無かったと思います。
いえ、むしろファインプレイがあったと思います。昨日のわたし、ナイスファイトっ!
そう、わたしは酔った勢いとは言え、先輩とデートの約束を取り付ける事に成功したのです。
時間は、そんなに残されていません。さぁ、どこに行くか、何をするか、色々考えないと……
寝ぼけ頭で最初にしたのは、カレンダーの1週間後の土曜日に印を付ける事でした。
あとできちんとスケジュール帳にも記入して……
4月16日(土)
……あ。
仕事が忙しくて、ほとんど気にしていなかった事実。
「……今度の土曜日って……誕生日じゃないですか」
いえ、これ完全に無意識でしたからね。
そもそもこの瞬間まで、わたし自分の誕生日忘れてましたし。
むしろもうこれ以上年取るのもアレなところも無きにしも非ずですから。
まさか、自分で自分へのプレゼントを用意していたなんて思ってもいませんでした。
製作総指揮・プロデューサー全部一色いろはな誕生日デートなわけですね。
……高校生の頃、奉仕部の部室に入り浸っていた時にこんな事が有った気がします。
「……ていうか、だいたい、お前四月生まれで実際の歳の差は1年未満だからあんまり年下って印象ねーんだよ」
「…………」
「なんだよ」
「あ、いえ……ちょっと意外だったので」
「なんで誕生日知ってるの怖っ! ヒッキー、キモい……。いや、マジキモいから……」
「……随分詳しいのね」
いやぁー、あの時の事、思い出すと何だか照れ臭くなって来ます。
まさか先輩が、わたしの誕生部覚えていてくれたなんて……って、今やわたし自身がわたしの誕生日忘却してる有様なんですけどね。大人になるって辛い……
でも、あの時の結衣先輩と雪ノ下先輩の圧力は半端無かったですね。先輩はわたしが無駄アピールしてたからだって言ってましたけど、そこまでアピールしてないですからっ!
ちょーっとだけ、先輩に「わたしって4月だからもうちょっとで17歳なんですよー」ってたまーに言ってただけで!
……あの頃からもう8年ほど時間が経ったわけで、先輩と再会したのはついこの間。
さすがに、覚えてくれていると考えるのは、自分に都合が良すぎますよね。
まぁ、それでも構いませんけどね! 今回の趣旨は、別にわたしの誕生日パーティじゃないわけですから。
それに、先輩が一緒に過ごしてくれる、それだけでも、わたしにとっては最高のバースディになると思います。
さぁ、今週は仕事、いつも以上に頑張りますよっ!
* * *
辛いです。死にたいです。ヤバいです。マジでヤバいです。
学生時代のわたしだったら、もう300回くらいは奉仕部に相談しに行ってると思います。
本当に先輩や、雪ノ下先輩くらいの事務処理能力が欲しいです……
はりきって仕事をこなそうとしていたわたしですが、既に心が折れそうになっています。
心折れるの早いとか言わないでください。わたしなりに頑張ってるんですよ。
それなのに今週末の誕生日デート計画を練る暇すら全く無い程の怒涛の忙しさ……
先週のクレーム対応の納品日は、水曜日なのですが、やはり一回やらかしてるだけに先方からのチェックが厳しいと言うのが一つの要因です。
通常の数倍の労力を掛けての、チェックを行い、更に再発防止の為のマニュアル作成までわたしメインで進めなきゃいけない状況なのは何とかならないんでしょうか……いえ、もちろん皆手伝ってくれてるんですよ? その辺は抜かりなく根回ししてます。 それでもこうなっていると言うのは、もはや神様がわたしを虐めに来てるとしか思えません。
実は、こうなる事は若干は予想していたので、日曜日も仕事してたんですけど……もちろん、それもこれも、全て4月16日の為に……ダメだ。これ本当にダメなやつです。
前回は突発的にトラブルが発生しましたが、今回はもうスタートラインからヤバそうな匂いぷんぷんしてます。
同じ結果になる事は避けたい。だって、誰も得しないじゃないですかぁ……主にわたしが得しないじゃないですかぁ……仮にわたしの人生を文章化して、読者さんが居るとしたら、絶対にここはデート成功するべきだろって思ってるはずですし……フラグとかそんなん知らないですし、あーもう、頭ぐちゃぐちゃになってきてる……
「いやぁ。一色君、中々大変そうだね。アウトプットが滞っているんじゃないかい? リソースが足りないならば、僕の……」
「あ、結構です」
意識高い系の青葉先輩の会話に付き合ってたら、また時間が無くなりますんで。
とにかく、何とか、納品まで乗り切れば……納品さえしてしまえば……それで全てが終わるはずなんです。
* * *
現在、4月16日 AM5時50分
今週のもろもろの仕事が片付いた時間でした。今週だけで残業時間どんだけ行ったんだろう……
何かもう忙しすぎて週の中頃の記憶が全くありません。
商品は無事に水曜日に納品出来たのですが、まぁ……元々の納期に遅れているわけですからね。
先方で本来はやるはずだった動作確認だの、何だのをやらされた結果、こんな感じです。普段はここまでブラックじゃないんですよ? はぁー……昔のわたしだったら絶対に途中で投げ出してます。変に責任感がついちゃったの生徒会長とかやったせいなんだから、本気で先輩には責任取って貰わないと割が合わないと思いませんか?
それにしても本気で……本当に疲れました。こんなボロボロな状態で誕生日迎えるなんて人生で初めてです。今日の予定ですか? はぁ、家で寝てます。もう寝させてください……誕生日なんかどうでも良いじゃないですか……
どうせ……また来年も誕生日は来ますよ。
家に帰り着き、ベッドに倒れこんだわたしは、そのまま目を閉じ…………ようとする弱い自分を奮起させます。
ダメです。ここで寝たら絶対に、約束の時間の13時に間に合うように起きる自信は有りません。何の為に、わたしは今週死ぬ思いして働いたんですか? それは……今日の為だったんじゃないですか? だったら……寝るわけにはいきません。
幽鬼のようにベッドから起き上がったわたしはバスルームでひたすら冷水シャワーで覚醒を促します。行ける……今のわたしならば、今日1日は行けるっ!!
* * *
「せーんぱい! お待たせしましたー」
「ん、俺も今来たところ……って何か一色、何時もより死んだ目してないか。あざとさが少ないぞ」
「先輩には言われたくないですよぉー 先輩も相変わらず死んだ魚みたいな目ですよ」
「俺は何時も通りDHA豊富なんだよ」
隈とかは何とかメイクで誤魔化したんですが、目の疲れだけは誤魔化せないようです。流石は、死んだ目と長年付き合ってきてる先輩ですね。
時間が有れば、もっとディスティニーランドとか色々企画したんですが、今日は、もう先輩と一緒に過ごせるだけで良しとします。何だか、段々疲れも取れて来た気がしますし!
「まぁ、取り敢えず行くか」
「はいっ! 行きましょう」
「……で、どこ行く」
何だか物凄いデジャビュを感じます。当然、今回はわたしが先輩を色々連れまわすつもりだったんですが、生憎準備する暇は有りませんでした。
「せーんぱい?」
判ってますよねと言わんばかりの笑顔を先輩に向けてみる。ごめんなさい。今日は……いえ、今日もちょっと甘えさせて下さい。
「そんな顔されても困る。前も言っただろうが、俺は誰かと外に出る時はシェフの気ままなお勧めコースに従うスタイルだって」
「大人になったのに、そういうところ変わらないですねぇー」
「三つ子の魂を百まで持っていくつもりで日々精進してるからな」
「その割には働いてるじゃないですかぁ」
「……思ったより人生は辛かったんだよ」
そう言いながら、空を遠い目で見つめる先輩は、世の中の酸いも甘いも噛み締めた、社畜感が物凄い事になっていました。本当に、人生もっと楽勝なもんだと思ってたんですけどね、わたしも。
* * *
「完全に爆睡だったなお前」
「……な、何の事ですか?」
「いや、今の映画だよ」
「あ、あははは……」
結局、無難に映画に入ろうと言う事になったわたし達でしたが、相も変わらず別々に好きな映画をみることを主張する先輩(何か、今日はコナン君が黒の組織と戦う新作の公開日だの、どうのこうの言ってましたが……別に名探偵コナンくらい知ってますけど、デートで見る映画じゃないですよね? っていうか黒の組織まだ壊滅してなかったんですか? わたしが高校生の頃もそんな映画やってた記憶有りますけど)を遮り、一緒に恋愛映画的なのに入ったわけですが…………はい、爆睡してました。無理ですよ。流石にこの疲れの中で薄暗い映画館は……むしろ、本能が寝る場所を求めて映画館を選択したまであります。
「これならコナンの新作を俺一人で見てても変わらんかっただろ……もしかしたらあのお方の正体判ったかもしれない」
「わ、わかりましたっ! 次回は先輩のセレクトで映画に行くと言うことでっ!」
「……いや、俺は割と一人で」
「え? 何か言いました?」
「……ラノベ主人公か、お前は」
それにしても惜しい事しました……先輩が恋愛映画に付き合ってくれるなんて滅多に無い事なのにっ!
「ちなみに、先輩? 内容はどうでしたか?」
「ああ……ヒロインがお前くらいあざとかったな」
……これは褒め言葉として受け取っておいて良いのでしょうか?
うん、きっとそうですね。 そういう事にしてきます。
* * *
「それにしても晩飯ラーメンで良いのか?」
「ええ、その代わり先輩の知ってる美味しいお店にしてくださいね」
「昔のお前だったら、ラーメン選ぼうもんならボロクソに言ってただろうに」
「何となくですよ。何となく気分がラーメンなんです」
初めて先輩とデートした時に、食べたのはラーメンでした。
あの時は、はっきり言って有り得ないと思ったのは事実ですが、食べると凄く美味しかったんです。そして思いました、こうやって飾らずに本当に価値のあるものを見せてくれるのがこの人なんだって……だから、8年ぶりのデートは、ラーメンが良いんです。それも先輩のお勧めの。
「んじゃ、ここにするか」
「はいっ! らっせ!!」
威勢の良い声が、店内よりかかりました。
夕食時と言う事も有りカウンターは殆ど埋まっていましたが、幸いにも空いていたテーブル席に通されました。
券売機でわたしは、先輩がお勧めと言う醤油ラーメンの券を購入する。初めて先輩とラーメン屋さんに行った時の事を思い出します。
「ここ、なりたけで修行したやつが店主やってるんだとよ」
「えっ? なりたけってあの、なりたけですか」
「ああ、相当腕は立つ。本店のらっせの人から受け継いだDNAを更に進化させた新感覚のラーメンだ」
「相変わらずラーメン屋さんとかには詳しいですね」
「男はラーメンとカレーには命を賭ける生き物なんだよ」
「でも、わたしも結構最近はラーメン詳しいですからね! 先輩のお勧め店の実力見させて貰いますっ!」
「成長したな一色……」
なんか弟子を見るような目で見られてる気が……いや、実際にラーメン良く食べるようになったのは先輩の影響なんでしょうけど。
そして、ラーメンは運ばれてきました。なりたけの遺伝子を受け継ぐというだけは有り、やはり脂まみれです。しかし、これに臆していた高校生の小娘だったわたしではもう有りません。
「「いただきます」」
同時にそう言うと先輩とわたしは一心腐乱にラーメンを貪りました。あー、確かに懐かしい味がします。でも、懐かしいだけでなく、新たな工夫も感じられる味。病み付きになりそうです。
「……美味しいです」
「それなら良かった……餃子も食うか?」
「ニンニク抜きでお願いします」
「あいよ。でも、美味いとは言え、誕生日がラーメンと餃子で良かったのか」
「そうですね……せっかくなんで確かにこの後に甘い物でも欲しいですね!」
そういえば、あの時もラーメン食べて、流行りのカフェでお茶したんでしたね。なつか……あれ?
「何、その顔。何か俺おかしな事言ったか?」
「いえ……その、ちょっと意外でした」
そう、今先輩は確実に口にしていました。
”誕生日がラーメンと餃子で良かったのか”
って……つまり先輩は……ずっと……ずっと……
「なんで、お前は俺が誕生日覚えてると毎回意外そうな顔するんだ……」
「だって……8年ぶりじゃないですか。普通は忘れてると思いますよ」
「言っただろ、俺は記憶力は超良いんだよ。今だにプリキュアオールスター全部言えるからね」
「それはちょっと気持ち悪いですけど」
「ですよねー」
ダメだ。まともに先輩の顔が見れない。思いっきりニヤけている気がする。そして目の奥も熱い。いろんな感情が暴発しちゃいそうです。その上で先輩は、持ってたバッグから小包を取り出しました。それって……
「そのなんだ。ご存知の通り、俺はこういうもん買うセンスはあんま無いから期待はすんな。ぶっちゃけ、Google先生が教えてくれる以上のもんは用意出来ん」
「先輩…… あざといじゃないですか……あざとすぎますよ……」
本当にもう……こんな事されたら涙出て来ちゃうじゃないですか。
仕事で疲れて弱ってる人間にする事じゃないですよ。責任取ってくださいっ!
「え?い、一色……ちょ、ちょっと……な、泣くな。まだ中も見てないのに……」
「泣いてなんかないですよーだ……ねぇ、先輩」
「お、おう」
「先輩って8月8日が誕生日でしたよね?」
「ま、まぁ……そんな感じだったような気がするな」
「……先輩の誕生日は、きちんと盛り上げますからねっ!」
「いや、俺の誕生日は基本的に夏休みだから……」
「お礼させてくれないんですか?」
思いっきり上目遣いで、瞳を潤ませながら言うわたし。
こんだけあざとい事されたんですから、あざとい返しはこれくらい必要ですよね?
「うっ……いや、本当に大したもんじゃないから、マジで。ハードル上がるともうアレでアレな感じになるから。本当にやめて……って言うかその態度で、俺にあざといとか良く言えるなっ!」
「ふっふーん、これくらいお返ししないと、本当にありがとうございますっ! まだ中身見てないですけど一生大事にしますね!」
「……お、おう……割と普通のハンカチだけど大事にしてやってくれ……」
ここで先輩堪らず中身をカミングアウト。
中身なんてなんでも別に構わないんです。何を貰ったかよりも、誰に貰ったか、どう言うシチュエーションで貰ったかが大事なのだとわたしは思います。例え、場所がラーメン屋さんだったとしても、それはわたしにとってきっと大事な思い出になります。
それに、多分、先輩の事だからあーでもないこーでもないと悩んでくれたんだと思いますからね。変に難しく物事を考えちゃうタイプですから。
「ちゃーんと8月8日は予定を空けといてくださいねっ!」
わたしはとびっきりの笑顔でそう言い放ちました。
ついでに先輩のスケジュール帳に無理矢理記入もします。
「記憶力が超良い先輩ですから、こんな事しなくても絶対に忘れないでしょうけどね!」
そう笑顔で付け足すわたしに、先輩は飽きれ顔をしながらも、きっとまた付き合ってくれるのでしょう。そう確信しながら、わたしは運ばれてきた餃子に箸をつけるのでした。
* * *
誕生日。
それは誰にも平等に訪れる1年に1回の特別な日。
わたしは、4月16日という今日を、先輩のお陰でもっと特別な物にして貰えました。
多分、先輩と再会していなかったら……疲れで1日寝て過ごすと言う先輩みたいな誕生日になってたと思います。
だからーー先輩の誕生日も特別な物にさせて下さいね。
その権利をわたしは、今日貰ったんだと思ってます。
お気に入りのハンドバックに、新しいハンカチを入れながらわたしは8月8日に思いを馳せるのでした。
つづく