「あーあー あーあーあーあー あー!」
海の上をひたすら進むのに飽きて来た俺は、歌を歌っていた。
歌うのは、ヤマトを観たことがある人なら解らないはずがない曲。宇宙空間の美しさと孤独さを感じさせるようなスキャットが有名なアレだ。
男でなくなったことは死にたいほどに悲しい出来事ではあるが、女性になったことでこれが歌えるというのはちょっと嬉しい。前はとてもじゃないが声が出なかったし。
「あーあーあー あー あー あーあーあー あー あー……あ?」
何やらピコーン、ピコーンという音がし始めた。
この音はどこかで聞いたことがある……と少し考え込んだところで「レーダーニ、カンアリ!」と可愛らしい声が右肩から聞こえた。見てみると、黄色いぴっちりとした服を着た妖精さんが、俺の方の上でバランスをとるように膝をついて、こっちを向いていた。可愛い。
「……妖精さん?」
「ソウデアリマス!」と敬礼する妖精さん。本人曰く、コスモレーダーの装備妖精らしい。だから船務科の黄色い制服着ているのか。ていうか感ありってどういうことですか。「カンエイ4! 10ジノホウコウ! キョリ8000!」? 距離8000って近すぎない? 何? 高さが足りないし、相手のサイズが小さいし、深海棲艦の放つ瘴気でレーダーの精度が悪い? なるほど。
「で、それって深海棲艦なの?」
解りませんか、そうですか。
目視で判断するしかないらしい。準備だけしとこう。
「主砲発射準備! 三式弾装填!」
と、別に口に出さなくても準備は可能だし、発射も感覚だけでできるようなのだが、そこは気分である。
三式弾を選択したのは、実体弾の方が良かろうという判断だ。何せ、ショックカノンも大概には威力過多の上、射程も宇宙レベルで長い。打ち抜いた挙句、どこかの島を吹き飛ばしたりしたら困る。
進行方向がほぼ一緒らしく、相対速度が遅い。速度を上げるか、と判断をしたところで、さらに妖精さんからの連絡が入った。
「サラニレーダーニカン! カンエイ3! 11ジハンノホウコウ! キョリ8000! セッキンチュウ!」
さらに不明艦が現れた。まあ、接近中なら目視できるのもこっちの方が早いだろう。
そう考えて取り舵をとり、進路をわずかに動かした。
それからしばらくして。
進行方向から禍々しい形状をした艦が現れた。
後方に見えるのが駆逐イ級に駆逐ハ級、先行する微妙に人型をした艦が軽巡へ級であると妖精さんが教えてくれた。
敵もこちらに気付いたのか、進路をこちらに向けてきた。やる気らしい。
だが、もう終わりだ。
「目標は敵と視認。自動追尾よし――撃ちぃ方ぁ始めっ!」
爆音、爆音、爆音。
さすがに自分が艦であるためか、耳がやられるようなことはなかったが、その凄まじい音に思わずビビった。爆風が海を叩いて球状に押し潰す。砲煙が視界を黒く染め上げ、風に流れた。
力強い音だった。腹に響くこの音に、なるほど昔の人が戦艦を信奉したわけだと納得する。
それぞれの砲塔の照準は正確であったらしい。
発射された砲弾は確かに深海棲艦らを捉え、吹き飛ばした。
「っしゃぁ!」
思わずガッツポーズ。主砲の妖精さんらも出てきて、艤装の上で「バンザーイ!」と叫んでいる。可愛らしくてほっこりする。
相手に何らの行動を許さない、一方的な攻撃。艦これであれば完全勝利間違いなしだろう。
「ヤマトが一番ですか。少し、晴れがましいですね……」
聞き及ぶ大和のMVPのセリフを呟いてみるが、思っていたよりも恥ずかしかった。二度と言うまい。
レーダーに意識を移すと、もう一つの艦隊が転針してこちらに向かってくるのが写っていた。
「……さぁて、こちらはどうかな?」
進路を合わせ、こちらからも出迎えてやる。
既に次弾装填を終えた主砲はレーダーとリンクして、目標をロックしている。水平線から顔を出し、敵と解った瞬間に砲弾を叩き込むことが可能だ。
緊張の中、水平線から顔を出したのは人間――艦娘だった。
「あら~? あれは……」
「艦娘、ですね。それも大きい。戦艦でしょうか」
「提督は、この付近に味方はいないと仰られていたのだけれど……別の国の艦娘かしら」
砲撃音のした方へ向かってしばらくして、水平線から顔を出したのは艦娘だった。
龍田さんと不知火さんが、戸惑ったように話す。
「状況が解りません。警戒は怠らないでください」
「えっ? でも、彼女は艦娘ですよね?」
不知火さんの言葉に、私は思わず声を出した。私たちの敵は深海棲艦てあって、人じゃない。艦娘であるなら、彼女は味方のはずだ。
「少なくともそう見えます。ですが味方の管理下にない以上、彼女を味方と言い切ることはできません。警戒はするべきです」
そう告げる不知火さんの横顔は真剣だった。
その横で、額に手をかざして彼女を見ていた夕立さんが突然声を上げる。
「っていうかあの娘の砲塔こっち向いてるっぽい!」
全員に緊張が走るのが解った。
「全艦最大戦速! 乙字運動始めっ!」
龍田さんの指示に、全員が散開して蛇行を始めた。
「味方に砲を向けるなんて、頭どうかしてんじゃないのアイツ!」
「所属不明艦に告げる。こちらは日本国海軍呉鎮守府所属、駆逐艦不知火。貴艦の所属と艦名を知らせよ。また、こちらに照準を合わせる意図を説明されたし」
満潮の悲鳴のような叫び声の傍ら、不知火さんは彼女へ呼びかける。
私も蛇行を続けながら彼女を見る。すると、艤装が動き、砲塔が横を向くのが分かった。
「違う方に向けたっぽい……良かったぁ」
その報告にみんなが安堵するのが分かった。続けて、無線が入ってくる。
『申し訳ありません。先ほど深海棲艦と戦闘になりまして、増援かと思ったもので……』
まず間違いなく、所属不明の彼女の声なのだろう。綺麗な声だった。
そう感じるとともに、あ、と思った。先ほど聞こえた歌声の声によく似ていたからだ。
「戦闘? では先ほどの砲撃音は貴女のものということですか?」
『あ、はい。多分そうです』
やはりそうらしい。深海棲艦の姿はもう見えない。恐らくは、あの主砲を撃ち込まれてあっという間に沈んだのだろう。
先ほどまで向けられていた彼女の砲塔。近づくにつれ、その大きさが良く解る。あんなものをもし自分に撃ち込まれていたら、と思うとぞっとする。
「分かりました。それで、貴女の所属と艦名は?」
『え、っと……』
そこで彼女は言葉を詰まらせた。そのことに首をかしげる。
『……所属はその、分かりません』
「……何?」
所属が解らない、というのはどういうことか。
嘘をつくにしても、もっとましな嘘があるだろう。
『実は、記憶が無くて……気が付いたら海の上に立っていたんです』
それだけに、逆に嘘とも思いにくい。
もしそうだとしたら、では彼女はどこの艦娘なのだろうか。近づいてきた彼女の姿は、どこか日本の艦娘と共通しているように思える。
もう顔も良く見える距離だ。
その顔立ちは、やはり日本人のように見える。そうであるなら、やはり日本国海軍の所属だろう。
綺麗な顔立ちをしている。20歳ぐらいだろうか? 落ち着いた声にふさわしく、大和撫子然とした女性だった。
「では、自分の名前も解らないと?」
『あ、その……それは解るんです。私の名前は――』
その名前は、艦隊の目前に立った彼女から直接聞こえてきた。
「私の名前は、大和です」
大和。その艦の名を知らない者は、少なくとも艦娘にはいない。
かつて第2次世界大戦において最強の戦艦として生まれながら、その力を振るう機会には恵まれず、終戦の年に海に沈んでいった艦。
そして現在、深海棲艦に対抗すべく、日本国海軍が求めてやまない艦娘であった。
不知火の視線はよく「戦艦クラスの眼光」などと評されるが、まさかそれが事実であると自分で体感することになるなど、露ほどにも思わなかった。
目の前に立つのは、龍田、夕立、朝潮、満潮、そして不知火。
不知火は何故か艦隊から一歩前に出て、俺と相対している。普通その編成なら旗艦は龍田だよね? その位置普通龍田じゃないの? ――などと言えるわけもなく、俺は黙って不知火の視線を受け止めていた。
「それで……」
「っはい?」
その眼光に慄いていたところに声をかけられ、ちょっとびっくりしてしまった。
不知火は、無表情で言葉を続ける。
「貴女は大和であると? 大和型戦艦一番艦、大和だというのですね?」
いいえ違います。宇宙戦艦ヤマトです――と言えるわけもない。
いや、いっそ言ってしまうという選択肢も思い浮かばなくはなかったのだが、後々面倒な気がしたので止めた。
「その、ただ自分の名前がヤマトであるとしか思えていなくて……ごめんなさい、よく解らないです」
かといって、「大和」ではないのにそう名乗ると、それはそれでのちが面倒そうだと考え、名前だけ肯定しておく。ニュアンスの違いは気付かない振りをした。
「なるほど、分かりました。では大和さん。記憶が無いと仰られましたが、今後の身の振り方についても予定はないということですか?」
「え、あ、はい。それはもう……ここがどこかも解らないですし、行く当ても無くて……」
これは本当だ。突然自分がヤマトの艦娘になったかと思えば、自分がいる場所はだだっ広い海のど真ん中である。どこへ行けというのか。
艦娘とはいえお腹は減る。これが本当のヤマトならオムシスで自給自足できたかもしれないが、残念ながら艦娘としての艤装の中には含まれていないらしい。
そういうわけで、飛んで居場所を確認しようか、と考えるくらいには途方に暮れていたところである。
「そうですか。では、私たちの艦隊で貴女を保護します。よろしいですか?」
「え、ええ。私にとってはとても有難いのですが……宜しいのでしょうか?」
「貴女を放っていく訳にもいきませんので」
それはそうか。深海棲艦と戦いを続けている中、戦力である艦娘がふらふらしていれば、保護もするというものだ。
「司令に報告します。少々待っていただけますか」
「あ、はい」
そう言って不知火は、龍田さんとともに艦隊から少し離れた。会話を聞かれたくないのだろうか。
しかし提督か……どんな人間なのだろう。イケメンだったらムカつくので、ぜひとも軍人然としたおじさんとかであって欲しい。
そんなことを考えていると、朝潮とふと目が合った。
というか今更だけれども、超見られている。夕立は好奇心を隠そうともせず、満潮は無遠慮に。そして朝潮はちらちらと見ているあたり、性格が良く解る。
「こんにちは」
目がばっちりと合ってしまったので、無視するのもどうかと思い、しゃがんでにっこりと微笑み、挨拶をする。
「こっ、こんにちは!」
朝潮は緊張しているのか、どもりながらも元気よく敬礼してくれた。うん、可愛い。
艦これ時代も、朝潮は子供らしい清らかな感じがして好きだった。実際に会ってみると、より可愛らしい感じがする。
「私はヤマトです。あなたは?」
「はいっ! 私は朝潮型駆逐艦1番艦、朝潮です!」
ちょっと堅苦しいのがまた何とも。抱きつきたい衝動を抑える。
年齢は11歳くらいだろうか? 近くで見ると肌もきれいで、髪も艶やかだ。将来は美人になるに違いない。
「私は白露型駆逐艦4番艦、夕立よ。よろしくね、おねーさん!」
朝潮と挨拶を交わしていると、横から飛び出してきた夕立がそう自己紹介してくれた。
よく「ぽいぬ」などと言われるが、今のセリフの中には「っぽい」がなかった。ちょっと残念。
しかし確かに犬っぽいというか、無邪気な感じだ。まだ改二の赤い目やマフラーといった特徴を持っていないので、まだ練度は低いのだろう。
「よろしくね、夕立さん」
挨拶を交わした俺の視線は、朝潮、夕立と来た流れで、そのまま満潮へと向かった。
すると視線に気づいた満潮は、ちょっと怒ったようにも見える表情で、
「駆逐艦満潮よ!」
とだけ言った。
とはいえ、幼い上に元が可愛いものだから、怒ったような姿もとても可愛い。
ツンデレというよりツンツン、といった感じの扱いだったが、果たして私にデレてくれることはあるのだろうか?
「よろしくね」
俺がそう言うと、ぷいっとそっぽを向いた。
そんな姿も可愛い、なんて思っていたところで、提督との通信を終えたらしい不知火が戻ってきた。
俺も立ち上がって向かい合う。
「司令の許可が下りました。鎮守府まで案内します。その後のことも、司令が便宜を図るとのことです」
「それは、何から何までご丁寧に……ありがとうございます」
「お礼は司令へお願いします」
不知火はさらりとそう告げる。
「申し遅れました。私は陽炎型駆逐艦2番艦、不知火です。竹下提督の元で秘書艦を務めています。よろしく」
「あ、ヤマトです。よろしくお願いします」
秘書艦――ああなるほど、それで龍田じゃなくて不知火が対応していたのか。納得がいった。
「私は天龍型軽巡洋艦2番艦、龍田よ~。よろしくね」
不知火の後ろに続いて、龍田がそう言った。
龍田。何というか、甘ったるい声でありながら、言葉の内容が物騒な印象が強い。その雰囲気も相まって、大人の女性と言う感があったが、実際に会ってみると、思ったよりも小さい。16、7歳ぐらいだろうか。
「よろしくお願いします」と返すと、「ふふふ……」と意味深に微笑まれた。何故だ。
「では、私が先行します。大和さんはその後ろに。以下、龍田、朝潮、満潮、夕立で続くように」
俺が「はい」と頷くと同時に、4人の了解の声が重なるのだった。