東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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 新年一発目!

 今回も『東方霊恋記』との連動話です。

 『東方霊恋記』の「マイペースに射命丸家」を読み終わってからこちらを読んでいただくと、更に楽しんでもらえると思います。

 それでは、どーぞ!



第七話 配達屋の朝は早い

 

 鴉天狗である射命丸文の家の居候こと沙羅良夜の朝は早い。

 ベッドの枕元に設置してある十個の目覚まし時計によって起床した良夜は欠伸をしながら部屋を出る。

 時刻は五時三十分。ウソみたいに平和な幻想郷で、こんな時間から活動しているのは良夜ぐらいのものだろう。あえて挙げるとするなら、紅魔館のメイド長ぐらいのものか。

 寝ぼけ眼の良夜が向かった先は洗面所。気を抜けば崩れ落ちてしまう意識に冷水によって喝を入れ、跳ねまくった寝癖頭もついでに元に戻す。鮮やかな銀髪に付着した水滴が光を反射し、キラキラと輝きを放つ。

 そして再び部屋へと戻り、普段着である白のカッターシャツと黒のスラックスに着替えを始める。寝間着として与えられた浴衣がパサリと、床へ落下した。

 着替え終わった良夜は同居人を起こさないように静かに家から出て、傍に停めている自転車の鍵を開ける。

 

「文の奴、本当にいつこの新聞作ってんだろーなぁ……ふぁぁ」

 

 何故か自転車の籠に入れてある新聞の束を欠伸交じりに見る。意外と真面目なんだよなアイツ、と家主への褒め言葉を呟いた良夜は、なんともだるそうに自転車に跨った。

 整備が行き届いたペダルに足をかけ、誇り一つないハンドルに手を置く。

 最後に自分が出てきた一軒家へと視線を向け、就寝中の家主を起こさないように小さな声で呟いた。

 

「…………いってきまーす」

 

 居候こと配達屋の沙羅良夜の朝は早い。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 目的地である紅魔館へと到着した良夜を出迎えたのは、門に寄りかかって爆睡している灼髪ロングの中華少女――紅美鈴だった。

 

「………………」

 

 無言で美鈴を見下ろす良夜は横目で左手の腕時計で時間を確認する。

 六時三十分。

 ここまで一時間で来れるよーになったのって進歩かねー? と首を傾げる良夜。今までは二時間ほどかけて紅魔館にやって来ていたので結構進歩しているのだが、良夜にはピンとこないらしい。

 自転車を美鈴の傍に停め、籠から新聞を一束取り出す。防水の為にビニール袋に入れられていた新聞は、濡れることも無く元々の紙の質を保っている。

 再び美鈴へと視線を向ける。普段から真面目なのか不真面目なのかよく分からない門番は、幸せそうな寝顔を浮かべていた。涎を垂らして鼻提灯まで膨らませているところが笑いを誘う。

 

「あぅぅ……も、申し訳ございません、お嬢様……流石にカエルは食べれませんむにゃむにゃ……」

 

「夢の中の光景が鮮明に想像できるのはどーしてだろーか」

 

 現実でも夢でもひどい目に遭ってんなー、と良夜は同情を胸に嘆息する。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。良夜の仕事は新聞を目的地まで配達する事であり、絶賛爆睡中なドジッ娘門番を観察する事では断じてないのだ。まぁ、今日の配達は紅魔館だけなのだが。

 さてコイツの頭に載せてから帰宅しますかねー。良夜は美鈴の頭に載っている緑色の帽子の上に新聞を置き、バランス調節に入る。こっくんこっくんと舟を漕いでいる美鈴の頭に物を載せるという行為は、容易ではないのだ。

 と。

 

「朝早くから何をしているのかしら、このバカは……」

 

「あ、咲夜。はよ-っす」

 

 いつのまにか門の向こう側にいた咲夜がため息交じりに呟き、良夜が軽い調子であいさつをする。

 

「おはよう良夜。で、貴方は一体何をしているのかしら?」

 

「人は果たして眠りながらでもバランスをとれるのか?」

 

「なんで疑問形……」

 

 相変わらず意味が分からないですわ、と咲夜はやれやれと言った具合に首を横に振る。

 と、そこで良夜は咲夜が大きめなバスケットを持っていることに気づいた。今まで自分を出迎えに来たことはあっても何かを持ってきたことはない咲夜を知っている良夜は、不思議そうに彼女が持つバスケットに視線を集中させる。

 咲夜は門の隙間から手を伸ばして美鈴の頭上の新聞を取り、

 

「配達御苦労さま。ということで、これどうぞ」

 

「いやいやいやいや意味分かんない。ナニコレどんな風の吹き回し? 明日はチルノが吹き荒れるでしょうってか?」

 

「違うわよ。いつもわざわざ紅魔館まで新聞を届けに来てくれている貴方に、感謝の意を込めてプレゼントよ。いいから黙って受け取りなさいな」

 

 門を少し開けてバスケットを差し出す咲夜の威圧感にビクつきながらも、良夜は彼女の手からバスケットを受け取った。途端に香ばしい匂いが彼の鼻孔を刺激した。

 「えーっと、確かこの匂いは……」過去にこの匂いを嗅いだ覚えがある良夜はバスケットに被せられていたピンクの布を少し摘み上げ、中を確認する。

 

「パン……? しかも豪華詰め合わせセット……」

 

「因みに焼きたてだから。お調子者の新聞記者にでも食べさせてあげなさい。味の感想は明日の朝にでも伝えてくれればいいから」

 

「そーゆーとこ、お前の完璧主義っぷりが露呈してるよな」

 

「串刺しにして欲しいのかしら?」

 

「全力でごめんなさい」

 

 目にも止まらぬ速さで腰を九十度に折って首を垂れる良夜。メイド長がドン引きするぐらいに見事なお辞儀は、もはや芸術と言ってもいいぐらいに輝いていた。これが大会なら、満点は間違いないだろう。

 

「じゃあ、ありがたく貰っていくよ。サンキューな、咲夜」

 

「お礼なんて別にいいから、早く帰ったほうが良いんじゃない? もう七時回ってるわよ?」

 

「マジで!? うわマジでヤベェじゃあな咲夜ぁーっ!」

 

「…………本当、騒がしい人」

 

 顔を蒼白に染めてぴゅーっ! と妖怪の山の咆哮に消えていく良夜を見送り、咲夜は呆れる。

 そして良夜の絶叫を受けても起きない美鈴の襟首を掴んで屋敷の方へと歩いていく。この門番には本気のお仕置きをしてやろう。二度と居眠りができなくなるような、地獄のようなお仕置きを。

 と、屋敷の目の前で咲夜はぴたりと足を止め、門の方を顔だけ振り返った。

 

「…………美味しかったって感想、言ってくれるかな」

 

「あ、やっぱり咲夜さんってツンデレですね」

 

「め、めめめめめめめめめめ美鈴!?」

 

「ちょっやばいですってナイフ降ろし―――ぎゃぁああああああああああああああ!」

 

 いつの間にか起きていた門番を九割殺しにしてしまうぐらい、彼女は恥ずかしさでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「今日はパンじゃなくてお茶漬けが良いって言ったじゃないですかぁーっ!」

 

「言われた覚えがねーし知らねーよ!」

 

 朝食の準備を終えて一息ついてたら、家主に理不尽な文句を言われた。

 体の限界を超えてなんとか七時半までに家に帰りついた良夜は、目の前で憤慨している家主こと射命丸文に向かって小さく溜め息を吐いた。パンとか茶漬けとか、話をした覚えもねーし。

 良夜はバン! と卓袱台に手をついて立ち上がり、パジャマ姿で仁王立ちしてる文に反論する。

 

「そんな話、初耳すぎて心当たりがなさすぎるわ! っつーかつべこべ言わずに黙って食え! 残しやがったら豊穣の神に突き出すからな!?」

 

「残念でしたぁ! 今は夏だから穣子さんはお休み中でーす!」

 

「揚げ足取りがうぜぇええええええええええええええええええ!」

 

 フフン、と鼻を鳴らして得意げな文に、良夜のストレスゲージが順調に溜まっていく。あと一つアクションが起きれば、爆発は避けられない。

 額に数えきれないぐらいの青筋を浮かべまくっている良夜に気づいていない文は渾身のドヤ顔を浮かべ、

 

「というか、朝はお茶漬けって幻想郷――いえ、世界の常識じゃないですかぁ?」

 

 ――――ブチィ! と良夜の大切な理性云々の何かが弾け飛んだ。

 

「いいから黙って食えやこのボケガラスがぁあああああああああああああああああああああ!」

 

「えええぇぇっ!? いやっ、あぶっ、危ないですって良夜! 家の中で暴れないでください!」

 

「うるせー! お前が文句言わなくなるまでこれを口に突っ込み続けてやる!」

 

「なんか表現が卑猥だからやめて! パンって言って下さい! ――――きゃあっ!」

 

「なぁっ!?」

 

 パンを持って迫ってくる良夜から逃げていた文が卓袱台に足を引っ掛け、良夜を巻き込むように転倒してしまった。奇跡的にも、卓袱台の上のパンは無事なようだ。

 

「イテテテ……あ、文、大丈夫――――ッ!?」

 

 起き上がろうとした良夜の顔の数センチ前に、文の顔があった。

 あまりにも予想外の展開に、良夜の口から言葉が消える。

 今の状況を詳しく説明すると、文が床に寝転がってその上から良夜が覆いかぶさっている状況だ。誰かに見られたら、勘違いされても言い訳はできない。

 

『…………』

 

 自分たちが置かれた状況を十二分に理解してしまった二人の顔が、一秒と掛からずに朱に染まる。

 互いの息が顔に当たり、更にお互いの心臓の音までもを感じ取ってしまう。良夜と文の理性という名の壁がぼろぼろと崩れ去っていく。

 

「あ、文……」

 

「りょ、良夜……」

 

 とろんとした表情で見つめあう二人。互いに息は荒く、無意識に手を繋ぎ合っていた。

 徐々に近づいて行く二人の顔。誰か止めてくれと二人は心の中で必死に叫ぶ。今だけは非常に、助けが欲しかった。

 そして良夜と文の唇の距離がゼロにな――――ろうとしたまさにその瞬間、

 

「ちょっとお邪魔するわよ――――――っ」

 

 ノックも無しに扉を開き、紅白の巫女服を着た少女――博麗霊夢(はくれいれいむ)が許可なく家に上がり込んできた。

 完全に不法侵入な霊夢は見た感じ十八禁な香りを漂わせる二人を見て、ぴしりと凍りついてしまっている。件の二人もまた、石像のように硬直してしまっていた。

 部屋の中の空気が完全に凍ってしまっているのを、その場にいる三人は確かに感じ取っていた。本気で助けて欲しいのだが、これ以上の救援は来ることはないだろう。

 そして先に硬直状態から解放された霊夢がいたたまれないように顔を二人から背け、そっと扉を閉めた。

 

『べ……弁解をさせてぇええええええええええええええええええええええええ!』

 

 朝の妖怪の山に、銀髪少年と黒髪少女の叫び声が響き渡った。

 

 


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