東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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第三話 似た境遇の銀髪少女

「――ふぅ。やっと人里に到着でーすっと」

 

 春の夜だったら自転車だとさみーなぁ、と呟きながら良夜は自転車に鍵をかける。

 昼だろうが夜だろうが毎日が祭りのように活気づいている人里は、相も変わらずにぎわっていた。そんないつも通りな人里の様子に、良夜は苦笑を浮かべる。

 良夜は妖怪と共に暮らしている特殊な人間だが、人里に住む人間たちはそんなことなど気にしない。銀髪に黒い詰襟と同色のスラックスという嫌でも目立つ格好の良夜が視界に入った瞬間に、彼らは声を張り上げる。

 

「おい配達屋! 今日は鶏肉が安いぞ! なんと一羽がたったの五百円だ!」

 

「鴉天狗の家にそんなもん持ちこんだら殺されるって! 射命丸家は鶏肉禁止で兎肉オーケーな食事事情なんだよ」

 

「そういやそうだったな。それじゃあ、兎を三羽、値段はなんと八百九十八円だ! はちきゅっぱだ!」

 

「おっさんが可愛らしく言っても腹が立つだけだが、その兎買うぜ。だけど、荷物になるから後で買いに来る。それまで他の奴には売らないでくださいよ?」

 

「がっはっは! 毎度ありだ配達屋!」

 

 人里だろうが妖怪の住処だろうが容赦なく入ってきて新聞を配達する良夜には、『配達屋』という二つ名がつけられている。

 凶暴な貧乏巫女の神社だろうが、魔法の森深くにある魔法店だろうが、ガラクタばかりがある道具屋だろうが、吸血鬼が家主の館だろうが、聖人が住む異界だろうが、幽霊が住む冥界だろうが、妖精たちが飛び回る湖の畔だろうが、閻魔大王がよく出没する三途の川付近だろうが、良夜はあくまで普段通りに新聞を配達する。

 だが、最近は新聞配達だけでは暇なので、郵便配達の仕事も始めた。どんな場所にでも絶対に配達してしまう良夜は、今ではすっかり幻想郷一の配達屋となっていた。交通手段は自転車と徒歩なのに、どこでも行けるというのは良夜クオリティだからこそ為せる技か。

 今日の夕飯も兎だな、と声に出さずに呟き、良夜は人里を回る。流石にウサギの肉だけの夕飯と言うのはキツイものがある。野菜や果物が欲しいところだ。

 と、そこで良夜の目に知り合いの姿が映り込んできた。良夜に背中を向けているせいか、まだ彼の存在には気づいていないようだ。

 ここで確認しておくが、良夜は変則的なダウナー野郎だ。

 自分に得になること以外には手を出さないし、自分が損になること以外には全力で巻き込まれに行く。

 そして良夜にとって、知り合いを驚かすという行為は――後者の方だ。

 足音を極力立てないように歩き、距離をどんどん縮めていく。右手にはいつの間にか『文々。新聞』が握られていて、まるでバトンのようだ。

 そして二人の距離が残り十センチと言ったところまで近づいた瞬間。

 

「――咲夜! 『文々。新聞』をよろしくおねがいしまーす!」

 

「わっきゃぁああああああああああああああああ!? ぁ痛っ!」

 

 あまりの驚きで三十センチほど飛び上がってしまった目標物の頭を、新聞で軽く叩く。

 良夜に叩かれたのは、良夜と同じような銀髪が特徴の少女だった。肩までの長さの銀髪とその身に纏うメイド服が特徴の、絶世の美少女だった。

 彼女の名は十六夜咲夜(いざよいさくや)。吸血鬼が住む館『紅魔館』で働いているメイドで、良夜が下の名前で呼ぶ数少ない友人の一人だ。

 咲夜は涙目のまま、ぐるん! と良夜の方を振り返り、

 

「判決、死刑!」

 

「いや突然すぎんだろ!」

 

 ――ナイフを良夜の首に付きつけた。

 一ミリでも動けば頸動脈が斬り裂かれてしまうという絶体絶命な状況に、良夜の背中を嫌な汗が流れ落ちる。手を出す相手を、間違えちまった……ッ!

 ここで殺されるわけにはいかない良夜はゆっくりと両手を上に挙げる。無抵抗を咲夜に伝えて何とか生き延びようという魂胆だ。

 だが、相手は数多の異変を乗り越えてきた最強の戦士。そんな愚かな良夜の考えなど既にお見通しなようで、

 

「ここで私に斬り殺されるのと、紅魔館でお嬢様と妹様に干乾びるまで血を吸われるの、どっちがいい?」

 

「両方バッドエンドじゃねーか! せめてハッピーな選択肢を用意してくれ!」

 

「だったら――三途の川に石を括りつけたままダイブするってのは?」

 

「ただでさえ底なしな川にそんな装備で入水したら、五秒もせずに沈むわ! なんでこの歳で三途の川で入水自殺しなきゃいけねーんだ!? お前は鬼か、悪魔か!」

 

「その鬼か悪魔に手を出したあなたは、殺されても文句は言えないんじゃないかしら……ッ!」

 

「痛い痛い痛い! 鬼気迫る表情でナイフを首に斬り込ませんな! 止めろマジで死ぬ! 人里でメイドに殺されるなんて、笑い話にもならねーぞ!?」

 

「大丈夫。笑う前に殺してあげるから」

 

「結局はバッドエンドかよ!」

 

 真っ青な顔で抵抗を続ける良夜の顔面に本気のパンチをめり込ませ、咲夜は首に突きつけていたナイフをメイド服のポケットにしまう。こういうところが彼女の長所なのだが、良夜的には「ただのドSだろ!」と叫びたいぐらいの短所だと思っている。

 解放された直後に首に手を当てる良夜だったが、流血はしていないことに気づくとほっと胸を撫で下ろした。首から血が出るなんて、まさにホラーだと思う。

 咲夜は小さく溜め息を吐き、

 

「で、一体何の用? 私はこれから紅魔館に戻って夕食の準備をしなければならないのだけど」

 

「奇遇だな。俺も今から家に戻って夕食を作らなきゃいけねーんだ」

 

「…………居候って、忙しいなのね」

 

「…………メイドだって忙しいみてーだな」

 

『………………はぁぁぁ』

 

 類は友を呼ぶ、とはよく言ったもので、髪の色も日常の忙しさも似通っている二人の男女はお互いの顔を悲しそうな顔で見つめ、お互いの肩をポンポンと叩きあいながら溜め息を吐く。

 吸血鬼に逆らえないメイドと鴉天狗に逆らえない居候。

 命の危険はない安全な場所で暮らしている良夜と咲夜だが、これは夢だと本気で信じたくなるぐらい忙しい生活を送っている。家事をこなすのが大変だということを、この二人は幻想郷の誰よりも分かっているのだ。

 それから咲夜と良夜は、話の内容を近況報告へとシフトチェンジさせた。少しでも明るくなりたかったのだろう。……二人の目尻に光るものが浮かんでいるのは、きっと錯覚。

 

「お嬢様と妹様の喧嘩がもう激しくて激しくて……美鈴と私の二人がかりでも止められなかったから、パチュリー様にお願いして眠らせてもらったのよ。本当、鍛えてないのに体が日に日に引き締まっていくのは気のせいじゃないみたい」

 

「太ってるよりマシだからいいんじゃねーの? まぁ、俺も毎日の新聞配達で体は鍛えられてるみてーだけどな。あ、新聞どう?」

 

「貰っておくわ。私やお嬢様は興味ないけど、他の三人はこの新聞を楽しみにしているみたいだしね。――まぁ、妹様は新聞じゃなくて配達人のあなたを楽しみにしているようだけど」

 

「はぁ? フランが俺が来るのを楽しみにしてる? いや確かにフランは俺にとっての妹のよーな存在だけどさー、そんな楽しみに待たれるほど仲良かったか、俺とフラン? あ、一日分は五百円だから」

 

「知らないわよ。妹様の考えは、お嬢様とパチュリー様しか分からないんだから。千円しかないから、おつり貰える?」

 

「明日の分も一緒にってことじゃダメか?」

 

「刺し殺すわよ」

 

「おつりの五百円でーす」

 

 笑顔で構えられるナイフほど怖いもんはねーよな、と良夜は自分の鼻先にナイフを突きつけている咲夜に冷や汗を流しながらおつりを渡す。今日だけで絶対に寿命が二年は縮んだ。良夜は咲夜にばれないように溜め息を吐く。

 と、そこで咲夜が自分の首から下げている金色の懐中時計に目をやった直後、「あら、もうこんな時間?」と大して驚いていないような声色で言った。

 

「因みに聞くが、今って何時だ?」

 

「九時二十五分よ。かんっぜんにぶっちぎりに夕食の時間すぎちゃってるわね」

 

「九時二十五分!? やっべー文に殺される! 咲夜、時間止めて俺を家まで運んで!」

 

「嫌よ。そんなにあの鴉天狗が怖いなら、今すぐ帰宅すればいいじゃない。どうせあなたのことだから、食材ぐらいはちゃんと買ってるんでしょう?」

 

「後は肉屋で兎肉を受け取るだけだ! んじゃ咲夜、またなー!」

 

 良夜はそう言い残し、ぴゅーっ! と去って行った。どうせ今から妖怪の山に急いで戻ったとしても、十時は軽く越えるだろう。その時に良夜が文にどんな罰を与えられるかと思うと、口が緩むのを我慢できなかった。咲夜は良夜の友人だが、良夜の困る姿を見たい人間の一人でもあるのだ。

 咲夜は良夜が走り去っていった方を見つめ、

 

「…………本当、馬鹿なんだから」

 

 声が空気に溶けて消えるころには、咲夜の姿は既にそこにはなかった。

 

 

 

 

 

『………………良夜』

 

『はい』

 

『なんで夕飯が夜の十一時なんですか? あなたはバカなんですか?』

 

『いやホント、言い訳の使用がありません』

 

『判決を言い渡しますね。――「風流しの刑」に処します』

 

『風流し!? いやいや流石にそれは死ぬって! 絶対に空から俺を落として風に流すって処刑方法だろ!? 名前の割にエグイわ!』

 

『ほらさっさと立ちなさい良夜! 刑を執行しますよ! キビキビ歩け!』

 

『ごめんなさい許してごめんなさい許して! 俺まだ死にたくねーんだ!』

 

『…………死人に口なし』

 

『それどういう意味!? いやっ、ちょっ、待っ――』

 

 


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