東方霊恋記との連動要素があります。
そちらも読んでいただければ、百倍楽しめると思いますので、是非。
「良夜。あなたはサンタという妖怪を知っていますか!?」
「……………………Pardon?」
突然の文の発言に思わず英語で返してしまった良夜だったが、今日がクリスマスイブだからかー、と家の壁にかけてあるカレンダーを哀愁に満ちた眼で見つめる。
今彼は射命丸家に備え付けられた最強の暖房器具である『KOTATSU』に下半身を入れている。古き良き日本を再現したような幻想郷の冬は、油断してると凍死してしまうほどに寒いのだ。
記憶喪失で幻想郷に来る前のエピソード記憶が全くない良夜だが、知識記憶は残っている。だからクリスマスイブというものがリア充たちの欲を満たす聖なる夜であるということも知ってるし、非リア充たちが号泣しながら壁を殴ったり寂しく集まったりする邪悪な夜であることも知っている。……お前本当に記憶喪失か。
そして当たり前だが、『サンタ』と呼ばれる存在が妖怪ではないということも知っている。……いやまぁ、捉えようによっては妖怪みたいなものかもしれないが。
そんな冷静な良夜に気づいたのか、文は頬をぷくーっと膨らませたかと思うと、
「テンション低いですよ良夜! せっかくのクリスマスなんだから、サンタとなってプレゼントを配りに行きましょうよ!」
「嫌だ寒い炬燵から出たくない。っつーかプレゼント配りに行きてーなら一人で逝って来い。そして二度と戻ってくるな」
「ここ私の家なんですけど!? そして行くじゃなくて逝くと聞こえたのは私の聞き間違いですか!?」
「うるせーな……妹紅が死ぬまで口を開くな。そして動くな」
「ミッションインポッシブル!?」
どこで覚えてきたそんな言葉、と良夜はもはや癖になりつつある溜め息を吐く。
そして良夜はそのままごろんと床に寝転がり、傍に置いていた本を顔の上に載せ、そのままゆっくりと目を閉じ――
「文ちゃんストップ入ります!」
「むぐぅ!」
――ようとしたところで口に新聞を突っ込まれた。
口の中に次第に紙の味が侵食していき、同時に吐き気が込み上げてくる。早く新聞を口から抜かないと、黄色いキラキラが外にブチ撒かれてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
良夜は口に刺さっている新聞を一気に引き抜くと、普段はダウナーな目を釣り上げてギロリと文を睨みつける。……まぁ、涙目でケホケホ言ってる今の状況では、怖ろしさなど微塵も感じられないのだが。
良夜は口直しとして炬燵の上に置いてある麦茶を一気飲みすると、額にビキリと青筋を浮かべながらもあくまでクールに対応する。
「人の口ン中に新聞突っ込むたぁ、いい度胸だなクソガラス……ッ!」
――訂正。もはや手遅れでした。
「だって良夜が話を聞こうとしないからぁ。もうっ、女の子の話を無視しちゃ、ダメなんですよ☆」
「わざわざ口で『ほし』とかいうヤツを俺は女の子だなんて思わねー。だから一発だけでいい。――本気で殴らせてくれ」
「あややっ、急に命の危機!? ごめんなさいでしたーッ!」
炬燵の上に手をついて頭をグリグリとテーブルの部分に押し付ける文。高貴な鴉天狗としての威厳などどこにも感じられない彼女の行動に、良夜は「はぁぁ……許す」と振り上げていたコブシを降ろして緩める。こんな風だからツンデレだとか言われるんだよなぁ、と良夜は再び溜め息を吐いた。
良夜に許されたことで再びテンションが高くなった文は、相変わらずのダウナー良夜に再び交渉を開始した。
「サンタになってみたいんです!」
「なればいーじゃんか。一人で」
「ぐぅ! ……こ、子供たちにプレゼントを送って感謝されたいんです!」
「どうせ新聞しか送らねーくせによく言うよな」
「ぁぐ! ……ひ、必要なのは物じゃなくて気持ちだと思います!」
「それはもはやプレゼントとは言わねーよな。っつーかクリスマスに気持ちを送るって、ウザいバカップルでもしねーよ」
「はぅ! ぷ、プレゼントはまた後で決めるとしてですね。わ、私と一緒に子供たちに感謝されましょうよ! 射命丸家、一大イベントですよ!?」
「『射命丸家、赤っ恥イベント』の間違いだろ」
「うぅ……わ、私と二人きりのクリスマスですよ!?」
「シチュエーションに問題があんだよ。っつーか、俺とお前が二人きりって、いつものことじゃん。――実際、今もそうだし」
「クリティカルヒッツ!」
良夜の容赦のない言葉の数々に、文はその場に崩れ落ちる。背中に生えた黒い翼も、だらんと垂れ下がってしまっている始末。
炬燵の上で涙を流しながら『クリスマスクリスマスクリスマスクリスマス二人きり二人きり二人きり……』と念仏のようで怨嗟のような呟きを漏らし続ける文に、良夜は苦笑してしまう。
ふと横にある壁時計に目をやる。
『七時二十三分』
夕飯には早いがおやつには遅い時間。微妙な時間の極みともいえる時間だ。
クリスマスは楽しむものだ。
一か月ほど前に買った小説にそう書かれていたのを思いだし、良夜は頭をガシガシと掻く。
そして「あー分かった分かった」とその場に立ち上がり、
「出かけるぞ、文。――二人きりでな」
恥ずかしさで顔が真っ赤になるのが、嫌でも分かってしまう。
こんなことを言う自分がらしくないなんてこと、誰よりも分かっている。
だけど――まぁ、
「本当ですか!? やったぁーっ!」
本当に心の底から嬉しそうなこのバカを見てると、恥ずかしさなんてどうでもよくなっていたんだ。
☆☆☆
「……………………良夜」
「なんだ?」
「風のせいで足が寒いんですけど……」
「スカートなんて履いてるお前が悪い。自転車で二人乗りしたいなんて言ったお前が悪い。――だから、俺は悪くない」
「またそんな凄く聞き覚えのある発言を……あなたはどこぞの負完全か何かですか?」
「…………振り落とされてーのか?」
「黙っときますね」
命の危険を感じ取った文はおずおずと顔をマフラーに隠す。
現在、二人は妖怪の山を自転車で下っている最中だ。もちろん、良夜が運転して文が後ろに乗っている状態だ。いわゆる、二人乗りと呼ばれる乗車方法。
良夜がどこに向かっているのかを文は教えられていない。だからこそ文は、良夜が自分をどこに連れて行ってくれるのかが楽しみで仕方がなかった。
季節が冬であるせいか、後ろに乗っている文の体は小刻みに震えている。結構着込んできたのになぁ、と文は心の中で呟いた。
そんな文に気づいたのか、良夜は少し顔を文の方へと向け、
「さみーなら俺にしっかりと抱き着いてろ。それで少しはあったかくなるだろ?」
「えぅ? …………あ、ありがとうございます……」
思わぬ気遣いに文は顔を真っ赤に染めるが、寒さには勝てなかったようで、『力いっぱい』良夜の体に抱き着いた。
「痛い痛い痛い! 文、折れるって! 背骨が折れる肋骨が折れる内臓が潰れる!」
「あややややっ!? ご、ごめんなさい! ――って、うわぁ!」
慌てて両手を離してしまったせいで、文の体勢が致命的なぐらいに傾いた。
が、そこは射命丸家の配達人の沙羅良夜。片手でハンドルを握ったまま、倒れそうだった文の手を、もう片方の手でつかむ。
「大丈夫か? あんまり暴れると、大ケガするって」
「あ、ありがとうございます……」
なんか私、らしくないなぁ。文は起き上がって再び良夜の体を抱きしめる。――今度は、ちょうどいいぐらいの力で。
と、そこで文は一つのことに気が付いた。
(良夜の顔、真っ赤になっちゃってる……もしかして、意識しちゃってるんですかねぇ?)
良夜の身長は女性の中では長身の文とそんなに変わらない。
なので、文は後ろから良夜の顔を覗き込むことができる。まぁ、横顔ぐらいしか見えないのだが。
頬が少しだけ朱に染まっている良夜に、文の心臓がトクンと脈打つ。
嬉しい、恥ずかしい、やっぱり嬉しい。何度も何度も感情が交互に入れ替わり、文の体温を上げていく。
この人の体を、いつまでも抱きしめていたい。
この人の温度を、いつまでも感じていたい。
この人の声を、いつまでも聞いていたい。
この人の顔を、いつまでも見続けていたい。
文の脳内をそんな欲求がぐるぐると渦巻き、文の正常な思考を奪っていく。
私は妖怪で、彼は人間。
それは始めから確定している現実で、覆しようのない現実だ。
妖怪は人間に比べてはるかに長生きで、人間は妖怪に比べてはるかに短命だ。妖怪にとっての一瞬が、人間にとっての数十年だったなんてことは、全然珍しくもない。
だからこの二人の別れも、文にとっては遠くなく、良夜にとっては遠い未来に待っている。
(いつまでもこんな時間が、続けばいいのに……)
じわり、と文の目に涙が浮かぶ。
やっぱり私らしくないですね、と呟きたくなる。
だが、それはただの『逃げ』だ。確定している未来から目を逸らしているだけの、ただの現実逃避。
(……変なこと考えるのは、もうやめよう。今そんなことを考えても、どうにもならないですし)
そうやっていつも通り自分を抑えた――直後。
キキーッと、自転車が停止した。
予想外のタイミングでの急ブレーキのせいで、「わぷっ」と文は良夜の背中に顔をぶつけてしまう。
「やっと着いたなーって、何やってんだお前?」
「な、なんれもないれふ……」
別に怪我をしたわけではないが、気持ち的にダメージは受けた。天下の鴉天狗が急ブレーキごときで顔をぶつけるだなんて、笑い話にもならない。
「こっからは歩くぞ。雪が積もっててチャリじゃ進めねーからな」そう文に告げると、良夜は文の手を取って雪の上を進んでいく。ザクザクという雪の音が、趣を感じさせる。
いきなり連れてこられていきなり手を繋がれて、文は既にオーバーヒート寸前だった。油断したら、気絶する。いやもうホント、百パーセントの自信があった。
良夜に手を引かれて進むこと体感時間で約三分。文たち二人は崖に辿りついていた。
広くもないが狭くもない幻想郷の夜景が、余すことなく見ることができていた。妖怪の山にこんな場所があったなんて、と文は生まれて初めて見る絶景に心から感激する。
そんな文に良夜は苦笑を浮かべ、
「この夜景を見せたかったのもあるが、まだ本番は始まっちゃいねーぞ?」
「本番? 今から何か、祭りでもあるんですか?」
こくん、と可愛らしく首を傾げる文に思わずドキッとしてしまう良夜だが、すぐにいつもの捻くれたモードへと意識を切り替える。顔が朱いのは、ご愛嬌。
「幻想郷のみんなが知ってるような情報を知らねーなんて、新聞記者失格じゃね?」
「なぁっ! きょ、今日は一歩も外に出てないからしょうがないでしょう! どうせあなただって、配達の時に聞いただけでしょう!?」
「まぁな」
「ほら見ろ! だから偉そうにしないでください! 居候の癖に!」
「はいはい。ごめんなさいでしたー」
うがー、と目を吊り上げて怒る文にポカポカ叩かれる良夜。これが射命丸家の上下関係というモノだ。
と、そこで良夜が叩かれながらも左手に着けている腕時計を確認し、
「時間だな」
と呟いた。
良夜が何を待っているのかが全く分からない文はきょとんとしてしまうが――直後、それは突然に起こった。
ひゅるるるる…………バァーン!
家の明かりによって存在を示していた人里の中心部から、花火が打ち上げられたのだ。
最初の一発を皮切りとして、次々と花火が打ち上げられていく。
夜空に花が咲く度に、幻想郷が照らされる。
しかし、それだけじゃない。
「雪が積もってて良かったな。まさに銀世界って感じ」
「……綺麗」
雪に覆われた幻想郷が花火に照らされ、光り輝いていた。
それは文が今まで見てきたどんな夜景よりも綺麗で、どんな花火よりも美しかった。数えきれないぐらいの年月を生きてきた文だが、こんな感動は初めてだった。
言葉を失ってしまうほどに感動的な光景に魅入られていると、良夜が不意に恥ずかしそうに文に告げる。
「お前がクリスマスを楽しみにしてたのは前々から知ってたからさ、霧雨とか博麗とかレミリア様とかに頼んだんだわ。俺、弾幕使えねーからさ。だからあの花火を打ち上げてるのは、お祭り好きなバカどもだ」
「わざわざ……私の、為に?」
そんな素振り、全然見せなかった。
良夜の行動に変化には誰よりも早く気付くことができると自負している文だったが、今回は全然気づけなかった。
策士ですね、と文は呟く。そーだろ? と良夜は返す。
そしてそのあと何発何十発と花火が上がり、そして止んだ。
突然の静寂に「え?」と思わず良夜を見る文。良夜はそんな文に「次が最後だ。最高にデカいのを打ち上げるらしいぜ」と笑顔で返す。
そして良夜はくるり、と体ごと文の方を向き、
「――メリークリスマス、文。これが――俺からお前へのクリスマスプレゼントだ」
幻想郷の空を包んでしまうんじゃないかと言うぐらいの大きさの花が夜空に咲き、幻想郷全体を照らす。
良夜もまた同じように照らされ、「してやったり」という感情が込められた笑みを浮かべていた。
大輪の花が咲く。
私はいつまでも彼と一緒にはいられないけど、今この一瞬を全力で謳歌しよう。
彼の命尽きるまで、私は『マイペースな新聞記者の射命丸文』で居続けよう。
文の目から涙がこぼれる。
しかし、それは悲しみの涙じゃなく、喜びの涙だ。
だから文は――私は、笑顔でこう告げよう。
「メリークリスマス、良夜。来年も再来年もその来年も――一緒に過ごしてくださいね?」
あなたはサンタって知ってますか?
私は、ツンデレで天邪鬼で素直じゃなくて不器用で冷静でクールだけどダウナーなサンタを――――――一人だけ、知っています。