東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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第十四話 良夜が語る過去話

 銀髪学ラン少年と銀髪ゴスロリ美人さんが博麗神社にやってきました。

 

「…………いや、そこまでは良いんだけど……流石にごった返しすぎでしょう」

 

 『ツンデレ配達屋とゴスロリ親御さんと純愛新聞記者とヤンデレメイドとヘタレ道士と愛しい居候』の六人を眺め、博麗霊夢は顔に手を当てて深い溜め息を吐く。

 ツンデレ配達屋こと沙羅良夜が母親同伴で博麗神社にやって来たのが今から三十分前のこと。最初は部屋にいる全員が『ぽかーん』とだらしなく口を開けて茫然としていたのだが、今はもう百八十度違う空気に包まれていた。――要するに、修羅場モードと言うヤツだ。

 あまりにも急すぎる展開に軽い頭痛を覚え始めた霊夢を見て、銀髪ロングでゴスロリの美人さんこと沙羅白夜は満面の笑みで霊夢の方をポンポンと叩く。

 

「まぁまぁっ、気にしちゃダメだよ霊夢ちゃんっ。みんな仲良くっ、ねっ☆」

 

「沙羅母は妙に若々しいし……」

 

 この人は本当に沙羅の母親なんだろうか、と霊夢は目の前の不可思議生物をジト目で見ながら頭の上に大量の疑問符を浮かべる。確かに幻想郷にも年齢と外見が全く釣り合っていない女性たちが大量にいる(というか、ほとんどがそう)が、彼女たちと比べてもこの人は若々しすぎる。不老不死の薬でも飲んでるんじゃないだろうか。

 霊夢がそんなことを考えていると、いつの間にか違うところに移動していた白夜が誰かと口論をしている様子が目に入ってきた。

 射命丸文。

 良夜の同棲相手で、周囲から『配達屋の正ヒロイン』と太鼓判を押されている最近絶賛キャラ崩壊中の鴉天狗だ。

 

「あらぁっ、久しぶりだね射命丸文っ」

 

「これはこれは、お久しぶりですね『十六夜』白夜さん」

 

 ………………………………………………………………………、ん?

 

『十六夜ィ!?』

 

 まさかのタイミングで飛び出してきた名字に、良夜と白夜と文を除いた四人が声をそろえて驚愕する。

 いやいや待てよどういうこと!? と意味不明な速度で進展している状況に困惑混乱挙句の果てには疑問符大量発生な四人だったが、妙にローテンションな良夜が懇切丁寧に説明を始めた。

 

「母さんは十六夜家の人間で、実は咲夜の叔母だったりするらしーんだ。今も十分に見た目は若ぇーけど、若いころは紫さんの世話係をやってたらしー。咲夜はレミリア様と一緒に幻想郷に来たらしーが、母さんはそれよりもずっと早く幻想郷に来てたんだよ。――で、いろいろあって外の世界に興味を持った母さんが紫さんに頼み込んでまさかの現代入り。そっから俺の父さん……あ、因みにもう他界してるらしーから。で、父さんと結婚して俺を生んだって訳」

 

 あまりにも壮絶すぎて茫然と言うか唖然するしかない蚊帳の外メンバーだったが、十六夜家の人間である咲夜が「ちょ、ちょっと待ちなさいな!」と少しの頭痛を覚えつつも食い下がる。

 

「ということはなに? 私と貴方は親戚同士ということなの!?」

 

「言い様ぉーによってはそーなるな。母さんとお前の母親は姉妹なわけだから、俺と咲夜は従姉弟ってことだ。あ、因みに俺は十八歳なわけだけど、咲夜って何歳? どっちが『姉』でどっちが『兄』なのかここははっきりさせた方がよくねーか?」

 

「させなくていいですわ! 親戚だろうがなんだろうが、私たちの関係はこれまで通り変わらないんですもの! というか、勝手に消えて勝手に帰ってきて調子乗んなよゴルァ!」

 

「あぎゅっ! ひ、久しぶりの咲夜の拳骨!」

 

 「あぅあぅ」と呻きながら脳天にできたたんこぶを両手で抑えながらその場にしゃがみ込む良夜。そんな良夜に咲夜は思わずサド気質な心を擽られてしまうが、自分の太ももをぎゅーっと摘まむことで何とかマイワールドトリップを回避した。

 と、咲夜が良夜にトドメを刺そうとしたところで、彼女たちの背筋にどうしようもないほどの悪寒が走った。

 部屋の隅の方で会話をしている、文と白夜が原因だった。

 

「私がいない間に可愛い息子に手ェ出すなんて、ちょっとお痛が過ぎるんじゃないかなぁっ? よりにもよって同棲? 親の許可はとったのかなぁっ?」

 

「は? 私が良夜をどう扱おうが、貴女には関係のないことでしょう? お・か・あ・さ・ま☆」

 

「うふふあらあら、私よりも年上の癖になにふざけたこと言ってるのかなぁっ」

 

「えへへあははは、恋に歳の差は関係ないんですよ? 親・御・さ・ん☆」

 

『(修羅場だ! 博麗神社に遂に修羅場がやって来た!)』

 

 うふふあははと笑い合いながらも目は絶対零度なゴスロリと鴉天狗に、傍観者と化している五人は静かに恐怖の絶叫を上げていた。人の欲を感じ取る神子に至っては、「やばいこの欲はヤバイ説明不能なところがかなりヤバい」と耳当てを両手で抑えて音を遮断するという荒業に出ている始末。耳が良過ぎるというのも考え物だ。

 普通ならばこの二人の会話に咲夜と神子も参戦するべきなのだろうが、残念ながら咲夜と神子にはそんな度胸は存在しなかった。あんなドロドロとした空間に放り込まれたが最後、まともな人格を保って帰還することは不可能だろう。今は傍観者として二人の行く末を見守るしかないのだ、と咲夜と神子は珍しく思考が一致する。

 昼ドラモードな二人に流石に恐怖を覚えた一人である良夜は顔を真っ青にしながらも、先ほどの説明の続きを話し始めた。

 

「え、えぇーっと、そんなこんなで俺を生んだ母さんは行き過ぎた愛情を俺に向けつつ俺を育ててくれたわけなんだが、とある理由により俺を手放さなきゃなんねー状況になっちまったんだ」

 

「手放さなくちゃならない状況?」

 

 小さく首を傾げる霊夢に「ま、俺もびっくりしたけどな」と軽く返し良夜は言う。

 

「俺の中に宿っていた能力が目覚めちまって、外の世界では生きれなくなっちまったんだ」

 

「能力……って君、能力使えたのですか!? そんな素振り、今まで全く見せなかったじゃない!」

 

「記憶失ってたんだから能力があること自体忘れてたに決まってんだろ」

 

 あまりにもぶっ飛んだ説明にポカーンとしている霊夢・威・咲夜・神子の四人に苦笑するが、「話を戻すぞ」と言って真剣な表情で良夜は続ける。

 

「能力が目覚めちまったせいでいろいろと面倒事を起こした俺は、どーやら人間不信になっちまってたみてーなんだ。外に出ることも無く人と関わることもなく、ただただ他人と接することを恐怖するよーにな」

 

「……それで、白夜さんは貴方の記憶を消して、幻想郷(ここ)に貴方を連れて来たってこと?」

 

「いや、記憶を消したのと俺を幻想郷に連れて来たのは紫さんだよ。苦しんでいた俺にどーすることもできなかった母さんが、最後の悪あがきとして紫さんに頼んだんだってさ。そん時の詳しい描写は省かせてもらうが、紫さんは母さんの要求を呑んで俺を幻想入りさせた。記憶を消したのは、俺に一からスタートして欲しかったからだそーだ。能力とか人間不信とかで苦しむことなく平和な日常を送れるよーにな。……そんなこんなで、今の俺がいるって訳。はい、俺の過去話しゅーりょー」

 

 良夜はあっけらかんとした態度で話を締めくくるが、話を聞いていた霊夢たちはどよーんとした負のオーラを放っていた。記憶を取り戻して過去の自分を受け入れた良夜とは違っていきなり重い話を聞かされてしまったことが原因だ。というか、誰だってこんな空気になるだろ今の。

 とりあえず空気を入れ替える必要があるのだが、どうしようもなく鬱な空気のせいで良夜は動くことができない。いつの間にか文と白夜の修羅場も沈静化している。良夜の話を実は聞いていて後半に差し掛かるにつれてどんどん闘志の炎が消えて行ってしまっていたのだ。良夜の過去話、恐るべし。

 良夜はどよーんとした皆を見て顔を引き攣らせ、

 

「お、お疲れ様でしたー!」

 

 ――ダッシュでその場を後にした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 良夜が場の空気に耐えきれず全速力で逃走した数十秒後、我に返った咲夜と神子がほぼ同時のタイミングで追跡を開始した。

 急遽始まった鬼ごっこに出遅れた文と白夜は慌てて神社から飛び出し、三人の後を追う。

 そんな中、ゴスロリだというのに妙に軽快な走りを見せている白夜が自分の隣を飛んでいる文に真剣な表情で声をかけた。

 

「文ちゃん。良夜は、幻想郷で楽しく過ごせてるっ?」

 

「なぁに今さらなこと言ってんですか白夜さん。良夜は毎日を全力で楽しく生きてますよ」

 

 先ほどは陰険な会話を繰り広げていたはずが、今はそんな空気など全くない。実はこの二人、付き合いが長いせいか結構仲良しさんなのだ。

 良夜を幻想郷に送ってから、白夜はずっと良夜のことを心配していた。一応は紫から良夜の現状報告を受けていたものの、やはり自分の目で確かめないと不安は取り除かれなかった。自分は間違っていたんじゃないか。いや、そもそも、私が外の世界に行きたい打とか言わなければ良夜が苦しむことも無かったんじゃないか――。

 だが、さっきの神社でのやり取りを見るに、自分の可愛い息子はかなり良い友達を持ったみたいだ。辛い表情など一瞬たりとも見せず、騒がしく楽しそうなやり取りをしていたじゃないか。

 白夜のペースに合わせて飛翔する文に、白夜は静かな笑みを向ける。

 それは、彼女にしては珍しい、母親としての笑みだった。たった一人の息子を心の底から愛する、一人の母親としての笑みだった。

 白夜は言う。

 

「良夜のこと、頼んでもいいかなっ? 私は立場上、紫さまの世話係に戻らなくちゃならないから、良夜と毎日会うことはできないんだっ」

 

「頼まれるもなにも、私は端から良夜と仲睦まじく暮らさせてもらってますよ。良夜の作るご飯は美味しいし、良夜はよく働いてくれます。まぁ、一級フラグ建築士なのはどうにかしてほしいですけどね」

 

「沙羅家は昔からモテモテの家系なんだよっ。良夜のお父さんの良樹(よしき)くんなんて、年齢層関係なくモッテモテだったんだからっ」

 

「あーはいはい、惚気話はまた今度にしてくださいねー。まったく興味がわきませんから」

 

「ひっどーい」

 

 文の軽口にケラケラと笑う白夜。だが文は見逃さなかった。楽しそうに笑う彼女が、実は涙を流しているということを。

 ずっと願っていた息子の幸せ。それが、この幻想郷で実現した。いろんな大切なモノを失ってしまったが、やっとここまで来れたのだ。良夜も白夜も誰も傷つかない、幸せな生活というゴールに。

 「私、ちゃんとゴールテープを切れたかなっ?」白夜は涙を流しながら言う。長い長い道のりだったが、自分はやり遂げることができたのだろうか? 白夜はただそれだけが心配で、昔からの友人である文に尋ねる。

 だが、文は首を横に振る。

 

「ゴールなんかじゃないですよ。貴女、外の世界での生活が長すぎてちょっと年寄りくさくなっちゃったんじゃないですか?」

 

 予想外の言葉にぽかーんと口をだらしなく開けて唖然とする白夜だったが、「ほら、見てくださいよ」という文の言葉に反応し、文が指差す方向に顔を向ける。

 そこ、には、

 

『や、やっと捕まえましたわよ良夜! 私を心配させた罰として、これから一週間紅魔館でみっちり働いてもらうわよ!?』

 

『む。じゃあその後は私の相談室でみっちり働いてもらうことにしましょうか。あと、ついでに我が家の掃除もお願いしますね。筋肉痛になっても解放してあげないんだからねっ!』

 

『鬼か! っつーか、俺に拒否権とかねーの!?』

 

『『あるわけねーだろそんなもん』』

 

『酷い! っつーか痛ぇ! 蹴るな踏むなマジで容赦ねーなお前ら!』

 

 ――二人の少女に蹴られながら縄できつく縛られているバカ息子の姿があった。

 蹴りを入れている二人の少女は怒りながらもどこか楽しそうで、バカ息子はぎゃーすか騒ぎたてている。

 どこからどう見ても楽しそうで騒がしい光景に白夜は「……え?」と目を見張るが、隣でニシシと愉快そうに笑っている文を見てますます困惑してしまう。

 そんな白夜に文は「いいですか? これから貴女を待っているのはゴールテープなんかじゃないです」と先生が生徒に言い聞かせる時のように人差し指を顔の前に立て、

 

「――幸せで楽しい生活の開始を知らせるピストルの音なんですよ」

 

 心の底から幸せそうに――笑った。

 




 次回から日常編再開です!

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