東方文伝録【完結】   作:秋月月日

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第十一話 聖徳道士の突発的な行動

「今日はよく集まってくださいましたね。それでは、良夜に相応しい相手は誰なのかをそろそろ決めよう会議を始めます」

 

『ちょっと待て』

 

 未だに茹だるような暑さが続くとある夏の日、射命丸家にて。

 委員長のようにつつがなく会議を振興しようとしていた栗色頭の少女に制止の声をかける二人の少女の姿があった。鴉天狗の射命丸文とメイド長の十六夜咲夜だ。

 「なに?」と不思議そうに首をかしげる栗色頭の少女に苛立ちを覚えつつも、文と咲夜は全身全霊を持って抗議の声を張り上げる。

 

神子(みこ)さんいきなり何を言ってるんですか!? というか、初登場なのになんでそんなに偉そうな立ち位置を獲得してるんですかぁ!」

 

「何を当たり前のことを言ってるのよ。私はかの有名な聖徳太子様なのですよ? 私が偉い立場なのは、なにも今始まったことじゃないのだけど」

 

「そんなのどうでもいいわよ! とりあえずなんで貴女が良夜の処遇を決めるのかについて私たちは言及しますわ!」

 

「うるさいわねぇ……あーはい、分かりました。分かったからスペルカードを向けないでください!」

 

 鬼のような表情で迫ってくる文と咲夜に全力で静止を求めている少女の名は豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)。とある事情により最近復活したばかりの聖人サマだ。

 猫の耳が生えたような形の栗色頭に紫色の耳当て。セーラー服と和服を合体させたような紫色を基調とした装束は何とも言えない高貴な香りを漂わせている。スタイルも良くかなりの美少女なのだが、実はこの少女こそが聖人君子こと聖徳太子なのだから驚きだ。やっぱり実在したんだね聖徳太子って。

 そんな太子様こと神子さんは目尻に涙を浮かべながら求められるままに言い訳を開始する。

 

「いや、その……射命丸文! 良夜を私にください! 絶対に幸せにしてみせますから!」

 

「意味が分からない!」

 

 言い訳どころか「娘さんをお嫁にしたいのだけどお父さんに許可貰わなくちゃいけないどうしよう」みたいな状況下で発生するイベントを何故か発生させてしまう神子。父親役を余儀なくされた文は予想もしなかった事態にただただ混乱するのみ。

 と、ここで重い腰を上げたのは我らがメイド長十六夜咲夜。最近ツンデレ疑惑が浮上している咲夜だが、こういう時に役に立つ頼れるお姉さんでもあるのだ!

 

「少し落ち着きましょうか、二人とも。紅茶でも飲んで高ぶった気を鎮めたら?」

 

『流石は咲夜さん! そこに痺れる憧れる!』

 

 咲夜がいつの間にか準備していた紅茶でとりあえず落ち着いた二人。

 そしていつの間にかカップを片付けていた咲夜は懐からナイフを取り出して最高にいい笑顔を浮かべ、

 

「それじゃあちゃんとした理由を聞かせてもらいますわよ? 返答次第じゃ殺すけど、まぁそこは気にしないでいきましょうか」

 

「殺害欲が! 咲夜さんから膨大な殺害欲が感じられる! ちょっ、暴力とか脅迫はダメだって! というか、私たちよりも君が落ち着くべきでしょう!」

 

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 

「駄目だこの人もうどうしようもない!」

 

 イった目でナイフを構える咲夜に本気で脅える太子様。人の欲を感じ取る能力を持つ神子にとって、憎悪からくる欲こそこの世で最も恐ろしいのだ。というか、殺害欲ってなんだ。殺意じゃないのか。

 斬り裂き魔の如き殺意を放つ咲夜に神子はじりじりと壁際に追い込まれていく。平和的な会話をしに来たというのに何で私は殺されかかっているのだろう。いや、死なない体なのですけどなんか納得いかないのよね!

 そしてついに、神子の背中に硬い感触が走った。どうやら壁まで追い詰められてしまったようだ。

 というか。

 

「ちょっと文さぁん!? なんで助けてくれないのかなぁ!?」

 

「いえ、私にはあんま関係のないことみたいですので。良夜の写真を見て落ち着いてましたけど何か?」

 

「助けろよ助けなさいよ助けてください三段活用! なんでも言うこと聞きますからお願い助けて!」

 

 神子の必死の訴えに文は「しょうがないですね。約束は守ってくださいよ?」と咲夜の後ろに歩み寄る。

 神子は顔面に迫ってきているナイフを何とか防御しながら文を聖母でも降臨したかのような表情で見つめ、心の中で狂喜乱舞している真っ最中。よっしゃこれで死ななくて済みますね! 不死ですけど!

 咲夜は咲夜でナイフを神子に何度も何度も振り下ろしているのだが、その美貌に浮かぶ冷笑がものすごく怖かった。般若とかなまはげとか言う怪物を軽く凌ぐぐらいに怖かった。

 完全な無表情を極めると完璧な冷笑にランクアップするのかな、と神子はよよよと涙を流す。

 と。

 

「必殺! 文ちゃん卓袱台アタック!」

 

「へぶっ!」

 

 文が振り回した卓袱台がこめかみにクリーンヒットし、咲夜はその場に勢い良く崩れ落ちた。よっぽど痛かったのだろう。びくんびくんと体が痙攣を起こしている。

 可愛らしいネーミングの割にエグイ技だなぁ。目の前で半死半生状態になっている咲夜に同情の視線を送りつつ、神子はゆっくりと立ち上がる。

 

「ありがとうございます文さん。このご恩は十秒ほど忘れないわ」

 

「そうですかっ! それなら、今から十秒以内に貴女に命令させていただきますねっ!」

 

「へ?」

 

 神子は冗談のつもりで言った言葉を本気にされていることに気づくが、にっこりと笑っている文の威圧感に負けて何も言えなくなってしまった。

 このままじゃヤバい。なにがヤバイかはよく分かりませんが、文さんの中から感じられる膨大な欲がヤバイ気がします! 

 

「え、えーっと、お邪魔しまし」

 

「良夜の目の前で服を脱ぎながら踊ってきてくださいっ!」

 

「………………………………………………ひっ」

 

 直後、妖怪の山に一人の聖徳道士の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あーくそ……チルノの相手してたらもーこんな時間かよ……あの氷妖精、次は絶対に蛙の口に放り込んでやる」

 

 聖徳道士の社会的な死が決定してから数時間後。

 本日の配達とかバカの相手を無事に終えた配達屋こと沙羅良夜はコキコキと自転車を運転していた。

 すでに太陽は沈んでいて、空は漆黒に染まっている。今日が新月なせいか、良夜の特徴的な銀髪も闇に呑まれて目立たない。自転車のライトが無かったら完全に迷子になっていただろう。

 良夜の勘的に言うと、現在位置は妖怪の山の麓付近。いつも通っている道を往復しただけだから間違ってはいないはずだ。

 と、何の前触れもなく突発的に、良夜の前方に白いふわっとした感じの帽子をかぶった金髪美女が現れた。

 

「夜分遅くまでご苦労様ですこと」

 

「いきなり出てくんな怖ぇーだろーが!」

 

 怖いものとか強いものが大の苦手な良夜は涙目ながらに激昂する。実は心臓がばっくんばっくん鳴っているのだが、そこを気にしてしまったらなんか負けな気がするのでスルーだ。

 良夜の自転車のライトに照らされ、美女の素顔が露わとなっていく。どこまでも『美女』という二文字が似合ってしまう目の前の女性は、何故か空間の割れ目の上に腰を下ろしている。

 どこまでも非常識で普通に異常な光景なのだが、幻想郷で一年ほど暮らしている良夜にとっては何にも珍しくはない。

 良夜は自転車から降りることなく目の前の女性にジト目を向け、

 

「っつーか(ゆかり)さん、一体俺に何用っすか? またなんか配達の仕事っすか?」

 

「いーえ、今回は別件よ。ちょっと長くなっちゃうけど、構わないかしら?」

 

「どーせ俺の意志は完全無視でしょーが」

 

「まぁねー」

 

 紫、と呼ばれた女性はくるくると手に持っている日傘を回す。太陽が出ているわけでもないのに、紫は日傘をさしている。理由なんてものは良夜には分からないが、そんな何気ない行動が紫の異常性を顕著に表していることだけは理解しているつもりだ。

 幻想郷の創始者――八雲紫(やくもゆかり)

 『境界を操る程度の能力』を持つ最強の妖怪――八雲紫。

 そんな無双な存在が、幻想郷で最弱な良夜に個人的な用がある。ただこれだけのことなのに、なんでこんなにも体の震えが止まらないのだろう。

 「そんなに怖がる必要はありませんわ」紫は優しい声色で言う。だが、その言葉の内に秘められている悍ましいほどにどろどろとした何かが、良夜に根拠のない恐怖を植え付ける。

 幻想郷に来てすでに一年が経過しているが、良夜はこの八雲紫という存在がなによりも恐ろしい。自分の存在を根底から覆してしまうようなこの妖怪が、なによりも恐ろしい。

 今日は家に帰れそーにねーな、と呟きながら良夜は自転車から降り、鍵をかける。良夜の他に貧乏神社の居候ぐらいしか運転することができないのだから鍵なんて必要ないのだが、保険というものは大切だ。もしもということがあるのだから。

 良夜がとった行動から準備完了の意を見て取った紫は妖しく口を歪め、どこまでも高貴に言い放つ。

 

「沙羅良夜くん。貴方、自分の記憶に興味はない?」

 

 その日、幻想郷から二つの存在が失踪した。

 一つは、毎度の如く好き勝手に結界を越えている八雲紫。

 そしてもう一つは、配達屋と呼ばれている沙羅良夜という一人の少年。

 失われた記憶を巡り、ついに物語は動きだす――。

 




 これでやっとプロローグが終了って感じですかね。

 次回から、良夜の記憶を巡って物語が動き出します。

 それでは、また次回。

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