2014壱琉主&木曽井   作:ザコプロ

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第4話

 そしてその一週間後、キャプテンは同じ相手を倒して98位にランクを上げた。勝負の内容は遠投だったらしい。それからも勝っては負け、負けては勝ってを繰り返し、徐々にランクを上げていった。しかしその勢いには目を見張るものがあった。彼は入学して3年かけてようやく24位に辿り着いたらしいが、僅か半年でそれに迫るくらいだった。

 極楽組を抜けてからは私は彼をサポートするようになった。上位ランカーの人に呼ばれたらそっちを優先しなければならないのは変わらなかったが、彼がランクを上げていくのに比例して彼をサポートする時間も長くなっていった。練習後、一緒に帰る日も多くなった。

「あーそのー…こ、コホン! 今日はそんなに悪くない動きだったわ」

「えっ、ホントに? よーし、なんだか力がわいてきたな。がんばるぞー!」

 彼は褒めると面白いくらいに盛り上がった。私と彼はそれくらい話をする仲になり、彼の対決時にはいつも観戦するようになった。対決する時のギャラリーがだんだん増えていくのはまるで自分のことのように嬉しかった。

 そしてついに、24位に到達した。年末のことで、元のランクに戻るまで3か月もかからなかった。

 しかし勢いは未だ止まらなかった。ベンチ入りしてからは、まるで正真正銘のトップになってやると言わんばかりに、一つずつ順位を上げていった。もちろんそれは簡単なことではなかったはずだが、着実に勝ち星を重ねていった。

 1月に入るとついに9位の暮羽くんと激突した。勝敗は一瞬で付いた。初球のインハイ高めのストレートを思いっきり引っ張り、フェンス直撃打となった。

3位風薙くんとの勝負もそれからあまり間を置かずに行われた。こちらの勝負は一回、僅差で風薙くんに軍配が上がったが、後に誰もが納得する得点差を付けてランクが入れ替わった。

 キャプテンの1位雷轟さんへの挑戦が皆の中で噂になっていた。誰もが注目していた。恐らく本人達の耳にも入っていただろう。しかし、その対決はなかなか行われなかった。キャプテンはすぐ2位へ昇格したが、それからは動く気配が見られなかった。149人で全員練習をする日々が続いた。慎重になっているのかな、と私は思った。彼としては一発で昇格を決めたいのかもしれない。そんな性格をしている気がする。

 私は、その対決が早く見たくてたまらなかった。皆も同じ気持ちだったのかもしれない。しかしそれは、絶対的王者と呼ばれていた雷轟さんのランクが落ちるところを見たい、といった興味からだろう。でも私は違った。私は、彼が1位になるところを見たいからだった。彼の努力が形になる瞬間をその場で感じたいからだった。

 一体いつからだったのだろうか。私の中で気になる、というだけのただの興味本位の存在がいつの間にか応援したい存在になっていた。

 いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。野球に対する態度、向上心、不屈の心を思うとそれだけに留まらない気がしてきた。頑張っていて結果を出している人とはまさに彼のことだ。それに、顔も、悪くない。

 これまで私は何人かの人に告白されて、ある程度付き合ったことはあったけれど、ちゃんとした恋人とは思っていなかったし、私から好きになることはほとんどなかった。だから恋愛感情を持っていたとはっきりと認識したことはない。だからこれが、恋愛感情なのかも私には分からなかった。

 でも、もしかしたらそうかもしれない。そう考えると何だか嬉しくも恥ずかしくもなってくる。だったら、そういうことにしておこう。その方がいい。私にとって都合がいい。

 だったら告白しよう。ろくに話を聞いていなかった講義中に私の気持ちは固まった。問題はいつするかだ。

 講義が終わり、休み時間になると私は教室を移動した。確か次のコマは何もなくて、その次の講義では彼と一緒になるはずだった。でも教室にはもう入れるはずだ。髪型だけでも直しておこうかと、変に意識してしまっていると自分で分かっていながらも、私はトイレへ向かった。

 道中、彼に会ったりしないか不安だった。ついさっき恋心に気付いてしまったばかりなのに、突然顔を合わせでもしたらなんて表情をしたらいいか分からない。髪型も余計に不安になってきた。無意識に足速になる。

 しかし、トイレへ入ろうとした時、手前でブレーキが掛かった。待て、と私の中で危険信号が鳴った。

 トイレでは三人ほどが会話をしていた。その中の誰かが「木曽井」と言ったのが聞こえたからだ。聞き覚えのある声だった。中からは見えないような、しかし声が聞こえる位置で立ち止まる。

「あの子さ、くっ付いてる男がいつも変わってることない?」

「分かるー。尻軽尻軽。噂だと、捨てた男のことは名前も忘れるらしいよ」

「マジで? サイテー。ああいうの、計算高いっていうの? 見てて嫌になるんだよね」

「野球部のマネージャーになったのだって、絶対プロ野球選手に取り入るためでしょ。ほら、うちの野球部強いから」

「あー、なるほど。お金目当てね。やりそうやりそう」

 何本ものナイフが私の胸に突き刺さった。吐き気がするくらいに体が重くなった。顔を上げる気力もなくなった。口を固く結んで、振り返ってその場を離れた。

 本当は言ってやりたかった。あの場に殴りこんで本心をぶちまけてやりたかった。私は自分の仕事をより効率的にするために、やるべきことをしているだけだ。野球部のマネージャーになったのは野球が好きだから、野球を頑張っている人をサポートしたいからだ。私がプロ野球選手のお嫁さんになりたいのは本当のことだけれども、それは子供の頃からの憧れで、決してお金目当てなんかではない。

 そう言いたかった。言いたかったけれど、それで何かが解決するとは思えなかった。私一人が言い訳しただけでは何にもならない。冷静にそれだけは判断できた。いや、もしかしたら怖かっただけなのかもしれない。

 ただ一つ、はっきりと思い知らされたことがあった。私は、自分から告白してはいけない。私から告白したら、友達や部員を含め、周りから私が不純な動機で迫ったと思われてしまう。付き合えたとしても、付き合えなかったとしても、彼に迷惑が掛かる。それだけは嫌だった。

 じゃあこの恋はどうすればいい。諦めるしかないのか。次に向かうしかないのか。でもそれって、つまり、同じことの繰り返しになるの。私が好きになっても、動機がやましいから実らせてはいけないの。

 私は、プロ野球選手のお嫁さんになれないの?

 辺りに誰もいないところに来た。天井を仰ぐように顔を上げる。涙がこぼれ落ちないよう、必死で堪えた。


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