2014壱琉主&木曽井   作:ザコプロ

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第2話

 向かった先では三人が待っていた。一人はさっきのメガネくん、もう一人は全く見覚えのない人、そしてもう一人はちょっとかわいい顔をした人だった。

「はい、持ってきたよ」

「ありがとうでやんす。じゃあ有夢ちゃん、タイムよろしくでやんす」

  メガネくんの向こうにいた、かわいい顔をした人と目が合った。

「よろしく」

彼はそう言うとニコリと笑顔を浮かべた。その時、顔だったか、声色だったか、何がきっかけだったのか分からないが、はたと記憶が蘇った。24位から150位に転落したあの人、二軍のキャプテンだとはっきりと分かった。

「あ…!」

「どうしたの?」

「う、ううん。何でもないの」思わず動揺してしまった。不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

「じゃあ早速始めるでやんす」何も気付かないメガネくんがさっさと話を進める。

「ちょっと待って。私、手伝うとか言ってないんだけど」

「そこを何とか、お願いでやんす~」

「そもそも誰が君と対決するの?」

「おいらは対決しないでやんす。対決するのはこの二人でやんす。おいらは応援してるでやんす」

「やあ」

「どーも、137位です」

 メガネくんじゃないんかい。心の中でそう呟く。

 ま、ちょうど見て行こうかなと思っていたところだからいいけど、なんて気持ちがばれないよう、渋々とした表情を作って「分かった」とだけ言った。

「それではベース走対決、スタートでやんす!」

 ちらりと表情を見てみると、それまで穏やかだった彼の表情が一変して険しくなっていた。瞬きをする気配すら見せず、じっと一塁ベースを睨んでいる。何故か、どきりと、鼓動が一つ波打った。

 

 対決はキャプテンの圧勝だった。考えてみれば当然かもしれない。ギリギリだったとはいえ、彼はつい先日までベンチ入りしていたのだから。極楽組とは実力が天と地程もあっただろう。元137位くんは息絶え絶えに茫然とした顔をしていた。彼曰く、最近運動不足だったから負けたらしい。調子悪そうにしていたので早々に帰ってしまった。

「おめでとうでやんすー」

「ありがとう矢部くん!」

 二人はテンション高めにハイタッチを交わしていた。仲良いんだな、と遠目で眺める。

「じゃあおいらは帰るでやんす」

「え、帰っちゃうの? ご飯食べてこうよ」

「今夜のアニメの録画をし忘れていたでやんす。急いで帰らないと間に合わないでやんす」

「でも深夜でしょ? そんな遅くにはならないよ」

「万が一にも失敗は許されないでやんす! ごめんでやんす!」

 よく聞き取れなかったが何やら会話をするとメガネくんはそそくさと帰ってしまった。残された彼は寂しそうに立ち尽くしている。

 私と彼の二人だけになった。

「えーっと…」私は特別何とも思わなかったが、彼は気まずそうな雰囲気を感じ取ったのかもしれない。「よかったら、この後ご飯食べてかない?」

 何を言い出すかと思ったらただのナンパだった。

「何で?」わざと意地悪に言い返す。

「え、何でって…」

「あのメガネくんの替わりっていうなら丁重にお断りするわ」

 本気でショックを受けてしまったらしい。顔が青ざめていくのが簡単に見て取れた。対決で勝った後の表情とは思えない程だった。

「じゃあね、私まだ仕事があるの」

「え、こんな時間まで?」

「マネージャーは大変なの」

「そうだったのか。じゃあ手伝わせてよ」

 迷いなく真っ先にそう言い出してきた。ナンパ発言の後だったこともあって、下心が見え透いているようにも見えた。

「いいわよそんな」

「いやいや。対決の手伝いしてくれたからさ、そのお返しだよ」

「えー…」

 ちょっと面倒臭くなってきた。思いの外食い下がってきた。何か逃げ道はないかとキョロキョロ視線を泳がす。

 すぐに、あ、そうだ、と思いついた。

「手伝いよりも先にすることがあるでしょ?」

 少し厳しめの口調で言った。彼の頭上に“?”マークが浮かぶ。

「全力で走ったんだからストレッチを入念にして、あとはグラウンドもならさなきゃダメでしょ」

「う…そ、そうでした」

 彼の顔がまた青ざめていった。

「やること全部やって、まだ私が仕事してたら、手伝ってくれる?」

「わ、分かった!」

 今度は彼の顔が明るくなった。とても素直だ。一言何か言う度に表情が180度変わって面白い。

「よーし、全力でストレッチして全力で片付けるぞー!」

 メガネくんばりのハイテンションでそう叫ぶと彼は大げさなストレッチを始めた。静かな夜に声が響き渡る。メガネくんの時よりもより近くにいたせいか、余計に恥ずかしくなった。

 じゃあね、とだけ言い残して私はその場から離れた。

 

 部室に戻ると真っ先に山積みのボールが目に映った。当然のことながら出掛ける前から量は減っていない。嫌な現実だと気分が重くなる。

 椅子に座るとボールを一つ手に取った。そして、物思いにふける。

 不思議と、先程までのやり取りが鮮明に記憶に残っていた。彼の印象は、ナンパ以外は、それ程悪いものではなかった。特に対決前に見せた険しい表情が思い出された。野球に対して真摯な、まるでレギュラー陣を見ているかのような表情だったように思えた。極楽組でそんな人はこれまで見たことがない。さすが、短い期間、しかもギリギリだったとはいえ、ベンチ入りしていただけのことはある。

 おめでとう、くらい言ってあげればよかったかな。

 あの…あの……。

「名前、何て言ったっけ?」

 肝心の名前が思い出せなかった。せっかくだから聞いておけばよかった。もうキャプテンでいいか。

 この日、結局先に私が帰ってしまい、彼と会うことはなかった。


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