2014壱琉主&木曽井   作:ザコプロ

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第1話

 嫌な性格をしていると思われているだろうな、という自覚はあった。下位ランカーの名前を忘れてしまうなんて話を聞いたら誰だってそう思うだろう。

 私だって忘れたくて忘れている訳ではない。忘れてしまった人にはそれなりに申し訳ないと思っている。マネージャー失格と言われても仕方ないのかもしれない。

でも、私なりの言い分はちゃんとある。壱琉大学野球部の部員は150人もいる。そして、一人一人に決められたランクは日に日にころころ替わってしまう。私はこれを常日頃から把握してないといけない。サポートは上位ランカーを優先にしなければならないから、順位を間違えたりするわけにはいかない。仕事を効率化させるためには下位ランカーのことは考えてはいられないし、そもそも100位以下の通称“極楽組”と呼ばれる人達のやる気のなさまで来るとする気も起きない。一方でベンチ入りしている24位以上の人達は細かいデータまできちんと記録しないといけないから、やることが大幅に増える。そうこうしている内にいつしか扱い方が極端になってしまった、というだけのことだ。

―――それだけじゃない。私にだって夢がある。そのための勉強も毎日欠かさず続けないといけない。これは言い訳になっちゃうかな。

 とにかく、私はそうして“名前を忘れてしまう自分”のことを仕方ないと正当化させた。もうこの性分を直そうとは思っていない。仕事に影響を出さないためにも無理をする必要はない。私は、頑張っていて、結果を出している人だけをサポートすればいい。

 ただ陰口を言われるとやっぱり落ち込む。周りの目は気にしないと決めたつもりでも、どうしても気にしてしまう時はある。

「はぁ…」

 大量に積まれたボールを見てまた気分が悪くなった。さっさと帰ろうとした矢先に仕事を押し付けられてしまった。これを全部磨き終えるまでは帰れない。他のマネージャーは何をしているのだろう、もしかしたら先に皆帰ってしまったのかもしれない。全体の練習はもう既に終わっている。

はっきり言ってついてない。手を動かしながらため息をついた。こういう時は別のことを考えるに限る。

 真っ先に思い浮かんだのは今年のレギュラー陣のことだった。ランキング最上位の雷轟さん、暮羽くん、風薙くんを中心に個のレベルはとても高い。シングルナンバーがプロへの登竜門と言われるだけのことはある。きっとこういう人達がプロ野球界を引っ張っていくのだろう、と考えると楽しみになってくる。

 その他の人も、多少の変動はあれど、おおよそのランクは固まってはいる。あの人はリリースのタイミングがまだうまくない、あの人はゴロ捌きがとてもうまい、あの人はアウトコースを見極められればもっと化ける。

「そういえば…」

 いろいろな人の顔を思い浮かべていると、ふと、ある人物のことが頭をよぎった。つい最近までベンチ入りをしていたが、秋大会で監督の怒りを買って最下位に転落した彼のことだ。

「誰だっけ?」

 また名前を忘れてしまった。顔もあやふやだ。ちょっとかわいい顔をしていた気がする。でもそれ以上は思い出せなくて、もやもやする。さすがの私でも24位から150位への転落はインパクトが強すぎて、しばらくは覚えていたはずだったが、もう思い出せなくなっていた。確か今は二軍のキャプテンをしているはずだったけれど。

 ま、この話はもういいか。それより今晩の献立のことを考えよう。そういえば作り置きしておいたカレーがそろそろ尽きる頃だった。今日はパスタの気分かな。でもご飯は炊いといた方がいいかもしれない。

 ふらふらと視線が泳がせたが、見慣れ過ぎた部室のどこを見ても考えるネタは見つからなかった。途端に暇になる。

 外でやろうかな。ふいにそんなことを思い付いた。手に持っていたボールを別のものと交換し、ドアを開けた。ひんやりとした夜風が肌をさすった。季節の変わり目を感じさせるような冷たさだった。

 グラウンドではまだ数名の部員が自主練をしていた。ボールを弾く音が遠くまで響き渡る。やはり練習風景は見ていていいものだと思った。ちょっと寒かったけれど、パーカーの袖を伸ばせばちょうどいい涼しさになった。

ボール磨きを忘れて、思いっきり体を伸ばした。少しだけ気分が良くなった。

「あ、有夢ちゃん~、木曽井有夢ちゃん~でやんす~」

 間の抜けた声が聞こえた。また少し気分が悪くなった。

 誰かと思ったらうちのユニフォームを着たメガネくんが私のところに駆け寄ってきた。顔も名前も思い出せないから恐らく極楽組の人だろう。

「キミ、誰?」

「酷いでやんす!」オーバーリアクションが辺りに響いてこっちが恥ずかしくなる。

「あれだけ話したことがあるのに…やっぱりショックでやんす」

「あー、はいはい。で、何の用かな?」

「そうだったでやんす。ちょっとストップウォッチを探してるでやんすが…二つほど」

「ストップウォッチ?」

「大至急でやんす! これから対決するんでやんす」

 対決、ということはまたランクが入れ替わるのか。今日のタイミングでその話は少し気が重くなった。でも所詮、極楽組の人のランクが替わったところで私には関係ないのかもしれない。

「分かった。持ってくる」言ってから、しまったと思った。うっかり極楽組の頼みを聞いてしまった。

「ありがとうでやんす~。あっちまでお願いでやんす!」

「あ、ちょっと待…」

 言い終わる前にメガネくんは極楽組とは思えない速さで走って行ってしまった。

さすがにこれで持っていかないのは酷過ぎると思った。仕方なしに私は部室に戻った。 ついでに対決でも見て行こうか、と思いながら。


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