桜舞う星   作:サマエル

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見えない友情

「刹那に続いて羅刹も破れたか………。死天王も不甲斐ない」

 

露骨に失望の色を顔に浮かべ、天海が言った。

数か月前までは政府転覆を旗印に勢いづいてきた黒之巣会も、今や二人の四天王が倒れ、予定していた計画にも大きな狂いが生じつつあった。

理由はただ一つ。

今や宿敵と変わりつつある、帝国華撃団の存在である。

 

「事を急いだ方が良い。行け、ミロク、叉丹!」

 

「ハッ!」

 

「………」

 

かつてない危機的状況に、反射的にいつもの妖艶な薄笑いを捨て、鋭い声で返事を返すミロク。

一方、又丹は逆に含んだ笑みの沈黙をもって返す。

その仮面の笑みの真意を、天海はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やいやいやいやい!古今東西の悪党ども!この三蔵法師の一番弟子、孫悟空に逆らうたぁ、いい度胸だ!まとめて地獄に送ってやるから、覚悟しろい!」

 

舞台の上でカンナが棒を振り回しつつ叫ぶ。

これは花組の芝居、「西遊記」の山場で、カンナ扮する孫悟空が、すみれ扮する妖怪の首領の楊貴婦人に挑む場面だ。

 

「ハッ!こざかしい。この楊貴婦人が返り討ちにしてくれるわ!」

 

客の視線を存分に感じながら演技をするすみれ。

しかし、ここで思わぬ事態が発生した。

すみれが練習と違う方向に踏み出し、カンナがすみれの裾を踏み付けてしまったのだ。

 

「あっ………!」

 

気づいた時には遅かった。

 

「ひえええ………!」

 

すみれは顔面から舞台にダイブしてしまう。

途端に舞台の空気は壊れ、客の意識は現実に引き戻されてしまった。

 

「………何なさるの!ちゃんとお芝居して下さらない事!?」

 

「何だと!?お前こそちゃんとやれよ!この腐れババァ!!」

 

自分の失敗を棚に上げて怒鳴るすみれに、カンナが言い返す。

すると、すみれの中で何かがキレた。

 

「なんですって!この馬鹿猿!マヌケ!許しませんわ!!」

 

「おーおー上等だ!掛かって来い!!」

 

息を呑む山場は、一瞬にして爆笑に包まれる修羅場と化した。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、とんだ公演になってしまったな………」

 

話を聞いて楽屋に来た大神は、ため息をつくしかなかった。

余程激しくやり合ったのか、衣裳は破れ、どちらの顔にも引っ掻き傷や青タンが痛々しく残っている。

 

「これだけやって舞台が無事だったんですから、まだいいですよ」

 

秀介がそう言うと、さくらが大神に頼み込んだ。

 

「何とかして下さい、大神さん。一触即発って感じなんです」

 

「し、しかし簡単には収まらないぞ………」

 

すみれとカンナは、犬猿の仲と言われる程ケンカが絶えなかった。

顔を合わせる度にすみれが憎まれ口を叩いてカンナが突っ掛かり、最後はいつもこうなるのだ。

 

「あ、あの………二人とも仲直りを………」

 

「少尉には関係ございませんわ!」

 

「気が立ってるんだ!話し掛けないでくれ」

 

「は、はい………」

 

仲直りさせようと話し掛ける大神だったが、軽く一蹴されてしまう。

それどころか、再び二人は言い合いを始めてしまった。

 

「全く、このゴリラ女のせいで大恥をかいてしまいましたわ!」

 

「何だと!元はと言えばお前が立ち位置しくじるからだろうが!」

 

「なんですって!人の裾を踏んでおいて何をおっしゃるの!」

 

「お前こそ、裾踏まれてコケるの何回目だ?よっぽど顔面着地が好きみてぇだな!?」

 

「言いましたわねゴリラ女!」

 

「やるかサボテン女!」

 

「いい加減にしなさい!」

 

すると、そこへようやくマリアが止めに入った。

 

「こんな所で騒いで何になるの!?隊長からも言って下さい」

 

そう言うマリアだが、大神はさっきの二人のトラウマが残り、ろくすっぽ言える状態ではなかった。

 

「あ、あの二人とも………、ケンカは止めような」

 

「何やそれ、そんなんアイリスかて言えるわ」

 

紅蘭が呆れ顔で言った。

 

「ところでマリアさん、何かあったんですか?」

 

秀介が尋ねると、マリアはため息をついて答えた。

 

「実は、米田支配人から伝言があったの。至急作戦司令室に来るようにとの事よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。あやめくん、始めてくれ」

 

全員が揃った事を確認し、米田があやめに言った。

 

「実は、今回深川の廃墟の近辺で魔装機兵らしき影の目撃情報が入ったの」

 

「深川に?」

 

大神が聞き返すと、米田が口を開いた。

 

「そうだ。そこで深川の廃墟を調査し、黒之巣会について有益な情報がないか、確かめるんだ」

 

「あわよくば、黒之巣会の行動目的を突き止められるかも………ですね?」

 

「その通りだ。さすがは秀介だな」

 

そう笑うと、米田は話を戻した。

 

「そこで調査なんだが、情報の前に敵に見つかるのは避けたい。そのため、四人の小隊を結成し、任務に当たって貰いたい」

 

「で、そのメンバーは?」

 

マリアが尋ねると、米田は一瞬目を閉じ考える様子を見せる。

そして、目を開くと同時に答えた。

 

「今回調査に向かうのは大神、秀介、すみれ、カンナだ」

 

刹那、作戦司令室の二カ所から同時に声が上がった。

 

「何ですって?」

 

「あたいと、すみれ!?」

 

「了解しました!大神一郎、御剣秀介、神崎すみれ、桐島カンナ、以上四名、深川調査に向かいます」

 

作戦司令室でまで揉め事は勘弁してほしい。

大神は先立って復唱する事で、二人の反対を不可能にした。

 

「よし、いい返事だ。それじゃあ調査は明日だ。準備を整えておいてくれ」

 

大神の適切な判断を褒めつつ、米田は幾分穏やかに言った。

反面、強引に決められたメンバーに、すみれはあからさまに不満を見せた。

 

「………仕方ありませんわね。よろしくてよ」

 

「………」

 

「カンナ………!」

 

終始カンナに冷たい視線を送っている事から、明らかにカンナに対しての不満である事は間違いない。

カンナもそれに気づいて無言ですみれを睨み返すが、先にマリアが小声でたしなめた。

 

「………わかってるさ。さすがに司令室でまで、見苦しい事はしねぇよ」

 

カンナもマリアの気持ちを察し、我慢する。

すると、米田がその場を締めくくった。

 

「よし、それじゃあ解散だ。四人とも、しっかりな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「秀介さん、いますか?」

 

その夜、部屋に突然さくらが訪ねて来た。

 

「は、はい。どうぞ」

 

突然の訪問に驚きつつ、さくらを中に入れる秀介。

すると、さくらは部屋を見渡して言った。

 

「わぁ、綺麗な部屋ですね」

 

「え、ええ、まあ………」

 

「いつも掃除してるんですか?」

 

「はい、それなりに………」

 

やや緊張してはいるが、何とか返事を返す秀介。

そんな秀介の事は露知らず、さくらは秀介とテーブルを挟んで座り、話し始めた。

 

「実は、すみれさんとカンナさんの事なんですけど………」

 

「………さくらさんも、心配ですか?」

 

やっぱりという表情で尋ねる秀介にさくらは力なく頷いた。

 

「今回の深川調査、何で支配人は二人を一緒にしたんでしょう?」

 

たしかに、それは謎だった。

すみれとカンナが犬猿の仲である事は、帝撃の人間なら誰でも知っている。

当然、米田もあやめもよくわかっているはずだ。

 

「あの二人、気乗りしてないみたいだし………、もしケンカにでもなったら、敵に見つかるかも知れないのに………」

 

さくらの言う事は最もだった。

今回の任務は調査である。従って戦闘状態に入らない限り、光武は使えない。

そんな状態で脇侍に出くわせばどうなるか………。

考える間でもなかった。

 

「たしかに、司令は敢えて二人を小隊に含めたと考えるべきですね」

 

「でも、どうして?」

 

「仲良くさせるため………ですか?」

 

やや考えにくいが、思い当たる節はそれしかない。

それは、さくらも同じだった。

 

「あたしも同じ事を考えてました。やっぱり支配人も、二人が気掛かりなんですね」

 

「そりゃ気になりますよ。毎日ケンカですから」

 

その言葉に、二人は思わず笑った。

 

「にしてもさくらさん、今夜はどうして僕の部屋に?」

 

実際のところハッキリしないため尋ねてみると、さくらは一瞬ハッとしたのち、モジモジし始めた。

 

「………」

 

「あの………さくらさん?」

 

急に黙り込んださくらに戸惑いつつ尋ねる秀介。

すると、さくらは予期せぬ行動にでた。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

勢いよく立ち上がって頭を下げると、さくらは部屋を飛び出して行ってしまった。

 

「な………、何だったんですか?」

 

秀介は、ただそう呟くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハァ……ハァ……」

 

逃げるようにして部屋に戻って来たさくらは、胸を押さえてその高鳴りを確かめた。

 

「秀介さん………」

 

理由はなかった。

ただ、秀介と二人で話がしたい。

純粋に、そう思った。

 

「(何で………?あたしが好きなのは大神さんなのに………。)」

 

あの写真を見た時から、自分は大神が好きと、さくらは信じて疑わなかった。

だが、いつからだろう。

秀介の事を考えると、違う意味で胸がときめいた。

どこか苦しくて、切なかった。

 

「秀介さん………」

 

もう一度名前を声に出してみる。

しかし、胸の切なさは変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、深川調査隊はロビーに勢揃いしていた。

「よし、それじゃあ出発だ。二人とも派手なケンカはなしにしてくれよ?」

 

「ああ、分かってるよ」

 

「あ~、気が乗りませんわ」

 

「本当に大丈夫なんですかね………」

 

最悪の状態で。

いがみ合う二人の後ろで、大神は胃の心配をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深川の廃墟。

それは、フランスをモデルにした古い洋館だった。

既に家主はなく、数年前に幽霊騒ぎがあって以来、人が寄り付かなくなったらしい。

 

「なるほど、悪巧みにはもってこいの場所ですね」

 

大神の言葉に秀介が頷く。

すると、カンナがふと大神に尋ねた。

 

「へっ、面白れぇ。隊長、まさか怖いたぁ言わねえよな?」

 

「もちろんさ。幽霊に負けていたら帝国華撃団の隊長は勤まらないよ」

 

「さすがはあたい達の隊長だぜ。………で、そこのお嬢さんは大丈夫なのか?」

 

「何ですって!?私に苦手なものなどありませんわ!そういうカンナさんこそ、帰るなら今の内ですわよ?」

 

「あたいだって平気だ!余計な心配するな!」

 

いつものように言い合うが、よく聞けば互いに心配しているように聞こえなくもない。

大神と秀介は、顔を見合わせて微笑んだ。

 

「とにかく隊長、あたいに任しときな!幽霊だろうが脇侍だろうが、このあたいがぶっ飛ばして………!」

 

そう言ってカンナが一歩踏み出した時、突然カンナの姿が掻き消えた。

 

「なっ………!?」

 

「カ、カンナさん!?」

 

異口同音の驚きの声が上がる。

すると、下からカンナの声が聞こえて来た。

 

「痛てて……、床踏み抜いちまったぜ」

 

「カンナ、大丈夫か?」

 

心配しながらカンナを引っ張り上げる大神。

すると、秀介がふと思い出したようにすみれを見た。

 

「しかし、今のはすみれさんも心配だったんですね」

 

「えっ!?あ………こ、これは………、その………」

 

秀介に痛い所を突かれ、珍しく慌てるすみれ。

しかし、すぐにいつもの調子に戻って笑いはじめた。

 

「お~っほっほっほ!秀介さんたら何をおっしゃるやら」

 

「違うんですか?」

 

秀介が尋ねると、すみれは甲高い笑い声を上げた。

 

「私は今の衝撃で屋敷が壊れないか、心配したのですわ。カンナさんのバカ力は人間じゃございませんものね」

 

すると、今の一言でついにカンナがキレた。

 

「何だとぉ!?くそっ、もう我慢ならねぇ……」

 

「お、おいカンナ!何処へ行くんだ!?」

 

「もうお前の顔なんか見たくねぇ!幽霊の方がまだマシだ!」

 

一人で奥に進もうとするカンナを大神が止める。

しかし、カンナは聞かなかった。

 

「あたいはこっちの左の扉から行くからな!絶対について来るなよ!」

 

言うや、カンナは左の扉を開いて行ってしまった。

すると、すみれを鼻を鳴らす。

 

「それなら私は右ですわ。これでスッキリ解決ですわ!」

 

そう言ってすみれも、右の扉に消えてしまった。

残された大神と秀介だったが、ややあって秀介が尋ねた。

 

「どうします、隊長?」

 

「そうだな………、とりあえず二手に別れよう」

 

恐らく今の二人に幾ら説得しても無駄だろうが、さすがにこんな場所を一人で歩かせるのは危険だ。

それに二人一組なら、有事の際に対処がしやすい。

士官学校首席の名は、伊達ではなかった。

 

「俺はすみれくんの方に行く。秀介はカンナを頼んだぞ」

 

「了解です!」

 

早速左右の扉から奥に消える二人。

しかし、その一部始終を見ていた影の存在に気づいた者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「くそっ!あのサボテン女、冗談じゃねぇ!」

 

秀介がカンナを見つけたのは、左の扉からさほど遠くない食堂だった。

かつては毎日家庭を賑わせたであろうテーブルは脚がボロボロになり、テーブルクロスは埃を被っている。

 

「カンナさん、こちらでしたか?」

 

秀介が声をかけると、カンナは壁を殴るのをやめて、振り返った。

 

「秀介。あれ、隊長は一緒じゃねぇのか?」

 

「実はあの後、すみれさんも右の扉から行ってしまって。隊長が説得している間に二人で調査を進めるように言われて来たんです」

 

秀介は敢えて、すみれが悪いような言い方をした。

最初に怒ってチームワークを乱したのはカンナだが、今それを指摘するべきではない。

今は、少しでもカンナにやる気を取り戻して貰う事が先決だった。

 

「そうか………、あいつ隊長にまで迷惑かけてんのか」

 

カンナはやれやれといった表情を浮かべた。

 

「カンナさん、そういう訳ですから………」

 

「分かってるって。隊長はすみれで手一杯だろうし、あたい達が頑張らないとな!」

 

どうやら秀介の狙い通りやる気になってくれたらしい。

握り拳で応えるカンナに笑顔を返しつつ、秀介は心の中ですみれに両手を合わせた。

 

 

 

 

 

 

「全くあのゴリラ女、考える事も動物並なんですから………!」

 

一方、すみれは右の扉から続く居間で、ブツブツとカンナに対する愚痴をこぼしていた。

 

「すみれくん………」

 

「あら少尉、ちょうど良かったですわ」

 

大神に気づくと、すみれは今度は大神に愚痴をぶちまけた。

 

「少尉、先程のカンナさんどう思います?人騒がせも甚だしいですわ!」

 

「………たしかに、ヘソを曲げて勝手な行動を取るのは良くないな」

 

「ええ、その通りですわ!さすがは少尉。普段は冴えなくとも、きちんと状況を判断しているのですわね」

 

「ハハハ………」

 

褒められたのか馬鹿にされたのかよく分からない言葉に、とりあえず苦笑いで返す大神。

すると、すみれがある事に気づいた。

 

「ところで少尉、秀介さんの姿が見えませんけど………」

 

「ああ、秀介ならカンナの説得に行っているよ」

 

大神が応えると、すみれはやれやれとため息をついた。

 

「全くカンナさんは………。秀介さんもいい迷惑ですわ」

 

「仕方ないさ。あのまま一人にするのは危険だし」

 

「たしかに、あの怒り様ではウサ晴らしに脇侍を襲ってしまいかねませんわね」

 

「ああ。だから、すみれくん。とりあえず俺達は先に………」

 

「そうですわね。さっさと調査を済ませてカンナさんを回収しませんと、秀介さんが大変ですわ」

 

打ち合わせ通りにすみれをやる気にさせ、大神は心の中で一息ついた。

調査隊は見事に真っ二つになってしまったが、空中分解という最悪の事態は避けられた。

とりあえずは調査続行が可能になったと言えるだろう。

そんな事を思った時、ふとすみれが何かに気づいたように表情を厳しくした。

 

「すみれくん、どうしたんだい?」

 

大神が尋ねると、すみれは視線を奥の廊下に向けたまま答えた。

 

「少尉、あの廊下の奥から脇侍とは違う霊力を感じますわ」

 

「本当かい?」

 

霊力を持つ人間は、その高さに応じて様々な能力が付与されている。

アイリスが念力やテレポートが出来るのもそのためだ。

すみれもまた、アイリス程ではないが霊力による追加能力があった。

それが、ほかの霊力や妖気を感じ取る探知能力である。

これもアイリスの方が優れているのだが、10歳ではそれを上手く表現出来ないため、事実上すみれが最も優れた探知能力を持つ事になる。

大神は気づいていないが、米田が調査隊にすみれを加えた本当の理由はそれである。

 

「もしかすると幽霊騒ぎの真相の手がかりかも知れませんわ。少尉、参りますわよ!」

 

「す、すみれく~ん!…………んっ!?」

 

慌ててすみれを追いかけようとした時、大神はふと背後からの視線を感じ、振り返った。

しかし、そこには暖炉とその上の小さな小物入れしかなかった。

 

「気のせいかな………?お~い、すみれく~ん!」

 

気味が悪くなった大神は、すみれを追いかけて居間を後にした。

 

 

 

 

「それにしても、本当に不気味な所だな。いかにも何かいるって感じだぜ………」

 

食堂から続く廊下を進みつつ、カンナが呟くように言った。

たしかに夏だというのに、廃墟の中は時折身を切るような冷たさを感じさせる。

まるで、夏の暑い空気すら入る事を恐れるような何かが、この奥にはあるんじゃないか。

そう感じさせる何かが、この廃墟にはあった。

 

「…………!」

 

その時、秀介は先程の食堂からただならぬ妖気を感じ取った。

 

「どうした、秀介?」

 

「何やら妖気を感じます………」

 

尋ねるカンナにそう答えると、カンナも食堂から殺気にも似た気配を感じたらしく、食堂に目を向けた。

黒之巣会か………、

または廃墟の霊力の主か………。

相手に気づかれないように慎重にもと来た道を戻る二人。

 

「………目撃情報は正しかったようですね」

 

先に口を開いたのは秀介だった。

 

「いきなりかよ。こっちはまだ何も調査できてねぇってのに………」

 

嫌なものに出くわしたという表情でカンナが答えた。

食堂は、無数の脇侍で溢れかえっていた。

建物内部のためか、普段戦って来た脇侍とは少しサイズが小さいが、それでも生身の人間には十分過ぎる程脅威である。

 

「どうする?隊長を待つか、それとも………」

 

そう秀介に問い掛けつつ、カンナは拳を握り締めた。

カンナは花組の中でも、マリアの次に戦いに慣れた人物で、その腕前は父の仇を組織ごと潰した程である。

肉弾戦においては、カンナは花組最強の存在だった。

故にもし黒之巣会と相対した場合、その場を凌げる可能性が最も高い。

米田がカンナを調査隊に選んだ本当の理由は、それである。

その事は、秀介も十分承知していた。

 

「相手は多いですが………、二人でかかればやれます」

 

「よし!そうこなくちゃな!」

 

拳をパキポキと鳴らすカンナ。

その表情を一瞥し、秀介はブレスレットからスパークソードを召喚した。

 

「お、何だいそりゃ?」

 

初めてスパークソードを見るカンナが尋ねると、秀介はニヤリと笑って答えた。

 

「貴女の拳のようなものです。………行きますよ!」

 

「おう!」

 

そして、二人は一気に食堂へなだれ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「少尉、感じませんか?何やら誰かがこちらを見つめるような視線を………」

 

居間から続く廊下を中程まで進んだ所で、すみれが大神に問い掛けた。

 

「俺も感じた。やはり俺達のほかに誰かいるのだろうか?」

 

大神も先程居間で感じた視線を思い出して答える。

すみれは目を閉じ、意識を集中させた。

 

「………、見つけましたわ!一番奥の部屋から、強い霊力を感じますわ!」

 

「一番奥だね?よし、行って見よう!」

 

二人は一番奥の部屋に乗り込んだ。

 

「あれ………?」

 

「誰も………いませんわね………」

 

そこは大きな鏡が向かい合って二つ置いてあるだけの、質素な部屋だった。

人影は無く、隠れる場所もない。

すると、すみれがハッと何かに気づいた。

 

「少尉、先程の霊力………今度は左の方から感じますわよ!」

 

「左は手前の部屋だ。という事は………、俺達に気づいて移動したのか?」

 

「ともかく少尉!私達も手前の部屋に参りますわよ!」

 

言うが早いか、すみれは鏡の部屋を飛び出した。

 

「す、すみれく~ん!」

 

大神は慌ててすみれを追いかけた。

しかし………、

 

「………いませんわね」

 

「………」

 

手前の部屋は鏡の代わりに二つの柱時計を向かい合わせた部屋だった。

しかし、やはり霊力の正体と言えるものはない。

 

「どう思われます、少尉?たしかに近くには感じるんですが………」

 

いつになく真剣な様子のすみれが、嘘を言うとは思えない。

となれば………。

 

「もしかして、部屋の間に何かあるんじゃないか?」

 

大神が考えを述べると、すみれはピンと閃くものを感じた。

 

「なるほど、これで謎は解けましたわ!」

 

「本当かい、すみれくん!」

 

驚きの表情を見せる大神に、すみれは勝ち誇った様子で答えた。

 

「ついてらっしゃいませ少尉。この神崎すみれが、華麗なる名推理を披露いたしますわ!!」

 

 

 

 

 

 

廃墟の食堂は、沈黙から一転して激しい乱闘の騒音に包まれた。

無数の脇侍に、秀介とカンナは生身で挑み掛かったのだ。

それに気づいた脇侍達も、獲物を見つけて一斉に襲い掛かって来た。

 

「てえぇっ!」

 

秀介のスパークソードが一閃し、目の前の脇侍を真っ二つに切り裂いた。

 

「おらぁっ!」

 

カンナも自慢の拳を叩き込み、脇侍の頭部を吹き飛ばす。

しかし、脇侍は次から次へと現れ、キリがなかった。

 

「畜生っ、何て数だ!」

 

悪態をつくカンナ。

その時、秀介が叫んだ。

 

「カンナさん、伏せて下さい!」

 

言われるままにテーブルの下に屈むカンナ。

すると、秀介はテーブルに片手で逆立ちした。

 

「喰らえぇっ!」

 

秀介は逆立ちした片手を軸に身体をコマのように回転させ、スパークソードで脇侍を一気に切り付けた。

ほとんどが一瞬で真っ二つにされ、床に崩れ落ちる。

 

「おおっ、やるじゃねぇか秀介!」

 

一部始終を見ていたカンナが称賛を送るが、秀介は厳しい表情のまま答えた。

 

「いえ、まだです!」

 

見ると、奥の方からぞろぞろと脇侍が現れはじめた。

 

「このままでは危険です。奥の部屋に立て篭もりましょう!」

 

「たしかに、それしかねぇよな………!」

 

このままでは数に押し切られてやられる。

そう考えた二人は、ひとまず奥の部屋に逃げ込む事にした。

ところが廊下に出た途端、二人の足が止まった。

いや、止まらざるを得なかった。

なぜなら、廊下は別の脇侍で埋め尽くされていたからである。

 

「嘘だろ………、挟み撃ちかよ」

 

「迷っている暇はありません。一気に奥の部屋に突っ切りましょう!」

 

「よし、行くぜ!秀介!!」

 

廊下の脇侍達が二人に迫る中、二人は奥の部屋を目指して脇侍の群れに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

「少尉、よくご覧になって。この廊下に位置する二つの扉………。何か変だと思いません事?」

 

すみれに言われて、大神は改めて二つの扉を見た。

扉そのものに仕掛けはない。

しかし、大神も気づく事があった。

 

「そういえば………、扉の間隔がかなり開いているな」

 

先程入った鏡の部屋も時計の部屋も、どちらも比較的小さな部屋だった。

それにしては、二つの扉はかなり離れている。

まるで、一つ部屋を飛ばしているかのように。

 

「ま、まさか………」

 

「そうですわ!不自然な程開いた扉。恐らくこの二つの部屋の間には、もうひとつ部屋が存在するのですわ!」

 

すみれの感じた霊力の主。

それが中央の隠し部屋にいると考えれば、遭遇できないのも納得がいく。

 

「さて、ここで隠し部屋の入口ですけど………」

 

「鏡の部屋じゃないかな?あの鏡の奥が気になるんだ」

 

「なるほど。では参りましょうか」

 

大神の提案で、二人は鏡の部屋に向かった。

 

「さっきは鏡に気を取られて気づかなかったが………ほら」

 

大神が片方の鏡をどかすと、奥の壁に区切りが見えた。

ちょうど大人一人が通れる程の大きさで、いかにも隠し扉である。

しかし、それだけで通してくれる程、相手も甘くはなかった。

 

「少尉、この穴、ひょっとして鍵穴ではございません事?」

 

すみれが隠し扉の一箇所を指差して尋ねた。

ちょうど大神の手の高さに、指一本分の小さな穴が空いている。

 

「そうか。やはり隠し部屋に入るには鍵が必要なのか」

 

顎に手を当て考え込む大神。

すると、大神はピンと閃くものを感じた。

 

「待てよ?確か時計の部屋の時計も向かい合わせだったな」

 

「たしかに………、普通は同じ部屋に二つも時計を置いたりしませんものね」

 

向かい合った鏡と時計………。

偶然にしてはあまりに規則的だ。

 

「もしかすると、時計の部屋に鍵の手がかりがあるかも知れない。行って見よう、すみれくん」

 

「たしかに、隠し部屋なら別の場所に鍵を隠すでしょうからね。では、参りましょうか」

 

 

 

 

 

 

「……ハァ……ハァ……」

 

無数の脇侍の攻撃を逃れ、カンナと秀介はどうにか奥の部屋に逃げ込む事が出来た。

これで少しの間は時間を稼ぐ事が出来るだろう。

 

「大丈夫か、秀介?」

 

「このくらい………平気ですよ………」

 

心配そうなカンナに、秀介はあくまで平静を装ったが、状態は決して良くなかった。

スパークソードはブレスレットを媒体に光の剣を召喚する技だ。

故に見た目以上にエネルギーを消費する。

ウルトラマンの状態ならば大した事はないのだが、人間体ではエネルギーに大きな制限がかかるため、スパークソードでもかなり厳しいのだ。

しかし、それをカンナに打ち明ける訳にもいかず、秀介はごまかすしか方法がなかった。

 

「………」

 

「………カンナさん?」

 

急に黙り込んだカンナを不思議に思い、秀介が声をかける。

その時、秀介は前の方から視線を感じた。

 

「!?」

 

見るとうっすらではあるが、一人の少女が淋しげな表情で何かを語りかけてきた。

 

「ああ、そうか。悪かったな、騒がせちまって………」

 

カンナには少女の声が聞こえたらしく、返事を返す。

すると、少女は消え、視線も感じなくなった。

 

「カンナさん、あの娘は………?」

 

秀介が尋ねると、カンナは静かな口調で言った。

 

「………あの娘な、ずっと前から父親が帰ってくるのを待ってるらしいんだ」

 

「父親を………?」

 

「ああ、何でもお化けを封印してるんだとよ。………かわいそうだよな」

 

カンナの口から語られる言葉に、秀介は応える事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

二つの柱時計が向かい合わせに立っている時計の部屋。

隠し部屋の扉を開く鍵を探して、大神とすみれは再びこの部屋に来た。

 

「もう誰も、ゼンマイを巻いたりしませんのね………」

 

悲しげに呟くすみれをよそに、柱時計の片方を調べる大神。

すると、意外な事がわかった。

 

「あれ?この時計………、針が固定している」

 

「ハァ?それでは意味がないではありませんの」

 

大神の言う通り、左側の柱時計は針が4時に固定されていた。

 

「………待てよ?」

 

ふと何かに気づいた大神は、今度は右の時計を調べはじめた。

 

「やはりそうか。右側の時計は針が動く。きっとこの針を調節すれば、何かが起こる仕掛けだ」

 

「確かに。で、何時に合わせますの?」

 

「………、8時に合わせて見よう」

 

「なるほど、合わせ鏡ですわね!」

 

二つの柱時計は、まるで鏡に写したようにそっくりだ。

ならば、4時を鏡に写した8時に針を合わせれば何かが起こるんじゃないか。

大神のこの予想は、見事に的中した。

 

「少尉、鍵が出てきましたわ」

 

恐らくかなり好条件で保管されていたのだろう。

鍵は未だに銀色の輝きを放っていた。

………が、

 

「………上手くはまらない?」

 

意気揚々と鏡の部屋に戻った二人だったが、どういう訳か鍵が合わないのだ。

状況からみて、鍵はこれで正しいはずなのに。

 

「少尉………、もしかするともうひとつ、鍵を開けるのに必要な何かがあるのかも知れませんわ」

 

「たしかに………」

 

鍵は鍵穴より小さいだけで、入らない訳ではない。

という事は、すみれの言う通りもうひとつ、鍵と合わせて使う何かがあると言う事になる。

しかし、鏡の部屋も時計の部屋も十分に調べた。

ほかに調べる場所などあるだろうか………。

そう考えた時、大神の耳に何処からか音楽が聞こえて来た。

 

「この音………、オルゴールか?」

 

「少尉、居間の方からですわ」

 

「よし、行って見よう」

 

 

 

 

 

 

「なるほど………、シリンダーが鍵になっていたのか」

 

大神が聞いた音楽の正体は、居間の暖炉の上にあったオルゴールだった。

外見は小物入れだが、中はきちんとシリンダーが入っていて、何らかの拍子に音が鳴り出したのである。

さらに、シリンダーには鍵がはまる穴があり、ちょうど指一本分の鍵になったのだ。

 

「………、よし、開いたぞ」

 

扉を開けて、二人はようやく霊力の主がいるであろう空間、隠し部屋の中に入った。

 

「ここは………書斎か?」

 

左右は巨大な本棚で、中には無数の書物がぎっしりと詰まっている。

と、その時、すみれが背後を振り返って叫んだ。

 

「少尉、後ろをご覧になって!」

 

「え?………あ、あれは!」

 

言われるままに背後を振り返った大神は驚きの声を上げた。

なぜなら、そこには一人の少女が淋しげな表情でこちらを見ていたからだ。

 

「………そう、そうだったの。もう大丈夫だから、みんなの所へお行きなさい」

 

すみれには少女の言葉が理解できたらしく、元気づけるように優しく語りかけた。

すると、少女は一瞬微笑んで、消えてしまった。

 

「すみれくん、あの娘は………?」

 

大神が尋ねると、すみれは悲しげな表情のまま答えた。

 

「あの子、自分が死んだ事も分からずに父親の帰りをずっと待っていたそうですわ………」

 

「父親を?………、何かあるぞ?」

 

大神は少女のいた場所の奥にある机の上に一冊の本を見つけ、手に取った。

それは、少女の父親が遺したと思われる日誌だった。

 

「………賢人機関から再び要請が………

………娘の持つ霊力を殺戮になど………

さらに我が一族は、代々この地に眠る二鞭の怪獣を封印し………

………よって我が命を以って屋敷全体に結界を…………」

 

日誌は損傷が激しくほとんど読めなかったが、大体の真実は掴めた。

この屋敷は代々ある怪獣を霊力で封印する事を使命としてきたが、賢人機関からあの少女を軍事目的に利用しようとされたため、主人は命を犠牲に屋敷を結界に包み、娘を守ったのだろう。

 

「………馬鹿な親ですわ。守ったとしても側にいてあげなければ、娘は嬉しくもないでしょうに………」

 

「それだけ、あの子を愛していたんだよ。それは、分かってくれないか?」

 

「分かるから、馬鹿と言うのですわ………」

 

そこまで言って、すみれは普段通りの口調に戻った。

 

「さて、幽霊騒ぎの謎もハッキリしましたし、体力バカのカンナさんを回収致しましょう。いつまでも秀介さんに任せていては、かわいそうですわ」

 

「ハハハ、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

「………どうやら、終わったみたいですね」

 

「ああ、全く………しぶとい連中だったぜ」

 

荒い息で呟く秀介に、同じく荒い息でカンナが応えた。

あれから二人は、扉を破って侵入してきた脇侍の軍勢を相手に、凄まじい死闘を繰り広げていた。

部屋の至る所には戦いの激しさを物語る傷が無数に残っており、周りは脇侍の残骸で足の踏み場所もないほどだった。

 

「隊長とすみれさんが心配です。僕らも合流しましょう」

 

そう言って脇侍の残骸を退けながら進み始める秀介に、カンナが応えた。

 

「悪い秀介、先に行っててくれねぇか?あたいは………、あの娘に飴玉やって、部屋掃除してやりたいからよ………」

 

「………分かりました。でも、なるべく早く合流して下さいね」

 

そう言って、秀介はカンナを残して部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「………御剣 秀介。いや………、ウルトラマンジャックと読んだ方がいいかな?」

 

「お前は!」

 

食堂を通りかかった秀介は、突然の声に振り返った。

そこには、暗闇の奥から顔を覗かせる、漆黒の忍者の姿があった。

 

「蜩………!!」

 

「さすがに覚えてもらえたようだな。我が配下のタッコングを倒すとは、中々の腕と言える」

 

秀介を前にして悠々と言葉を並べる蜩。

秀介は身構えつつ、蜩に尋ねた。

 

「お前達、この深川で何を企んでいる!?目的は何だ!」

 

「いずれ分かる事だ。それよりも、君は仲間の心配をするべきではないかな?」

 

蜩がそう微かに笑った時だった。

 

 

 

「きゃああああああっ!!」

 

 

 

「この声は………、すみれさん!?」

 

秀介は驚いて居間の方を見た。

刹那、秀介は正面から凄まじい殺気を感じ振り返ると、眼前に白い何かが迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「すみれくんっ!大丈夫か!?」

 

大神がすみれのいる居間に飛び込んだのは、すみれの悲鳴が聞こえてすぐだった。

あの後カンナと秀介に合流しようとした大神に、すみれはオルゴールを返して来ると言って、一人居間に戻ったのだ。

 

「し、少尉!助けて下さいまし!蜘蛛が………蜘蛛が………!」

 

「………蜘蛛………?」

 

見ると、手の平サイズの小さな蜘蛛が、すみれの手の上にちょこんと乗っていた。

 

「きゃっ!く、蜘蛛が私を噛みましたわ!」

 

「何!?え~い、この蜘蛛あっち行け!」

 

大神は蜘蛛を捕まえると、外に向かってぶん投げた。

 

「すみれくん、蜘蛛は外に放り投げたよ。もう大丈夫だ」

 

大神はすみれを元気づけるように言った。

しかし、すみれはぐったりした様子で呟いた。

 

「ああ……あれはきっと毒蜘蛛……。私、もう駄目ですわ………」

 

ちなみに今の蜘蛛はアシダカクモと言って、人畜無害だったりする。

それはともかく、大神は弱ったすみれをそっと抱き起こした。

 

「すみれくん、しっかりしろ!」

 

「少尉……聞いて下さいまし………」

 

弱々しい声で、すみれは続けた。

 

「カンナさんはああ見えて、無鉄砲な方ですわ………誰かが側で歯止めをかけないと、危険過ぎますわ」

 

「すみれくん………」

 

「ですから少尉……もし私が力尽きた時には、代わりにカンナさんを………」

 

「弱気な事を言うんじゃない、すみれくん。君がそんな事でどうするんだ」

 

すみれの後の言葉を遮るように、大神が言った。

 

「少尉………」

 

「そんな事を聞けばカンナだって怒るぞ。今毒を吸い出してやるからな」

 

「え………?し、少尉!?」

 

すみれは途端に顔を真っ赤に染めた。

自分の手の甲に大神が口づけたのだから、当たり前と言えば当たり前である。

 

「………よし、こんな所だろう。一応布で縛っておこうね」

 

べつにしなくても良いのだが、蜘蛛に噛まれた左の手首を布で縛る。

すると、不意にすみれが大神に話し掛けた。

 

「………少尉には、話しておかなければなりませんわね」

 

 

 

あれは、八年ほど前の事だったかしら………

 

父は神崎重工の社長、母はブロードウェイのトップスター………

二人とも、娘の誕生日にすら家にいられないほど、忙しい毎日でした………

 

豪華なプレゼントなんて、欲しいとも思わなかった。

ただ、家族で過ごせたら………

悔しくて悲しくて………

庭に飛び出したんですの………

 

その時、蜘蛛の巣が引っ掛かってしまって………

 

泣いても、叫んでも、誰も来てはくれませんでした………

 

 

 

「………それで、蜘蛛だけは苦手だったんだね」

 

大神が言うと、すみれは自嘲気味に笑って見せた。

 

「ふふ、滑稽な話ですわ。帝劇のトップスターともあろう者が、蜘蛛なんかを怖がるなんて………」

 

「誰にでも怖いものはあるさ。でも、今すみれくんは一人じゃないだろう?」

 

「………ええ、そうでしたわね」

 

大神の言葉で何かがふっ切れたのか、すみれはようやく本当の笑顔を見せた。

 

「参りましょう、少尉。蜘蛛ごときでへこたれていては、カンナさんに笑われてしまいますわ」

 

「その意気だぞ、すみれくん」

 

完全に立ち直った様子のすみれに大神が安心した時、今度は食堂の方から悲鳴が聞こえて来た。

 

 

 

「ぎゃああああああ!」

 

 

 

「い、今の声はカンナさんでは………!?」

 

「まずい、二人に何かあったのか!」

 

秀介とカンナの無事を祈りながら、大神とすみれは食堂に急いだ。

 

 

 

 

 

 

「秀介っ!!」

 

食堂に飛び込んだ大神とすみれが見たのは、無数に散らばる脇侍の残骸と、その奥に倒れている秀介の姿だった。

 

「た、隊長………すみれさん………」

 

「秀介さん、しっかりなさって!」

 

すみれが秀介の上半身を、そっと抱き起こす。

秀介の身体は目立った外傷はなかったが、霊力を使いきったのかボロボロだった。

 

「隊長………カ、カンナさんが、奥の部屋に………」

 

「………分かった。すみれくん、秀介を頼む」

 

秀介をすみれに任せ、大神はカンナのもとへ急いだ。

 

 

 

 

 

「カンナっ!大丈夫か!?」

 

大神がカンナのいる部屋に飛び込んだ。

そこには、天井のシャンデリアにしがみつくカンナの姿があった。

 

「た、隊長!助けてくれ!蛇が………蛇が………!」

 

「………蛇………?」

 

見ると、手の平サイズの小さな蛇が、カンナの真下のテーブルにちょこんと乗っていた。

 

「え~い、この蛇あっち行け!」

 

大神は蛇を捕まえると、外に向かってぶん投げた。

 

「カンナ、蛇は外に放り投げたよ。もう大丈夫だ」

 

大神はカンナを元気づけるように言った。

しかし、カンナはシャンデリアにしがみついたまま動かなかった。

 

「す、済まねぇ隊長……腰が抜けちまって……動けねぇんだ………」

 

ちなみに今の蛇はアオダイショウと言って、人畜無害だったりする。

 

「カンナ、俺が抱き降ろしてやるから」

 

「あ、ああ………、頼むよ、隊長」

 

大神は、カンナを優しく抱えた。

すると、カンナが顔を赤くして言った。

 

「ごめんな、隊長………。あたい、重いだろ?」

 

「大丈夫さ。無理に降りてカンナがケガする方が心配だ」

 

「隊長、アンタには………話してもいいかな」

 

大神の腕から降りて、カンナは躊躇いがちに語りはじめた。

 

 

 

小さい頃から、修業、修業、とにかく修業………

 

物心ついた時から、親父は空手以外を口にした事はなかった。

 

修業は嫌いじゃなかった。

でも、ほかの子供が親と楽しそうにしてるのは、どうしても羨ましかった。

 

親父が出かけたあの日………

あたいはいつものように修業をしてた。

 

その時に蛇に噛まれちまったのさ。

泣いても叫んでも、誰も来やしない………

自分が一人だって、その時分かったよ。

 

 

 

「そうか、それで蛇が………」

 

「へっ、情けねぇよな………。蛇なんか恐がって、桐島流が泣くぜ」

 

「そんな事はない。誰にだって苦手はあるさ。でも少なくとも、カンナは今一人じゃないだろう?」

 

悔しげに呟くカンナに大神は優しく言った。

すると、カンナは少しだけ笑顔を取り戻した。

 

「ありがとな、隊長。………うっ!」

 

「カンナ!?」

 

急に脇腹を押さえて膝をつくカンナに、大神は慌てて駆け寄った。

 

「どうした!何処か痛むのか?」

 

「ああ………さっき脇侍どもとやり合った時にちょっとな………。隊長………」

 

ふと、カンナが真剣な表情で言った。

 

「すみれは、ああ見えて淋しがり屋でよ。あたいがかまってやらねぇと、すぐ傷付いちまうんだ。だから………」

 

「カンナ……君もすみれくんが、心配なんだね」

 

大神が意外そうに言うと、カンナはビックリしたのか目を丸くした。

 

「そ、そんなんじゃねぇよ!あ、あたいはただ………あんな高飛車女が誰かに迷惑かけないか心配で………」

 

「分かってるさ。カンナ、立てるかい?」

 

「ああ、もちろんだ。早いとこあのサボテン女の所に行くとすっか!」

 

先程のダメージは何処へやら、カンナは勢い良く立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「カンナさん、無事でしたのね!」

 

「当たり前さ。さっきは隊長に助けられたけどな」

 

元気そうなカンナの姿に、安堵の表情を見せるすみれ。

その様子を微笑ましく思いつつ、大神はカンナと秀介に尋ねた。

 

「ところで二人とも。この脇侍達は一体………?」

 

「ああ、こっちに来てすぐに出くわしちまってね」

 

「二人掛かりで、どうにか片付けたんです」

 

秀介が立ち上がって応える。

どうやら蜩に受けた攻撃のダメージも回復したらしい。

 

「そして、先程蜩に遭遇しまして、向こうの地下に逃げられてしまいました」

 

そう言って、秀介は食堂の奥の扉を指差した。

 

 

 

 

 

 

 

が逃走に使った地下への入り口。

そこには、蜩ではなく一体の脇侍が、何やらコソコソと作業している姿があった。

 

「あれは、脇侍………」

 

「何をしてるんでしょうか………?」

 

「何やらお札を張り付けてるようですわね」

 

「関係ねぇよ。こっちは四人だ、一気にやっちまおうぜ」

 

しかし、正に脇侍を取り押さえようとした瞬間、四人の前を一瞬何かが過ぎった。

それは、今一番会いたくないもの達だった。

 

「………こ、この気配は………」

 

「も、もしかして………」

 

「まずい!二人とも伏せろっ!」

 

案の定慌てはじめた二人を止めるべく、大神は懐から銃を出し、蜘蛛と蛇を先に始末しようとした。

が、これが失敗だった。

カンナとすみれに銃口を向けたために、余計二人の恐怖心を煽ってしまったのだ。

 

「お、おい隊長何やってんだ!」

 

「銃口がこちらを向いてますわよ!」

 

「二人ともじっとして!危ないぞ!」

 

大神が慌てて叫ぶが、二人は聞く耳を持たない。

 

 

「う、撃つな~!」

 

「お助けぇ~!」

 

 

 

 

 

「………あら?」

 

「生きてる………」

 

散々あわてふためいた二人が正気に戻ったのは、蜘蛛と蛇がその場を離れてから、ややあっての事だった。

 

「へへ、何か分かんねぇけど………」

 

「無事で何よりですわ………」

 

「カンナ、すみれくん、聞いてくれ」

 

その場にへたりこんで笑う二人に、大神が話し掛けた。

 

「二人はそれぞれ別の幸せを求めていた。カンナはお父上から惜しみない愛情を受けたし、すみれくんはご両親から何不自由なく育ててもらった………」

 

二人は、全く違う愛情を受け、互いにそれを無い物ねだりしていた。

二人の過去の話を聞いて、大神はそう考えたのだ。

 

「でも、いつまでも誰かに甘えていてはいけない。いつかは自分の足で立って行かなきゃならないんだ」

 

それは、二人の心に重く響いた。

厳しくとも、側にいなくても、娘に対する愛情に違いはない。

大神のその言葉が、心に訴え掛けたのである。

 

「………仕方ねぇな、すみれ。一時休戦にすっか」

 

「………異存はありませんわ」

 

以前の二人が交わすとは思えない言葉。

大神は真に人の心を知る人物だと、秀介は改めて実感した。

 

「さて、そろそろ奴らを追い詰めるとしましょうか」

 

「そうですわね!」

 

「腕が鳴るぜ!」

 

秀介の言葉に、気合い十分の返事を返す二人。

その様子に頷き、大神は指示を出した。

 

「よし、敵を追いかけるぞ!」

 

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 

 

「………ここが出口か」

 

蜩を追って地下に突入した深川調査隊は、無数の札が貼られた地下通路を進んでいた。

 

「よっと………」

 

カンナがマンホールの蓋を持ち上げる。

すると、光が差し込んできた。

 

「ま、眩しい………!」

 

「………!!隊長、あれを!」

 

秀介がハッとした様子である地点を指差した。

そこには、無数の脇侍とともに何かの作業をしている蜩ともう一人、黒之巣会死天王紅一点の姿があった。

 

「なるほど、作業がやりやすい。屋敷に結界が張ってあったとは、さすがは蜩殿よ」

 

「お褒めに預かり、光栄ですな」

 

「………黒之巣会ですわ!」

 

「畜生、よりによってこんな時に………!」

 

カンナが悔しげに呟いた時、

 

「!?」

 

マンホールの前に突如、クナイが突き立てられた。

 

「出て来なさい、そこのネズミども!」

 

同時にミロクの鋭い声が飛ぶ。

どうやら敵に感づかれたようだ。

 

「くっ、仕方がない………!」

 

恐らくは脇侍出現に伴い、帝劇でも出現準備が整えられているはず。

そう考えた大神は、時間稼ぎをする事をした。

 

「お前達、ここで何をしていた!」

 

「ふっ、まあ良い………。退屈しのぎに教えてやろう」

 

意外にも、大神の策略に蜩が乗った。

 

「我々はこの深川である事を行おうとしたのだが、この屋敷の霊力が邪魔をしてな………」

 

「それで、地下に札を張り付け、霊力を消したという事ですか………」

 

秀介が結論を口にすると、ミロクが満足そうに笑った。

 

「ほう、そちらにもまともな頭を持つ者がいたのかえ?

 

「失礼な!私だって分かりましたわ!」

 

「すみれくん、待つんだ」

 

ミロクに噛み付くすみれを静止し、大神は更に尋ねた。

 

「屋敷の霊力を消して何をするつもりだ!」

 

しかし、同じ手は二度も通用しなかった。

 

「悪いが、これ以上付き合う訳には行かん」

 

「何っ!?」

 

「お前達にはここで死んでもらう。行け、脇侍ども!」

 

ミロクの命令で、脇侍達がジワジワと大神達ににじり寄ってきた。

光武もなく体力も尽き、正に絶体絶命だった。

 

「くっ………!」

 

秀介は一瞬ブレスレットに目をやった。

が、蜩の視線に気づいてやめた。

もし今自分がウルトラマンに変身すれば、多少は戦況を覆す事が可能だ。

しかし、ウルトラマンの正体をばらす訳にはいかないし、怪獣以外の花組が倒すべき敵との戦いにウルトラマンの力を介入させるべきではない。

それに何より、蜩の不気味な笑いが気になったのだ。

しかし、そこに鋭い声が飛んだ。

 

「そこまでよ!」

 

「この声は………、さくらさん!」

 

上を見ると、そこには仲間達を乗せた翔鯨丸が見えた。

 

「さあ、貴方達も出撃よ!」

 

あやめの声と同時に、光武と流星が投下された。

 

「よっしゃあ、やったるぜ!」

 

「これで役者が揃いましたわ」

 

「隊長、命令を!」

 

気合い十分の隊員達に頷き、大神は叫んだ。

 

「帝国華撃団花組、出撃!これまでの借り、倍にして返してやる!」

 

 

 

 

 

 

 

「………ちっ、逃げられたか………!」

 

光武と流星に距離を取られ、ミロクは悔しげに言った。

 

「これから始末すればいい。先にこちらを済ませてはどうだ?」

 

「ふむ、確かに………」

 

蜩の言葉に納得し、ミロクは刹那や羅刹も口にしていた呪文を唱えはじめた。

 

「オンキリキリバサラウンバッタ、オンキリキリバサラウンバッタ、オンキリキリバサラウンバッタ………」

 

すると、やはり空から巨大なドリルが現れ、廃墟の前に沈んでいった。

 

「よし、天海様の野望も、もうすぐ………」

 

満足げに呟いたその時、別の声が遮った。

 

「それはどうかしら?」

 

それは、翔鯨丸から廃墟の前を流れる川の対岸に降り立った、四機の光武のものだった。

 

「帝国華撃団、参上!」

 

 

 

 

 

 

戦いは小一時間とかからず集結した。

中でもすみれとカンナの活躍はめざましく、あの娘の眠る地でもある深川を踏み荒らした黒之巣会への正義の怒りが十二分に感じられた。

 

「ミロク!蜩!もう逃げ場はないぞ!」

 

脇侍を全滅させ、残った二人に刀を突き付ける大神。

すると、蜩はニヤリと笑って見せた。

 

「随分と勇ましい事だな、帝国華撃団。………が、何か忘れてはいないかな?」

 

「何っ!?」

 

大神が聞き返した時、突然地面が揺れはじめた。

 

「な、何や地震かいな?」

 

「ハッ………し、少尉、これはもしや………!」

 

「どうした、すみれくん?」

 

すみれは青ざめた表情で口をつぐんだ。

まるで、その先が言えないとでも言うように。

すると、今度はカンナが口を開いた。

 

「隊長、もしかしてこりゃあ、あの娘の親父が封印したっていう怪獣じゃないのか!?」

 

「何だって!?」

 

そのまさかだった。

揺れが一際激しくなった次の瞬間、川から水しぶきを上げ、巨大な怪獣が現れた。

巨大なブーツのように身体が直角に曲がり、上部の二鞭を振りかざし、顔と胴体が逆になった、奇怪な怪獣。

それは、大神が隠し部屋の書斎で読んだ日誌の怪獣と一致していた。

 

「アハハ……!古代怪獣ツインテール………。シルバゴンのように倒せるかえ?」

 

「これ以上の手出しは不要………。精々足掻くがいい」

 

古代怪獣の復活に驚く花組を尻目に、ミロクと蜩は転移魔術で消え去ってしまった。

 

「クワーッ!」

 

ツインテールは咆哮を上げながら、鞭を振るって暴れ出した。

翔鯨丸で光武を回収しようにも、これでは近付けない。

 

「………出番のようですね」

 

秀介は静かにそう呟くと、流星を自動操縦に切り替え、ブレスレットを掲げ叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャーーーーーック!!」

 

 

 

 

 

 

「シュワッ!」

 

ジャックは、暴れるツインテールの前に降り立った。

 

「クワーッ!」

 

ツインテールもジャックの存在に気づき、襲い掛かる。

ジャックも負けじと飛び掛かり、取っ組み合いになった。

 

「ヘッ!」

 

尻尾の鞭の根元にチョップを入れ、怯んだ所につかみ掛かる。

しかしその時、ツインテールはジャックの足に噛み付いた。

 

「ァアッ!?」

 

不意を突かれたジャックは思わず手を離してしまう。

その首に、ツインテールの鞭が巻き付けられた。

 

「やべえ、ウルトラマンが………!」

 

苦しそうにもがくジャックを見て、思わずカンナが叫んだ。

 

「よし、マリア!紅蘭!」

 

「ほい来た!」

 

「了解!」

 

大神の指示を受け、二人はツインテールの背中に攻撃を仕掛けた。

 

「スネグーラチカ!」

 

「チビロボ軍団、発進!」

 

致命傷とまではいかないものの、ツインテールの注意が後ろに引いた。

 

「クワーッ!」

 

ツインテールはジャックの首から鞭を離して、真後ろに鞭を振るった。

 

「おっと危ない!」

 

あわやマリアと紅蘭に当たるかと思われた攻撃は、二人が先に後ろに下がったために地面を削るに留まった。

ここで攻撃に転じる者がいた。

ジャックである。

 

「シュワッ!」

 

助走をつけたジャンプでツインテールを飛び越え背後に回る。

 

「ヘアァッ!!」

 

すかさず背中を蹴りを入れ、今度は背中からツインテールを捕まえた。

「クワーッ、クワーッ!」

 

背中を捕まえられ、これでもかと抵抗するツインテール。

その時、すみれが不意に口を開いた。

 

「………少尉、先程から気になっていたんですけど、あの怪獣は本当に封印されていた怪獣だけなんでしょうか?」

 

「どういう事だい?すみれくん。」

 

大神が尋ねると、すみれは悩ましげに答えた。

 

「私だけかも知れませんが、何やらこの辺り一帯に、別の気配が迫って来ていますの。まるでこちらに向かっているようですわ」

 

「何だって?ツインテールの他に、封印された怪獣がいると………?」

 

大神がそう言いかけた時だった。

深川一帯を、再び震動が襲ったのだ。

 

「こ、今度は何だっ!?」

 

「間違いありませんわ!本当に封印されていたのは、こちらの方だったんですわ………!」

 

すみれがそう言った瞬間、ツインテールの前方の地面から、別の怪獣が現れた。

 

「グオオオオン!!」

 

両腕の鞭と凶悪な面構え。

深川に封印されたもう一体の怪獣。

それは、地底怪獣グドンだった。

 

「そうか………、二鞭の怪獣とは、この事だったんだ………」

 

二つの鞭を持つ怪獣ではなく、鞭を持つ二匹の怪獣………。

大神はここにいたって、ようやく日誌の意味を理解した。

 

「クワーッ!」

 

グドンを目にしたツインテールは、一層抵抗を激しくした。

そして、ジャックを前に投げ飛ばしたのである。

 

「ヘッ……!」

 

起き上がったジャックはハッとした。

なぜなら、ジャックはグドンとツインテールに挟み撃ちにされていたからだ。

 

「(くそっ、二匹同時に戦うとは………!)」

 

ジャックは迷いながらも、最初の狙いをグドンに定めて飛び掛かった。

グドンはツインテールほど奇怪な姿ではないので、戦いやすいと考えたのである。

しかし、その考えは一瞬で消えた。

 

「グオオオオン!」

 

何とグドンは、ジャックの身体をいとも容易く跳ね飛ばしたのだ。

細い鞭上の腕に反して、なんという怪力だ。

 

「クワーッ!」

 

さらに倒れたジャックの背後に回ったツインテールが、ジャックの首を再び鞭で締め上げた。

 

「ァアッ!」

 

満足に動けないジャック。

するとグドンは、ジャック目掛けて両腕の鞭をたたき付けてきた。

 

「ヘッ………!」

 

何とか鞭をほどこうともがくが、ツインテールは離さない。

そんな中、アイリスがある事に気づいた。

 

「ねぇ、ウルトラマンの胸の所、何か光ってるよ?」

 

「え?」

 

言われて見ると、ジャックの胸のカラータイマーが赤く点滅を始めていた。

グドンの激しい攻撃で、ジャックは体力が底を尽きかけているのだ。

しかし、ここでやられるジャックではなかった。

 

「シュワッ!」

 

一瞬の隙をついてグドンの腹に蹴り込み、大きく後方に吹っ飛ばす。

さらに、ツインテールを背負い投げの要領で前に投げ飛ばした。

 

「ヘアァッ!!」

 

「クワーッ!」

 

ツインテールはグドンの上に落とされ、フラフラになりながらも立ち上がった。

その時、背後からツインテールを捕まえるものがいた。

グドンである。

 

「クワーッ、クワーッ!」

 

必死で逃げようとするツインテールを押さえ付け、鞭の根元に食らい付いた。

ツインテールは、グドンの餌だったのだ。

 

「クワーッ、クワーッ!」

 

ツインテールの声がたちまち悲鳴に変わり、次第に動きが鈍くなっていく。

 

「グオオオオン!」

 

グドンはツインテールを地面にたたき付けると、先程のジャックと同じように、激しい鞭の嵐を浴びた。

 

「ク、クワーッ………!」

 

弱ってまともに動けないツインテールをいたぶるかのごとく鞭を振るうグドンの姿は、拷問を想起させるほど残虐さに満ちており、カンナすら声もでなかったほどだ。

 

「グオオオオン」

 

ツインテールの息の根をとめ餌にありつこうとした時、グドンは顔面にジャックの飛び蹴りを喰らった。

 

「グオオオオン!」

 

「シュワッ!」

 

ツインテールの骸の前で取っ組み合いになる。

しかし、今度は状況が違う。

今の飛び蹴りで片目をつぶされたグドンは正確にこちらの位置を掴めていない。

いくら怪力を言えども、当たらなければどうということはないのだ。

 

「ヘアァッ!」

 

ジャックはグドンを抱え上げると、脳天から地面にたたき付けた。

 

「グオオオオン!」

 

ショックで起き上がれずにその場をはいずり回るグドン。

ジャックはすかさず、スペシウム光線を打ち込んだ。

 

「シュワッ!」

 

グドンは木っ端みじんに吹き飛び、ジャックは空に飛び立って行った。

長い間封印されてきた二匹の怪獣、グドンとツインテール。

それはウルトラマンジャックによって、完全に葬られたのだった。

 

 

 

 

 

 

「………すみれ、その………お前も中々やるじゃねぇか」

 

戦いが終わり、カンナがすみれに話し掛けた。

その表情は、どこと無く恥ずかしそうに見える。

 

「あたいだけじゃ、あの鍵は見つけられなかっただろうし、その………見直したぜ」

 

「そ、そういう事でしたらカンナさんこそ、あの数の脇侍をやっつけたではありませんか。わ、私だって、カンナさんを見直しましたわ」

 

今までの二人からは考えられない会話。

大神は、微笑ましく頷いた。

 

「力のカンナと知恵のすみれくん。二人が揃えば、怖いものなしだな」

 

「ま、まあそうですわね。カンナさんのバカ力と私の天才的頭脳を以ってすれば………」

 

大神の言葉に照れながら返事をするすみれ。

しかし、それを良しとしないものがいた。

カンナである。

 

「何だと!? 人が褒めてやりゃ図に乗りやがって! お前のは悪知恵だろうが!」

 

「なんですって!? バカにバカと言って何の問題がありますの!」

 

「ふ、二人ともやめてくれよ………。ああ、胃痛が………」

 

せっかくの苦労が水の泡になり、大神がその場に蹲る。

すると、さくらがすかさず救急箱を持って駆け寄った。

 

「大神さん大丈夫ですか?今手当てしますから………」

 

すると、喧嘩していたすみれとカンナがそのままの勢いで割り込んで来た。

 

「少尉は私が手当て致しますわ! さくらさんは引っ込んでなさい!」

 

「お前じゃ治るもんも治らねぇよ! え~い、さくらは邪魔だ!!」

 

「え………? きゃああああああ………!!」

 

何と、カンナはさくらの首ねっこを掴むと、遠くに放り投げてしまった。

 

「さ、さ………さくらさーん!!」

 

血相をかえてさくらを追いかける秀介。

それを尻目にカンナは大神に尋ねた。

 

「隊長、何処が痛いんだ?あたいが診てやるよ」

 

「あ、あの……さくらくんが………」

 

「秀介さんに任せておけばいいですわ。さ、少尉。私が………」

 

「邪魔するなすみれ! お前がやったらケガが増えちまうだろうが!」

 

「あ~ら、カンナさんのような乱暴者に任せる方が危険ですわ!」

 

「何だとぉ! この腐れババァ!」

 

「何ですって! このゴリラ女!」

 

大神を放っての二人の口喧嘩は、さくらを救出した秀介が戻って来ても、まだ続いていた。

 

「あ~あ、いつものすみれとカンナに戻っちゃった」

 

「そうね。でもあの二人は………」

 

「ああ見えて、実は結構気が合うんかも知れへんな」

 

「黒之巣会も撃退したし、めでたしめでたしですね」

 

「はい………さくらさん………」

 

さくらが足をくじいたため、救出した時からずっとさくらをお姫様抱っこしている秀介がやけにニヤつきながら応えると、ただ一人めでたくない男の声が聞こえて来た。

 

「い、胃が………。だ、誰か………俺を助けてくれぇ~………」

 

<続く>




《次回予告》

これからは科学の時代や!
ウチの発明でドカンと一発、笑いと笑顔を取ったるでぇ~!!

次回、サクラ大戦!
《光武の願い》

大正桜にロマンの嵐!

この子らは、ウチを必要としてくれるんや!!

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