桜舞う星   作:サマエル

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隊長として……

「帝国華撃団め………、今に地獄を見せてくれるわ!」

 

アジトにて天海は、怒りを露に吐き捨てた。

これまで順調に進んでいた徳川幕府再興の計画を邪魔する存在が現れたからである。

すると、それに答えるように死天王の一角から名乗りが上がった。

黒之巣会死天王の一人、蒼き刹那である。

 

「天海様。帝国華撃団の始末、この蒼き刹那にお任せ頂きたく思います」

 

「ほう、勝算はあるのか?」

 

興味深そうに天海が尋ねると、刹那にニヤリと笑って見せた。

 

「帝国華撃団の強さは、大神一郎とタチバナ=マリアの統率力にあります。この二人を始末すれば、帝国華撃団など烏合の衆に過ぎません」

 

たしかに花組の強さは大神の指揮によるチームワークにある。

各々が互いに弱点を補い合い、本来の何倍もの力を生み出しているのだ。

しかしその分、チームワークが強い程指揮官のいない場合の戦闘力は激減する。

刹那は、そこを巧妙に突こうと考えたのである。

 

「しかし兄者、上手く行くのか?」

 

心配する羅刹に、刹那は笑って答えた。

 

「案ずるな。タチバナ=マリアに関する面白い情報を手に入れた」

 

「良かろう、刹那。見事帝国華撃団の首を挙げてみせよ」

 

「はっ、お任せ下さい!」

 

そう返事を返し、刹那は血色の爪をちらつかせた。

 

「(人には誰しも、触れられたくない忌まわしい過去がある………。さて、タチバナ=マリアよ。どう出るかな?)」

 

 

 

 

 

 

 

「マリアさんの様子がおかしい?」

 

そう聞き返すと、さくらは不安げな表情で頷いた。

衣裳部屋に小道具を持って来た秀介は、たまたまそこにいたさくらに鉢合わせし、相談に乗ったのだ。

 

「はい。今日の公演でも、あのマリアさんが台詞を間違えたんです」

 

そう言われ、秀介は頭の中の記憶を舞台に戻す。

すると、たしかに一度だけ、マリアの口からやや不自然な台詞が聞こえた。

 

「珍しいですね、マリアさんが失敗するとは………」

 

マリアは花組の中でも最古参のメンバーであるため、一番舞台慣れしている。

新人のさくらと一緒に主役を演じるのも、自分の役を完璧にこなした上で、さくらのフォローができると米田が判断したからである。

事実、さくらはこれまで何度もマリアに助けられてきた。

 

「それに、最近マリアさんはよくため息をつくようになったんです。何か悩み事があるのかも………」

 

「マリアさんは頼りがいがある分、人に弱みを見せませんから………」

 

秀介がそう返した時、不意に衣裳部屋の扉が開かれた。

 

「あらお二人さんお揃いで、ちょうどよかったわ」

 

「紅蘭さん。如何しましたか?」

 

秀介が尋ねると、紅蘭は親指で舞台を指差して答えた。

 

「ほら、今日で愛ゆえにも千秋楽やろ?一度セットをまとめて掃除しよう思うてな。手伝ってんか?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「分かりました」

 

現時点ではマリアの異変を解決する方法は見つからないだろう。

とりあえず二人は問題を保留にして、紅蘭の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

「これで全員ですわね」

 

到着したさくらと秀介の顔を見てすみれが言った。

すると、二人の後ろから声が聞こえてきた。

 

「お~い、遅くなって済まない」

 

それは大神だった。

ついさっきまでモギリの仕事に追われていたので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「………で、今からみんなで何をするんだい?」

 

椿からの又聞きで舞台に来たため、何も知らない大神が尋ねると、すみれがやれやれと言った口調で答えた。

 

「以前どこかの誰かさんがひっくり返して汚れた舞台のセットを、千秋楽に向けて綺麗にいたしますの」

 

「まあまあすみれはん。あれは事故なんやし、そうさくらはんを責めんと。なあ、マリアはん」

 

以前の喧嘩で懲りた紅蘭が、すみれを宥めつつマリアに同意を求める。

しかし、マリアの返事は予想に反してワンテンポ遅いものだった。

 

「えっ?……ええ、そうね」

 

「………マリア、何かあったの?」

 

心配そうに尋ねるアイリス。

しかし、マリアはあくまで平静を装った。

 

「ありがとう。私は大丈夫よ」

 

「よっしゃ、ほんなら始めよか」

 

マリアが不自然なのは明らかだが、話したくないのなら無理に聞く事もない。

大神達はそう判断し、掃除を開始した。

ところが、その最中に思わぬ事態が発生した。

先日修理したはずのストッパーがまたしても壊れ、背景の書き割りが倒れて来たのだ。

 

「あ、危ない!!」

 

最初に気づいた大神が急いで支えるが、一人で止められるはずがない。

 

「(踏ん張れ、踏ん張るんだ大神一郎!)」

 

「大神さん頑張って!今上からロープで引っ張ります」

 

「た、頼むぞさくらくん………!」

 

本当なら今にも倒れそうなのだが、何とか耐えようとする大神。

しかし、さくらが引っ張り上げる前にストッパーが完全に外れてしまった。

 

「アカン、大神はん!」

 

「うわあああっ!」

 

大神を巻き込んで倒れる書き割り。

大神の脳裏に一瞬走馬灯が浮かぶ。

 

 

 

 

…………が、

 

「これくらい片手で充分だろ?だらしねぇな~」

 

「………へ?」

 

聞き慣れない声に目を開くと、一人の女性が書き割りを言葉通り片手で軽く支えていた。

背丈は大神より高く、鉢巻きと赤い髪、日焼けした肌が特徴的な、健康的な魅力を持つ女性だった。

 

「ほれ、早くロープで上げてやりな」

 

「は、はい………」

 

いつの間にか現れた謎の女性に驚きつつ、さくらはロープで書き割りを引っ張り上げる。

 

「全く、何を騒いでるかと思えば!」

 

「だ、誰や知り合いかいな?」

 

紅蘭も初対面らしく目を丸くしている。

すると、アイリスとすみれは対称的に笑顔で女性に近づいた。

 

「カンナ~、お土産は?」

 

「済まねぇな、アイリス。荷物がみんな流されちまってな」

 

「カンナ、無事でしたのね!」

 

「いやぁ、沖縄からの帰りの船が沈没してね。泳いで来たんだよ」

 

よくよく考えれば危険極まりない話しを笑顔で語る女性。

すると、マリアも笑顔で応えた。

 

「相変わらずね、貴女って人は」

 

すると、カンナと呼ばれた女性は舞台にいる人間をざっと見渡した。

 

「どうやら新入りが………、四人か。賑やかになったもんだ」

 

そして、カンナは大神を見て尋ねた。

 

「………で、さっきからギャーギャー喚いてたのがアンタかい?名前は?」

 

「大神一郎だ。海軍少尉だが、今は花組の隊長をしている」

 

先程の彼女の言葉から、カンナは間違いなく花組の元メンバー。

大神は包み隠す事なく答えた。

 

「あたいは桐島カンナ。これでも、帝国華撃団花組最古参の一人なんだぜ」

 

カンナがそう言った時、舞台袖から米田が現れた。

 

「カンナ、よく帰ってきた」

 

「支配人!彼女は………?」

 

「桐島カンナ、沖縄桐島流空手の二十八代目継承者だ」

 

すると多少怖ず怖ずとだが、さくらが声をかけた。

 

「あの、新入りの真宮寺さくらです」

 

「はじめまして。御剣 秀介と申します」

 

「ウチ、李紅蘭いいます。よろしゅうな」

 

「おう!これからよろしくな!」

 

胸を張って笑顔で答えるカンナは、豪快そのものだった。

 

 

 

 

 

 

「………って訳で、何とかアジトをぶっつぶしたんだが、凱旋に乗った船に残党がいてよ。そいつが自爆して船沈めやがった訳よ」

 

舞台の掃除を終え、大神達はサロンでカンナの一大冒険談を聞いていた。

カンナは亡くなった父の仇討ちに沖縄へ赴き、見事仇討ちを成し遂げたのである。

 

「まあ、カンナさんは殺しても死なない人でしたから、当たり前ですわね」

 

「でも、一番心配してたのすみれだよね」

 

優雅に紅茶を飲むすみれだったが、アイリスの一言で紅茶を吹き出した。

 

「ブーーーッ!!何をおっしゃるの、このガキャ………!!」

 

「………そういえば、マリアさんの姿を見ませんが?」

 

すみれがアイリスを追いかけ回す中、秀介が不意に尋ねた。

 

「せやな。何や浮かない顔で部屋に戻っとるけど」

 

すると、カンナは残念そうな表情で言った。

 

「何だよ、つれねぇな~。………、そういや、隊長は海軍出身なんだよな?」

 

「あ、ああ。そうだけど?」

 

不意に尋ねられて驚きつつ頷くと、カンナは獲物を見つけたような表情で言った。

 

「なら、体術はできるのかい?」

 

「まあ、それなりには」

 

一応大神が得意とするのは拳ではなく剣だが、多少の心得はある。

しかし、カンナの問いに頷いたのが、大神の失敗だった。

 

「よし、決まりだ!隊長、ちょっとあたいに付き合ってくれよ!」

 

言うや、カンナは大神の腕を掴んで立ち上がった。

 

「え?付き合うって何処へ?」

 

「久しぶりで体が鈍ってんだ。ちょいと組み手に付き合ってもらうぜ?」

 

「く、組み手って………!」

 

ようやく状況を理解した大神は周囲に助けを求めるが、応えられる者はいなかった。

 

「少尉、お大事に………」

 

すみれが呟く中、大神はカンナに引きずられて地下に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ほら、出来たぜ。カンナ特製の晩飯だ!」

 

そう言って、大神の前に置かれたのは、ドデカイ丼だった。

淵いっぱいにご飯が敷き詰められ、上にはミミガーとゴーヤの唐辛子炒めがこれでもかと言わんばかりに乗っている。

あれから地下に連行された大神は、5時間に及ぶ組み手に付き合わされ、カンナに晩飯を作ってもらったのだ。

 

「いただきます!………、うん、こりゃ旨い!」

 

「へへ、そうかい。ありがとよ」

 

照れたように頬を掻くカンナ。

すると、大神はミミガー丼を頬張りつつ尋ねた。

 

「そういえば、カンナがここに来たきっかけは何だい?」

 

「きっかけ?そうだな………」

 

そう言ってカンナはしばらく黙っていたが、やがて話し始めた。

 

「あたいは、小さい頃から空手一筋でさ。親父みたく空手を継いで子孫に残す。それが人生って思ってた。そんなあたいにほかの世界を見せてくれたのが、あやめさんだった」

 

「あやめさんが………?」

 

「ああ。あの頃のあたいは考えもしなかった、舞台女優。空手一筋のあたいが、大勢の人を笑わせて、幸せにできる………。嬉しかったよ」

 

天井を見つめながら、思い出を懐かしむカンナ。

それを見ていた大神も、自然に笑顔になった。

 

「久しぶりの帝劇はどうだい?」

 

「そりゃ、断然賑やかだな。新入りが四人も入ったんだから。………、なあ隊長」

 

ふと、カンナが真顔に戻った。

 

「さくらと紅蘭、それに秀介………。どいつも素直でいい奴だ。あたいは気に入ったよ。それから………」

 

「?」

 

「隊長、アンタの事も気に入った」

 

「………ありがとう、カンナ」

 

やや恥ずかしそうな表情のカンナだったが、大神が笑顔で返すと、元の笑顔に戻った。

 

「隊長、これからよろしくな。桐島カンナ、隊長の部下としてお役に立って見せるぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

食堂でカンナと別れた大神は、カンナとの組み手で疲れた事もあり、部屋で休む事にした。

 

「カンナ………、頼りがいがありそうだな」

 

腕っ節が強く、女性らしからぬ力強さで、ほかの隊員達より一歩抜きん出ているカンナ。

花組の心強い助っ人として、期待できるだろう。

そんな事を考えていた大神は、無意識に廊下で何かを蹴飛ばした。

 

「ん………?」

 

気づいて拾って見ると、それは金色のロケットだった。

 

「少尉、ここで何をしているのですか?」

 

「………マリアか」

 

背後からの声に振り向くと、そこにはマリアの姿があった。

昼間と同じくどこかそわそわとしている。

しかし、大神の手に握られているものを見るや、マリアの表情は一変した。

 

「少尉!そのロケット………!」

 

「ん?これ、マリアのかい?」

 

言いつつ渡すと、余程大切なものなのか、マリアは両手で大事そうに包み込んだ。

 

「お守りかい?」

 

「お守り………。そうかも知れません」

 

意味深な言葉を返すと、マリアは部屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

それは一発の銃声から始まった。

一斉に駆け出す仲間達。

途端に聞こえる銃撃の音。

一人、また一人と倒れ伏す兵士。

真っ白な雪原は、瞬く間に血の色に染まった。

その戦場の中に、一人の少女がいた。

 

「ハァ………ハァ………。」

 

まだあどけなさの残る、戦場には明らかに不釣り合いな少女。

ライフルを杖代わりに、ただ戦いの様子を見守っていた。

だが、一発の銃声でその表情は一変した。

 

「………、隊長!」

 

少女は叫んだ。

倒れる一人の青年。

その顔が雪に沈んだ時、少女の時は止まった。

 

 

 

 

「隊長ーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ハッ!」

 

気づくと、マリアは自室のベッドにいた。

 

「………夢………?」

 

あの銃声も、血に塗れた雪原も、凶弾に倒れた隊長も、全ては夢。

荒い呼吸の中、マリアがそう認識するまで、30秒が経っていた。

マリアはふと、胸に下げたロケットを開く。

そこには夢に出て来たあの青年が、にこやかな表情を浮かべる写真が入っていた。

 

「隊長………」

 

普段のマリアからは考えられないか細い声で呟く。

その時、帝劇内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 

「敵襲!?」

 

一瞬驚きの表情を見せるも、マリアはすぐに普段の表情に戻った。

 

「………嫌な事は重なるものね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員揃ったか?」

 

作戦司令室に到着した米田が大神に尋ねる。

 

「いえ、マリアがまだです」

 

「マリアがか?珍しいな………」

 

大声こそ出さなかったが、大神の返事に米田は驚きを見せた。

すると、マリアがようやく司令室に現れた。

 

「遅くなって申し訳ありません」

 

「大丈夫だよ、マリア。それで副司令、敵は?」

 

大神の言葉に頷き、あやめは説明を開始した。

 

「今回敵が現れたのは築地。港の倉庫だから人的被害はないけれど、早めに鎮圧してちょうだい」

 

「なるほどな。隊長、あたいも一緒に戦うぜ。遠慮なく使ってくれよな」

 

そう言って、カンナが指を鳴らす。

すると、今度は米田が口を開いた。

 

「カンナだけじゃねぇ。今回から秀介も、光武とは別の兵器で参戦する。………、これだ!」

 

米田がモニターを操作すると、一機の戦闘機が写った。

銀と赤でコーティングされた小型の戦闘機。

その姿に、大神は驚きを見せた。

 

「こ、これは………!?」

 

「こいつは紅蘭と秀介の協力で完成させた光武と対を成す戦闘機、『流星』だ。霊力砲で脇侍と戦う他、前回及び前々回の戦いに現れた怪獣に対抗するためのものだ」

 

「流星………。これが僕の相棒ですか!」

 

満足そうな笑みを浮かべ、秀介は言った。

 

「隊長、出撃命令を!」

 

「よし、帝国華撃団花組、出撃!カンナ、秀介、君達の力を見せてくれ!!」

 

「おう!!」

 

「承知しました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

無数の倉庫と港で、外国船の出入りも多い帝都の海の玄関、築地。

黒之巣会死天王、蒼き刹那の姿はそこにあった。

 

「オンキリキリバサラウンバッタ、オンキリキリバサラウンバッタ、オンキリキリバサラウンバッタ………」

 

芝公園で天海が唱えていたものと同じ呪文を口にする刹那。

すると、やはり上空から巨大なドリルが現れ、地面へと沈んで行った。

 

「そこまでだ、黒之巣会!!」

 

鋭い声とともに、翔鯨丸から7つの機体が颯爽と飛び降りた。

 

「帝国華撃団、参上!」

 

「ふん、現れおったな?帝都の犬共!」

 

刹那は爪をギラリと光らせた。

 

「だが、遅かったな。既にこの地の封印は、この蒼き刹那が解き放ったわ!」

 

一人意気込む刹那をよそに、大神は隊員達に指示を出した。

 

「よし、魔装機兵を全滅させつつ、奴を追い詰めるぞ!」

 

「「了解!」」

 

 

 

 

 

戦いは終始安定して進んだ。

中でも活躍したのがカンナと秀介の二人で、秀介が脇侍の大半を上空から狙い撃ちにし、カンナが橋を下ろして短縮ルートを作るなど、初戦ながら大健闘した。

そのおかげで、花組は10分足らずと言う異例の早さで脇侍を全滅させた。

 

「追い詰めたぞ!刹那とやら!」

 

先頭に立つ大神が叫ぶ。

しかし、刹那は圧倒的不利なこの状況のなか、笑って見せた。

 

「フハハハハ!それで追い詰めたつもりか!?」

 

その瞬間、刹那の前に魔法陣が描かれ、中から巨大な緑色の魔装機兵が現れた。

 

「この刹那に挑もうなど、片腹痛い!」

 

言うや、刹那の魔装機兵は鋭利な爪で目の前にあるドラム缶を殴り飛ばした。

その時、さくらが叫んだ。

 

「大神さん!倉庫から子供が!」

 

「何っ!?」

 

恐らく混乱の中、この倉庫に逃げ込んだのだろう。

一人の少年が、倉庫の入口で腰を抜かしていた。

しかし大神に見えたのは、その子供を血祭りにあげんと爪を高々と振り上げる刹那の姿だった。

 

「やめろぉっ!!」

 

次の瞬間、大神はほぼ無意識に飛び込み、刹那の攻撃から子供を守っていた。

その間に、子供もその場を離れる。

しかし、それは刹那にとっても好都合だった。

 

「馬鹿め、左ががら空きだ!」

 

「し、しまっ………!」

 

大神が気づいて身構えるより早く、刹那の一撃が大神機を襲った。

 

「ぐあああ………っ!!」

 

大神機は勢い余って右の電柱に激突し、そのまま動かなくなった。

 

「大神さん!!」

 

「ふん!戦いの最中にほかに気を取られるとは!」

 

大神機に駆け寄る花組を尻目に、刹那は悠々と戦線離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ………、ここは………?」

 

眩しい天井の明かりに、大神は目を開いた。

円形のライトに薄暗い部屋。

少なくとも、いつも自分が暮らしている部屋とは掛け離れた世界だった。

 

「………気がついたかね?」

 

しわがれた声とともに現れた人物に、大神は絶句しそうになった。

 

「て、天海!?」

 

「帝都は我が黒之巣会の手に堕ちた。お前は我々の捕虜となったのだ」

 

「なっ………!」

 

信じられない言葉に、大神は今度こそ声を失った。

自分が意識を取り戻す前に、帝都は魔の手中だったと言うのだから無理はない。

しかし、天海は大神にとって更に衝撃的な言葉を口にした。

 

「ついては大神一郎。お前にはこれから黒之巣会の尖兵にするための改造手術を行う」

 

「何っ!?」

 

「手術に当たり、我の優秀な助手を紹介しよう」

 

次の瞬間、大神はこの世の終わりが来たような衝撃を受けた。

なぜなら………、

 

「ヤッホー大神はん。何やええザマやないか」

 

「こ………、紅蘭!!」

 

手術台に横たわる自分を覗き込んでいたのは、紛れもなく紅蘭だった。

 

「いや~嬉しいわ。ウチ、いっぺん人体改造やってみたかったんや」

 

「紅蘭、君は天海に操られているんだ!目を覚ませ!」

 

「大丈夫や。ウチ、生物の改造に失敗した事はないんやからな」

 

眼鏡の奥の瞳は科学に狂ったマッドサイエンティストそのもの。

もはや説得も不可能だった。

そして、悪魔の宣告が下された。

 

「さあ紅蘭、大神一郎の改造手術を始めろ」

 

「よっしゃ任しとき。さあ大神はん、痛いのは最初だけやからな………!」

 

言うや、紅蘭が無数の機械を取り出して大神に迫る。

 

「う………うわああああああ…………!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「………ハッ!」

 

気がつくと、大神は自分の部屋にいた。

周りには、心配そうに見つめる隊員達の姿がある。

 

「大神さん、大丈夫ですか?」

 

さくらの声に、大神はようやく先程の出来事が夢だと認識した。

 

「………そうだ、あの子はどうなったんだ?」

 

刹那の攻撃から庇ったあの少年。

正義感の強い大神は、自分よりその子の安否が気になった。

 

「ご安心下さい。あの子は怪我一つなく助かりました」

 

「………そうか、よかった」

 

秀介の言葉に安堵の表情を浮かべる大神。

すると、ほかの隊員達も安心した様子で声をかけた。

 

「大神さんも無事で何よりです。医療ポッドで3日も寝たきりだったから、心配したんですよ?」

 

「3日?そんなに意識がなかったのか」

 

「はい。でも大神さんのおかげで子供が助かってよかったです」

 

「私も、少尉の事を見直しましたわ」

 

「覚悟があっても、中々できる事じゃないぜ」

 

「ホンマや、大神はんかっこよかったで」

 

「お兄ちゃん、偉い!」

 

隊員達の称賛に笑顔を返しつつ、大神はマリアの姿がない事に気づいた。

 

「あれ、マリアは………?」

 

「そういえば、いませんわね」

 

辺りを見ても、マリアの姿だけはない。

そんなに冷たい人ではないのだがと不思議に思いつつも、秀介が言った。

 

「今は身体を休めて下さい。次こそ刹那を倒すために」

 

「………ああ、そうだな」

 

すると、紅蘭が待ってましたと言わんばかりに何かを取り出した。

 

「そうや大神はん、ウチがさっきこしらえた漢方薬や。騙された思うて飲んでみて」

 

「あ、ああ………」

 

さっきの夢で改造されかけた事もあり、僅かに敬遠する大神。

しかし、紅蘭の気持ちを無駄にはしたくないので、大神は覚悟を決めて漢方薬を飲み込んだ。

 

「…………に、苦い………!!」

 

「紅蘭………、本当に大丈夫ですの?」

 

「平気や平気。あっちゅう間に傷が治るで。ただ………、」

 

紅蘭が答える間に、大神は急な倦怠感に襲われた。

 

「副作用でめっちゃ眠気が来るんやけどな」

 

紅蘭が言い終わらぬ内に、大神の意識は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………もう夜か………」

 

多少まどろみつつ、大神が目を覚ました。

 

「あ、大神はん。身体の具合はどうかいな?」

 

見ると、そこには紅蘭の姿があった。

自分が作った薬に自信はあったが、やはり大神の事が不安なのだ。

 

「大丈夫、傷もよくなったよ。紅蘭の漢方薬のおかげだね」

 

「ホンマに!?それならよかったわ~。効くかどうか分からんかったからな~」

 

その発言に、大神の顔は一瞬固まった。

 

「こ、紅蘭、俺はモルモットじゃないぞ!」

 

「アハハ、冗談や冗談!そんな危険なもん飲ます訳ないやん」

 

ひとしきり笑って、紅蘭は大神に尋ねた。

 

「大神はん、気分はどうかいな?今の様子なら大丈夫そうやけど………」

 

「………紅蘭の夢を見たよ」

 

「ウチの?一体どんな夢なん?」

 

珍しく顔を紅く染めて尋ねる紅蘭。

何かロマンチックな夢を期待しているのだろうか。

 

「紅蘭が俺に改造手術をする夢だよ」

 

「何や、ウチそんな役でしかででけへんの?」

 

少しがっかりした表情で紅蘭は肩を落とした。

 

「いや、だって紅蘭いつも何かの発明をしてるから………」

 

「まあ確かにな。せやけど大神はん、ウチは人体改造やらヤバい事はせえへん」

 

いつになく真面目な顔で、紅蘭は続けた。

 

「ウチが機械を作るんは、機械に命を吹き込むためや。一個一個やとうごかへんけど、命を吹き込むと、人の役にたってくれる。生き物はそんな事せんでも命があるんやから、改造なんて余計な事はしたらアカンねん」

 

それは、紅蘭だからこそ言える理論だった。

大神は、紅蘭の言葉に我を忘れて聴き入っていた。

機械を通じて人の役に立ちたい。

そんな紅蘭の思いが、ひしひしと感じとれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻った秀介は、もはや日課になっているさくらの稽古に付き合っていた。

今日のシーンは、王子がシンデレラと踊った後、別れる場面。

秀介が担当するのは、当然ながら王子様だ。

 

 

「おお、何と美しい方。どうか私と一緒に踊っていただけないか?」

 

「はい王子様、私でよければ喜んで。」

 

「美しい方………、心の全てが貴女に奪われてしまうかのようだ。」

 

「王子様………。………ハッ、十二時!」

 

「いかがなされました?」

 

「ごめんなさい、私もう行かなきゃ………。」

 

「………!お待ち下さい!」

 

「さようなら王子様。幸せな夢をありがとう………。」

 

 

「凄い演技でしたね、秀介さん」

 

さくらがやや興奮気味に言った。

これまで台本を読んで台詞を声に出すだけだった秀介が、初めて動きを含めた稽古に参加したのだ。

 

「まさか躊躇いなくあたしの手を握って来るなんて………。普通はみんな恥ずかしがってできないんですよ?」

 

「そうでしょうか?僕も、ほとんど感覚で動いたようなものですから………」

 

「本当ですか!?だったら尚の事凄いですよ。秀介さん役者の才能あるんじゃないですか?」

 

「そ、そうですか………?」

 

さくらに褒めて貰えた事もあって、思わず顔を赤くする秀介。

すると、さくらはふとため息をついた。

 

「それにしても、シンデレラはいいですね」

 

「何故、そう思うんです?」

 

秀介が聞き返すと、さくらは俯いたまま応えた。

 

「だって、王子様のような素敵な人と、これからずっと一緒にいられるんですから」

 

「………」

 

「あたし、羨ましいです。この王子様のような素敵な人が側にいてくれたら………」

 

そこまで言って、さくらは顔を上げておどけて見せた。

 

「な~んて、あたしったら何言って………」

 

「………駄目ですか?」

 

しかし、秀介の言葉がそれを遮った。

 

「え………?」

 

「僕じゃ………駄目ですか?」

 

「秀介………さん?」

 

一瞬、さくらは秀介の真剣な眼差しに動けなくなった。

最初はほんの悪戯心だった。秀介が自分をどう思っているか興味がわき、試しに言ってみたのだ。

当然真面目な秀介の事、花組のみんながいると言うと思っていた。

だが、秀介は予想に反して真剣にさくらを気遣かって応えた。

 

「(ど、どうしよう………秀介さんの事なんて、今まで考えた事なかったし………。)」

 

秀介は瞬きすらせず、さくらを見つめたままだ。

 

「あ、あの………」

 

「さくらさん………」

 

「その……ごめんなさい、あたし………」

 

突然の答えに戸惑い、試した事を謝るさくら。

すると、秀介の目が僅かに見開かれた。

 

「………そうですか………」

 

「あ、あの、あたし………」

 

「いいんです、今の言葉は忘れて下さい」

 

平静を装っているつもりだろうが、早口になっている辺りから動揺が見て取れる。

 

「もう遅いですから、今日の稽古はこれまでにしましょう」

 

「秀介さん、待って………!」

 

「………失礼します」

 

そう言い残し、秀介はやや乱暴に扉を閉めた。

 

「秀介さん………」

 

部屋に一人残されたさくらは、そっと秀介の名を呟いた。

そして、今になって自分のした事に後悔した。

馬鹿な事をした。

秀介ならこのくらい、すぐに見破ってしまうのに。

秀介を傷つけた、秀介を怒らせた………

そう思うと、胸の奥がチクチクと痛んだ。

 

「………ごめんなさい」

 

誰もいない空間に、さくらのか細い声が響いた。

だが秀介の本心を、さくらはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん………?」

 

紅蘭が部屋に戻ってから再びまどろんでいた大神は、部屋の物音に気づいて目を覚ました。

 

「あ、少尉。起こしてしまいましたか?」

 

そこにいたのは、マリアだった。

 

「マリア………、俺の部屋に用かい?」

 

「いえ、たまたま近くを通り掛かったものですから………」

 

「そうか。済まない、みんなには心配をかけて」

 

いつになく歯切れの悪い返事を不思議に思いつつ、大神が言った。

すると、マリアはキッと大神を睨んだ。

 

「何故、あんな事を?」

 

「え?」

 

「何故あの時、飛び出したのかとお聞きしているんです!!」

 

大神が聞き返すと、マリアは怒鳴り返した。

 

「それは、子供を守るためだ」

 

「少尉、これだけは言わせていただきます!」

 

珍しく感情的なマリアに驚きつつも答える大神。

しかし、マリアは大神の答えに聞く耳を持たなかった。

 

「今回の少尉の負傷は、少尉自身の責任です。ましてやあの戦闘で、敵をみすみす逃がしてしまった。その事が後により多くの市民を危険に晒す事がわかりませんか!?」

 

「それは違う!!」

 

マリアの言葉に、大神は怪我を忘れて怒鳴り返した。

 

「俺達花組の使命は帝都の平和を守る事にあるはずだ。その帝都の市民、子供一人助けられないで何が花組だ!何が帝国華撃団だ!!」

 

「少尉!わからないんですか!?そんな短絡的思考で、子供一人のために命を懸けるなどナンセンスです!」

 

「マリア、口が過ぎるぞ!それなら君は、あの時子供を見捨てるべきだったと言うのか!」

 

「では仮に子供を助けて、少尉が命を落としたとしましょう。それで貴方は隊長としての責任を果たしたと言えますか?」

 

マリアの理論が的外れとは決して言えない。

今の考えも正しいだろう。

しかし、そのためにほかの命を犠牲にしていいはずがない。

大神はそれが許せなかった。

 

「マリア、君の考えは軍人として正しいかもしれない。だが、市民の命を踏み台にして掴む勝利を、俺は絶対に認めない!」

 

すると、マリアは一瞬悲しげな表情で呟いた。

 

「………少尉が死んだら、あの時と同じなんです………」

 

「………?」

 

マリアの言うあの時を知らない大神は疑問符を浮かべる。

すると、マリアは元の表情に戻った。

 

「………よく分かりました。そのような短絡的思考の人間に、部隊をまとめる力はありません。大神少尉、あなたは隊長失格です!!」

 

「………」

 

「言いたかった事は以上です。それでは失礼します!」

 

そう吐き捨てると、マリアは足早に部屋を後にした。

 

「………俺は、間違っていたのか………?」

 

大神は一人自問したが、すぐに頭を振った。

 

「いや、もしあの時子供を見捨てていたら、俺は一生後悔し続けただろう」

 

たとえマリアの言う通りにして子供を見捨てたとしても、それで子供が命を落としたら、帝都を守ったとは言えない。

 

「ともかく、マリアともう一度話をしよう」

 

取り逃がした刹那がいつ襲って来るかわからない。

戦闘前に隊員同士のいざこざは解消しておきたかった。

 

 

 

 

 

「マリア、待ってくれ!俺の話を聞いてくれ!」

 

「構わないで下さい!」

 

ロビーでマリアを見つけた大神は、話を聞いて貰おうと声をかけた。

しかし、マリアはそれを拒んで聞こうとしない。

大神がマリアを追いかけて、玄関を出た時だった。

 

「フハハハハハハハ!」

 

耳障りな笑い声が聞こえ、二人は空を見上げる。

そこには、空に写った刹那の姿があった。

 

「帝国華撃団マリア=タチバナ。あるいは、『クワッサリー』と呼ぶべきかな?」

 

刹那の口から出た『クワッサリー』と言う言葉に、僅かだがマリアは反応した。

 

「貴様の正体、この蒼き刹那が見破ったり。平和を守る使者とは仮の姿。その正体は醜い鬼畜よ!素性をばらされたくなければ、一人で来るがいい!」

 

言いたい放題そう言って、刹那は消えた。

よくはわからないが、明らかにマリアに対する挑発だった。

二人はしばらく黙っていたが、ややあって大神が声をかけた。

 

「マリア…、行くなら俺もついて行くぞ?」

 

「大丈夫です。少尉は私があんな挑発に乗ると思いますか?」

 

そう言って、マリアは帝劇内に戻って行った。

 

「マリア………」

 

マリア自身は大丈夫と言っていたが、大神にはあの『クワッサリー』と言う言葉がどうも気になった。

加えてマリアは、いつになく冷静さを失っている。

大神の脳裏に一抹の不安が過ぎる。

 

そして、その不安は部屋に戻った時に現実となった。

 

「隊長!隊長、大変だ!」

 

「カンナ!一体どうしたんだ!?」

 

乱暴にノックされた扉を開くと、そこには戦闘服姿のカンナが焦った様子で立っていた。

 

「大変なんだ隊長!マリアが……、マリアの奴が光武で出て行っちまった!!」

 

「何だって!?本当か!」

 

「ああ、詳しい説明は後だ!作戦司令室に急ごうぜ!」

 

「分かった!」

 

あの時止めていればと後悔しつつ、大神はカンナの背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「………これで全員か。」

 

既に作戦司令室には残りの隊員が勢揃いしていた。

 

「マリアが光武で出たのは!?」

 

逸る気持ちを抑えて大神が尋ねると、紅蘭が答えた。

 

「ついさっきや。ウチが光武の整備しとる時に、止めるのもきかんと………」

 

「司令、マリアは今何処に?」

 

「既に発見している。場所は前回と同じ築地だ」

 

その言葉に、大神は自分の予想が当たった事を察した。

マリアは、やはり刹那の要求通りに一人で築地に向かったのだ。

すると、大神の表情から何かを読み取ったあやめが尋ねた。

 

「大神君、何か知ってるの?」

 

「はい、先程刹那がマリアに『クワッサリー』と挑発していた所に遭遇しまして………」

 

「クワッサリー………って何?」

 

やはり初耳らしく、アイリスをはじめ隊員達は首を傾げる。

すると、あやめが話し始めた。

 

「言っておく必要がありそうね。話はロシア革命に遡るわ」

 

「ロシアと言うと、マリアさんの出身ですわね?」

 

「ええ、その革命の中に一人の少女がいたの。コードネームはクワッサリー」

 

「クワッサリーって、まさか………!」

 

「そう、マリアの事よ」

 

大神の言葉に頷き、あやめは続けた。

 

「彼女は当時、兄同然に親しかった部隊長がいたのだけど、彼は革命の戦いで命を落としてしまったの。味方の援護が遅れて」

 

「………それで、マリアさんは戦闘の判断ミスに厳しくなったんですね?」

 

秀介の言葉が、全てを語っていた。

 

「マリアはいつもそうだった。あたい達には、絶対に自分の弱みを見せなかった」

 

「知らんかったわ、マリアはんにそんなヘビーな過去があるやなんて………」

 

紅蘭が力無く呟く。

すると、おもむろにカンナが立ち上がった。

 

「全く、マリアの奴格好付けすぎだぜ」

 

そして、その言葉に隊員達は次々と立ち上がる。

 

「私、人の過去には干渉しない主義ですけど、聞いたからには放っておけませんわ!」

 

「行きましょう、大神さん!」

 

「マリアさんは嫌がるかも知れませんが………」

 

「構う事あらへん。無理にでも連れ帰って来ればええんや!」

 

「お兄ちゃん、マリアの事お願いね!」

 

大神もまた立ち上がると、出撃命令を出した。

 

「よし、帝国華撃団花組、出撃!マリアを助け出すぞ!」

 

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 

いつのまにか、雨が降り出していた。

まるで、自分の代わりに空が泣いているように………。

時折現れる脇侍を打ち倒しつつ、マリアは思った。

脳裏に蘇る凄惨な過去、思い出したくもない忌まわしい過去。

それを忘れられたのは、偏に仲間がいるからだった。

誰かが側にいる事で、自分が孤独でないと認識できる、ほんの些細な幸せ。

それを奪われるのが、マリアは怖かった。

 

「黒之巣会、何処に逃げた!」

 

雨の中、マリアが叫んだ。

敵を威嚇するためではなく、心の奥底に潜む恐怖を掻き消すために。

 

「刹那、出て来い!!」

 

しかし、これが失敗だった。

 

「そんなに怖いか?過去を知られるのが」

 

刹那の声が聞こえた時だった。

マリアの周囲から、脇侍が現れたのだ。

四方八方を包囲され、マリアは逃げ場を失っていた。

 

「し、しまった………!」

 

光武の銃口が、力無く下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

港の敵を蹴散らした花組が目にしたのは、ハッチが開かれて無人となったマリアの黒い光武だった。

 

「大神さん、あれは!?」

 

さくらが光武の真下にある何かに気づいた。

大神が拾ってみると、それはマリアのロケットだった。

 

「マリア………」

 

刹那に捕らえられたか、もしくは………。

大神はロケットから脳裏に過ぎった暗い予想を打ち消した。

マリアは花組の中でも戦闘のプロだ。

こういう時の対処はいくらでも知っている。

そう考えてマリアを探す指示を出そうと立ち上がった時、目の前に一つの影が現れた。

 

「………来たか」

 

闇に溶け込む黒装束の忍。

その姿に、大神は見覚えがあった。

 

「お前は、確か上野公園の………!」

 

「蜩だ。思ったより早かったな」

 

花組を前にして余裕の態度を見せる蜩。

すると、カンナが張り合うように進み出た。

 

「てめぇも奴らの仲間か!マリアをどうした!?」

 

「先程刹那が捕らえたばかりだ。この近くにいるはずだが、それ以上は知らん。刹那の伝言だが隊長が一人で来いとの事だ」

 

そこまで言うと、蜩は煙りのように消えてしまった。

 

「なんて卑怯な………、黒之巣会、気に入らないぜ!」

 

カンナがそう言うと、一隻のモーターボートが花組の前に現れた。

 

「これに乗れ………、という事かしら?」

 

おもむろにすみれが言った。

たしかに大きさから考えて、ちょうど光武一機しか乗れそうにない。

 

「大神さん、これは罠です!」

 

「そうだぜ!危険だ」

 

「連れていってくれるかも怪しいですね」

 

口々に言う隊員達。

大神はしばし考えたのち、決断した。

 

「………、自分の仲間も助けられなくて、何が隊長だ!」

 

言うや、大神はボートに飛び乗った。

 

「し、少尉!?」

 

「いいか、もしマリアだけでも帰って来られたなら、彼女を隊長に花組を再編しろ!」

 

「大神さん!」

 

それは、大神の決死とも言える覚悟だった。

自分の命を犠牲にしてでもマリアを助ける。

大神はそう誓ったのである。

 

「無茶や大神はん!」

 

いち早く気づいた紅蘭が叫ぶが、ボートは大神を乗せて行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「………来たか、大神一郎」

 

「少尉!!」

 

築地の奥に建設された廃工場。

その地下にある刹那のアジトに、マリアはいた。

 

「マリア、大丈夫か!?」

 

大神が声をかけると、マリアより先に刹那が答えた。

 

「安心しろ。捕らえただけで危害は加えていない」

 

刹那の言う通り、マリアは張り付けにされて身動きこそとれないが、目立った外傷は見られなかった。

 

「少尉、どうして来たのですか!?」

 

ここで大神を待っている間、マリアは刹那の企みを知らされていた。

当然、大神が隊員達の静止を振り切って来たのもである。

しかし、大神はマリアに笑顔を返した。

 

「俺は君の隊長だ。隊員を助けるのは当たり前さ!」

 

「これは罠です!逃げて!!」

 

マリアは必死に叫んだ。

刹那の狙いが自分と大神の命である事は知っている。

恐らくは狡猾な刹那の事、自分を人質に大神を殺そうとでも言うのだろう。

大神もそのくらいは分かっていた。

しかし、たとえそうだと分かっていても、隊員を見殺しにしない。

それが大神の正義だった。

 

「たしかに俺が来たのは判断ミスかもしれない。だが、君を見殺しにしての勝利など、これっぽっちも欲しくはない!」

 

「私なんかのために………、本当に………」

 

マリアの瞳から、枯れたはずの涙がこぼれ落ちた。

 

「臭い芝居もそこまでだ。続きは冥土でして貰おう」

 

刹那の血色の爪が振り上げられた。

 

「やあっ!!」

 

そして、大神目掛けて振り下ろされた。

 

「ぐうっ!!」

 

「少尉!!」

 

前回負傷した左の脇腹を切り付けられ、大神はその場に倒れ込む。

すると、嘲笑うように刹那の声が飛んだ。

 

「立て、大神!簡単にくたばられても面白くない」

 

「ぐああっ!!」

 

爪がまた踊った。

切られた脇腹からは血が滲んでいる。

 

「フハハハハ!どうした帝撃の隊長。だらし無いなぁ」

 

「うぅ………マ、マリア………」

 

倒れた大神の頭を踏み付けにし、刹那が笑った。

最早刀を握る事もできない。

 

「さあ、トドメだ!!」

 

大神の首を撥ねんと爪を高々と振り上げる刹那。

マリアはあらん限りの声で叫んだ。

 

「少尉ーーーーーー!!」

 

その時、上から凄まじい爆音と振動が起こった。

 

「な、何事だ………!?」

 

予期せぬ突然の事態に驚く刹那。

すると、天井に穴が空き、上から四機の光武が現れた。

 

「助けに来たで、二人とも!」

 

「み、みんな!」

 

「ば、馬鹿な!何故ここが!?」

 

自分達の居所を捕まれぬよう、様々な用意をしたはず。

それにも関わらず、どうしてここが分かったのか。

それに答えたのは、紅蘭だった。

 

「残念やったな。こんな時のために、各隊員の制服の襟に発信機がつけてあるんや!」

 

「くっ………、貴様らごときが何人来ようと、知れた事よ!」

 

「おうおう、意気がってくれるじゃねぇの!さぁて………、」

 

指を鳴らしながら、カンナがドスの効いた声で刹那を睨みつけた。

 

「マリアをいたぶってくれた落し前、たっぷりとつけさせて貰おうか!!」

 

「少尉、ここは私達に任せて!」

 

「マリアはんの光武も使えるよって、二人とも、早う合流しいや!」

 

「さあ、早く!」

 

刹那との間に割って入り、すみれ達が叫ぶ。

 

「………、バカね、あなたたち」

 

「それでもいいじゃないか。さあマリア、次は俺達の番だ!」

 

「………はい!!」

 

笑顔で答えると、マリアは大神の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「隊長、マリアさん、御無事で何よりです!」

 

外で待っていた秀介が、二人に声をかけた。

 

「秀介、君が廃工場を砲撃してくれたのか」

 

「はい。おかげで間に合ったでしょう?」

 

「ええ、助かったわ」

 

軽口を叩きつつ光武に乗り込む二人。

すると、そこに刹那の魔装機兵が現れた。

 

「こうなれば、貴様ら全員この『蒼角』で始末してくれるわ!!」

 

緑色の機体から刹那の叫び声が聞こえる。

すると、刹那のさらに背後から声が聞こえた。

 

「………随分と見苦しい事だな、刹那」

 

「くっ、蜩か。何の用だ?」

 

「冷たい奴だ。せっかく援軍を呼んでやったと言うのに」

 

「え、援軍だと………?」

 

刹那がそう言った時、突然目の前の海が盛り上がった。

 

「なっ………!?」

 

「あ、あれは一体………!?」

 

刹那だけではなく、その場にいる花組も驚きの表情を見せる。

やがて海の中から現れたのは、吸盤に手足がついた巨大なタコの怪獣だった。

 

「な、なんだあれは!」

 

「解らぬか?貴様の代わりに花組を始末してやるのだ」

 

「しかし、これではこちらまで………!」

 

「ほう、作戦を失敗して尚生き残ると?滑稽な事だ」

 

それはつまり、刹那への死刑宣告であった。

 

「そういう事だ。精々足掻くがいい」

 

「ま、待て、蜩………!」

 

刹那の声も虚しく、蜩は消えてしまった。

刹那はしばらく呆然としていたが、やがて狂ったように叫んだ。

 

「おのれぇ………!こうなれば、貴様らを道連れに死んでくれるわ!!」

 

向かって来る蒼角に身構えつつ、大神は指示を出した。

 

「行くぞ!巨大魔装機兵を撃破する!」

 

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 

大神達が戦う中、秀介は一人、米田に言われた操作を行っていた。

 

「ここのスイッチを押して………、よし!」

 

操縦桿から手を離し、自動操縦を確認する。

米田が考えたアイデア、それはこの自動操縦機能だった。

秀介が変身しても、流星そのものは飛行しているため、正体がバレにくいのだ。

怪獣に立ち向かうべく、秀介はブレスレットを掲げて叫んだ。

 

「ジャーーーーーーーック!!」

 

 

 

 

 

 

「シュワッ!」

 

ジャックは変身するや否や、怪獣に強烈な飛び蹴りをかました。

 

「コァーッ!」

 

怪獣は大きく後ろに飛び、大きな波を立たせる。

 

「あれは、ウルトラマン!」

 

最初に気づいた大神が叫んだ。

すると、刹那を含め、全員がその姿に釘付けになる。

 

「ここに来て光の巨人だと!馬鹿な!」

 

叉丹の言っていた光の巨人……。

まさかこの最悪のタイミングで現れるとは……。

刹那は自分の計画が、音を立てて崩れるのを感じた。

そこに隙が生まれたのを、カンナは見逃さなかった。

 

「今だっ、一百林稗!!」

 

ナックルによる強烈な一撃が、蒼角に炸裂した。

 

「何っ………!」

 

不意をついた一撃を諸に受け、蒼角は全身の回路にショートを起こし始めた。

 

「今だ!全機、集中攻撃をかけよ!」

 

「「了解!!」」

 

光武達は一斉に攻撃を仕掛けた。

 

「ヘッ!」

 

一方、ジャックもまた怪獣相手に善戦していた。

 

「コァーー!」

 

怪獣が口から火炎を吹き出して対抗するが、ジャックは怪獣の頭上を宙返りで飛び越え、背後に回り込んだ。

 

「シュワッ!」

 

そのまま尻尾を掴むと、ジャックは怪獣をジャイアントスイングで投げ飛ばした。

 

「ヘアァッ!!」

 

すかさず両手を十字に組んでスペシウム光線を放つ。

すると、怪獣は炎を上げて大爆発した。

 

「シュワッ!」

 

ジャックはそれを確認し、空へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

そして花組と蒼角の戦いも、終わりを迎えようとしていた。

 

「これで終わりよ………、スネグーラチカ!!」

 

マリアの光武から放たれた凍てつく一撃が、蒼角の身体に風穴を開けた。

 

「黒之巣会に………、栄光あれぇぇぇぇ………!!」

 

その言葉を最後に、蒼角は爆炎に包まれた。

その炎を一瞥し、マリアは凜とした声で言った。

 

「私は、もう過去を振り返りはしない!なぜなら、こんなに素敵な仲間達がいるのだから!」

 

そして、マリアはその仲間達を振り返った。

 

「みんな、本当にありがとう!」

 

 

 

 

「勝利のポーズ………、決めっ!!」

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。マリア、君のロケットだよ」

 

ポーズを決めた後、大神はマリアにロケットを手渡した。

すると、マリアは驚きとともにそれを受け取った。

 

「やだ、いつの間に。………隊長」

 

「ん?」

 

「中を開けて………、いませんよね?」

 

躊躇いがちに尋ねるマリア。

大神は笑って答えた。

 

「ああ、開けてないよ」

 

「そうですか………。ありがとうございます」

 

そう言って、胸の前でロケットを掴むマリア。

その様子に、花組からはブーイングが飛んだ。

 

「な、なんですの!?このラブラブチックな雰囲気は!」

 

「お兄ちゃんは、アイリスの恋人だよ!?」

 

「せめて、場所を考えてはどうですか」

 

「ふーん、大神さんって、結構浮気者なんですね」

 

「へぇー、大神はんも隅に置けんなあ」

 

「や、止めてくれよみんな!」

 

顔を赤くして反論する大神。

すると、その状況に微笑みつつ、マリアが言った。

 

「大神少尉。あなたは私達、帝国華撃団花組の隊長です」

 

「これからも頑張ろうぜ、みんな!」

 

「「おー!」」

 

カンナの言葉に、隊員達は拳を上げて応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中黒之巣会のアジトでも、拳を上げる者がいた。

刹那の訃報を聞いた、弟の白銀の羅刹である。

 

「うおおおおっ!!帝国華撃団、よくも兄者を………!!兄者の仇、この白銀の羅刹が取って見せる!!」




《次回予告》

ヤッホー、アイリスで~す。
明日はアイリスの誕生日!
だ・か・らぁ~、お兄ちゃん、アイリスとデートして!

次回、サクラ大戦!

《浅草珍道中!》

大正桜にロマンの嵐ぃ~!

アイリス、子供じゃないもん!

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