桜舞う星   作:サマエル

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桜舞う星・後編

その頃、ミカサは数千の降魔の軍勢を相手に激しい戦いを繰り広げていた。

三門の主砲と様々な機器を備えたミカサ。

しかし、そのミカサでもこの数の降魔を無傷で倒す事は不可能だ。

事実、ミカサは降魔の猛攻で、徐々に傷を深くしていた。

 

「メインエンジンに異常! 出力低下しています!」

 

「復旧の見込み、ありません!」

 

「右舷の散射砲も、燃えてます!」

 

次々と異常が発生するミカサのコックピットは、たちまちの内にけたたましいサイレンの音に包まれた。

 

「な、何ぃ!? このミカサを以ってしても、駄目だというのか!?」

 

信じられない事態に、米田は驚きで目を見張った。

ミカサは現時点の帝都の科学力全てを備えた最強の戦艦だ。

降魔に勝つ事は出来なくとも、花組が霊子砲を破壊するまでの時間稼ぎは出来る。そう考えていた。

しかし、現実にミカサは既に攻撃手段の半分近くを失っている。

聖魔城がある以上、降魔が人間に対して絶対的優位に立っている方程式は、覆す事が出来なかった。

 

「だが、しかし! わしは帝都を守らねばならん!!」

 

状況が芳しくない事は最初から計算済みだし、覚悟の上だ。

それに花組は自分達以上に危ない橋を渡っているのだ。

自分達がここで退く訳には行かなかった。

 

「豊………、わしは諦めんぞ! お前がそうだったように、わしも正義を貫いてみせる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秀介に三騎士を任せた花組は、聖魔城の内部をひたすらに突き進んでいた。

殺戮の要塞と言うだけあって、内部は暗く、悪臭が立ち込めていた。

負の感情に包まれた闇の城。

こんなものが、この世にあってはならなかった。

 

「………あれは?」

 

ふと、先頭を歩いていた大神が足を止めた。

それに合わせて、花組の隊員達も止まる。

その先には、一つの大きな扉があった。

 

「どうやら、表と同じ仕掛けらしいな」

 

見ると、扉の右端にハンドル型のスイッチがある。

ちょうど近くにいたカンナが試しに回すと、予想通りに扉が開いた。

しかしその時、神武のモニターに緊急表示が出た。

刹那、花組の表情が俄かに強張る。

 

「流光………沈黙………?」

 

沈黙、つまり動かなくなったという事だ。

それはつまり、流光が敵にやられ、秀介がウルトラマンジャックに変身した事を示していた。

 

「………急ごう。秀介と言えども、長くは持たない」

 

ウルトラマンに変身しての活動時間は約3分程度。

一秒でも早く霊子砲にたどり着き、任務を完遂しなくてはならなかった。

足早に扉の奥へ進んで行く花組。

しかし、それを妨害する者がいた。

それは、最後のカンナが扉の方に歩きだした時だった。

 

「!?」

 

突然何かが扉の上に飛来し、爆発した。

その衝撃で岩が崩れ、カンナが花組と寸断されてしまった。

 

「カンナっ!?」

 

瓦礫の奥から大神が叫ぶ。

すると、奥からカンナとは別の笑い声が聞こえて来た。

 

「グハハハハ! 罠にかかったな帝国華撃団!」

 

それは、先程聖魔城前で聞いたあの声だった。

 

「まさか、猪!?」

 

そのまさかだった。

瓦礫の奥でカンナと対峙しているのは、聖魔城前で秀介が戦っているはずの猪だったのだ。

 

「お前ら、秀介と戦っていたはずじゃあ………!?」

 

構えを取りつつ、カンナが叫んだ。

すると、猪は得意げな表情で笑った。

 

「心配はいらん。我等がしもべの三大怪獣が相手をしている。もう生きてはいまい」

 

その言葉に、花組の表情は凍り付いた。

三大怪獣。それは、三騎士の従えていたベムスター、アイスロン、エレキングの事である。

もし猪の言葉が真実だとしたら、秀介はその三大怪獣を相手にたった一人で戦いを挑んでいる事になる。

 

「安心しろ。俺がすぐに後を追わせて………!」

 

猪がそう言った時、何かが外壁にぶつかり、大きな音をたててそれを遮った。

それは、カンナの拳だった。

 

「………てめぇ………、あたいを本気で怒らせたな………!」

 

いつもと比べものにならない迫力で、カンナが猪を睨んだ。

その目は、さながら闘争本能を剥き出しにした熊を想起させる。

 

「隊長、奴の言う事ぁ真に受けるな。奴はあたいが殺る。先に行ってくれ。」

 

「な、何を言うんだカンナ! 君一人では無茶だ!」

 

「お前何しにここに来たんだよ!?」

 

ぐずる大神に、カンナが吠えた。

 

「あやめさんを助けるんだろ!? 叉丹を倒すんだろ!? 帝都を守るんだろ!! こんなところでグズグズしてたら、本当に秀介がやられちまうんだぞ! それでもいいのか!?」

 

「カンナ………」

 

確かにカンナの言う通りだった。

今自分達がするべき事は、一刻も早く霊子砲を破壊し、あやめを助ける事だ。

既にミカサや秀介は、そのために命懸けの戦いを挑んでいる。

その思いを無駄にする事は許されなかった。

 

「わかった………。だから、だからカンナ。生きてまた会おう! 絶対に!」

 

「任せとけ! そうやすやすとくたばるあたいじゃねぇよ!」

 

その言葉に頷き、花組は走り出した。

 

「………不器用だな、あたいは。最後の会話がこれじゃ、ロマンの欠片もねぇ………」

 

その音が聞こえなくなると、カンナは一人笑った。

元々秀介を置いて来た時から、カンナは自分の行為に後ろめたさを感じていた。

桐島流では、いかなる時も相手に背中を向ける事は禁じられている。

あの時は秀介の気持ちを尊重したが、今度ばかりは逃げる訳には行かなかった。

 

「さあ来いよ! メッタクソにしてやらぁ!」

 

両腕の爪を伸ばし、カンナが叫ぶ。

気の弱い者なら逃げ出しそうな気迫だが、猪はそれを鼻で笑った。

 

「馬鹿め。なぶり殺してやる!」

 

すると、猪の背後に魔装機兵『火輪不動』が現れた。

 

「おらああぁぁっ!!」

 

カンナの拳が火輪不動にぶち込まれた。

 

「………今のは攻撃か?」

 

「何!?」

 

しかし、火輪不動はその一撃を受けても、微動だにしなかった。

降魔共は一撃で粉々に吹き飛んだというのに。

 

「教えてやる。これが攻撃だ!!」

 

火輪不動の右腕が、音速の速さでカンナを殴りつけた。

その勢いで後ろの壁に激突した神武から、火花が散る。

 

「う………ああ………」

 

神武から漏れるカンナのうめき声。

それは、カンナが今の攻撃で瀕死に陥っている事を示していた。

 

「お………親父………、隊長………、秀介………、一撃でいい………あたいに、力をくれ………」

 

薄れかけた意識を必死に繋ぎ、カンナは己の霊力を右腕に集中する。

そして、目を閉じて呟いた。

 

「風よ………。自由にして偉大なる、草原の王者よ………」

 

「グハハハハ、これでトドメだ!」

 

動かないカンナを好機と見て、猪が突進して来る。

その時、カンナの右腕が光った。

 

「今こそ我が命を糧として、吠えろ、猛れ、吹き荒れろ!」

 

「くたばれぇ!!」

 

猪が右腕を突き出した。

だが、カンナはそれを左腕一本で受け止め、猪を睨んだ。

 

「桐島流派最終奥義! 目に物見せよう………! 四方攻相君!!」

 

カンナの右腕の光が、猛り狂う猛虎の炎となり、火輪不動を灼熱に包んだ。

 

「ば………馬鹿な! この俺が………焼け死ぬ………だとぉ………!?」

 

灼熱の炎に包まれた火輪不動は、二、三歩後退したのち大爆発した。

そして、カンナの神武も、動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《七号機沈黙》

流光に続いて神武にこの表示が出たのは、カンナの残して間もない時だった。

 

「カ、カンナ………!!」

 

こん棒で殴られたような衝撃が、大神を襲った。

神武が沈黙した。

それは、乗り手の霊力が尽きた事を意味する。

霊力は、その人間が死ぬまで消えない。

つまり………、

 

「最後の最後まで………、最低のヤボですわ! 最低の………!」

 

悔しさの余り、すみれが地面を殴りつけた。

ほかの隊員達も、目の前の事実が信じられないでいる。

 

「行こう………。俺達は、立ち止まってはいけないんだ」

 

悲しむ暇はない。

カンナのためにも、必ず霊子砲を止めなければならなかった。

大神の意を組み、歩き出す花組。

しかしすみれだけは、その場で立ち止まって動かなかった。

 

「………この私を待たせるなんて、何て失礼な方ですの?」

 

誰もいない空間で一人、詰るように言った。

否、一人ではなかった。

なぜなら、すみれの背後から返事が返ってきたからである。

 

「悪いな、前の馬鹿共の茶番が長引いてよ」

 

「………茶番ですって?」

 

現れた鹿の言葉に、すみれは薙刀を抜いて睨んだ。

 

「おいおい、そう怖い顔するなって。せっかくの美人が台なしだぜ?」

 

「お黙りなさい!!」

 

一喝と共に、薙刀を振るうすみれ。

しかし、氷刃不動には傷一つつける事が出来なかった。

鹿もまた、聖魔城の闇の力で妖気が増幅していたのだ。

 

「ケケケケケ! お前こんなに弱かったか? 痛くも痒くもないぜ。」

 

「なっ………!?」

 

攻撃が通用していない事に、唖然となるすみれ。

そこに、凍てつく冷気が浴びせられた。

 

「ああっ!!」

 

身も凍る程の冷たさに倒れるすみれ。

 

「ケッ、花組のトップスターが情けねぇな」

 

「くっ………!」

 

「さて、残りを片付けるとするか」

 

動かなくなったすみれを尻目に、氷刃不動が歩き出す。

その時、すみれが薙刀を手にして立ち上がった。

 

「ん?」

 

こちらに迫ってくる足音に気付いた鹿が後ろを向く。

刹那、矢のように突進して来たすみれの薙刀が、氷刃不動の腹部を深々と刺し貫いた。

 

「グアアァァッ!!」

 

「………おとといおいでなさい! 三下!!」

 

最期の咆哮とばかりに、すみれが吠える。

その勢いは、瀕死の状態にも関わらず、氷刃不動をじりじりと後ろに追いやる。

すると、鹿の真後ろの崖が僅かに崩れた。

 

「は………離せ! このまま落ちれば貴様も………!!」

 

この一帯の土は脆く、一度崩れればどちらも奈落の底へ真っ逆さまだ。

しかし、すみれは平然と言い放った。

 

「それが………、何ですの?」

 

「!?」

 

すみれは、薙刀を握る腕に力を込める。

 

「三下と相打ちなんて………、我ながら最低ですわね………。少尉さん、皆さん、カーテンコールは………頼みましたわよ………」

 

初めて口にした素直な言葉。

それと共に地面が割れ、二つの機体は文字通り、奈落の底へ沈んで行った。

その時、何かが神武の足を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ちょっと待て! すみれくんがいないぞ!?」

 

大神がそれに気付いたのは、ちょうど聖魔城の中枢部に来た時だった。

もしや途中ではぐれたか。

だが、直後の神武に写った表示で、大神の予想は消えた。

 

《弐号機沈黙》

「す………、すみれくん………!!」

 

カンナに続いてすみれまで………。

 

「すみれさん………! もう喧嘩出来ないなんて………あたし嫌よ!!」

 

思わずさくらが叫んだ。

みんなで生きて帰る。

その約束は、果たせなくなってしまった。

 

「………行きましょう、隊長」

 

「………ああ………」

 

悲しみを必死に堪え、歩き出す花組。

しかしその時、目の前に巨大な影が飛来した。

 

「こ、これは………!!」

 

大神の顔が驚きに変わった。

黄金に輝く機体。

印を組む四本の腕。

それは、かつて倒したはずのもう一つの悪の権化だった。

 

「………天照………!!」

 

かつての威厳もそのままに、凄まじい妖気で自分達を圧倒する天照。

その腕が徐にこちらに向けられたかと思った時、飛び出す影があった。

さくらである。

 

「ここはあたしが食い止めます! 大神さん、先に進んで下さい!」

 

「さくらくん!? 馬鹿な、君まで!!」

 

思わず大神が叫ぶ。

天照は花組全員でやっと倒せた相手である。

さくら一人でなど無謀以外の何者でもない。

 

「あたしの………、最期のわがままを聞いて下さい」

 

掌を太刀で受け止めながらさくらが言う。

確かに、もう時間がない。

霊子砲が発射されれば、全てが終わってしまうのだ。

 

「さくらくん………絶対に死ぬな! 秀介のためにも!」

 

そう言い残し、大神が駆け出した。

残る三人も、涙を堪えてそれに続く。

 

「さあ………、あたしが相手よ!」

 

天照を前に、仁王立ちになるさくら。

天照も、狙いをさくらに定めて掌を翳す。

 

「させない………!」

 

一瞬の抜き打ちで掌の一つを切り落とす。

だがその直後、別の方向から激しい妖気の衝撃波がさくらを襲った。

 

「きゃあっ!!」

 

勢い余って後ろの壁にたたき付けられるさくら。

たとえ一本掌を切り落としても、天照には残り三本の腕がある。

到底敵う相手ではなかった。

 

「くっ………」

 

痛む体に鞭を打ち、立ち上がるさくら。

勝てない相手である事は初めから分かっていた。

しかし、ここで時間を食って霊子砲を止められなければ、カンナやすみれ、そして秀介の思いが無駄になってしまう。

殉死する訳ではない。

ただ、こうするしかないのだ。

 

「秀介さん………、あたしに勇気を下さい………」

 

脳裏に浮かんだ恋人の名を呟いた時だった。

さくらの体に、暖かい光が溢れ出したのだ。

その温もりに、さくらは身に覚えがあった。

 

「秀介………さん………?」

 

そう、秀介に抱きしめられた時の、あの温もり。

まるで今、秀介が自分を抱きしめてくれているような、そんな感覚だった。

 

「この温もりがある限り、僕は貴女の側にいます。絶対に」

 

「………ありがとう、秀介さん………」

 

ふと脳裏に浮かんだ秀介の言葉に僅かに笑い、さくらは霊力を太刀に集中した。

 

「破邪剣征………、百花繚乱!!」

 

天照を一点に見据え、まっすぐに太刀が振り下ろされる。

その軌道に沿って鎌鼬が発生し、天照を見事に両断した。

 

「………秀介………さん………」

 

薄れいく意識の中、さくらは秀介の名を呼んだ。

すると、自分を包む暖かい光が、俄かに強まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「第三主砲大破! 主砲全滅しました!」

 

けたたましいサイレンの中、椿が叫んだ。

これでミカサの攻撃手段は、ほぼ潰えた事になる。

 

「飛行状態、維持不可能! このままでは………!」

 

「………よし、お前達は先に脱出しろ」

 

かすみの報告に、米田が静かな口調で言った。

メインエンジンをやられたミカサは、もはや墜落寸前である。

今すぐにでも脱出しなければならなかった。

 

「司令はどうされるんですか!?」

 

まさか墜落寸前のミカサを操作する訳もあるまい。

至極当然の疑問を口にする由里に、米田は意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「わしか? フフフ………、わしには切り札がある。………最後の切り札がな」

 

「ハッ………、まさか………!」

 

その言葉に、かすみが何かに気付いたように反応した。

攻撃手段を失ったミカサに残された最後の切り札。

それが何であるかは、聡明なかすみなら簡単に見抜けるものだった。

その考えが正しければ、こうして自分達を先に脱出させようとしている事も説明できる。

 

「さあ、早く脱出しろ」

 

「長官!」

 

「脱出だ!」

 

椿が何か言いかけたが、米田はそれを遮るように命令を出した。

躊躇いながらも、非常口から脱出する風組。

その様子を最後まで見届けると、米田は自らミカサの操縦桿に手を置いた。

 

「あやめくん………。わしに、軍人としてのいい死に場所をくれたな。感謝する」

 

大切なものを守る事が出来なかった八年前。

あの時の悲しみは、和らげる事は出来ても、忘れる事は出来ない。

その事を悔いながら老いて死ぬより、いっそ軍人として帝都のために華々しい散り様を見せる。

自己犠牲と言ってしまえばそれまでだが、今の米田に敵前逃亡は有り得なかった。

 

「空中戦艦ミカサ、出力全開! 目標、聖魔城!」

 

今や降魔として帝都に仇なす存在となった戦友に礼を述べ、米田はミカサの操縦桿を動かした。

主砲は破壊されてしまったが、幸い動力部分はやられていない。

 

「突撃ぃーーーっ!!」

 

ミカサは煙を上げながら、最後の力を振り絞って魔の城に特効した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………もう………やだよ………」

 

歩く事を止めないながらも、アイリスが涙をこぼした。

《参号機沈黙》

やはりさくらも、守れなかった。

生きてまた会うと誓ったのに………。

 

「済まない………、秀介………」

 

今も戦っているであろう秀介に、大神は悲しみを堪えて詫びた。

その時、前から殺気と共に声が聞こえて来た。

 

「だったら、アタシが地獄に送ってあげるわよ?」

 

「なっ………!? ぐあっ!!」

 

その時、凄まじい雷撃が花組を襲撃した。

三騎士最後の一人、蝶の操る紫電不動だ。

 

「ここまで生きて来るなんて、中々凄いじゃない」

 

「く、くそっ………!!」

 

背後から襲って来た紫電不動に振り向き、大神が悔しげに顔を歪める。

今いる四人の内、マリアも紅蘭もアイリスも接近戦向きではない。

ここは自分が残ってマリアに指揮を委ねるか………。

そう考えた時、目の前を黒い影が過ぎった。

 

「なっ………!?」

 

大神は目を疑った。

なんと、マリアの黒い神武が蝶の紫電不動を押さえ付けたのだ。

 

「時間がありません! ここは私が食い止めます。隊長、早く進んで下さい!」

 

「マリア!よせ!!」

 

闇の力によって強化された三騎士の力はいやと言う程に味わった。

マリアの神武は接近戦向きではないし、今の不意打ちでダメージを受けている。

それが分からないマリアではない。

しかし、マリアは電撃を浴びながら言った。

 

「隊長………みんなの思いを………私の想いを………、分かって下さい………!」

 

「マリア………!! 許してくれ………!!」

 

一言詫び、走り出す大神。

その後ろをアイリスを連れた紅蘭が続く。

 

「離せ! 離すのよ! あいつら逃げちゃうじゃない!」

 

最高電圧で攻撃してくる蝶。

しかし、マリアは三人が見えなくなるまで離さなかった。

 

「………隊長、私は許して貰おうとは思いません」

 

そして、素早く間合いを取って照準を合わせる。

 

「でも、私に幸せをくれた街を、貴方を、最後まで守らせて下さい………」

 

そう呟き、マリアは目の前の降魔を睨んだ。

 

「千億の夜を越え………今輝く………パールクヴィチノィ!!」

 

それは、正に一瞬だった。

背中の巨大な銃口から、蝶目掛けて凍てつく銃弾が連続で撃ち込まれたのだ。

マリアの全霊力を注いだその攻撃で、紫電不動はそのまま仰向けに倒れる。

しかし、マリアの神武も動かなくなった。

 

「………隊長………」

 

その時、マリアは胸に暖かい何かを感じた。

まるで凍り付いていた自分の心を温めてくれるような………、そんな温もりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………マリア………」

 

《一号機沈黙》

目の前の表示を、力無く見つめる大神。

しかし、立ち止まれない。

立ち止まる訳には行かなかった。

そして………、

 

「ここか………!」

 

目の前に立つ巨大な扉を、大神は睨んだ。

扉越しからも伝わる妖気。

花組は遂に聖魔城の最深部、霊子砲の下にたどり着いたのだ。

しかしその時、後ろから声がした。

 

「……ま……待ちな………さい………!」

 

「何っ!?」

 

振り向いた大神は、驚きで目を見張った。

なぜならそこには、マリアに倒されたはずの蝶がいたからである。

しかし、瀕死ではあるらしく、ヨロヨロとしか歩いていない。

 

「アタシとした事が………、油断したわ………。でも………、アタシの愛にかけて………叉丹様の邪魔はさせない………!!」

 

それは、余りに悲しい愛の形だった。

紫電不動は、既に活動限界を迎えているはずだ。

つまり蝶は、自身の精神力だけで動いている事になる。

恐らくは叉丹への忠誠を越えた愛情だろう。

その叉丹は、捨て駒としてしか見ていないであろうに。

 

「お前達も、道連れよ!!」

 

「………っ、自爆する気か!?」

 

紫電不動の動力機関がショートし、開かれた両腕から電流がほとばしる。

その時、そうはさせまいと紫電不動に飛び付く影があった。

 

「アイリス!!」

 

大神が叫んだ。

爆発の規模がどれ程のものかは分からないのだ。

そんな状況で飛び込めばどうなるか、考える間でもなかった。

 

「離れろ! 離れるんだ、アイリス!!」

 

必死に叫ぶ大神。

しかし、アイリスは聞かなかった。

 

「負けないもん………! アイリス達、絶対負けないもん………!! お兄ちゃんは、アイリスが守る!!」

 

「止めろ! アイリス!!」

 

アイリスは紫電不動もろともテレポートし、大神の視界から消えた。

それと同時に、アイリスから通信が入る。

 

「お兄ちゃん………帰ったら、デートしてね………」

 

刹那、崖下で激しい爆発が起きたかと思うと、アイリスの通信はブッツリと途切れた。

アイリスの身に何が起きたのか。

それは、目の前の赤い表示が物語っていた。

《四号機沈黙》

 

「みんな………」

 

霊子砲にたどり着く事は出来た。

しかし、そのために余りに多くを失ってしまった。

 

「振り向くな、紅蘭………」

 

「え………?」

 

後ろを振り向きかけた紅蘭を、大神が止めた。

その視線は、目の前の扉に向けられたままだ。

 

「振り向いてはいけない。俺達は、振り向いてはいけないんだ!」

 

「大神はん………」

 

大神の神武が、右手の拳を固く握りしめる。

振り向いてはいけないのだ。

カンナも、すみれも、さくらも、マリアも、アイリスも、秀介も、それを望んでいる。

 

「みんなの思い、決して無駄にはしない!見ていてくれ!」

 

全ての悪の根源を前に、大神は誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖魔城最深部、終末の間。

中に足を踏み入れた大神と紅蘭は、その桁違いの妖気の強さを感じた。

 

「大神はん、あそこ!」

 

紅蘭が、部屋の奥を指差した。

そこには、紫色のまがまがしい形をした砲台があった。

霊子砲。古代の殺戮兵器が、その裁きを下す時を待っているのだ。

しかし、大神の視線はその前に立つ人物に向いていた。

 

「ようこそ………」

 

「あやめはん!」

 

黒い翼を羽ばたかせ、冷たい笑みでこちらを見るかつての仲間。

殺女だった。

 

「よくここまで来たわね。これで決着がつけられるわ」

 

「どいてくれ、あやめさん!」

 

目の前に降り立つ殺女に、大神が言った。

 

「俺達には果たさなくてはならない使命があるんだ! 邪魔するなら、たとえ貴女でも………!!」

 

そこまで口にした時、殺女がフワリと大神の左肩に乗った。

 

「たとえ私でも………なあに?」

 

意外そうな表情を浮かべ、殺女が笑った。

 

「フフフ………、大神君に私が倒せて?」

 

「………」

 

無言で殺女を見る大神。

すると、殺女は大神の肩から離れ、トレードマークでもある神武の角を撫でた。

 

「フフフ………、可愛いわね。いいわ、やってごらんなさい。二人きりで決着をつけましょう」

 

「アカン………、アカンで、大神はん!」

 

思わず紅蘭が叫んだ。

確かに自分達の最重要任務は霊子砲の破壊だ。

しかし、あやめの救出もまた使命である。

それに、降魔とは言えかつての仲間なのだ。

ましてや紅蘭にとって、恩師のあやめと恋人の大神が殺し合う等、悪夢以外の何者でもない。

 

「大丈夫だ。俺があやめさんを説得する。紅蘭は手を出さないでくれ」

 

無論その事は、大神も十二分に分かっていた。

すると、幸か不幸か殺女も大神に同意した。

 

「そうね、二人の決着だもの………。誰にも邪魔はさせないわ」

 

そう言って、殺女は翼を羽ばたかせ、魔装機兵を召喚した。

 

「さあ、行くわよ大神君!」

 

刀を手で遊ばせながら、殺女が凄絶な笑みを浮かべる。

しかし大神は、二刀を抜かずに叫んだ。

 

「あやめさん! 貴女は、叉丹に騙されている!」

 

「騙されていたのは貴方達よ。なぜなら、これが本当の私なのだから!」

 

言うや、殺女が刀を振るった。

 

「くっ!」

 

女性とは思えない程の強い一撃が大神を襲う。

 

「大神はん!」

 

「来るな! ………手を出すんじゃない………!」

 

思わず大砲を構えた紅蘭を、大神が制止する。

 

「そうよ大神君。これは二人の戦い………。さあ、刀を抜きなさい」

 

「俺の目的は貴女と戦う事じゃない!叉丹を倒す事だ!どいてくれ!」

 

「それをさせないのが私の使命よ?」

 

刀が再び一閃した。

先程以上の威力に、大神は思わず後ずさる。

 

「アカン………。このままやと大神はん………」

 

「あやめさん! 止めてくれ!!」

 

一縷の望みを賭けて大神が叫ぶ。

しかし、帰ってきたのは変わらぬ冷たい笑い声だった。

 

「フフフ………、何を言ってるの?今宵は二人の楽しい舞踏会よ?ほら、醜く踊ってごらんなさい!」

 

三撃目の刀が、深々と食い込んだ。

 

「ぐあっ!!」

 

「………そんなに私を傷つけるのが怖いの?」

 

片膝をつく大神に、殺女が冷ややかな視線を上から浴びせた。

 

「本当に可愛い子ね………。楽に殺してあげる」

 

またたび大神を切り付け、殺女は翼を広げて舞い上がった。

 

「あやめはん! どないなってもうたんや! いつもの優しいあやめはんに戻って!!」

 

「今宵、霊子砲の裁きにより………世界は闇に還る。ほら、ごらんなさい」

 

紅蘭に返事を返す事なく、殺女は霊子砲の下にあるレリーフを刀で示した。

その時、最後の亥の文字が光り、レリーフ全体が光り始めた。

霊子砲発射準備が、整ったのである。

 

「血の涙は我が美酒。その慟哭は、心地好い旋律。そして、絶望は我等の時を告げる鐘………。幾億の命の絶望と恐怖に、私は酔いしれるの。叉丹様と共にね」

 

人々の恐怖も絶望も、殺女にとっては快楽でしかない。

なぜなら、彼女はもう人間ではないのだから。

 

「さよなら、大神君!」

 

刀を突きの体制で構え、殺女が殺到する。

しかしその時、二人の間に一つの影が飛び込んだ。

 

「こ………、紅蘭っ!!」

 

それは、何と紅蘭だった。

今の一撃で腹部を切り裂かれ、火花が飛び散っている。

 

「俺を庇って………なんて事を!」

 

散って行った六人の仲間を想起し、駆け寄る大神。

すると、紅蘭は呻きも罵倒もなく、こう言った。

 

「………急発進エンジン……作っといて、正解やったな………」

 

「紅蘭………」

 

「………人間は、時々こんな奇妙な事をするのね………」

 

かつての自分、藤枝あやめなら、同じ事をしただろうか。

紅蘭の様子を見てそう考えていた時だった。

傷ついたはずの大神の神武から、凄まじい霊力が溢れ出したのだ。

 

「な、何だ………、この霊力の高まりは!」

 

「俺はね、あやめさん………」

 

驚くあやめに、大神は話し掛けた。

 

「たとえ邪悪の化身となっても、貴女に惹かれていた………。世界が滅んでも、全てを失っても、貴女のいた日々に戻りたい………。心の何処かでそう思っていた」

 

初めて出会った時から憧れ続けたあやめ。

花組隊長として過ごした一年の中で、あやめの存在は大神にとって最も大きなものだった。

それは、こうしてあやめが降魔として目覚めた今でも変わらなかった。

 

「でも、みんなが………、そして貴女が教えてくれた! 負けてはならない時がある! 全てを捨てても、進まなければならない時がある!!」

 

かつての仲間でも、刃を向けるなら戦う。

たとえ、それが大切なものを失う事になったとしても。

それが、今は亡き六人が命を以って、大神に残した贈り物だ。

 

「もう俺は迷わない!! 紅蘭、見ていてくれ!!」

 

そして、大神は己の分身である二刀を引き抜く。

暗い部屋の中に、白銀の太刀が光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終末の間における大神と殺女の一騎打ち。

先程の状況が嘘のように、殺女は大神の攻撃に防戦一方となった。

殺女が刀を振るおうとすれば、それをことごとく大神が受け止め、逆に切り掛かって来る。

 

「まさか………、これが本当の君の力だと言うの………!?」

 

激しい剣戟の中、殺女が信じられない様子で呟く。

先程まであれだけ戦う事を拒んでいた大神が、迷わず自分に刃を向けて来る事が、信じられなかった。

そして何回目かの斬撃を受けた時、殺女の体が泳いだ。

 

「そこだあっ!!」

 

裂帛の声と共に、二刀が炸裂した。

その一撃で、殺女は刀を落としてひざまづく。

 

「やるわね………。さあ、貴方自身でトドメを刺しなさい!」

 

殺女が言った。

大神は、その言葉に二刀を振り上げる。

以前もこんな事があった。

魔神器を奪われないために自分を撃てと言われたあやめを、大神は撃てなかった。

しかし、今回は違う。

殺女を倒さなければ、霊子砲が発射される。

それは帝都の、いや、世界の破滅を意味していた。

進まなければならなかった。

たとえ、全てを捨てても。

 

「うわあああああっ!!」

 

脳裏に過ぎるあやめとの思い出。あやめの笑顔。

その全てを断ち切るかの如く、大神は狼にも似た咆哮と共に二刀をたたき付けた。

 

「………」

 

無言のまま倒れる殺女。

 

「………あやめさん………」

 

殺女との一騎打ちは、大神に軍配が上がった。

しかし大神の胸に去来したのは、勝利の余韻ではない。

どうしようもない虚しさと、寂寥感だった。

 

「………来たか、帝国華撃団」

 

仇敵の声が聞こえたのは、その時だった。

 

「葵叉丹………!!」

 

帝都を襲い、あやめを奪った張本人。

大神は、刀を突き付け吠えた。

 

「覚悟しろ! 俺達が正義の鉄槌を下してやる!!」

 

「ふん、かつての仲間を手にかけて正義だと? 片腹痛い!」

 

叉丹は大神の声を鼻で笑い、その場に降り立った。

 

「二人まとめて始末してやる。地獄で殺女に詫びるがいい!」

 

「よう言うわ! 覚悟するのはそっちやで!!」

 

手早く神武の応急処置を済ませた紅蘭が叫んだ。

流石は神武を知り尽くしているだけあり、神武は完全に機能を回復している。

 

「大神はん、ウチも戦うで! あやめはんの仇、取ったろうやないか!!」

 

「紅蘭………。よし、行くぞっ!!」

 

奮い立つ紅蘭を隣に迎え、大神もまた二刀を構える。

すると、叉丹はその様子を嘲るように笑った。

 

「そのかりそめの正義、我が神機で無に還してくれる。来い、『神威』!!」

 

終末の間の中央に立ち、叉丹が叫ぶ。

すると、四方八方から光が集まり、殺女のものとそっくりの魔装機兵が現れた。

その背中に悪魔の翼を持つ『神威』。

その魔の力に呼び寄せられ、降魔が次々と姿を見せる。

 

「私から殺女を奪った罪、死して償え!」

 

降魔達の中心で、叉丹が抜刀しつつ叫んだ。

 

「負けるものか! お前を倒し、帝都に平和を取り戻す!! 行くぞ、紅蘭!!」

 

「了解や!」

 

負けじと叫び返す大神に、力強い返事が返って来た。

それに頷き、二人は同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都を脅かす全ての根源、葵叉丹。

その叉丹の擁する神威と降魔達を相手に、大神と紅蘭は果敢に挑みかかった。

 

「紅蘭、俺が叉丹を攻撃できるようにフォローしてくれ!」

 

「よっしゃ、任しとき!」

 

大神の指示を受け、紅蘭は十三門の大砲を次々とぶっ放した。

その全てが降魔を正確に打ち抜き、一撃で死に至らしめる。

それに反応した降魔も大神より紅蘭を狙い、大神はその隙に叉丹の前に立った。

 

「行くぞ叉丹! 正義の力を受けるがいい!」

 

「ほざけ! 貴様ごときに私は倒せん!」

 

言うや、叉丹は太刀を振り下ろしてきた。

素早くそれを左の刀で受け流し、右の刀で切り掛かる。

 

「くっ、小癪な真似を………!!」

 

翼を広げて空中に舞い上がり、大神の追撃を回避する神威。

そして、叉丹は妖気を集中させた。

 

「来たれ………、地獄の御使い………獣之数字!」

 

叉丹の左手が大神に向けて突き出された。

刹那、左手から放たれた妖気が巨大な髑髏を形作り、大神を包み込んだ。

 

「くっ………! こ、これは!?」

 

衝撃とともに動かなくなった神武。

その様子に、叉丹が満足げに笑った。

 

「フハハハハ! 見たか、我が魔の力を!」

 

「くっ!」

 

「我が舞いに果てろ! 帝国華撃団!」

 

動けない大神目掛けて、刀を突きの体勢に構えた叉丹が突っ込んでくる。

しかし、その途中で何かが叉丹に飛来して来た。

 

「むっ!?」

 

素早く刀を振るって切り落とす。

それは、紅蘭の大砲だった。

 

「大神はんはやらせへん! ウチが相手や!」

 

見れば、周囲の降魔達は全滅している。

あの短時間の間に、紅蘭は降魔を一人で倒していたのだ。

 

「フッ、良かろう。ならば貴様から始末してやる」

 

言うや、叉丹は標的を紅蘭に変え、襲い掛かって来た。

紅蘭も負けじと大砲を撃つが、叉丹は巧みに神威を操作してかわして行く。

紅蘭は十三門の大砲のおかげで、花組の中ではカンナに並んで高い攻撃力を持つ。

よって遠距離戦ならかなり有利なのだが、反面防御力は低く、懐に入られると脆さを露呈する事になってしまう。

故に紅蘭は、近付かれる訳には行かなかった。

 

「さあ、あの世に行くがいい!」

 

猛スピードで紅蘭に殺到する叉丹。

しかし、追い詰められたはずの紅蘭の顔は笑っていた。

 

「………それはどうやろな?」

 

「何………?」

 

紅蘭の言葉に叉丹が眉を潜める。

その時、すぐ背後から強烈な殺気が浴びせられた

 

「狼虎滅却………!」

 

「なっ!?」

 

振り向いた叉丹は仰天した。

何と、つい先程まで動けなかったはずの大神が、背後で双剣を振りかぶっていたからだ。

 

「無双天威!」

 

 

緑色の稲妻を纏わせ、大神の二刀がたたき付けられた。

 

「ぐおおっ!!」

 

凄まじい一撃に神威の動きが止まる。

片方が注意を引き、もう片方がその隙を突く。

大神と紅蘭の二人だからこそできる、正に阿吽の呼吸だった。

 

「紅蘭、今だっ!」

 

素早く神威から距離を取り、大神が叫んだ。

それに頷き、紅蘭は右下のスイッチを押す。

 

「お前がそれを神っちゅうんやったら、これがウチの神や! 四神降臨!!」

 

刹那、紅蘭の神武から四つの機械が飛び出した。

 

「これぞ勝利の科学! 来たれ! 聖獣ロボ!!」

 

現れたのは、東の青龍、西の朱雀、北の白虎、南の玄武を象った巨大ロボ達だった。

一体今まで何処に収納していたのか実に不可解だが、今はそんな事はどうでもいい話だ。

 

「小賢しい! そんなまがい物で私を倒せるど思うか!?」

 

「まがい物かどうか試してみ! 聖獣ロボ、総攻撃や!!」

 

紅蘭の命令で、四神が動いた。

 

「ふん、こんな子供騙し………!」

 

目の前を飛来する朱雀を最初の標的に定め、刀を突きだそうとする叉丹。

しかし、その背後から青龍が破壊光線を吐き出した。

 

「むっ!小癪な………」

 

「ホレホレ、よそ見しとる暇はないで!」

 

「何!?」

 

青龍に気を取られて上を見た隙に、足元に忍び寄った白虎が神威を引っかき回した。

 

「くっ!」

 

続いて朱雀が正面から炎を纏って神威にぶつかった。

 

「グハッ!」

 

その勢いで真後ろに吹っ飛ぶ叉丹。

そこにトドメとばかりに、玄武がボディプレスをかました。

 

「よっしゃ! 大成功や!」

 

聖獣ロボの活躍にガッツポーズを決める紅蘭。

すると、大神が口を開いた。

 

「紅蘭、霊子砲を止めるぞっ!」

 

「了解や!」

 

今の戦闘で少々神武に無理をさせ過ぎた。

既に活動限界が近い。

二人は急いで霊子砲に向かおうとした。

しかしその時、終末の間に漂う妖気が叉丹に集中した。

 

「大神はん、叉丹が!」

 

「何っ!?」

 

見ると、倒したはずの叉丹が、刀を構えてこちらを睨んでいた。

 

「この私が貴様らごときに敗北するなど………! ………認めんぞ! 断じて!」

 

「………今こそ全ての決着をつける時だ。行くぞっ!!」

 

残る霊力を集中させ、二刀に稲妻が宿る。

それに合わせ大神の飛行ユニットが展開され、神威も黒い翼を伸ばす。

 

「うおおおおおっ!!」

 

「てやあああああっ!!」

 

雄叫びと共に、二つの機体が交差した。

僅かな沈黙。

そして、神威がゆっくりと足をついた。

 

「やったか………」

 

交差した時に感じた確かな手応えに、大神が振り向く。

すると、ヨロヨロと霊子砲の下に歩く神威の姿が写った。

 

「何をする気だ………?」

 

怪訝な表情を浮かべる大神。

その時、終末の間の部屋全体から、妖気が霊子砲に集まり始めた。

 

「フフ………、この城の妖気全てを解き放つ! 世界を闇に沈めてくれるわ!」

 

もはや最期の力で、叉丹が吠えた。

途端に、霊子砲が光り始める。

 

「止めろ………っ!?」

 

止めようとした時、神武が急に動きを止めた。

見ると、紅蘭の神武も同じように沈黙している。

 

「アカン! 大神はん、神武に活動限界が来とる! これやと動かれへんで!」

 

「何!? くそっ、今になって………!!」

 

ここで霊子砲を撃たれては、これまでの全てが無駄になってしまう。

しかし、いくら操作しても神武は動く気配を見せない。

 

「(ここまで来て………、俺達は帝都を守れないのか………!)」

 

無念さを露にする大神の前で、叉丹が高らかに笑った。

 

「私の勝ちだ、帝国華撃団! さあ愚かな人間共よ! 貴様らの罪を、償え!!」

 

その叫びと共に、霊子砲からまばゆい裁きの光りが放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、誰もが気づかなかった。

 

 

 

 

その裁きを止められる、最後の切り札の存在に。

 

 

 

 

 

「させるかぁぁっ!!」

 

米田の叫びと共に、ミカサが正面から裁きの光を受け止めた。

光はそこら中に分散し、ミカサは後ろが炎に包まれた。

 

「これで終わりだぁっ!!」

 

米田は更にミカサのスピードを上げた。

ミカサは光を押し返し、そのまま聖魔城に突っ込んだ。

その衝撃で、聖魔城は大和ごと僅かに海に沈み、高波が起こった。

その真ん中で、ミカサは煙を上げて聖魔城に突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………こ、これは………?」

 

目の前で起きた出来事に、大神は一瞬戸惑った。

確かに霊子砲は発射されたはずである。

しかし気が付けば霊子砲は沈黙し、聖魔城そのものが完全に停止していた。

天井が崩壊し、白日のもとに曝された霊子砲の下には、色違いの神威が倒れている。

見ると、煙を上げるミカサが目に止まった。

 

「ミカサ………? 米田司令がやったのか………?」

 

霊子砲が破壊され、聖魔城そのものが機能を停止した今、帝都に危害が加えられる事はない。

と、いう事は………。

 

「俺達は………勝った………のか?」

 

徐に呟いた時だった。

突然聖魔城全体が震動に襲われたのである。

 

「な………何っ!?」

 

単なる地震ではない。

それを口にしたのは紅蘭だった。

 

「大神はん、神武の霊子計が振り切れとる。この妖気、ハンパないで!」

 

「何だって!?」

 

叉丹を倒し、霊子砲を止めた今、これ以上ここに何がいるというのか。

すると、叉丹の神威が光の膜に包まれて宙に浮いた。

そして、光の膜が弾けたかと思うと、中から超巨大な怪物が現れた。

角と翼を生やし、凄絶な笑みを浮かべるその姿は、正しく悪魔が相応しい。

 

「我、蘇り………。罪にして闇。とこしえなる不滅の存在。その名、『悪魔王サタン』!」

 

「悪魔王サタン………。あれが………、葵叉丹の正体なのか?」

 

見た目はほぼ怪獣に近いが、声は正しく葵叉丹である。

良く似た名前とはいえ、流石に神話に出て来るサタンその人とは思わず、大神は少し驚いた。

 

「来たれ………」

 

サタンが両手を上に上げた。

 

「裁きの時は来た。この世界を、始まりの闇に戻す。今日こそが大いなる暗黒の始まり。今日こそ、我が望みが現実となるのだ!」

 

「な、なんという力だ………。このまま、世界は滅ぼされてしまうと言うのか!?」

 

まるで威厳すら感じさせるサタンの力に圧倒される大神。

すると、紅蘭が大神に言った。

 

「諦めたらアカンで、大神はん! それは悪魔に魂を売っぱらうようなモンや!」

 

「ああ………そうだったな! 俺達は屈しない! 俺達の背中に、世界中の人々の未来がかかっているんだ!」

 

紅蘭の言葉に正義の信念を思い出し、奮い立つ大神。

しかし、今回ばかりは流石に相手が悪すぎる。

その時、大神は胸の中に何やら暖かいものを感じた。

 

「(これは………?)」

 

何だか前にも感じた事があるような暖かさ。

まるで、正義を貫こうとする自分を後押ししてくれているかのようだ。

 

「大神はん、あれ!!」

 

「どうした? ………こ、これは!?」

 

紅蘭が指差した方向を見て、大神はまたも仰天した。

なぜなら、サタンと同じように殺女の神威が光の膜に包まれたかと思うと、巨大な天使の姿になったからだ。

純白の翼と、美しい後光。

その神々しさは、位の高い天使を想起させる。

 

「お立ちなさい………」

 

天使は、優しい笑みをたたえ、大神と紅蘭に話し掛けた。

 

「あ………あやめさん………?」

 

天使の姿とはいえ、その顔は正しくあやめ本人である。

しかし、天使はキッパリと否定した。

 

「いいえ、私は大天使ミカエル。輪廻転生を繰り返しながら、サタンと共に歩む者です」

 

「大天使ミカエル………?」

 

「そう。サタンが葵叉丹としてこの世界に現れた時、私も藤枝あやめとして、この世界に現れたのです………」

 

輪廻転生。

その話が事実だとしたら、ミカエルとサタンは途方もない月日を過ごして来た事になる。

 

「さあ、お立ちなさい。世界を守り、自分の足で」

 

ミカエルが言うと、大神は目を閉じて言葉を返した。

 

「しかし………、俺は大切な仲間を………、失ってしまいました」

 

「いいえ、貴方は失ってなどいません。その胸に、光を感じるでしょう?」

 

意外な事を口にするミカエル。

すると、大神は胸の温もりが強くなるのを感じた。

 

「まさか、この温もりの事ですか?」

 

「そうです。それは、この星を愛し、全ての命を守り抜く事を誓った勇士の思い。………ご覧なさい」

 

そう言って、ミカエルが扉の方を指差した。

そこには、大神と紅蘭にとって、信じられない光景が広がっていた。

 

「……み……みんな……」

 

何と、そこには死んだはずの花組の隊員達が、にこやかな笑顔でこちらに走って来たのだ。

 

「みんな!!」

 

大神と紅蘭は、神武のハッチを開けて飛び出した。

 

「みんな、無事だったのか!?」

 

「当たり前さ! 言ったろ?そうやすやすとくたばらねぇってよ!」

 

「その通りですわ。この私達が、降魔ごときに遅れは取りませんわ」

 

「何言ってんだか。あたいが足掴まなかったら、お前今頃ペシャンコだぜ?」

 

「せやけどみんな、霊力が尽きたのにどうして………」

 

紅蘭が喜びながらも疑問を口にする。

すると、カンナとすみれを止めながらマリアが答えた。

 

「実は、私達全員、不思議な感覚を感じたんです」

 

「感覚? まさか、胸が暖かいとか?」

 

もしやと思い尋ねると、案の定さくらが驚いた様子で答えた。

 

「そうなんです。という事は大神さんも………?」

 

「ああ、俺も今感じている。この温もりはミカエル、貴女が………?」

 

もしやミカエルがみんなを蘇らせてくれたのか。

そう思った大神だが、ミカエルは首を振った。

 

「いいえ、私は何もしていません。それは、貴方達を愛し、この星を守ると誓った勇士の力です。」

 

この星を守ると誓った勇士。

その言葉に、さくらはピンと閃いた。

 

「まさか………秀介さん?」

 

そのまさかだった。

オーブは宿主が力尽きる寸前、その命の光を七つに分け、大神達に一体化させたのだ。

 

「それじゃ、やっぱり秀介死んじゃったの?」

 

不安げにミカエルに尋ねるアイリス。

しかし、ミカエルは三度首を振った。

 

「いいえ。彼は貴方達と一体化しているに過ぎません。彼は今も、貴方達と共に生きています」

 

「秀介さんが………、あたし達の胸の中に………」

 

そう呟いて胸を抑えると、それを肯定するかのように温もりが増した。

 

「さあ、行きなさい。七つの光が一つになる時、光は奇跡を起こします」

 

「よし、みんな!」

 

大神の言葉で、花組は円陣を組んで左手を重ねる。

すると、重なった左手で光が一つになり、真上へ伸びた。

 

「よし、帝国華撃団花組、出撃!ウルトラマンを………、いや、御剣 秀介を援護せよ!」

 

「「了解!」」

 

そして、花組は一斉に左手を天に掲げ、勇士の名前を叫んだ。

 

 

 

「秀介ーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上より遥か上に位置する宇宙空間。

そこで地球を憎々しげに睨むサタンの前に、一筋の光が現れた。

赤と銀の体。胸のカラータイマーと左手のブレスレット。

この星を愛し守ると誓った光の救世主。

 

「シュワッ!!」

 

ウルトラマンジャックが、蘇ったのだ。

 

「光の巨人!?」

 

目の前に現れた光の象徴に、サタンの顔が驚きに変わる。

そして、サタンは何かに気づいた。

 

「それにこの力………、まさか!?」

 

「そうです、サタン!」

 

「………ミカエルか!!」

 

その言葉に、ミカエルがサタンの近くに降りた。

その力は、大きさでサタンが何十倍もあるにも関わらず、互角に感じられる。

 

「貴方の闇に対抗しうる、唯一の力。それは信頼と愛。人間の心の光。大いなる、天の父の力です!」

 

「相変わらず、下らぬざれ言だ………!」

 

「還りましょう、サタン。大いなる父の御許へ………」

 

「黙れ!!」

 

ミカエルの言葉を一蹴し、サタンは目の前のジャックを睨みつけた。

 

「高が巨人一人で、我に勝てると思うか?」

 

「勝って見せます………、僕に命を与えてくれたみんなのために」

 

体中に漲る力を感じながら、ジャックは構えた。

今、世界の命運を賭けた決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「身の程知らずめ! このサタンの前で醜く死ぬがいい!」

 

サタンの腕から黒い光弾が飛んだ。

 

「これしき!」

 

ジャックも負けじと、ウルトラショットを放つ。

目の前でぶつかり合う光と闇。

しばしの間均衡していた二つの力は、最終的に、爆発して消え去った。

すると、その爆発を突っ切ってサタンが飛び込んで来た。

 

「なっ!?」

 

「遅い!」

 

ジャックが身構えるより早く、サタンの腕がジャックを殴り飛ばした。

 

「ヘッ………!」

 

大きく後ろに吹っ飛ばされながら、ジャックは必死に踏み止まる。

そこに、サタンの黒い光弾が襲い掛かった。

 

「シュワッ!」

 

素早くブレスレットをディフェンダーに変え、迫り来る光弾を防ぐ。

その時、サタンの額にある宝玉が怪しく光った。

 

「なっ………!?」

 

刹那、ジャックの体が凍りついたように動かなくなった。

続いて、サタンの角が光る。

 

「くっ!」

 

今度は脱力感がジャックを襲った。

サタンは角の光で、ジャックのエネルギーを奪い取ったのだ。

 

「馬鹿め………、悪魔王たる我に刃向かう等、愚か以外の何者でもない」

 

凄絶な笑みを向けるサタン。

しかし、ジャックは屈しなかった。

 

「僕は諦めません。みんなが繋いでくれた命ある限り!」

 

「小賢しい。ならばそのちっぽけな命、我が握り潰してくれる!」

 

サタンの腕から、また光弾が放たれた。

それを大きく飛んで回避し、ジャックはサタンの宝玉を狙ってスペシウム光線を撃ち込んだ。

だが、数々の強敵を倒して来た必殺技も、サタンには通じなかった。

 

「だから、愚かと言うのだ」

 

再び角が光った。

 

「ヘッ………!」

 

急激なエネルギーの減少に、ジャックのカラータイマーが点滅を始めた。

もはや時間もない。

しかし、全てにおいて自分を上回るサタンに、勝ち目などあるのだろうか。

 

「死ねぇ!!」

 

弱り切ったジャックに、サタンが光弾を放つ。

しかし、それは別の方角から放たれた光線によって阻止された。

 

「………誰だ?」

 

徐に、サタンが視線を動かした。

ジャックも、その方向に目を向ける。

そこには、宇宙警備隊隊長にして、かつて地球を愛したもう一人の勇士の姿があった。

 

「ゾフィー兄さん!」

 

「………来たのですね、一ノ瀬大尉」

 

ミカエルが、懐かしむように口を開いた。

すると、ゾフィーもミカエルとサタンを交互に見る。

 

「昔を思い出す。………そんな気分には浸れないとしてもな」

 

「兄さん………」

 

僅かに悲しげな表情を見せるゾフィー。

しかし、次の瞬間にはそれを打ち消し、ジャックを見た。

 

「ジャック、くじけるな。その命は、今やお前一人のものではないのだ」

 

「兄さん………」

 

「わかっている。この戦いは、お前自身の手で決着をつけるんだ」

 

今地球を守っているのはジャックであり、ゾフィーではない。

兄として弟のピンチは見過ごしたくはないが、弟がこの逆境を切り抜けられる事は、ゾフィーが一番良く知っていた。

 

「だが、敢えて言おう。………最後まで戦い、そして勝て! 光の勇士、ウルトラマンとして!」

 

「はい! 兄さん!!」

 

力強い返事に頷き、ゾフィーはジャックに掌を向けた。

すると、失ったエネルギーがジャックのカラータイマーに送られ、元の青に戻る。

それを確認して、ゾフィーは宇宙の彼方へ飛び立って行った。

 

「力が………、漲って来る………!!」

 

「さあ、貴方の手で正義を示すのです」

 

ミカエルの言葉を受け、ジャックは再びサタンに立ち向かった。

 

「愚かな! 何度戦おうと同じ事だ!」

 

再びジャックのエネルギーを吸い取ろうと、サタンの角が光る。

しかし、そう何度も同じ手を喰らうジャックではなかった。

 

「ヘッ!」

 

素早く上に移動し、蹴りの姿勢で急降下する。

その一撃は、サタンの左の角に命中し、粉砕せしめた。

 

「グッ! 小癪な真似を………!!」

 

サタンの額の宝玉が光る。

その瞬間、ジャックはディフェンダーを構え、金縛りを防いだ。

それだけではない。

ディフェンダーの反射能力により、逆にサタンが金縛り状態になってしまったのだ。

 

「今です。サタンの弱点は、胸にある天使体です」

 

ミカエルの言葉に、ジャックはサタンの胸元を注目した。

ピンク色に光る球体。

それこそ、サタンの天使体だ。

 

「この一撃で終わらせる………! 皆さん! 僕に力を貸して下さい!!」

 

一体化した花組の仲間達に訴えかけるジャック。

すると、ジャックの心に確かな返事が返って来た。

 

「よし、みんな! 秀介を援護するんだ!」

 

「「了解!!」」

 

大神の声に、花組が続く。

そして、紅蘭が口火を切った。

 

「行くで! 帝都にウチらが、おる限り~!!」

 

「この世に、悪の栄えた試し無し!」

 

「乾坤一擲! 力の限りぃ~!!」

 

「豪華絢爛! 花吹雪ぃ~!!」

 

「たとえこの身が、燃え尽きるとも!!」

 

「愛に溢れた未来を願い!!」

 

「帝都の明日は、我等がま~も~る~!!」

 

やや歌舞伎口調なのが気になる所だが、それに伴いジャックの身体が光に包まれた。

 

「これで………、最後です!!」

 

ブレスレットを顔の横に翳し、右手をゆっくり外側から回す。

そして、オーブに重なった所で、右手を右後ろに切り上げ、左手を左下に切り下ろした。

その軌道に沿って、光の筋が生まれる。

 

「スパークストリーム!!」

 

十字に組まれたジャックの腕から、七色のまばゆい光線が轟音と共に発射された。

その一撃は、寸分狂わずサタンの天使体を直撃する。

 

「………な………何だと………!!」

 

ヒビの入る天使体に驚きを隠せないサタン。

そして、天使体が粉々に吹き飛び、大爆発した。

 

 

「グッ………グアアアアア………!!」

 

 

天地を揺るがす悪魔王の叫びが真空を震わせ、サタンはボロボロになりながら地上へ落ちていく。

そこに、ミカエルが現れた。

 

「サタン………、もういいでしょう?誰も、貴方を責めたりはしないわ」

 

「ミカエル………、この私を許すと言うのか?」

 

「許すも何も、貴方を最初から恨んではいなかったわ。私は、貴方を見守っていたでしょう?」

 

終始変わらぬ笑みをたたえるミカエル。

しかし、サタンは傷つきながら尚も言った。

 

「何を言う! 私は父に背き、お前すらも裏切ったのだぞ!?」

 

「サタン………」

 

「私は後悔していない。裏切られた悲しみは一度で十分だ! 輪廻転生のもと、どの世界でも、裏切られずに死ねた事は一度もなかった。ならば、初めから信じなければ良い!」

 

そう言って、サタンはミカエルに背中を向ける。

その時、初めてジャックが口を挟んだ。

 

「何故、そう思うんですか?」

 

「何?」

 

意外そうな表情でジャックを見るサタン。

しかし、すぐに言い返して来た。

 

「決まっている。今まで裏切られ続けたからだ! その悲しみが、お前には分かるのか!?」

 

「よくはわかりません。でも、少なくとも彼女が、ミカエルが貴方を裏切った事がありましたか?」

 

「む………」

 

「貴方に出会った沢山の命。その全てが、貴方を裏切ったんですか?」

 

ジャックの問い掛けに、サタンは答える事ができなかった。

確かに全てではない。

これまでの無数の時の中で、一人位は、最後まで信じられた者もいたかもしれない。

 

「確かに………全てではないかもしれん! だが! ほとんどは私を裏切った!これは事実なのだ!」

 

「だからと言って、これからの出会い全てを、貴方は信じないつもりですか?それは間違ってます」

 

ジャックは、サタンにハッキリと告げた。

 

「僕はこの星で、沢山の命と向き合いました。時には傷つけ合い、涙を流した事もありました。でも、僕が出会った人の中に、誰かを信じなかった人は一人もいません」

 

この星で過ごした一年間。

ジャックは秀介として、多くの出会いを経験した。

時には戦場で。時には舞台で。

出会いの形は多々あれど、全てに共通する事があった。

誰かを愛し、尊敬し、何かしら未来に希望を持っていた。

 

「出会いというのは不思議なものです。時には、たった一度の出会いが、一生を変える事もある」

 

事実、この星の最初の出会いで、ジャックは変わった。

この星を愛するようになり、守りたいと思うようになった。

 

「そうよサタン。私が、貴方の罪を全て許すわ」

 

「何故………?」

 

「だって貴方も、愛し愛されるために生まれたのだから」

 

そう笑いかけ、ミカエルはサタンを優しく包み込んだ。

 

「何も心配はいらないわ。私が側にいてあげるから………」

 

「ミカエル………。………済まなかったな………」

 

素直な表情で一言そう詫びると、サタンの身体は消え、赤く光る魂が残った。

それと時を同じくして、ジャックも花組と身体を分離させた。

 

「光の勇士、ウルトラマンジャック。そして、帝国華撃団の皆さん。貴方達にある愛の力は、何者にも負けません。忘れずにいて下さい」

 

「………はい」

 

大神が返事をしながら、一歩前に進み出た。

他の隊員達も、静かにミカエルを見ている。

 

「………それでは、私はサタンと共に、神の国へ旅立ちます」

 

「もう………、会えないんですね………」

 

寂しげにジャックが言うと、ミカエルは初めて頷いた。

 

「ええ、もう私達が人前に現れる事はないでしょう」

 

「そ………そんな………」

 

あやめとの今生の別れに、悲しみを隠しきれない大神。

すると、ミカエルが不意に大神のおでこをつついた。

 

「こら、何て顔してるの?男の子でしょう。しゃんとしなさい」

 

「は………はい」

 

「生きなさい。そして………沢山の人を愛するのよ?」

 

それは、殺女でもミカエルでもなく、待ち焦がれていたあやめの言葉だった。

 

「あやめさん………。俺、貴女の事が………!」

 

たまらず、大神は口にしかけたが、あやめは止めた。

 

「………私も、貴方の事好きよ。でも、仕方ないの。お願いだから………」

 

「わかってます………。ただ、どうしても伝えたかった………」

 

「ありがとう………大神君。貴方と一緒で、私も本当に楽しかったわ」

 

それは悲しい宿命だ。

その事は大神もわかっていたし、大神にはあやめより大切な恋人がいるのだ。

だからこそ、大神はこの別れを悲しみこそすれ、涙だけは流さなかった。

 

「今までありがとう。………さようなら、大神君」

 

そう別れを告げ、あやめは空へ消えて行った。

 

「………よかったんですか、大神さん?」

 

「ああ」

 

さくらが尋ねると、大神は頷いた。

 

「俺には大切な仲間がいる。大切なみんながね」

 

「もう………、相変わらずの八方美人なんだから」

 

そう言って笑みをこぼすさくら。

すると、その後ろから音がした。

 

「よう、お前らやりやがったな!」

 

「「米田司令!!」」

 

瓦礫の中から出て来た米田は、驚く花組に笑って見せた。

 

「ハハハ、わしもまだまだ死なねぇよ」

 

そう言って、米田は一升瓶を取り出した。

 

「さあ、約束通り宴会だ!大宴会だ!!」

 

その言葉に、飛び上がる隊員達。

その様子に微笑み、ジャックは空高く飛び立って行った。

 

「シュワッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、帝都は平和を取り戻した。

帝都も着実に復興を始め、大帝国劇場も、以前の姿を取り戻した。

聖魔城での戦い以来事件はなく、帝国華撃団は休業のまま。

一方、帝都復興を記念して、帝国歌劇団花組は特別公演を行った。

帝都の大スター達が労ってくれるとあって、追加公演を含めた全てのチケットが5分で完売してしまった。

そのおかげで大帝国劇場は連日てんてこ舞いになった。

天下太平、事もなし………。

大神は、窓の外に流れる雲を眺めて、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その特別公演最後の夜。

米田は花組をサロンに集めた。

何でも平和になったからという事で、みんなに休暇をくれるというのだ。

 

「ま、俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「わーい、アイリス、パパとママに会いに行く!」

 

「ほなウチは、作りたかった発明品を完成させてしまおうかな?」

 

「ハハハ………、よしよし。あと、もう一つプレゼントがあるんだ。大神、ちょっと前に出ろ」

 

「は、はい。なんですか?」

 

突然の指名に驚きながらも前に出る大神。

すると、米田が陸軍中将の顔になって言った。

 

「帝国海軍少尉、大神一郎! 貴殿に南米演習の教官任務を申し渡す!」

 

「お、俺が教官ですか!?」

 

突然の事に、大神は目を丸くした。

海軍の軍事演習は、かなり制限された期間の中、無駄なく演習をこなさなければならない。

普通それが任されるのは、陸海軍の少佐位の階級だ。

何故自分が選ばれたのか、大神には想像がつかなかった。

 

「俺が推薦したんだ。なんせ、花組を一つにまとめて帝都の平和を守ったんだからな」

 

「大神はん、やるやないか! 大したモンや!」

 

恋人が華々しい栄光を受けた事に、我が事のように喜ぶ紅蘭。

大神は、恥ずかしがりながらも、みんなに言った。

 

「これもみんなが俺を支えてくれたおかげだ。本当にありがとう」

 

「もう少尉ったら………、面と向かって言われると恥ずかしいではありませんか」

 

「いいじゃねぇか。こういう素直な所が隊長らしくてさ」

 

「せやせや。こういうお人やから、ウチらは大神はんが好きなんや」

 

「そうね。私達はただ、隊長の思いに応えたかっただけですもの」

 

「お兄ちゃんが一生懸命だったから、アイリス達も強くなれたんだよ」

 

「海軍に戻っても、頑張って下さい。あたし達、ずっと応援してますから」

 

思い思いの言葉を返す隊員達。

ここで、大神はふと大事な人物がいない事に気がついた。

 

「あれ? 秀介は?」

 

見ると、サロンに秀介の姿だけがない。

今まで集まりに遅れる事はなかったのに。

 

「まあいいさ。秀介には俺から伝えておく。休みは明日からだ。ゆっくり楽しんで来な」

 

そう言って、米田はやや強引に話を締めくくった。

 

「それじゃ、みんな解散よ。部屋に戻りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そうですか」

 

自室で米田の話を聞き、秀介は視線を下に向けた。

 

「さくらさんには………?」

 

「いや、まだだ。………お前から話すんだろ?」

 

「はい………」

 

そう答えつつ、秀介はテーブルの上にある一通の手紙を握り潰した。

封筒には、『緊急命令』と書いてある。

 

「バルタン星人を単独で倒したんだ。お前の力が買われるのも当然さ」

 

「でしょうね………」

 

「すまねぇな秀介………。俺にはどうする事もできねぇ………」

 

「謝らないで下さい。………大丈夫。僕は、迷いません………」

 

秀介はふと、窓の外に見える星空を見上げた。

満天の夜空に輝くウルトラの星。

その光は、いつにも増して自分を呼んでいるかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、秀介の姿は桜が真っ盛りの上野公園にあった。

隣には、さくらの姿もある。

あの日の夜、秀介はさくらに無理を言って、さくらの故郷である仙台への帰郷を一日延期してもらったのである。

 

そして、復興が終わりつつある帝都を歩き回ったのち、夕日の輝く桜の丘に来たのだ。

 

「ほら秀介さん! こっちの夕日が綺麗ですよ!」

 

そうはしゃぎながら、さくらが丘の向こうにある夕日を指差した。

 

「本当だ………、綺麗ですね………」

 

そう言って、さくらの隣に並んで立つ秀介。

満開の桜が、夕日のオレンジ色に染まる。

その幻想的な空間の中、秀介はさくらに話を切り出した。

 

「さくらさん」

 

「はい。何ですか?」

 

いつもの端正な顔が微笑む。

その様子に一瞬見とれかけるが、秀介は意を決して話し始めた。

 

「実は、貴女に伝えなければならない事があるんです………」

 

そう言って、秀介はポケットから一通の手紙を取り出した。

 

「手紙………?」

 

ラブレターにしては表情が暗い。

その事を不審に思いつつ、さくらは手紙を受け取る。

 

「え………!?」

 

読んで三行もいかない内に、さくらの顔が凍りついた。

 

「どういう………事ですか? ………帰るって………!」

 

手紙は、ゾフィーからのものだった。

地球を救った秀介に、M78へ帰るように、勧告が出されたのだ。

 

「僕も昨日知らされました………。今でも信じられません………」

 

歯を食いしばり、秀介が言った。

さくらは、話が突然過ぎてついていけていない。

 

「そんな………! 嫌です! せっかく平和になって、二人でいられるのに………!」

 

「わかって下さい………。僕は、行かなければならないんです………」

 

秀介の肩を掴んで喚くさくらに、秀介は俯いたまま告げる。

すると、さくらは両目に涙を溜めて叫んだ。

 

「それじゃあ、あたしと離れ離れになっても平気って言うんですか!?」

 

「………」

 

「あの時あたしに約束してくれたじゃないですか! この温もりがある限り側にいるって!」

 

「………」

 

「あの言葉………、あれは嘘なんですか………!?」

 

そう叫びかけた時だった。

黙り込んでいた秀介が、突然さくらを抱きしめたのだ。

細いさくらの身体が壊れてしまうんじゃないかという位に。

 

「………嘘な訳………ないじゃないですか………」

 

「え………?」

 

耳元で聞こえる声に、さくらはハッとした。

 

「平気な訳………、ないじゃないですか………!」

 

震える身体と嗚咽の混じった言葉。

秀介は、泣いていた。

 

「本当は………、ずっと二人でいたいんです………。だけど………、宇宙には僕を………必要とする星があるんです………!」

 

「秀介さん………」

 

優しく秀介の背中をさすり、さくらはそっと秀介を抱きしめた。

そして、先程の自分の言葉を後悔した。

何で自分本意の言葉をぶつけてしまったんだろう。

秀介が自分と別れる事を辛くない訳がないのに。

それに、秀介が自分に弱みを見せた事は一度もなかった。

今まで自分は、ずっと秀介に甘えていたのに。

 

「さくらさん………。僕を………、許して下さい………!」

 

胸の中で泣きながら許しを乞う秀介。

さくらは、そっと囁くように言った。

 

「はい………、許します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、はしたない所を見せて………」

 

しばらくさくらの胸で泣いたのち、秀介が謝る。

 

「いいえ、あたしこそごめんなさい。秀介さんの気持ちも考えないで………」

 

さくらは、秀介を気遣かって笑った。

今までずっと支えてくれたのだ。

今度は自分が支える番。

秀介に恩返しする番なのだ。

 

「さくらさん………。約束します。僕は、必ず貴女のもとに帰ってくると」

 

「はい。あたし、待ってます。ずっとずっと、待ってます………」

 

きつく抱きしめ合い、永いキスを交わす。

そして、秀介がさくらから離れた。

 

「しばしの別れです。我が愛しの………桜舞う星よ………」

 

そう言って、秀介はブレスレットを掲げ、無言でジャックに変身し、夕日に向かって飛び立った。

それを見送るさくらの目に、一番星が写る。

懐かしい光を放つ星の名を、さくらは知っていた。

 

「ウルトラの星………」

 

それに向かって飛ぶ秀介も、さくらには一つの星に見えた。

まるで、二人の願いを叶える流れ星のように………。

 

 

 

《桜舞う星・完・》




<速報>

欧州は花の都、その名は巴里(パリ)。

遥か東の汽笛が始まりを告げる時、

伝説は、静かにその眠りより目覚めた……。

サクラ大戦3、『超古代の星』

三千年の伝説は、今よみがえる。

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