~M78星雲:光の国~
宇宙の星達の平穏と安定を保つ彼らの故郷、光の国。
その中心に位置する宇宙警備隊本部にて、警備隊長のゾフィーは目の前の弟に感慨深げに声をかけた。
「………、よく来てくれたなジャック」
「挨拶は無しにしましょう。それで、一体何の用ですか?」
若くして全宇宙の防衛の一任される兄に敬意を示すかの如く敬語で、しかも余計な前置きを省いて本題に入った。
それもそのはず。なぜならジャックは、目の前の兄に至急の連絡を受けて駆け付けたからだ。
ゾフィーも同じ考えだったらしく、ジャックの言葉に頷き本題に入った。
「お前を読んだのは他でもない。ある惑星の防衛任務について貰いたいのだ」
やはり…、とジャックは思った。
ジャックも現在7000歳…人間なら18歳とかなり若いが、宇宙警備隊の端くれ。
そろそろ自分にも訓練ではなく実際に惑星とそこに住まう生命を守護する役目を担うだろうと、呼ばれた段階である程度の察しはできていた。
これまで磨いてきた己の腕を披露できる興奮と、ひとつの星を守るという重圧が緊張という形で現れる。
年若い人間特有の様子にゾフィーはわずかに微笑むと続けた。
「ジャック、お前に守ってもらう星………。それは………、………地球だ」
「え…? ち、地球って………!」
ジャックはあからさまに驚きの表情を見せた。
無理もない。なぜなら地球は、わずか数年前に外ならぬゾフィーが防衛していた星だからである。
その功績が、ゾフィーが若くして隊長となった一番の理由である。
「しかし兄さん、何故僕が………?」
地球はゾフィーにとって大切な星である事は、ジャックもよく知っている。
それなら、新米の自分より優秀で信頼できる部下がたくさんいるはずである。
すると、ゾフィーはこう返した。
「行ってみれば分かる。ジャック、お前でなければならない理由がな」
勿体振る兄の言動にもどかしく思いつつも、聡明な兄の事、何か考えがあるのだろうと、ジャックは納得する事にした。
「分かりました。とりあえずは地球に向かいます」
「ああ、済まない…。ジャック、気をつけてな」
「はい!」
いずれにせよ、待ちに待った初任務に変わりはない。
活気溢れる返事とともに、ジャックは兄の思い出の星「地球」へ出発した。
☆
~帝都:上野公園~
春一番に乗って桜の花びらが舞う春らしい景色の中、ジャックは上野公園に来ていた。
地球人の姿に変身し、自分が光の国の宇宙人とばれないように準備は万全である。
御剣秀介…、それがジャックが地球人として、ゾフィーに与えられた名前だった。
秀介は初めに、この地球の守るべき場所である、日本の帝都・東京に足を運んだ。
これもゾフィーに言われた事なのだが………。
「綺麗な桜だなぁ………」
周囲は見る限り平和だ。
初めての桜に少なからずの感動を覚えた秀介は、兄に言われた大帝国劇場に向かう前にこの上野公園に任務を忘れて入り浸っていたのだ。
任務中に他に興味が移るのも、新米にはよくある事である。
だが次の瞬間、秀介は今まで見とれていた桜の花びらさえ、目に映らなくなる。
「!」
それは、ほんの一瞬だった。
桜の木々の間にチラッと見えた、秀介と同じくらいの女の人…。
初めて地球の女性を見たからだろうか?
秀介は、そのたった一瞬という短い時間の中で、されどその女の人に完全に目を奪われていた。
「(綺麗な人だなぁ………)」
桜に似合う袴姿に、艶やかそうな黒髪。
秀介の脳裏には、彼女の姿がくっきりと写っていた。
もう一度会いたい…。
秀介は、高鳴る自分の心臓の音を、鎮める事ができなかった。
だが、その思いは信じられない形で叶えられる事になる。
「キャーーーーーーー!」
「な、何だ!?」
悲鳴の聞こえた方向に駆け付けると、そこには刀を持った山吹色の機械が屋台を壊す姿があった。
「(何だあいつは!?生き物じゃない!)」
これが今この星を脅かす存在なのか。
秀介は左手首のブレスレットに目をやった。
ゾフィーに渡された、光の国の万能兵器。
そして、秀介が光の巨人に戻るためのカギでもある。
その時、逃げ惑う人々の中、赤ん坊を抱えた母親が足を躓かせて倒れてしまった。
「…、危ないっ!!」
母親に気付いた機械を止めようとする秀介。
だが、その前に何かが機械に当たり、注意を逸らした。
「!? あれは………!?」
秀介は驚きを隠せなかった。
なぜなら、今機械に攻撃を加えたのはついさっき見た、あの女の人だったからである。
「さあ、今の内に早く逃げてください!」
先程と違って凛々しい表情で、女の人は凛とした声を放った。
「は、はい!」
母親はなんとか立ち上がり、一目散に駆け出す。
「さあ、貴方も早く!」
同じように秀介に言う女の人。
だが、秀介は「はい、そうですか」と逃げる訳にはいかなかった。
「何を言ってるんですか!貴女こそ逃げてください!」
秀介がそう叫ぶと、機械はその声に反応し、秀介目がけて一直線に突っ込んできた。
「キーッ!」
「くっ!(仕方ない…!)」
秀介は左腕を曲げ、顔の右側に向ける。
「危ないっ!」
女の人が叫んだ時だった。
秀介の左手首のブレスレットが発光し、ちょうど腕一本分くらいの光の刃・スパークソードを出現させたのだ。
「ええっ!?」
今度は女の人が驚く番だった。
見た目自分と同い年の何の変哲のない青年が、こんな人間離れした技を見せたのだから、当然である。
秀介も女の人に注目されて気を良くし、眼前に迫る謎の機械に対峙した。
「行きますよ!」
振り下ろされた刀を切り上げで跳ね退け、そのまま右側へ真横に一閃する。
すると、機械の装甲に浅いながらも傷が入った。
「(くそっ、やっぱりエネルギーが弱いか…。)」
いくら秀介に力があると言っても、人間体ではどうしても力を充分に発揮できないし、秀介はまだ新米である以上、未熟な面もある。
事実、スパークソードを出せたはいいが、それを維持する事も今の秀介には難しい事だった。
「キーッ!」
やはり致命傷ではなかったらしく、機械は再び秀介に切り掛かってきた。
「くっ!」
迎え撃とうとスパークソードを構えた時、女の人が持っていた刀を抜いて、機械の刀を受けた。
「大丈夫!?」
「は、はい!」
機械が後ろに飛ぶと、女の人は刀を青眼に構え、秀介に尋ねた。
「その剣…、まだ振れますか?」
「ええ、あと一回」
「じゃあ、あの脇侍の一撃を私が受け止めます。そこを両断して下さい」
「合点です!」
気を抜けば見とれてしまいそうな顔立ちの彼女に答える秀介。
すると、脇侍と呼ばれた機械がこちらへ切り掛かってきた。
「ハッ!」
気合いの声とともに刀を受け止め、女の人は叫んだ。
「今よっ!」
その声に弾かれたように、秀介は脇侍目掛けて走り込んだ。
「てやああぁぁっ!!」
エネルギーを最大限に集中させたスパークソードは先程の軌道に沿って、金色の弧を描く。
直後、脇侍の体は上下真っ二つに寸断され、轟音を伴って地に沈んだ。
「ハァ………ハァ………」
「ふぅ………、助かりました。ありがとうございます」
「あ、いえ………こちらこそ………」
刀を鞘に納めた女の人に礼を述べられ、秀介は慌てて返事をする。
「それにしても、さっきの凄かったですね。腕輪から光の剣が出てくるなんて!」
マズイ…、秀介は思った。
今のスパークソードはどう考えても普通ではありえない技。怪しまれても無理はない。
しかし、これで自分が光の国の宇宙人とばれる訳にはいかない。
この星の防衛は、あくまでも秘密に行わなければならないのだ。
「いや、そんな………」
なんとかごまかそうとする秀介。
だが、女の人からの言葉は意外なものだった。
「あの………、もしかして貴方も霊力が使えるんですか?」
「え………?え、ええ!そうです、そいつです」
何の事かは知らないが、とりあえず違う解釈をしてくれたみたいなので、それに話を合わせようとする秀介。
すると、女の人はあっさり信じてくれたらしい。
「あ、そうだ。まだお名前聞いていませんでしたよね?あたし、真宮寺さくらと申します。貴方は?」
「えっ?あ………、御剣 秀介です………」
ひそかに胸を撫で下ろしつつ、秀介が応える。
「あ、もうこんな時間。すみません、あたし行かなきゃいけないので………」
「え………、あ………そうなんですか………」
「それじゃあ秀介さん、また会いましょうね!」
そう言い残して、さくらは人混みに消えた。
「………」
秀介はさくらが歩いていった道を、しばらくの間見つめていた。
「真宮寺……さくらさん…」
時は大正一四年四月。
仙台から上京した真宮寺さくらと、M78星雲からやって来た御剣 秀介…。
蒸気機関によって発展した帝都におけるこの出会いが、後の帝都で巻き起こる事件の中で運命を左右する事になると、二人は知る由もなかった。
《続く》
《次回予告》
上野公園で運命的な出会いを果たした僕とさくらさん。
でも、さくらさんは新しくやって来た海軍の少尉が気になるみたい…。
そして、兄さんの言っていた内容が少しずつ紐解かれ始める………。
次回、サクラ大戦!
《出撃!花の華撃団!》
大正桜にロマンの嵐!
僕は、何のためにここにいるんですか!?