聖王と覇王の日常   作:もぬ

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3-4.

「試合を?」

「クラウスさんも見に来てくれませんか? お忙しいことと存じますが…」

 

 明日、高町ヴィヴィオとその先輩の試合があるという。そう、件の覇王流の少女との戦いだ。

 せっかく相談に乗ってもらったのだから、ぜひ来てほしいという話だった。

 

「では……明日は予定も無いので、ぜひ」

「ありがとうございます! じゃあ、細かい場所はメールで――」

 

 

==============================

 

 

「試合? へえーっ。じゃあ私も観に行きます」

「えっ」

 

 これである。

 今日、後輩との試合がある、という話をした。そしたら、こうなった。

 

「身内同士の練習試合ですし、見て楽しいものでは……」

「いーじゃないですか。ちょうどその時間、暇なんです」

 

 隣に座るオリヴィエという少女は――あの人と名前まで同じだった――朗らかに笑いながら、顔を覗き込んでくる。

 

「あなたがどのような方なのか、試合を通して見てみたい。ダメですか?」

「……オリヴィエ……さんが、そうしたいのなら、私は構いませんが」

 

 そう言ってアインハルトはオリヴィエから目を逸らし、ベンチに腰掛けたまま視線を地面に落とした。

 アインハルトと少女の実力には大きな開きがある――こんな自分の試合など、見て面白いはずもない。

 そうだ。この未熟な覇王の拳は、オリヴィエには届きすらしない。エレミアにもだ。笑顔を崩すことすら出来ない。

 この拳は、全てを護れなければ意味がないのに。

 

 ふと、アインハルトに降り注ぐ陽射しが何かに遮られた。

 反射的に顔を上げる。

 

「はわえ」

「なんだか暗い顔してますけど。だいじょうぶですか?」

 

 そんなことを言いながら、オリヴィエはアインハルトの頬に手を伸ばし、弄び始めた。むにむに。

 

「何か心配事でも?」

「……その……今のままじゃダメな気がしていて……って、あの。顔を引っ張るのはやめひぇください」

「うーん、硬い……」

 

 難しい表情をしながら人の顔で遊ぶのはやめてほしい。

 やんわりと手で抵抗の意を示すと、オリヴィエは手を放し、にぱ、と笑って言った。

 

「私で良ければ相談に乗りましょうか」

 

 人に話すようなことではないと思う。

 だというのに、この少女には心を見せてしまう。アインハルトはひとつ、思ったことを口にした。

 

「……どうしたら、貴女のように強くなれるんでしょうか」

 

 戦闘能力は言わずもがな、泰然自若とした態度もそうだ。同世代のレベルを逸脱している。

 覇王の悲願を叶えるとは、目の前の少女の領域に到達するということ。アインハルトはそれを無意識に感じ取っていた。

 

「そうですね。もうちょっと表情を柔らかくしたらいいんじゃないでしょうか」

「……私は、真面目に聞いているのですが」

 

 ムッとしてしまう。まだ出会って間もない人間にこうも感情を表すなど、らしくない。

 目の前の少女がどうしても過去と重なるのだ。

 現在と過去を分けられない。アインハルトの感情が、記憶が、急激にオーバーフローしていく。

 

「いつもあなたはそうやって、私には届かないところにいて……」

「………」

 

 追いつけない。追いつけない。

 守れない。目の前にオリヴィエがいてもこうだ。クラウスの後悔はずっとアインハルトの中で燃え続ける。

 

「やっぱり安穏と生きることなんて一生出来ないんだ……私は……許されない……自分の弱さに堪えられない……!」

「聖王チョーップ!!」

「!!!!!!!!!!!!」

 

 アインハルトは星を見た。

 

「い、痛い……」

「私のこの技に耐えられた強者はあなたが二人目です……」

 

 キリリと眉を吊り上げ、何かよく分からないことを言い始める少女。

 そして、頭が真っ白になったアインハルトと目を合わせ、にっこりと笑った。

 

「思い込んだら一直線。そういう人、私は好きですけど……もっと周りを見渡してみるのも良いかも、って思います」

 

 少女が何を言っているのか、アインハルトには、まだ、理解できなかった。

 あとなんで殴られたのかも分からなかった。

 

「ふふ」

 

 疑問符を浮かべるアインハルトを見て優しく笑い、オリヴィエは踵を返す。

 

「では、また後で。頑張ってください、アインハルトさん」

「あ……はい……」

 

 アインハルトの心に神秘的な印象を残し、少女は悠々と去っていった。

 

 

「……あっ」

 

 悠々に見えたのは最初の数歩だけ。例によって特急のような勢いで爆走し少女は去り……と思いきや、突風の如き速度でアインハルトの目と鼻の先まで戻ってきた。碧銀のツインテールが勢いよく風になびく。

 微妙に顔を赤らめ、恥ずかしそうにオリヴィエは言う。

 

「詳しい場所と時間、教えてもらって良いですか?」

 

 アインハルトはメールで送ると提言したが、今ここでメモしますと言うので、その場で教えた。

 今時ミッドチルダで紙媒体のメモ帳を持ち歩いているなんて、古風な人だな……と、アインハルトは思った。

 そうでもない。ただ機械が苦手なだけである。

 

 

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 通りがかった部屋の窓。ガラスに光が反射して、鏡のように自分の姿を映している。

 どこかおかしくはないだろうか……と、オリヴィエは本日の服装をチェックする。

 ガーリーな衣装に、普段はアップで纏めている髪を下ろしてキャスケット帽を目深に被り、休日に街に出かけてきた少女といった風貌だ。

 王族のような威厳、高貴さなどは特に感じられない。いい具合に抑えられている。

 

 淑やかな空気を纏うシスターや清貧な信者たちが行き来する、ここ聖王教会本部。その厳かな場にはあまり相応しくない服装だが、目的は変装である。

 顔のつくりは聖王女と瓜二つなので、ここの関係者に見とめられれば一悶着あるかもしれない。万が一のことではあるが、あまり周りを騒がせてしまうのは本意ではないのだ。

 それに今のオリヴィエが聖王ではなく、ひとりの少女として生きている、ということもある。

 過去は過去、今は今、という話だ。

 

 前髪を少し整え、よし、と呟く。

 すると――

 

「あら?」

 

 鏡代わりにしていた窓が内側から開き、清楚で優しげな雰囲気の女性が、そこから顔を出した。

 オリヴィエと顔を突き合わせる形になった女性が、にこりと笑って挨拶する。それにつられてオリヴィエも挨拶を返す。

 

「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」

 

 さすがの聖王もこれは恥ずかしかった。

 帽子を深く被り、赤くなっていそうな顔を隠す。

 

「し、失礼しました。お恥ずかしい所を」

「いいえ。ここ教会本部は静かで穏やかな場ですから、この地域では隠れたデートスポットとされていましてね?」

 

 笑顔で何か言いだした。待ち合わせ中のカップルの片割れか何かだと思われているらしいが、教会の人間がそんなことを言っていいのだろうか?

 

「ええと、あはは。それでは……」

 

 聖王教会の人間に顔をあまり見られたくはないし、あと、恥ずかしい。

 というわけで、オリヴィエはすぐに退散することにした。

 笑って誤魔化しつつ、そそくさと後退する。その様子を見て笑いながら手を振る女性に会釈をし、踵を返してその場を後にした。

 目的地はもうすぐそこだ。

 

 

 しばらくメモを見ながら敷地内を彷徨った後、オリヴィエは十数人ほどの人が集まっているのを遠目に発見した。

 その中に、碧銀の髪が見える。あの一団で間違いないだろう。

 次に、オリヴィエは辺りを見回した。試合を遠くから観戦するためのロケーションを探すためだ。アインハルトの知人たちと顔を合わせるつもりはまだ無い。今回は観戦出来ればそれでよいのである。

 やがて、良い位置に木陰を見つけた。他の観戦者たちに顔をよく見られることも無く、試合がよく見え、アインハルトにエールを送ることくらいは出来る、そんな距離。

 そこへ向かいながら、試合を取り仕切るらしい赤髪の女性――おそらく少女達のコーチに向かって、軽く会釈をする。向こうも頭を下げてきた。アインハルトからギャラリーが増える件は聞いているのだろう。

 そのままベストポジションの木……略してべス木に向かって歩を進める。

 

「……?」

 

 視線をベス木に戻すと、その陰に一人、既に先客がいた。角度の問題で見えなかったようだ。

 フードを目深にかぶっていて顔が良く見えないが、体格から見て男性か。

 脚は止めないまま、オリヴィエがどうしたものか思案していると……近づくにつれ、その人物の正体がはっきりとしてきた。

 何故ここに、彼がいるのだろうか。

 

「……クラウス。ごきげんよう」

「ごきげんよう、オリヴィエ」

 

 どきり、と心臓が一跳ね。昨日送られてきたメッセージを思い出すと、ちょっと顔が見れない。

 沈黙が流れる。会うのは実に二日ぶりである。

 会えないと言い出した手前、何と切り出してよいか分からない。

 ……人が困っているというのに、クラウスはこちらをずっと眺めていて、どうにも視線がくすぐったい。これでは目が合うのが恥ずかしくて正面を向けないというものだ。

 

「……紳士殿、女性をジロジロ見るのは失礼ではありませんこと?」

「や、すまない。新鮮だったものだから……その、似合っています」

「なら、よろしい」

 

 ちらり、と視線をやる。

 クラウスは晴れ晴れとした空の下、厚手のトレーニングウェアを着て、目元を隠すようにフードを被っていて怪しいことこの上ない。自分と同じく、顔をあまり見られないような服を選んだということか。

 感想を述べるとすれば……デートに着てくる服ではないな、といったところだ。

 

「……フフっ、あなたったら、変な格好」

「君こそ、誰かと思った」

「たまにはこういう服もいいでしょう?」

「あ、ああ……」

 

 クラウスは少し顔を赤らめ、視線を泳がせた。

 こちらのペースに持って行けそうだ。

 

「ところで、何故あなたがここに――」

「二人とも、そろそろ始めるぞ!」

「――いるのか、後でちゃんと教えてくださいね」

「……はい」

 

 赤い髪の女性が声を上げる。それを聞き、オリヴィエとクラウスも観戦する姿勢に入ることにした。

 二人の視線の先では、成長した姿へと変身した少女たちが向かい合い、まさに今戦いを始めんとしていた。

 少女たちが、チラリと二人を見る。

 クラウスはヴィヴィオに一つ頷いて見せ、オリヴィエはアインハルトに軽く手を振った。

 

「では、始め!」

 

 少女の想いを懸けた戦いが、今始まった。

 

 

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 試合内容は、非常に密度の濃いものであった。最終局面に至るまで、互いに数度のダウン。特に意外だったのは序盤の、聖王の少女による一方的なリードだ。

 過日のオリヴィエに似た少女――ヴィヴィオは、話に聞いていたより危険な戦い方をしていた。

 本来、総合的な実力という面では、アインハルトの方がヴィヴィオよりも上回っているはずだった。今その差を埋めているのが、ヴィヴィオの極端な魔力運用――防御や攻撃の際、魔力をその部位に100%割り振るという方法である。無論、的確に使用できれば強力な力となり得る。だがこの時、魔力が集中している部位以外は裸も同然だ。諸刃の剣、ハイリスクハイリターン……選手生命に影響しかねないような、危険な戦い方であった。

 しかし、それを誰も止めなかった。ここにいる皆の誰もが、ヴィヴィオという少女の意思を尊重し、信頼している。彼女の眼はそれほど真剣で、アインハルトの心を大きく揺さぶるものだ。

 100%――全てを込めた拳で、心で、全身全霊でぶつかっていく。

 すべては、想いを伝えるために。

 

「――断空の二連撃!」

 

 ギャラリーの誰かが驚く声をあげる。

 最終局面、断空拳を回避されたアインハルトが、勢いを殺さずに二撃目の断空拳を発動して見せているのだ。それはまさに少女の奥の手なのだろう。大会でも見せなかった技をこの大事な場面で使う。向かい合う少女の全力に、アインハルトもまた全力で応えていた。

 強力な決め技である断空拳、それを二連発。試合を見守る皆が目を見張る。

 

 クラウスもまた、少女の技に感心していた。あの年齢でそこまで覇王流を使いこなせているとは、先達として期待してしまう。

 断空を自在に操ることこそが、技を究めるための道の一つ。クラウスなど全盛期には断空で風を纏ったまま芝刈りしていた。

 断空拳は、覇王流の決めの一手。

 勝負は、ここに決する。

 

「ッ――――!」

 

 だが。

 《カウンターヒッター》の少女は、この瞬間に勝負を懸けた。

 スローモーションな世界の中で、観戦者たちは見た。

 二撃目の断空拳。合わせるように起動するエクシードスマッシュ。煌めく右拳の軌跡は、若き覇王を凌駕する速さで。

 

 この日、高町ヴィヴィオはアインハルト・ストラトスに勝利した。

 

 

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「うん、いい試合だった」

「なんだか見ているこっちまで熱くなっちゃいましたね」

「本当に」

 

 昏倒したアインハルトに、同じチームの少女たちが駆け寄る。

 その様子を見て、オリヴィエとクラウスはなんとも満足気。いいもの見せてもらったぜ、みたいな顔をしていた。

 

「あの子たちに、一言声をかけに行こうか?」

「待って……見てください、あれ」

 

 二人の見つめる先。気絶から目を覚ましたアインハルトは、涙を流すヴィヴィオに向けて――笑った。

 それは、長く少女の心を閉じ込めていた壁が、融けた瞬間だった。

 

「……やっぱり。初めてあの子を見た時から、ずっと思っていたんです」

「何を?」

 

 かけがえのないものを慈しむように、オリヴィエは目を細める。

 

「あの顔には、笑顔が一番似合うって」

「……そうか」

 

 クラウスが微笑む。

 ……そう。やっぱり笑っている顔が好きだ。

 

「じゃあ、私達は帰りましょうか」

「ああ」

 

 今は、声をかける必要はないだろう。きっとあの子たちの物語は、ここから始まるのだ。

 クラウスの手を取り、オリヴィエは歩き出す。

 

 

 子どもたちに幸あれ、と。

 二人の王はそう願い、いまを歩んでいく。

 

 


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