聖王と覇王の日常   作:もぬ

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3-1.

 クラウスの一日は、朝のお覇王断空拳から始まる。

 

「はぁっ!!」

 

 放たれた拳が風となり、辺りに立つ木々を騒めかせた。

 

「ふう」

「お覇王ございます、クラウス」

「……おはよう」

 

 ひょっこりと現れるオリヴィエのからかうような挨拶にも慣れてしまった。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 水とタオルを渡してくる。彼女は昔から、そうやって人の世話をするのが好きだった。

 

 ここは市民が利用する運動公園。見ての通りクラウスは、日課である朝の運動をこなしていたところだ。

 この日、二人は共に出かける約束をしていた。

 

「随分来るのが早いね、約束は10時の予定じゃなかったかい」

「まあ、いいじゃないですか」

 

 あなたに早く会いたかったのだ、とは言うまい。

 そう思いつつオリヴィエははぐらかし、クラウスも追及することはしない。二人のやりとりは、いつもこんな調子だからだ。

 

 公園からの帰り、クラウスが借りるアパートへの道すがら、オリヴィエが尋ねる。

 

「今日はこの街の書物庫で、調べものをなさるんでしょう?」

「うん。図書館、っていうそうだよ」

 

 答えつつ、クラウスは今日に至る経緯を思い返していた。

 

 

~~回想開始~~

 

 

 クラウスとオリヴィエの通う学校の授業で、ある課題が出た。

 古代ベルカ時代に関連するテーマを何か一つ自由に決め、調べ学習をした上でレポートに纏めて提出せよ、というものだ。科目としては歴史学である。

 クラウスは級友との会話を思い出す。

 

『クラウス、君はテーマ決めた?』

『いいや、まだだ。君は?』

『覇王イングヴァルトって知ってるだろ? その人について調べようと思ってるんだ。めちゃくちゃ強い王様だったらしいよ、男なら最強とか憧れるよなー!』

『いやぁ。よせって、ハハ』

『は? なんで君が照れてるの?』

 

 ところで、クラウスが覇王の生まれ変わりだと知っているのは、同じ境遇のオリヴィエのみである。

 今の二人の外見は、顔のつくりこそ前世とほぼ同一だが、王族として最も顕著な特徴であった虹彩異色などは引き継いでいない。今世の二人が生まれた家庭が、両王家と何の関係も無い一般庶民の家系だからだ。

 この魔法社会では、輪廻転生の証明は成されていない。顔がそっくりでファーストネームが同じな程度では、教科書の覇王イングヴァルトとクラウス少年を見比べて「うそ……もしかして生まれ変わり……?」などと本気で思い込むスピリチュアルな人間は彼の周りには居らず、「ギャハハハ! クラウスお前教科書に載ってるぞギャハハ!」みたいな反応が関の山なのだった。

 そんな周囲に対して、クラウスは、

 

『フ……実は僕がクラウス・G・S・イングヴァルトの生まれ変わりだとしたら……?』

 

 むしろ自分から明かしていくスタイルだった。

 

『はあん。じゃあ明日からクラウスのあだ名、覇王陛下でいい?』

『すみませんでした』

 

 現代の価値観に染まったクラウスにとって、その愛称は割と恥ずかしい罰ゲームなのであった。

 

 

~~回想終了~~

 

 

「もう覇王断空拳とか叫ぶのやめようかな……」

 

 特に要らないやりとりを思い出してしまったクラウスだった。

 

 ところ変わってここは図書館。

 知られている通り、学生たちが自主学習に利用したり、本好きが余暇を過ごしたり、といった用途で使われる施設である。

 生徒らの調べ学習と言えば図書館の利用が必須であり、今日はクラウスたちも課題のためにとやって来ていた。

 

「そういえばヴィヴィ、君は課題のテーマ決めたのか?」

「ふっふーん。もう終わりました」

 

 早い、さすが当時最強の王。何をやらせてもそつがない。

 そう言ってオリヴィエが自信満々に取り出したレポートを受け取り、目を通させてもらう。

 

「『古代ベルカ 義腕名鑑』……?」

 

 訝しむような声になりながらタイトルを読み上げたクラウスは、パラパラとページをめくっていった。

 

『……王宮付き金細工師の作。装飾華美であるが機能性はそれなりと言ったところ。手首の可動域にやや難あり。個人的評価―C

……全体的なフォルムに粗が少なく、手触りはややソフトめな印象。誰かに腕枕をしてやるのにちょうど良い。個人的評価―B

……頑健さを重視したという触れ込みだったが、思い切り岩を殴ったら岩ごと砕けた。期待していただけに残念。個人的評価―C』

 

「これは……」

 

 なんとも、マニアックな内容である。

 レポートの半分ほどは図鑑のようになっており、写真、あるいは手描きと思われるイラストと説明文がページごとに載っている形式だ。あとはベルカの義肢技術についての概要や書き手の所感が述べられている。

 テーマは悪くない。戦時の義肢についてレポートにするというのはなかなかに面白い。いつの世にも需要のある話だ。

 しかしオリヴィエのこれは書き手の主観で書かれたセンテンスがかなり多い。というか思いっきり使用の感想というかレビュー集みたいになっている。今のオリヴィエは義手ではないし、教諭に言及されそうだ。というかこんなに頻繁に腕を換えたりしてたのか。全然知らなかった。いやそれにしても10代の女子がテーマにするものだろうかこれは。なんというか男臭い。絶対これ誰とも被ってないよね。

 

「ど、どうですかっ?」

「大変よいと思う」

 

 真顔で即答だった。

 いろいろ感想は浮かんだが、オリヴィエから期待のこもった目で見つめられれば、クラウスはこんなものである。

 

「ううむ」

 

 一方、クラウスはどうにも主題を決めかねていた。あまり来たことが無いという図書館で楽しそうにしているオリヴィエを眺めているだけで、時間が過ぎて行ってしまうのだ。

 クラスメイトは覇王イングヴァルトについて調べると言っていた。同じテーマにすれば、彼の王について歴史研究家も真っ青な真実の数々を発表することも可能だが……

 

「この手の学習活動で級友のものを真似るのは、良くはないのだろうな」

 

 真っ白なレポート用紙に向かって唸ること十数分。静かな空間で、思考へと深く埋没していったクラウスは、徐々に閃きへと届きつつあった。

 ――オリヴィエは義腕名鑑なんていうマニアックな物を仕上げていたが……ああいった百科、図鑑的なレポートはわかりやすく、読み手の興味も刺激して良いかもしれない。調べるのも楽しそうだ。

 

「ね、クラウス?」

「あっ、そうだ」

 

 古代ベルカの武術について、なんてどうだろう。

 生前、覇王流完成のためにいくつもの流派の技を研究したものだ。書に纏めてみるにあたってそれらの知識を確認し、ついでに時間が余ったら近代格闘についても調べてみようか。なんなら戯れに、新しく無駄(わざ)を増やしてもいい。フフ。

 

「クラウス、聞いてます?」

「……よしよし、楽しくなってきた」

「仕方のない人ね……聖王チョップ!」

 

 クラウスの脳天に、頭皮が爆裂したかのような痛みが走った。

 

「はぎっっ!! ったぁ!? なんだ今の!?」

「聖王チョップ――脳まではダメージを通さずに純粋な痛みだけを頭部に与える打撃です。主に話を聞かないクラウスが対象になります。エレミアの考案した技です」

「エレミアァァッ!! 許さないからなあ!!」

 

 目の前で笑っている下手人ではなく、その師にあたる人物の方へと見当違いの恨みを向けるクラウスだった。痛みに混乱していなければ「エレミア発案なのに聖王チョップとは如何なるや」くらいは言えたであろう。

 

「それよりほら、こんなの見つけてきたんです」

 

 痛撃の余韻も引かぬ間に、そう言ってオリヴィエが持ち出したものは、一冊の本だった。聖王女オリヴィエにはシュトゥラ王家との親交があったという説を示している内容だ。

 オリヴィエが開いたページはというと、当時のクラウス王子の人物絵である。

 

「プフフ、クラウスってば、これ誰に描かせたんです? キリッとしちゃってまあ」

「むう……知ってるだろ。多分、城の画師が描いたものだよ……っと、僕にも見せてくれ」

 

 本を受け取ったクラウスがページをめくっていくと、そこにはオリヴィエの絵もあった。

 

「………」

 

 遠く過ぎし日のオリヴィエの姿。

 太陽のように輝く金砂の髪、(ロート)(グリューン)の鮮やかな瞳。聖女と謳われたその微笑み。

 目の前の少女と、それに瓜二つの女性の絵を、クラウスの視線が何度も往復する。

 

「――オリヴィエ」

「な、なんですか。あまり、じろじろ……見ないでください……その、恥ずかしいです」

 

 本の自分と見比べられるオリヴィエ。気恥ずかしさに目を逸らしたり向け直したりと忙しなく視線を泳がすが、視界に入った時に見える少年の表情は真剣そのものだ。オリヴィエは自然と顔が紅潮してしまっていた。

 クラウスが口を開く。少女の鼓動が高まり――

 

「ちょっと太った?」

「は?」

 

 ――それは少女が早朝のランニングを始める、一日前のことであった。

 

 


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