「突然だけどクラウスと私っていわゆる両想いじゃないですか」
「本当に突然だな君は」
補充したお茶請けを順調に消費しつつテレビを眺めていたオリヴィエが唐突に切り出す。
「来世で運命的な再会を果たすほどに互いを想っていたわけですが」
「え、いやあの…まあね」
クラウスの顔が紅くなる。(ちょ、何? ヴィヴィったら今日大胆すぎない?)とでも考えているのだろう。聖王の勘には御見通しだ。
じとり、とオリヴィエは剣呑な目付きでクラウスを見据えながら、テレビを指す。
放送中の番組は、インターミドルチャンピオンシップの生中継である。
現代では競技としての魔法戦が民衆の関心を集めているらしいが、これはその競技の、出場選手が10代女子に限定される大会であるとのこと。先ほどからまだ年端もいかぬ少女たちが文字通り熱い火花をぶつけ合っている様子が放送されている。これには魔法戦技に通ずる二人の興味を刺激するものがあり、何となしにチャンネルを合わせていた。
そして。
「今そこに映ってる、アインハルト・ストレスフルって娘はあなたの子孫でしょ?」
「ストラトスね。……そうだと思う。
画面の中で活躍する一人の少女、その容貌が特異で目を引く……というか、すごく見たことがあった。
ベルカ領シュトゥラの王族に現れる身体的特徴――碧銀の髪、青と紺の左右異色の瞳が、在りし日のイングヴァルト王を彷彿とさせる。顔立ちも誰かさんとよく似ていた。アインハルト何某という少女は、そこのカーペットでくつろいでいる覇王の血を継ぐ直系の子孫に違いない。
然るに――
「どこの誰を孕ませたんですか?」
そういう話である。
「は?」
「どこの女性とまぐわったのか、と聞いているんです」
自分が何を問われているのか理解したクラウスは、あらぬ方向に目をやって言葉を濁した。
「いやホラ……王族だからこう、あるじゃないか……子孫を残す義務、的なやつ……そんなに怒らないで下さい」
「それは私も理解しています。その上で、生前のクラウスがどなたと子を成したのかを知りたい。私には知る権利があると思いませんか? 別に怒っているわけではありません」
「怒ってるでしょ」
「怒ってない!」
頬を膨らませて地団太を踏むオリヴィエ。地が揺れ、棚の本が全部床に落ちた。
「そっそれをいうならさっき試合に出た女の子だって聖王家の子じゃないか?」
歯切れ悪く論点をずらしにかかるクラウスに、オリヴィエが冷たく言葉を返す。
「私の直系だとでも? ウチは分家筋とか色々あるんですよ。あと、ゆりかごに乗って以降人の営みとか死ぬまでありませんでしたからね。というか私子供産める身体じゃなかったですし……っと、クラウス?」
……あっ。しまった。なんか重い話になってきた。あの日別れてからのゆりかごでの境遇を想像したのか、自分の言葉を失言と感じたのか、クラウスが今にも泣きそうな顔になっている。
「失礼、今のは聖王ジョークですから気にしないで」
「陛下は実にユーモラスであられる……」
「気にしないでってば。ほ、ほら。今はちゃんと健常な身体ですから。クラウスとの子もちゃんと産めますし」
そこまで言ってオリヴィエの顔が紅潮する。
一体何を口走っているのかっ。
「いや、あの、そうじゃなくて……」
『おおっと、アインハルト選手、たまらずダウーン! 驚異のルーキーも、王者エレミアの前に成すすべ無しかーーっ!?』
ここで試合が佳境に入ったのか、実況の興奮した声がオリヴィエの耳に入った。
――その時、少女に電流走る。
「まさかあの娘……エレミアと行為に及んだりは」
この聖王が親友にNTRをかまされるなど、あっていいはずがあろうか。ない。
「……? 何バカなこと言ってる、リッド――エレミアは男じゃないか」
当のクラウスはというとオリヴィエの気迫にも動じず、あっけらかんとした態度である。
まさかと思い、オリヴィエはひとつ聞いてみた。
「……クラウス、あれからエレミアと会ったことはないのですか?」
「戦が荒れてきてからはもうとんと会ってない。寂しかったので会えたら一発ゴチンと入れるつもりだった」
「ふーん」
武練と王務以外ではどこか抜けているクラウスのことだ、あれからエレミアと会っていないということは、その生涯で彼女の性別が女だと気付くことは無かったのだろう。
おバカだ。とオリヴィエは思った。
「………」
しかし、だとすれば、いよいよクラウスは誰と子を設けたというのだろうか。オリヴィエがシュトゥラに居た頃は、クラウスの嫁候補っぽい女性は周りにいなかった。
愛の言葉などは終ぞ交わすことも無かったが、当時は『シュトゥラの姫騎士』とか呼ばれてもう国民公認でオリヴィエが正ヒロインだったのである。
ゆりかごのことが無かったら、二人は一緒になれたことだろう。そう、どこの誰とも知れない女性とではなく。
「クラウス、どうか教えてください。もしあなたに……あれから後、共に生き愛し合った方がいらっしゃったのなら、その、私は……」
憂えた表情で、懇願する。オリヴィエにとっては捨て置ける疑問ではない。今世でまためぐり会えたからこそ、彼の気持ちが今でも自分にあるのか、知りたかった。
「うーーーーーん……この話やめにしない?」
対してクラウスは、渋い表情でどこまでも煮え切らない様子である。
「クラウスのアホっ!! 私今日は帰ります! お邪魔しました!」
「わかった! ちょっと待ってくれ、ごめん話す! 話すから」
縮地もかくやという速度で部屋の扉に殺到するオリヴィエを、覇王流守勢の型・平謝りで食い止める。
オリヴィエは足を止め、怒り顔を少しだけ和らげてクラウスに向き直った。少女が聞く姿勢になったのを確認し、クラウスは苦虫を噛み潰したような表情で語り始める。
「……これ、記録にも徹底して残してないから今の全世界で知るの多分君だけだからな? 言うなよ? 歴史学者とかに言うなよ?」
「え、ええ」
息を呑む少女に対し、心底苦痛だという顔をしながら、絞り出すように言う。
「寝てる間にやられた」
「はい?」
寝ている、間に?
「寝ている間に! 搾精されてた!」
「……プフー!」
想像のはるか外にあった答えに、鍛え抜かれた聖王の腹筋も大ダメージ。クラッシュエミュレート:腹筋崩壊である。
女性関係に疎いクラウスらしいエピソードだと、オリヴィエは笑う。
「ッフフ。なあんだ。心配して損しました」
ひとしきり笑い声を上げたオリヴィエは、目尻を拭って柔和な笑みを浮かべた。
つまるところ、クラウスには確かに直系の子がいるが、愛し合った女性はいなかったということである。オリヴィエは気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
秘密を暴かれたクラウスは顔を赤らめ、なんとも情けない表情である。対面するオリヴィエは花の咲くような笑顔を見せていた。話の内容に耳を塞げばなんとも初々しい様子に見える二人。
「それじゃああの、アインハルト・棄てレタスさんという可愛らしい方は…」
「ストラトスね」
「クラウスが知らぬ間にナニを吸い取られて出来た子より連綿と繋がりし一族の末裔なのですね」
「やめてくれないかその言い方。悪意あるよね? 温厚な僕だって子孫の悪口は流石に黙ってないからね?」
「ごめんなさい。聖王ジョークです」
「じゃあ許す」