聖王と覇王の日常   作:もぬ

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「まさか……オリヴィエ。貴女、なのですか」

「クラウス……っ、また、逢えるなんて……」

 

 走り出したのはどちらが先か。

 もう離しはしないとでも言うように、二人は互いを強く抱き締めた。

 感じる体温が、もう会えないはずだったその人が腕の中にいることを教えてくれる。

 あの日笑ってはいけないと決めた彼は微笑み、

 あの日涙を見せずに去った彼女の瞳は濡れていた。

 いつからか色を失っていた二人の世界が、再び鮮やかに彩られていく。

 

 少年。前世の名はクラウス・G・S・イングヴァルト。諸王時代の古代ベルカにその勇名を轟かせた覇王。

 少女。前世の名はオリヴィエ・ゼーゲブレヒト。戦乱の中にあるベルカを平定した最後のゆりかごの聖王。

 

 これは一つの小さな奇跡。

 悲しい別れに引き裂かれた二人は、ここでまた巡り会えた。

 

 

 ――要するに前世で仲良かった少年少女が散歩してたら、たまたまバッタリ会えてビビッときましたよという話だった。

 

 

 

 数年後。

 ミッドチルダのどこか、とある家屋の一室。

 そこではラフな服装の少年と少女が適当に時間を過ごしていた。つまりは休日のカップルである。

 テレビの映像を眺めつつベッドでゴロゴロしていた少女がふと、ベッドの脇で腰かけていた少年に声をかける。

 

「あー、クラウス、お菓子買ってきて下さい」

「そんなお願いされたの前世から通算して今が初めてだよ」

 

 一国を治めたことのある王が、なんかパシリを命じられていた。

 

「ヴィヴィ、自分で動きなって。太るよ」

「………」

 

 女性への禁句をさらりと口にするデリカシーの無さが実にクラウスらしい、とオリヴィエは思った。

 買ってきてくれというのは冗談で、一緒に行くつもりだったが……気が変わった。少し苛めて、いや、懲らしめてしまおうか。

 

「わかりました。では、勝負をしましょう? 負けた方がお買い物に行くんです」

 

 オリヴィエは挑発するような声で、右手に拳を作って見せる。

 クラウスの顔付きが変わる。彼は挑まれた戦には必ず乗るタイプだ。

 

「……いいとも、受けて立つ。あの時の私とは違いますよ、オリヴィエ」

 

 ゆらりと腰を上げた少年から立ち昇る王気(オーラ)。今この部屋はひとつの戦場と化したのである。

 

「では……」

「いざ!」

『最初はグー!』

 

 真っ直ぐに突き出された拳と拳がぶつかり合い、空気を震わせた。

 片やベルカ戦乱の救世主と謳われた聖王女の剛拳。片や空を断ち軍勢を薙ぎ払ったとされる覇王の一打。

 

「フフ。強くなりましたね」

「貴女を守れるようにと磨き抜いた拳だ」

 

 大層な一幕を繰り広げてはいるが、ゲンコツがぶつかりあった時の効果音はペチッとかそんな感じだった。前世がすごい達人だろうが今の二人はミッドの一般家庭に生まれた10代半ばの少年少女である。魔力を使わなければこんなものだ。

 

「はぁあああ……」

 

 足を肩幅ほどに広げ、呼気を整えるクラウス。

 ――放つはグーだ。

 足先から練り上げた力を打ちだす技法『断空』はクラウスが最も信頼を寄せる力。打倒できぬ敵などその生涯において存在しなかった。

 ただ二人を除いて。

 

『じゃんけん……ぽん!』

「勝ちました」

「わ、私は……私はッ……! オリヴィエ……っ! 何故なんだ……!」

 

 ちなみにそのうちの一人がオリヴィエである。

 愚直なグーに突き付けられたのは、無慈悲なまでのパー。クラウスは膝から崩れ落ちた。

 

「ふふ、柔よく剛を制すというやつですね」

 

 オリヴィエがよく見せる太陽のような笑みも、心なしか今はドヤ顔のように見える。

 彼女曰く、じゃんけんをするとき、クラウスは煽られると拳打(グー)掌底(パー)ばかり出す癖がある。こちらはパーを出せば負けは無し、聖王大勝利である。

 

「く……僕の拳では、誰も……何も守れないのか……」

 

 敗北を喫したクラウスの様子がおかしい。蹲ったまま呻いている。どうやらなにかのトラウマスイッチを押してしまったようだった。

 彼はどうも真っ直ぐすぎて思い込みが激しいきらいがある。少し弄り方が悪かったか。

 一瞬ばつの悪い表情をしたオリヴィエは、俯くクラウスに手を差し出した。

 

「さっきのは冗談ですよ。お菓子は一緒に買いに行きましょう」

「うう……あ、ありがとう」

 

 手と手が触れ合う。掴まれた手に心地よい力強さとほのかな熱を感じて、オリヴィエはぼそりと心の内を呟いた。

 

「……温かい」

「なに?」

「いえ、クラウスの手は手汗がすごいなと言ったんです」

「ぐ……そ、そうかい?」

 

聖王女オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは、物心がついた時には両腕が無かった。後にエレミアの技術が造り出した高性能の義腕を装着し生活していたが、彼女が本当の手で世界に触れることは終ぞ叶わなかった。

今のオリヴィエには自分の腕がある。この手で想い人を感じられることが、ただの少女にとっての何よりの幸せだ。

 

「じゃあ、行きましょうか!」

「おわっ!? ヴィヴィ、待っ、君の力で引っ張られたら、あー!?」

 

 その手を強く握って駆けだす。

 今日も素敵な一日になる。今日だけじゃない。明日もその後もずっと。

 この人が一緒なら、世界は常にカラフルなのだ。

 


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