「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
森の中では雪泉と焔の飛鳥を賭けた戦いが続いていた。互いに服がボロボロになり、戦闘の激しさを伺わせる。その様子をジャスミンが高みの見物を決め込んでいた。
「どうした?雪泉、お前の力はそんな物か?」
学炎祭から日が浅いにも関わらず雪泉の実力は学炎祭の時のそれとは比べ物にならない。
「焔さんこそ……まだ余裕があるようですが?」
「当然だ。このあと、ジャスミンとの決着もあるからな」
雪泉も焔の実力に驚いている。飛鳥が最強の友達と評するだけはある。
「その余裕が命取りになっても知りませんよ!!」
「なら、ここからは全力だ!!」
両者は同時に胸から巻物を取りだし、空に掲げた。
「「忍転身!!!!」」
雪泉は雪のように白い着物姿になり、焔もまたマントを翻した忍装束へと転身した。
両者は再び激しくぶつかり合った。雪泉が扇を震えば冷気で空気中の水分が凍り、美しく煌めき、次の瞬間には氷塊となって焔に襲い掛かった。しかし、焔の三本の刀が氷塊を粉砕し、残る三本の刀が雪泉に襲いかかる。雪泉は紙一重の所で焔の攻撃を避けるが、わずかに刃が着物を掠めた。雪泉はそのまま氷塊を飛ばしながら後方へと下がり、焔と間合いを取った。
「雪泉……お前は本気なのか?」
六本の刀を構え、いつでも攻撃し、いつでも反撃出来る体制の焔が静かに問い掛けた。
「もちろんです。私は相手が誰であろうと、私自身がどんな状態であろうと常に全力で戦います!!」
「違う……飛鳥のことだ」
言葉を交わしていようと二人は互いに隙を見せなかった。
「……本気です」
雪泉の決意は固い。確かに世間からは冷たい視線で見られるかも知れない。法律という壁にも、性別という壁にもぶつかるだろう。雪泉が飛鳥から得る幸せは多いかも知れない。しかし、逆に飛鳥が雪泉から得られる幸せは限られる。与えられない幸せだってきっとある。
「それでも、あの真っ直ぐな眼差し。自分が見出だした忍の道を真っ直ぐ進む姿。私はそんな飛鳥さんが大好きです」
気持ちに一切の揺らぎの無い姿。その姿に焔は歯を食い縛った。
「500円だ……」
「え?」
「飛鳥に出会った時、アイツは財布を盗まれた。その財布の中身だ」
雪泉は衝撃を受けた。実力は自分と互角だった飛鳥が財布を盗まれたことがあるなんて正直信じられない。
「信じられないって顔だな。私もそうだった。これが伝説の忍半蔵の孫かって。実力も今よりずっと弱かった。……だが、アイツはそれから強くなった。出会って短期間で私と互角以上に飛鳥は強くなった。超秘伝忍法書の力を使って無理矢理能力の底上げをするんじゃなく、心も体も強くなって、私は飛鳥に負けた」
今もその借りは返せていない。思えばいろんなことがあった。焔が超秘伝忍法書を奪った後に半蔵の店で寿司を一緒に食べた。天守閣で待つ焔の所にちゃんと現れた。超秘伝忍法書の暴走と吸収された恐楼血からも助けてくれた。京都旅行では共に肩を並べて、強敵と戦った。そして、学炎祭終了後、焔はあの時の決着を付けるために飛鳥と剣を交えた。
「結局また決着は付かなかった。だが、だからこそ、私達の決着が付くまで飛鳥を渡す訳にはいかない!!飛鳥は私のものだ!!!!」
焔は地面を蹴り、体を回転させながら雪泉に突進してきた。雪泉は高々と跳躍し、氷塊を焔目掛けて飛ばした。クナイのように鋭い氷塊が焔を掠め、焔は一瞬体制を崩すが、すかさず体制を立て直し、雪泉の着地点目掛けて突進する。雪泉は巨大な氷柱を自分の足下に作り出し、突進してくる焔を迎え撃った。
「ナメるなぁぁぁ!!!!」
焔は六本の刀を十字に交差させ、氷柱を砕いた。しかし、砕いた氷柱の向こうに雪泉の姿は無い。氷柱を目眩ましにして雪泉は焔の背後を取っていた。
氷柱を砕くために体制を崩していた焔は体制を整えようとするが、その隙を雪泉は見逃さなかった。先程よりも更に巨大な氷柱を作り出した。
「秘伝忍法・黒氷!!!!」
巨大な氷柱が無防備な焔に襲い掛かる。強烈な冷気を帯びた一撃は焔の装束を破り、焔に対して大きなダメージを与えた。
焔はそのまま地面に力なく倒れた。確かに強烈な雪泉の秘伝忍法ではあるが、焔の命までは奪っていない。しかし、しばらくは気絶して動くことも出来ないだろう。当然、ジャスミンとも戦えない。
「私の……勝ちです」
雪泉は扇子を折り畳み、その場を立ち去ろうとした。
「秘伝……忍法……」
その声は弱々しく、文字通りの虫の息。雪泉は気づくべきだった。渾身の秘伝忍法を受けて尚、焔は六本の刀を手放していなかった。雪泉が振り向いた瞬間、既に焔は雪泉の目の前、自分が最も力を発揮出来る間合いに詰めていた。
「魁ぇぇぇぇ!!!!!!」
焔は雪泉の周囲を縦横無尽に走り抜け、雪泉を切り裂いた。着物が破れ、白い柔肌が露になった。
斬撃の嵐が収まると辛うじて立つ雪泉と同じく辛うじて立つ焔がいた。互いに体力の限界を突破し、辛うじて立っているのも日々研鑽した精神力のお陰だろう。いや、それとも飛鳥への愛か。
その様子を高みの見物しているジャスミンは遠くから近付く気配を感じた。一人は気配を消すことも忘れて、一心不乱にこちらに向かってくる。
「飛鳥か……それと、こっちは……厄介だね、全く……」
森の奥からは全身にまとわりつく嫌な気配を感じ取った。おそらく雪泉達は気付いていない。それだけの距離がある。ジャスミンは持っていた煙管を巨大化させると森の奥へと走り去った。