やって来たのは町から少し離れた森の奥。この場所ならば確かに忍結界が無くても存分に力を発揮できる。
「一つお聞かせください」
「何さ?」
「おそらく半蔵様は、きっと飛鳥さんに代わって断っていたと思います。私も女の子同士がおかしいと思わないわけじゃありません。でも、どうしてジャスミンさんはチャンスを?」
雪泉の問いかけに退屈そうに煙を吐き出すジャスミン。
「可愛いまg……いや、可愛い飛鳥の幸せのためさね……………もう二度と娘みたいな結婚をさせないためにもね」
雪泉にはジャスミンの言葉の後半の部分はよく聞き取れなかった。
「さあ、そろそろ始めようかね。飛鳥を賭けた戦いを!!」
ジャスミンは雪泉の目の前で仁王立ちしているだけだが、全く隙が無い。半蔵を一撃で沈める実力者だから、それなりに警戒していたはずなのに、その圧倒的な実力の差を今更ながら実感した。
「その戦い、ちょっと待ったぁ!!!!」
突然茂みから腰まではあろう長いポニーテールを乱した褐色の少女が現れた。
「あ、貴女は!?」
自給自足と書かれたTシャツとジーンズ姿で、背中には六本の刀と一本の紅い太刀を背負ったアンバランスな格好の少女に雪泉は見覚えがあった。
「焔紅蓮隊の焔さん!!どうしてここに!?」
「それはこっちの台詞だ。……いや、今はそんなことはどうでもいい!!おい、そこの女!!"飛鳥を賭けた戦い"とはどういうことだ!?アイツはこの私のエモノだ。横取りするなら容赦はしないぞ!!」
ジャスミンは煙管を蒸かし、大きく煙を吐き出した。何やら考え事をしている様子だった。
「答えるつもりが無いなら……力ずくで聞かせてもらうぞ!?」
焔は背中の六本の刀を抜刀した。しかし、ジャスミンの姿は消え、焔の背後に回っていた。
「ほほぅ……お嬢ちゃんも飛鳥が好きなんだね?飛鳥も隅に置けないね~」
焔は振り向き様にジャスミンを切りつけるが、ジャスミンは軽々とその攻撃を避けてみせた。
「す、すすす、好きとかそういうんじゃない!!わ、わわ、私達は女同士だぞ!?」
「私は好きです……」
照れ隠ししきれない焔に対して、雪泉は落ち着いていた。
「なっ……!?」
「ですから、私は飛鳥さんをもらいに、半蔵様に会いに行きました。そして、その機会をこのジャスミンさんから頂きました。邪魔するなら焔さん……貴女を倒します!!そして、飛鳥さんは私が頂きます!!」
凍てつく氷のように鋭い闘志。言っていることは焔には理解できない。しかし、みすみす飛鳥を奪われる訳にはいかない。
「ジャスミンと言ったな」
「そうさね」
「もし私がお前を倒したら飛鳥は私がもらってもいいのか?」
ジャスミンは一瞬考えるが、すぐに返事をした。
「いいさね。それで?どっちが先に相手をするんだい?それとも二人いっぺんに掛かってきてもいいさね」
「いや、一人だ。ただし……勝ったほうだけが、ジャスミンと戦う!!異論は無いな!?」
焔は刀の切っ先を雪泉に向けた。
「望むところです!!」
雪泉も扇子の先端を焔に向けた。
「焔……」
「雪泉……」
「悪の定めに舞い殉じよう!!」
「鎮魂の夢に沈みましょう!!」
「ただいま~」
飛鳥が自宅に帰ると違和感を感じた。普段なら夜の営業時間に向けての仕込みが行われている時間帯だが、半蔵の姿が無い。
飛鳥は慌てて奥へと進み、半蔵を探した。半蔵はすぐに見つかり、和室で横たわっていた。
「じ、じっちゃん!?」
慌てて駆け寄り、呼吸や心音を確認して、生きていることは確認できた。
「ん……んん……飛鳥か?」
「じっちゃん!!よかった!!死んだかと思ったんだよ!?」
「儂がそう簡単に死なんよ。アダダダダ……まったく手加減が無いんじゃから……」
半蔵は後頭部に手を当てながら起き上がった。
「一体何があったの?」
隠居しているとはいえ、半蔵は伝説の忍とまで言われた忍である。祖父の実力を飛鳥は誰よりも知っており、そんな祖父が気絶させられるなんてただ事ではない。大きな瞳は真剣な眼差しだった。
「うぅむ……どこから話せばいいのやら……いや、それどころじゃないの……飛鳥よ、急いで森に向かうのじゃ。早く行かねば雪泉が危ない。それと……ジャスミンという忍もおるはずじゃ。じゃが、決して戦ってはいかんぞ?今の飛鳥では勝ち目は無い相手じゃ」
「う、うん、わかったよ、じっちゃん!!」
飛鳥はそのジャスミンという忍が半蔵を気絶させたことを理解しつつ、すぐにその場から消え、町の近くの森に向かった。