学炎祭を終えた雪泉は、ある覚悟を胸に秘め、伝説の忍、半蔵の元へ向かう。
「娘さんをください。」この台詞は男性の誰もが永遠の伴侶として選んだ女性の父親に言い放ち、一発もらう覚悟が必要な一世一代の決め台詞だ。ひょっとしたら世の女性が恋人に言ってもらいたい台詞ライキングの上位に食い込むだろう。
それ故に"イレギュラー"は発生しにくい。
しかし、人類史上おそらく最初で最後の"イレギュラー"が発生した。
「飛鳥さんを私にください!!」
この台詞のどこがイレギュラーなのか。いや、台詞そのものは平凡過ぎる程真っ直ぐで、一瞬の迷いもない刀のような口調で、聞いている人も呆気に取られるそんな台詞だった。
だが、状況を一つ一つ確認していこう。まず台詞を聞かされているのは父親ではなく、立派な口髭をはやした老人だ。だが、その老人の年齢に反して、その肉体からは老いを感じさせない。この老人こそ、かつて伝説の忍と呼ばれていた忍、半蔵だ。今は商店街の片隅で寿司屋を経営している。
そして、その目の前にいる台詞を言った者は深々と土下座をしている。半蔵にとっては見慣れた灰色のブレザー。土下座したことで微かに覗かせるうなじは雪のように白い。後頭部の髪を白いリボンを結んでいる。端的に言うなら、台詞を言ったのは女性だ。
「ゆ、雪泉よ……お主、何を言っておるか……わかっているのか?」
雪泉。死塾月閃女学館に通う忍学生の三年生。つい先日まで国立半蔵学院を初めとする忍養成学校との学炎祭が行われたばかりだ。
かつての盟友黒影に頼まれ、月閃の少女達を導いたのは他でもない半蔵だった。言葉巧みに少女達を学炎祭へと導き、新しい正義を見出だすきっかけを与えた。半蔵自身正体を偽り、雪泉達の師として過ごした時間が少なからずある。しかし、その半蔵でさえ雪泉の台詞と現状について行けない。
「い、いや、それ以前にどういう意味なんじゃ?」
「言葉の通りです、半蔵様!!飛鳥さんを私にください!!」
雪泉の瞳は真っ直ぐ半蔵を見つめる。
「その理由は何じゃ?」
雪泉の瞳に躊躇いは無かった。
「初めはなんて甘い考えの人だと思いました。しかも、悪忍とまで付き合いがあるなんて許せませんでした。しかし、学炎祭を通じて、飛鳥さんとの戦いを通じて、本当に甘かったのは自分だったと気付きました。自分達とは異なる悪い考えを排除なんていうのは、単に自分達の考えを押し付けるのと同じです!!しかし、飛鳥さんはその違いを受け入れつつ、決して自分の正義を曲げない。…………私はそんな飛鳥さんと共に歩み、共に新しい正義の道を進みたい!!そのために半蔵様!!お孫さんを!!飛鳥さんを私にください!!お願いします!!」
雪泉は再び額を床にめり込むくらい深々と土下座をした。半蔵にはその姿に見覚えがあった。飛鳥の母、つまり自分の娘が結婚相手として恋人を連れてきた時のことだ。彼も真っ直ぐな言葉で、真っ直ぐな瞳で半蔵に「娘さんをください」と言っていた。その状況と同じだ。しかし、相手は忍学生とはいえ、卒業を目前に控えた女子高生。女の子同士なんて半蔵にはイマイチ理解できない。
〔じゃが…………女の子同士もありかもの!!〕
一瞬、変な妄想が脳裏を過った瞬間、半蔵の意識は遠のいた。
突然、半蔵の背後に若い女性が現れた。サングラスをかけ、煙管を加えた女性だ。彼女は突然現れ、半蔵の後頭部に強烈な蹴りを入れて、気絶させた。
「あ、貴女は一体……!?」
「私かい?そうさね……飛鳥の縁者ジャスミンと名乗っておこうかね」
「ジャスミン……さん?」
半蔵はもちろん、自分にも気付かれずに突然現れ、半蔵を一撃で沈めるだけあって、ただ者ではないことは容易に理解できた。
「まったくこのエロジジイめ……孫で一体どんな妄想を膨らませてたんだか……」
ジャスミンは爪先で半蔵小突いた。やがて雪泉に視線を向けた。
「話は全部聴かせてもらったよ。つまりお嬢ちゃんは飛鳥のことが好きなんだね」
動揺しない訓練は受けているが、雪泉の顔は一気に紅くなってしまった。
「アッハハハハ!!!!照れることはないよ!!そうさね……飛鳥がほしいか……うんうん…………」
ジャスミンは煙管を蒸かし、大きく煙を吐き出した。
「そんなに欲しければ、"力"で証明してみせな。場所を変えるからついて来な」
ジャスミンは部屋から姿を消すが、それと同時に雪泉の姿も消え、部屋には気絶した半蔵だけが残されていた。