アイズとフィンが駆け出す。目標は散々やってくれたウダイオスにだ。並走をする二人、アイズはまだ魔法を使ってはいない。
彼から拝借した剣。それの切れ味を確認するため、魔法で強化をしなかった。痛む体を己が闘争心で凌駕した二人は、Lv.6の身体能力を持ってしてぐんぐんと距離を詰める。
『グゥオオオッ!?オオオオオオオオオオオ!!』
ゴライアスを押し倒したウダイオスは、そこで接近してくる二人をその
倒れ伏すゴライアスへ視線を奪われていたウダイオスのその対応は、しかし遅すぎた。
放たれた逆杭の隙間を縫うように接近するフィン。片や跳躍し、壁へと飛び上がり空中から襲いかかるアイズ。
……まずアイズが驚愕した。
空中から襲いかかるアイズを、ウダイオスは武器を持たない右手で叩くように薙ぎ払う、が、空中で一回転。その攻撃を回避し、お返しとばかりにその手首へ剣を振り抜く。
……先程まで、どれだけ剣を振るおうが、その堅牢な紅い骨に傷らしい傷さえ付けられなかったアイズの攻撃。しかし…。
「えっ?」
ーーー
斬ったアイズでさえ、あまりのことに驚きの声を上げてしまう。
……次いでフィンが驚愕した。
逆杭をすり抜けたフィンは、その懐へと侵入を果たしその巨大なあばら骨へ突きを放つ。
空中にいるアイズに、注視していたと思われたていたウダイオスは、しかしその攻撃に感付いていた。
その突きを阻まんと逆杭を産み出す。巨大なそれは、まるで王を守らんとする白い盾だ。
「えっ?」
しかし侮るなかれ骸骨の王よ、今フィンがその手に持つ槍は、かつて彼の王が収集した宝物だ。
骸骨の王が産み出した白き巨大な盾。しかし今回は矛盾などなく起きず、いや起こす可能性など皆無だった。
……易々と
驚きの声を上げてしまうフィンだったが、いつまでもここに留まってはいい的だ、直ぐ様バックステップで距離を取る。
その隣にアイズもまた着地。二人して今の成果を上げた武器をまじまじと見つめる。どうだ、と誇示せんばかりにその先端がキラリと輝く。そして背後にいる、その武器を貸し与えてくれた人物へ振り返る。
「ふん。…貴様も何時までも寝てるでない!」
その結果に驚愕する二人に、当然だと鼻を鳴らす。そして倒れ伏すゴライアスに活を入れる。
ぐぐっ、と体を起こそうとしていたゴライアスは、そこで自身の異常に気付く。傷が回復していたのだ。
ウダイオスと違い赤い粒子でなかったが、ぼこぼこと体は音を立て、傷を修復していた。その自身に起こる異常に、目を見開いたゴライアスだったが、直ぐに獰猛な笑みへと変える。まるで、これは素晴らしいと。
『オオオオオオオオオオオ!!』
咆哮を上げ立ち上がる。完治したと言わんばかりに、両手を広げ、己が体を誇示せんばかりに。
『ルゥオオオ…。オオオオッ!?』
対してウダイオスもまた、赤い粒子を発生させ体を再生させようとしたが、ここでその異常に気付いた。回復していないのだ、槍で穿かれたあばら骨が。
その光景に目を見開く二人。しかしフィンは、直ぐ様その卓越した頭脳を持って察する。そう言うことか、と。
笑みが浮かぶ。今や戦士の顔となっているその顔が破顔する。自身の武器の特性を理解したフィンは、くるんと槍を回転させる。
ウダイオスへ再度体を振り向かせたアイズは、顔を伏せていた。そして今は鞘に収められた愛剣へ視線を落とす。
……ごめんね。
内心で謝罪する。他の剣を振るってしまっていることに。
……でも。これは凄すぎる。
自身の手に持つ剣の切れ味に、月並みな評価しか出来ない。しかし、それ以外に思い浮かばない。
顔を上げフッと笑う。その笑みは、これならばいける、と確信したそれだ。
『ルゥオッ!?オオオオオオオオオオオ!!』
違いこそあれ、笑みを浮かべ自身を見る三つの視線に、一瞬怯みはしたが、階層主の、骸骨の王としてのプライドを持って咆哮を上げ、己を奮い起たし眼前の敵を睨む。
「何時までも待たすな貴様ら。さっさと片付けよ」
壁に寄りかかり若干不機嫌な表情を浮かべている王は、笑みを浮かべる二人と一匹に声を飛ばす。その声に反応するように、ゴライアスは進軍し、アイズもフィンも武器の性能は確認できた。次は全力だ、と言わんばかりに、アイズは魔法を展開し跳躍、フィンもまた先のスピードより速く敵へと接近する。
襲ってくる敵を迎撃するため、逆杭やスパルトイを産み出す骸骨の王。それらを掻い潜る二人が思うことは…。
欲しいなぁ…。
ーーー邪な考えだった。
残り時間ーーー後二分。
ーーーーーー
そこからの戦闘は、一方的だった。
アイズは壁へ地面へ移動し、逆杭を自身に集中させ、隙あらば斬りかかる。ゴライアスは、ウダイオスと腕を組み合わせることによって、黒大剣の一刀を封じていた。
そしてフィンが、その槍の突きをもってして、着々とその中枢を守りしあばら骨を消失させていく。もはやウダイオスの劣勢を疑わない光景だが…。
ーーーそれは限られた時間だけのことだった。
王から許された時間は三分。既に残り時間は一分を切っていた。後ろでは、王が歪みを現していた。あれが誰に射出されるものか、それは…。
ーーー残り時間が半分となった時に、「分かっていると思うが、一秒でも過ぎようものなら、貴様らを生かす道理はないぞ」と後ろから煽ってきたのだ。
それには、さしものゴライアスも顔に嫌な汗が流れた。何時の間にか貸し出し期間は、自分達の命のカウントダウンとなっていた。
苦笑いを浮かべフィンが指示を飛ばす。各々が急所を狙うのを一転、連携行動を取る。…ゴライアスが自分の言葉を理解したのには驚いたが、僥倖でもあった。
『階層主』と『剣姫』と『勇者』は、『骸骨の王』を打倒するため、三位一体の行動を取る。
動きを封じ、逆杭やスパルトイを捌き、急所を守る盾を減らしていくが、同時に砂時計も減っていく。脳内でそれを図るフィンは、そのギリギリの時間に焦燥を拭えない。
しかし、手元を狂わさない。その技量をもってして、核を守る盾の数を減らしていく。そして三十秒を切ろうとした時…。
『ルゥオオオオオオオオオオオッ!!?』
ーーー最後の盾一枚を突き消す。そして、同時にフィンはアイズに目配せを送る。その意味を理解したアイズが頷くのを見てフィンは詠唱を始める。
「『魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て』」
超短文詠唱を行うフィン。右手に鮮血の色に染まる魔力光が集う。瞑目し、紅の指先ーーー鋭い黄槍の穂先を己の額に押し当てた直後、魔力光が体内に浸入した。
「『ヘル・フィガネス』」
次の瞬間、見開かれた美しい碧眼が、凄烈な紅色に染まった。
「ーーーうぉおおおおおおおおおッ!!」
常に冷静沈着であった
ウダイオスは、その怪火で敵の異様な雰囲気を捉える。同時に本能が危険だと警鐘を鳴らす。
後方に下がり、投擲の構えを取る相手に、しかしウダイオスの行動も迅速だった。
直ぐ様頭突きを持ってしてゴライアスを怯まし、左手に持っていた黒大剣を核である魔石の前に突き立てる。敵の攻撃を阻むため、剣を盾へと変えたのだ。
しかしフィンの狙いはそこではない。
「ああああああああああああッッッ!!」
渾身の投擲。狙いはウダイオスの顔面だったのだ。
ギギッと剥き出しの歯を食い縛った『勇者』の一撃は、ウダイオスの巨大な顔を半壊させた。
衝撃で後方へと仰け反る巨大な上半身。しかし、悲鳴はあげられない。
『オオオオオオオオオオオッ!!』
怯んだ体勢を瞬時に立て直したゴライアスは、突き立てられた黒大剣を引き抜き、同時に薙ぎ払う。
雄叫びを上げ、振り抜いた『主』の一撃。直前に滑り込ませた右手さえ斬り払い、その首の骨と口を消失させる。
胴体と別れを告げた右目が空中へと投げられる。しかし、未だその身は健在だ。
空中へと投げ出されたその怪火が見たのは…。
「『
ーーー暴風を纏う金髪の『剣姫』だった。
地面に足をつけ、最大出力の暴風を銀の輝きを放つ聖剣に付与する。そして、膝を曲げ構えていた。
『ーーーーーーーーーー』
最早声など上げられない、ウダイオスはその怪火を驚愕と、恐怖で揺らすしか出来ない。だが…。
『ーーーーーーーーーー』
ーーーまだ体は動く。残った左腕を振るい、眼前の脅威へと薙ぎ払いを敢行。未だに動く骸骨の王に、凶戦士とかした勇者も、黒大剣を持つ階層主も、暴風を身に纏う剣姫も驚愕した。故に三者は対応が出来なかった。
その必中の一撃に、口が健在ならば笑みを浮かべていただろうウダイオスは。しかしそれを…。
「……おっと、雑種。貴様の見るに耐えん無様な足掻きに、つい手が出てしまった。これだから雑種は困る」
ーーー『王』が許さなかった。断罪の一撃が射出され、その右腕を粉砕する。薄笑いを浮かべるその男の姿に、ウダイオスの怪火が驚愕に揺れる。
ゴライアスとフィンが男の行動に視線を移すが、アイズは視線を動かさない。
……また、借りをつくちゃった。
内心でその事に礼と、そして作ってしまった借りの大きさに少し億劫になるが。今は目の前の敵が優先だ。
ならば、とウダイオスは最後の行動にでた。最早プライドを打ち捨て、上半身を倒れ伏さす。ウダイオスの巨大な骨の中でも、一際でかい背骨で防ごうとしたのだ。
それは顔と手が健在ならば、平伏す体勢だった。しかしウダイオスは屈辱を感じながらも、命のためにと選択したのだ。
「……一介の主を名乗りながら、散り際も潔くできぬのか…。終いだ下僕、疾く穴を掘れ」
『王』は身を翻し憐れな者へ背を向け、後少しで落ちきる砂時計と歪みを消す。本来のここの『主』は、その縄張りを荒らした者の惨めな行動に笑みを浮かべ、王に付き従うように、その背を追う。『勇者』はこの闘いの行く末が分かり、大きく息を吐く。そして『剣姫』は…。
「リル・ラファーガ!!」
ーーー闘いの終わりを告げる。
暴風を纏った聖剣は、閃光となってウダイオスの背骨を貫通し、そして…。
『ーーーーーーーーーー』
魔石が二つに割られる。断末魔すら上げることさえ出来ず、ウダイオスは灰へと変わっていく。
最後の最後に醜態を晒した骸骨の王は、こうして17階層から消えた。
ーーーーーー
ゴライアスが雄叫びを上げながら、18階層に続く洞窟を掘り進める。その手にはウダイオスから奪いし黒大剣を持って。
ウダイオスが残したのは、今は二つに割られた魔石。そして今はゴライアスが持つ黒大剣だけだった。
ギルは掘り進めるゴライアスの背を呑気に見ていた。そこへ…。
「ーーーやあ。君のお陰で勝てたよ、ありがとう」
「うん、ありがとう…」
笑顔を浮かべ、戦闘後回収した槍を掲げるフィン。片やその背に両手を隠すアイズ。
「ふん、貴様らの礼なぞいらん。仕事を終えたのなら、我が宝物を置いて疾く戻るがよい」
背後からかけられた声に、身を翻し労いの言葉すらなくいい放つ。
そんなギルの態度に、分かっていたのか呆れた笑みしか出ない二人。
「それでなんだけど…」
「ごめんなさい、無くしました」
「ならば、その手に持つのはなんだ雑種…!」
歯切れを悪くするフィンを遮って、さらっと嘘を付くアイズ。後ろに隠し持っているのが分かっていたギルは、顔を怒りで染める。看破されたことに、ガーンと落ち込む。
「……なんで、わかるの」
「アイズ、馬鹿な真似はよしてくれ…。ここは大人な取引と行こうじゃないか、金はいくらでも出すよ?」
「……なるほど!ごめんなさい、ローンって組めますか?」
「随分とふざけたことを言うな、雑種共!貴様らなんぞにくれてやるかっ!」
顔に青筋を浮かべ、馬鹿なことを言う二人に怒り心頭し、ついには歪みを現す。さしもの二人も、それを見せられては諦めざる負えない。渋々とその手に持つ武器を地面に突き刺す。
「……ふん、一応仕事を果たしたのだ。褒美はやろう」
褒美、と言う単語に顔を上げ輝かす二人。それは正に年相応のそれだ。…一人は違うが。
「そこで働く下僕の名を付けることを許す。好きな名をつけるがよい」
そして瞬時に肩を落とす。もしかしたら貰えるかもと思っていただけにダメージはでかかった。
まぁでも、
「ジャガ丸君抹茶クリーム味!」
「なんだその名は…。おふざけにも程があるぞ」
好きな、と思考したアイズが、出した答えは自身の好きな食べ物の名だった。隣にいるフィンも、その発言には苦笑いを浮かべるほかない。
「まぁよい。好きな名を付けよと言ったのは我だ。しかし長い、ジャガ丸でよかろう」
決められた名前。そして後ろを振り返り、ゴライアスに「下僕、今日から貴様はジャガ丸だ」と宣告を下す。
その付けられた名前に異を唱えようとするが、王の一睨みを持って首を高速で縦に振る。
……こうして17階層の階層主は、『ジャガ丸』と名付けられた。
ーーーーーー
「ーーーベルッ、逃げなさい!!」
平静をかなぐり捨てたリューの叫び声虚しく、黒いゴライアスから
『
回避不能の自身を殺しせしめる一撃。ベルの時が凍った時…。彼は現れた。
盾を持つ偉丈夫の体。臨時パーティーの桜花だ。しかし黒い薙ぎ払いは、間に滑り込んだ盾をひしゃげさせ、その体を衝撃が貫通し、二人を殴り飛ばす。
『オオオオオオオオオオオッ!!』
散る血飛沫、剥がれ落ちる
その光景に他の冒険者達は、次は己もああなるのかと戦慄し、女神は少年の名を呆然と呟き。
誰もが絶望する戦場に…。
「お、おい、洞窟が開いたぞ!?全員逃げるぞ!」
「ま、待ちなさい、ボールス!」
ーーー17階層に続く洞窟が、音を立て塞がれた岩を弾き
開通したのだ。
岩を飛ばした衝撃からか、莫大な粉塵を巻き上げる洞窟の入り口。誰かが岩を弾き飛ばしたそれへと、我先にと声を上げ数多の冒険者が動き出す。
突然の
洞窟に走り向かう冒険者もそこに立つモノが分かり、同時に戦慄した。
『ーーーオオオオオオオオオオオッ!!』
雄叫びを上げる
砂塵が舞う中咆哮を上げるそれを見て、最早呆然と立ち尽くすことしか出来ない。その自分達が置かれた絶望的な現状に。