霞んだ英雄譚   作:やさま

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第六話 ご近所付き合いは大切に

 

 

朝。

ヘスティア・ファミリアの本拠地である、廃墟と化した教会。

その内部、祭壇の先にある隠し部屋こそが神様(ヘスティア)の住まう部屋。

昨日、唯一の眷属となったベルもまた、そこへ住まう事となっていた。

 

(本当に、よかったのかな……)

 

しかし、ベルは内心戸惑っていた。

自分みたいな人間が、厚かましくもヘスティア様と……それもまるっきり少女な彼女と、一夜を共に過ごした事に。

ただ、ベルに家は無く、その上この教会でも隠し部屋である地下室以外はどこも住めるような環境は見つからない。

神様との相部屋は避けられぬ事態ではあったのだが―――――。

 

「ふぁぁ……おはよう、ベル君」

「お、おはようございます……神様」

 

目が覚めた我が主神(ヘスティア様)に、どもりつつも挨拶を返す。

初々しい眷属に彼女は生暖かい視線を送りつつ、うんと伸びをした。

 

「そういやベル君。テクト君の事だけど……」

「兄さんが、どうかしましたか?」

「彼に、君との橋渡しをしてくれたお礼をしたいと思ってね」

 

こんなにも早く目的を達成出来たのは、他ならぬテクト……ベルの兄のおかげ。

出会いは最悪だったが、恩は返したい。

善は急げとばかりに、ベッドから飛び起き、立ち上がった。

 

「だから、ダンジョンに行ってみたいのは山々だろうけど少し付き合ってくれないかな」

「勿論、構いませんよ。けど……お礼って、勧誘するんですか?」

 

ベルの言葉には、少なからず期待の色が見え隠れしていた。

勿論、ヘスティアも彼を勧誘したいのは山々だ。

だが―――――

 

「……きっとテクト君は、すでに他のファミリアに入っているよ」

「え!?」

 

昨日の会話の中で聞こえた、“ミアハ様”という言葉。

ミアハは神の名であり、そして実際にミアハ・ファミリアは存在している。

これが意味している所は、既にテクトはミアハ・ファミリアの一員となっているという事。

 

誘えないのは残念だが、しかし言い換えればこれは他ファミリアとの繋がりを得る好機。

縁はしっかりと手繰り寄せ、今の内に繋いでおくべきだろう。

呆けるベルに、隠し部屋の戸を開けヘスティアは振り返り、笑った。

 

「さあ、行こう!ベル君」

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

一方その頃、ミアハ・ファミリアの本拠地、青の薬舗ではというと―――――

 

「テクト、起きるの早いね……」

 

たった今起きたばかりのナァーザは、眠たげに尾をゆらゆらと揺らし、欠伸をかみ殺しながらカウンターへ。

数時間前にはもう起きていたテクトは既に薬棚を整理し終え、今は床の掃除に勤しんでいる。

 

「お前が遅いんだ、ナァーザ。客が来たらどうするんだ」

「大丈夫大丈夫、客なんて来ないから。西のメインストリートって、ファミリアにも所属していない人ばっかりだし」

「……ミアハ様、何故こんな所に店を構えたんですか」

 

まるで計画性の無い店舗経営に頭を抱えつつ、テクトは尚も床を拭き続ける。

今まで殆ど掃除してきていなかったのだろう、頑固な汚れがそこかしこに点在していた。

 

「……何やってるの、テクト」

「汚い店に客は入りたくないだろ。掃除しているんだよ」

「食堂でもないのに……別にいいじゃん」

「食堂ではないが、ポーションは口に含む物なんだろ?なら、店が綺麗な方が客の気分もいい」

「……」

 

反論できずに黙り込む、眠たげな会計担当。

いそいそと床を拭き続ける熱心な新人店員に気怠げな視線を送る事、数分。

不意に、店の扉が開かれた。

 

「やあやあ!ミアハ・ファミリアのホームはここであってるかい?」

 

入って来たのは、いつぞやの少女(神様)だった。

思わぬ訪問者に、ナァーザもテクトも視線はヘスティアへ釘付けとなる。

 

「おぉテクト君!昨日は悪かったね、挨拶も無しに行ってしまって。そこのナァーザ君も」

「いえいえ、とんでもない。神様のお役に立てたようで何よりです」

 

雑巾を見えない所にしまいつつ、爽やかな笑顔で客を出迎える新人店員。

―――――出た、テクトの特技・猫かぶり(第二の顔)(ナァーザ命名)!

悪くは無いし、むしろ神様相手に粗雑な物言いは避けるべきだが、その大胆な変容振りはもはや芸術。

ただ、その特技の弱点は……

 

「そうそう、テクト君。君の弟も連れてきているんだ」

「ど、どうも……」

「ベル!お前も来ていたのか!?」

「テクト君。ミアハにも挨拶をしておきたいんだが、彼は今どこにいるんだい?」

「ミアハ様ならおそらく私室で調合している、いや、していますが……」

 

身内の前だと、化けの皮が剥がれてしまう……といったところか。

理由はよく分からないが、テクトはベルの前だと猫かぶりを失敗してしまうようだ。

神様と弟を前にてんやわんやしている新人店員を、ナァーザは面白そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

その後、テクトにより呼ばれたミアハは、ヘスティアとベルをいつぞやのプライベートルームへと案内した。

まずは客人であるヘスティアとベルが座り、二人に向かい合うようにミアハが、そして彼の隣にテクトとナァーザが並んで着席。

それはちょうど、ミアハ・ファミリアとヘスティア・ファミリアが向かい合う恰好となった。

 

「ヘスティアもついにファミリアを持ったか……明日は槍でも降るかな?」

「ミアハ!それはどういう事だい!?」

「ははっ、そう怒るな。私はこれでも喜んでいるんだぞ」

 

机を叩き、届かぬ足を乱暴に揺らすヘスティア。

何がどうして“喜ぶ”に至っているのかは、テクトやナァーザ、そしてベルには定かではない。

ミアハもそれを話そうとはせず、ヘスティアも話させようとはしなかった。

 

「それで、今日は何が目的だ?」

「……ボクがファミリアを得るにあたり、キミの所の子供達に助けられてね。その事について、感謝を伝えにきたんだ」

 

一息つき、怒りを鎮めたヘスティアは灰色の髪の青年……テクトを見る。

彼からの弟の紹介が無ければ、ヘスティアがベルと出会う事は無かったかもしれない。

 

「いえ、そんな。俺は……私は、弟の為を思ってした事ですから」

「兄さん……」

 

割り切れた、と言えば嘘になる。

だが、テクトは一晩考えた結果、結局は己の直感を信じる事にした。

あの時の神様の笑顔に光を見た、あの直感を。

 

「私こそ、ヘスティア様がファミリアとしてベルを迎え入れてくださった事に、とても感謝しています」

「うう~……なんて君は良い子なんだ。話せば話す程、ファミリアに勧誘出来なかった事を歯がゆく思うよ」

「テクトは私のファミリアだ。ヘスティアには渡さんよ」

 

どこか自慢げなミアハに、ヘスティアは悔しさからか頬を膨らませる。

 

「フン!ベル君だって、すっごい良い子なんだからな!幾ら積まれたって絶対渡すものか!」

「か、神様……恥ずかしいですよ……」

「ミアハ様も、やめてください」

 

意外と子供っぽい所もある二柱の神様。

板挟みにあったテクトとベルは、困り果てたように互いを見合わせた。

 

「……コホン。ベル君から話は聞いた、君達は故郷からオラリオへ来たばかりなんだってね?」

「はい。まだ一週間も経っていないと思います」

「ふむふむ。それなら丁度いい!」

 

ドン、と。

ヘスティアはベルの肩を叩き、そしてテクトを見た。

 

「もしテクト君とベル君さえよければ、今日は私とオラリオ観光と洒落こむのはどうだい?オラリオと言えば地下迷宮だが、街の施設を確認するのも大事だろう?」

 

神様案内のもとの観光なんて中々体験できないぞ、と大きな胸を叩き、笑う小さな神様。

その提案は、テクトにとっても願ったり叶ったりだった。

今後生活の拠点となる街だ、少しでも街について知っておきたい。

ナァーザに頼るのもいいが、最近は彼女には世話になりっぱなしである事もあり、一日丸々使ってしまいかねない街案内のお願いは言い出し辛い。

 

「ふむ、いいんじゃないか?テクト、行ってきなさい」

「分かりました、ミアハ様。今日はお願いします、ヘスティア様」

「あの、私も……」

「ナァーザ、お前はホームに残っていてくれ。今日の調合は少々手古摺りそうでな……すまない」

「……分かり、ました」

 

申し訳なさそうにミアハに言われては、ナァーザも強くは言えない。

垂れる尾と伏せている耳からは、悲壮感が漂っている。

 

「……そんなに店番嫌なのか?」

「そうじゃないけど……」

 

それきり黙り込んだナァーザの真意を、テクトは察する事は出来ない。

ナァーザが意外とヤキモチ焼きである事を知っているミアハは、申し訳ないやら微笑ましいやら、複雑な表情で二人を眺めていた。

 

「それじゃ、早速出発しよう!あとボクはこう見えて金なんて無いから、食事をおごる事は出来ないぞ!」

 

ヘスティアの情けない宣言が、ミアハ・ファミリアのホームに響いた。

 

 

 

 


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