誠に申し訳ございません!つい魔が差してしまいました。
後悔もしているし反省もしている。
親愛なる読者の皆様方の中には、本文の最初の一文を目にした瞬間にブラバしたい衝動に駆られる方もおられるでしょう。
もしその衝動に耐えられた方のみ、その先へとお進みくださいませm(__)m
ほむん。我が名は、かの名高き剣豪、材木座義輝である。
我は今、この現世(うつしよ)に仮初めの生を受け十と七年、初めて女子(おなご)と二人きりでの宴の席を囲っておる。
フハハハハ! ついに我の時代が来たというものよ! ようやく下賤の者共も我に追い付きつつあるのだと褒めてやろうではないか!
「……ゴ、ゴラムゴラム……し、して、我に何用か……」
「……は? すみません声が小さすぎてなに言ってるのか全然聞こえないんですけど。あとゴラムゴラムってなんですか?」
はふん……! 助けてハチえもーん! 我、緊張しすぎてなにも話せないよぅ!
あと我の口調に対して普通に説明を求めるのやめてよぅ!
ぐぬぅ……やはり三次元の女子はげに恐ろしきものよ……悠久なる刻の彼方、かの戦場にて幾万もの強者を一刀両断に斬り捨ててきたこの大剣豪の強き魄を、こうも容易く打ち砕くとは……
──我は、目の前でコンパクトミラーを覗き込み、ハサミの怪物のような得物でまつ毛をくるんっとさせている我が校の生徒会長、一色某の美しき顔をチラチラと盗み見みつつ、数刻前のあの記憶に思いを馳せるのであった。
なぜ我がかような三次元美少女と、かような状況下に置かれる羽目となったのかを。
語れば長くなるであろう……そう、あれは我が戦利品を求め、千の葉舞い散る千年王国(サウザンドリーフミレニアム)を、目的の地へと向け闊歩している時であった……
× × ×
『……あれ? こんにちはー。えと、確か……木? ……木材? ……木材、先輩ですよねー』
『ひっ……わ、我……』
『あ、そーだ木材先輩! 今お暇ですかー? お暇に決まってますよねー? じゃあちょっとお茶とかしませんかー? わたしずっと木材先輩と二人でお話したいなって思ってたんですよー』
『……わ……ひまじゃ…………す』
『じゃあ行きましょー! ……あ、十メートルくらい後ろから黙って付いてきてくださいね』
『……』
× × ×
回想短かっ! 我、ほぼ無言だし!
……け、けぷこんけぷこん。フッ、笑止。刻の長さなど、男子(おのこ)と女子(おなご)の関係において、一体なんの意味があろうか。
重要なのは刻の長さではない、刻の密度なのだ。
かような力業にて我をこの地(喫茶店)まで呼びつけたからには、この美少女は我に並々ならぬ想いがあるに違いない。
あの一の月、たった一度の邂逅で、そこまで我を慕うとは感心である! ……な、名前は間違ってるけどね?
だが娘よ、貴殿の熱き想いは嬉しいのだが、残念ながら我の未来の伴侶は既に決まっておるのだ。
そう! 我は将来声優さんと結ばれる運命(さだめ)! それゆえ可哀想ではあるが、貴殿の想いに応えてやれぬのが我が運命なのだ!
……あいや待たれい! そういえばこの娘、なかなかに可愛い声をしておったではないか! 容姿も美人声優さんと比べても遜色ない……寧ろ凌駕するほどの美少女……!
であるならば一色某と結ばれるという事、それ即ちあやねると結ばれるのと同義! ふひっ。
ムハハハハ! 一色某よ、己の持って生まれた容姿と声に感謝するのだな! 貴殿の熱き想いに、この義輝が応えてやろうではないか!
「……」
「……」
し、しかしそこまでの熱き想いを持ってして我を呼びつけたにしては、なんかこの女子、我に興味なさすぎなーい?
ねぇねぇ、なんでさっきから我に目もくれず、ずっとコンパクトミラーしか見てないのー?
「お待たせいたしました」
「あ、はーい」
一色某が想い人である我の目の前にて己を磨き上げていると、ようやく喫茶店の店員が注文の品を運んで来おった。
ふむ、我の苺パフェはまだのようだ。まぁ真打ちはいつも最後に登場するものよ。
するとこの小娘、我の注文の品がまだかどうかなど一切のお構い無しに、直ぐ様カフェオレに口をつけると、ホットケーキを一口頬張った。
「んー、たまにはこういうトコの昔ながらのパンケーキもいいですよねー」
パンケーキとな? ホットケーキと何が違うのであろう。
「……た、たまには……とは?」
「あー、普段はあんまこーゆー古ぼ……趣きのある喫茶店? とかには来ないんですよ」
いま古ぼけた喫茶店って言い掛けたよね!? 店をディスって店員さんに睨まれても、我なんの役にも立たないからね!? 気を付けてね!?
「でも今日はちょっとアレなんで。こーゆーお店なら、知り合いとか来なそうじゃないですかー?」
ほう、知り合いには我とのこの大切な逢瀬を邪魔されたくないという事であるか。なかなか愛い奴よ。
「……し、して」
さて、この娘もこうして頑張ってくれておるのだ。我もいつまでも緊張で声が出ないなどと言っている場合でもなかろう。
そして我は一色某の目を真っ直ぐに見つめ……ることは適わずとも、話などいくらでも出来よう。
視線を右斜め下に落としたまま、我は頑張って一色某の話を聞いてやる事にしたのだ。
「……して生徒会長殿が……わ、我と二人ではにゃしたい事とは……?」
ぐぬぅ……! 惜しいぞ我! あと一歩で噛まずに喋り切る事が出来たトコだったのにぃ!
しかしそこはさすが懐深き生徒会長。我の些細なミスなど、そのまま流してくれるようだ。
別に我の噛みとかどうでもいいとか、そういう事じゃないよね……!?
「……え、えと」
先ほどまでは飄々としていたが、我からの詰問に途端にもじもじと頬を染めるこの娘。
やばい、これマジじゃね……?
「……その……ですね。…………せ、先輩の事っ……わたしがまだ知らない頃の先輩の事を……お、教えてもらえませんか……っ?」
キターーー!! 我に春到来!!
やばいどうしよう! こんな美少女が我の彼女になっちゃうの!? もういつ死んでも悔いはないかもーん! 我が生涯に、一辺の悔いなし!
ならば我は、我の目の前にて、潤々な上目遣いで頬を染め上げる可愛いいろはに教えてしんぜようではないか! 我、材木座義輝の生きざまというヤツを!
「……フ、フハハハハ! よいだろう! 何でも教えてやろうではないか! して、我の何が聞きたいのだ!」
「…………は? すいませんなに言ってるかよく分かんないんですけど……わたしが言ってる先輩なんて比企谷先輩に決まってるじゃないですか」
「ごはァ!」
うん、義輝知ってた。だから泣かないよ?
…………フッ、我が見せたのは、生きざまではなく逝きざまでした(白目)
× × ×
うおのれぃ八幡! あの失敗イケメンがぁ!
あとこのゆるふわビッチめぃ! 我の純真無垢な乙女心を弄びおって! 貴様等など、我が冥界より召喚せし地獄の業火、永遠なる仄暗き闇の焔(エターナルブラッディフレイム)で焼き尽くしてくれるわぁ!
……どこにも血の要素ないけど、ダークとかよりブラッディってルビ振った方が、なんかちょっと格好良いよね?
……カ、カンラカンラ、まぁ……この程度の事など、鋼のごとき我の魄にとっては些末な事。ふ、ふはは、どうという事もないわ(震え声)
むしろ我の事じゃないって安心して、さっきまでの緊張が薄らいじゃった!
ほむん。これならばようやく生徒会長殿とまともに会話が出来そうであるな。もちろん目を合わせてとかは無理無理。
であるならば、我が今ふと疑問に感じた事を聞いてみようではないか。
「……そ、そのぉ……せ、生徒会長殿は……は、八幡のこと好…………ど、どう思っておるのだ……?」
美少女相手に好きとか聞くの恥ずかしくて無理っ!
「……は? えっと無理ですごめんなさい」
「我いま告白とかしてないよね!?」
今日イチの低い声と侮蔑の眼差しで我を責めないで! 業界的にはご褒美なのかも知らぬが、我の豆腐メンタルでは危うくビルから飛び降りちゃうレベル。
「ちちち違うぞ!? 今のは決してそういう意味ではないのだ!」
ちなみについさっきまではその気満々であったがゲフンゲフン。
「……その、生徒会長殿は、葉山殿にご執心と風の噂で聞いた事があってな……な、なぜ八幡なのだろうか……と」
「……は? わたしの恋事情とか、木材先輩に関係なくないですか……?」
ぐへェ! び、美少女からの連続での超低音「……は?」は流石にキツい……我のライフを根こそぎ奪っていく……!
はちまーんっ……! 我、調子に乗って変なこと聞かなきゃ良かったよぉ……!
「……と、言いたいトコですけど、うーん、そーですよね。無理にお呼び立てしちゃった上に、先輩のお話を聞かせてもらおうとしてるんですもんね。……だったら、わたしも話さなきゃ……フェアじゃないですもんね……」
そう言って生徒会長殿は頬を深紅に染め上げ、スカートをギュッと握り俯き気味に口を開く。うむ、くっそ可愛い。
「……その、わたし的にはなんですけどー……、好き……? というか……、ま、まぁぶっちゃけめっちゃ大好き……だったりしますね……いつかは、そのぉ……手? とか、つ、繋いでみたいなー……とか……っ」
そこまでなんとか言い切ると、生徒会長殿は両手で顔を隠してしまった。
……ぬぉぉう! なにこれ超可愛い! ちっくしょぉ! 八幡爆発しろぉぉ!
「うぅ……! やっばいちょー恥ずかしい……! わ、わたしこんなこと誰にも言ったことないんですからっ……」
舐めるなよ小娘! 聞いてる我の方が、恥ずかしくて遥かに赤面しておるわ!
「……そりゃ最初は「なにこの人」とか思いましたけど……でも、先輩ああ見えて実は超優しいし超格好良いし……いつも、困ってるわたしをぶつぶつ文句いいながらも何だかんだ言って助けてくれて超頼りになるし……なによりもホントのわたしの事を誰よりもちゃんと見てくれるし……。だから、ホントあの人の良さって分かりづらいけど、そのぶん知れば知るほどハマッていくってゆーかぁ……」
と、我がもじもじと悶えている間に、この生徒会長殿は誰も聞いてないのに勝手に惚気はじめおった。
「確かに葉山先輩の事が好きだった時もありましたよ……? んー……でもアレは、葉山先輩が好きというよりは……“あの”葉山先輩の彼女になれた自分が好き……みたいな? だから……アレは本物なんかじゃないんです……」
ま、まだ続くのん……?
「……でも……でも! 先輩を想う気持ちは、わたしの中に初めて生まれた本物だって……なんでかそう確信できるんですよね……。わたし今、あの捻くれた優しい先輩が何よりも大切なんです。あんなん知っちゃったら、たぶんもう他では満足なんて出来ないですよ……!」
はぅあっ! 聞いてるだけでも死ぬほど恥ずかしいよぅ! 我、いま練乳をストレートで一気飲みしてる気分。
やめて! 我のライフはとっくに尽きてるから!
その後もこの小娘の八幡への想いの言の葉は尽きることを知らず、すでに屍と化し、魄が口から抜け出そうとしている我の頭上に、永遠とも言える時間容赦なく降り注いで来るのであった。
……初めて荷物を持ってもらって、不覚にもきゅん☆ となっちゃった時の心境とかどうでもよいわ!
× × ×
「っふぅ〜、あースッキリしたぁ。あはは、普段誰にも言えなくて溜りまくってたんですかねー? ついちょっとだけ長くなっちゃいました」
つ、つい? ちょ、ちょっとだけ!?
てへっ☆ と良き笑顔でウインク(超絶可愛い)をかましてくる生徒会長殿の前には、ただ肉塊が無様に横たわるのみ。ただの屍のようである。
永き話の途中で届けられた我の苺パフェも、アイスが溶けきって生クリームと苺ソースと混ざりあい、今やゲル状と化しておるわ。
……しかし、先ほどまではもじもじと真っ赤になって恥ずかしがっておったのに、今はなんとスッキリした顔であることか。
この女子、よほど普段想いを溜め込んでおるのだな……
我も今かなり溜まってるよ?
もう我帰りたいのだが、たぶんここまで全てを打ち明けた生徒会長殿は、目的達成までは我を逃してはくれないのであろう。
であるのならば、こちらからもひとつ疑問を口にしようではないか。
「……せ、生徒会長殿がそんなにも八幡の事を想っているのであらば……なにも我に聞かずとも、八幡本人か、もしくはかの部活の二人の御仁にでも訊ねればよいのではないのか?」
未だに三次元美少女との会話に緊張を隠しきれない我が、震え声でそう軽く口にしたのだが、特になにも考えずにそれを口にしてしまった事を後悔するには、時間を必要とはしなかったのだ。
「……聞けるわけ、ないじゃないですかー……? あそこには……わたしの居場所があるようで、ホントはどこにもないんですもん……」
我の質問の刹那、生徒会長殿の表情と声が、哀しげに曇ってしまったから。
「居場所が……ない、とな? かの部活にであるか……?」
生徒会長殿の言を聞いて思い出されるのは、一の月の終わり、我が八幡を訪ねあの部室に赴いてやった時のこと。
確かあの時、我は同人誌を製作したいとハチえもんをナカーマに加えに行ったのだが、なぜかあの部室に居た生徒会長殿にビビった覚えがある。
我の記憶では、確かに生徒会長殿はあのメンバーに馴染んでおったように思えたのだが……
「ですです。……あそこは凄くあったかくてすっごく居心地もいいし、それに雪ノ下先輩も結衣先輩もわたしを優しく迎え入れてくれてるのは分かるんです。先輩はどうか知りませんけど」
「……ふむ」
「でもですね、わたしがあの場所に行っても、決して四人ではないんですよ…………あれは、四人じゃなくて、三人とひとり。三人とわたし」
そう言った生徒会長殿の表情は笑顔。だが只の笑顔ではない。酷く哀しい、酷く切ない笑顔……とでもいうのであろうか。
「……ちょっと前にですね? 生徒会でフリーペーパーを作った事があるんですよ。まぁ生徒会とは言っても、実際に作ったのは奉仕部のお三方とわたしなんですけど。……超苦戦して超ギリギリでようやく完成して、そして記念にって……写真を撮ったんです。お三方をモデルにしてわたしが撮影して」
「……」
「ふふ、すっごくいい写真が撮れたんですよ? わたしの居場所なんてどこにもないってくらいに、“三人で完成しちゃってる世界”の素敵な写真が」
……成る程のう、そういう事であるか。
「わたしそれ見て気付いちゃったんですよ。“ここ”には本当はわたしの居場所は無いんだって。“ここ”は、わたしの本物じゃないんだって」
……つまり生徒会長殿は、この上なく惚れ込んでいる八幡に対し……否、八幡を取り巻く関係に対し、足を踏み出せずにいるのだ。
確かにこの生徒会長を持ってしても、あの部室の、我が校の誇る彼奴らの存在はあまりにも大きすぎる。
成る程生徒会長殿の先ほどの弁、『聞けるわけない』は当然であるな。
……哀しげな微笑を続けるこの女子を見て我は思う。
八幡よ、爆ぜろ……と。
ねぇねぇ、なんであいつばっかモテんのー? しかも美少女ばっかじゃーん!
神様不公平すぎなーい? 我にもそのうち特典付きの神様転生とかが待ってんのかなー、ねぇねぇ神様ー。
が、しかし! そんな恨み言ばかり言ってても我一向に帰れないし、ここで生徒会長殿の恋愛相談者ポジションに付ければ、もしかしたら我にも竜児的棚ぼた展開が待ってるかも知れぬわけであるし、ここは親身になって生徒会長殿の悩みを聞こうではないか! Let’sとらドラ! 我からも恋の相談(架空)とかしちゃうー?
「……はぽん。で、では生徒会長殿は、八幡の事は一方的に想うだけで、諦めるという事なのであるな……? そ、それならば我っ……」
む、いかん! 親身になって相談に乗るつもりが、思わず欲望が滲み出てしまいっているではないか!
しばし耐えるのだ義輝よ! 耐えた先にあやねるとの明るい未来が!
「は? 誰が諦めるなんて言ったんですか? 諦めるわけないじゃないですかー?」
「ほへ?」
「……んー、まぁ確かに諦めよっかな? とかって弱気になってた時期もありましたよ? 一瞬だけ。……でもー、そんなのわたしらしくなくないですかー? …………わたし、絶対諦めませんよ。だって、あそこにわたしの居場所がないんなら、わたしが先輩の新しい居場所になればいいだけのお話ですもん。ふふふ、わたしらしく頑張って、いつか先輩を根負けさせてやるのが、今のわたしの目標なんです」
わたし頑張っちゃいますよっ? とのテロップが出そうなほどに、あざと可愛く両手でガッツポーズを決める生徒会長殿の瞳は強い決意の眼差し。
そしてその笑顔は、諦めが悪すぎる小悪魔めいておる。……フッ。
うぉぉぉん! 我の密かなる野望が三秒で潰えちゃったよぅ! ラノベなんてみんな嘘まみれじゃないかぁー!
が、しかし……
「カンラカンラ! 流石はあの捻くれ者が傍に置いておく生徒会長殿であるな。まったくもって見事な武人、天晴れである! フハハハハ、彼奴めが生徒会長殿を可愛がる理由が、この義輝にもほんの少しだけ分かったわ!」
そう。確かに我は失意した。だがそれ以上に、この生徒会長殿の見事なまでの武人っぷりが、我の剣豪としての気高き魄を熱くしてくれたのだ!
だから賞賛しようではないか。お主の強き魄を!
「マジですかマジですか!? 先輩がわたしを可愛がってるとかガチどこ情報ですか!? もしかして先輩がわたしのこと可愛いとか言ってたりしたんですか!?」
「ヒィッ!」
テーブルを両手でバンと叩いて立ち上がり、もんの凄い勢いで詰め寄ってきた美少女に、我失禁寸前。なんならちょっとだけチビッちゃったまである。
せっかく美少女の顔が近くに寄ってきたのに、腰が抜けて後ろへ退く我まじチキン。
「……い、いや……べ、別に直接聞いたわけじゃないんだけどね……?」
「……は?」
「あ、いえ……た、ただ、いつぞやの奉仕部で生徒会長殿をお見かけした際、八幡の生徒会長殿に接する態度が、猫っ可愛がりする妹殿に対してと、どことなく似てるかな〜……な、なんて……?」
──我、思ったね。今の説明って失言じゃね? って。 だってさ、惚れた男の妹ポジションとか、思いっきり負けフラグじゃないですか。これじゃ一色さん、怒り出しちゃうんじゃないでしょうか? ってね。
その予想に違わず、生徒会長殿はわなわなと身を震わせ、ぺたんと椅子に座り込む。
「い、妹……」
ホラやっぱこれダメぽ。これ、我キレられちゃうパターンのやつや。
だが、我が次にやってくるであろう理不尽に備えておると、この女子、我の予想と合わぬこんな台詞を吐きおったのだ。
「マジですか!? あのキモいくらいのシスコンな先輩が妹扱いしてるって、それわたし勝ったも同然じゃないですかねー? 確かに妹扱いとかちょっと残念ですけど、でもでも絶対先輩って小町ちゃん? と血が繋がってなかったら、確実に小町ちゃん? に惚れてますもんねー? ひゃー! やっばーい!」
と。
勝ったな! ガハハ! とでも叫びだしそうな勢いで……
ふぅむ……やはり三次元の女子の思考は分からぬものよな。我、二次元の女子の思考なら手に取るように分かるのだが(ドヤァ)
「よっしゃ! さぁ木材先輩! 気持ちも盛り上がって来たところで、約束通りそろそろわたしがまだ知らない先輩の事をバシッと話しちゃいましょうっ!」
え? 我そんな約束した? あと我は全然盛り上がってないんですけど……
だがしかしこのキラッキラに目を輝かせる悪魔のごとき小悪魔に、そんなこと恐くて言えるわけもなく、我は大人しく情報を差し出す事にすますた。
「はぽん! それでは話してやるとしようぞ! 我と八幡の武勇伝を! ……あれはそう、八幡と共に地獄のような時間を駆け抜けた日々……」
「……あ、ごめんなさい。時間が圧してるんで木材先輩の部分はカットの方向で」
ヒッ……! そんな酷い事を、そんな低い声と真顔で言わんでも……
「……あー、あとなんですけど、他の時は我慢して何も言わないでおいてあげたんで、先輩のお話をする時くらいは普通の口調でお願いします」
「……は、はひっ、すみません……」
× × ×
それからは暫らくのあいだ我のターンが続いた。
あれ? これって我のターン? 喋らされてるだけなんだけど、我がずっと喋ってるんだから我のターンって事でいいよね?
──その内容は多岐に渡る。我の小説を批評して貰った事やら戸塚殿と三人で映画やゲーセンに赴いた事。
文化祭や体育祭での我の活躍や(我の活躍の部分はカットで)修学旅行の夜、共にウノで楽しんだといった下らなく馬鹿馬鹿しき話まで、この女子は全てを聞きたがり、そしてなにを話しても真剣に……時には笑い、時にはうんうん頷き、本当に愉しげに聞いておった。
我の話をこんなにも楽しそうに聞いてくれた女子など今までおらなんだから、我ちょっとビクンビクンしちゃう。
多少心苦しかったのだが、もちろんあの生徒会役員選挙の裏側も伝えてやった。
凹んだりするものかと思っていたらこやつ、
『まぁなんとなく分かってましたし、わたしは分かった上で乗せられてあげたんですしねー。それにそれが無かったら、今わたしと先輩の間にこんな関係は生まれてないんですもん。だったらそれだって、わたしにとってとても大事で大切な想い出のひとつじゃないですかー?』
などと、あっけらかんと笑顔で宣いおったわ。
フッ……まさに豪胆。懐深き、良き女子よな。
……そして、ようやく我は我の知りうる限りの八幡の情報を生徒会長殿に伝えきったのだ。
「ぷっ、やっぱ先輩ってホントバカですよねー。……だからこそ、こんなにも心を掴んで放してくれないんだろーなぁ……」
どこか遠い目で、己の過去の記憶を巡る生徒会長殿。
その目は、八幡との出逢いを見ておるのか、はたまた八幡の分かりづらい優しさに初めて触れた日を見ておるのか。
すっと。大きく美しき瞳を閉じ、数秒のあいだ思い馳せると、この女子はその瞳をゆっくりと開き、我に恭しく頭を下げた。
「木材先輩。今日は本当にありがとうございました。とても有意義な時間でした」
名前は間違ったままだけどね!
「ふむ。生徒会長殿のお役に立てたのなら何よりでござるよ、ニンニン」
……おう……ビクつきながらの発言ではあったのだが、どうやら我らしき口調に戻してもよいようでござるよ? キャラが些かブレておるが。
だが若干のキャラブレは致し方のない事でござそうろう。
なにせ我、話の途中で何度も死を覚悟するレベルで怒られちゃったんで、口調を戻すのもちょっぴりビクビクものなのである。
ほむん。ようやく八幡の話も終わった事であるし、そろそろまったりと三次元美少女とのカフェタイムを過ごそうではないか。こんな奇跡、もう二度と訪れぬであろうし。
……はて? なぜだか今宵は視界が滲むのぅ……
「ではでは、要件も済んだ事ですし、わたしはそろそろ失礼しまーす」
「え、帰っちゃうのん? 我、まだパフェ飲み終えてないんだけど」
「あ、木材先輩はごゆっくりー。別に一緒にお店を出る必要とか“一切”ありませんし」
「ひでぶっ!」
なんたる無常! 我の奇跡カムバァァック!
今にも力なく崩れ去ろうとしている我になど目もくれず、生徒会長殿はすっくと立ち上がる。
「……あ」
このまま帰ってしまうのかと思われたが、生徒会長殿は何かを思い出したかのように、ぽんっとあざとい仕草で手を合わせる。
「あっぶなー、忘れちゃうとこでした」
「……い、いかがした?」
──こ、これはもしやアドレス交換とかそういった類いのっ……
「木材先輩、今日ここであった出来事は、綺麗さっぱり忘れてくださいねっ?」
うわぁ……いい笑顔!
「あ、いや……だがしかし……」
「わたし結構恥ずかしい事とか言っちゃったじゃないですかー? あれって、普段わたしが先輩の事を相談できる相手が居なくて、もう誰かに話したくて話したくて、つい話しちゃったんですよねー。だってぇ、木材先輩って自分が可愛くて大好きじゃないですかー? だから木材先輩になら色々話しちゃっても、我が身可愛さにすぐ忘れてくれるだろーなって信じてたんでっ」
「わ、我が身……可愛さ……?」
「はい! だって、木材先輩が忘れられなくて、もしこの話が先輩の耳にでも入っちゃった日には、木材先輩が……それはもう大変な事になっちゃうじゃないですかー? 死んじゃった方がマシなくらいに……ふふっ。……ちなみにー、忘れるには自主的と物理的、あと権力的、どれがいーですかぁ?」
「喜んで自主的に忘れさせていただきます!」
やだ! 我恐怖に負けてビシッと敬礼しちゃった!
「了解です、ではではよろしくでーす♪」
すると性悪小悪魔も敬礼を返してきました。小憎たらしいのに可愛すぎて悔しいのう……!
我とのやりとりに満足したのか、生徒会長殿は上着を羽織り鞄を手にし、そしてすっと会計票を持って席をあとにする。
……ん? 会計票……?
「あっれー? 我が奢らされるんじゃないのー?」
そう。こういう場合って、確実に男が奢らされるものなのではないのか……?
我知ってるよ? だってネットで見たもん。
「普段ならだいたい奢ってもらいますけど、今日はわたしのワガママで無理に来ていただいた上、素敵なお話も聞かせていただけたわけですし、ここはわたしが払っておきますねー」
な、なんと! どうせ奢らされるんだろうと思ってたのに、まさか奢ってもらえるとは! やはりこの女子、そんじょそこらの安い女とは違うようである。なんていい女だよちくしょう! 八幡メガネ割れろ!
……あ、でも普段はやっぱり奢ってもらってるのね。
「ではでは今度こそホントに失礼しますねー」
そう言って生徒会長殿はすたすたとレジへと歩いていった。……しかし……
「あ、そうそう」
くるりと振り返り、我を見て微笑む生徒会長殿。
……ま、まだなにかあるのー? 我、もう一ゲージもライフ残ってないよ?
「ふふっ、今日はほんっとーにありがとうございました! なので、今日の有益な情報でもしもわたしが勝った暁にはー……」
「あ、暁には……?」
「特別に! わたしと先輩の結婚式の三次会くらいになら参加してもいいですよ? あ、もちろんたっぷり包んできてくださいね?」
我、一応八幡の友達なんですけど、式はもちろん二次会もダメなの?
でも御祝儀はたっぷりふんだくられちゃうんですね分かります。
死ぬほど可愛いのに死ぬほど凍えるウインクをばちこーん☆ とかました生徒会長殿は、その後は振り返る事もなく会計を済ませ、古ぼ……趣きのある喫茶店の扉をカランコロンと鳴らして去っていった。
我は、遠く小さくなっていくその背中を眺め思ふ。
げに恐ろしきは恋する女子(おなご)の情熱。あれの熱すぎる熱には、さしものこの大剣豪も形無しである。
八幡よ、いつまでも奉仕部にて二人の美少女に現(うつ)つを抜かしている場合ではないぞ?
あの娘は一筋縄ではゆかぬ。さしもの貴様も、いつかはあれの毒牙に掛かる事であろう。
「ぽすぽすぽす、愉快愉快!」
ならば我は、あれの毒牙に掛かり無様に骨抜きになってゆくであろう貴様の末路を、高見から見物をしてやろうではないか!
我はゲル状になった苺パフェを一息に飲み干した。
そして颯爽と喫茶店をあとにすると、ばさりとコートを翻し、ようやく目的の地へと向かうのだ。
フハハハハ! しばし待っているがよい! 今宵は誰を相手に我が愛刀を振るう事になるのかのう!
「さ、アニメイトで声優グランプリ買って帰ろっと」
完
いまだかつてこれほど斜め下ないろはすSSがあっただろうか?いや、無い(反語)
というわけで、まさかの連続いろはすSSでした!
いろはすいろはすぅ!
……いや、ホント思いついちゃった時には踏み留まろうとしたんですよ?三秒くらい。
でもなんでか書いちゃいました☆
てか材木座とか難しすぎるわ!二度と書くかっ!
┻┻^ι(゚□゚;ι)!!
ちなみに知らない方に対しての補足ですが、声優グランプリとは声優の専門雑誌だそうです。
これの為に『声優 雑誌』でググって、一番それらしい名前の雑誌名がこれでした(^皿^)
ではまた次回ですノシ