八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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超久々の0時投稿。
前編5000文字、後編18000文字。……おかしくね?

さがみん半端ないって!アイツ半端ないって!こんな状況なのにめっちゃ懲りないもん!そんなんできひんやん普通('・ω・`)




ちなみに今回、さがみんが到底ヒロインとは思えないような不適切な発言を繰り返します。
まさかさがみんにこんな卑猥な言葉を言わせまくるなんて。
フッ、さすがはさがみんの事を別に好きじゃない作者だぜ。




ハッピーバースデー 〜神様からのギフト〜

 

「……もう、ぐっちゃぐちゃじゃん……」

 

 

 

 今世紀最高なんじゃないかと思えるほど大失敗した告白劇。いや、あれは告白劇というよりただの茶番劇か。

 あれからしばらくその場を動く事が出来なかったうちは、しとしとと降り続ける雨に濡れながら、しばらくの間ひとり天を仰いでいた。

 

 それからは自分でも自分がどういう行動を取ったのかはよく覚えていない。気が付いた時にはもう今の状況──、すでにしとしとからザーザーへと変わってしまった雨の中、傘も差さずに駅までの道をぼんやりと歩いていたのだ。

 

「……ばっかみたい。これじゃ駅着いても電車にも乗れないじゃん……」

 

 いくら失意のドン底だからって、一応一端(いっぱし)の女の子であるうちが、下着までぐっちょりのこんな惨めな様で電車になど乗れるわけもない。確か折り畳みがスクールバッグの中に入ってたはずだけど、今さら差したところで焼け石に水。なんの意味もない。

 ……ホント我ながらなにやってんだか。悲劇のヒロインでも気取ってるつもりかっつの。どこからどう見ても喜劇のクラウンでしょうが。しかもめっちゃスベッてるヤツ。

 

「……あ〜あ、もうどうでもいいや。このまま歩いて帰ろっかな……」

 

 歩きはおろか自転車でさえ帰ったことないけど、二〜三時間も歩いてればたぶん着くよね。

 ずぶ濡れだろうが風邪ひこうがもうどうでもいい。今はただこのまま、惨めに雨に濡れていたい。それが、アンハッピーバースデーなうちにはお似合いだから。

 

 

 

 そんな、余りの自虐的思考に自分で自分を鼻で笑っていた時だった。パァァァッ! っと、まるで音が割れたラッパの音みたいな、耳をつんざく大音量に全身を襲われたのは。

 

 ──あ、ヤバい……。これ死んじゃうかも……

 

 ほぼ無意識でとぼとぼ歩いていたのに加え、どしゃ降り故の視界の悪さに全く気が付かなかった。自分が交差点に足を踏み入れていた事を。

 右からは、なかなかのスピードで迫りくるヘッドライトの光と甲高いラッパのようなクラクション。

 そして、霞みがかったような視界の先にあるぼんやり浮かび上がった歩行者信号の灯りは、残念ながら赤色に光っていた。

 

 ……あ〜あ、やっちゃったよ……。まさか誕生日に信号無視して車に轢かれちゃうなんてね。ホントどんだけぼーっとしてんのようち。

 ごめんね、お父さんお母さん。せっかく綺麗に健やかにここまで育ててくれたのに、うち、十八回目の誕生日に死んじゃいそうだよ……。たぶん今夜はご馳走とかケーキとかプレゼントとか用意してくれてるだろうに、それも全部無駄になっちゃいそうだよ……

 もし上手いこと生き延びられてたら、ご馳走とケーキはどっちにしろゴミ箱行きだろうけど、あとでプレゼントだけ有り難くいただきます。

 

 あ、そうだ。あと運転手さんもごめんなさい。うちのせいで今後の人生台無しにしちゃうかも。

 もし上手く生き延びられたらちゃんと証言するからね。ぼーっとしてて信号無視したうちが全部悪いんですって。

 

 ……あはは、なんだこれ。今にも轢かれそうだってのに、頭に浮かぶのはこんなんばっか。超冷静に事の成り行きを見守っちゃってんじゃん、うち。逆に凄くない?

 

 ……ホント、今日は最低最悪の誕生日だ。それもこれも比企谷が全部悪い。うちの告白を台無しにしてくれたお前が全部悪いんだ。何日かしたら、絶対枕元に出てやるからな。うらめしやーって、恨みがましく枕元でしくしく泣いてやる。

 ……でも、うちあいつの家知らないや。おばけとかになれば、都合よくあいつの家わかったりするのかなぁ。わかるといいなぁ。あいつの枕元に立ちたいなぁ。一目だけでもいいから、せめてもう一回あいつの顔を眺めたいなぁ。

 ……うちが死んだら、あいつ、少しくらいうちのこと思い出してくれたらいいなぁ……

 

 

 ──そんな小さな願いを胸に抱きながら、うちは軽い衝撃と共に宙を舞った。

 

 

× × ×

 

 

「比企谷ぁ〜、痛いよぉ〜、もっと優しくしてよぉ」

 

「……うっせーな」

 

 

 結論から言うと、うちは死ななかった。死ななかったどころか、車に轢かれてさえいない。

 一瞬とはいえ死を覚悟したというのに、死にもせず轢かれもせず、なぜか現在は枕元に立ちたいとかいうバカ丸出しの願いを込めた相手の耳元で、とても甘えた声を出しているうち。なんだこれ?

 我ながら節操がなさすぎるし切り替えが早すぎる。でもなんか幸せだし、ま、いっか。

 

 

『バカ野郎! 信号無視した挙げ句棒立ちとか、お前自殺志願者かなんかなのか!?』

 

『……あ、れ? 比企谷……?』

 

 宙を舞い、水溜まりにべちゃっと転がったうちの身体は、想像してたよりずっと痛くなかった。なんかこう、腕とか足とかが有らぬ方向に曲がったりして、もっと凄い衝撃とか激しい痛みが襲ってくるもんなんじゃないの? なんて思っていたら、これから枕元という席を予約していたはずの想い人が、なぜかすぐ近くで猛烈に怒ってたんだよね。

 

 すぐそばには好きな男。少し離れた場所には、好きな男が差していたのであろう、投げ捨てられ転がった傘がひとつ。

 そう。うちは比企谷に助けられたのだ。たまたまうちの後ろを歩いていたらしい比企谷が、ザーザーと降り続く雨など気にも止めず、傘を投げ捨ててまで事故寸前のうちに駆け寄ってきてくれたのだ。

 轢かれて宙を舞ったのだと錯覚しちゃったけど、どうやら後ろから凄い勢いで腕を引っ張られた事により、後方へと──、安全地帯である歩道へと投げ出されたみたい。

 

『なんで比企谷居んの? さっき帰んなかったっけ?』

 

 傷モノにならずに済んだというのに、命が助かったというのに、あの時、水溜まりにぺたんと座りながら惚けた顔したうちの口から出てきたのは、到底事故死寸前だった人間とは思えないような間抜けな質問だったっけ。

 

『……は? 今それどころじゃないだろ……。はぁぁ……、ったく。帰ったっつったって、俺あれから部活行ったし』

 

『あ、そっか』

 

 震えと緊張に包まれるはずの緊急事態にも関わらず、なんとも緊張感のない間抜け面のうちの姿に、呆れて深く溜め息をついた比企谷の言葉にようやく事態が飲み込めた。

 振られて、いや、振られる事さえ許されずに嘆いていたあの時のうちには、物事を冷静に判断する力などなかった。よくよく考えたら、うちの制止を振り切って屋上から立ち去った比企谷が向かう先は、自宅ではなくあの部室に決まってた。

 

 ……なんてこった。それじゃうちは、あの後しとしとと雨が降り続く屋上で、下校時刻まで無心につっ立ってたってことじゃん。凄いな、うち。

 

『てかそんなこと今はどうだっていいだろ……。まずはいい加減立て。そこお前んちの風呂じゃねぇだろ』

 

『あ』

 

 自分の凄さ……まぁ平たく言うと凄いバカさ加減に唖然としていると、比企谷から至極当然な忠告が飛んできた。

 そりゃそうだ。うちが浸かっているのはバスタブじゃなくて水溜まり。いくら六月とはいったって、肌寒い梅雨時期の雨で出来た水溜まりは、身体を芯から冷やすのだから。

 些か嫌味ったらしい例え方がいかにも比企谷らしいな、なんてちょっぴり口角を上げながらも、うちは立ち上がる為にびちゃびちゃのコンクリートに手を付けるのだった。しかし──

 

『……よいしょ。……つッッ!!』

 

 宙を舞ってからというもの、腕とか太ももとかのちょっとした擦り傷程度の痛みしか感じなかったというのに、立ち上がろうとした瞬間、突然足首に激痛が走った。

 

『おい、大丈夫か……?』

 

『痛ったぁ、なんか足ひねったみたい。比企谷が乱暴に引っ張って雑に歩道に投げ出されたせいだわコレ』

 

『おいテメェふざけんな。むしろ足ひねる程度で済んだことに感謝すべきだろ』

 

 そこはもちろん感謝してる。感謝はしてるはずなんだけど……、でもぶっちゃけ、今の現状が色々と夢心地過ぎて、危なかった実感も助かった実感も助けられた実感も、なんなら、こうして比企谷と普通に会話できてる事さえも実感ないんだよね。

 だからこそなのだろう。轢かれそうになった恐怖も助かった安心も、さっき告白が失敗したばかりの比企谷との会話の気まずさや気恥ずかしさもそんなに感じることなく、こうして冷静でいられるんだろうな。

 多分この夢心地ゆえの傍若無人さは、夜な夜なベッドの中ででも思い出して悶えることになるだろう。

 ……よし、だったら様々な興奮によりアドレナリンが分泌しまくって好き放題やれている今の内に、その勢いのまま、本能のままに動いてやる。

 

 後悔先に立たず。後悔ってやつは、先に悔やむ事は出来ない。

 ついさっき、ああしてれば良かったという後悔の念に押し潰されてたばっかじゃん。これからやらかしちゃう行動で、もし比企谷にうざがられたって引かれたって気持ち悪がられたって、ああしてれば良かったっていう後悔なんかより、ああしなきゃ良かったって後悔の方が遥かにマシ。

 だからどんなに無茶苦茶だろうとも、もう最低最悪の後悔をしないよう、本能のままに、やりたいようにやってやる。

 

『ヤバい、ちょっと痛くて立てないかも』

 

『マジかよ……。はぁぁ、じゃあ病院行かないとだな。悪いが傘差してちょっと待ってろ、平塚先生とか呼んでくっから』

 

『え、別に呼ばなくてもいいよ』

 

『は? 動けないんじゃどうしようもねぇだろ。タクシーでも呼ぶのか?』

 

『先生とかタクシーがなくたってあんたがいんじゃん。比企谷がおんぶしてよ』

 

『……へぁ?』

 

『ぷっ、なにその変な声、超キモいんですけど』

 

『……あのな、いきなりそんなこと言われたら変な声くらい出んだろ……。そして断る』

 

『なんでー? いいじゃん、比企谷に傷モノにされたから歩けないんだし』

 

『おまっ……! ひ、人聞き悪いこと言うんじゃねぇよ……。つか俺におんぶされるとか、女子にとっては拷問だろ』

 

『だいじょぶ、我慢するから。いいから早くおんぶしてよ。もうパンツまでぐっちょりでこのままじゃ風邪引いちゃうじゃん。ほらー、おんぶー!』

 

『パンツまでぐっちょりとか言うなこのビッチが……。…………はぁぁ〜、なにこれ、やっぱとっととチャリで帰ってりゃ良かった……』

 

 

 

 ──と、そんな流れで今に至る。ほんの十分そこら前の出来事だというのに、こうしてちょっと思い出しただけでもあまりの支離滅裂さに恥ずかしくなる。うち、控え目に言って頭おかしすぎない……?

 

 左手で比企谷の傘を差しながら、右腕は比企谷の首に回して後ろからぎゅうっと抱き締める。熱く燃え上がる頬には、さっきから何度も比企谷の頬が当たってる。

 ついさっきまで、もう二度と交わることなどあり得ないと思っていたうちと比企谷の距離は、今ではほんの少し首を横に捻れば、あんたの頬っぺに唇だって触れてしまえる距離なんだよ?

 なんていうか、今はアドレナリンが分泌して興奮状態だから、恐怖も羞恥も嬉しさも夜になってから思い出すんだろうな──なんて甘い考えをしていられたのは、比企谷の背中にぎゅっと抱き付いて、冷えきった身体がこいつの体温を感じるまでのほんの一瞬だった。……ヤっバい、ドキドキが半端ない。「うわ……お前マジで全身びちゃびちゃじゃねぇか……、背中とか気持ち悪いからあんまくっつくんじゃねぇよ……」とか嫌っそうにぼやかれて、一瞬で我に返ったけど。

 だからなんかムカついたから、比企谷の背中に思いっきりムネをぐりぐり押し付けてやった。

 どうせホントはうちのムネが背中に当たるから気になっちゃっただけでしょ? なにがびちゃびちゃで気持ち悪いだっつの。ホントは超きもちークセにぃ。

 

 

 でもちょっと調子に乗りすぎちゃったかも。勢いのまま比企谷に抱き付いてはみたものの、冷静になるとこれはかなり恥ずかしい。

 密かにムネの感触を楽しんでいるであろう比企谷も俯いて黙りこくっちゃうもんだから、気まずさがより一層際立ってしまう。

 

 そんなわけで、この照れ臭さを誤魔化す為にも言ったんだよね。もっと優しくしてよぉって。だってこいつ、この面倒くさい事態をとっとと収拾してしまいたいのか、背中に背負ってる怪我人の具合なんて無視して急ぎ足で歩くんだもん。そんなに急いだら足首に響くだろ、ばーか。

 まぁホントは、あんま急がれるとこのレアな時間が早く終わっちゃいそうだから、もっとゆっくり歩いてよ、ってことなんだけどね。あんたに抱き付けるチャンスなんてうちには金輪際巡ってこないんだからさ、ちょっとは気を利かせてよ、ばーーか。

 

「〜♪」

 

 切ない片想いの相手のあまりの気の利かなさにやきもきしながらも、どうにも口元のニヤけが収まらない。

 今さら傘なんて差す意味もないくらい頭も制服も下着までびっちょびちょで気持ち悪いはずなのに、そしてそんなうちを背負わされる羽目になってしまった可哀想な比企谷の背中もぐっちょぐちょで、そんなびちょびちょぐちょぐちょの二人が密着する相乗効果によって不快指数が半端ないはずなのに、今が今までの人生で最高に気持ちがいい。

 

 ついさっきまでの反省やら後悔もすっかり忘れて、思う存分比企谷の匂いと感触とぬくもりを堪能しちゃってるうちには、またさらなるバチが当たっても文句は言えないだろう。

 ホント、こういうとこがダメなんだよね、うち。今が楽しければそれでいっかって現実逃避しちゃうとこ。

 その積み重ねの先にあったのが文化祭と体育祭での失態と、その失態をフォローしてくれる為に犠牲になってくれた比企谷への罪悪感でしょうに。いい加減反省しろ、バカ南。

 

 ……まぁこればっかりは、生まれてからの十八年間でこの身に深く染み付いてしまった厄介なモノだから、はいそうですかと、おいそれ直せるもんでもないけれど、それでもほんのついさっきまでは自分の駄目さ加減にあんなに絶望してたんだ。だったら、ダメだと気付いたんなら、その都度その都度できる事をこつこつやっていこう。

 比企谷を全身で感じていられる今この瞬間の幸福にいつまでも溺れてないで、とりあえず今しなくちゃいけない事はしっかりやらなきゃね。

 

「あの、さ……比企谷」

 

 そしてうちは気恥ずかしさゆえのこの長い沈黙を破る。

 まだ比企谷のぬくもりに溺れてたいし、ぶっちゃけこのドキドキ感のなか言葉を交わすのは恥ずかしいけど、ダメダメな自分を少しでも清算するせっかくのこのチャンス、もう無駄にはしたくないもん。

 

「…………んだよ」

 

 すると少しの間をあけて、比企谷は心底めんどくさそうな返事をくれる。ほんの数センチ横にある耳が赤いことから、めんどくさいんじゃなくて、どうやら比企谷もこの状態でうちと言葉を交わすのは照れ臭いらしい。

 そりゃね。比企谷からすれば、うちの切ない声が甘い吐息と共にすぐ近くから流れてくるんだもん。ドキドキしないわけがない。

 

「あのね、……ありがと。助けてくれて」

 

 だからうちは、比企谷にうちという女の子をもっと意識してほしくて、ほんの数センチ横の耳へそっと囁いた。近すぎて、すこし唇が耳に触れちゃったかも。

 へへ、サービスだよ? ゼロ距離から漂う女の子の甘い匂いと背中の柔らかな感触の記憶と共に、今夜のオカズにしてもいいんだからね?

 

「……は?」

 

 すると比企谷、うちの予想と違って、なんか顔をしかめてやがる。

 いやいや、緊張するなりドキドキするなりでテレテレになるならわかるけど、なんでそこで顔しかめるかなこいつ。

 

「……な、なによ」

 

「い、いや、相模に素直に礼とか言われると、なんかこう、鳥肌がな」

 

「はぁ? なにそれ、人がせっかくお礼言ってあげたのにそゆこと言う……!? ホンっトこいつマジムカつく」

 

「お、おう。思ってたより恩着せがましいお礼だったみたいで安心したわ。そっちの方が相模って感じでやりやすい、って痛てぇっ!」

 

 凄い失礼なこと言われたから耳をつねってやった。

 ホントはカプッと噛み付いてやろうかとも思ったんだけど、やめといてあげたんだから感謝してよね。まぁ別に比企谷の為にやめたんじゃなくて、下手に耳なんてかじっちゃったら、性欲に負けてそのまま超エロく耳にキスとかしちゃいそうだったからだけど。ぴちゃぴちゃって、やらしい水音響かせて。

 好きな男と密着中の女の性欲を舐めないでもらいたい。今うちのパンツ濡らしてんのは雨のせいだけじゃないんですからね。

 

「……ってぇな。つうか別にお前を助けた覚えなんかねぇから気にすんな」

 

 と、うちが理性と欲望の狭間で頑張って戦っていると、なんか比企谷が捻くれはじめた。こういう時のこいつ、マジめんどいよね。

 

「は?」

 

「歩いてたら、たまたま傘も差してない変な女が前を歩いてて、そいつがふらふらと赤信号渡り出しちゃったもんだから、思わず後ろから引っ張ったらたまたま相模だったってだけの話だ」

 

「……あっそ。ぷっ、ひひ」

 

 まったく。なんともこいつらしい捻くれた言い回しだこと。そんなこと、わざわざ言わなくたって解ってるってのに。うちだから助けてくれたわけじゃないってことくらいはね。

 ……でもね、逆に、うちだとわかってても助けてくれたんだろうなってこともちゃんと知ってるよ? 恥ずかしがっちゃうだろうから言わないでおいてあげるけどね。

 

「そ、そもそもだな、なんでお前、あんなとこで車に轢かれそうになってんだよ。雨で信号見えてなかったのか? だいたいこんなに雨降ってんのに、傘も差さずにふらふら歩いてんじゃねぇよ、アホか」

 

 照れ屋で捻くれ屋の気持ちを慮ってわざわざ本音を言わないでおいてあげたのに、わざわざ『たまたま』を連呼してまであんなにわかりやすい憎まれ口を叩いた比企谷。そしてそんなあまりの捻くれっぷりに思わず噴き出してしまったうちというシチュエーションでは、うちの親切心もバレバレというもの。

 うちの生暖かい優しさに居心地が悪くなったのか、比企谷は仕返しとばかりにうちの愚行を攻め口にして反撃を計る。

 

「は? しょーがないじゃん」

 

 ──でもね、それで反撃になってると思ってるかどうか知んないけど、残念ながらそれ悪手だから。

 

「誰だって自暴自棄になって、気持ち此処にあらずになるに決まってんでしょ? ……ほんの数時間前に、あんだけ無惨な失恋すればさ」

 

「な……っ!?」

 

 ざっまぁ。こんな追撃が来るとは思ってもみなかったんでしょ。

 普段は冷めきった態度ばっか取ってる比企谷の慌てふためく様はなんとも気分がいい。なんていうか、うちのSっ気を否応なしに刺激する心地よさ。

 

「い、いや待て待て待て、アレはただの嫌がらせだろうが……! 人をヘイトしといて勝手に自暴自棄になるとか意味わかんないんだけど」

 

「だからさー、あの告白、誰が嫌がらせなんて言った? 勝手にうちの気持ちを判断して勝手に納得しないでくんない? アレ、本気の告白だから。うち、比企谷すっごい好きだから」

 

「……ぐぅっ」

 

 比企谷の動揺が面白くって、いつにも増して滑らかに回りまくるSっ気たっぷりのうちの口。

 なんか凄いこと言っちゃったような気がするけど、なんかまたもやアドレナリンがガンガンに湧いてきちゃって、もう口も気持ちも止まらない。

 ならいっそ、思いの丈を全部言ってやる。さっきはうちの気持ちを伝えられなかったから、死ぬほど好き好き言ってやる。もう後悔なんてまっぴらだから、うちの想いを踏み躙ったこいつを悶え死させちゃうくらいに、何度でも何度でも。

 

「だ、だがお前が俺のことを好……、そ、そういう思いを抱くようになる要素なんてどこにも──」

 

「だから勝手にうちの気持ちを決めないでって言ってんでしょ。好きになる要素が無いどころか、好きになる要素しかないから」

 

「け、けどな──」

 

「あー、もううっさいなぁ! 好きなの! めちゃくちゃ好きなの! 相模南は比企谷八幡が死ぬほど好きなの! 好き好き大好き! 狂おしいくらいめっちゃ好きぃ!」

 

「お、おい馬鹿やめろ、ここ外だからそんなに叫ばないで! ひ、人に聞かれたらどうしてくれんだ……!」

 

「あんたがしつこいから悪い! うちは人に聞かれたって構わないから、だから大声で好きを発表したって平気なのよ! 街中でこんだけ叫べば、いくら捻くれ者のあんたでもさすがに嫌がらせだって疑えなくなるでしょ!? どう? うちの気持ちがホントだって認めた!? まだ認めないとか言うんなら、このままずぅっと好き好き叫んでやるからね!」

 

「わ、わかった、わかったから……! そ、その、お前が俺のこと好きなのはわかったから……! だ、だからもうやめてくれ、し、死んじゃうから……!」

 

「…………よしっ」

 

 ようやく折れた比企谷に、うちはふんすっと鼻を鳴らす。

 ふふん。あんまうちを舐めんなよ? 普段情けないぶん、腹をくくった時のヘタレは恐いのよ。今夜、毛布の中で丸まって悶え苦しむ事なんてとっくに覚悟済み。まぁ比企谷も無理心中ばりに巻き添えにしてやったけど。

 うち一人では死んでやんない。あんたも今夜は目一杯悶えやがれ、ざっまぁ!

 

「て、てかこいつ、さっき屋上で告……っ、あ、あん時と態度違いすぎだろ……。あんなにしおらしくしてた上、くん付けとかしてたくせに……」

 

「はぁ? そんなん当たり前じゃん。告ってるトキは好きなヤツに少しでも可愛く見られたいから猫被るもんでしょ。でも今や告白大失敗したあとなんだから、あんな風に可愛らしく取り繕う必要とかないし」

 

「……くっそ、いっそ清々しいな……」

 

 

 ふふふ、完全論破で完全勝利! さっきめちゃくちゃ泣かされた恨みを思い知れ!

 心底呆れたように嘆息しながらも、すぐ横にあるこの男の耳が誤魔化しようのないほど赤々と染まっているのがわかり、うちの心もなおさら昂揚してきた。

 

 

 ──ようやく、ようやくだ。ようやくうちの気持ちを届けられた。死ぬほど恥ずかしいけど……あとで死ぬほど悶えそうだけど……!

 

 それに、ちょっと調子に乗りすぎちゃったから、余計嫌われて余計避けられちゃうかもしれない。だけど、うちが比企谷を好きなんだって気持ちが嘘だと思われたままでいるよりずっといい。だから、絶対後悔なんかしない。

 

 

 ……でも、これじゃまだ駄目だ。こんな力ずくなやり方だけじゃ、気持ちは伝わっても想いまでは伝わらない。うちの気持ちが伝わっても、なんで好きなのかが伝わらなければなんの意味もない。想いを伝えられなければ、なんの反省にも成長にも繋がらない。

 

恐い。本音を言うのは……真実を打ち明けるのは恐い。でも一番大切な“想い”を伝えるために、恐くて仕方ないけどもうひと頑張りしよっかな。

 

「……ねぇ比企谷」

 

 つい今しがたまでの勢い任せの口調から、急にトーンを変えたうちからの呼び掛け。密やかに、耳元でそっと囁くように。

 そんな突然の豹変に、比企谷はぴくっと身を潜める。今度はなに言われんのかって警戒してるのかな。

 でも大丈夫。もう変なこと言わないから。

 

「あの、ね……? ……ありがと。それと、……ごめんなさい」

 

「……あ? ……礼ならさっき受け取ったぞ。あと謝るくらいなら強引に運ばせんな」

 

「違うから。そっちじゃなくて、今のありがとうとごめんなさいは、今までの全部に対してのありがとうとごめんなさいだから」

 

 ああ、やっばいなぁ……。唇も身体もすごい震えてる。なんだか目頭も熱くなってきちゃった。

 こんなにも恐いものなんだなぁ、後ろめたい気持ちを正直に白状するのって。

 

 

 子供のころ、お母さんが大事にしてた口紅をクレヨン代わりにして遊んで台無しにしちゃって、でもそれを白状するのが恐くって……お母さんに嫌われちゃうかもしれないのが恐くって……、ふるふる震えて涙を浮かべながら、夕方まで押し入れに隠れてた時の事を思い出す。

 夕方になって押し入れから出たら、うちが居なくなった事を心配してあちこち駆け回ってたお母さんにしこたま怒られたけど、最後には口紅なんてどうだっていいからって優しく抱き締めてくれたっけ。

 ……うちは子供のころからまるで成長できてない。怒られるのが嫌で、嫌われるのが嫌で、だから未だにそこからすぐ逃げ出してしまう。うちはあの頃のまま、十七年という長い月日を過ごしてきてしまった。

 ……でも……

 

 

 ──今日はうちの十八回目の誕生日。これは、そんな子供のままの弱い自分を脱却する機会なんだよね。

 比企谷はうちを愛してくれてるお母さんじゃないから、正直に話したって優しく抱き締めてなんてくれないだろう。卑怯者だ、卑劣な女だって罵られちゃうかもしれない。でも、それは仕方のない事なんだから、それならそれで結果を全て受けとめようよ。

 

 緊張で口の中がぱさぱさに乾いてしまったけれど、覚悟を決めたうちはこくりと咽喉を鳴らし、そして大好きな男の心に、心からの言葉を紡ぐ。

 

「……うち、知ってるんだ。今まで比企谷に散々助けられてきたってこと。うちのせいで、比企谷が辛い思いしちゃったことも。……ホントはもっと早く言いたかった。早くお礼が言いたかった。早く謝らなくちゃならなかった。……でもうちは卑怯でヘタレで自分大好きな甘ちゃんだから、恐くて言えなかったの。言っちゃったら、学校でうちの立場が悪くなっちゃうって思ったし、余計比企谷に避けられちゃうかもって思って恐かったから。……ホント、ただの狡い自己保身。……だからごめんね、言うのがこんなに遅くなっちゃって」

 

「……」

 

「……花火大会で馬鹿にしてごめんなさい。文実が決まった時に笑い者にしちゃってごめんなさい。文化祭で適当な仕事して、みんなに……、誰よりも比企谷に迷惑かけてごめんなさい。屋上に誰よりも早く来て、誰よりも早くうちを見つけてくれてありがとう」

 

「……おう」

 

「それなのに、自分を守る為に比企谷を陥れちゃってごめんなさい。悪口言い触らしちゃってごめんなさい。体育祭初日から遅刻しちゃってごめんなさい。一緒に仕事してたのに、比企谷をずっと無視しててごめんなさい。でも、そんなうちをたくさんフォローしてくれてありがとう」

 

「……仕事だからな」

 

「……うん。比企谷がうちを見つけてくれたのもフォローしてくれたのも、別にうちの為じゃなくて仕事の為だってわかってる。でも比企谷が居てくれなかったらうちの立場は終わってた。うちの人生終了してた。比企谷が居てくれたから、うちはこうして今も無事登校できてる。だから、ホントにありがとう。全部全部ありがとう」

 

「……おう」

 

「……だからだよ、うちは比企谷が好きになっちゃったの。……言っとくけど、助けてくれたからってだけの一時の勘違いなんかじゃないから。好きって気付いてから、ずっとずっとあんたのこと見てた。そしたら、もっともっと好きになったの。……好きになったくせに自己保身を優先してお礼も謝罪もしないとか最悪だし身勝手すぎるけど、でも、……これがうちの想いの全てです」

 

 

 ……言った。言ってやった。言い切ってやった。恐いけど、恥ずかしいけど、うちの思いの丈を丸ごと全部。

 比企谷がうちの狡さをどう思ったのかはわかんない。自分の愚かさに気付きもしないただの馬鹿女から、自分の愚かさに気付きながらも保身の為に他を犠牲にした卑怯者へと、評価がさらに落ちたかもしれない。

 しかも犠牲にしたと知りながら、それを見て見ぬフリして逃避して、挙げ句の果てに犠牲にした相手に惚れて告るとか、本当に最低最悪の人間だなって嫌悪したかもね。

 

 ……だけど、それでもいいや。うん。全然いい。好きって気持ちだけは誤解したままでいてほしく無かったから、さらに嫌われたって蔑まれたってうちは大満足。呆れ果てられて、ここで道路に投げ捨てられて罵声を浴びせられたって後悔なんかするもんか。

 

「……まぁ、その、なんだ」

 

 ──でも、やっぱり比企谷は比企谷だね。うちの予想の範囲内に収まるような、そんなに簡単で素直な思考回路は持ち合わせてなかったみたい。

 だってさぁ──

 

「……さっきは、嫌がらせとか言って悪かった。真剣な話なのに勝手に勘違いして解ったつもりになって茶化すなんて最悪だった。すまん」

 

 ──まさか、ここで逆に謝られるとか普通思わなくない? 本っ当に意味わかんないヤツ! もはや変人の域に達してるよ比企谷。

 

 だから、うちは言ってやるのだ。比企谷からの変な謝罪に対しての返答を。

 

 もちろん自身の過ちも比企谷への罪悪感も決して忘れたりなんかしない。てか一生胸に抱えて生きてゆく所存まである。でもその上で、今からうちが比企谷に言うのは「んーん? 比企谷が謝るのはおかしいよ」とか、「うちが全部悪いんだから比企谷は謝らないで」とか、そういう在り来たりな模範解答なんかじゃない。今からうちが口にするのは、この大好きな捻くれ者に倣った、こんな捻くれまくった珍解答。

 

 

「……うち、さっきはめっちゃ傷付いたんですけど。しかもめっちゃ泣いちゃったんですけどー。そりゃ赤信号にも気付かないで轢かれそうにもなるっての。……でもま、ムカついてしょーがないけど、大好きな比企谷がそこまで言うんなら、仕方ないから許してあげよっかな」

 

 ってね!

 

 

× × ×

 

 

「返事なんて別にいい。どうせ答え解ってるし」

 

 ──これは、気持ちも想いも伝わってなんとも上機嫌なうちが、「あー、だな……」「うー、だな……」などと、ゆっくり歩きながらも、しばらくの間なんとも気まずそうに話の続きを言い淀み続けていた比企谷に、やれやれとうちが気を利かせて言ってあげた台詞。

 

 比企谷はうちの想いが真剣なんだってわかってくれた。普段であれば勘違いだなんだと言い訳してうちの想いを認めようとはしないんだろうけれど、こいつは弱り切ったうちを見てしまったんだ。

 ずぶ濡れで水溜まりに座り込み、その目は赤く腫れあがっていただろう。さらにさっき気持ちを打ち明けた時には、声も身体もかたかた震え続けてた。

 いくら捻くれ者の比企谷だって、あんな状態の女の子の姿を見て、その女の子の震える唇から放たれた言葉を、放たれた想いを、勘違いだなんて思えるはずがない。

 

 だから、どうせこいつの事だ。真剣な想いを受け取った以上、どう断わりの言葉を返せばいいのか頭を悩ませていたのだろう。

 

 そんなん適当に濁すなり「すまん」くらい言っときゃいいのに、下手にうちの気持ちが真剣だって理解してしまったぶん、振るにしてもちゃんと真剣に挑まないと自分を納得させられないのだろう。

 普段適当なくせに、変なとこで真面目だからなぁ、こいつ。ホントどこまでも面倒くさいヤツだ。

 

 このままあーうー唸り続けられたままのせっかくのおんぶの帰り道も勿体ないし、仕方ないからこうしてうちの方から折れてあげる事にしたんだけど、それを聞いたこいつってば──

 

「そ、そうか。助かるわ」

 

 と、コレだもん。ホントなんなのこいつ。

 

「いやいやその返答おかしくない? 振りづらいのかと思って断らないで済むように気ぃ利かせてあげたのに、それ回りくどくお断りしちゃってるから。むしろ振りっぷりがより一層際立ってっから。なによ助かるって。チッ、ムカつく」

 

 ホント腹立つなぁこいつ。お断りの言葉を口にするのは気が引けるだろうから、振らなくても済むようにしてあげる、って大人の対応してやったのに、言うに事欠いて助かるってなによ、助かるって。

 それ、振る気まんまんだったからごめんなさい言わずに済んで助かったわってホッとしたって事でしょ? マジふざけてんのかこの野郎。

 

「あ、いやー、そ、そんなつもりはなかったんだけども……。……えっと、じゃあごめんなさい」

 

 そしてごめんなさいされちゃった。しかも軽っ! ぴきっと額に血管が浮き出るレベル。

 

 

 ……あ〜あ、やっぱ振られちゃったかぁ。

 そりゃね? そんなの最初っからわかってた事ですし? なんなら、最初からどころかスタート前のウォーミングアップ中からわかってたようなもんですし? だからさっきの屋上のアレに比べたら、こうしてちゃんと振られた事は本当に良かったし本当に幸せだし、本来であれば言うことないくらい幸福なんだと思う。

 でも頭ではわかってても、実際に好きな相手にきっぱり振られるのはやっぱりキツいのよ。やっぱり堪えるのよ。正直なこと言っちゃうと、ほんのちょっと……ほんのちょお〜っとだけ期待してたトコもあったし。だってうち、見た目はかなりいい方だし。

 

 

 こんなに可愛いうちに告られたら、もしかしたら比企谷だってクラッときちゃうかも、なんて期待も、心の隅の隅の隅〜っこの方にあったんだと思う。それなのに結果ときたら、一度目は嫌がらせかと罵られ、二度目は振らないで済んで助かったとホッとされちゃう始末。これは酷い。グループリーグで全敗しちゃうくらいの惨敗っぷり。コロンビアに勝ってセネガルに引き分けた我が日本とは雲泥の差である。比企谷半端ないって。

 

 

 

 

 ──どうしよう。もともとの願いであった『想いを伝えてきちんと振られる』は叶ったというのに、このデリカシー皆無なムカつく男のせいで、なんか無っ性に腹立ってきちゃった。悔しくなってきちゃった。

 

「……ちょ、ちょっと相模さん? く、首がきゅっと絞まってるんですがッ……」

 

 うちは、そのムカつきと悔しさを比企谷にぶつけてやろうと、ただでさえぎゅっと抱き付いていたこいつをさらに力強く抱き締めてやった。ぎゅぅって。ぎゅぅ〜〜って。

 

「ねぇ比企谷ぁ……」

 

「な、なんすかね」

 

「うちと付き合ってよ」

 

「いやなんでだよ……。つい今しがた答えはいらんって言ってたばっかじゃねぇか……。ちゃんと言ったし……」

 

「だってムカついたんだもん。だってめちゃめちゃ好きなんだもん」

 

「……ぐ、ぐぬぅ」

 

 だからうちはまたぶり返してやるのだ。ムカつくから、悔しいから、また最初っから初めてやるのだ。比企谷が悶え死ぬまでのルーティンを。しかもより強烈に、より熱烈に。

 

「いいじゃん。付き合ってよ。どうせ彼女居ないんでしょ?」

 

「い、いないけど」

 

「うち、これでも結構モテるんだよ? うちと付き合えば、こんな美少女の身体を好きにできるんだよ? うち、顔も可愛いけどスタイルだって結構自信あるよ? 別に結衣ちゃんみたいにおっきいわけじゃないけど、全体的のバランス的な?」

 

「お、おまっ……身体を好きにとか軽々しく言うんじゃねぇよ、このビッチが」

 

 なにがビッチだこのバカ。そのビッチの身体にさっきから喜んじゃってるクセしてさ。

 

「なによ、さっきから背中の柔らかい感触でアレ固くしちゃってるくせに。うち知ってんのよ? ムネ押し付ける度にピクッと反応して前屈みになっちゃってんの。しかもおんぶしてるのをいいことに、生足太ももの触り心地だって楽しんじゃってるでしょ」

 

「……そ、そんなわけねぇだりょ」

 

「ぷっ、へんたーい。ほれほれ〜」

 

「うおぉぉ、や、やめてぇッ……!」

 

 あはは、悶えてる悶えてる。ホント男っておっぱい大好きだよね。こんなのただの脂肪の塊じゃん。なにがそんなにいいんだか。

 

 背中へのぐりぐり攻撃に身悶える比企谷に、またもやSっ気を刺激されまくるうちだけど、いつまでもこんな馬鹿なことをしている場合じゃなかった。てかこれじゃただのエロい女だと思われるだけだし。

 ここは、エロ抜きにしてうちのセールスポイントを目一杯アピらないとね。

 

 よし、こほんとひとつ咳払いしてから、こいつにうちと付き合った場合のメリットを切々と訴えてやろう。

 

「…………うち、比企谷が望むんなら、別に付き合ってること周りに公表しなくてもいいって思ってる。だから、付き合ったってあんたの不利益になることもなくない? 別に本気じゃなくても、遊びで付き合ってるフリしてればうちのことベッドでメチャクチャに出来るよ? めっちゃお得じゃん」

 

 説明してみたら、やっぱりエロいメリットしかなかった。しかも都合のいい女系のメリットというね。我ながら自分のウリの無さに軽く引くレベル。

 

「それに比企谷がうちのこと嫌いなんだったら、付き合ってるフリして好きなようにヤりまくって、ヤッてるとこハメ撮りしてネットにでも流せば文化祭の復讐だってできるんだし。うち、比企谷が望むんならハメ撮りとかするのも拒んだりしないよ? うちと付き合うとか、もう得しかなくない?」

 

 そしてさらにエロく、さらに歪んだメリットを提示し続けるうち。自分で思い付く比企谷が感じるであろう魅力って身体だけ? 我ながら酷い。

 でもうちのセールスポイントなんて、比企谷にならなにされたって構わないくらいしかないわけだし、それでも比企谷の彼女になりたいって思うし、女として好きな男に性的な目で見られたいって願望だってあるし。

 うん。発想がエロくなっちゃうのはしょーがない。うちは悪くない。エロい比企谷が悪い。

 

「発想が恐ぇよ。……つかお前なぁ、そんなに自分を安売りしちゃっていいのかよ……」

 

 すると比企谷、こんな事を言い出した。考え方が古い。日本男児か。まぁそういう変に真面目なトコとか超好きだけど。

 でもその無駄なお堅さは、今は大きな勘違いだからね。

 

「は? バカじゃん? 全然安売りなんかしてないし。むしろむっちゃ高値だから。うちは自分が可愛くて可愛くて仕方ないから、可愛い自分を幸せにしてあげたくて、大好きな比企谷と付き合わせてあげたいだけ。うち、比企谷と付き合えるんなら、比企谷になにされたって平気だし、なにされたって当然だと思ってる。だからこんなこと言ってんのよ。そんなことも解んないの? ホント女心がカケラもわかってないよね、比企谷って」

 

 まったく。何度も何度も人の気持ちを勝手に判断すんなっつってんのに。

 

「本気じゃなくてもいいとか遊びでもいいとか弄ばれてもいいとか、お堅い比企谷からしたらそんなもんは偽物だって思えるかもしんないけど、……うちにとってはこれが本物なの。この気持ちが本物なの……。比企谷と付き合えるんならどうなったって構わない。それでもいいから比企谷の彼女になってみたいっていう覚悟の気持ちなのよ。……女の子が恥を忍んでここまで言ってんだから、あんたの物差しでうちの心を勝手に判断すんな、ばか!」

 

「な、なんかすいません」

 

 ふふん、また勝ってやった。負けを知りたい。あ、うち負けっぱなしだったわ。

 

「……だから付き合お?」

 

「ごめんなさい」

 

 そしてやっぱまた負けた。そしてやっぱ軽っ!

 

 

 ま、わかってたけどね。こんなんで落ちるくらいなら、うちよりずっとおっぱいおっきくて、うちよりずっと好き好きアピールしてる結衣ちゃんだってあんなに苦労してないよね。

 でもなんかここまできたらもう自棄だ。ここまで恥かきまくったんだ。だったらあと一つ二つ追加の恥をかいたって、今さら大した違いはないのだ。だからうちは、比企谷の背中でじたばたと暴れまくってやる。

 

「女の子にここまで言わせといて結局断んの!? この性悪! 鬼畜! 変態ー!」

 

「変態は関係ないだろ……。あとお願いだから背中で暴れないでくんない? すげぇ柔らかいんだけど……」

 

「やっぱ変態じゃん……」

 

 ねぇねぇ、うちと付き合えばコレを好きにできんのよ? ったく、マジで残念なやつ〜。

 

 すると、身の程もわきまえず……いや、身の程をわきまえた上で、それでも理不尽に暴れまくって不満を露わにし続けているうちに、比企谷は痛てぇ痛てぇとめんどくさがりながらも、ようやく折れたのかついにこんな折衷案を提示するのだった。

 

「……あー、なんだ。付き合うとかはさすがに無理だが、ま、まぁ友達とかならなんとか」

 

「……えー、友達ぃ……? めっちゃ不満なんですけど」

 

 なんてね。ホントならめちゃめちゃ喜ぶべきとこなんだろう。ていうか実際かなり心躍ってるし。

 だって、一時は二度と関われないと思って泣いてたのに、なんと比企谷の方から友達になろうって言ってくれたんだもん。これ以上の幸せを望むだなんてバチ当たりもいいとこだ。

 もっとも比企谷からしたら、そうでも言っとかないとめんどくさい女が引き下がってくれそうにないから、やれやれと溜め息を吐きながらの仕方なくな友達申請なんだろうけれど。

 

 

 ……それなのに、なんという贅沢者で、なんというバチ当たり者なのだろうか。この友達申請では、不満を感じてしまう自分がいる。

 

 ホント我が儘で身勝手だよね、うち。最初は『想いさえ伝えられれば振られたっていい、嫌われたって構わない』から始まったはずなのに、紆余曲折の末にそれを遥かに超える望みが叶ったら、それでさえもう満足できないというのだから。

 

 ……でもね、女の子だもん、うち。

 女の子ってのはね、とっても狡い生き物なの。ずっと望んでいた物が手に入ったら、その欲はさらなる高みを求めてしまう。

 狡いって、卑怯だって、汚いって思われようとも、それが狡くて我が儘な普通の女の子である相模南なのだからしょうがない。

 こんなに調子に乗ってるとまたバチが当たっちゃうかもしれないけれど、後悔先に立たず、でしょ? 先に立てておく事の出来ない後悔という名の一本の棒にビビって何もしないくらいなら、折れてもいいから、先に覚悟という一本の棒を立てておく方がよっぽどマシなんだって気が付いたから。

 せっかく得たこのチャンス、うちはどこまでも狡く、どこまでも汚なく、どこまでも貪欲に攻める事を選択してやる!

 

「……ま、比企谷がどうしてもうちと友達になりたいって言うんなら、仕方ないから友達になってあげるけど」

 

「なんで俺すげぇ上から目線で責められてんの? はぁぁ……、じゃあまぁ、と、友達っつーことで……。俺友達居たことないから具体的になにすればいいのか知らんけど」

 

「おっけ。じゃあ今からうちと比企谷は友達だからね。あんたから言い出してあんたが了承したんだから、もう訂正できないから」

 

「……? お、おう?」

 

「よっし決まり! じゃあもう友達なわけだから、これからうちが毎日のように比企谷に絡みに行ったってなんらおかしい事はないよね」

 

「……え……、い、いや、毎日はちょっと──」

 

「あ、ところで比企谷ってさぁ、男女間に友情ってあると思う? ちなみにうちはそんなのないと思ってるんだよね。どっちかがどっちかを異性として意識しちゃった時点でそれはもう友情じゃないし、少なくともうちは比企谷を思いっきり異性として意識してるわけじゃん? で、比企谷もさっきからうちのムネと太ももの感触に興奮してるわけだから、それももう友情じゃなくて欲情だよね。でも比企谷がうちとの友達関係を望んだんだから、うち的には一応友達って事にしといてあげる。でもそこに友情は存在しないわけだから、例えうちが毎日のように比企谷とクラスに遊びに行って、毎日のように好き好き言ったりキスせがんだりしたとしても、それは仕方のない事だと思うんだー。だって、比企谷が望んだんだから。自分の事を好きだと言ってる女との友達関係を」

 

「は!? い、いやお前なに言ってんの!? てか男女間に友情が存在しないとか思ってんなら先に言えよ……! や、やっぱ友達の件は無しで──」

 

「はぁぁぁ〜? なに? あんたって自分から言い出したくせに、ちょっと都合が悪いと無かったことにしちゃうんだー? へー、そーなんだぁ。へー。へーーー」

 

「うぐっ……!」

 

「はい、比企谷の負けー。じゃ、これからよろしくね、友達の比企谷くん! うち、友達の比企谷くんに女として意識されるよう頑張っちゃうからね♪」

 

「」

 

 

 

 

 ──うちは、六月にある自分の誕生日が嫌いだった。家族と、友達とどこかへ遊びに行こうと思っても、晴れの日なんてなかなかなくて、いつも心がじめじめしちゃうから。いつも陰鬱な気分にさせられるから。

 

 

「と、ところで、だな。なんとなく流れで歩かされてたんだけど、そういや俺はどこまでお前を運べばいいの……? ち、近くの病院にでも置いてきゃいいのかな……?」

 

「なにそのあからさまな話題転換。ま、いいけど。で、比企谷は着替えもないパンツまでぐっちょりの女の子を病院に置いてく気? 友達なのに? うちやだからね。病院行くにしても、シャワー浴びて着替えてからじゃなきゃ無理だから」

 

 

 ──そして本日十八回目の誕生日も、相も変わらず降り続ける六月の鬱陶しい雨。

 でも、うちは毎年と同じように……、いや、史上もっともずぶ濡れになっている梅雨真っ只中の誕生日なのにも関わらず、今は自分の誕生日が初めて好きになれた。大好きなこいつと、大好きなこいつとの間にこんなチャンスをくれた神様のおかげで好きになれた。

 

 

「は? じゃあどうすりゃいいんだよ。とりあえず駅行きゃいいのか? そっから電車乗って、親に最寄りの駅にでも迎えにきてもらうか?」

 

「いやいや、思春期真っ盛りの女の子が、こんなびっちょびちょで電車乗れるわけないじゃん。ブラとか透け透けなの知ってるくせに。デリカシーって言葉知ってる? あ、ちなみに共働きだから、親の迎えとかも無理」

 

 

 ──神様ってさ、ホントに居るんだね。神様はちゃんと見ててくれるんだ。ちゃんと与えてくれるんだ。願った人に、それ相応のギフトを。

 

 

「おい、じゃあどうすんだよ」

 

「そんなの決まってるでしょ。比企谷がうちの家まで送ってってよ。たぶん二〜三時間くらい歩けば着くんじゃない? なんだったら比企谷んちでも可。むしろ推奨しちゃう」

 

 

 ──なんの覚悟もなく責任を取るつもりもない、利己的で保身ばかり考える卑怯で無責任な愚か者には後悔を。

 

 

「ふざけんな。そんなん無理に決まってんだろ」

 

「いーじゃーん。長く運べば運ぶだけ、うちのおっぱいの感触楽しみ続けられるんだし」

 

「……だ、断じて楽しんでなんか」

 

「ふふふ、ほれほれ〜」

 

「や、やめろぉ! やめてください……!」

 

 

 

 ──そして、恥も外聞も体面も全部捨てる覚悟で挑む勇敢でおバカな愚か者には……

 

 

 

 ……カッコ悪くても往生際が悪くても、それでも挫けたりなんかしない、みっともない諦めない心を!

 

 

 

 ──ハッピーバースデー、うち♪

 

 

 

 

終わりっ☆

 





そんなわけで……………………ハッピーバースデー!!(^^)/▽☆▽\(^^)

ついにさがみんの誕生日をお祝いする事が出来ました!でも連日のワールドカップのせいで危うく間に合わないかと思っちゃったぜ('・ω・`)

そして何度もさがみんSSを書いてきた作者がさがみん生誕祭の為に用意したギフトは、数々の作品で一度も(お持ち帰り女子大生さがみんを除く)言えたことが無い「好き」を連呼しまくらせてやる親心でした☆
今まで全然好きと言えなかったぶん反動が強すぎたのか、若干好き好き言い過ぎではありましたがw


まぁそれはそれとして、「アレを固くしちゃって前屈み」だの「ヤりまくる」だの「ハメ撮り」だのと、誕生日に好きな男に不適切な用語を何度も言わされちゃうヒロインて(白目)
ね?作者、さがみんのこと別に好きじゃないでしょ?
なんかこう、さがみんの魅力のひとつは、ごく普通の等身大JKゆえに醸し出せる、ラノベ的ヒロインには無いリアルなちょいエロさだと思っております(・ω・)
ちなみに同じ理由で折本も大好き☆あ、別にさがみんは好きじゃないんだけどね?



というわけで、若干酷い生誕祭SSではありましたが、ようやく書けたさがみんバースデー、ごく少数のさがみん好きなサガラー様がたに楽しんでいただけたのなら幸いです☆
しかしこんなジメジメした作品書いときながら、本日……というかしばらくは「え?もう梅雨明けちゃったのん?」な真夏日というね(白目)



またしばらくは気楽なチラ裏に籠もっちゃうかもしれませんが、今後もこうして表で書きたくなった時に突然更新しちゃったりすると思いますので、またお会いできたら嬉しいです♪

ではでは次はさがみんと同じくらい別に好きではない折本の誕生日にお会いいたしましょう!←に、2月だとっΣ(゚□゚;)!?



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