ーサラ・ヒューイットー
サテラさんの出産の翌日、私とエルリック兄弟、ウィンリィちゃんの4人はドミニクさん一家と別れを告げ、パニーニャの案内でラッシュバレーに戻りました。
直通である橋は焼け落ちてしまったので、旧道を使って隣街であるサウスフッドという街へ行き、そこから定期便でラッシュバレーへという遠回りです。
再び山道を歩いて、サウスフッドから馬車に揺られ、ラッシュバレーに戻った翌日、私とエルリック兄弟は本来の目的地であるダブリスへ向かう汽車へと乗り込みました。
パニーニャはもともと地元の人間ですし、ウィンリィちゃんもドミニクさんの口利きでラッシュバレーに
たった2日しかいなかったんですが、ラッシュバレーの滞在は随分濃いものでした。
ラッシュバレーを出発してすぐは赤ちゃんの話やウィンリィちゃんの修行の話で盛り上がっていた私たち3人ですが、ダブリスに近づくにつれエルリック兄弟の口数が減っていき、ダブリスに到着する頃には2人は完全に黙り。
そして一軒の肉屋の前に立つエド君の顔色は真っ青になってしまいました。
鎧でわからないアル君ですが、エド君と同じ心境なんでしょうか?
心なしか普段よりも鎧が青みがかってるような気が…。
「ーとうとう、来ちまったなぁ…」
「うん…」
「……
「…うん‼︎」
いやいや、修行をし直しに来たのに師匠の不在を願うってどういうことですか⁈
思ったことを言おうとしたら、
「へいらっしゃい‼︎」
と大きな声が背後から響きます。
その声でひっくり返るエルリック兄弟。
確かに急な大声でしたが、どれだけビビってるんですか…。
私たちの背後から声をかけたのは黒のタンクトップに白い前掛け、同じく白いバンダナを額に巻いた男性でした。
肩には小麦粉か何かの袋を担いでます。
「どうぞ中に入っt……あれ?ひょっとしてエドワード君?ひっさしぶりぃ!」
「メイスンさん…だっけ?こんちわ…」
「あっはっはー!すっかり大きくなっちゃって‼︎」
メイスンさんと呼ばれた男性がエド君の頭を掌を広げて、ばすんばすんと叩きます。
アル君の存在にも気付いたメイスンさん。
「こっちの鎧の人は?」
「弟のアルフォンスです。お久しぶりです」
「……すっかり大きくなっちゃって…」
とメイスンさんはエド君への感想と同じ言葉を言うものの、微妙な雰囲気が流れます。
やっぱり鎧が原因でしょうか?
「こ、こちらのお嬢さんは、ひょっとしてエドワード君のコレ?」
そう言ってメイスンさんが小指を立てますが、エド君にはウィンリィちゃんがいますからね。
2人のためにもちゃんと否定をしておかないといけません。
「いえ、私はエド君の彼女ではありません。初めまして、サラ・ヒューイットと言います。縁あってエド君達と旅をしています」
私の言葉にエド君を可哀想な目で見るメイスンさん。
いや、別にエド君を振ったとかそういうことじゃありませんよ⁈
「俺はメイスン、ここの肉屋で働いてんだ。そうだ!イズミさんに会いに来たんだろ?今呼んで来てやっから、待ってな!」
メイスンさんはそう言いながら店の裏へと回り、その後にエド君達もついていくので、私も続きます。
「ちょうどよかったね!イズミさんね、つい先日旅行から帰ってきたばかりなんだよ!」
そのメイスンさんの言葉で再び震えだす2人。
メイスンさんは2人の様子など気にせず裏口から店内に入っていき、
「あっ、店長!裏に珍しいお客さんが来てますよ」
と声をかけます。
「客だぁ?」
とメイスンさんとは別の男性の声が聞こえたかと思うと、ドスドスという足音とともにお腹は出ているものの筋骨隆々、口からもみあげまで髭を生やしたおじさんが血塗れの牛刀を片手に現れました。
この人が店長さんなんでしょうけど…、普通の人はこの肉屋に買い物に来れるのか疑問です。
実際知り合いのはずのエド君は若干呆然としてますし。
エルリック兄弟や私を眺めると
「……。エド……か?」
ボソリと呟きます。
エド君は声が出ないのか、冷や汗を流しつつも笑って頷きました。
すると、細めていた目をぐわッと見開き、張り手をするような勢いで左手を突き出し、エド君の頭を掴んで…撫でました。
それはもうわしわし、ぐりぐりという音が聞こえそうなくらい…撫でました。
上から押さえつけるように撫でるので、ただでさえ小さいエド君がさらに縮みそうとは言えませんが。
と言いますか、エド君の頭を掴める手の大きさも凄いですね。
「よく来た。大きくなったな」
顔に似合わず優しい人なのかもしれませんね。
アル君にも声をかけます。
「こっちは?」
「アルフォンスです。ご無沙汰してます」
「そうか。すごく大きくなったな」
と言ってアル君の頭(鎧)を同じように撫でました。
「そっちの娘は?」
「初めまして。サラ・ヒューイットと言います。縁あって一緒に旅をさせてもらってる友人です」
店長さんに尋ねられたので自己紹介をします。
今度はちゃんと友人の部分を強調したので、彼女と勘違いされることはないでしょう。
「俺はシグ・カーティス。この店のオーナーでエド達の師匠の旦那だ。エド達とは仲良くしてやってくれ。それで、急にどうしたんだ?」
シグさんという人は、エルリック兄弟を大切に思ってるんですね。
要件を尋ねられたエド君は
「師匠に教えてもらいたいことがありまして…」
と相変わらず冷や汗垂らしながら答えます。
「ああ、こっち来な。メイスン、しばらく店を頼む」
と言って着ていたエプロンと牛刀をメイスンさんに渡し、店の裏のさらに奥へと向かいます。
「師匠の身体の具合はどうですか?」
「そこそこ元気だが、まぁ病弱には変わりないな。おい、イズミ。エルリックのチビ共が来たぞ」
エド君達の師匠は病弱なのに、その弟子達を震え上がらせるなんてどんな人物なんでしょうか?
会話のやり取りからして、随分前から病を患ってるみたいですね。
シグさんが窓からイズミさんという人に声をかけて、しばらくすると玄関の方からスリッパ特有のパタパタという音が聞こえ、次の瞬間玄関前にいたエド君が……蹴り飛ばされました。
声にならない声をあげながら吹っ飛ぶエド君。
「お前の噂は
玄関から現れたのはドレッドヘアーを後ろで纏め、袖がなく胸元も開けた服を着ている女性でした。
胸元が開けてるので、豊満な胸の谷間も見える訳なんですが、圧倒的な戦力差を見せつけられてるような気がします。
さらに左の鎖骨下にはエド君のコートやアル君の腕に描かれてるのと同じタトゥーがあり、何故かトイレ用のサンダルを履いてます。
この人がエルリック兄弟の師匠なんでしょう。
蹴り飛ばされたエド君はというとボロボロの意識不明みたいで、
「無理だよ、イズミ」
とシグさんがエド君を摘み上げて答えます。
イズミさんは玄関の横にいて、キックの被害から免れたアル君に気付きました。
「ん?この鎧はどちら様?」
忍足で逃げようとしていたアル君は、慌ててイズミさんに向き直り、
「あっ…おっ…弟のアルフォンスです!師匠っっ!あああ、あの…」
と返事をしました。
エド君の惨状を目の当たりにしたからか、アル君は吃ってます。
「アル!随分大きくなって!」
エド君の時とは一転、イズミさんは和かに手を差し出しました。
「いやぁ、師匠もお変わりないよう…でぇ?」
アル君も差し出された手を握り返したんですが、イズミさんはアル君を投げ飛ばします。
そして、
「鍛え方が足りん!」
と一刀両断。
会って早々この対応とは、エルリック兄弟が震え上がってたのはこのスパルタが理由だったんでしょう。
しかし、あの技は合気道みたいですね。
「お嬢さんは…初めましてよね?」
「はい、初めまして。私はサラ・ヒューイットといいまして、少し前からエド君達と一緒に旅させてもらってます」
イズミさんから声をかけられたので、返事をしました。
「へぇ、あいつらと一緒に旅を…。私はイズミ・カーティス。聞いてるとは思うけど、あの馬鹿達の師匠よ」
「師匠、具合悪いんじゃなかったんですか〜?」
投げ飛ばされたアル君が上半身だけ起こして泣き言を言います。
確かに旦那さんのシグさんは病弱と言ってた割には、キレのある技を使ってました。
「何を言う!お前達が遠路はるばる来たというから、こうしt…ごはぁ」
と説教を始めようとしたイズミさんですが、盛大に吐血します。
いきなりだったので私は驚いたんですが、他の人は特に反応をせず、イズミさんはハンカチで口元を拭い、シグさんは薬を差し出しました。
「無理しちゃダメだろ。ほら薬だ」
「いつもすまないねぇ」
「おまえ…それは言わない約束だろ」
「あんた…‼︎」
そう言って、ひしっと抱き合うカーティス夫妻。
そんな惚気を見せつけられても、どう反応したらいいのやら…。
エルリック兄弟も遠い目をしてます。
「え〜っと…改めまして」
「お久しぶりです」
おずおずといった感じで挨拶するエルリック兄弟に対し、
「うん、よく来た!」
と笑顔でイズミさんは迎えてくれました。
エド君は頭を1発叩かれますが…。
そして、そのままイズミさん宅へと招かれました。