雷氷の魔術師   作:怠惰なぼっち

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第18話

ーサラ・ヒューイットー

 

エド君の腕を修理してもらった翌日、私はいつも通り病室へと訪れました。

ちょうど昼食の時間だったみたいで、エド君はベッドに腰掛けて牛乳と睨めっこをし、アル君も部屋の隅で椅子に座ってます。

実はエド君、牛乳が嫌いなんだそうで。

それを聞いた時子供か!って思ったのは口が裂けても言えません。

そんなんだから身長が伸びないんですよと思ったのも内緒です。

 

「なぁ、サラ?牛乳いらねー?」

 

「それはエド君のために出された食事なんですから、ちゃんとご自身で飲むべきでしょう?」

 

「じゃあ、オレの代わりにアル…ってもその身体じゃ無理かぁ」

 

エド君、それは笑えない冗談ですよ。

ただでさえ最近アル君の調子がおかしいんですから。

 

「…せっかく兄さんは生身の身体を持ってるんだから、飲まなきゃダメだよ」

 

アル君は律儀に返事しますが、やっぱりいつもの明るい調子じゃなくて、どこか暗い感じがします。

 

「嫌いなものは嫌いなんだよ!だいたい、牛乳飲まねーくらいで死にゃしねぇっつーの!こう見えてもちゃんと伸びてんのに、みんなして『小さい、小さい』言いやがって!アルはいいよな…身体がでかくてさ」

 

丁度その時、ウィンリィちゃんもお見舞いのために室内へ入ってきたんですが、

 

「ボクは好きでこんな身体になったんじゃない‼︎」

 

エド君の言葉で遂にアル君が声を荒げました。

 

「…好きで…こんな身体になったんじゃない…」

 

「あ…!悪かったよ…。そうだよな、こうなったのもオレのせいだもんな…。だから1日でも早くアルを元に戻してやりたいよ」

 

さすがに冗談が過ぎたと気付いたエド君も素直に謝ります。

しかし、アル君は止まりません。

 

「本当に元の身体に戻れるって保証は?」

 

「絶対に戻してやるからオレを信じろよ」

 

「『信じろ』って⁉︎この空っぽの身体で何を信じろって言うんだ‼︎錬金術において、人間は肉体と精神と霊魂の3つから成るって言うけど!それを実験で証明した人がいたかい⁈『記憶』だって突き詰めればただの『情報』でしかない…。人工的に構築する事もできるはずだ」

 

「おまえ、何言って…」

 

ここに来てアル君の尋常じゃない様子に、訝しんだエド君がその真意を尋ねようとしたんですが、アル君は遂に言ってはいけない言葉を言ってしまいました。

 

「…兄さん、前にボクには怖くて言えない事があるって言ったけど、それってもしかして『ボクの魂も記憶も本当はでっち上げの偽物だった』って事じゃないの?ねぇ、兄さん!アルフォンス・エルリックという人間が本当に存在したって証明は⁉︎ウィンリィもばっちゃんもみんなでボクを騙してるかもしれないじゃないか‼︎どうなんだよ、兄さん‼︎」

 

アル君の言葉に、思わずテーブルに拳を叩きつけたエド君。

その衝撃でフォークが「カシャン」と床に落ちます。

 

「…ずっと、それを溜め込んでたのか?言いたい事はそれで全部か?」

 

「…」

 

エド君の問いかけにアル君は無言を返します。

 

「…そうか」

 

それだけ呟いたエド君は静かに立ち上がります。

その横顔はとても哀しそうな表情でした。

 

「エド!…」

 

扉の前で立ち竦んだまま今のやりとりを見ていたウィンリィちゃんが呼びかけますが、病室から出て行ってしまいました。

それにしても、

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 氷の1矢(ウナ・グラキアーリス)

 

先を丸くした氷の矢をアル君にぶつけます。

不意打ちだったので尻餅をつくアル君。

拳骨の一つでもくれてやらないと気が済まないんですが、それで鎧を凹ませるわけにはいかないので。

 

「何するんですか⁈サラさん‼︎」

 

「本来はぶん殴ってるところですが、これで我慢してるんです。いいですか、アル君をこの世界に留めるために、エド君の払った代価がなんだったか忘れたんですか?あの右腕でしょう。どうして自分の身体を犠牲にしてまでアル君の魂を鎧に定着させたんですか?たった2人の兄弟だからでしょう。今回はエド君にもふざけ過ぎたところがありますが、アル君の言葉は許せません」

 

「サラの言う通りよ!自分の命を捨てる覚悟で偽物の弟を作るバカなんている訳ないでしょ!エドが怖くて言えなかった事はね…、アルがエドを恨んでるんじゃないかって事よ‼︎あんたが食べる事も、眠る事も、痛みを感じる事も出きなくなったのは自分のせいだって…、それで恨まれてないか訊くのが怖いって機械鎧手術の痛みと熱にうなされながら、毎晩泣いてたのよ‼︎それなのにあんたは…!」

 

私の言葉にウィンリィちゃんも泣きながら続けます。

その手にはいつの間にかスパナが握られていて、アル君をガンガン叩いてました。

そして徐に涙を拭うと、扉へビシッと指を指します。

 

「追いかけなさい!」

 

「あ…、…うん」

 

ウィンリィちゃんの命令で、アル君がノロノロと起き上がりました。

ですが、私とウィンリィちゃんに言われた事でショックを受けているのか、足取りは重いです。

 

「駆け足‼︎」

 

「はいっ‼︎」

 

その動きの遅さにもイライラしたのか、ウィンリィちゃんは額に井形を作りながら、アル君に喝を入れました。

すぐに走ってエド君を追いかけるアル君。

そのあとをウィンリィちゃん、そしてウィンリィちゃんを連れてきたヒューズ中佐、一連のやりとりを戸惑って見ていたロス少尉、ブロッシュ軍曹が追いかけて行きました。

まったく、3歳でアンドロイドな茶々丸さんの方がよっぽど大人じゃないですか。

自分の魂が本物かどうかわからないからって、周りにあたるような事はしなかったですし。

アル君と茶々丸さんを比較するのは2人に失礼かもしれないですが、さっきの「魂も記憶も偽物」って言葉が私が思ってた以上に心に引っかかったんですよね。

自分でも不思議です。

暫くそんな事を考えていると、エド君達が戻ってきました。

 

「サラさん、心配をおかけしてすみませんでした」

 

部屋に入ってきたアル君はすぐに私に謝りました。

 

「エド君がアル君を許したのなら、私から言う事はありません。いえ、一つ私の師匠の言葉を贈ります。『意志あるところに魂は在る』です。アル君にはエド君と共に、失くした身体を取り戻すという意志があるのでしょう?ならその魂も本物なはず。自分の魂が偽物などと哀しい事は言わないでください」

 

「ありがとうございます」

 

アル君はそう言って深々と頭を下げました。


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