雷氷の魔術師   作:怠惰なぼっち

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第13話

ーサラ・ヒューイットー

 

国立中央図書館第一分館でマルコーさんの本を見つけた私達は、それらを借りて今度は本館にやってきました。

 

「『錬金術師よ、大衆のためにあれ』…って言葉があるように、錬金術師は術がもたらす成果を一般の人々に、分け隔てなく与える事をモットーにしている。けどその一方で、一般人にそのノウハウが与えられてしまう事を防がなければならないんだ」

 

エド君が錬金術とは、どういうものかというのを説明しています。

 

「ああ、なるほど。無造作に技術が拡散して悪用されては困りますね」

 

ブロッシュ軍曹の言う通り、錬金術を使った犯罪が起こったら術師は堪ったものじゃないでしょうね。

そういう意味では、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で魔法を使った犯罪があったというのは、あちらの悪い点だったのかもしれません。

 

「んで、それをどうやって防ぐかってーと…錬金研究書の暗号化だ。一般人にはただの料理研究書に見えても…その中身は書いた本人しか判らない様々な寓意や比喩表現で書き連ねられた高度な錬金術書って訳さ!」

 

確かに防諜という意味ではこれ以上ない方法ですね。

本人にしか判らないんですから。

 

「書いた本人にしか判らないって…そんなのどうやって解読するんですか⁉︎」

 

「知識と閃き。それとひたすら根気の作業だな」

 

軍曹の疑問に対し、エド君はさらりとと答えますが、随分と時間がかかりそうな答えですね。

軍曹も同じ感想を言ったんですが、

 

「でも料理研究書似せてる分、まだ解読しやすいと思いますよ。錬金術って台所から発生したものだって言う人もいるくらいですし。兄さんなんて旅行記風に書いてあるから、ボクが読んでもさっぱりです」

 

とアル君が返事しました。

なるほど、料理研究書の方が旅行記よりもキーワードの連想がしやすいんでしょう。

 

「さて!さくさく解読して、真実とやらを拝ませてもらおうか‼︎」

 

 

 

と言ってたのが10日以上前だったんですが、暗号解読に取り掛かって10日経った頃から、なんか雰囲気が重くなってるんですよね。

まるで傷の男(スカー)と出会う前日のような塞ぎようです。

何か嫌な事でも知ってしまったんでしょうか?

部屋の前で呼びかけても、まともに会話してもらえません。

私はというと、暗号解読の役には立たないので、移動かまどや折畳みテーブルなどの屋台道具一式を購入し、自分の屋台を開いてました。

店名はありませんが、セントラルでも超包子(チャオパオズ)仕込みの味は好評でした。

行政の許可とかは取ってないので、場所はあちこち変更しながらの出店でしたが…。

そしてセントラルに来て10日目にいつも通り宿に戻ったら、エド君達は塞ぎ込んでいたので何があったか私にもわからないんですよね。

今日も2人は部屋から出て来ないので、仕方なくいつも通り屋台を開くために宿を出ようとすると、フロントにアームストロング少佐とロス少尉、ブロッシュ軍曹がいました。

 

「おはようございます、皆さん」

 

「おはようございます、ヒューイット殿。エルリック兄弟は今日も部屋に閉じ籠もっているのですかな?」

 

「はい。残念ながら私は別行動を取っていて、なぜ塞ぎ込んでいるのかわからなくて」

 

「疲れが溜まっていたのかもしれませんな。このところ根を詰めておったようですし」

 

と少佐が呟いた背後で、少尉と軍曹が何かヒソヒソ話しているのが見えました。

 

「ひょっとして、少尉と軍曹は何かご存知ですか?」

 

「「い、いえ。何も存じません」」

 

2人揃って否定しましたが、その慌てぶりは何か知ってると言ってるようなものですよ。

案の定、2人を怪しんだ少佐が筋肉を剥き出して、正直に話すよう2人へと迫ります。

そして少佐の暑苦しさに負けて白状した2人の言葉は驚きのものでした。

何と賢者の石の材料は生きた人間、しかも石1個を精製するために複数の犠牲が必要らしいのです。

身体を元に戻すために賢者の石を探してきたのに、そのためには他人の犠牲が必要だと知れば、それはショックでしょうね。

ここ数日、塞ぎ込んでいたのも仕方ないですね。

それを知った少佐は徐にエルリック兄弟の部屋へと歩いていきます。

私と少尉達もどうするのかと後を追いました。

 

「エルリック兄弟‼︎居るのであろう⁉︎我輩だ‼︎ここを開けんか‼︎」

 

と言って、ドンドンとノックというか、乱暴に部屋の扉を叩きます。

それ位で2人、というかこの場合エド君が扉を開けてくれたら苦労はしないんですけどね。

誰にも会いたくないから居留守を使うでしょう。

それに気付いた少佐は

 

「むん‼︎」

 

と力を込めます。

その途端、扉から「がきょ」「ぼりん」という音が聞こえ、バタンと扉を開けた少佐。

その右手にはドアノブが握られています。

このおっさん、扉を壊して部屋に入りやがりました。

 

「全く、なんたる悲劇‼︎賢者の石に斯様な恐るべき秘密が隠されていたとは‼︎しかもその地獄の研究が軍の下の機関で行われていたとするならば、これは由々しき事態‼︎我輩、黙って見過ごす訳にはいかん‼︎」

 

例によって、滂沱のごとく涙を流しながら演説をするかの様に拳を震わせながら、少佐が語ります。

少尉と軍曹が賢者の石の秘密を漏らした事に気付いたエド君は、2人に詰め寄りました。

言葉にはしませんが、

 

「何でよりにも寄ってこのおっさんに漏らしたんだよ⁉︎」

 

と表情で語っています。

似た様な構図がイーストシティの東方司令部でもありましたね。

少尉と軍曹では階級的にも少佐には敵わないでしょう。

 

「真実は時として残酷なものよ」

 

なんて、少佐はまだ語っています。

 

「真実…?」

 

「どうしたの、兄さん?」

 

少佐が言った真実という単語に反応するエド君。

 

「マルコーさんが駅で言ってただろ。『真実の奥の更なる真実』…。そうか…、まだ何かあるんだ!」

 

マルコーさんの言葉を思い出し、エド君はさっきまで塞ぎ込んでた様子が微塵もなくなりました。

そして、少佐にセントラルの地図を用意してもらいます。

 

「軍の下にある錬金術研究所はセントラル市内に現在4ヶ所。そのうち、ドクター・マルコーが所属していたのは第三研究所。ここが一番怪しいな」

 

少佐が地図を広げながら、自身の考えを述べます。

 

「うーん…。市内の研究所はオレが国家資格取って直ぐに全部回ったけど、ここはそんな大した研究はしてなかったような…」

 

とエド君も地図を眺めながら言いますが、ある一点を指差して尋ねました。

 

「これ…この建物なんだろう?」

 

「以前は第五研究所と呼ばれていた建物ですが、現在は使用されていないただの廃屋です。崩壊の危険性があるので立入禁止になっていたはずです」

 

エド君の疑問に対し、少尉が持っていた資料から情報を読み上げます。

 

「ここだ。賢者の石を作るために生きた人間が必要って事は、その材料調達の場があった筈。ここは隣が刑務所になってる。確か死刑囚ってのは処刑後も遺族に遺体は返されないんだろ?表向きは刑務所内で処刑した事にしておいて、生きたまま研究所に移動させ、賢者の石の実験材料にされるんだ…」

 

エド君の推察を聞いて、少尉と軍曹はとても嫌そうな表情を浮かべますが、確かにその方法は随分効率のいい材料の集め方でしょうね。

単に処刑するのではなく賢者の石の材料にしてしまえば、死刑囚の処刑も行えて一石二鳥って事ですか。

そうなると、その事実をどのレベルの人間が知っているのかが問題になりますね。

刑務所の所長レベルで済むのか、研究機関レベルなのかか、はたまた政府も絡んだレベルなのか…。

 

「この研究機関の責任者は?」

 

アル君の質問に、少佐が答えますが

 

「名目上は『鉄血の錬金術師』バスク・グラン准将という事になっておったが、先日傷の男(スカー)に殺害されている。傷の男(スカー)には軍上層部に所属する国家錬金術師が何人か殺された。その中には真実を知る者がいたかもしれん。しかし、本当にこの研究にグラン准将以上の軍上層部が関わっていたとなれば、ややこしい事になるのは必至。そちらは我輩が探りを入れて、後で報告しよう。それまで少尉と軍曹、ヒューイット殿も他言無用!エルリック兄弟は大人しくしているのだぞ‼︎」

 

まあ、そうなるでしょうね。

下手したら国家ぐるみの陰謀を、私は喋るつもりなんて毛頭ありません。

しかし、エルリック兄弟は違ったみたいで、少佐の言葉に対して思わず声を上げてしまいました。

 

「「ええ⁉︎」」

 

部屋の中を一瞬だけ沈黙が漂います。

 

「むう‼︎さてはお前達‼︎この建物に忍び込んで中を調べようなどと思っておったな⁉︎」

 

額に井形を浮かべた少佐が確認するかのように告げると、2人はビクッと身体を硬直させました。

 

「ならんぞ‼︎元の身体に戻る方法がそこにあるかもしれん。とは言え、子供がそのような危険な事をしてはならん‼︎」

 

少佐が般若のような不気味な雰囲気で、2人に釘を刺します。

 

「わかった、わかった‼︎そんな危ない事しないよ」

 

「ボク達、少佐の報告を大人しく待ちます」

 

なんて、少佐の勢いに負けたように2人が言いましたが、多分行くんでしょう。

念の為、2人に目印になるよう魔力の糸を巻き付けておきます。

止めても無駄なら、護衛としてはついていくしかないですよね。


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