超次次元ゲイム ネプテューヌRe;Birth2 DARK SOULS INSERTION   作:ルーラー

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第七話 勇気へのひとかけら(後編)

「――僕には、慕っている女性(ひと)がいる」

 

 部屋の天井を仰ぎながら、僕は回想するように口を開いた。

 

「その女性(ひと)の名前は、河野(こうの)(ひとみ)

 もしかしたら、慕っているっていうのは正確じゃなくて、憧れているといったほうがいいのかもしれない。この感情が女性に対する恋慕(れんぼ)なのか、それとも単に彼女を『姉』のように感じているだけなのか、僕自身にも、正直、まだよくわかっていないから」

 

 でも、彼女のことが好きだという気持ちだけは、本当。

 この感情だけは、絶対に誰にも否定させない。

 そう、僕自身にだって、否定なんかさせてやらない。

 

「瞳さん、ですか……。あの、どういう人なんですか? 和樹さんが憧れてるって言うくらいなんですから、かなりすごい人、なんですよね?」

 

「うん、すごい人。本当にすごい人。

 僕と彼女が初めて出会ったのは、僕が九歳、彼女が十四歳のときなんだけどね、彼女は十四歳とは思えないくらい頭がよくて、なんでも知ってて、ものすごく大人びてた。あ、でも、そうかと思えば、やたらと子供っぽいことをする人でもあってさ」

 

「子供っぽいこと……? あの、例えば、どういう?」

 

 少し困惑したような女神候補生の声に、僕は顔を正面へと戻した。

 案の定、そこには困ったように苦笑するネプギアの姿があって、つい僕も彼女と似たような笑みを浮かべてしまう。

 

「う~ん、言葉で説明するのがちょっと難しい人なんだよ、ひーねぇって。……あ、この『ひーねぇ』っていうのは、僕が彼女のことを呼ぶときの愛称みたいなものなんだけど」

 

「あ、瞳さんだから、ですか?」

 

「そう、瞳の『ひ』に『お姉さん』の『ねえ』で、『ひーねぇ』。で、まあ、ひーねぇは本当に変わった人でさ。でもって、それを頑なに認めない人でもあってさ。おまけに、仕舞(しま)いにはこの僕を指して『変わってる』とまで言ってくるものだから、もう……」

 

 わざとらしく嘆息してみせると、少しだけネプギアの笑みが引きつった。

 む、まさかとは思うけど……。

 

「なあ、ネプギア。もしかして、僕のことを『変わってる』って思ってたりとか……する?」

 

「えっ!? い、いえいえ! お、思ってません……よ?」

 

 なぜに自信なさげ?

 そして、なぜに目を泳がせる?

 ものすごく問いつめてみたくなったけど、誰もが認める常識人である僕は、強張った笑顔で彼女にうなずきかけることを選んだ。

 

「だよなあ。僕は普通の人間だもんなあ。まあ、ひーねぇは『『自分は普通だ』っていう自己申告ほど説得力のないものもない』とか『自らの主観において『自分は普通だ』って思うのは許される。罪にはならない』とか言ってたけど、それはそれだし」

 

「そ、そうですよね。それはそれですよね。あ、あはははは……」

 

 ネプギアの口から漏れるのは、なんとも乾いた笑い声。

 でもまあ、僕に同意はしてくれているのだし、そこには触れないでおくとしよう。

 

「僕とひーねぇは、ある日まで――彼女が突然いなくなってしまった日まで、ずっと一緒にいた。期間にして、三年弱ってところかな。その間、僕はひーねぇに色々なことを教えてもらった。本当に、色々なことを。

 別れの日、ひーねぇは僕に言った。『こんな駄目なお姉ちゃんだけど、和樹がたくましく成長したそのときには、きっと私を守ってね』って。『この世界にある、あらゆる悪意と理不尽から、お姉ちゃんを助けてね』って」

 

 僕の独白に返されるのは、無言のうなずきというネプギアの相づち。

 それを受けながら、僕は続ける。

 

「正直言うとね、彼女がなにを言っているのか、そのときの僕はよくわかってなかったんだ。でも、別れの日から三年ほどが経ったある日、事件が起きた。その一件をとおして僕は、初めて、ひーねぇともう一度会えるように強くなろうって、そのために強くなりたいって、そう、心の底から思うようになった」

 

「それが、和樹さんが『強くなりたい理由』……。あの、それで、瞳さんとは再会できたんですか? それとも、やっぱりまだ、会えないまま……?」

 

 いや、いまのが僕の『強くなりたい理由』なのかというと、微妙に違うのだけれど。

 ああ、でも訂正できる空気でもないな、こりゃ。

 いいや、とりあえず流して、いまは彼女の質問に答えるとしよう。

 

「う~ん、再会できたといえばできたし、まだできてないといえばできてない、かな……」

 

 僕の返答に、ネプギアが目をぱちくりとさせる。

 当然の反応だ。

 いまの僕の回答には、明らかな矛盾があった。

 

「……初めてこの世界に来る少し前にさ、『破壊と殺戮(さつりく)の王』こと『闇を抱く存在(ダークマター)』っていうのを倒さなきゃいけなくなってね。その一件で、ひーねぇと会うこと自体はできたんだ、一応」

 

「一応……?」

 

「うん、一応。だって、当のひーねぇには『あなた誰?』みたいな反応されちゃったから。なのに『やっと会えた』って喜べるほど、僕は素直でも馬鹿でもないつもりだからさ。

 まあ、そんなわけで、会えたには会えたんだけど、再会はできてない。僕の知るひーねぇとは、『もう一度』は会えてない。……そんなところ、かな」

 

「そんな……そんなのって……」

 

 頬を掻きながら『いや~、参った参った~』みたいなテンションで話したというのに、ネプギアは思いっきり沈んでしまった。

 『それは、辛かったですね……』みたいな安っぽい同情の言葉をかけられる展開は予想してたけど、ここまでとなると逆に僕のほうが困ってしまう。

 ううむ、まだ候補生とはいえ、それでも女神は女神ってことなんだろうか。あるいは、『姉』という一点のせいで、ついつい僕に共感しちゃった、とか……?

 

「そ、そんな暗い顔するなって! 僕はさ、その……ひーねぇはあのとき、敢えて他人のような態度を取ったんじゃないかって、そう、思ってるんだから」

 

「どうして……?」

 

 それは、『どうして、他人のような態度を取る必要があるのか』という意味なのだろうか。

 それとも『どうして、そう思っていられるのか』という意味の問いかけなのだろうか。

 あるいは、両方の意味が込められた『どうして……?』なのだろうか。

 

 もちろん、それは僕の推測だ。

 どれが正しいのかなんて、ネプギアにしかわからない。

 いや、もしかしたら、彼女にだってわかってないのかもしれない。

 だから、僕はその問いに、ただ答えるだけにした。

 

「ひーねぇと会えたときに起こってた事件ってさ、ごくごく小規模なものではあったけど、そのときに闇を抱く存在(ダークマター)を倒しておかなきゃ冗談抜きで世界が滅びるって類のものだったんだよ。

 で、ひーねぇは裏の組織……って言えばいいのかな? そういうところから闇を抱く存在(ダークマター)を倒すためにやってきてたみたいで。だから、僕にはそういう危険な組織と関わってほしくないとか、そんなふうに思って冷たい態度を取ったんじゃないかな……ってさ」

 

「それは……。もし、本当にそうだとしたら、瞳さんの気持ちもわからなくはないですけど……」

 

「本当に弱かったからさ、あのころの僕は。肉体的にも、精神的にも。スペリオル聖教会っていう、闇を抱く存在(ダークマター)と戦う組織に属してたにも関わらず、戦闘能力は下から数えたほうが早いって感じだったし。

 だからいまは、そんなふうに僕を遠ざける必要なんてないんだって、ひーねぇにわかってもらおうとしてる最中ってところ」

 

 まあ、だからって聖教会の人の手で、修行と称されて、いきなり『異世界』ことゲイムギョウ界に放り込まれることになるとは思わなかったけれど。

 さらに言うなら、女神たちと力を合わせてデルフィナスを倒し、この世界を救うことになるとも思わなかったけれど。

 さらにさらに、こんなに短期間でもう一度ゲイムギョウ界にやってくることになるとも、思ってはいなかったけれど。

 

「ともあれ、これが僕の『強くなりたい理由』。『どうして強くなろうと思い続けていられたのか』に対する、回答」

 

 そう締めくくった僕に、ネプギアは不思議な色の宿った瞳を向けてきた。

 最初、それがなにを意味しているのかわからず、僕は思わず戸惑ってしまう。

 けど、少しして、気づいた。あれは『同類』を見る目だ、と。

 

 そこに、憧れや尊敬の念はない。

 けれど、同情や哀れみの感情も存在しない。

 相手を、自分の上にも下にも置かない瞳。

 それは、僕と似た境遇にある人が、僕を『対等』だと認めてくれたときにのみ向けてくれる眼差しだった。

 

「似てますね、わたしと和樹さんって。お姉ちゃんのためにって思う気持ちとか、自分よりも強い人が周りにたくさんいるところとか」

 

 続いて口にされた言葉にも、同情めいた雰囲気は感じられなかった。

 あるのは、『あなたは(ひと)りじゃない』という、温かな響きのみ。

 それが嬉しくて、僕はつい微笑んでしまう。

 

「関わらせてもらえなかった者と関わらせてもらえた者、という違いはあるけどね。

 ネプギアは三年前、ネプテューヌたちにギョウカイ墓場への同行を許されただろ? でもネプテューヌは、『妹だから』ってだけの理由で一緒に連れていくような奴じゃない。だから、そのことは誇っていいと思う」

 

 そこまで言って、僕は口を滑らせてしまったことに気がついた。

 みるみるうちに暗く沈んでいく、ネプギアの表情。

 

「そう、かもしれません……。でも、その結果は――」

 

「けど、逃げなかったんだろ!? ネプギアは! 最後の最後まで!!」

 

 最後まで言わせまいと、フォローしようと必死になるあまり、僕は声を荒げてしまった。

 『なにをそんな必死になっているんだ』と、『『逃げなかった』は誤りだろう』と、頭のどこかで冷静に思っている自分を、嫌になるくらい感じながら。

 そう、わかってるんだ。彼女は『逃げなかった』んじゃなくて――

 

「逃げなかったんじゃないんです! 逃げることすらできなかっただけなんです! お姉ちゃんたちがやられていくなか、わたしは……ただ、震えることしかできなくて……!」

 

 わかっていた。

 

 

 ――お姉ちゃんたち四人は、その女の人に負けたんです。

 

 

 あのときに、ちゃんと察していた。

 その言い方だと、まるで……まるで、ネプギアは戦いに参加していないかのように聞こえるって、あのとき、僕は思ったんだから。

 

 人を無意味に傷つける趣味は、僕にはない。

 だから、あの場で彼女のトラウマをつつくことはしなかったし、これからもしないつもりでいた。

 

 でも、違うんだ。

 ネプギアのトラウマは、もっともっと根深いんだ。

 ギョウカイ墓場で行われたという戦いに繋がることすべてが、彼女にとっては触れられたくないことなんだ。

 そしてそれは、ネプテューヌを無事に助けだすその日まで、きっと、ずっと変わらない。

 

 そう結論した僕は、けれど、それでもネプギアに声をかけた。

 

「でも、アイエフとコンパがやり直す機会を作ってくれたじゃないか!」

 

 同じだと、思ったから。

 僕も、自分とネプギアは似ていると思ったから。

 だから僕は、『お前は独りじゃない』と言葉をぶつける。

 彼女を怯えさせないよう、少しだけ声のトーンを落として。

 

「まだ生きてるんだ、ネプギアは。なら、たとえ無力でも足掻(あが)くことはできる。そして足掻けば足掻いた分だけ、ネプテューヌを助けだせる可能性も高くなる」

 

「でも、怖いんです……! また駄目だったらどうしようって、思ってしまって……!」

 

 涙と共に溢れ出た言葉は、紛れもない彼女の本心だった。

 戦うのが怖いんじゃない。もう一度やって、また失敗に終わってしまうのが怖いんだ。

 なのに、ネプギアはずっと気丈(きじょう)に振る舞って……。

 

「また駄目だったら……失敗したら、わたし……わたしは……」

 

 僕は、弱い人間だ。心の、弱い人間だ。

 だから、『僕がついているから大丈夫』みたいな励まし方は、どうしたってできない。

 それでもなにかを言おうというのなら、もう、僕も『自分勝手で最低な自分』をさらけ出すしか、他になかった。

 

「失敗に、終わったら……。やってみて、駄目だったら……。それでも、いいじゃないか。悔いさえ残らなきゃ、それで……。

 頑張れ、なんて言わない。そんなこと、軽々しくは言えない。だって、それはとても無責任な言葉だって、そう、僕は思うから。

 でも、これだけは言える。僕は、やるって。ネプギアがこのまま塞ぎ込むことになったとしても、僕は……やるって。たとえひとりであっても、絶対にネプテューヌを助けだしてみせるって」

 

 僕の言葉に、ネプギアは果たしてなにを思うだろうか。

 安心しきって、このまま塞ぎ込んでしまうだろうか。

 

 それならそれで、仕方ない。

 シェアを集めなければならないとか、そういう問題はもちろん出てくるけれど、だからって彼女を責めるつもりなんて、僕にはない。

 ネプギアの心は、結局、彼女自身にしか変えられないんだから。

 

 ただ、いま塞ぎ込んでしまえば、ネプギアの心の傷は癒えずに残る。

 イストワールさんを始めとした他の人たちにも、どこかで引け目を感じながら生きていくことになるだろう。

 できることなら、そうなってほしくはなかった。……まったく、なんて僕らしくない考えだろう。

 

「……わたしも、もう後悔はしたくないです……。でも、いきなり吹っ切ることも、できなくて……。どうすれば、いいんですか……。どうすれば、和樹さんのように、『たとえひとりであっても』なんて言えるくらい……強く、なれるんですか……」

 

 涙に濡れた瞳が、僕を見る。

 僕もそれを、まっすぐに見つめ返す。

 でも、『強い』と言われた僕の目は、きっとやるせなさに揺れているはずだった。

 

「強くなんかないよ。僕は、弱い。ネプギアを支えられる一言を口にできないくらいには、弱い……」

 

 だから僕は、僕に頼れ、と言えない。

 僕に任せれば大丈夫だからと、言ってやれない。

 その一言が、どれだけネプギアの――弱者の『支え』になるか、僕は痛いくらいに知っているのに。

 

「それでも、頑張ってきたんですよね、和樹さんは……。だからいま、わたしよりは強くいられる。駄目でもいいって、悔いさえ残らなければって、そう言うことができる……。

 わたしも、そうなりたい。そう言ってくれた和樹さんの気持ちに、応えたい。だって、まだ生きてるんだから。戦えるんだから……」

 

 彼女の目が、どこか、すがるようなものになる。

 それは、明らかに僕を自分よりも上に置いた瞳。

 でも、いつかは『対等』になりたいと思う、懸命な眼差し。

 

「……勇気を、もらえませんか? 『頑張れ』って。完全には吹っ切れなくても、前だけは向いていられる勇気を……」

 

「そ、それは……」

 

「お願いします。軽々しくは言えないって、それは無責任な言葉だって、そう思っている和樹さんの口から言ってもらえれば、きっと、わたしは……」

 

 僕が言う『頑張れ』は、価値がある。重みが違う。

 無責任なものには、決してならない。

 彼女は、そう言いたいのだろうか。

 

 でも、正直、無茶な注文だった。

 どうしたって、言えない。

 その励ましの言葉は、僕には、どうしたって空虚(くうきょ)なものに感じられてしまう。

 

「……僕は、誰よりも頑張ってるつもりでいる」

 

 けど、その一言があれば頑張れるというのなら、僕は……。

 

「だから、『頑張れ』って言われるのは、正直、ちょっと不快だし、苦しくもなる。見ているだけの第三者がなにを無責任にって、どうしても、感じる……」

 

 うつむきながらでも、僕は……。

 

「それでも、僕は『頑張れ』って言葉に耐えるから……歯を食いしばって、最後まで頑張り抜くから……だから……」

 

 僕は、その無責任な言葉を口にしよう。

 求めてくれた、ネプギアのために。

 ネプテューヌを助けたいと思う、僕のために。

 

「だから、ネプギアも……そんな僕の、十分の一くらいで、いいから……それだけで、いいから……『頑張れ』」

 

 絞りだすように口にした、僕の励ましに。

 ネプギアは、ピンク色のパジャマの袖で目元を拭い。

 少しだけ赤くなってしまった、大きな瞳に力を込めて。

 

「――はい」

 

 そう、弱々しくも、どこか力強くうなずいたのだった――。


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