超次次元ゲイム ネプテューヌRe;Birth2 DARK SOULS INSERTION 作:ルーラー
第五話 プラネテューヌの教祖
いま、僕たちの目の前には妖精がいる。
と言っても彼女は、本物の妖精というわけじゃない。
僕の肩に乗れるような、小さい身体をしているというわけでもない。
ただ単に、金髪
それに、ほら、あれだ。
ゲイムギョウ界には『女神』なんてものが当たり前に存在しているんだから、『妖精』だって、別にいてもおかしくはないと思う。
そして、その妖精がここ、プラネタワーにあるプラネテューヌの教会の教祖――いわゆる、この国のナンバー2みたいな地位にいるのも、まあ、それほどおかしいことじゃ……いや、さすがにこれはおかしいか?
ともあれ、そんな彼女の名はイストワールさん。アイエフの上司も兼ねている、この国で一番の苦労人だ。
「お久しぶりです、ズッキーさん」
「ど、どうもです……」
ああ、やっぱり彼女の中でも僕の名前は『ズッキー』で定着してしまっているのか。
アイエフからも『ズッキー』、コンパからも『ズッキーさん』。これじゃ僕は、いつか自分の本名を忘れてしまうぞ。いやまあ、ネプギアっていう貴重な例外も、いるにはいるんだけどさあ。
「今日はネプギアさんたちを助けてくださったとのことで、本当にありがとうございました」
と、そんなくだらないことを考えていたら、感謝の言葉と共にイストワールさんに頭を下げられてしまった。
当然、恐縮してしまう僕。
「いや、そんな、僕はこれといったことなんてなにひとつ……って、あれ? ネプギアたちがエンシェントドラゴンに襲われたのを、なんでイストワールさんが知ってるんですか?」
「さっき、わたしがいーすんさんに連絡しておいたんですよ、和樹さん」
そう口を挟んできたのは、僕の右隣に立っているネプギアだった。
ちなみに、『いーすんさん』というのはイストワールさんの愛称みたいなものだ。コンパも彼女のことを『いーすんさん』と呼ぶし、この国の実質的なトップであるネプテューヌにいたっては『いーすん』と呼び捨てにすらしていた。
「Nギアっていうんですけどね。――ほら、これです。これで、お姉ちゃんを助けるために和樹さんが来てくれましたって、ここに来る前に報せておいたんです」
うん、なにげに『和樹さん』を連呼してくれるのはありがたいんだけど……でもさ、いきなり太ももに手を伸ばすのはやめようよ。
そこにNギアがあるんだからしょうがないと言われれば、まあ、そのとおりなのかもしれないけど……いや、だったらだったで他のところに
「あの、どうしました? 和樹さん」
あれかなあ。ネプテューヌにアイエフ、コンパにイストワールさんと、周囲に女性の目しかなかったから、そういうことに
「和樹さ~ん。あの、和樹さ~ん?」
ふむ、だったら今度、僕の口からちゃんと言っておくか。
もしかしたら恥ずかしい思いさせちゃうかもだけど、それでも結果的には彼女のためになるはず――
「そんな真剣な顔して、一体どうしちゃったんですか~? 和樹さ~ん!」
「――ひゃいっ!?」
うわ、なんか変な声出た!
ネプギアに耳を軽く引っ張られて、僕、なんか変な声出た!
「あ、あの……?」
ぱちくりと目を
「ああ、ごめんごめん。自分の内側に、ちょっとばかり入り込んじゃってた」
「内側……? えっと、考え事してたってことですか?」
「うん。まあ、その内容自体は、かなりどうでもいいことなわけだけど。……あと、いきなり耳を引っつかむのはやめて。お願いだから」
「あ、もしかして、痛かったですか?」
「いや、痛くはなかったけど……。でも、色々な意味でびっくりした。心臓に悪いから、もうしないで」
「し、心臓に悪いとまで……」
ネプギアには過剰な言い方だと思われたかもしれないけど、僕にとっては本当に『心臓に悪い』のだ。『女性から身体に触れられる』というのは。
それに、触られたのが耳というのも悪かった。ここって、男女共通の性感帯のひとつだから。
いやまあ、わざわざ説明なんてしないけどね。
『女の子に触られると、首筋に刃物を突きつけられたときみたいな恐怖を覚えるんだよ、僕』なんて言っても、どうせわかってなんてもらえないだろうし。
それに、僕のほうから女性に触れるのは大丈夫だったりもするから、余計に理解してもらうのは困難だろう。
それに……。
「投げ飛ばすために掴んできたりとか、そういう『悪意』のある触り方をされる分には、問題ないんだけどさ。……たとえば、アイエフに
「ちょっと、なんで私が稽古つけてあげたときのこと引き合いに出して、『悪意のある』とか言ってるのよ。稽古はアンタが強くなるためにしてあげてたことなんだから、むしろ善意しかないじゃない」
「いやいや、あれは稽古という名のイジメでしかなかった……。もちろん、言ったらアイエフがまた怒るだろうから、絶対、口になんかしないけど」
そう胸の内で呟いたら、なぜかアイエフに「はあ……」と嘆息された。
「言っておくけど、アンタの思ってること、全部だだ漏れになってるからね?」
「え!? 僕、いま口に出してた!?」
「ええ、思いっきり。……あまりにも間抜けすぎて、怒る気も失せたわ。
それに、ほら、あの頃ってネプ子がやたらとアンタにかまってたじゃない? そういうモヤモヤっていうか、苛立ちっていうかを、稽古と称してアンタにぶつけてたっていうのも、まあ、事実なものだから」
おいおい、当時から『まさか』と思ってはいたけれど、やっぱりそうだったのかよ、こんちくしょう。
と、僕がアイエフに言い返そうとしたところで、イストワールさんが小さく「こほん」と咳払いをした。
「すみません。そろそろ本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか? もちろん、四年ぶりの再会ですから、はしゃぎたくなる気持ちはわかるのですが……」
「ごめんなさい」
「すみません」
揃って頭を下げる僕とアイエフ。
や、もちろん、『はしゃいでなんかいません!』と言い返したくもあったのだけれど、それをやるとまたアイエフと口論になるのが目に見えていたから……。
「それで、ズッキーさんは私たちの目的をどのあたりまでご存知なのでしょうか?」
と、少し姿勢を正した僕に、イストワールさんがそう問いかけてきた。
僕はそれに、「う~んと」と視線を宙にさ迷わせながら、
「単純に『目的』というのなら、犯罪神の復活の阻止、ですよね。そこに至るまでにしなきゃならないことは多そうですけど。
まず、犯罪組織からシェアを取り戻して、犯罪組織を弱体化させて、各国にいるゲイムキャラの協力を得て、囚われている女神たちを助け出して。
そうして最終的には、犯罪神を復活させようとしている犯罪組織を壊滅させる、と」
「ええ、そのとおりです。もっとも、そうして集めたシェアで、もう一度シェアクリスタルを作る、というのが抜けてはいますが」
「シェアクリスタル?」
初めて聞く単語だった。
そして同時に、それはものすごく重要なものなのでは? という予感がヒシヒシとしたりもした。
「シェアクリスタルとは、信仰の力を結晶化したものです。これがなければ、ネプテューヌさんたちを助け出すのはまず不可能と言っていいでしょう」
ほら、やっぱりすごい重要なものだったじゃん!
なんでそういうことを言い忘れるかなあ、アイエフもコンパも!
少しばかりバツの悪そうな表情になっている二人のほうに目を向けながら、イストワールさんは続ける。
「当然、前回の救出作戦のときにも、シェアクリスタルを用いました。力が足りなかったのか、失敗に終わってはしまいましたが。……いえ、あれを失敗と呼ぶべきではありませんね。ネプギアさんを助けることはできたわけなのですから」
いや、失敗だろう。ネプテューヌを助けることはできなかったんだから。
「それで、そのシェアクリスタルはいま、どこに? 教会に置いてあって、犯罪組織から取り戻したシェアを片っ端から込めていくとか、そんな感じですか?」
前回の――アイエフとコンパの行った救出作戦のときには、シェアクリスタルに込められている力が足りなかった。
なら今度は、前回以上の力をクリスタルに込め、僕とネプギアも含めた四人で救出に向かえば、きっと。
そう思考を展開しながら、僕はイストワールさんに問うたのだけれど。
「いえ、そうじゃないんです、和樹さん。シェアクリスタルは、その、もう
申し訳なさそうにそう返してきたのは、ネプギアだった。
それを聞いて、僕はようやく思い至る。
そういえばイストワールさんは、『もう一度シェアクリスタルを作る』と言っていた。それはつまり、『現在、プラネテューヌにシェアクリスタルはない』ということに他ならない。
ちょっと考えればわかることなのに、すっかり失念してしまっていた。まったく、なんで僕は、こう……。
と、すっかり沈んでしまったネプギアを見かねたのだろう、コンパが横から口を挟んできた。
「でも、わたしたちが無事プラネテューヌに戻ってこれたのは、ギアちゃんがシェアクリスタルを使ってくれたからですよ? 確かに、シェアクリスタルは力を解放すると同時に割れちゃったですけど……」
それにアイエフも「そうそう」とうなずいてみせる。
「あのメカメカしい敵に私たち三人がやられていたら、それでお
現に、時間とシェアさえあれば、シェアクリスタルは何度だって作ることができるんだから」
「コンパさん、アイエフさん……。はい……、はい……!」
きっと、感極まったんだろう、ネプギアが涙目になりながら何度もうなずいた。
しかし、こうなると、『時間もシェアもないのが現状なのでは?』というツッコミがしづらいな。
仕方なく、僕は『犯罪組織からシェアを取り戻すのは、シェアクリスタルを作りだすためでもあったのか』などと考えつつ、もう一度イストワールさんのほうを向いた。
「じゃあ、ゲイムキャラのほうはどうなんです? こっちもシェアクリスタルのことに関係してるんですか?」
イストワールさんから返ってきたのは、否定の首振り。
「いえ、シェアクリスタルとの関わりはありません。ゲイムキャラたちには、直接ネプギアさんの助けになっていただければ、と思っています」
「ふむ、なるほど……」
「あいにく、はっきりとした
ズッキーさんは、ネプギアさんたち三人と一緒に行動してくださるんですよね?」
「はい、そのつもりです。もっとも、彼女たちの行動方針に口を挟む気は、あまりありませんけど」
苦笑混じりにそう答えると、隣からアイエフが茶々を入れてきた。
「なんてったって、お金目当てでついてくるだけの雇われ用心棒だものね」
「そういう言い方するか……」
まあ、わざわざ否定するようなことはしないけどさ。
それに、そのことは置いておくにしても、たぶんイストワールさんは気づいているはずだ。
僕の目的は、あくまでもネプテューヌを助け出すこと。
それ以外のことは、そこまで真剣に考えてなんかいないんだって。
なのに彼女は、
「それでも、ネプギアさんたちに同行していただけるというのはありがたいことです。道中、色々とよろしくお願いいたしますね」
なんてふうに、底意なさげな微笑みを向けてきた。
なんというか、さすがは一国の教祖。大人だよなあ……。
「まあ、僕にできる限りのことはさせてもらうつもりでいます。……それでは、今日のところはこれで」
「ズッキーさん、泊まるところならちゃんとこちらで用意しますよ? 幸い、客室はいくつもありますから」
その申し出に、僕は両手をぶんぶんと勢いよく振った。
もっとも、ほぼ反射的にしたことではあったのだけど。
「いえいえ、けっこうです! 街で適当に宿をとりますので!」
もちろん、イストワールさんの
けど、それでも遠慮してしまうのが『日本人』というやつで。
そしてそんな僕に、イストワールさんはくすくすと上品に
「あら、おかしな方ですね。お金目当てで旅に同行しようというのに、わざわざ自分のお金を使って宿に泊まるだなんて」
「あー、いや、それは……」
「もし、私に迷惑をかけることになるかもしれない、なんて思っているのでしたら、ご心配なさらないでください。本当に、そんなことはないのですから」
「いや、そう言われましても……」
「それに、ズッキーさんはネプギアさんたちの用心棒なのでしょう? でしたら、すぐに連絡のつくここで待機しておくべきなのでは?」
「う、それは確かに……」
困った。
僕の『選ぶ権利』そのものを、やんわりとではあるけれど、まさか潰しにかかってこようとは。
そして、彼女の言葉に喜んでいる自分が確かにいるという事実に、また困った。
「……わかりました。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとします」
やっぱり大人だなあ、イストワールさん。身体は小さいけど、色々な意味で。
僕はこれでも、
それなのに、イストワールさんには全然勝てる気がしなかった。
◆ ◆ ◆
プラネタワー内に用意してもらった、今夜から僕が寝泊りする部屋。
そこに僕は手ぶらで足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉めた。
ちなみに、いまはちょうどお風呂から出てきたところ。夕飯はすでにすませてある。
部屋に入ると、まず木製の机と化粧台が目に入った。そして壁際には白いベッド。
それだけのものが揃っていながら狭い感じがまったくしないのだから、すごいというか、なんというか……。
「しかし、用意してくれたパジャマまで黒とは……」
いやまあ、ローブやバイザーの色に合わせてくれたのかもしれないけどさあ。
ベッドの上には白のワイシャツに黒いローブ、それとバイザー。あと、いくつもの短剣と
どれもついさっき、僕がこの部屋に初めて通されたときに、ローブのポケットから取り出したものばかりだ。で、置きっぱなしにして夕飯に行っちゃった、という。
「ともあれ、某ネコ型ロボットのポケットと似たようなものを作りだしてくれた、偉大なる
そう呟きながら、散らばっている短剣と呪符をローブのポケットに片っ端から詰め込み始める僕。
うん、部屋を用意してもらって
と、そこでふと、なにかが頭に引っかかった。
「あれ? なんか、ひとつ足りないような……?」
あー、でも思いだせないんだから、別に大したものじゃあないってことか?
けど、なんだろう、この喉に魚の骨が刺さったような気分。
こういうのを放置するとボケが早まるっていうけど、あれって事実なんだろうか。
「でも、思いだせないものは仕方ないか……。引っかかるものはあるけど、でも、まあ、うん……」
首を傾げながらも、僕はワイシャツとローブを部屋にあったハンガーにとおし、二つ並べて壁へとかける。
「ん、これでよし」
こうして、ようやく僕の寝転がれるスペースがベッドの上にできあがった。
僕はさっそくとばかり腰を下ろし、仰向けに――寝転がろうとしたところで、コンコンと小さくノックの音が。
「……えっと、イストワールさんですか?」
他の来客は、ちょっと思いつかなかった。
だって、もう夕飯は食べたあとだ。アイエフとコンパは自宅なりなんなりに帰っただろうし、仮にそうでなくても、わざわざ僕を訪ねてきたりなんてしないだろう。
もちろん、ネプギアは論外。だって、彼女とは今日初めて会ったわけなのだし。
「あ、いえ、わたしです。ネプギアです」
ノックの主は、まさかまさかの論外だった。
いや、こういう場合は『大穴』とかいうべきなんだろうか。
いやいや、それとも『盲点』と表現するべきか?
なんか、どれも正解のようで大間違いな気が――
「あの、和樹さん。少し、時間いいでしょうか?」
しまった。
また、どうでもいいことを真剣に考え始めてしまっていた。
自分の思考にすぐ没頭してしまうのは僕の悪い癖だと、昼間に反省したばかりだというのに、僕はもう……。
いや、でもさ、一度や二度反省したくらいで直るようなら苦労はないよ。うんうん、人間、癖なんてそう簡単に直せるものじゃないって、本当に。
「あの、和樹さん……?」
うわあ、またやってしまった。
馬鹿か? 僕は馬鹿なのか?
それならそれで、天才と紙一重の馬鹿でありたいなあ。
……って、いやいや、いまはそういうのは置いといて。
「あ、ああ。どうぞ」
ふざけているつもりなんて微塵もなかったのだけれど、それでもこれ以上はまずいだろうと察し、僕は扉の向こう側へと言葉を返した。
ややあって、ガチャリとノブが回り、扉が開く。
「えっと、失礼します……」
そうして現れたネプギアは、淡いピンク色のパジャマに身を包んでいた。
僕と同じく、先ほどまでお風呂に入っていたのだろうか、薄紫色の長い髪がしっとりと
いやまあ、血の繋がらない妹がいるせいか、落ちつかない気分になったりとかはしないけれど。
ただ、それでも、自分の隣に腰かけさせるのはまずいだろう。それくらいはさすがにわかる。
なので僕は、机のところにある椅子に座るよう促した。
しかし、出会って間もない僕に、一体なんの用があるというのだろうか。
ネプギアが椅子に腰かけ、無言で視線をさ迷わせる。
なにか話があるから来たのだろうし、ここはやはり、僕も一緒に沈黙しているべきだろうか。
いや、それとも僕のほうからなにか話しかけたほうがいいのか?
そんなことを考えながら頬を
「わたしは、女神です。もちろん、いまは女神化そのものができないわけですけど。でも、それでも……」
それは、弱い者が、どうにかして強く
「それでもわたしは、女神として、みんなを守りたいんです……!」
弱々しさと力強さが同居した、そんな、かつての僕を連想させるような視線だった――。