機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第5話  決戦に向けて

 

 

 

 

 「速い!?」

 

 セリスの眼前に煌く光刃が目にも止まらぬ速さで振り抜かれる。

 

 どうにかシールドで防ぐとセリスも光刃を抜き放ち、蒼い翼を持つ機体フリーダムへと叩きつけた。

 

 「この!」

 

 しかし、光刃が相手を捉える事は無く、空を切る。

 

 上下、左右、繰り出す斬撃はどれもフリーダムにあっさりと捌かれ、逆にこちらが危うい状況になってしまう。

 

 「反応が速すぎてフリーダムを捉えられない!? でも、そう簡単には!!」

 

 相手はザフトから『白い戦神』と呼ばれ、恐れられているパイロットだ。

 

 初めから敵うとは思っていない。

 

 しかし、こちらにもパイロットとしての意地がある。

 

 何より今よりさらに腕を上げる為には強敵との戦いはむしろ望むところである。

 

 そう意気込んだところで実力差は歴然であるのだが。

 

 現にこちらは最初から翻弄されっ放しで、碌に攻撃を掠める事すらできない。

 

 「だからって!」

 

 腰のクスフィアスレール砲の砲撃を素早く上昇することで回避。

 

 即座にビームライフルを撃ち込んでいくが、凄まじい速度で動く相手を捉えられない。

 

 「もっと速く!!」

 

 相手が凄まじい腕前なのは百も承知。

 

 必死に操縦桿を動かしながら連続で攻撃を加えていく。

 

 だが物ともせずにフリーダムは翼をはためかせ、すべてのビームを鮮やかに避け切ってみせるとセリスの視界から消え失せた。

 

 「消えた!?」

 

 いや、そうではない。

 

 瞬時にこちらの死角に入りこんだのだ。

 

 その規格外の反応の速さには驚愕する他ないだろう。

 

 「マズ―――」

 

 どうにか反応しようとするが、気がついたとしても時すでに遅し。

 

 あっという間に自機の脚部が斬り飛ばされ、さらに左腕も破壊されてしまう。

 

 「反則でしょ!」

 

 セリスは毒づきながら、残った右手でサーベルを振るうがフリーダムに届く前にコックピットが斬り裂かれ撃墜されてしまった。

 

 《ブラッスール機、撃墜》

 

 「……やられた」

 

 結局、碌に戦いにもならないままやられてしまった。

 

 流石はフリーダムとでもいうべきだろうか。

 

 これでも以前よりは腕を上げたつもりだったのだがまだまだ未熟だ。

 

 「ハァ、一旦戻ろう」

 

 若干気落ちしながら、帰還の準備に入るとちょうど戦闘終了の知らせがその場にいた全員に通達された。

 

 

 

 

 中立同盟軍は来るべき決戦に向け錬度を上げる為、頻繁に宇宙での模擬戦闘訓練を実施している。

 

 オーブ戦役が終結してから約三か月の時が経過していた。

 

 ザフトの奇襲によって破壊されたマスドライバーは修復され、戦火に見舞われたオーブも順調に復興に向かっている。

 

 戦争の方も主戦場は徐々に宇宙へと移り、それを見越した同盟軍もまた各機、各艦を宇宙へと移動させ、戦力の充実を図っていた。

 

 それが功を奏したのかその後に起きた『L4会戦』、『ヴァルハラ防衛戦』など大きな戦闘もどうにか乗り越える事ができた。

 

 そして今はその時に手に入った情報からザフトのとある兵器の破壊を目的として準備を進めている最中であった。

 

 

 

 

 模擬戦を終えヴァルハラに帰還したセリスは自分の機体をモビルスーツハンガーに設置すると、メットを取って大きく息を吐く。

 

 「ハァ、強すぎだよ、キラ・ヤマト」

 

 何度か顔を見ているが、とてもアレだけの腕を持つ凄腕パイロットには見えない。

 

 正直、人当たりの良さそうな穏やかな人物というのが第一印象だった。

 

 あれが人は見かけによらないという典型的な例だろう。

 

 コックピットから降りて、今まで自身の乗っていた自分の機体を複雑な表情で見上げる。

 

 STA-S2 『フリスト』

 

 スルーズの上位機として開発された機体であり、より機動性を向上させ武装も追加し火力も上がっている。

 

 エースパイロット達に優先配備され、専用装備の開発や改修も行われており、戦線に投入されてからも高い評価を得ている機体である。

 

 「良い機体なんだけど、流石にフリーダムには敵わないか」

 

 オーブ戦役で使っていたスルーズはシグーディバイドの猛攻によって修復不能なほどに大破していた。

 

 その為、後から配備されたこのフリストに搭乗して今まで戦ってきたのだが―――

 

 「おう、こんな所に突っ立ってどうした?」

 

 「あ、班長」

 

 フリストを眺めていたセリスを怪訝そうな表情で整備班長が声を掛けてくる。

 

 「いえ、その、少し気になる事があって」

 

 「何だ?」

 

 「実はフリストの反応が遅く感じる事があって……」

 

 これは先ほどまで訓練を行っていたフリーダムとの戦いでも感じた事。

 

 何度か酷く鈍いように感じる瞬間があったのだ。

 

 それを出来るだけ伝わりやすいように噛み砕いて説明すると納得したように班長が頷いた。

 

 「……なるほどな」

 

 これまでの実戦と訓練によって格段に成長したセリスの反応にフリストがついていけなくなったという事だろう。

 

 普通の戦闘であれば問題ないが、エース級を相手取るにはこの機体では力不足。

 

 前線に出るセリスにとっては命に関わるだけに軽く流してよい事でもない。

 

 むしろ今、分かって良かったくらいだ。

 

 しばらく考え込んでいた班長だったが、考えを纏めたのかポツリと呟いた。

 

 「分かった。とりあえずクレウス博士にでも相談してみよう」

 

 「クレウス博士って……ローザ・クレウス博士ですか!?」

 

 「おう」

 

 ローザ・クレウス博士はオーブに所属する研究者である。

 

 分野を問わず非常に優秀で、現在はアドヴァンスアーマーの開発や機体の強化、改修など兵器開発に携わっているらしい。

 

 これから同盟軍が開発が予定される機体には深く関わる事になるのは確実と言われている。

 

 それだけ有名な人物でもあった。

 

 性格に些か問題があるらしいのだが。

 

 「クレウス博士がヴァルハラに来ているんですか?」

 

 「ああ、『スレイプニル』の最終調整の為にオーブからこっちに来てるんだよ」

 

 セリスはヴァルハラの外に置いてある『スレイプニル』に目を向ける。

 

 ザフトの大型機動兵装ユニットを参考に開発されたスレイプニルはモビルスーツ強化を主とした高機動兵装である。

 

 現在は二機ほど完成し、フリーダムとジャスティスが使用する事になると聞いている。

 

 非常に強力な兵装ではあるが、その分複雑であり調整も難しいらしい。

 

 その証拠に班長を含めた整備班は最近までアレの調整に掛かりきりだったのだ。

 

 「相談って、改修でもするんですか?」

 

 「話を聞いてると時間がないだろうからな」

 

 「……そうですね」

 

 最近は物騒な話ばかりが耳に入ってきていた。

 

 特に多いのがもうじき地球軍がザフト宇宙要塞ボアズに侵攻するのではという話だ。

 

 これは単なる噂ではない。

 

 様々な情報を精査した結果、本当だろうというのが上層部の見解である。

 

 それとは別に同盟もまた近いうちに出撃する事になるのも間違いない。

 

 ザフトの開発した新兵器ガンマ線レーザー砲『ジェネシス』を何としても破壊しなくてはならないからだ。

 

 万が一アレが使用されれば、甚大な被害が出る事になる。

 

 「とにかく機体の事はこっちでなんとかしてやる。お前さんは少し休んでろ」

 

 「あ、はい」

 

 班長がクレウス博士の下に飛び去るのを見届けると、もう一度フリストを見上げた。

 

 「どうするつもりなんだろ」

 

 できれば決戦前にどうにかしてもらいたい。

 

 次の戦いは間違いなく、死力を尽くしたものとなる。

 

 ザフトも激しく抵抗してくる事は想像に難くない。

 

 その時には―――

 

 「……あのシグーや他のパイロット達も来る筈だよね」

 

 初陣から今まで妙に因縁のある者達。

 

 L4会戦でも防衛戦でもセリスを見つけてはしつこく攻撃を仕掛けてくる。

 

 セリス自身も最初に比べれば成長したとは思うのだが、彼らから執念のようなもの感じる度に気圧されてしまうのだ。

 

 「駄目、駄目。負ける訳にはいかないんだから、しっかりしないと」

 

 気分転換の為にデザートでも食べようと食堂に行こうとすると意外なものを目撃した。

 

 「あれってルティエンス教官?」

 

 そこにはレティシアが、一人の少年と話をしている姿が見えた。

 

 普通に話しているだけに見えるが何が意外かといえば、レティシアのその表情だった。

 

 何と言うかとても楽しそうで、穏やかに見えたのだ。

 

 少なくともセリスはあんな表情を見た事がない。

 

 自分の知る彼女は―――いや、確かに優しかったのだが、それ以上に鬼のように厳しい印象が強かったので余計に驚いた。

 

 とにかくこうなるとレティシアと話している相手にも興味が出てくる。

 

 誰なんだろうと覗き込むとその少年には見覚えがあった。

 

 「話してるのって……アスト・サガミだよね?」

 

 キラ・ヤマトと同じくザフトから『消滅の魔神』と呼ばれ、現在はイノセントガンダムに搭乗しているエースパイロットである。

 

 手合わせをした事はないが、その戦いぶりはキラ・ヤマトに劣らない凄腕だった。

 

 その彼とレティシアにどんな接点があったのか―――

 

 「気になるよね」

 

 話が終わったのかアストがイノセントの方へと移動したのを見計らってレティシアの方へ近づいていく。

 

 あんな光景を見てしまったらニヤつくのは仕方ないと思う。

 

 「教官」

 

 「きゃあ、セ、セリス!? な、何です? というか何時からそこに……」

 

 笑顔のセリスを見て嫌な予感でもしているのか、レティシアはやや警戒気味のようだ。

 

 「いや、教官、楽しそうだったなぁと。あんな可愛い表情初めて見ました」

 

 「くっ」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くして後ずさるその姿は、実に可愛らしい。

 

 今まで抱いていたイメージとのギャップで益々にやけてしまうのも仕方ないというものだ。

 

 「あら、セリス、どうしたのですか?」

 

 「ラクス!」

 

 そこに丁度ピンクの髪をした少女ラクス・クラインが近づいてくる。

 

 レティシアと共に亡命してきた彼女とは年が近いという事やデザートが好きという事もあり、すぐに仲良くなる事ができた。

 

 「いえ、今教官がアスト・サガミさんと話をしている所を見ていたんですけど」

 

 「あら、あら。セリス、その話は今はやめた方が」

 

 ラクスが忠告してくれていたのだが、珍しいものを見て、油断していたのが良くなかったのだろう。

 

 レティシアの表情は恥ずかしそうな表情から一転、徐々に険しさを増していく。

 

 「なるほど、教官はああいうタイプが好――――」

 

 「セリス」

 

 「え、きょ、教官?」

 

 それに気がついた時には、もう手遅れだった。

 

 セリスの顔が青くなっていく。

 

 彼女は知らなかったのだ。

 

 ここの所アイラ達にからかわれ、レティシアのストレスが溜まっていた事を。

 

 「決戦前だというのに随分余裕があるみたいですね、良い事です。ではこれからどれだけ腕を上げたか見て上げます」

 

 「あ、いや、その、私これから、休憩に」

 

 「さあ、行きますよ」

 

 「いってらっしゃい、二人共」

 

 「ラクス、た、助けてくださいよ~!」

 

 有無も言わせない怖い笑顔を浮かべながら、歩み寄ってくるレティシアにセリスはただ涙目になるしか無かった。

 

 

 

 

 プラントを殲滅せんとする地球軍とジェネシス破壊に動こうとしている同盟軍。

 

 両軍共にプラントに向け進軍してくる事に違いは無い。

 

 無論、ザフトもその動きを掴み、着々と迎撃の用意を整えつつあった。

 

 それは特務隊の支援についていたエクスレド隊も同じである。

 

 今も母艦であるダランベールの傍では新装備の組み立てが行われていた。

 

 ダランベールの傍で格納庫に入りきらない幾つかのパーツが散乱している。

 

 そしてその中心には改修されたアシエルのシグーディバイドが佇み、背中に大きなバックパックのようなものが装着された。

 

 《エスクレド隊長、どうでしょうか?》

 

 装備の調整を担当していた兵士から通信が入る。

 

 「……ああ、今のところエラーは出ていない。機体状態良好だ」

 

 『ミーティア・コア』

 

 ザフトが開発した巨大補助兵装ミーティアを対モビルスーツ戦用に改修したものである。

 

 武装もより格闘戦用の武装を装備。

 

 さらにミーティア自体にNジャマーキャンセラーを搭載、核動力で稼働している為、エネルギー切れもない。

 

 ただ通常のミーティアよりも小さいが通常のモビルスーツよりも一回りは大きく、扱いも難しい。

 

 その為量産化には不向きであり、アシエル専用の装備となっていた。

 

 《機体の改修自体はスラスター増設と関節強化程度ですし、その辺は大丈夫だとは思います。ただミーティア・コアの方は、動かしながら調整を加えていく必要がありますので―――》

 

 「分かっているさ」

 

 コックピットでキーボードを叩きながら、アシエルは高揚した気分を味わっていた。

 

 アカデミーに所属していた頃から優秀であったアシエルはどこか空虚な自分を感じていた。

 

 戦場に出る様になって有名なラウ・ル・クルーゼやユリウス・ヴァリスといったエースパイロット達と同格に扱われた。

 

 しかしどれだけ戦果を上げても満たされる事はなく、ただ淡々と任務をこなしていた。

 

 だがここで思わぬ獲物と出会った。

 

 あの中立同盟のパイロット―――

 

 未熟でありながらも、諦めずに食らい付いてくるその姿。

 

 そして戦う度に向上していく技量。

 

 狙った獲物との戦いを経て得られた充足感。

 

 今まで味わっていた空虚さは消え失せ、自分が満たされた感覚にアシエルはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「……今回の戦い、奴も必ず出てくる」

 

 その時は前以上の技量を持って立ちふさがってくるに違いない。

 

 高揚感を抑えながら調整を終え、挙動確認の為に機体を起動させた。

 

 調子を確かめるようにゆっくりとフットペダルを踏み込んでいく。

 

 「行くぞ」

 

 ミーティア・コアのスラスターが火を噴き、凄まじい速度で動き出したシグーディバイドは宇宙を駆けていく。

 

 「お前は―――私の獲物だ。誰にも渡さない」

 

 ある種の執着を抱きながらアシエルは歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 飛び回るミーティア・コア。

 

 その様子をニーナがダランベールの通路にある窓から眺めていた。

 

 「新装備か。隊長はご機嫌でしょうね」

 

 アシエルは普段からあまり感情を表には出さず、淡々と任務をこなしていくタイプだ。

 

 それが最近は一つの敵に対してある種の執着とも言える感情を見せるようになった。

 

 それがマント付きだ。

 

 リアンが初めて接敵し、オーブやL4での戦いでこちらの前に立ちはだかったパイロット。

 

 その相手と存分に戦える機体が用意されようとしているのである。

 

 アシエルの気が高ぶってくるのも当然だと言える。

 

 さらに厄介なのはアシエルだけでなくリアンとジェシカの二人もマント付きに執着しているという事だ。

 

 特にジェシカなどはプライドを傷つけられ激しい憎悪を燃やしている。

 

 「……私が止めても無駄でしょう」

 

 折り合いの悪いジェシカはもちろんアシエルに対して特別な感情を抱いているリアンも、聞く耳持たないに違いない。

 

 ザフト全体に蔓延しているナチュラルに対する過剰なまでの排斥するという雰囲気。

 

 それについて行けず距離を置いているニーナが言える事もない。

 

 納得できない事はまだある。

 

 先日見せられた兵器の詳細―――ガンマ線レーザー砲『ジェネシス』の存在だ。

 

 あの大量破壊兵器が仮に地球に向けて撃ち込まれたら、取り返しのつかない被害をもたらす事になるだろう。

 

 いくら現最高評議会議長であるパトリック・ザラが強硬路線とはいえ、抑止力として以外は使用する事はないと信じたいのだが。

 

 「……考えていても仕方がないか」

 

 余計な考えを頭の隅に追いやり、別の方向に目を向けるとそこでは二機のモビルスーツが訓練を行っている姿が見えた。

 

 ザフトの最新型主力機として開発されたZGMF-600『ゲイツ』のエスクレド隊仕様である。

 

 基本武装は変わらないが、小型化され扱いやすくなったレーザー重斬刀と肩部ビームガンが追加されている。

 

 さらに背中のスラスターの高出力化に機体各部の小型スラスター増設した事で、機動性も格段に上がっている。

 

 コックピットで機体を操っているのはリアンとジェシカの二人だ。

 

 高出力化されたスラスターを思いっきり吹かし、宇宙を思う存分に駆け抜けるその姿からは凄まじいまでの気迫が伝わってくる。

 

 「はあああ!」

 

 「この!」

 

 模擬戦闘用のライフルと重斬刀を構えた二機はすれ違う度に刃が機体を掠め、ライフルのペイント弾が装甲に微かに黄色で染める。

 

 「やるじゃないの、リアン」

 

 「そっちもね、ジェシカ」

 

 高速で動き回りお互いの重斬刀がぶつかり、鍔ぜり合う。

 

 「機体はいい調子。これで今度こそあのマント付きを殺せるわ」

 

 憎悪の滲ませ、ジェシカは凄惨な笑みを浮かべる。

 

 オーブ戦役で受けた耐えがたい屈辱と傷つけられたパイロットとしての矜持。

 

 それを晴らす為にあの機体のパイロットは必ずこの手で殺す。

 

 そう決めて『L4会戦』でも『ヴァルハラ防衛戦』の際も執拗に攻撃を仕掛けた。

 

 だが尽く退けられ、時に邪魔が入って満足に戦えなかった。

 

 だが、次こそは―――

 

 「奴だけは、絶対に!」

 

 「ええ。私もアイツには借りがあるしね」

 

 そもそも初めに接敵したのはリアンなのだ。

 

 あの時、奴を仕留めてさえいたら、あそこまで好きにやられる事もなかっただろう。

 

 アシエルの機体に傷付けさせる事も無かった筈である。

 

 何よりもリアンをやる気にさせていたのはアシエルの態度である。

 

 彼はオーブで交戦して以来あの機体のパイロットに異常に執着している。

 

 モビルスーツ隊の指揮を執るリアンと隊長であるアシエルは接する機会も多い。

 

 その度にアシエルの優秀さに感心させられたものだ。

 

 リアンはそんな彼に認められたいと願うようになり、いつしか想いを寄せるようになっていた。

 

 故に気に入らない。

 

 あのパイロットの事が。

 

 「必ず倒すわ!」

 

 改めて決意すると、操縦桿を強く握り、再び訓練に集中し始めた。

 

 

 

 そして各々が訓練や調整を進める中、ついに事態が動き出した。

 

 

 

 

 ザフトの宇宙要塞ボアズに地球軍が進撃し、これを陥落させたのである。

 

 さらにその際に地球軍が核を使用しボアズを破壊したという話が飛び込んできた事でより事態は深刻となった。

 

 この情報を得た同盟軍は協力者のいるプラントを討たせる訳にはいかないという理由。

 

 そしてプラント側も報復としてジェネシス使用に踏み切る可能性があるとして、作戦開始を決定した。

 

 

 

 

 その情報はレティシアの猛特訓に付き合わされたセリスの耳にも入ってきていた。

 

 アークエンジェルの食堂に集まり、楽しげな雰囲気で食事をしていた全員が気を引き締めるように表情を変える。

 

 伝わってきた話で皆の衝撃が最も大きかったのが、ボアズ攻略に地球軍が核を使用したという事だった。

 

 「くそォォ!!!」

 

 それを聞いた少し離れた位置で食事をしていた銀髪の少年が憤りのあまりテーブルを殴りつけている。

 

 気持ちは分かる。

 

 まさか本当に核を使ってくるなんて―――

 

 そこに端末がブルブルと震え、取り出してみるとそれはアイラからの呼び出しであった。

 

 「アイラ様?」

 

 《セリス、今からヴァルハラの格納庫の方へ来て頂戴。貴方の機体の調整が終わったわ》

 

 「えっ、私の機体!?」

 

 整備班長がクレウス博士に相談するとは言っていたのだが、それ以降何の音沙汰もなく結局フリストを使用していた。

 

 正直、このまま戦闘に出るのは心許無かったのだが、此処に来てようやく何らかの目処が立ったという事だろう。

 

 決戦に間に合って良かった。

 

 セリスはすぐに食堂から格納庫に向かうと、そこにはアイラと共に一人の女性が立っていた。

 

 「セリス、こっちよ」

 

 「待ちくたびれたぞ」

 

 「えっ、まさか、ローザ・クレウス博士!?」

 

 そこに立っていたのはローザ・クレウス本人だった。

 

 まさかローザ本人が待っているとは思わなかった。

 

 「あ、あの、初めまして! 私はセリス―――」

 

 「前置きはいい。名前も知っている。ついて来い」

 

 聞く必要はないとばかりにローザはさっさと歩き出した。

 

 何と言うか変わり者という評判は本当らしい。

 

 美人なのに勿体ない気がする。

 

 呆然としているセリスを見て苦笑していたアイラに促され、格納庫の奥に向かうとそこにメタリックグレーのモビルスーツが佇んでいた。

 

 GAT-X104α 『アドヴァンス・イレイズガンダム』

 

 アラスカの戦いで大破したイレイズの改修機。

 

 欠点を補いつつイノセントに装備された武装やアドヴァンスアーマーの一部を流用して強化した機体である。

 

 基本的な武装は変わらないが背中はストライカーパックを装備できるように改良されている。

 

 ブルートガングはナーゲルリング同様、試験的にビームコーティングを施し、試作ビームランチャーはバッテリーを内蔵し、量産機でも使用可能なようになっている。

 

 「これってガンダム?」

 

 キラ達から広まった『ガンダム』という名も同盟に広がり、すっかり定着していた。

 

 「そう、貴方にはこれに乗ってもらうわ」

 

 まさかアスト・サガミの乗っていた機体に乗る事になるとは。

 

 「オリジナルイレイズは欠陥が多かったがその辺もある程度改修してマシになってる筈だ。本当は全部ストライクのパーツに交換したかったが、時間が無かったんでな。それに今後もこいつは改修を加えて使う事になってるので、無茶はするな」

 

 「わ、分かりました」

 

 思わず返事をしてしまったが待ちうけている激戦を考えると、とても機体が無傷で戻れるとも思えない。

 

 下手をすれば今度こそ死んでしまう可能性も十分にある。

 

 そんなセリスの様子に気がついたのかアイラが手を握ってくる。

 

 「セリス、絶対に生きて帰ってきなさい」

 

 「アイラ様……はい! 大丈夫です!」

 

 弱気になっている場合ではないと自分を叱咤すると力強く頷く。

 

 

 

 ここに『ヤキン・ドゥーエ戦役』最大にして最後の戦いが始まろうとしていた。


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