機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第4話  オーブ戦役(後編)

 

 

 

 

 

 飛び交う砲弾と銃口から放たれる閃光がを空を駆け抜けていく。

 

 オーブで行われている地球軍と同盟軍、そして介入してきたザフトの戦いは佳境を迎えようとしていた。

 

 オーブを果敢に攻め立てていたがザフトの予想外の襲撃により、奇しくも挟撃される形となってしまった地球軍。

 

 そして相対していた同盟も注意を引きつけられ隙を突かれる形で別方向からの奇襲を受ける。

 

 その知らせを受けたセリスは他の機体と共に防衛の為に軍司令部方面に向かっていた。

 

 「くっ、もっと急がないと!」

 

 先に連絡を受けた部隊がすでに展開している筈だ。

 

 しかし襲撃してきた敵の規模によっては持ちこたえる事もできないかもしれない。

 

 腰と背中のスラスターを吹かし、大地を蹴るとそのまま空へと飛び上がる。

 

 何個目かの丘を超えた先に軍の施設やビルが立ち並び、迎撃砲台がせり上がっている光景が見えた。

 

 そしてすでに展開している防衛部隊が襲撃者であるザフトとすでに交戦している姿が目に飛び込んでくる。

 

 ジンやシグー、ディンといった機体が砲撃を避けつつ、アストレイやスルーズと鎬を削っている。

 

 「援護を―――あれは!?」

 

 セリスは驚きと共に操縦桿を強く握る。

 

 モニターに映っていたのは脳裏に張り付いて消える事の無かった機体の一つ。

 

 ジンハイマニューバだった。

 

 複雑な軌道でアストレイを翻弄しながら突撃銃で撃ち倒し、振るった重斬刀が胴体に食い込んでいく。

 

 「うあああ!!」

 

 「雑魚はさっさと落ちなさい」

 

 容赦ない一撃によってアストレイはパイロット諸共斬り伏せられてしまう。

 

 「ふん、所詮はナチュラル。大した事無いわね」

 

 ジェシカは嫌悪を滲ませ吐き捨てると、ビームライフルを向けてくる敵を睨みつける。

 

 彼女は元々ナチュラルに対して、良い感情は抱いていない。

 

 むしろ嫌っており、そういう意味ではシオン達と通じるものはある。

 

 自分から見ればあそこまで極端ではないつもりだが―――

 

 ただその辺が同僚であるニーナと折り合いが悪い要因の一つでもある。

 

 彼女はジェシカとは全く逆だ。

 

 ナチュラル、コーディネイターという括りにはこだわらない。

 

 パナマの時もそうだ。

 

 決着がついた後のナチュラルに対する攻撃にも加わらず、逆に制止してきた。

 

 先のブリーフィングルームでの態度も、要するにジェシカ達の態度が気に入らなかったのだ。

 

 「フン、言いたい事があるなら、言えばいいのにね」

 

 横目で別方向で戦っているニーナ機の方を見る。

 

 鮮やかな動きで敵モビルスーツを倒していく、その姿は美しさすら感じるほど見事なものだった。

 

 嫉妬と羨望、そして嫌悪が混ぜ合わさった複雑な感情を押し殺す。

 

 相変わらず良い腕をしている。

 

 いずれ彼女ともどちらが上かハッキリさせなくてはなるまい。

 

 「ハッ、どちらにしろ、お前達ごときに後れを取るつもりはないわ!!」

 

 撃ちかけられるビームを軽々避け、銃のトリガーを引いた。

 

 手足のように動く機体の挙動とその際生じるGすら心地よく感じられ、満足げに笑みを浮かべたジェシカは次々と敵を屠っていく。

 

 そこにビルの合間を縫うようにセリスのスルーズが突撃してくる。

 

 「へぇ~今度は騎士モドキか」

 

 「これ以上はやらせない!」

 

 「少しは楽しませてよね!」

 

 接近してきたスルーズに突撃銃を撃ち込む。

 

 必殺を確信するも敵は予想外の動きであっさり横に逃れた。

 

 そして先程までの相手とは比べものにならない正確な射撃で、ジェシカのジンを狙ってくる。

 

 「なっ!?」

 

 ビームがジンハイマニューバのギリギリ掠め、閃光の熱が装甲に僅かに溶かしていく。

 

 「チッ、さっきまでの奴よりはいい動きしてるじゃない。でもね!」

 

 感心しつつも機体に傷をつけられた事にイラつきながら、ビルを上手く使って背後に回り込むと重斬刀を叩きつける。

 

 「調子に乗るな、ナチュラル!!」

 

 死角からの一撃。

 

 前のセリスであればこれを捌く事は難しかった。

 

 しかし、今は―――

 

 「はあああああ!!!」

 

 背後に迫る刃をセリスは振り向き様に、シールドを叩きつける。

 

 刃と盾が火花を散らし、二機のモビルスーツが鍔ぜり合う。

 

 「止めた!?」

 

 「こんなものに!!」

 

 実戦を経験し、積み重ねた訓練の成果。

 

 それが今確実に実を結んでいた。

 

 「このまま押し返す!」

 

 「図に乗るなァァ!!」

 

 力任せにジンハイマニューバを弾き飛ばそうとする。

 

 しかしその前にジェシカが重斬刀を巧みに操り、今度は下から上へ掬い上げるように振り上げる。

 

 シールドが弾かれスルーズを懐ががら空きになった所にすかさず重斬刀を叩き込んだ。

 

 「落ちろ! 騎士モドキ!!」

 

 「まだァァ!!」

 

 セリスは咄嗟に右足でジンの腹に蹴りを入れ、ビームサーベルを下段から振り上げた。

 

 その一振りが敵機の左腕を斬り裂き、同時に頭部から発射されたイーゲルシュテルンが火を噴いた。

 

 「なっ、きゃああああ!!」

 

 傷ついた腕部にイーゲルシュテルンが直撃して起こった爆発。

 

 バランスを崩したジンハイマニューバは地面に叩きつけられてしまう。

 

 「なっ、ジェシカがやられた!? この!!」

 

 ジェシカの機体が損傷した事に気がついたリアンは追随してきた敵機を斬り捨て、スルーズに向かって突っ込んでくる。

 

 「あのジンは、宇宙で戦った……」

 

 「まさかあの動き……あの騎士モドキは―――マント付き!?」

 

 お互いに相手の動きを見て、誰であるかを認識する。

 

 「なるほど、お前だったのか。ならここで宇宙の借りを返させてもらう!」

 

 「私だってそう簡単には!!」

 

 ビームライフルを連射するがリアンはビルの陰に隠れながらやり過ごし、突撃銃で反撃してきた。

 

 「ジェシカ、無事なの?」

 

 スルーズを引き離したリアンは倒れ込んだジェシカ機に向け、声を掛ける。

 

 「ぐ、よくも、私に、傷を!」

 

 モニターに映ったジェシカはバイザーの一部がひび割れ、頬から血が流れ出ていた。

 

 イーゲルシュテルンの一撃で起こった爆発によってコンソールに叩きつけられたのだろう。

 

 傷自体は大した事は無いようだが、出血が酷い。

 

 「ジェシカ、一旦下がって!」

 

 「ふざけるなァァ!! あいつはこの手で殺してやる!!」

 

 リアンの制止を無視し、残った突撃銃で下がるスルーズ鬼気迫る勢いで向っていく。

 

 「こいつまだ来るの?」

 

 「貴様ァァァ!!」

 

 あの損傷でこの射撃、流石というべきだろう。

 

 しかし動きは先ほどに比べて明らかに鈍っている。

 

 「さっさと逃げないから!!」

 

 飛び上り銃撃を回避するとビームサーベルを振り下ろし、突撃銃ごと残った腕を斬り落とした。

 

 「馬鹿な、私がナチュラルに!?」

 

 「ジェシカ! おのれ、マント付きが!」

 

 ジェシカの機体を飛び越えるようにリアンが重斬刀を握り、スルーズに肉薄してきた。

 

 「前と同じようには!」

 

 振り下ろされた一撃を機体を逸らして回避するが、セリスの放った斬撃も当たる事無く空を切る。

 

 「やっぱりそう簡単にはいかないみたいね!」

 

 「この短期間にここまで腕を上げるなんて!?」

 

 すれ違い弾け合い即座にお互いに銃口を向け合いトリガーを引く。

 

 発射された一射が機体の装甲を掠めていった。

 

 「まともに戦っていても!」

 

 素早く周囲を見渡し、味方の状況を確認する。

 

 上手く連携を取りながら、敵部隊を迎撃している。

 

 だがもう一機のジンハイマニューバによって徐々に被害が拡大していた。

 

 見ればアイツが最も手強い。

 

 卓越した動きに、冷静な判断、どれをとっても一流だ。

 

 ただそれ以外の場所では初めに比べて若干敵の攻勢が鈍っているようにも見える。

 

 「つまりあの三機の高機動型が敵の中核なんだ」

 

 ならば話は早い。

 

 アレをどうにかすれば、状況も好転していくという事なのだから。

 

 視線を流しながら周りを観察し戦法を決めると、一気に勝負に出た。

 

 「もう一機がこっちに来る前に!」

 

 一対一ならまだ戦いようがあるが高い技量を持つ二機を同時に相手にするのは無理がある。

 

 ならば今の内に勝負を決めるべきだと判断した。

 

 「貴方を倒す!!」

 

 「マント付き!!」

 

 横薙ぎに振るわれたサーベルを上昇して回避したジンはスルーズを蹴りつけ、体勢を崩すと突撃銃を向ける。

 

 しかし振り向いたスルーズの頭部から発射されたイーゲルシュテルンがジンの動きを阻害するように発射される。

 

 「鬱陶しい!」

 

 銃弾を捌く為に左へ機体動かし、重斬刀で斬りかかろうと上段から構えた。

 

 しかし―――

 

 「落ち―――ッ!?」

 

 飛び上ったジンに対して側面からの砲撃が襲いかかった。

 

 「迎撃砲台!?」

 

 咄嗟の反応で機体を引くとリアンの目の前を砲撃が通り過ぎていく。

 

 だが、次の瞬間凄まじい衝撃がジンを襲った。

 

 「きゃあああ!!」

 

 何時の間にか体勢を立て直したスルーズのビームライフルがジンのウイングスラスターを吹き飛ばしたのだ。

 

 コックピットの計器が異常を知らせ、警報が鳴り響く。

 

 バランスが取れず、ギリギリ地上に着地する。

 

 「くっ、まさか、砲台の方へ誘導された!?」

 

 その通り。

 

 初めからセリスの狙いはリアンを砲台の射線上へと誘導する事だった。

 

 砲台の一撃で倒せるならそれで良い。

 

 もしも倒せなかったとしてもビームライフルで損傷くらいはさせられるし、体勢を崩す事くらいは出来る。

 

 つまりリアンはセリスによって完全に嵌められてしまったのだ。

 

 リアンとジェシカのジンハイマニューバは大きく損傷し、戦闘可能な状態では無くなった。

 

 「良し、これで残った一機をどうにかすれば!」

 

 動けない二機を無視し、未だに猛威を振るうニーナのジンの方へ銃口を向ける。

 

 相手もそれに気がついたのか、アストレイを突き飛ばし重斬刀を下段に構えてスルーズに向き合った。

 

 「やっぱりこいつが一番厄介みたい」

 

 全く隙が見当たらない。

 

 焦れるセリスにニーナは冷静にスルーズを観察する。

 

 「……ジェシカとリアンを倒すとはね」

 

 手強い相手ではあるが、地力はまだニーナが上。

 

 油断せずにいけば、負ける事はないだろう

 

 この敵を倒し、司令部さえ落とせば、そう被害が被害が広がる事もない。

 

 

 刃を構え睨み合う二機が激突しようとした瞬間―――それが降り立った。

 

 

 上空から放たれたビームの一撃がアストレイを撃ち抜き、撃墜する。

 

 「何!?」

 

 セリスは油断なくビームが撃ち込まれた方向に目を向ける。

 

 そこにはこの戦場における最悪の死神がビルの上に佇んでいた。

 

 「あ、あれは……」

 

 白い四肢と不気味さを際立たせる一つ目。

 

 構えるビームライフルの銃口が下に向いている。

 

 あの機体の姿もまたシンハイマニューバと同じくセリスの脳裏に焼き付いて離れない。

 

 そこにいたのはアシエル・エスクレドの搭乗するシグーディバイドであった。

 

 「リアン、ジェシカ、無事か?」

 

 「エスクレド隊長、私は大丈夫ですけど、ジェシカが負傷を」

 

 「こんなものは負傷の内に入らない!」

 

 怒気の籠ったジェシカの声に致命的な怪我でない事を悟ったアシエルはいつも通りの冷たい声で後退命令を出す。

 

 「ニーナ、損傷した二人と共に一旦後退しろ。ここは私が引き継ぐ」

 

 「待ってください、私はまだ!」

 

 「ジェシカ、お前の機体はとても戦闘可能な状態にはない。外から見れば良く分かる。命令だ、退け」

 

 有無も言わせないとばかりの口調で言われた三人は後退して行く。

 

 「……隊長、一つだけ。私とジェシカを倒した奴は宇宙で交戦したマント付きです」

 

 交戦時は布状の物を全身に纏っていた為、はっきりしたシルエットは捉えられなかったが。

 

 「そうか、奴が」

 

 「かなり腕を上げています。気をつけてください」

 

 「ああ」

 

 下がっていく三機を追わせまいと銃口を向けて牽制しながら、残った敵戦力を確認する。

 

 「角付き五、騎士モドキ四、砲台七か」

 

 鋭い視線でセリスのスルーズを睨む。

 

 「一番厄介なお前の相手は後だ。まずは数を減らさせてもらうぞ」

 

 ビームライフルの射撃を容易く回避し、ビルから跳び下りると途中で壁を蹴ってスラスターを噴射する。

 

 「なっ!?」

 

 加速したシグーディバイドはアストレイとの距離を一気に詰め、レーザー重斬刀を袈裟懸けに振り抜いた。

 

 防御する時間も与えずあっさりとアストレイを斬り倒し、同時に構えたバルカン砲で側面にいたスルーズを蜂の巣にして撃ち倒す。

 

 「これで二つ!」

 

 倒された味方の傍に控えていた僚機のアストレイのパイロットは激昂しながらビームサーベルで背後から斬りかかる。

 

 「この野郎が!」

 

 「……迂闊だな」

 

 アシエルは焦る事無く斬撃を捌き、足もとにバルカン砲を放つとアストレイの足場を崩し、煙幕によって視界を塞ぐ。

 

 引き抜いたビームサーベルでコックピットを突き刺した。

 

 さらに砲台から発射された砲撃を上昇してかわすと、ビームライフルで吹き飛ばす。

 

 その光景を目の当たりにしたセリスは思わず強く操縦桿を握り締める。

 

 「……動けなかった」

 

 あまりの早業。

 

 そして見事なまでの動きに圧倒されてしまった。

 

 「これ以上はやらせない!!」

 

 怯む自分を叱咤するように声を上げ、味方に猛威を振るうシグーディバイドに向っていく。

 

 「流石に黙って見ている訳もないか」

 

 ビームライフルの射撃をシールドで弾きながら突撃し、スルーズを体当たりで吹き飛ばす。

 

 「ぐぅぅ、まだァァ!!」

 

 セリスは体勢を崩されそうになりながらもどうにか持ち堪え、バルカン砲をビルの陰に逃れて側面に回り込む。

 

 「死角を突くか。小賢しい!」

 

 それを見抜いていたアシエルはスルーズを隠れたビルごと重斬刀で斬り倒し、相手の方へと押し出した。

 

 「なっ!?」

 

 倒れ込んできたビルから横っ跳びで逃れるが、待ちかまえていたシグーディバイドは重斬刀を振り下ろす。

 

 直前でシールドによる防御が間に合い、レーザー重斬刀を受け止めるが体勢が悪く、徐々に刃が食い込んでいく。

 

 「受け止めたか。良い反応だ。だが何時まで持つかな!」

 

 「不味い、このままじゃシールドが!」

 

 斬り落とされる直前に相手を力一杯押し返すと、ライフルを至近距離から突き付けた。

 

 しかし、直前に蹴りによって銃口が逸らされてしまう。

 

 「甘い!」

 

 その隙に叩き込まれた一撃がスルーズの右肩装甲を斬り飛ばした。

 

 「ぐっ、この!」

 

 それでもと照準を戻し、ビームを放つ。

 

 だがあっさりとかわされ、再び重斬刀の刃が迫った。

 

 あの一撃をスルーズの盾で止めるのは無理だ。

 

 先程の一撃で半分が斬り裂かれ、長い間ビーム刃を防ぐ事はできまい。

 

 セリスは使い物にならなくなった盾を敵に向けて投げつけると刃の軌道を変え、その隙に後方へ飛び去った。

 

 「この状況で盾を捨てるとは。思い切りはいいがな、それは致命的だぞ!」

 

 ビームライフルを構え、逃れたスルーズを狙い撃つ。

 

 しかしセリスはビームが当たる前に放置されたアストレイのシールドを拾い、ギリギリで防御に成功した。

 

 これには流石のアシエルも驚嘆の声を上げる。

 

 「ほう、思った以上にやるな。リアン達を損傷させたというのも頷ける」

 

 いつの間にかアシエルは自分が高揚している事に気がつく。

 

 今まで感じた事のない感覚に自然と笑みが零れた。

 

 何をしようとも変化の無かった心にこれほどの熱が宿るとは。

 

 「ハハ、私がな」

 

 「ハァ、ハァ、防戦一方になってる。このままじゃ……」

 

 どうにか攻勢に出たいのだが、相手の猛攻を防ぐので精一杯である。

 

 生き残っている味方機も他のザフト機の迎撃で余裕がない。

 

 とても援護を期待できる状況ではない。

 

 この敵相手では味方の援護も焼け石に水かもしれないが。

 

 「何にせよ、ここで食い止めないと味方は全滅しかねないってことだよね」

 

 しかし、明らかに技量は相手が格上となると―――

 

 「ハァ、これは無茶しなくちゃどうにもならないかぁ……よし、やられっ放しなのも癪だし、行きましょうか」

 

 覚悟を決め、左右から繰り返し振るわれる斬撃をシールドで流しつつ、機会を窺う。

 

 しかし重斬刀が目の前を通り過ぎる度に装甲が傷つき、機体にダメージが蓄積されていく。

 

 「防戦に徹する気か? いや、何か企んでいるようだな。だがその前にやられてしまっては元も子もないぞ!」

 

 アシエルの指摘は正しい。

 

 現にスルーズは傷だらけになり、コックピットでは警報が鳴り響いている。

 

 だが、それでもセリスは相手の動きから目を離さない。

 

 

 ―――そして呆気なく限界は訪れる。

 

 

 上段から振り下ろされた一撃を受け切れず、スルーズの胸部が大きく縦に斬り裂かれてしまう。

 

 それによって体勢を大きく崩し、致命的な隙を晒す。

 

 「ここまでだな。たった一機で良く持ち堪えた。しかし、これで終わりだ!」

 

 素直に相手の実力を認め、重斬刀を突き出した。

 

 だが、この時こそ待っていたのだ。

 

 「今!」

 

 セリスは傷だらけのシールドを突き出す。

 

 しかし、幾度となく死の刃を防いできた盾は重斬刀の突きを防ぎ切れるほどの防御力は残っていない。

 

 刃は貫通、左肩に深々と突き刺さる。

 

 しかしコックピットからは大きく逸れ、撃墜は免れた。

 

 アシエルは重斬刀を抜こうとするが、途中で引っかかったように動かなくなる。

 

 「ッ、抜けない!?」

 

 いや、正確にはセリスが貫通した盾を動かし抜かせないようにしているのだ。

 

 「逃がさない!」

 

 「これが狙いか!」

 

 イーゲルシュテルンを撃ち込みながら、残った右手で逆手に抜いたサーベルをシグーディバイドに突き付けた。

 

 サーベルがシグーディバイドの頭部を貫通し、爆発を引き起こす。

 

 「チッ!」

 

 アシエルは頭部が破壊される前に持ち替えていたビームサーベルを叩きつけ、離れ際にスルーズの右脚部を斬り裂く。

 

 「きゃああ!」

 

 シグーディバイドは損傷しながらも後退、スルーズは爆発で吹き飛ばされながら仰向けに倒れ込んだ。

 

 「やってくれたな」

 

 アシエルはメインカメラが破壊された事で沈黙したモニターを復旧させようと、コンソールを操作する。

 

 どうやら今の爆発で他の部分も何らかの障害が出たらしい。

 

 「さて、どうするか」

 

 メインカメラがやられても、戦闘継続は可能だが―――

 

 半身だけ起き上がり、銃口を向けようとしているスルーズを見ながら思案していると通信機から甲高い音が聞こえてきた。

 

 「どうした?」

 

 《アシエル隊長、マスドライバーの破壊に成功しました。しかし特務隊も損傷が大きく撤退、私達にも後退命令が出ました》

 

 「了解だ」

 

 ニーナからの報告を聞き、各部隊に後退命令を出しながらアシエルも徐々に後退していく。

 

 「今回はお前の粘り勝ちだ、マント付き」

 

 ボロボロの状態でありながら、なお戦意を衰えさせない敵に素直な称賛を送った。

 

 同時に強い興味と安堵を抱いた。

 

 こんな体験は初めてだった。

 

 この一度で終わるのは惜しいと感じていたのだ。

 

 もっと、もっと、もっと―――

 

 「貴様と戦いたい」

 

 アシエルは自身に生まれた歪んだ願いに戸惑いながら戦場に残っている味方と共に撤退を開始した。

 

 

 

 

 セリスはスルーズのコックピットで後退していくザフトの部隊を見届ける。

 

 安堵と共に怒りが湧きあがってくる。

 

 「……負けた」

 

 操縦桿を叩き、悔しさで唇を噛んだ。

 

 結局前回と何も変わっていない。

 

 一矢報いる事は出来たものの、戦闘自体は敵側の勝利。

 

 同盟の被害は甚大である。

 

 「……落ち込むのは後。今はこんな事をしている場合じゃない」

 

 悔しさを押し殺し、気持ちを切り替える。

 

 セリスは状況を確認する為、司令部にコンタクトを取り始めた。

 

 

 

 

 撤退したエスクレド隊は無事母艦に帰還を果たしていた。

 

 スルーズの攻撃によって負傷したジェシカは医務室に運び込まれ、リアンも引っ張られる形で検査を受ける事になった。

 

 「大した事ないって言ったのに」

 

 結局は軽い打ち身程度だった。

 

 とはいえ心配して検査してくれたのだから文句も言えないのだが。

 

 治療を終え制服に袖を通すとそこにジェシカの声が聞こえてくる。

 

 「殺す! 殺してやる!! あの騎士モドキは、私が!!」

 

 戦闘の興奮が未だに冷めやらぬジェシカは叫び声を上げ、医師達に押え込まれていた。

 

 気持ちは分かる。

 

 いや、リアンの屈辱もジェシカに負けていない。

 

 「……あのマント付き、今度は絶対に」

 

 拳を握り締め、ポツリと呟くと邪魔にならないように医務室を出た。

 

 すると丁度こちらに向かって来ていたニーナの姿が見えた。

 

 「あ、ニーナ」

 

 「怪我は大丈夫だった?」

 

 「私はね。ジェシカの怪我も大した事無いみたいだけど……」

 

 あの様子では確実に尾を引くだろう。

 

 リアンでさえ割り切れていないのだから。

 

 「そう。じゃあ、私が入らなくて正解みたいね」

 

 「それは……」

 

 そんな事は無いとは言えなかった。

 

 いや、確実に揉め事になる。

 

 ライバル視しているニーナは無傷で自分は撃墜寸前まで追い込まれたなどジェシカにとっては耐えがたい筈だ。

 

 少し気まずい雰囲気になった所に、さらに嫌なタイミングでシオン達が歩いてくる。

 

 特務隊は確かに任務を達成したらしいが、搭乗していた新型機であるシグルドは見るに堪えない程ボロボロの状態にされていた。

 

 当然プライドの高い彼らも今まで見た中で最悪と言えるくらいに機嫌がすこぶる悪いようだ。

 

 余計な因縁をつけられても面倒だと、ニーナに促され道を開ける。

 

 シオンとクリスの二人は歩み去ろうとしたが、一番後ろにいたマルクは嫌らしい視線を隠さず、声を掛けてきた。

 

 「損傷したんだって、怪我はどうだったんだ?」

 

 「……打ち身程度でしたので大丈夫です」

 

 「そっちは?」

 

 「私は別に」

 

 二人が固い声でマルクに返事を返すと「そりゃ結構」リアンの腕を掴んだ。

 

 「じゃあ、この後、少しストレス解消に付き合ってくれないか? 時間は取らせないからさ」

 

 「なっ」

 

 口調は静かで、表情も先程に比べて穏やかだった。

 

 しかし、腕を掴んだ力は非常に強くとても振りふどけない。

 

 リアンの中に目の前の男に対する恐怖が湧きあがる。

 

 いつもマルクを諌めているシオンはただ不機嫌そうにこちらを見ているだけで止める気配もない。

 

 流石に不味いと思ったニーナは一歩前に出て止めに入ろうとするが、割り込むように横から腕が伸び、マルクの腕を掴んだ。

 

 「私の部下に何か御用ですか?」

 

 「隊長!」

 

 安堵したように笑みを浮かべるリアンとは対照的にマルクは面白くなさそうに鋭い視線を向ける。

 

 アシエルとしばらく睨みあうが、そこでようやくシオンが制止に入った。

 

 「マルク、その辺にしておけ」

 

 「チッ、ハイハイ。単に戦闘での話が聞きたかっただけだって、他意は無いよ、エスクレド隊長」

 

 舌打ちしながらあっさりとリアンから手を離すと肩を竦めた。

 

 「……後ほど報告書を提出しておきますので、目を通しておいてください」

 

 「了解した。行くぞ」

 

 シオンに促されるように、マルクとクリスの二人は後ろについていった。

 

 「大丈夫だったか?」

 

 「はい! 隊長、ありがとうございます!」

 

 感激したように笑みを浮かべるリアン。

 

 アシエルは相変わらず冷静な表情で頷くと今度は医務室の方へ視線を向ける。

 

 どうやらそちらが本来の目的だったようだ。

 

 「それでジェシカの容体は?」

 

 「リアンの話では、怪我自体は大した事は無いと」

 

 「そうか」

 

 ニーナの報告にもアシエルは表情を変えない。

 

 だが、声色からある程度安堵したのは察せられた。

 

 そういえば彼もまたあのマント付きに機体を損傷させられたと聞いた。

 

 正直、信じ難いというのが本音だ。

 

 リアンの心情的にも受け入れ難い。

 

 「隊長は、その、怪我などは?」

 

 「私は問題ない。……それよりまさか奴があそこまでの技量を持っているとはな」

 

 その時、アシエルは今まで見た事がないような表情を浮かべていた。

 

 強い興味を持っているかのような顔である。

 

 驚きであった。

 

 アシエルは部下思いで優秀であるが、あまり素の表情は見せない人物である。

 

 それがあんな顔をするなんて―――

 

 チクリと胸が痛むと同時に言い知れぬ不安感が襲いかかる。

 

 その理由も分からない不安を振り払う事は出来ず、リアンの心に張り付いたように離れなかった。

 

 

 

 

 ザフト特務隊の攻勢によってマスドライバーは破壊された。

 

 これによって目的を達成したザフトは撤退。

 

 同じくマスドライバーを狙っていた地球軍も目的を失い、予想外の被害を受けた事で戦線より離脱。

 

 ここに『オーブ戦役』と呼ばれた戦いは幕を下ろした。


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