機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第2話  予期せぬ初陣

 

 

 

 

 ザフトの作戦『オペレーション・スピットブレイク』

 

 そして対する地球軍の動向を探る為、新型モビルスーツ『ジャスティス』と『フリーダム』の投入が決定された『ヴァルハラ』では整備班が忙しなく動き続けていた。

 

 それに伴い、オーブへ行くように打診されたセリスもまた地球に向かう為の準備に追われている。

 

 今は自身の搭乗する機体スルーズのコックピットに設置されたキーボードを叩き、調整を加えていた。

 

 「OS、各部センサー、武装も異常なし。機体状態オールグリーン」

 

 「セリス、機体はどうだ?」

 

 「大丈夫です。コックピットの調整も完了しました」

 

 「良し、じゃあ機体を輸送艦に運び込むから、お前もそっちに移動しろ」

 

 「はい」

 

 整備班長から促されスルーズのコックピットから降りると準備を終えた二機のモビルスーツが出撃していく姿が見える。

 

 「教官達、出撃するんだ……」

 

 《ラクス・クライン、ジャスティス》

 

 《レティシア・ルティエンス、フリーダム》

 

 《行きます!!》

 

 二人の声と共にPS装甲が展開されたフリーダムとジャスティスは鮮やかに色付く。

 

 そしてスラスターを噴射させ、特徴的なリフターと蒼い翼を広げ、宇宙に飛び立った。

 

 「流石だな、全く無駄が無い」

 

 出撃していく二機の姿を見届けると今度は自身の搭乗するスルーズが輸送船へと運ばれていく。

 

 その光景が否応なく自分もまた初陣を迎える事になるのだと実感させられる。

 

 「……いよいよ私も戦場に立つんだよね」

 

 もちろん地球に降りたからといってすぐに戦いに参加という訳ではないだろう。

 

 それでも確実に戦場に向かう事になるのは変わらない。

 

 徐々に実感して来たのか、何時に間にか体が震えている事に気が付く。

 

 「……もう、情けないなぁ。しっかりしなきゃ!」

 

 でなければアイラや祖国をどうして守れるだろうか。

 

 震えを止める為に頬を両手で思いっきり叩き、気合いを入れる。

 

 「っ!? 痛ッ~!!!」

 

 しかしちょっと強くやりすぎたようで、思わず涙目になってしまった。

 

 「何やってんだ、お前は?」

 

 痛がるセリスに気がついた整備班長が顎の不精髭を擦りながら呆れたように声を掛けてくる。

 

 「うう、何でも無いですよぉ」

 

 「ハァ、やろうとしてる事は分かるがな、力が入り過ぎだ。それじゃいざという時、本当の実力なんて発揮できねぇぞ」

 

 「うっ」

 

 確かにそうかもしれないが―――

 

 「それに教官殿も言ってたろ。『戦場では何が起こるか分からない。だからいかなる状況にも対応できるように訓練を積んでおく』ってよ。その訓練をお前は死ぬ気でこなしてきたんだ。ちったぁそうやって積み上げたものを信じろ」

 

 「班長」

 

 どうやら励ましてくれているらしい。

 

 いつも厳しい事をばかり言う班長だが、長年軍に関わってきただけにこういった事も慣れているのだろう。

 

 「ありがとうございます、班長!」

 

 「けっ、くだらねぇ事言ってないでさっさと輸送艦に乗りやがれ!」

 

 「は、はい!」

 

 怒鳴り声に押される様に慌てて輸送艦に乗り込み、敬礼すると班長は背中を向けて手を挙げているのが見える。

 

 その様子にセリスは笑みを浮かべると、時間が来たのかハッチが閉じた。

 

 輸送艦はヴァルハラを出て宇宙に向けて発進する。

 

 

 

 目的地は戦火に包まれし地球―――命を懸けの戦場へとセリスは足を踏み入れた。

 

 

 

 

 大気圏に集まるザフトの部隊は『スピットブレイク』開始直前の緊張感に包まれていた。

 

 その空気はもちろん周囲を巡回していた『ダランベール』にも伝染し、戦闘前独特の雰囲気を作り出している。

 

 そんな中、リアン達は自分達が支援する事になっている特務隊の面々から作戦の概要説明を受ける為にブリーフィングルームに集められていた。

 

 「特務隊『フェイス』所属シオン・リーヴスだ」

 

 「マルク・セドワ、よろしくな」

 

 「クリス・ヒルヴァレーです」

 

 「エスクレド隊、隊長アシエル・エスクレドです。今回から特務隊の支援に付かせていただきます」

 

 アシエルに合わせ敬礼しながら、リアン達は目の前にいる特務隊の面々を観察する。

 

 「……なんて言うかさ、全員雰囲気良くないよね」

 

 マルクは嫌らしい視線を隠す事無くこちらを見つめ、シオンやクリスは真面目に見えるが雰囲気は刃のように鋭く非常に近寄りがたい。

 

 正直、第一印象は最悪である。

 

 「そうね、癖の強い連中みたい」

 

 「うん」

 

 リアンとジェシカの声が聞こえたのかニーナは呆れたように呟いた。

 

 「……貴方達がそれ言う?」

 

 こそこそ話す二人を尻目に正面に立つ特務隊を見る。

 

 二人の気持ちは分からなくはない。

 

 彼らは口にこそ出していないが、明らかにこちらを頼る気はないと言わんばかりの態度だったからだ。

 

 「……厄介な事になりそう。隊長もお気の毒ね」

 

 アシエルを見ると、やや距離を置きながら冷めた視線を向けている。

 

 どうやら彼らに関して興味はないらしい。

 

 「さて、事前の説明を受けていると思うが、今回の任務はアークエンジェル、ストライク―――そしてイレイズの撃破だ。彼らがアラスカにいる事は事前に確認が取れている。だから『スピットブレイク』開始と共に目標の姿を確認、その後に降下する」

 

 説明を聞きながらニーナは少し違和感に気がついた。

 

 正面に立ち今まで事務的に淡々と作戦説明を説明していたシオンがイレイズの名前を出した時だけ、声に熱が籠っていたような気がしたのだ。

 

 彼とイレイズには何か因縁でもあるのだろうか。

 

 「そして我々の降下後にエスクレド隊の面々も地球に降り、他の連中がこちらの邪魔をしないように援護をしてもらう。ただしこちらの指示があるまでエスクレド隊には後方にて待機を命じる」

 

 「足つき以外は雑魚ばかりだし、お前らの出番は無いと思うがね」

 

 「マルク、油断は禁物ですよ」

 

 「してないっての」

 

 確かにその通りかもしれないが、言い方というものがあるだろう。

 

 案の定、リアンとジェシカは不満そう顔を顰めている。

 

 後で騒ぎ出すのは確実だ。

 

 宥めるとなると気が重い。

 

 「シオン、時間です」

 

 「ああ、では後は任せる、エスクレド隊長」

 

 「ハッ!」

 

 シオン達がブリーフィングルームからを出て行ったのを見計らい、そこでリアン達もようやく声を上げる。

 

 「何よ、あれは!」

 

 「舐めてくれるじゃない」

 

 確かに彼らよりは劣るかもしれないが、こちらにもザフトのパイロットとしての自負がある。

 

 「ハァ、本当に貴方達は……相手は特務隊よ。彼らが待機を命じたなら、従うしかないわ」

 

 「ニーナの言う通りだ。命令だ」

 

 「分かってますけど」

 

 それでも不満は燻っているのか、リアンとジェシカの表情は全く晴れない。

 

 「それに奴らには深入りしない方がいいかもしれないぞ」

 

 「えっ、それって?」

 

 「厄介事に巻き込まれたくなければな」

 

 戦士としての直感ではあるが、奴らと関わっていると碌な事にならない。

 

 少なくともアシエルはそう感じていた。

 

 元々彼らに興味はない。

 

 いや、そもそもすべての事柄に興味が抱けないのだが。

 

 自身の心情を押し殺し、あくまでも淡々と所見を述べる。

 

 「……支援を任された以上は難しいかもしれないが」

 

 余計な面倒事に巻き込まれないよう願いながら改めて指示を飛ばす。

 

 「ともかく、まずは特務隊が確実にアラスカに降下できるように周囲を警戒する。その後、我々も地球に降りる。いいな?」

 

 「「「了解!」」

 

 燻る不満を押し殺し、敬礼を返すと任務に就く為、格納庫に向かっていった。

 

 

 

 

 ヴァルハラから地球まではさほど距離は離れていない。

 

 これは宇宙で動く為の足がかりとして近場を選択したという事。

 

 それに加えてオーブの宇宙ステーション『アメノミハシラ』との連携を取りやすい位置を選んだという理由がある。

 

 だから出撃した輸送艦はすぐにでも地球に降りられる筈であった。

 

 進路上に『スピットブレイク』を控えたザフトが陣取っていなければであるが―――

 

 「これは困りましたね」

 

 ブリッジに呼び出されたセリスはモニターに映る光景に対して呟くと艦長もそれに首肯する。

 

 「うむ、あれを突破するなど自殺行為でしかないしな」

 

 ザフトが大気圏辺りで作戦行動を取っていた事はもちろん事前に把握していた。

 

 だから極力彼らに見つからない進路をとっていたのだ。

 

 しかし予想以上に大きく展開していたのか、予定していたコースの進路上に立ち塞がっている。

 

 「そうですね。この艦で戦闘は無理でしょうし」

 

 今、自分達が搭乗しているのは輸送艦。

 

 自慢ではないが、戦闘能力などほぼ皆無である。

 

 それどころか地球に降りたら二度と宇宙には上がれない使い捨てのようなものだった。

 

 さらに搭載されている戦力はセリスのスルーズを含めた数機のみ。

 

 そんな戦力であの展開されているザフトの部隊を突破するなど不可能だ。

 

 「到着地点はずれるが、進路を変更した方が良いかもしれんな」

 

 「ええ。でも、教官達は大丈夫なんですか?」

 

 「特にトラブルが起きたという報告は入っていない。戦闘を避ける為に私達同様、別の方向から地球に降りたのかもしれないな」

 

 確かにザフトも警戒はしているようだが、特に戦闘を行ったような痕跡は見当たらない。

 

 ならばレティシア達は上手くやったという事なのだろう。

 

 「とにかくこのままザフトが退くまで待っている訳にはいかん。我々も別方向から地球に向う」

 

 「はい」

 

 艦長の指示を受け、進路を変更した輸送艦は別方向から地球に降下する為に移動を開始する。

 

 

 

 しかしその先では特務隊の降下を支援するエスクレド隊の機体が待ち受けている事を彼らはまだ知らない。

 

 

 

 

 『オペレーション・スピットブレイク』の準備が整い、作戦開始の合図と共に各部隊が次々と地球に降下する。

 

 それに伴い特務隊もまた降下する為の準備に入っていた。

 

 それを支援する立場にあるエクスレド隊もまた殆どの機体を降下ポッドに積み込み、残すはもしもの時に備えて最低限の機体のみという事になっている。

 

 「哨戒は私が最後か」

 

 ニーナとジェシカはすで哨戒任務を終え、機体はすでに降下ポッドに積み込まれている。

 

 パイロットスーツに着替えたリアンはダランベールの格納庫に佇む自身の機体を見上げた。

 

 ZGMF-1017M 『ジンハイマニューバ』

 

 ジンを改修を施しメインスラスターの強化や各部スラスターを増設し、高機動化した機体である。

 

 「これも十分良い機体だよね。流石に特務隊の新型程じゃないけど」

 

 先程特務隊が使用する新型機『シグルド』のスペックを一部だけだが見せてもらった。

 

 アレは通常の機体とは比較にならない程に段違いの性能だ。

 

 あの機体相手では音に聞こえた『白い戦神』や『消滅の魔神』だろうと万に一つの勝ち目もあるまい。

 

 ましてやパイロットはトップガンである特務隊が努めるのだから。

 

 そんな事を考えていた所為か特務隊の面々の嫌な顔が思い浮かんだ。

 

 「うっ、出撃前に嫌な連中を思い出した。ま、それでも任務は任務。きっちりこなさないと」

 

 今まで地球軍の存在は確認されなかった。

 

 もう敵が攻めてくるという事は無いだろう。

 

 しかしもしもという場合もありうる。

 

 コックピットに乗り込みを手早くコンソールを操作して、機体を起動させるとダランベールのハッチが開く。

 

 リアンは心地よい緊張感に包まれ、自然と笑みを浮かべながら操縦桿を握るとフットペダルを踏み込んだ。

 

 「リアン・ロフト、『ジンハイマニューバ』出ます!」

 

 メインスラスターを噴射させ、重力に引かれまいと飛び出した。

 

 

 

 

 ヴァルハラから出撃した輸送艦はザフトの部隊に遭遇しないように迂回し、別ポイントから大気圏突入を開始しようとしていた。

 

 「降下ポイント到着まで後10分!」

 

 「各部チェック! 大気圏突入に備えよ!」

 

 ここまでは順調。

 

 後は余計なアクシデントが起こらない限り、地球に降下できると誰もが思っていたのだが―――

 

 「ッ!? レーダーに反応! モビルスーツです!!」

 

 「何!?」

 

 聞かされたのは最悪の報告である。

 

 艦長がモニターを見ると一機のジンが近づいてきているのが見えた。

 

 スラスターを含め、細部に違いが見受けられる事から通常機とは違う。

 

 「……高機動型か。よりによってこのタイミングで見つかるとはな」

 

 大気圏での戦闘などこの艦にはあまりにリスクが高すぎる。

 

 どう対応するか考えていると、突撃銃を構え近づいてくるザフト機から通信が入ってきた。

 

 《そこの艦船、所属を明らかにし、ただちに停船せよ。これは警告である。こちらの指示に従わない場合は撃沈も辞さない》

 

 「艦長」

 

 「……止まる事はできん」

 

 今、この艦には自国の新型モビルスーツ『スルーズ』が数機だけとはいえ搭載されている。

 

 仮に地球軍に誤認されればただでは済むまい。

 

 それに停船すればザフト側に拘束され、下手をすればスルーズを接収されてしまう可能性すらある。

 

 だからこそ本来の進路よりも大きく迂回し、ザフトに見つからないルートを選んだのだが―――

 

 「裏目に出たか」

 

 《もう一度だけ警告する。ただちに所属を明らかにして停船せよ》

 

 すでにジンハイマニューバはこちらに銃口を向けている。

 

 対応次第で即座に撃ってくるだろう。

 

 どうすべきか艦長が迷っていると格納庫から通信が入った。

 

 「艦長、私が出て、敵を引きつけます!」

 

 「セリス!?」

 

 「このままでは撃沈されるか、拘束されるかです。援軍を呼ばれる前に大気圏に突入すれば、逃げきれます」

 

 確かにそれが一番現実的な手段かもしれない。

 

 スルーズが外部に露見するのは出来るだけ避けたいが、撃沈されれば機密も何もない。

 

 「分かった。時間を稼いでいる間に艦を加速させ、地球に降下する。何があっても大気圏突入前に戻れ」

 

 「了解!」

 

 セリスは淀みなくコンソールを操作し、機体を起動させると大きく息を吐いた。

 

 「まさかこんな形で初陣を迎えるなんて思わなかったな」

 

 緊張も、恐怖もある。

 

 でも今は迷っている暇はなかった。

 

 どうにか艦が逃げ切る時間だけでも稼がないといけない。

 

 「皆を守る為に、私がやらなきゃ!」

 

 そばに置いてあった大きな布のようなものを手にとって機体に纏う。

 

 「気休めだけど、何もないよりはいいか」

 

 姿を隠せるだけでも御の字と思っておこう。

 

 後部ハッチが開き、青い地球の姿が真近で見える。

 

 こんな時でなければ、美しい光景に目を奪われるのだろうが、そんな余裕はない。

 

 「……良し、セリス・ブラッスール、スルーズ出ます!」

 

 意を決してフットペダルを踏み込むと、外に飛び出した。

 

 

 

 

 哨戒に出ていたリアンがその艦を発見したのは殆ど偶然だった。

 

 アシエルから指定されたルートを回り、帰還しようとした時にたまたま視線を向けた先で動く物体を捉えたのだ。

 

 接近し、見つけたのは所属不明の艦。

 

 形状から察するに輸送艦の類だろうと判断した。

 

 一応停船するよう警告はしたのだが応答どころか、止まる気配もない。

 

 「仕方ない。まずは足を止める!」

 

 エンジン部分を狙い突撃銃を向けると、輸送艦から正体不明の物体が飛び出してきた。

 

 「何!? あれは……モビルスーツ?」

 

 布状のものを纏っている為、細部は把握できないがライフルと盾を持つその姿はモビルスーツに違いない。

 

 となればあの艦の正体も絞れてくる。

 

 「ジャンク屋か、それとも傭兵か。……何であれ今は作戦中、放置はできない」

 

 リアンはダランベールに通信を入れ、状況を伝えるとこちらに向かってくる機体に銃口を向けた。

 

 突撃銃から発射された銃弾が容赦なくスルーズに襲いかかる。

 

 「くっ」

 

 セリスは思いっきり操縦桿を引くと突撃銃をかわし、ジンに向けビームライフルを発射した。

 

 「なっ、ビーム兵器!?」

 

 背中のメインスラスターを噴射させてビームを回避したリアンは予想外の攻撃に驚きながら舌打ちする。

 

 ビームの一撃を受ければ、ジンの装甲といえども耐える事などできはしない。

 

 「火力は向うが上か。だけど、それだけでェェ!」

 

 連射されるビームライフルを持前の機動性でかわしていくと突撃銃で牽制しながら重斬刀を引き抜き、一気に肉薄する。

 

 「やれると思うなァァァ!!」

 

 ジンハイマニューバの真骨頂はそのスピードにある。

 

 通常にジンと比べ増設されたスラスターによって得られた速度は明らかにスルーズを上回っていた。

 

 「どんなに強力な攻撃だろうと当たらなければ意味がない!」

 

 ビームを避け懐に飛び込んだリアンは上段から重斬刀を振りかぶる。

 

 「速い!?」

 

 セリスは叩きつけられた一太刀を何とかシールドで受け止める。

 

 だがその隙に殴りつけられ吹き飛ばされてしまう。

 

 「きゃああ!!」

 

 「どこのモビルスーツか知らないけど、さっさと終わりにさせてもらう!」

 

 体勢を崩したスルーズに突撃銃が再び襲いかかった。

 

 「まだ!」

 

 セリスは機体を横に滑らせ、銃弾の雨を前に回避運動を取るとターゲットをロックし再びビームライフルを発射する。

 

 それを紙一重のタイミングで避けたリアンはスルーズ目掛けて斬撃を繰り出し、肩部装甲を浅く斬り裂いた。

 

 「ぐぅ!」

 

 「そこ!」

 

 バランスを崩した隙に左右から繰り出される速度の乗った斬撃が次々と纏う布と装甲を切り裂いていく。

 

 「この敵、強い!?」

 

 教官であるレティシア程では無い。

 

 だがジンハイマニューバの動きは卓越しており、パイロットの技量が高い事が窺える。

 

 初陣であるセリスには些か厳しい相手だ。

 

 「でも!」

 

 重斬刀を受け止めながら、横目で後ろを見ると輸送艦が離れていくのが見える。

 

 しかしまだ十分な距離を稼いでいるとは言い難い。

 

 「私だって負けられない!!」

 

 これまでの訓練を脳裏に浮かべ、ライフルからビームサーベルに持ち替えるとイーゲルシュテルンを撃ち込みながらジン目掛けて突撃した。

 

 「はあああ!!」

 

 「調子に乗るな!!」

 

 頭部からの射撃を避け、袈裟懸けに振るわれた剣撃を捌いたリアンは逆袈裟から重斬刀を振り上げる。

 

 高速ですれ違い、二機の振るった刃が何度も火花を散らす。

 

 「ハァ、ハァ」

 

 「成程ね」

 

 セリスの横薙ぎの一撃を回避しながらリアンは相手の技量を正確に把握する。

 

 訓練は積んでおり、錬度も悪くない。

 

 しかし決定的に足りていないものがある。

 

 「明らかに実戦経験が足りてない!」

 

 光刃を潜り、ぎこちない挙動の隙を見計らい蹴りを叩き込むと敵機の体勢を崩す。

 

 「ぐぅぅ、ハァ、ハァ、くっ、輸送艦は?」

 

 衝撃に耐えながらレーダーを見れば十分距離は稼いでいる。

 

 これ以上離されたらセリスの方が置いて行かれてしまうだろう。

 

 後退しなければならないが、問題がある。

 

 「……後はこっちがどう引き離すかだよね」

 

 悔しい話だが敵は自分よりも実戦慣れしており、実力も上だ。

 

 さらに大気圏に近づいている所為か地球の重力に引っ張られて動き難くなっている。

 

 「長期戦は不利。となると―――」

 

 虚を突き一気に勝負を決めるしかない。

 

 「意外と粘る! けどこれで終わり!!」

 

 リアンは突撃銃で牽制を行い、止めを刺そうと加速を掛けた。

 

 そしてスルーズのコックピット目掛けて重斬刀の刃を突き出す。

 

 「まだァァァァ!!!!」

 

 だがセリスはそれをあえて避けず、シールドで刃を逸らす。

 

 その隙に敵機に向けて突撃し、体当たりで押し込んだ。

 

 「な、体当たり!?」

 

 「このまま!!」

 

 加速した事でコックピットにいる二人にも凄まじいGが掛かる。

 

 「この、程度!」

 

 「ぐぅぅぅ!!」

 

 重斬刀が左肩を大きく抉るが構う事は無い。

 

 スラスターを全力で噴射してジンハイマニューバを突き飛ばすとシールドを投擲する。

 

 「しまっ―――!?」

 

 「いけぇぇ!!」

 

 ビームサーベルをシールドの裏側から突き出すとジンの頭部に突き刺さった。

 

 「ぐっ、メインカメラが!?」

 

 ビームサーベルによって頭部が抉られ、コンソールの一部がショートしてしまう。

 

 「動きが止まった! 今の内に!!」

 

 即座に反転、輸送艦に帰還するため地球に向かおうとした瞬間―――

 

 閃光がスルーズの進路を阻むように撃ち込まれた。

 

 「なっ!?」

 

 セリスが見た方角から向ってきたのは白い一つ目の機体。

 

 「隊長!?」

 

 それはアシエルの駆るシグーディバイドであった。

 

 「リアン、下がれ!」

 

 その推力をもって戦場に駆けつけてきたアシエルは一気にスルーズに肉薄するとレーザー重斬刀を抜き、横薙ぎに斬りつけた。

 

 「新手、速―――!?」

 

 セリスは咄嗟に後退するが、避け切る事が出来ない。

 

 斬撃は右手首を捉えビームライフルを破壊されてしまった。

 

 さらにそこから蹴りを入れられ、吹き飛ばされてしまう。

 

 「きゃあああ!!」

 

 吹き飛ばされたスルーズは地球に向けて落下していった。

 

 それを見たアシエルは損傷を受けたジンハイマニューバに近づいていく。

 

 「リアン、無事だな?」

 

 「は、はい。申し訳ありません、油断しました」

 

 「話は後だ。あの正体不明機に関しては気にはなるが、今は作戦を優先する。ダランベールに戻り、我々も降下準備に入るぞ」

 

 「了解」

 

 アシエルは落ちていく未確認のモビルスーツにもう一度だけ視線を向けると、リアン機の腕を掴み母艦へと帰還した。

 

 

 

 シグーディバイドによって蹴り飛ばされたスルーズは地球の重力に引かれていた。

 

 「くっ、このままじゃ」

 

 《セリス、戻れ!》

 

 「分かってます」

 

 この機体に単独で大気圏を突破する能力は無い。

 

 つまりこのままでは焼け死んでしまう事になる。

 

 「冗談でしょ!」

 

 こんな所で死ぬ気はない。

 

 機体を必死に操作し、体勢を整え必死に輸送艦の姿を探す。

 

 生き残るためには艦に戻る以外に道は無いのだ。

 

 「……どこに……」

 

 《二時方向だ!》

 

 「いた!」

 

 温度の上がるコックピット内で目的の艦を発見したセリスはそちらに機体を向かわせる。

 

 幸いそう距離は離れておらず、ギリギリ届く距離だ。

 

 「スルーズ、もう少しだけ持って!!」

 

 目一杯フットペダルを踏みこみ輸送艦に向けて近づくと格納庫に飛び込んだ。

 

 「ぐううう!」

 

 着艦の事など考えず格納庫に突っ込んだセリスはその衝撃をどうにかやり過ごすと通信機に叫ぶ。

 

 「着艦しました!」

 

 《良し、このまま降下するぞ!》

 

 ハッチを閉じたその直後、輸送艦全体を大きな震動が襲う。

 

 どうやら地球に降下し始めたらしい。

 

 「ハァ、ハァ、どうにか……生きてる、よね」

 

 セリスはスルーズのコックピットの中で改めて襲いかかる死の恐怖と生き延びた事への安心感から目尻に涙が浮かんでくる。

 

 「……あの機体のパイロット、凄い腕前だった」

 

 もう少し早くあの機体が援軍として来ていたら、自分は死んでいただろう。

 

 生き延びられたのは、今までの積んできた訓練のおかげと運である。

 

 何か一つでも欠けていたなら―――

 

 生き延びる事が出来ない無慈悲な場所。

 

 そんな所に自分は居た。

 

 そしてこれからも立ち続けなければならない。

 

 「……これが戦場なんだ」

 

 震えの止まらない体を抱きしめ、セリスはシートに深く寄りかかり目を閉じた。


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