機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第18話 決着、そして

 

 

 

 

 終局へ向かう月の戦場。

 

 勝敗は決し、もはや終局へ向う流れは誰にも止められない。

 

 そんな戦いを尻目に一隻の戦艦が人知れず戦場に足を踏み入れた。

 

 ファントムペインが運用する戦艦『ガーティ・ルー』である。

 

 ガーティ・ルーはミラージュコロイドを展開し、姿を覆い隠しながら誰にも気付かれぬよう月面の岩場の陰に隠れ着陸した。

 

 「大佐、目標ポイントへ到着いたしました」

 

 「……ああ」

 

 ネオは自身の隣に立つ男ヴァールト・ロズベルクに視線を送る。

 

 「到着したようですが?」

 

 「ああ、ご苦労だったね、大佐。後は私の方でやらせてもらう。君達は私が戻るまで、ここでデータ収集を行ってくれ」

 

 「……了解しました」

 

 ヴァールトはいつも通りにこやかな笑みを浮かべたまま、部下数名を連れブリッジを後にする。

 

 「こんな場所に何があるんでしょうか?」

 

 イアンが訝しむのも無理はない。

 

 見る限りこの辺りには無骨な岩場と何もない灰色の大地が広がっている。

 

 あるとすれば破棄されたテタルトスの監視施設らしきものだけだ。

 

 「さあ。だがどうせ碌な事じゃない。一応何があっても良いようにスウェン達を待機させておけ」

 

 「了解」

 

 今回彼らに下された任務は二つ。

 

 一つは今までと変わらず月周辺で起きている大規模戦闘の監視とデータ収集。

 

 これだけならばさほど気にすべき事ではないのだが、問題は二つ目の命令だ。

 

 それがヴァールト・ロズベルクを所定のポイントまで護衛する事だった。

 

 しかも途中は彼の指示に従うようにというオマケ付きで。

 

 そして辿り着いた場所が戦場のど真ん中、しかも周囲には何もないときている。

 

 これでは誰であろうと疑問に思うのは当然だった。

 

 しかしヴァールト・ロズベルクに付きまとう黒い噂を知っているネオは深入りする事無く、淡々と任務をこなす事に集中する。

 

 少なくとも今はまだ疑われる訳にはいかないのだから。

 

 

 

 

 格納庫に響く銃声共にセリスの体が崩れ落ち、地面へ倒れ込むと真っ赤な血が泉のように広がった。

 

 コツコツと靴音を響かせながら、倒れ込んだセリスの元へ一人の男が歩み寄った。

 

 「一応聞いておくが殺していないだろうな?」

 

 「……誰に向かって言っている、リベルト・ミエルス」

 

 「貴様ならあり得るから言っているんだ―――シオン・リーヴス」

 

 ジンⅡから降り立ったリベルトはセリスの傍に佇む銃を握る男。

 

 元ザフト特務隊シオン・リーヴスに何の躊躇も無く吐き捨てた。

 

 この男は特務隊に任じられるだけあって優秀ではある。

 

 だが前大戦から過激な手段を用いる事も躊躇わず、部下すら容易く切り捨てるような人物だった。

 

 故に憎むべき同盟に所属しているというだけでターゲットを殺したとしてもおかしくはない。

 

 「……急所は外してある。それよりもこの女をどう運ぶつもりだ?」

 

 「すぐに迎えが来る」

 

 そんな2人のやり取りを見計らっていたかのように、一人の男がこの場に現れた。

 

 殺気だったこの場に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべて歩いてくるのは黒髪のサングラスをかけた人物。

 

 「御苦労だったね、二人共」

 

 シオンは訝しげに黒髪の男に視線を向ける。

 

 今、この男はこの姿をしていない筈なのだ。

 

 「……その姿はなんだ?」

 

 「久しぶりに兄弟と顔合わせるから、いつもの格好では失礼かと思ってね。御苦労だった、リベルト。いや、流石だよ」

 

 笑みを浮かべる男の言葉に特に反応する事無く、リベルトはただ嘆息する。

 

 「そんな感傷などない癖にくだらないことをするな」

 

 この男はそんな感傷を口にするような人物ではない。

 

 どうせいけ好かない何らかの思惑でもあるのだろう。

 

 深く突っ込む事無く、セリスの方へ目を向けた。

 

 「それよりもさっさとターゲットを回収したらどうだ? 呑気にしていると同盟がここまで駆けつけてくるぞ」

 

 「フ、そうか。では―――」

 

 男が指を鳴らすと配下と思われる者達が姿を見せ、血を流すセリスを手早く回収し医療カプセルへ押し込んだ。

 

 「……準備のいい事だな」

 

 「あらゆる事態を想定していたと言う事だよ。彼女はこのままガーティ・ルーで予定ポイントまで運び、後は手筈通りだ」

 

 「フン、それで?」

 

 「アシエルの件は仕方がない。地球から戻ったばかりの君には悪いがアシエルに代わって『カース』として任を引き継いでもらいたい」

 

 シオンは男が取り出した不気味な黒い仮面を不機嫌そうに手に取る。

 

 「……今頃になって部下の尻拭いか。しかもそれが元議長殿のお守りとはな。まあいいだろう、だがはっきり言っておく。俺―――いや、私は貴様らの狗になった覚えはない」

 

 「もちろんだシオン、いや、カース。君の目的も分かっている。協力してくれるのと引き換えに君の標的であるマユ・アスカと存分に戦えるよう出来得る限り、配慮する事を約束しよう。リベルト、君は今まで通りテタルトスの情報の提供、主要人物の監視を頼む」

 

 リベルトはただ黙って頷くと倒れ込むスウェアの方を指差した。

 

 「アレはどうする?」

 

 男は黙ってスウェアに近づくとコックピットを覗き込む。

 

 半開きとなったコックピットにはパイロットスーツを着たニーナが気を失ったまま、座り込んでいた。

 

 その姿を観察するようにしばらく佇んでいた男は徐に振り返る。

 

 「……コレはこのままでいい。放置しておいても問題ない。ともかくすべてはこちらの予定通り、サンプルも集まっている。後は準備が整い次第と言ったところか。それまでは互いの役目を果たしてもらう」

 

 男は用は終わったとばかりに皆を率いて、すぐ様その場を後にする。

 

 彼の表情は何を思ってか、静かな笑みを浮かべていた。

 

 誰も居なくなったその場所には傷つき倒れたアイテルとスウェアだけが残される。

 

 

 その後、セリスから最後に通信を受けたポイントまで辿り着いたオーディンの前に広がっていたのは崩れ落ちた監視施設の姿であった。

 

 

 多くの命が最後の時を迎える光は消えさり、徐々に静寂が周囲を支配する。

 

 

 後に『月面紛争』と呼ばれる大規模紛争は数多の犠牲を生みながらも『ジェネシスα』の撃破をもって幕を下した。

 

 

 

 

 『月面紛争』が終結して約二週間。

 

 月における戦いは終結したものの、戦いそのものが無くなった訳ではない。

 

 相変わらず各陣営による散発的な戦闘は続いているし、今回の紛争を教訓とし防衛体制もより強化された。

 

 だが現在最優先事項として行われているのは『月面紛争』を引き起こしたザラ派残党の探索であった。

 

 月に攻め込んできた戦力は殆どを撃破した。

 

 だが殲滅できた訳ではなく、あの混乱の中で戦域より離脱した者がいた事は確認されている。

 

 故にこれ以上余計な騒動を引きこされる前にザラ派すべてを殲滅し事態を収拾させ、国力の安定を図りたいというのがテタルトスの考えだった。

 

 無論、そこには地球、プラント、両陣営が月に介入してくる要因を潰したいという理由もあったが。

 

 何にせよ主要な部隊は交替でここ連日、補給と出撃を繰り返し、ザラ派残党の追跡と探索に追われる日々を送っていた。

 

 それはアレックス率いるクレオストラトスも例外ではない。

 

 彼らもまた今日も今日とて残党狩りに精を出していた。

 

 「レーダーに反応! 情報通りナスカ級と多数モビルスーツを確認しました!」

 

 クレオストラトスと共に移動していた数隻のプレイアデス級も敵を捕捉したのか、警戒態勢に移行し慌ただしく動き始める。

 

 「偵察隊からの連絡は?」

 

 「通信途絶、敵との交戦に入っているようです!」

 

 「機体照合終了。ジン、シグー、それからベテルギウスです!」

 

 クレオストラトスのブリッジに飛び交う報告を聞いたアレックスはようやく見つけた標的に拳を握り締める。

 

 「俺が出ます。他の機体も出撃準備を。クレオストラトスはこのままの進路を維持、ナスカ級を射程圏内に捉え次第、攻撃を開始してください。それからランゲルト少佐達に連絡を」

 

 「了解! 対艦、対モビルスーツ戦闘用意!!」

 

 この場を艦長に任せ、アレックスはブリッジを後にする。

 

 最終決戦の際にアルドのベテルギウスと相対したアレックスだったが、予想外にも他のモビルスーツの妨害に遭った為に離脱を許してしまった。

 

 アルドの性格から考えて、仲間が身を呈して助けられる程の人望があったとは思えない。

 

 これ以上の戦力低下を避けたかったのか、他に理由があったのか。

 

 何であれ―――

 

 「もう逃がしはしない、アルド・レランダー」

 

 格納庫から外に飛び出したガーネットは途中攻撃してくる敵機をライフルで容易く一蹴すると一直線に目標の方へ加速する。

 

 見えてきた敵機の姿はお世辞にもまともとは言えないボロボロの状態だ。

 

 修復する余裕もないのかベテルギウスの片翼は損傷し、武装も消耗したままである。

 

 つまりはここが好機だった。

 

 「ここで仕留める!」

 

 「たく、しつこいんだよ、アスラン!!」

 

 ベテルギウスは串刺しにしていたフローレスダガーを投げ捨て、光刃を振りかぶってきた。

 

 斬撃を見切ったアレックスはオートクレールで捌くとすかさず背中の三連ビーム砲を叩き込む。

 

 「チッ」

 

 アルドは舌打ちしながら左右から叩き込まれた合計6本のビームをやり過ごした。

 

 「鬱陶しいんだよ!!」

 

 だが次の瞬間、振り抜かれたビームサーベルが眼前に出現した。

 

 「ッ!?」

 

 ギリギリのタイミングでアルドは機体を左に流し事なきを得る。

 

 だがその姿にアレックスは出撃前から考えが間違っていない事を確信した。

 

 「やはりな。お前にしては反応が遅すぎる。どうやら機体状態が相当悪いようだな!」

 

 アルドの性格はこれまでの戦いから良く分かっている。

 

 非常に好戦的で戦いの際、敵を仕留める為に前に出る傾向が強い。

 

 『狂獣』の名の通り、攻撃を好むのである。

 

 にも関わらず現在は攻勢に出ず、防戦に徹していた。

 

 その答えは明白。

 

 度重なる激戦による多大な機体負荷。

 

 補給物資の不足による損傷部分の未修復。

 

 もはやベテルギウスは戦いに耐えうる状態ではないのだ。

 

 「どれだけお前が高い技量を持っていようとも、機体が動かなければどうにもならないだろう!」

 

 「舐めるなァァ!」

 

 ビームカッターとオートクレールが激突し、剣舞が交わる度に火花が飛ぶ。

 

 しかしやはり本調子で無いのかアルドの動きは鈍く、捌ききれなかったオートクレールの切っ先が装甲を抉り斬った。

 

 「くそ、反応が鈍すぎる! これじゃ戦いにならないな」

 

 機体反応の鈍さにイラつきながらも、アルドは状況を冷静に分析する。

 

 真っ向からの激突ではガーネットを倒す事は難しい。

 

 搭載されたI.S.システムを使うという手も無くはない。

 

 しかしアレはアルドとの相性が悪過ぎる。

 

 さらに援護を期待する事もできない。

 

 他の機体もテタルトスの追撃部隊との交戦で手一杯な上、ベテルギウスと大差ないほどにボロボロなのだ。

 

 「このままじゃジリ貧だな」

 

 こんな形で目の前の男と決着をつけるなんて冗談ではない。

 

 あくまでも全力で叩き潰してこそ意味がある。

 

 しかし今の状態ではそれすらままならない。

 

 ならば―――

 

 「また撤退ってのは癪に障るが、仕方無いか」

 

 ここで死ぬ気は毛頭ない。

 

 力任せにオートクレールを弾き飛ばし、残った火力すべてをつぎ込んで距離を取る。

 

 「アルド・レランダー! 無駄だ、何処にも逃げられはしない!!」

 

 「舐めるなよ! この程度で!」

 

 「……俺が此処に来るのに何の仕掛けもしてこなかったと思っているのか?」

 

 「何―――ッ!?」

 

 ガーネットを引き離し離脱を図ろうとしたベテルギウスの進路を塞ぐように何条ものビームが駆け抜ける。

 

 その正確無比な射撃がベテルギウスの動きを阻害し、確実に装甲を削ってゆく。

 

 「この射撃は、あの機体か!」

 

 ビームの放たれた方向へ視線を向けるとそこにはアルドが一度刃を交えたセイリオスがロングビームライフルで狙いをつけていた。

 

 それだけではない。

 

 いつの間にかヴァルター率いる部隊も戦闘に参加し、ザラ派のモビルスーツが次々と駆逐されていった。

 

 「さてディノ少佐の言った通り、もはや逃げ場はない。忠告しますが此処で倒されていた方が貴方の為だと思いますよ。『あの人』は私達と違って甘くはありませんから」

 

 「知るかよ!!」

 

 涼やかな声で終わりを告げるヴァルターに対し、アルドは一切取り合わない。

 

 敵が何を企んでいようとも、離脱するしか選択肢がないからだ。

 

 できるだけ包囲網の緩い個所を探し、そこに向けて機体を走らせる。

 

 「邪魔だ、女ァァァァ!!!」

 

 「……ハァ、人の忠告は素直に聞くものですよ」

 

 「残った奴らには悪いがこのまま行かせてもらう!!」

 

 この場を切り抜ければ後はどうにでもなる。

 

 アルドは戦域から離れようとセイリオスの射撃を抜け、離脱を試みる。

 

 しかしそれを許さないと一機のモビルスーツが立ちふさがった。

 

 「あれは……あの女の!? 同系統の機体か!!」

 

 青紫の装甲に包まれたそのモビルスーツは違う点が存在するものの、ヴァルターのセイリオスと良く似た形状を持った機体だった。

 

 「新手かよ!!」

 

 この状況から抜け出すためには目の前にいる敵を突破する事は必須。

 

 残ったビームランチャーを跳ね上げ、同時に残ったマニュピレーターを解放する。

 

 背中から四つのビームサーベルを抜き、ビームランチャーを発射して斬りかかった。

 

 「そこをどけェェェ!!」

 

 持ちうる最強の火力を放ち、四本のビームサーベルによる多角攻撃。

 

 これだけの火力であれば仮に捌けたとしても突破する隙くらいは作れるはずであると判断したアルドは間違っていないだろう。

 

 現に彼にはそれだけの力はある。

 

 だがアルドは『この場からの離脱』という目的に気を取られ、致命的なミスを犯していた。

 

 この青紫の機体に搭乗しているパイロットが何者であるか。

 

 そしてアレックス、ヴァルターが一か所だけ離脱しやすいよう包囲を緩くしていた。

 

 そんな罠の存在に思い至らなかった事が彼の明暗を分けた。

 

 「落ちろォォ!!」

 

 迫る砲撃を前に青紫の機体の姿は一瞬だけかき消えた。

 

 そしてビームの本流をあっさり避けるとビームサーベルの軌跡が横薙ぎに振るわれた。

 

 「何!?」

 

 目にも止まらぬ一撃が背中のマニュピレーターを斬り落とし、蹴りがベテルギウスを吹き飛ばした。

 

 「ぐああああ!! くそがァァ!!」

 

 逆さの状態で両腕の多連装ビーム砲を一斉に発射する。

 

 隙間のない程に連続で発射される多量のビーム。

 

 だが青紫の機体は最小限度の動きだけでビームを避け、無造作に放ったライフルの一射がベテルギウスの脚部を吹き飛ばした。

 

 「ぐっ、何だこいつは!? 一体誰、が……」

 

 そこで気がついた。

 

 機体を覆うパーソナルカラーと思われる青紫。

 

 通常ではありえない神懸かり的な回避運動。

 

 正確無比な射撃。

 

 それに伴う他者と隔絶した技量。

 

 これほどのパイロットには一人しか心当たりがない。

 

 「……ユリウス・ヴァリスか!?」

 

 ザフト最強と謳われた男、ユリウス・ヴァリス。

 

 彼らが『ヴァルナ』からヒアデス級戦艦『エウクレイデス』で地球圏に帰還したのは『月面紛争』が終結して二日ほど経過した頃であった。

 

 紛争時には間に合わなかったものの、月に到着する前に残党を追っていた部隊と接触。

 

 詳しい情報を得ると彼らも追撃部隊に参加し、逃げ回っていた部隊の大半を殲滅してしまった。

 

 そして今もこうして残党殲滅に自ら赴き、指揮を執っていたのである。

 

 「よりによってかよ!」

 

 アルドもまたザフトに所属していたからこそユリウスの事はよく知っている。

 

 アレは次元の違う化け物だ。

 

 戦ったとしても勝ち目はゼロ。

 

 まともな状態で離脱に全力を費やせばあるいは逃げる事も可能だったかもしれない。

 

 しかし今の状態ではとても無理だ。

 

 「くそ!」

 

 自身の迂闊さに歯噛みしながら逃れる術を探すため、思考を巡らせる。

 

 しかし敵はそんな暇を与えない。

 

 振るわれた一撃がベテルギウスの左腕を落し、返す刀でもう片方の腕も斬り飛ばした。

 

 「ぐあああ!!」

 

 その衝撃でコンソールに叩きつけられるアルド。

 

 さらにガーネットによって残った片翼も撃ち抜かれベテルギウスは完全に動きを止め、アルドも意識を失った。

 

 ベテルギウスに警戒しながらアレックスは青紫の機体に近づくと通信を入れる。

 

 「申し訳ありません、ユリウス大佐。こちらの不手際の後始末に付き合わせてしまって」

 

 相変わらず生真面目なアレックスに苦笑する。

 

 「気にするな。『シリウス』の慣らし運転には丁度良かった」

 

 LFSA-X002 『シリウス』

 

 テタルトス試作モビルスーツでありエースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体の一つ。

 

 ヴァルターのセイリオスと変わらない点も多々あるが、ユリウスの機体はセイリオスとは違いコンバットシステムに対応しているのが特徴である。

 

 「それよりもお前の戦いに水を差してしまったな。お前なら遅れを取る事もなかっただろうが」

 

 「いえ、こいつも油断ならない相手でしたよ」

 

 「謙遜はよせ。ただの獣に過ぎないこいつに守るべきものを持った戦士であるお前が負ける筈はない」

 

 断言するユリウスに若干面映い気持ちになる。

 

 切り替えるように頭を振ると動かなくなった敵機を見つめた。

 

 「ベテルギウスは持ち帰るのですか?」

 

 「ああ、機体も回収できるならその方がいいだろう。それにこのパイロットは貴重な情報源だからな。この場の残存戦力もそう残ってはいない筈だ。後は他の部隊に任せて私達はベテルギウスごと捕虜を『イクシオン』に移送する。ヴァルター、この場の人選はお前に任せる」

 

 「了解しました、大佐」

 

 シリウスとガーネットが左右からベテルギウスを掴むとクレオストラトスの方へ進路を取った。

 

 

 

 

 暗礁宙域に隠れるように数隻の艦とモビルスーツが息を潜めていた。

 

 どの機体、どの艦も傷つき、損傷を受けていないものを見つけるのが難しい。

 

 ここに集っているのはテタルトスの追撃から逃げ延びたザラ派の残党である。

 

 その数は作戦前に比べればあまりに少ない。

 

 コンビクト、ジュラメント、そしてヅダといった象徴となるべき機体も含め主力の大半は撃破されてしまった。

 

 さらに悪い事にザラ派が今まで拠点としていた複数の兵器工廠。

 

 そのすべてがザフトによって攻略、占拠されていた。

 

 つまり彼らは戦力だけでなく、活動拠点すら失ってしまった事になる。

 

 ここまで追い詰められた以上、彼らの再起はあり得まい。

 

 これからどうする?

 

 兵士達に絶望の言葉が渦巻く中、旗艦として動いていたダランベールのブリッジではただ一人未だ憎悪を燃やす男がいた。

 

 一連の事件を画策したパトリック・ザラである。

 

 自分の席に座り込み、憤怒を抑え込むように腕を組み、怨嗟を堪える為に歯噛みする。

 

 「くっ!」

 

 こんな事で終わってなるものかと思考を巡らせる。

 

 しかし彼に残された方策など存在しなかった。

 

 絶望を抱えて朽ちるだけかと思われたその時、席に座っていたオペレーターの一人がコンソールを声を張り上げる。

 

 「レーダーに反応、モビルスーツが一機接近してきます!」

 

 追撃してきたテタルトスの偵察機かとブリッジが重く苦しい緊張感に包まれる。

 

 「敵か!?」

 

 「いえ、この機体は……接近してきたのは『シグルド』です!!」

 

 「シグルドだと!?」

 

 全く予想していなかった答えに思わずその場に全員から驚愕の声が漏れる。

 

 一体何者なのか?

 

 何故この場所を知っている?

 

 「……繋げ」

 

 様々な疑問が渦巻く中、パトリックの言葉に従い通信回線が開く。

 

 モニターには予想外にも仮面を付けた人物が映し出された。

 

 《ご無事だったようですね、閣下》

 

 「カース、貴様、生きていたのか!? シグリードは……いや、それよりも今まで何をしていた?」

 

 疑惑の籠った目をカースに向ける。

 

 パトリックが拠点としていた場所は一部を除いては誰も知らない施設だった筈。

 

 にも関わらずザフトはその正確な位置を特定し、占拠した。

 

 もしも誰かが情報を漏らしていたとしたら―――

 

 最も疑わしいのは目の前にいるこの男という事になる。

 

 そんな疑いの視線も無視し、カースはいつも通り淡々と質問に対する答だけを口にする。

 

 《申し訳ありません。次の準備を進めており、時間がかかってしまいました》

 

 「なっ、次だと?」

 

 《はい。閣下の目的―――忌まわしきナチュラル共を葬り去る為の準備です》

 

 何の躊躇いも無く『次』を口にする仮面の男に対して、困惑から憤怒へ感情がすり替わる。

 

 「貴様、何を言っている!! もはや我々には―――」

 

 《「何の戦力も残っていない」ですか? 大丈夫です、すべて私にお任せください。閣下の理想を現実にするまでは、私が力添えいたします。……それともここですべてを諦めますか? こんな場所で朽ち果てる選択をしますか?》

 

 嘲りを含んだカースの問いに体の血液が沸騰しそうなほどに熱くなる。

 

 諦める?

 

 こんな場所で?

 

 そんな選択はありえる筈はない。

 

 ナチュラル共に。

 

 そしてエドガー・ブランデルに。

 

 自分の邪魔をしたすべての者達に。

 

 この恨みと屈辱に対する報復と報いを与えるまで諦めるなど絶対にあり得ない。

 

 「……ふん、いいだろう。乗ってやる」

 

 たとえそれが悪魔の手であろうとも必要ならば取る。

 

 疑わしいとしても使える内は利用し、最後には切り捨てれば良いだけなのだ。

 

 《それでこそです、閣下。では詳しい話はそちらに戻ってからという事で》

 

 通信が切れるとシグルドがダランベールに着艦する為に近づいてくる。

 

 その姿を見つめ、パトリックは誰にも聞こえないように呟いた。

 

 「……利用していたのはどちらか、存分に思い知らせてやる」

 

 パトリックは怒りと高揚を抑え込むため拳を強く握り締め、決意と共に笑みを浮かべた。

 

 しかし彼は知らない。

 

 カースもまたシグルドのコックピットの中で同じ様に笑みを浮かべていた事を。

 

 この日からしばらくの後―――

 

 パトリック・ザラを含めたザラ派はカースの用意した戦力と共に『悲劇の地』に向かって行く。

 

 

 それが再び巻き起こる大戦『ユニウス戦役』の切っ掛け。

 

 

 俗に言う『ブレイク・ザ・ワールド』と呼ばれる事件に繋がっていくとは知る由も無く、最後の時を迎える事となる。


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