機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第17話 刃と刃

 

 

 

 

 

 エターナルによる奇襲攻撃が成功する数分前。

 

 コンビクトと激突していたスウェア、ターニングの戦いは最後の瞬間を迎えようとしていた。

 

 コンビクトの右肩部にはスウェアの繰り出したアーマーシュナイダーが突き刺さり、左腕はシールドによって弾かれている。

 

 それでも今のリアンは何を仕出かすか分かったものではない。

 

 だからこそ念には念を入れ反撃してくる可能性を封じる為にニーナはさらなる一手を打った。

 

 「ここ!!」

 

 背中のワイヤーアンカーを弾き飛ばされた左腕を狙って射出すると先端のビーム刃がコンビクトの腕を突き破り完全に破壊した。

 

 これでコンビクトはシールドを構えることすらできない、丸裸同然である。

 

 「フレイ!!」

 

 この状態ではもはや背後から迫るターニングの斬撃を防ぐ事など不可能。

 

 「はああああ!!」

 

 故にターニングの振るった一撃には微塵の迷いも、躊躇いもなかった。

 

 だからこそ次の瞬間、二人は驚愕したのだ。

 

 「「なっ!?」」

 

 両腕を奪われ追い詰められた筈のコンビクトはスラスターを使って宙返りすると刃が届く寸前で回避して見せたのである。

 

 「調子に乗るなァァァァァ!!」

 

 リアンは頭が割れるのではと錯覚しそうになるほどの鈍痛に顔を歪めながら、怒声を響かせる。

 

 まただ。

 

 またこの激しい頭痛が邪魔をする。

 

 だが、こんな所で膝を折る訳にはいかない。

 

 本当に殺したい相手は別の場所にいるのだから。

 

 「はああああ!!」

 

 I.S.システムの力をフルに発揮し、通常ではあり得ない動きで両足のビームサーベルを振るう。

 

 放たれた斬撃は完全に二機の虚を突き、避ける暇を与えない。

 

 閃光が走ると同時にスウェアのワイヤーごとアーマーが抉られ、ターニングの腕が飛ぶ。

 

 「ぐっ!」

 

 「お前たちはここでェェェ!!」

 

 「これだけ損傷していながら!」

 

 損傷個所に至近距離からイーゲルシュテルンを叩き込むが、コンビクトは一向に動きを止める様子はない。

 

 それどころか驚く事に残ったスラスターを存分に使い、最低限の動きで致命傷だけは避けている。

 

 一体どこにこんな力が残っているというのか。

 

 「死ねェェェ!!」

 

 損傷にも全く意を返さない相手の異様とも言える執念を感じ取り、二人は戦慄しながらも前に出る。

 

 「まだよ、ニーナ!」

 

 「了解!」

 

 残った左腕のグレネードランチャーが発射され、ニーナがイーゲルシュテルンで即座に撃ち落とす。

 

 発生した爆煙が三機を包み込んだ。

 

 「また目くらまし!? そう何度も同じ手が通じるものか!!」

 

 どんな損傷を受けていたとしても関係ない。

 

 今の自分であれば僅かな敵の動きであろうとも掴む事が出来る筈。

 

 リアンは激しい激痛すら無理やり抑え込み、操縦桿を強く握りしめた。

 

 感覚を刃のように研ぎ澄ませ、周囲に意識を向けると視線を鋭く左右に滑らせる。

 

 そして―――予想通りにソレはきた。

 

 視界を塞ぐ爆煙が散り、何かがこちらに突っ込んでくる。

 

 「懲りもせずに接近戦か!」

 

 コンビクトの損傷も大したものであるが、敵もまた同じ様に限界に近い状態。

 

 であるならば射撃武装の大半を失っている以上、確実に仕留める為には直接攻撃しかない。

 

 「いつでも来い!」

 

 すべてを叩きつぶす。

 

 そんな意気込みで身構えたリアンだったが、予想に反し視界に飛び込んできたのは、スウェアのワイヤーアンカーだった。

 

 「チッ、撹乱する気か! 小細工を!!」

 

 アンカーを回避する為、飛び退くリアン。

 

 そこからさらに追い打ちをかけるようにコンビクトを狙うイ―ゲルシュテルンの雨が降り注いだ。

 

 「そんなもの!」

 

 受ける気はないとリアンはそのすべてを避け切って見せる。

 

 しかしその瞬間こそがニーナ達の狙いだった。

 

 「ここ!」

 

 「何!?」

 

 煙から投げつけられたターニングのシールドが肩部を掠め、バランスを崩した所に背後から現れたアーマーシュナイダーが首元に突き刺さる。

 

 「今はその反応の良さが貴女最大の弱点なのよ!!」

 

 「ニーナァァァァ!!」

 

 正面から飛び出したニーナは最後の斬艦刀リジルをコンビクトの腹部に叩き込んだ。

 

 両腕を失ったコンビクトは本来戦える状態ではなく、撤退する以外に選択肢がない状態にまで追い詰められていた。

 

 それでもこれだけの戦闘を行った事は驚嘆に値するのだが―――

 

 ともかくニーナはそれを利用した。

 

 射撃兵装を持たず、防御も出来ないならば回避しかない。

 

 コンビクトの驚異的な反応による回避行動を利用し、攻撃を確実に当てられるようにギリギリまで追い詰め、近接射程までを誘導したのである。

 

 斬艦刀が腹部に深く突き刺さり、各所に食い込んだアーマーシュナイダーが火花を散らす。

 

 今度こそ勝敗は決した。

 

 確信した二人だったが―――コンビクトはそれでもまだ止まらない。

 

 「まだ動く!?」

 

 「リアン!?」

 

 「はああああああ!!!」

 

 バーニアユニットを吹かし、速度を上げるとスウェアに体当たりし破壊された戦艦の残骸に叩きつけた。

 

 「きゃああああ!!」

 

 「私、がァァ、貴様ら、などにィィィ! まけ、るものかァァァ! マント付、き、を、殺すまで―――」

 

 「リ、リアン」

 

 その言動にはかつての面影すらも無い。

 

 セリスへの憎しみが彼女をここまで壊してしまったのだろうか。

 

 「……たとえそうだとしても、これ以上は」

 

 反目していたしてもリアンはかつての仲間。

 

 これ以上、壊れる様が見たくはないと最後のアーマーシュナイダーを抜き胸部へと叩きつけた。

 

 「ニィィナァァァ!!!」

 

 「さようなら、リアン!」

 

 刺さったナイフが致命傷となったのか、コンビクトは色を失い今度こそ動きを止めた。

 

 「……もうし、わけ、ありませ……た、いちょう」

 

 「えっ?」

 

 聞こえたリアンの最後の声。

 

 今、確かに―――

 

 「まさか……」

 

 「ニーナ、無事!?」

 

 「……ええ、大丈夫です」

 

 フレイはボロボロになったスウェアから聞こえるニーナの声にホッと息を吐くと今度は全身に刃が突き刺さったコンビクトの方へ視線を向ける。

 

 恐ろしい敵だった。

 

 正直、ここまでの恐怖を感じた敵は今までいなかった。

 

 この敵から感じ取れたもの。

 

 それは途方も無い憎しみ。

 

 「一歩間違っていれば、私もこうなっていた……ニーナ、急いで離脱しましょう。このままじゃ月の重力に捕まってしまう」

 

 「ええ」

 

 かつての自分と照らし合わせ、一瞬だけ身震いするとフレイは帰還する為スウェアに手を伸ばす。

 

 その時だった。

 

 ビームの一射によってターニングの頭部が吹き飛ばされ、展開された煙幕によって視界が塞がれてしまう。

 

 「メインカメラが!?」

 

 「新手!?」

 

 殆どの武装を失い、満足な戦闘も出来ない状態のニーナは必死にコンソールを操作し機体を動かそうと試みる。

 

 だが―――

 

 「……足掻くか。見苦しい」

 

 突貫して来た新手の敵は即座にスウェアに接近すると横薙ぎに光爪を振るい、装甲を大きく抉る。

 

 「きゃああああ!!」

 

 「お前には餌になってもらう」

 

 装甲が落ちて動かなくなった敵を掴むとパイロットは未だ煙幕の中にいるだろうターニング方へ一瞬だけ視線を向けた。

 

 「……あの女の機体か」

 

 瞬間、自分の内で凄まじい憎悪が膨れ上がる。

 

 しかしすぐにそれを戒めると、目的の場所へと機体を進ませる。

 

 「ニーナ!」

 

 フレイが煙幕を抜けた時には新手の姿も、傷ついたスウェアの姿もかき消えるように居なくなっていた。

 

 

 

 

 戦場の中心とも言える『ジェネシスα』に撃ち込まれた陽電子砲の砲撃によって生じた衝撃波が周囲に降り注いだ。

 

 待ち構えていたテタルトスの戦艦群から発射された陽電子砲の閃光。

 

 『ジェネシスα』射線上から発射された砲撃を遮る物は無い。

 

 陽電子砲は苦も無く『ジェネシスα』本体を貫通。

 

 爆発の衝撃と共に破片が周囲に飛び散った。

 

 「陽電子砲、『ジェネシスα』に直撃!」

 

 「エターナル、急速離脱! 作戦は成功、各艦は『ジェネシスα』に対する砲撃を継続、各部隊は残存勢力の殲滅に移行、全軍に通達しろ!」

 

 「了解!」

 

 エターナルはエンジンを吹かし、速度を持って戦域から急速に離脱していく。

 

 その姿をダランベールのブリッジで睨みつけるパトリックは怒りに任せて手摺を殴りつけた。

 

 「くっ、姿勢制御! 破片に当たるな!」

 

 「「了解」」

 

 爆発に巻き込まれないよう距離を取りつつ、ジェネシスの様子を観察する。

 

 陽電子砲の直撃を受けた部分は無残に穴が空いており、そこから火の手が上がっていた。

 

 「おのれ、ブランデル!!」

 

 おそらくエドガー達は初めからこれを狙っていたのだろう。

 

 射線上に入らないように左右から挟み込む形で戦線を構築したのも、エターナルが奇襲を行いやすいようにこちらの戦力を分散させる為。

 

 そして本命である艦隊からの陽電子砲を遮らせないようにするのが目的だったのだ。

 

 こうなってしまえばパトリック達に残された手は一つしか無い。

 

 「……『ジェネシスα』本体に取り付けられている推進器を自爆させろ。アクセスを受け付けないなら、攻撃して破壊しろ。そうすれば爆発によって本体が押し出される筈だ」

 

 「それはつまり……」

 

 「そうだ。『ジェネシスα』をこのまま『イクシオン』にぶつけろ」

 

 如何にジェネシスよりも小型な『ジェネシスα』とはいえその質量はかなりのものだ。

 

 ぶつければ間違いなく『イクシオン』は崩壊し、破壊された残骸は月へと落下する事になる。

 

 そうなれば思い描いたものとは違えど、紛争の引き金になる事は間違いない。

 

 これが残された最後の一手。

 

 急げと号令を出す為に声を張り上げようとするが、その判断を下すには些か遅かった。

 

 「ッ!? 敵艦から第二射!!」

 

 「何!?」

 

 パトリックの狙いを見透かしたように正面に艦隊から再び砲撃が迸り、『ジェネシスα』に直撃する。

 

 先程の砲撃とは違い側面部を狙ったその一撃によって『ジェネシスα』は横に弾かれた。

 

 爆発によってパトリックの意図とは明らかに違う方角へと流され始める。

 

 「この流れは―――何処に向かう? 予測を出せ!」

 

 「待って下さい……出ました。このままでは『エンデュミオンクレーター』付近に落下するものと思われます」

 

 「流れを変える事は?」

 

 「無理です。先程の砲撃で幾つかの推進機を破壊されてしまいましたから」

 

 オペレーターの返答にパトリックは苛立ちに任せ、二度目の殴打を手摺に繰り出した。

 

 手立てはなく、どうにもならない。

 

 『ジェネシスα』は月へと落下し、残骸の一つとなって朽ちてゆくだけ。

 

 エドガー・ブランデルに前大戦の雪辱をするどころか、一矢報いる事すらできないとは。

 

 屈辱で掌から血が滲むほど拳を強く握り締めるとそこに通信が入ってきた。

 

 《閣下、ご無事で》

 

 「カースか。これで無事なものか! ここまで連中のいいようにやられておいて!!」

 

 カースは相変わらずパトリックの怒気に怯む様子も見せず、淡々と要件だけを口にする。

 

 《心中お察しいたします。しかし、だからと言ってこの場に留まっても全滅するだけ。閣下は残存兵力を率いて撤退してください》

 

 「くっ」

 

 確かにもはや決着はついたも同然。

 

 留まってもテタルトスの連中の餌食になるのみだ。

 

 ならばこの場は退き、再起の時を待つべきだろう。

 

 「いいだろう。ここは貴様に任せる」

 

 《了解したしました》

 

 通信が切れるとすべての感情を押し殺し、撤退命令を下す。

 

 そして睥睨するかのようにある灰色の大地を睨みつけた。

 

 「……これで勝ったと思うなよ、貴様ら。忌々しいナチュラル共々必ず葬ってやるからな!!」

 

 ダランベールは激戦の混乱に紛れ、味方機の援護を受けながら、徐々に戦域から離れていった。

 

 

 

 

 

 艦隊の砲撃による『ジェネシスα』の破壊はシグリードとベテルギウスを同時に相手にしていたセリスにとっても好機であった。

 

 周囲を襲った衝撃波に気を取られた隙にベテルギウスを蹴りを入れる。

 

 そして残骸となったモビルスーツにアサルトブラスターキャノンを撃ち込んで破壊すると爆風でベテルギウスを吹き飛ばした。

 

 「ぐぅぅ、くそ、ガンダムゥゥ!!」

 

 「そのまま退場して! 後は貴方さえ倒せば!!」

 

 吹き飛ばされたベテルギウスを見送り、残ったシグリードに向けビームサーベルを袈裟懸けに振り抜く。

 

 だがカースは難なく肩のシールドで受け止めた。

 

 「流石だな。しかし私もこの時の為に準備してきたんでね!!」

 

 サーベルを容易く捌き、至近距離からビームライフルで狙撃してきた。

 

 「強い。それにこいつはやっぱり……」

 

 『SEED』の力で反応が格段に上がっているにも関わらず、最後まで詰めきれない。

 

 やはり黒い機体のパイロットはセリスの戦い方をよく知っている。

 

 「……貴方は一体誰?」

 

 「知ってどうすると言いたい所だが最後だからな。……君にはヤキンで戦ったシグーディバイドのパイロットだと言えば分かるかな?」

 

 「なっ!?」

 

 ヤキン・ドゥーエで戦ったシグーディバイドといえばミーティア・コアを装着した異形のモビルスーツの事に違いない。

 

 あの最後の瞬間、確かにブルートガングで機体を貫いたと思っていた。

 

 しかしどうやら詰めが甘かったようだ。

 

 「自己紹介でもしようか。アシエル・エスクレド、それが私の名さ」

 

 「アシエル……ニーナの元上官」

 

 「かつての部下が世話になっているようだな。それはどうでもいいがね。私の目的はあくまでも君と戦う事だからな」

 

 銃口から発射されるライフルの一撃をかわしながら、こちらも負けじと撃ち返す。

 

 「……復讐ですか?」

 

 今まで戦場で何人もの敵を討ってきた。

 

 その中にはアシエルの部下も大勢いた事だろう。

 

 恨まれていたとしてもおかしくない。

 

 「違うな。あの時も言っただろう、君と戦うこの瞬間こそが私が求めてやまないものだと!!」

 

 その為にカースは与えられた役目の間にすべてを準備してきた。

 

 ヤキン戦の経験やリアンが手に入れたデータから対セリスの訓練を積み続け、舞台を整えた。

 

 すべてはこの瞬間の為にだ。

 

 機体を回転させたカースは一気に懐に飛び込みビームソードで斬り払ってきた。

 

 「貴方はまだそんな事を!」

 

 「これも言った筈だろう、君には最後まで付き合ってもらうとな!!」

 

 「……ならそんな妄執はここで断ち切る!」

 

 「やれるものならばな!!」

 

 ビームソードを受け流し、『ヴァルファズル』を抜き放とうと柄に手を掛ける。

 

 「その武装は厄介だからな、使わせる訳にはいかないな!」

 

 腹部から放たれたヒュドラが大剣を掠め、アイテルの手から弾き飛ばす。

 

 そして再びビームソードで斬り込んできた。

 

 まともにシールドで受けたのでは切り裂かれると判断したセリスは残った右肩のビームフィールドで防御に回る。

 

 阻まれたビームソードがフィールドと干渉しあい、激しい光を迸らせた。

 

 そんな中でカースはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「確かにその装置の防御力は大したものだが、長時間展開できないという致命的な欠点があるようだな」

 

 「ッ!?」

 

 「ここで防御に回ったのは失策だ!!」

 

 展開されたフィールドの限界時間。

 

 出力が弱まるにつれ、力任せに押し込まれる刃を留めきれない。

 

 「はあ!!」

 

 振り抜かれた一撃がフィールドを消し去り、肩部を大きく斬り裂くと刻まれた斬痕と共に爆発が起き、煙が舞い上がる。

 

 「ぐぅ!」

 

 「これで終わりかな!」

 

 「そうはいかない、アサルト!!」

 

 前面にせり出した砲塔から強力なビームが飛び出し、近距離にいたシグリードの肩を捉えて吹き飛ばした。

 

 「ぐああ!!」

 

 奇しくも同じ部位を損傷した二機は睨みあうようにして月面へと落ちてゆく。

 

 そこは今まさに『ジェネシスα』が落下しようとしていた『エンデュミオンクレーター』付近だった。

 

 

 

 

 「くそが! ガンダムめ!!」

 

 引き離されたアルドは落下していくアイテルヴァルキューレとシグリードの姿を睨みながら吐き捨てる。

 

 一瞬、憤りに任せ追おうかとも思ったが周りの状況がブレーキを掛けた。

 

 『ジェネシスα』が落ちた以上、もはや勝敗は決したと見て良いだろう。

 

 残れば『レメゲトン』にいた連中からも挟撃され、テタルトスに囲まれる。

 

 つまりここが離脱できる最後の機会という事になる。

 

 「……チッ、ザラ閣下はとうにお逃げになられているようだし、次の機会を待つ方が無難か」

 

 少なくともここが命を捨てるべき場所とは思えない。

 

 《アルド・レランダー、何をやっているさっさと退くぞ!》

 

 「ああ、言われるまでもないさ」

 

 近くにいたジンからの通信にぶっきらぼうに返すとベテルギウスは離脱しようとしているナスカ級へと方向を変えた。

 

 だが、そこでコックピットに敵機接近の警報が鳴り響く。

 

 「これは」

 

 近くにいたジンは投げつけられたブーメランによって両断され、続けて放たれるライフルの射撃が容赦なくベテルギウスに襲いかかる。

 

 正確無比。

 

 これほどの腕、自分が知っている中でも数人しかいない。

 

 モニターに映し出されたデータを読み取るまでも無くアルドは向ってくる相手。

 

 紅い機体に搭乗しているパイロットを看破した。

 

 「わざわざ来てくれるとはな―――アスラン!!」

 

 「逃がさない、アルド・レランダー!!」

 

 背中のマニュピレータ―から放出したビームサーベルを構えると突撃してくるガーネットを迎え撃った。

 

 オートクレールとビームサーベルが交錯し鍔ぜり合う。

 

 眩い光に照らされながらアルドは狂獣と呼ばれるにふさわしい笑みを浮かべた。

 

 「よう! 俺に落とされにきたのか、アスラン!」

 

 「軽口に付き合う気はない。今日こそお前と決着をつけてやる!!」

 

 「そりゃ結構! 望む所だと言いたいがな、生憎今日はこれ以上、戦う気はないんだよ!!」

 

 こんなお互いに消耗した状態では拍子抜けもいいところ。

 

 殺り合うならば、お互いが存分に戦えるようなもっと別のステージで戦いたいというのはアルドの本音だった。

 

 そんなアルドの本音を見抜いているのか、アレックスは怒りを込めて力任せにベテルギウスを弾き飛ばすと、三連ビーム砲を叩き込んだ。

 

 「そんな貴様の都合など!」

 

 「こっちには関係ないか。でもな、悪いが押し通させてもらうぜ!!」

 

 残弾の無いレール砲を切り離し囮にすると両手の多連装ビーム砲を一斉に連射する。

 

 逃げ場のない網の目の様に張り巡らされたビームによって足止めされたガーネットを尻目にアルドは離脱を図った。

 

 「逃がすか!!」

 

 アレックスはオートクレールを両手に構え、ビームの網を次々と斬り裂いてゆく。

 

 そして離脱を図るベテルギウスを追ってエクィテスコンバットのスラスターを全力で噴射した。

 

 

 

 

 

 月の重力に引かれ、落下してゆく『ジェネシスα』

 

 場所を同じくして刃を交えるアイテルとシグリード。

 

 月面に落ちてゆくのを感じながらセリスは最後の力を振り絞る。

 

 「バッテリー残量も少ない。決着をつけないと!」

 

 表示された残り僅かなバッテリーのメーターを確認すると傷ついてなお、斬りかかってきた敵機を睨みつける。

 

 「ガンダム!!」

 

 袈裟懸けに払われたビームソードがシールドを捉えて斬り裂いた。

 

 「アンカー!!」

 

 使えなくなった盾を投げ捨て、ロケットアンカーを射出する。

 

 背中から飛び出したビーム刃が容赦なくシグリードの右脚部を噛み千切った。

 

 「ぐぁぁ!! まだまだァァァ!!」

 

 カースはあえて機体を前面に押し出しアイテルに向けて体当たりしてビームソードを突き立てる。

 

 それは容易くアイテルの左腕を斬り落とし、アサルトブラスターキャノンまでも破壊した。

 

 「終わりだ、ガンダム!!」

 

 「このォォォォ!!」

 

 セリスは残った右手でサーベルを逆手に抜くとシグリードの右腕を叩き斬り、背中へと突き立てた。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 敵機に膝蹴りを入れて突き放しブルートガングを引き出し、シグリードに向けて叩きつける。

 

 「はああああ!!」

 

 「やられるか!!」

 

 カースもまた左手の刃を勢いよく突き出す。

 

 ―――刃と刃。

 

 ヤキン・ドゥーエの戦いと全く同じ。

 

 そして今回、軍配が上がったのはカースの方だった。

 

 ビームソードの刃はブルートガングの刃を逸らし、アイテルの装甲を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 「今度は私の勝ちだな、ガンダム!!」

 

 勝利を確信するカース。

 

 しかし―――

 

 「いえ、まだ!」

 

 彼女の瞳は未だ光を失わず、力強さに満ちている。

 

 それはこの劣勢にあってなお諦めていないという証明。

 

 セリスは操縦桿のスイッチを押すと、再びヴァルキューレから二つのアンカーが発射された。

 

 「そんなもの、二度も当たらん!」

 

 軌道を読み切っていたのか、シグリードは機体を逸らすのみで回避する。

 

 しかしセリスの狙いはそこではなかった。

 

 アンカーの狙いはシグリードではなく弾き飛ばされた大剣『ヴァルファズル』だった。

 

 「何!?」

 

 引き戻された大剣を手にしたセリスは今度こそ最後の勝負に出る。

 

 「はああああああああ!!!」

 

 「くっ」

 

 虚を突かれたカースは僅かに反応が遅れてしまった。

 

 それでも突き出したビームソードはアイテルの頭部を捉え突き潰す。

 

 だが一瞬だけ速く振るわれた『ヴァルファズル』の刃がシグリードのヒュドラの発射口に深く突き刺さった。

 

 「……相討ちと言いたいところだが、私の負けか」

 

 「……貴方は」

 

 『ヴァルファズル』が抜け、崩れ落ちるようにシグリードは月面へと落下していく。

 

 そして地面に落ちると同時に爆発した。

 

 静かに見届けたセリスは時を同じくしてクレーターへと落ちた『ジェネシスα』の姿を確認する。

 

 どうやらアレックス達の作戦は上手く行ったようだ。

 

 「撤退した敵も気になるけど残った連中は殆ど撃墜したようだし、これで戦いも終わる。一応オーディンに連絡を入れよう」

 

 後方で支援を行っているオーディンに無事である事とこれから帰還する旨を伝え、離脱しようとするとレーダーに反応があった。

 

 「……友軍の反応」

 

 反応があった地点をモニターで拡大するとスウェアが月面に横たわっている姿が飛び込んできた。

 

 「ニーナ!?」

 

 遠目ではあるが目を凝らすまでも無くスウェアであると確信できる。

 

 全身傷だらけになっており、殆ど大破した状態になっていた。

 

 「助けにいかないと!」

 

 何故こんな場所に居るのかは分からない。

 

 しかしアレではパイロットであるニーナも危険だ。

 

 セリスは月面に降り、スウェアが横たわる場所へと急行する。

 

 だが―――そこには思わぬ敵が待ち受けていた。

 

 けたたましく鳴り響く警報。

 

 それに伴い姿を現したのは白い一つ目のモビルスーツ。

 

 細部に違いはあれど、セリスも良く知っている機体だった。

 

 ZGMF-F100 『シグルド』

 

 前大戦で投入されたFシリーズ最初の機体であり、破格の性能を誇る特務隊専用のモビルスーツ。

 

 「……どうしてこんな場所にシグルドが」

 

 ザラ派の残党だろうか。

 

 スウェアの元へ行かせまいと立ちふさがるシグルドを警戒しながら睨みつけ、『ヴァルファズル』を構える。

 

 バッテリー残量は殆どなく、今も警戒音が鳴り響いている状態である。

 

 機体状態を考えても、長期戦は出来ない。

 

 覚悟を決め、前に出ようとしたセリスの耳に敵機から声が聞こえてきた。

 

 「……セリス・ブラッスールだな?」

 

 「ッ!?」

 

 すべてを憎む亡者を連想させる怨嗟の声にセリスに本能的な恐怖と嫌悪。

 

 そして直感的な警告が駆け抜ける。

 

 この敵は危険だ。

 

 速やかに倒してしまうべきであると。

 

 「貴方は誰?」

 

 「……答える気はない。まずは大人しくして貰おうか」

 

 シグルドは左腕のシールドに付属しているビームクロウを展開すると、躊躇い無く振り抜いてきた。

 

 「くっ」

 

 容赦の欠片も無い攻撃にセリスは冷や汗を掻きながら、ブルートガングで光爪を捌き反撃の機会を窺う。

 

 しかしアイテルはシグリードとの決戦で受けたダメージが大きすぎる所為か、上手く動かせない。

 

 そんな事情などお構いなしで、攻撃を仕掛けてくるシグルドの攻勢は激しくなる一方だった。

 

 そしてついにアイテルの足が振り抜かれたビームクロウに捉えられ、いとも簡単に噛み砕かれてしまった。

 

 「ぐっ、強い!?」

 

 敵の技量はエース級よりも上。

 

 まともな状態であったとしても苦戦は免れない強敵だった。

 

 攻めきる事が出来ず、防戦一方のセリスは賭けに出た。

 

 ジリ貧のまま削り殺されるくらいならば、状況打開の可能性がある方を選ぶのみ。

 

 損傷覚悟で『ヴァルファズル』を叩きつけようと構え取る。

 

 間合いを詰めようとしたセリスだったが、予想外の機体が駆けつけてきた。

 

 「下がれ、ブラッスール中尉!」

 

 「まさか、リベルト大尉ですか!?」

 

 上方からシグルドに向けビームライフルによる撃ちこんできたのはリベルトのジンⅡだった。

 

 的確な射撃で敵を誘導すると接近戦を仕掛ける。

 

 抜き放った対艦刀クラレントがビームクロウと鍔迫り合い、何度も火花を散らす。

 

 弾けては互いにビームを撃ち合い、刃を振るう。

 

 だが此処でジンⅡと鎬を削っていた筈のシグルドは、何度目かの激突をもって急に背を向け反転した。

 

 「えっ、逃げた?」

 

 正直、拍子ぬけだった。

 

 もっと執拗にこちらを攻めてくるかと思ったのだが―――

 

 「中尉、大丈夫か?」

 

 「あ、はい。私は大丈夫です。でも、ニーナが……」

 

 ボロボロのスウェアからはニーナの安否は確認できない。

 

 通信機も壊れているのか、呼びかけにも全く返事がない状態だった。

 

 急いでコックピットを確認したいところなのだが、もしもメットに傷でも入っていたらより危険な状態にさせてしまう可能性もある。

 

 「ならば近くに破棄されたテタルトスの監視施設がある。そこに一旦機体を運んでカリエール少尉の安否を確認した方が良い」

 

 「監視施設?」

 

 「ああ。月の裏側を警戒する軍事ステーション『オルクス』の建設が開始されるまでは、巡回の部隊と月の所々に建造された監視施設で月周辺の防衛網を構築、警戒を行っていた。『オルクス』の建造が始まって以降は、破棄された施設も多いのだが、此処よりは安全だろう」

 

 確かにここに留まるよりもオーディンの迎えが来るまではその施設で待機していた方が安全だろう。

 

 敵も完全に退いたとも思えないし、体勢を立て直す意味でも丁度良い。

 

 「分かりました。そこまで案内をお願いします、リベルト大尉」

 

 「了解した」

 

 ジンⅡと共にスウェアを掴み抱えあげると、破棄された監視施設に向けて移動を開始した。

 

 敵を警戒しながら進んでいくと岩場の陰に作られた建造物が見えてくる。

 

 どうやら大した武装も配置されていない小規模な施設のようだ。

 

 「アレだ」

 

 基地内に入り込むとリベルトの指示通りに格納庫らしき建物の中にスウェアを運び入れ機体を着地させる。

 

 格納庫の扉が閉まり、酸素がある事を確認するとセリスは機体から飛び出してスウェアに飛び付いた。

 

 「ニーナ!」

 

 焦りながらコックピットハッチの開閉スイッチを押すと「ギギギ」と引っかかる音を立てながら中途半端に開かれる。

 

 どうやら損傷した所為で、上手くハッチが開かないらしい。

 

 「この!」

 

 無理やり人が入れる隙間までハッチをこじ開けるとパイロットスーツを着たニーナの姿が見えた。

 

 コックピットの中へ入り、無事を確かめる為に耳を寄せるときちんと呼吸している音が聞こえてくる。

 

 「ハァ、生きてる。でも……」

 

 無事だった事に安堵しながら、セリスは体の方に視線を移した。

 

 大きな外傷は見当たらないが、呼吸は浅く顔色も悪い。

 

 意識も戻らないし、見えない部分を負傷している可能性がある。

 

 急いで治療を受けさせないと危険かもしれない。

 

 「ただ待っているよりはもう一度オーディンへ連絡を入れて、迎えを寄こしてもらった方がいいかも」

 

 アイテルの通信機が使えない場合にはリベルトのジンⅡから連絡を入れて貰おうと決めると機体へ戻る為にスウェアから飛び降りる。

 

 

 そして床に足をつけたその瞬間―――

 

 

 乾いた銃声が鳴り響き、背後からセリスを撃ち貫いた。


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