機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第14話 降り注ぐ砲火の中へ

 

 

 

 

 視界に入ってくるのは破壊されたモビルスーツや戦艦の残骸。

 

それに当たらぬよう機体を巧みに動かしながら、フレイ・アルスターは敵機を迎撃する。

 

 「そこ!」

 

 右手に握ったビームライフルがジンの胴体を貫き、その隙に回り込んだAAがビームサーベルでシグーを横薙ぎに叩き斬る。

 

 「良し、そのまま左側の援護に回って!」

 

 「了解!」

 

 フレイの指示によって同盟は少数ながらも、敵機の連携を分断。

 

 互角の戦闘を繰り広げていた。

 

 その指示は実に的確で、味方の危機を救ったのも一度や二度ではない。

 

 アークエンジェル時代から積み上げられた訓練と蓄積された戦闘経験が、彼女を優秀な指揮官へと育て上げていた。

 

 「ムラサメ二番機、僚機のフォローを!」

 

 アグニ改の一撃で味方の動きを援護しながら、自身もまた持ち前の機動性で敵の撹乱に徹する。

 

 ターニングのシールドに内蔵されたガトリング砲の砲撃が敵を誘導すると接近したムラサメの斬撃で撃破した。

 

 フレイは素早く視線を滑らせ、敵の位置を把握すると声を張り上げた。

 

 「良し、このタイミングなら! イザナギ!!」

 

 「ローエングリン、撃てぇ―――!!!

 

 待ち構えていたイザナギから放たれる陽電子砲の一撃が残っていた敵を薙ぎ払い、母艦であったナスカ級を破壊した。

 

 「ハァ、周囲に敵影無し。これでこちらを追撃してきた部隊はすべて潰した。問題はアレね」

 

 すでに随分距離が離されたにも関わらず、肉眼でも確認できる『ジェネシスα』の姿が見える。

 

 テタルトス調査隊やイザナギは発射された『ジェネシスα』の砲撃から逃れる事に成功した。

 

 しかしその衝撃波と敵機の追い打ちによって編隊を崩され、その隙を突きザラ派は集めた戦力と共に移動を開始。

 

 完全に引き離されてしまった。

 

 だが不幸中の幸いか、テタルトス軍と交戦していたザフトはこの騒ぎに紛れてすでに後退している。

 

 しばらく戻ってくる事は無いだろう。

 

 「一旦、イザナギと合流しよう」

 

 フレイがイザナギと合流すると、そこにセイリオスが近づいてきた。

 

 所々傷付いているが、あの激戦と衝撃の真っ只中でかすり傷程度で済んでいるのは驚愕に値する。

 

 「イザナギ、聞こえていますか? 私は調査隊の指揮を任されているヴァルター・ランゲルト少佐です」

 

 「イザナギ艦長、セーファス・オーデンです。申し訳ない、支援に来たと言いたいところなのですが、どうやら遅すぎたようです」

 

 申し訳なさそうに拳を握るセーファスにヴァルターは場に似合わぬ程、穏やかに微笑むと首を振った。

 

 「いえ、むしろ来て下さって助かりました。同盟軍の援護がなければ、もっと被害は拡大したでしょうから」

 

 それはあのハイエナ―――ベテルギウスのパイロットを見れば分かる事だ。

 

 奴ならば傷ついた者から片っ端から破壊していったに違いない。

 

 あの黒いシグルドの発展型を相手にしていてはヴァルターでもベテルギウスから味方を守り切れなかっただろう。

 

 それだけ二機とも危険な相手だった。

 

 だからこそこの場で仕留めきれなかったのは口惜しい。

 

 「それよりもイザナギはすぐに動けますか?」

 

 「ええ、準備が整えばすぐにでも」

 

 「では、この場は私に任せて、彼らを追ってください。今からでは間に合うかは分かりませんが、戦力は少しでも多い方が良い」

 

 確かに今からイザナギが全速力でザラ派を追ったとしても、間に合うかどうか。

 

 しかし速度を持った機体なら―――ターニングやムラサメであれば、あるいは追いつける可能性もある。

 

 「我々も残存兵力をまとめ、準備が整い次第、追撃しますので」

 

 「分かりました」

 

 モビルスーツ部隊を収容したイザナギは月に向かって行った『ジェネシスα』を追って反転する。

 

 追いつけるかどうかは、五分と五分。

 

 それでも最善を尽くす為、強行軍が始まった。

 

 

 

 

 カガリ・ユラ・アスハは重苦しい雰囲気に包まれた部屋のモニターの前に座っていた。

 

 彼女が表情を強張らせ待機している部屋には補佐役であるショウ以外誰もいない。

 

 今彼女がいるのは『イクシオン』に設置された通信室。

 

 皆が戦いに赴こうとしている傍らでカガリ達がここで何をしているかと言えば、ある人物との交渉を行おうとしているのだ。

 

 その相手はプラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダル。

 

 カガリは今からプラントをまとめ、率いている男と対峙せねばならないのだ。

 

 正直、カガリは政治家の卵というのすらおこがましい駆けだしの若輩者。

 

 はっきり言って経験も実力にも差があり過ぎる。

 

 本来ならアイラのような場慣れした交渉役が担当するのが筋なのだろうが、生憎今動けるのは自分だけ。

 

 「……やれるだけやるしかないな」

 

 カガリが頭の中で交渉内容などの整理を行っていると、コンソールから高い音が響き渡った。

 

 「時間の様です。カガリ様、よろしいですね?」

 

 「ああ」

 

 ショウがスイッチを入れるとモニターが点灯し、別の場所を映し出す。

 

 モニターには場違いなほど穏やかな笑みを浮かべた黒髪の男が映っていた。

 

 《お待たせして申し訳ありません。こちらも今は慌ただしいもので》

 

 彼がギルバート・デュランダル。

 

 面識のあるメンバーからの話を聞いていたからというのもあるが。

 

 なるほど。

 

 一見穏やかそうだが、油断ならない人物である事は感じ取れる。

 

 ゲオルクが死線を駆け抜けた屈強な戦士を連想させるなら、彼はあるゆる状況を想定し策を用いる軍師を彷彿させる。

 

 カガリは決して雰囲気に呑まれまいと密かに気合いを入れ直すとモニターに映った男を見据えた。

 

 「いや、むしろ忙しい中で時間を割いていただいた事に感謝する」

 

 《では始めましょうか。そちらの補佐官からの話を聞く限り、かなり難しい案件のようですが?》

 

 難しい案件というのは確かにその通りだろう。

 

 カガリは掌が汗ばむのを感じながら、特にその件について言及する事無く要件を伝える為に話し始めた。

 

 《なるほど、つまり月へ部隊派遣するなということですか?》

 

 「いえ、そこまでは言いません。こちらが言いたいのは、今から開始される作戦が終了するまでは戦域に介入するのを待っていただきたいという事です」

 

 簡潔に言ってしまえば「部隊の出撃させても、戦場には入るな」というのがカガリからの要求だった。

 

 と言ってもどれだけ無茶な要求かというのも重々承知している。

 

 カガリに対しテタルトスから要請されたのは、今回の戦闘においてザフトの軍事介入を阻止してほしいという一点だった。

 

 『ジェネシスα』の存在が発覚した以上、プラント側は確実に軍事介入を行ってくる。

 

 表立った敵対ではなく仮初であろうとも地球側と融和を掲げているプラントは今波風立つような存在を許す事はしない。

 

 前大戦の悪夢の象徴でもあるジェネシスなど現在の彼らにとって邪魔な存在でしかない筈だ。

 

 となれば排除に動くのは当然。

 

 もしもあの存在を放置すれば、地球側から関与を疑われ余計な火種になるだろう。

 

 しかしそうされて困るのはテタルトスや同盟である。

 

 ザフトが動けば地球軍も動く。

 

 そうなれば作戦はさらに困難を極める事になる上、月全土を巻き込む戦争が起きかねない。

 

 本来であればテタルトスが動くというのが道理なのだろう。

 

 しかしプラントの仲は非常に険悪であり、碌な交流も外交ルートもない。

 

 引き換え中立同盟はそこまで親密でないにしろクライン派を支援していた縁から、独自のルートを持っている。

 

 そこでカガリにこうして交渉役を要請してきたという訳だ。

 

 《ですが我々とて動かない訳にはいかないのは御承知のことだと思いますが? 流石にアレを見て黙って見過ごす事はできない》

 

 デュランダルの言い分は正しい。

 

 カガリが同じ立場であったなら、同様の判断を下す。

 

 だが、その答えもすでに予想していた。

 

 「プラントの立場は分かっています。ですから我々の作戦の成否がハッキリするまではテタルトスの防衛線ギリギリの位置で待ってほしい」

 

 《しかし貴方達の作戦が確実に成功するという保証はありません。プラントに害する可能性のあるものを放置はできない》

 

 「ええ、ですがこれはそちらにもメリットがない訳ではない。仮に作戦が失敗しようとも、戦闘時に敵に関する情報収集や戦力の消耗を待つ事も出来る」

 

 ジェネシスαの射程が短い事はデュランダルも把握している筈。

 

 なら少なくともプラントが狙い撃ちされる心配はない事も知っている。

 

 その間に敵戦力の把握に努めればよい。

 

 さらに敵を削るという意味では、プラント側に都合がいいのも確か。

 

 邪魔なテタルトスの戦力も削れて一石二鳥という訳だ。

 

 つまりザフトにとって作戦が成功しようが、失敗しようが、どちらにしても損にはならないのである。

 

 《良いのですか? それはつまり自分達、ひいてはテタルトスを利用しろと言っているようなものですが》

 

 「ああ、その通りだ」

 

 面と向って言う必要はないが同盟がテタルトスを利用しているというのは事実だ。

 

 それはテタルトスの方も同様に利用している節があるのだから、お互い様である。

 

 《ふむ、なるほど……確かにおっしゃる通りですね。わかりました、同盟からの要請をお受けしましょう》

 

 「えっ」

 

 《同盟には前大戦からの借りもありますからね》

 

 あっさりと了承するデュランダルに呆気に取られて、間抜けな声が出てしまう。

 

 もっと揉めると思っていたのだが―――

 

 内心安堵していたカガリの油断を突くかのように、デュランダルはこちらの心臓をわし掴みにするような冷たい声が発せられた。

 

 《―――ただその代わりと言ってはなんですが、我々からの要請も聞いていただきたい》

 

 「……要請?」

 

 《はい、貴方達同盟からのものと違って別に難しいものではありませんから、ご安心を》

 

 彼の言葉を全く信用できないのは、自分が疑り深くなっているからだろうか。

 

 「内容は?」

 

 《プラントと同盟の間に貿易を再開したい》

 

 中立同盟とプラントは前大戦時では敵対し戦争状態に陥っていたが、戦争終結後は休戦協定を結んだ。

 

 しかしすべてが元通りになった訳ではない。

 

 テタルトスに関する事では対立して大きな溝があるし、国民は未だにプラントに対して否定的な意見が多い。

 

 故に様々な要因からごく一部分を除き、貿易や国同士の渡航など制限が設けられている。

 

 彼はそれを解除しろと言っているのだ。

 

 「……それは私の一存ではどうにもならない」

 

 《では交渉は決裂という事ですかな?》

 

 お互いの立場や主張がある以上を全面的に通すというのは無理な事だ。

 

 ならばどうにか納得できる妥協案を提示しなくては話い合いは平行線のまま。

 

 だからこそ妥協してなお、相応のメリットを出す必要がある。

 

 「それは同盟全体という意味だ。オーブに関してだけならば、一考の余地がある。即答はできないが、近いうちに結果が出せるだろう」

 

 《なるほど、分かりました。では、それでお願いします。近いうちにまた、連絡いたします、アスハ代表》

 

 モニターから映像が消えると同時に緊張から解放されたカガリは椅子の背もたれに身を任せる。

 

 正直、モビルスーツに乗るよりも疲れた。

 

 「お疲れ様でした、カガリ様、概ね予想通りの展開になりました」

 

 「ああ、どうにかな」

 

 会談に臨むにあたり、カガリはショウと事前の打ち合わせを行い、ある程度会談内容を予測し、対策を立てていたのだ。

 

 「それはデュランダル議長も同じでしょうが」

 

 「どういう事だ?」

 

 「議長はこちらの要求も切れるカードもすべて予想済みだったという事ですよ」

 

 カガリは交渉の事で精一杯だったらしく相手の様子を探る余裕も無かったようだが、デュランダルは違う。

 

 終始、彼は表情を崩さず、声色に冷たさはあったが笑みを絶やさなかった。

 

 さらに受け答えにも淀みがなく、常に余裕を保っていた事からも会談自体が議長の予想範囲内であった事を如実に示している。

 

 つまりすべて議長側の予定調和だったという事だ。

 

 「そうか。ここに居たのがお姉さまであれば……」

 

 悔しそうに唇を噛むカガリだが、別に彼女が悪かった訳ではない。

 

 確かに未熟で経験不足であった事は確かだが、今回の件に関しては相手が悪かったのだ。

 

 「そう落ち込む事はありません。我々の目的は十分に果たせました。後は彼らに任せましょう」

 

 「そうだな。ミヤマ、すぐに本国に連絡をとるぞ。それから会議の資料を用意してくれ」

 

 「ハッ」

 

 今、できる事はやった。

 

 なら、後は信じて待つだけだ。

 

 「皆、無事で戻れよ」

 

 カガリは祈りを込めてそう呟くと、通信室の機械を止めショウと共に光の消えた部屋を後にした。

 

 

 

 

 モニターに映る少女の顔が消えると同時にギルバート・デュランダルは笑みを深めた。

 

 背後に控えていた秘書官であるヘレン・ラウニスが不思議そうに聞いてくる。

 

 「議長、あれでよろしかったのですか?」

 

 彼女からすれば、わざわざこんな交渉に応じる意味がないと思っているのだろう。

 

 だが同盟、オーブとの間に限定的であっても貿易や渡航が再開される意味は大きい。

 

 それに―――

 

 「問題ないさ。これで連合や同盟の目は月に釘付けになり、動きやすくなる。月周辺を警戒している部隊とデュルク達に指示を出してくれ、ヘレン」

 

 「了解しました」

 

 デュランダルは再び端末のモニターに目を向ける。

 

 そこには月を中心とした宙域図が映し出され、複数のポイントに印がついていた。

 

 「さて、後は『彼女』に関してか。そちらはクロードの采配に期待させてもらおうかな」

 

 その時、執務室から出ようとしていたヘレンが振り返る。

 

 「申し訳ありません議長、もう一つ報告がありました。『彼』が先程、地球から帰還したそうです」

 

 「そうか。では、戻ってきた早々悪いが、彼にも月へ向ってもらう」

 

 ヘレンは黙って頷くと今度こそ部屋から退出していく。

 

 デュランダル一人になった部屋には静かにキーボードが叩かれる音だけが響き渡る。

 

 彼の表情は変わる事無く、満足気な笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 『ジェネシスα』は迂回しながらではあるが、確実に月を目指して移動している。

 

 狙いは月の主要都市か。

 

 軍事ステーションか。

 

 それとも他の目標があるのか―――

 

 ただはっきりしている事が一つ。

 

 何処に発射されようとも、直撃を受ければ甚大な被害が出るという事である。

 

 だからこそ撃たれる前に何としても破壊しなくてはならないのだ。

 

 一つの目標に向けた、意識の統一。

 

 テタルトスの部隊の士気はかつて無い程ほど高まっている。

 

 そんな月側を迎え撃つべく、ザラ派や傭兵達の機体もジェネシスを守る為に立ちふさがっていた。

 

 一触即発。

 

 睨みあうモビルスーツが、徐々に近づき―――

 

 そして火蓋は切って落とされた。

 

 片方がビームを発射すると同時に敵によって撃ち返され、数多の閃光が宇宙を駆ける。

 

 「此処を抜かせるな、狙いは背後に設置されている大型推進機だ! 間違ってもジェネシスの射線上に入るなよ!」

 

 「「了解!!」」

 

 部隊が左右に分かれると、先陣を切る形でリベルトのジンⅡが突出する。

 

 速度を上げて誰よりも早く接敵すると新型コンバット『ソードコンバット』の武装、対艦刀『クラレント』を一気に振りかぶった。

 

 「どけ!」

 

 クラレントの刃が敵の駆るゲイツを胴体を容易く両断。

 

 『ソードコンバット』に搭載されたビーム砲を駆使して敵陣形を崩しにかかる。

 

 その隙にもう一本の対艦刀を抜き、二刀を持って乱れた敵陣に斬り込んでゆく。

 

 『ソードコンバット』は地球軍のストライカーパック『ソードストライカー』と違い、ある程度の砲撃戦もこなせるように設計されている。

 

 無論、本格的な砲撃戦となれば、話が違ってくるだろう。

 

 だが通常戦闘において支障はなく、接近戦においては無類の威力を発揮する。

 

 それを証明するように、二つの刃は次々敵に損傷を与えてゆく。

 

 「調子に乗るな!!」

 

 「囲め!」

 

 敵もまた戦い慣れた手練れ揃いであり、簡単に突破は出来ない。

 

 崩れた陣形も即座に立て直され、逆襲される形で囲まれてしまう。

 

 「流石に簡単に突破できるほど甘くはないか」

 

 今回の作戦でのネックは正面からは攻めにくいという点だった。

 

 理由は簡単、正面に立つという事はジェネシスの射線範囲に飛び込む事と同義だからだ。

 

 いかに大部隊で攻め立てようとも、敵部隊を突破したとしても、ジェネシスの直撃を受けてしまえばすべてが水泡に帰してしまう。

 

 だからこそテタルトスは慎重な攻めを求められていた。

 

 そんな一進一退の攻防が続く中、準備を終え『イクシオン』から出撃した白亜の戦艦オーディンが戦場に到着する。

 

 「やはり守りは厚いようだな」

 

 テレサの眼前ではテタルトスは事前の予定通り二手に分かれ、ジェネシスに取りつこうと奮戦しているようだ。

 

 それも敵の守りによって食い止められている。

 

 「想定の範囲内か。良し、各機は作戦通りに。オーディンは後方で支援を行う。対艦、対モビルスーツ戦闘用意!!」

 

 「「了解」」

 

 オーディンのハッチが解放され、新装備を装着したアイテルとスウェアがカタパルトへ設置される。

 

 「じゃあセリス、先に行くわ」

 

 「うん、気をつけて、ニーナ」

 

 「貴方もね、ニーナ・カリエール、スウェアガンダム、出ます!!」

 

 新装備である『アルスヴィズ』のスラスターの噴射と共にカタパルトから押し出されたスウェアや他の機体が戦場へと飛び出す。

 

 それを見届けたセリスは最後のチェックを素早く行う。

 

 少し前に機体を動かした時も、異常は見られなかったから大丈夫とは思う。

 

 これも念の為だ。

 

 「各部正常、『ヴァルキューレ』異常なし! 後はこのマントがどこまで当てになるかだよね」

 

 アイテルは新装備以外にも機体全体を覆い隠す、布状の物を纏っていた。

 

 これはビームコーティングを施した試作の防御マント。

 

 ビームライフル程度のものであればビームの遮断が可能で若干ではあるがステルス効果もあるという代物である。

 

 「気休め程度だと思っておけば良いかな。良し、準備完了! セリス・ブラッスール、アイテルガンダムヴァルキューレ、行きます!!」

 

 オーディンから出撃したセリスは一気に加速し、ニーナ達とは反対方向へと機体を向かわせた。

 

 「あれは!?」

 

 「敵!?」

 

 「反応が遅い!」

 

 ステルスの効果があったのか、乱戦の為か。

 

 碌に防御の姿勢も取らず接近を許した敵機に向けてセリスはマントの下から伸びている柄を握ると一気に振り抜いた。

 

 取り出されたのは大剣。

 

 刀身に設置された放出口からビーム刃が発生し、呆気なくゲイツを構えた盾ごと食い破る。

 

 「うあああああ!!」

 

 斬撃を前に抵抗も出来ないまま盾ごと両断されたパイロットは蒸発し、死体も残さず消え失せた。

 

 「何だ、あの武装は!?」

 

 アイテルが握るのは『ヴァルキューレ』に付属する武装。

 

 大型多連装高出力ビーム発生器『ヴァルファズル』。

 

 これは刀身に幾重にもビームの放出口を設置し、通常の斬艦刀とは比較にならない切れ味を誇る刃を形成できる武装である。

 

 「やっぱり使い勝手が悪い」

 

 セリスはチラリと横目でバッテリーを気にしながら、ヴァルファズルを腰に戻す。

 

 この武器はアンチビームシールド諸共斬り裂ける強力な刃を生み出せる反面、非常に燃費が悪い。

 

 「その分、慎重にいかないと!」

 

 ライフルに持ち替え、敵からのビームをマントで弾くと次々と狙撃していく。

 

 「ぐあああ!」

 

 「くそ、ビームが弾かれる!?」

 

 「チッ、接近戦で仕留めろ!」

 

 距離を置いての射撃戦では埒が明かないと判断したジンやシグーが重斬刀を抜き、上下からアイテル目掛けて斬り込んできた。

 

 だがセリスは焦る事無く上段からの一撃を捌き、至近距離からライフルでジンのコックピットを撃ち抜く。

 

 そして下方から斬り込んできたシグーの重斬刀に蹴りを入れて剣閃を逸らした。

 

 「なっ!?」

 

 「甘い!」

 

 PS装甲である以上、実剣である重斬刀で傷はつかない。

 

 それでも体勢くらいは崩せるだろうと、敵パイロットも踏んでいたのであろう。

 

 当てが外れ一瞬だけ動きを止めてしまった。

 

 その隙を見逃すほど、セリスも甘くは無い。

 

 「迂闊な!」

 

 左手で抜いたビームサーベルを下段から斬り上げ、シグーの上半身を真っ二つに切り裂いた。

 

 獅子奮迅の働きで敵モビルスーツを駆逐していくアイテル。

 

 そこに見覚えのある黒い機体ヅダが接近してくるのが見える。

 

 しかもその背中にはボックス状のものを背負っていた。

 

 「箱持ち!? アレの直撃だけは避けないと!」

 

 発射されたウイルス入りのアンカーを機関砲で確実に迎撃しながらビームライフルでヅダを狙う。

 

 その一撃は加速した敵機に振り切られ掠める事無く空を切る。

 

 しかしそれはセリスの狙い通りであった。

 

 「そうくると思ってた!」

 

 先回りしていたアイテルのサーベルがヅダのスラスターを斬り払うと、破壊された箇所から火を噴きバランスを崩す。

 

 その隙に背中の『アサルトブラスターキャノン』を前面に構えトリガーを引く。

 

 砲口から放出された閃光が動きを鈍らせたヅダを撃破した。

 

 「良し、このまま!!」

 

 セリスは『ヴァルキューレ』の機動性をもって攻撃を避けながら、敵陣深くまで斬り込んでいった。

 

 

 

 

 クラレントでジンを串刺しにしたリベルトは圧倒的な機動性と攻撃力を持って敵部隊を駆逐していく一機のモビルスーツに目を向けた。

 

 「同盟軍のガンダムか」

 

 どこか底冷えするような冷たい視線でアイテルの姿を見つめ、一挙手一投足見逃さないよう観察する。

 

 月で受けた損傷も修復され、新装備を身に纏うアイテルは水を得た魚のように縦横無尽に動き回っている。

 

 機体性能もそうだが、パイロットの技量も素晴らしい。

 

 初めて戦闘を見た時から高い実力を有していたが、ここにきてさらに腕を上げている。

 

 どうやらローレンツクレーターでの戦いが彼女をさらに成長させたようだ。

 

 「……なるほど、見事な腕前だ。高い素養を秘めているという事か」

 

 リベルトは短期間でここまで腕を上げたセリスを素直に称賛する。

 

 他方向に視線を滑らせ状況を把握すると少しずつアイテルのいる宙域へと近づいていく。

 

 その視線が緩む事は無く、見つめる瞳はただ冷たさだけが増していった。




機体紹介、更新しました。

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